孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク  間近に迫るモスル奪還 当面の目標達成で表面化する“IS後”の諸問題

2017-05-21 22:00:26 | 中東情勢

(解放されたモスルの公園で、ダンス、ゲーム、水タバコなど、思い思いに楽しむ住民【5月13日 AFP】)

大詰めを迎えたモスル奪還作戦
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の要衝イラク北部のモスルのすでにIS支配から解放された地域では、取り戻した自由を喜ぶ住民の姿が見られます。

****モスル東部の住民ら公園で自由謳歌、ISから解放で****
イラク第2の都市モスル西部の前線から数キロ離れた地区の公園で、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の支配下から解放された同市東部の住民らが、約2年半ぶりにISの厳しい制約から解き放たれ、自由を謳歌(おうか)した。【5月13日 AFP】
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アルコールはご法度のイスラム社会ですが、そこはそれ・・・という話も。

****IS撃退で酒屋が再開、ひっそり営業でも商売繁盛 イラク・モスル****
イラク第2の都市モスルのイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」を撃退した地域で初めて営業を再開した酒屋を営むアブ・ハイダルさんは、目立たないよう努力を続け、店に看板も出していない。

しかしトルコのビールやイラクのアラック(アニス風味の蒸留酒)、安いウイスキーなどがいっぱいに詰まった黒いレジ袋を手にひっきりなしに出入りする客の流れは隠しようがない。【5月18日 AFP】
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モスルの奪還作戦を展開するアメリカ主導有志連合の報道官は5月16日、「敵は完全に包囲された。完全敗北は目前だ」と述べ、残されていたモスルの西側についても約9割を制圧したと発表しています。

****モスル奪還へ最終段階 IS拠点 政府軍、住民の移動規制****
イラク政府軍は15日深夜、過激派組織「イスラム国」(IS)が支配するモスルの西部に向け、住民に自宅待機を求める文書を上空から散布し始めた。「車やバイクによる移動は今後、すべて空爆の対象とする」としている。ISの最大拠点モスル全域の奪還に向け、作戦は最終段階に入ったとみられる。
 
政府軍はラジオでも同様の声明を発信している模様だ。住民はこれまで、ISによる監視の目を盗んで自家用車などで市外へ避難するなどしてきたが、避難民を装ったIS戦闘員が、自爆攻撃に車を使うケースが後を絶たなかった。
 
ISの前身組織は2014年6月、電撃的にモスルを占拠。約200万人の大都市を「統治」した。イラク政府は16年10月に奪還作戦を開始し、まず東側を制圧。今年2月に西部への進攻を開始した。
 
軍や地元メディアによると、ISが残るのはモスル西部の旧市街と近接する7地区。戦闘員数百人が、住民約1万5千~2万人を支配する状態にある。ISはほかの拠点を失う際に大勢の民間人を殺害してきた例があり、死傷者の拡大が懸念されている。
 
一方、ISが首都と称するシリア北部ラッカの奪還作戦も進む。少数民族クルド人の武装組織「人民防衛隊」(YPG)は10日、ラッカの西約40キロに位置する要衝を制圧したと発表した。【5月17日 朝日】
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モスル奪還が完了しても、イラクにおけるIS掃討作戦が終了するわけではなく、モスルを州都とするニナワ州内の他地域や、キルクーク、アンバルが依然ISに制圧されていますが、“モスルが完全奪還されれば、ISはイラク国内で支配する最大人口都市を失うとともに、国境をまたいでイスラムの「国家」を樹立したという主張に大きな打撃を受けることになる”【5月17日 AFP】というのも事実でしょう。

アメリカ主導有志連合は今月中のモスル完全奪還を目指しています。
追い詰められたIS側は、イラク各地で自動車による自爆攻撃を行い抵抗を示しています。

****イラク 自爆攻撃相次ぎ24人死亡 ISが犯行主張****
イラクで19日、首都バグダッドや南部のバスラ県の検問所付近で自動車による自爆攻撃などが相次ぎ、合わせて24人が死亡しました。

いずれも過激派組織IS=イスラミックステートが犯行を主張し、北部のモスルの大部分がイラク軍に制圧される中、各地で自爆攻撃などを行って抵抗していると見られます。(後略)【5月20日 NHK】
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また、奪還作戦大詰めを迎えて、モスルからの避難民も増加しています。

