(病院のベッドで栄養補給を待つ栄養失調状態の子ども=イエメンの首都サヌアで2019年11月、AP 【4月25日 毎日】)
【内戦・コレラ・飢餓の「最悪の人道危機」に、更に新型コロナ禍も】
石油などの資源もない中東最貧国のイエメンの内戦は、これまでも国際社会の大きな関心を集めることはありませんでしたが、ましてや現在の新型コロナ禍で世界中が大騒ぎしている状況では、ほとんど忘れ去れた存在。
せいぜいが、サウジアラビアとイランの代理戦争として話題にのぼる程度。
しかし、これまで忘れ去れた状況で、内戦・コレラ感染・飢餓の三重苦という深刻な人道危機が進行してきました。
今、更に新型コロナという新たな苦難も追加されようとしています。
****内戦下のイエメン 「最悪の人道危機」、コロナ拡大ならより深刻に****
新型コロナウイルスによる感染が広がる中、とりわけ被害拡大を恐れている国がある。中東の小国イエメンだ。
2015年から内戦が続き10万人以上が犠牲に。長引く内戦とサウジアラビア軍による空爆で、医療・衛生環境も悪化し、これまでコレラなど深刻な感染症被害に見舞われている。
「最悪の人道危機」と呼ばれ、新たな感染症の脅威も迫るが、国際社会の関心は高くない。「私たちがこのまま沈黙し、何もしなければイエメン国民を愚弄(ぐろう)することと同じ」。こう訴えるアジア経済研究所の佐藤寛・上席主任調査研究員と考えたい。
内戦で衛生環境悪化、コレラもまん延
アラビア半島南西にあるイエメンは、紀元前に「シバの女王」が統治したとされ、古代アラブの中心として栄えた。しかし、近年は苦難が続く。
国連によると、イエメンでは長引く内戦の影響で、25万人が飢餓状態にあり、国民の8割にあたる約2410万人が人道的支援を必要としている。
戦闘による直接の犠牲に加え、深刻なのが感染症被害だ。多くの医療施設が破壊され、医療器具も不足。水道・汚水処理施設などの破壊で衛生環境が悪化し、17年には100万人がコレラに感染したとされる。
デング熱やジフテリアの流行にも悩まされてきた。4月10日には、同国東部の港町で高齢男性の新型コロナ初感染が確認された。
佐藤さんは「感染症予防の基本中の基本である、安全な水すらない。既に深刻な状況だが、さらにコロナが広がれば完全にアウトです」と懸念する。
民間の人道調査機関ACAPSのリポートによると、イエメンでは約半数の医療施設が機能せず、コロナ感染の検査ができる施設は3カ所だけ。1万人あたりの医療従事者は国連の最低基準(41人)を大きく下回る10人しかいない。
仮にコロナ感染が広がれば、医療環境の悪さと人口過密、食糧不足による免疫力低下で、致死率が高まるのは必至とされる。
続く対立、先行き見通せず
イエメン内戦を巡る構図
南北で分裂していたイエメンは1990年に「イエメン共和国」に統一。サレハ大統領が長期にわたり統治していたが、11年、チュニジアやエジプトに続いて民主化運動「アラブの春」が起こり、サレハ氏が退陣に追い込まれた。
後継のハディ大統領による暫定政権ができ、新憲法の準備も進んでいたが、安定へのレールはそこで途切れた。「サレハという『重し』が取れたことで、北部で力を持っていた反体制フーシ派が台頭し、暫定政権は首都から追放されたのです。暫定政権側からは、さらに南部暫定評議会が分離し、三つどもえの対立になりました」
情勢悪化に拍車をかけたのが、隣国サウジアラビアの介入だ。サウジはフーシ派の背後に宿敵イランがいると警戒し、15年3月以降、サウジ主導の連合軍はフーシ派地域に2万回以上の空爆を繰り返した。学校や病院、結婚式や葬式の場にまで爆弾を落とし、多くの市民が犠牲になった。
これに対し、フーシ派はドローンや巡航ミサイルで反撃した。(中略)
リーダー不在、権威に従わない部族社会
内戦は6年目に突入。4月8日、ハディ暫定政権を支援するサウジ主導の連合軍側が一時停戦を呼びかけ、フーシ派はこれに応じていない。国連も仲介を続けているが、先行きは不透明なままだ。
元大統領のサレハ氏はかつて「イエメンを統治するのは、蛇の頭の上で踊るようなものだ」と表現した。統治の難しさを佐藤さんが解説する。「ハディ暫定政権は国民からの支持がなく、フーシ派も南部暫定評議会も全土を支配する気はない。絶対的なリーダーの不在がイエメンの不幸です」と話す。
歴史的な背景もある。イエメンは他の多くのアラブ諸国と違い、全土が大国の植民地とされた歴史がなく、強い中央集権体制下に置かれたことがない。それだけに「今も部族社会の色が濃く、権威に従わない国民性が残る。ソマリアやアフガニスタンと同様、全土の統治は極めて困難です」。
