
(解放されたモスルの公園で、ダンス、ゲーム、水タバコなど、思い思いに楽しむ住民【5月13日 AFP】)
【大詰めを迎えたモスル奪還作戦】
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の要衝イラク北部のモスルのすでにIS支配から解放された地域では、取り戻した自由を喜ぶ住民の姿が見られます。
****モスル東部の住民ら公園で自由謳歌、ISから解放で****
イラク第2の都市モスル西部の前線から数キロ離れた地区の公園で、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の支配下から解放された同市東部の住民らが、約2年半ぶりにISの厳しい制約から解き放たれ、自由を謳歌(おうか)した。【5月13日 AFP】
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アルコールはご法度のイスラム社会ですが、そこはそれ・・・という話も。
****IS撃退で酒屋が再開、ひっそり営業でも商売繁盛 イラク・モスル****
イラク第2の都市モスルのイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」を撃退した地域で初めて営業を再開した酒屋を営むアブ・ハイダルさんは、目立たないよう努力を続け、店に看板も出していない。
しかしトルコのビールやイラクのアラック(アニス風味の蒸留酒)、安いウイスキーなどがいっぱいに詰まった黒いレジ袋を手にひっきりなしに出入りする客の流れは隠しようがない。【5月18日 AFP】
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モスルの奪還作戦を展開するアメリカ主導有志連合の報道官は5月16日、「敵は完全に包囲された。完全敗北は目前だ」と述べ、残されていたモスルの西側についても約9割を制圧したと発表しています。
****モスル奪還へ最終段階 IS拠点 政府軍、住民の移動規制****
イラク政府軍は15日深夜、過激派組織「イスラム国」(IS)が支配するモスルの西部に向け、住民に自宅待機を求める文書を上空から散布し始めた。「車やバイクによる移動は今後、すべて空爆の対象とする」としている。ISの最大拠点モスル全域の奪還に向け、作戦は最終段階に入ったとみられる。
政府軍はラジオでも同様の声明を発信している模様だ。住民はこれまで、ISによる監視の目を盗んで自家用車などで市外へ避難するなどしてきたが、避難民を装ったIS戦闘員が、自爆攻撃に車を使うケースが後を絶たなかった。
ISの前身組織は2014年6月、電撃的にモスルを占拠。約200万人の大都市を「統治」した。イラク政府は16年10月に奪還作戦を開始し、まず東側を制圧。今年2月に西部への進攻を開始した。
軍や地元メディアによると、ISが残るのはモスル西部の旧市街と近接する7地区。戦闘員数百人が、住民約1万5千~2万人を支配する状態にある。ISはほかの拠点を失う際に大勢の民間人を殺害してきた例があり、死傷者の拡大が懸念されている。
一方、ISが首都と称するシリア北部ラッカの奪還作戦も進む。少数民族クルド人の武装組織「人民防衛隊」(YPG)は10日、ラッカの西約40キロに位置する要衝を制圧したと発表した。【5月17日 朝日】
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モスル奪還が完了しても、イラクにおけるIS掃討作戦が終了するわけではなく、モスルを州都とするニナワ州内の他地域や、キルクーク、アンバルが依然ISに制圧されていますが、“モスルが完全奪還されれば、ISはイラク国内で支配する最大人口都市を失うとともに、国境をまたいでイスラムの「国家」を樹立したという主張に大きな打撃を受けることになる”【5月17日 AFP】というのも事実でしょう。
アメリカ主導有志連合は今月中のモスル完全奪還を目指しています。
追い詰められたIS側は、イラク各地で自動車による自爆攻撃を行い抵抗を示しています。
****イラク 自爆攻撃相次ぎ24人死亡 ISが犯行主張****
イラクで19日、首都バグダッドや南部のバスラ県の検問所付近で自動車による自爆攻撃などが相次ぎ、合わせて24人が死亡しました。
いずれも過激派組織IS=イスラミックステートが犯行を主張し、北部のモスルの大部分がイラク軍に制圧される中、各地で自爆攻撃などを行って抵抗していると見られます。(後略)【5月20日 NHK】
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また、奪還作戦大詰めを迎えて、モスルからの避難民も増加しています。
****イラク モスル奪回作戦大詰め 避難民増える****
過激派組織IS=イスラミックステートのイラク最大の拠点、モスルの奪還作戦が大詰めを迎えるなか、激しさを増す戦闘に巻き込まれないよう住民が危険を冒して次々に避難し国連などが受け入れを急いでいます。
開始から7か月がすぎたイラク北部の主要都市モスルの奪還作戦で、イラク軍は市内の9割以上を制圧し、今月中の完全制圧を目指して、旧市街などISの戦闘員が残る西側の地区を包囲し、激しい戦闘を続けています。