****イラク モスル奪回作戦大詰め 避難民増える****
過激派組織IS=イスラミックステートのイラク最大の拠点、モスルの奪還作戦が大詰めを迎えるなか、激しさを増す戦闘に巻き込まれないよう住民が危険を冒して次々に避難し国連などが受け入れを急いでいます。

開始から7か月がすぎたイラク北部の主要都市モスルの奪還作戦で、イラク軍は市内の9割以上を制圧し、今月中の完全制圧を目指して、旧市街などISの戦闘員が残る西側の地区を包囲し、激しい戦闘を続けています。

このため、戦闘の巻き添えにならないよう多くの住民が危険を冒して逃れ、先週開所したばかりのモスル近郊の避難民キャンプに次々に到着しています。

到着した14歳の少年は涙を流して喜び、「ISから逃れられてうれしい。悪夢がようやく終わった」と話していました。

また、避難する際、ISに左腕を撃たれた37歳の男性は、ISから、家の外に出れば殺害すると脅されていたとして、「飢え死にしそうで攻撃の巻き添えになるか出ていくかしかなかった」と厳しい状況を振り返りました。

多くの避難民からは奪還作戦が早期に完了し、自宅に戻りたいとの声が聞かれる一方、残された住民を心配し、作戦を拙速に進めないよう求める声も聞かれました。

国連は、多数の住民が残る旧市街で戦闘が激しさを増せばさらに20万人もの人が避難する可能性があるとして、イラク政府とともに受け入れのための備えを急いでいます。【5月20日 NHK】
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【“IS後”のイラクでの影響力を争うアメリカとイラン
昨日ブログでも取り上げたように、アメリカ・トランプ政権はイラン包囲網形成を進めており、今後の核合意の扱いが注目されていますが、間近に迫ってきた“IS後”のイラクにおいても、影響力拡大を目指すアメリカ・イランの綱引きが行われると思われます。

アメリカは有志連合を率いてモスル奪還作戦を進めていますが、イランも公式には認めてはいないものの、アメリカ派遣部隊の5倍とも言われるよな民兵組織(革命防衛隊が指揮)を、イランと同じシーア派主導国家でもあるイラクに投入しています。

****イラクを巡る米国とイランの攻防****
米国とイランがイラクで影響力を獲得しようとしているが、トランプ政権の対イラク政策はまだ不明確であると、4月12日付の英エコノミスト誌が報じています。要旨は次の通りです。

米国は、イラクで兵士5800人と複数の軍事基地を擁している。一方、イランは、公式には95人の軍事顧問を置いているだけだが、イランの勢力は米国の5倍はあると、アバディ首相顧問は言う。安全保障の専門家も、「イランの影響力は、イラクのあらゆる機関に浸透している」と述べる。

イランの関与は数十年前からで、アヤトラたちは1979年のイスラム革命後、サダム・フセインに追放されたシーア派亡命者を採用した。彼らはイラクとの戦いに動員され、2003年にサダムが米国に倒されると、イラクに戻ってバース党の非合法化で生じた空白を埋めた。

2011年の米軍のイラク撤退とイスラム国(IS)の侵略がさらなる好機を提供した。ISが南に勢力を伸ばすと、シーア派民兵組織はhashad(大衆動員)を宣言し、何万もの志願者を徴集した。

これら民兵組織は、イラン革命防衛隊の助けを借りてバグダッド陥落を防ぐと、国を「守る」ため、残された国家機構の大半を事実上掌握した。

既にバグダッドの大半は約100の民兵組織の間で山分けされている。ほとんどのイラク・シーア派は自国のシスタニ師に忠誠を誓うが、民兵組織の指導者の多くはイランの最高指導者ハメネイ師に従うと言う。一部の民兵組織は議会に代表がおり、2018年の選挙に向けて親イラン連合を結成する可能性もある。
 
もっとも、イラン支持の現実的利益は、一定のイラク、そしてアラブ・ナショナリズムによって抑えられてもいる。米軍の存在もイランへの依存の抑制に役立っている。2014年、ISとの戦いを支援すべく米軍がイラクに戻ると、ほとんどの民兵組織は歓迎した。