終結待たず「紛争下の開発」を
妙案はないのだろうか。佐藤さんが提唱するのが「紛争下の開発」だ。「特にフーシ派が支配する地域は物資不足が深刻。統一政権ができるのを待たずに、人道支援を急ぐ必要がある」と訴える。
「シリアやイラクとは違い、イエメンの内戦は首都サヌア、西部ホデイダ、南部タイズなど一部地域に限られる。そうした現状を踏まえ、各勢力が支援の邪魔はしないという合意さえできれば、支援・開発活動はできるはずです」と力を込める。
11年以降、対イエメンの政府開発援助(ODA)の多くが凍結または終了。現在は国連機関を通じた支援にとどまり、「今後の2国間支援は現地情勢を見ながら検討していく」(外務省国際協力局)という。
佐藤さんは「早期支援」にこだわる。「3歳の子は今すぐ栄養を必要とし、小学1年生の子は将来に向けて今、学ばないとだめなんです」。手始めに安定した東部の都市を拠点に病院や保健所、学校を正常に戻し、人材育成を進めたいとし、国際協力機構(JICA)と連携して支援のシナリオを描く。
関心呼ばない「最貧国」
なぜイエメン情勢は大きな国際問題にならないのか。もともとイエメンはサウジなどの周辺諸国と違い、石油資源が乏しい「アラブ最貧国」で、大国の関心は低い。
内戦を止める力学とは逆に、国連人権理事会が設置した専門家グループは昨年9月、米英仏など第三国によるサウジへの武器供与がイエメン内戦を助長している可能性があると指摘している。
佐藤さんはさらに「イエメンの各勢力、特にフーシ派は窮状を発信する能力がない。シリア人やクルド人と違い、欧州への移民・難民が比較的少なく、外から国際世論を喚起する力も弱いのです」と語る。
大半の日本人にとってイエメンはなじみが薄い国だが、有名な「モカコーヒー」は、イエメン西部モカが、欧州にコーヒーを運び出す港だったことが起源とされる。世界遺産の首都サヌア旧市街はその美しさから「アラブの宝石」ともいわれる。
過去に通算5年間暮らし、約20回の渡航経験がある佐藤さんは「最大の魅力はイエメン人の純朴な人柄でしょう。コツコツ畑を耕し、強く自己主張をしないが、誇り高い。実は日本人と精神性が似ています」と語る。
感染症拡大で私たちの日常が崩れた今、中東の小国の危機にも思いをはせたい。「世界はあなたたちを見捨てていない、というメッセージを発することが大事なんです」 【4月25日 毎日】
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【実効が伴うのか不明なサウジ「停戦」 更に南部分離派の自主支配宣言で「三つ巴」に】
ハディ暫定政権を軍事支援するサウジアラビア主導の連合軍の一方的停戦宣言は一か月延長はされました。
****イエメン、停戦1カ月延長 サウジ連合軍発表****
イエメン内戦でハディ暫定政権を支援し、親イランの武装組織フーシ派と敵対するサウジアラビア主導の連合軍は24日、期限切れを迎えたフーシ派との停戦を1カ月延長すると発表した。サウジの国営通信が伝えた。
新型コロナウイルスの感染が広がる中、連合軍は今月上旬、国連が呼び掛けた停戦に賛同し、戦闘を2週間停止すると表明した。フーシ派は公式な態度を明らかにせず、散発的な衝突は起きているとされる。
2015年から続くイエメン内戦はサウジとイランの代理戦争の場となっている。【4月25日 共同】
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もっとも、これまでの「停戦期間中」も“期間中も地上戦やサウジによる空爆は続いていたという。”【4月24日 日経】とのことですから、延長されたサウジ側の「停戦」がどういう意味を持つのかは不明です。
こうしたハディ暫定政権を支援するサウジ、反政府フーシ派を支援するイランという構図に加え、暫定政権側において南部分離派勢力が決定的に暫定政権から分離する動きが“再度”表面化しています。(昨年8月にも一度表面化し、いったんは収まったかのように見えていました)
南部分離派勢力を支援しているのが、これまでサウジとともに暫定政権を支援してきたUAE・・・ということで、今や三つ巴の争いにもなっています。