このため、戦闘の巻き添えにならないよう多くの住民が危険を冒して逃れ、先週開所したばかりのモスル近郊の避難民キャンプに次々に到着しています。
到着した14歳の少年は涙を流して喜び、「ISから逃れられてうれしい。悪夢がようやく終わった」と話していました。
また、避難する際、ISに左腕を撃たれた37歳の男性は、ISから、家の外に出れば殺害すると脅されていたとして、「飢え死にしそうで攻撃の巻き添えになるか出ていくかしかなかった」と厳しい状況を振り返りました。
多くの避難民からは奪還作戦が早期に完了し、自宅に戻りたいとの声が聞かれる一方、残された住民を心配し、作戦を拙速に進めないよう求める声も聞かれました。
国連は、多数の住民が残る旧市街で戦闘が激しさを増せばさらに20万人もの人が避難する可能性があるとして、イラク政府とともに受け入れのための備えを急いでいます。【5月20日 NHK】
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【“IS後”のイラクでの影響力を争うアメリカとイラン】
昨日ブログでも取り上げたように、アメリカ・トランプ政権はイラン包囲網形成を進めており、今後の核合意の扱いが注目されていますが、間近に迫ってきた“IS後”のイラクにおいても、影響力拡大を目指すアメリカ・イランの綱引きが行われると思われます。
アメリカは有志連合を率いてモスル奪還作戦を進めていますが、イランも公式には認めてはいないものの、アメリカ派遣部隊の5倍とも言われるよな民兵組織(革命防衛隊が指揮)を、イランと同じシーア派主導国家でもあるイラクに投入しています。
****イラクを巡る米国とイランの攻防****
米国とイランがイラクで影響力を獲得しようとしているが、トランプ政権の対イラク政策はまだ不明確であると、4月12日付の英エコノミスト誌が報じています。要旨は次の通りです。
米国は、イラクで兵士5800人と複数の軍事基地を擁している。一方、イランは、公式には95人の軍事顧問を置いているだけだが、イランの勢力は米国の5倍はあると、アバディ首相顧問は言う。安全保障の専門家も、「イランの影響力は、イラクのあらゆる機関に浸透している」と述べる。
イランの関与は数十年前からで、アヤトラたちは1979年のイスラム革命後、サダム・フセインに追放されたシーア派亡命者を採用した。彼らはイラクとの戦いに動員され、2003年にサダムが米国に倒されると、イラクに戻ってバース党の非合法化で生じた空白を埋めた。
2011年の米軍のイラク撤退とイスラム国(IS)の侵略がさらなる好機を提供した。ISが南に勢力を伸ばすと、シーア派民兵組織はhashad(大衆動員)を宣言し、何万もの志願者を徴集した。
これら民兵組織は、イラン革命防衛隊の助けを借りてバグダッド陥落を防ぐと、国を「守る」ため、残された国家機構の大半を事実上掌握した。
既にバグダッドの大半は約100の民兵組織の間で山分けされている。ほとんどのイラク・シーア派は自国のシスタニ師に忠誠を誓うが、民兵組織の指導者の多くはイランの最高指導者ハメネイ師に従うと言う。一部の民兵組織は議会に代表がおり、2018年の選挙に向けて親イラン連合を結成する可能性もある。
もっとも、イラン支持の現実的利益は、一定のイラク、そしてアラブ・ナショナリズムによって抑えられてもいる。米軍の存在もイランへの依存の抑制に役立っている。2014年、ISとの戦いを支援すべく米軍がイラクに戻ると、ほとんどの民兵組織は歓迎した。
また、今のところhashadは、モスル奪還は米軍と米国人顧問に訓練された特殊部隊に任せ、後方に控えるようにとの命令に従っている。
hashadは、シーア派中核地域を越えて北部に進出する中、排他性を薄め、スンニ派、キリスト教徒、ヤジディ教徒も採用するようになっている。
また、米国の説得で、シーア派復活熱を弱め、よりアラブ的外交政策を採るようになったアバディを支持している。2月にはサウジ外相が27年ぶりにバグダッドを訪問し、イラクの代表団もサウジとの貿易復活の交渉のためにリヤドを訪れた。
しかし、こうした関係改善がモスルを巡る戦術的協力を越えてどこまで続くのか、関係者の誰もが危ぶんでいる。
米国は大規模な軍事基地を4つ再建し、イラクを去る気配はない。
一方、3月に訪米から戻ったアバディは、10万強のhashadの半分を廃し、残りをイラク軍の直接指令下に置く計画を発表した。
憂慮したイランは、スレイマニ将軍の上級顧問でもある新大使をバグダッドに送り込んだ。イランのプロバガンダで、一部の民兵組織は再び反米主義を標榜し始めている。
あるイラク軍幹部は、米国の占領を容認しているのは政府であって、人民ではないと言い、米国ではなく、イランをイラク安定の最終的保証者と見ている。
シリアと同様、イラクに対しても、トランプ大統領の明確な政策が必要である。
(以上、【4月12日付の英エコノミスト誌】要旨)
(中略)
イラクにおける米国とイランの関係は複雑かつ微妙なもの
イラクとイランの関係、またイラクにおける米国とイランの関係は複雑かつ微妙なものであり、なかなか一筋縄ではいかないところがあります。