また、今のところhashadは、モスル奪還は米軍と米国人顧問に訓練された特殊部隊に任せ、後方に控えるようにとの命令に従っている。

hashadは、シーア派中核地域を越えて北部に進出する中、排他性を薄め、スンニ派、キリスト教徒、ヤジディ教徒も採用するようになっている。

また、米国の説得で、シーア派復活熱を弱め、よりアラブ的外交政策を採るようになったアバディを支持している。2月にはサウジ外相が27年ぶりにバグダッドを訪問し、イラクの代表団もサウジとの貿易復活の交渉のためにリヤドを訪れた。

しかし、こうした関係改善がモスルを巡る戦術的協力を越えてどこまで続くのか、関係者の誰もが危ぶんでいる。

米国は大規模な軍事基地を4つ再建し、イラクを去る気配はない。

一方、3月に訪米から戻ったアバディは、10万強のhashadの半分を廃し、残りをイラク軍の直接指令下に置く計画を発表した。

憂慮したイランは、スレイマニ将軍の上級顧問でもある新大使をバグダッドに送り込んだ。イランのプロバガンダで、一部の民兵組織は再び反米主義を標榜し始めている。

あるイラク軍幹部は、米国の占領を容認しているのは政府であって、人民ではないと言い、米国ではなく、イランをイラク安定の最終的保証者と見ている。

シリアと同様、イラクに対しても、トランプ大統領の明確な政策が必要である。
(以上、【4月12日付の英エコノミスト誌】要旨)

(中略)
イラクにおける米国とイランの関係は複雑かつ微妙なもの
イラクとイランの関係、またイラクにおける米国とイランの関係は複雑かつ微妙なものであり、なかなか一筋縄ではいかないところがあります。

今回の対IS戦において、シーア派民兵への支援を通じてイランの影響力が増したことは事実ですが、これは必ずしもイラクのイラン属国化を意味するものではなく、シーア派系政党、民兵組織の間でも親イランの度合いは様々であり、今後は来年の選挙に向けてイランに近いマリキ副大統領(前首相)派とイランとは一定の距離を置くアバディ現首相派との争いが一つの焦点となるでしょう。
 
米国については、オバマ前政権による米軍全面撤退により急激に影響力を弱めましたが、対IS戦において漸く本格的な支援、関与を強化した結果、影響力を回復し、アバディ政権の存続、政治基盤の強化に繋がっています。

問題は、イラクにおけるIS戦が終了した後も、基地も含め一定の米軍の存在を維持するのかであり、またアバディ政権(或いは来年の選挙の結果生まれる政権)が米軍の駐留を望むのかにもかかってきます。
 
オバマ政権による全面的な撤退が、その後のイラクの分裂状況とISの台頭を許したこと、またイランの影響力増大をチェックし、スンニ派、クルド系の安心感を確保することが政治的安定にとって重要であることから、今回は何らかの形での駐留継続を行うことが望ましいですが、トランプ政権が如何なる政策を打ち出すか現時点では不透明です。

トランプ政権発足後はマティス国防長官、最近ではクシュナー上級顧問がイラク訪問しており、この辺の意見が反映されれば駐留継続の可能性も出てきます。
 
なお、イラクにおいては、イスラム過激派の排除を含む中央政府の安定は、イラン、米国共に望むものであり、この点では戦略的利益は共通します。また、サダム・フセイン後のイラクがシーア派政権であることを前提にすれば、イランが強い影響力を持つことは避けられません。

従って、今後もイラクにおいては、米国とイランは、互いの一定の存在価値を認めつつ、競合的な関係をマネージしていくという複眼的な視点に立った政策が求められます。【5月17日 WEDGE 岡崎研究所】
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IS敗退という一応の目標達成で噴出するイラクの抱える基本的な問題
アメリカとイランの影響力争いは“IS後のイラク”が抱える問題の一部にすぎません。

イラン、それに近いマリキ副大統領(前首相)派にしても、イランとは一定の距離を置きアメリカと協力するアバディ現首相派にしても、いわゆるシーア派であり、ISが支配していた地域に多く暮らすスンニ派住民をいかに統治するか、いかに融和できるか・・・という問題があります。