****イエメンの分離派、南部の自主支配を宣言 内戦深刻化も****
内戦が続く中東のイエメンで26日、アラブ首長国連邦(UAE)が支援する分離派「南部暫定評議会」(STC)が南部アデンなどを自主支配すると宣言した。これに対し、サウジアラビアが支援するハディ暫定政権は「悲惨な結果」を招くことになると警告した。
イエメンではハディ暫定政権と親イラン武装組織フーシ派との対立による内戦状態が続いており、サウジ主導のアラブ有志連合が暫定政権の後ろ盾となってきた。UAEもサウジと共闘してきたが、STCと暫定政権の対立によって争いは三つ巴の様相を呈している。
一方、国連は、新型コロナウイルス感染拡大に対応するため、停戦を呼び掛けている。
STCは26日、ハディ暫定政権が拠点とする港湾都市のアデンに進攻。同政権はフーシ派によって首都サヌアから追放されている。
STCは声明で、アデンと南部の全ての行政区域を自主支配すると宣言。ハディ暫定政権と政権の支配下にある南部の少数の地域はこれを拒否する声明をそれぞれ出した。
暫定政権のハドラミ外相は、STCは、昨年の停戦と権力分担に関する合意から完全離脱し、武装反乱を再開させたも同然だと批判。「このような宣言の危険で悲惨な結果に自らが直面することになる」と警告した。
STCの幹部は、ハディ暫定政権が同合意を骨抜きにしたと主張し、同政権は腐敗し、政権運営を誤っていると改めて指摘した。
ハディ暫定政権は国連の要請を受け、新型コロナ感染拡大への対応に注力するために一方的な停戦を宣言。24日に停戦期間を延長したが、国内の大半の主要都市を掌握するフーシ派はこれを受け入れておらず、戦闘は続いている。【4月27日 ロイター】
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暫定政権と南部分離派(STC)は上記のように対立を再燃させていますが、それぞれの後ろ盾となっているサウジとUAEの間ではそこまで決定的な対立はないのでは・・・なんらかの合意があるのでは・・・・という見方もあるようです。
“当面の問題はサウディとUAEが、対立する政権を抱えて、今後協力関係をどう続けていくかですが、もしかすると、というかおそらくは両者間にはアデン等はUAEのもので、hothy(フーシ派)の支配地域を除くその他の地域はサウディのもの、という暗黙の(もしかすると両方の皇太子の間の約束か?)合意がありそうです。”【4月26日 「中東の窓」】
【WHO「短期間で感染爆発が起き、多数が死亡する可能性がある」】
イエメンにおける新型コロナ感染については、冒頭記事にもあるように、4月10日に初めての感染が確認されています。ただし、満足な検査もできない現地の情勢・医療態勢を考えると、たまたま発覚したのが4月10日の事例であり、現実にはもっと感染は広がっていることも考えられます。(感染が拡大しているイラン・サウジと強い関係があるイエメンで感染が拡大しない方が不自然です)
少なくとも、感染が拡大しはじめたら、今のイエメンにそれを押しとどめる力はないでしょう。
“イエメンでは今月10日に初めて新型コロナウイルスの感染者が公式に確認された。5年以上続く内戦で医療が崩壊し、検査体制の不備や医薬品の不足も深刻となっており、世界保健機関(WHO)は「短期間で感染爆発が起き、多数が死亡する可能性がある」と懸念を強めている。”【4月25日 時事】
****内戦イエメンで感染、医療崩壊も 州の人工呼吸器「わずか10台」****
内戦で数万人が死亡したイエメンで、新型コロナウイルスの感染が初確認された。
既に他の感染症や飢餓がまん延しており、「世界最悪」(国連)の人道危機が深まる恐れがある。
感染者が確認された東部ハドラマウト州の保健当局トップ、リアド・ジャリリ氏によると、州内の人工呼吸器は「わずか10台」で、医療の崩壊が「必然的」な状況だ。
ジャリリ氏は18日までに共同通信の電話取材に応じた。感染した60代男性の容体は安定し、感染が疑われた接触者18人は陰性だった。男性が入院した病院は州内で最も設備が整っているが、人工呼吸器は6台しかない。【4月18日 共同】
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仮に新型コロナで多数が死亡しても、もとから内戦・コレラなどで多数が死亡している状況では、新型コロナによる犠牲者が表面化することなく埋もれてしまうことも懸念されます。
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