今回の対IS戦において、シーア派民兵への支援を通じてイランの影響力が増したことは事実ですが、これは必ずしもイラクのイラン属国化を意味するものではなく、シーア派系政党、民兵組織の間でも親イランの度合いは様々であり、今後は来年の選挙に向けてイランに近いマリキ副大統領(前首相)派とイランとは一定の距離を置くアバディ現首相派との争いが一つの焦点となるでしょう。
米国については、オバマ前政権による米軍全面撤退により急激に影響力を弱めましたが、対IS戦において漸く本格的な支援、関与を強化した結果、影響力を回復し、アバディ政権の存続、政治基盤の強化に繋がっています。
問題は、イラクにおけるIS戦が終了した後も、基地も含め一定の米軍の存在を維持するのかであり、またアバディ政権(或いは来年の選挙の結果生まれる政権)が米軍の駐留を望むのかにもかかってきます。
オバマ政権による全面的な撤退が、その後のイラクの分裂状況とISの台頭を許したこと、またイランの影響力増大をチェックし、スンニ派、クルド系の安心感を確保することが政治的安定にとって重要であることから、今回は何らかの形での駐留継続を行うことが望ましいですが、トランプ政権が如何なる政策を打ち出すか現時点では不透明です。
トランプ政権発足後はマティス国防長官、最近ではクシュナー上級顧問がイラク訪問しており、この辺の意見が反映されれば駐留継続の可能性も出てきます。
なお、イラクにおいては、イスラム過激派の排除を含む中央政府の安定は、イラン、米国共に望むものであり、この点では戦略的利益は共通します。また、サダム・フセイン後のイラクがシーア派政権であることを前提にすれば、イランが強い影響力を持つことは避けられません。
従って、今後もイラクにおいては、米国とイランは、互いの一定の存在価値を認めつつ、競合的な関係をマネージしていくという複眼的な視点に立った政策が求められます。【5月17日 WEDGE 岡崎研究所】
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【IS敗退という一応の目標達成で噴出するイラクの抱える基本的な問題】
アメリカとイランの影響力争いは“IS後のイラク”が抱える問題の一部にすぎません。
イラン、それに近いマリキ副大統領(前首相)派にしても、イランとは一定の距離を置きアメリカと協力するアバディ現首相派にしても、いわゆるシーア派であり、ISが支配していた地域に多く暮らすスンニ派住民をいかに統治するか、いかに融和できるか・・・という問題があります。
更に、独自性を強めたいクルド自治政府の動きもあります。
ISとの戦いではアメリカ・イラク中央政府に協力して大きな役割を担っていますが、それだけに今後、より強い発言権を求めることが予想されます。
****対IS戦、クルド独立に通ず=ペシュメルガ幹部インタビュー****
イラクで続く過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦の一翼を担うクルド人治安部隊「ペシュメルガ」のサラム・モハメド副参謀総長がこのほど、同国北部のクルド人自治区の中心都市アルビルでインタビューに応じた。
副参謀総長はペシュメルガの対IS戦での貢献が、クルド人国家の独立に結び付くと強調した。
ペシュメルガはISが国内最大の拠点としてきた北部モスルの奪還作戦で、前線で戦うイラク軍の後方支援や、モスルから逃れた人々が殺到する避難民キャンプの保護などを主な任務とする。
副参謀総長は、モスルで軍部隊が制圧地域を拡大させていることについて「非常に勇敢に戦っている」と高く評価。今後も協力関係を強化したいとの考えを示した。
ただ、イラク政府に対する見方は厳しい。クルド自治政府は、自治区の管轄外のモスルから大量の避難民を受け入れ、負傷者の治療も行っている。
しかし、副参謀総長は「イラク政府から医薬品などは融通されず、自治政府の大きな財政負担になっている。イラク軍を後方から守る役割を果たしているわれわれへの弾薬の供給もない」と強調。国際社会に対し、自治政府やペシュメルガへの直接支援拡充を求めた。【1月29日 時事】
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イラクのクルド自治政府にしても、シリアでのIS掃討の主力となっているクルド人勢力にしても、最終的には自分たちの国家を求めており、そのための対米協力・IS戦参加でもあります。
IS掃討という当面の目標が達成されたのちは、シーア派中央政府とスンニ派住民の対立、クルド自治政府のより強い権限要求などが噴出することも予想されており、“イラクはシーア派、スンニ派、クルド人に3分割しないと治まらないのでは・・・”と以前から言われているところです。
もちろん、中央政府がそんな3分割などを容認するはずもなく、最悪の場合、現在のシリアのような各派による内戦状態もあり得ます。
単にイランとの綱引きだけでなく、そうしたイラクの抱える問題を踏まえてのイラク総合戦略がトランプ政権にあるのか・・・という話ですが、おそらく“ない”でしょう。
まあ、それは止むを得ないところではありますが、せめて事態を悪化させる“かく乱要因”にはなってほしくない・・・といったところですが、トランプ大統領が・・・どうでしょうか?