更に、独自性を強めたいクルド自治政府の動きもあります。
ISとの戦いではアメリカ・イラク中央政府に協力して大きな役割を担っていますが、それだけに今後、より強い発言権を求めることが予想されます。

****対IS戦、クルド独立に通ず=ペシュメルガ幹部インタビュー****
イラクで続く過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦の一翼を担うクルド人治安部隊「ペシュメルガ」のサラム・モハメド副参謀総長がこのほど、同国北部のクルド人自治区の中心都市アルビルでインタビューに応じた。

副参謀総長はペシュメルガの対IS戦での貢献が、クルド人国家の独立に結び付くと強調した。
 
ペシュメルガはISが国内最大の拠点としてきた北部モスルの奪還作戦で、前線で戦うイラク軍の後方支援や、モスルから逃れた人々が殺到する避難民キャンプの保護などを主な任務とする。

副参謀総長は、モスルで軍部隊が制圧地域を拡大させていることについて「非常に勇敢に戦っている」と高く評価。今後も協力関係を強化したいとの考えを示した。
 
ただ、イラク政府に対する見方は厳しい。クルド自治政府は、自治区の管轄外のモスルから大量の避難民を受け入れ、負傷者の治療も行っている。

しかし、副参謀総長は「イラク政府から医薬品などは融通されず、自治政府の大きな財政負担になっている。イラク軍を後方から守る役割を果たしているわれわれへの弾薬の供給もない」と強調。国際社会に対し、自治政府やペシュメルガへの直接支援拡充を求めた。【1月29日 時事】
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イラクのクルド自治政府にしても、シリアでのIS掃討の主力となっているクルド人勢力にしても、最終的には自分たちの国家を求めており、そのための対米協力・IS戦参加でもあります。

IS掃討という当面の目標が達成されたのちは、シーア派中央政府とスンニ派住民の対立、クルド自治政府のより強い権限要求などが噴出することも予想されており、“イラクはシーア派、スンニ派、クルド人に3分割しないと治まらないのでは・・・”と以前から言われているところです。

もちろん、中央政府がそんな3分割などを容認するはずもなく、最悪の場合、現在のシリアのような各派による内戦状態もあり得ます。

単にイランとの綱引きだけでなく、そうしたイラクの抱える問題を踏まえてのイラク総合戦略がトランプ政権にあるのか・・・という話ですが、おそらく“ない”でしょう。

まあ、それは止むを得ないところではありますが、せめて事態を悪化させる“かく乱要因”にはなってほしくない・・・といったところですが、トランプ大統領が・・・どうでしょうか?
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イラン大統領選挙、ロウハニ再選で国際緊張は“とりあえず”回避 今後はトランプ政権の対応次第

2017-05-20 22:21:35 | イラン

(笑顔で1票を投じる有権者=テヘランの投票所で2017年5月19日、AP【5月20日 毎日】 前髪を大きく出したスカーフの被り方からして、ロウハニ支持者と思われます。)


(投票の順番を待つイラン人女性ら=イラン中部コムで19日、AP【5月20日 毎日】 保守強硬派の牙城コムの様相は首都テヘランとは全く異なります。)

ロウハニ再選で、国際協調路線が“当面”継続
注目されたイラン大統領選挙は周知のように、19日の第1回投票で保守穏健派で現職のロハニ大統領が過半数を制して、保守強硬派の一本化候補ライシ前検事総長を退ける結果となりました。

****現職のロハニ師が当選 イラン大統領選****
イラン大統領選は20日、開票が行われ、対外融和路線を掲げる保守穏健派で現職のロハニ大統領(68)の当選が決まった。

反米を基調とする保守強硬派のライシ前検事総長(56)との事実上の一騎打ちだったが、イランが核兵器開発を制限し、国際社会は制裁を解除する核合意を堅持し、外資を呼び込んで経済発展を目指すロハニ師の基本政策が信任された形だ。
 
今回の大統領選には4人が立候補。イラン内務省の同日午後2時(日本時間同6時半時)の最終発表によると、ロハニ師は約2355万票で得票率約57%。ライシ師は約1579万票で得票率約39%。ロハニ師の得票は有効投票の過半数となった。投票率は73・1で、前回2013年の72・7%より高かった。
 
再選を目指すロハニ師は、2015年7月にイランが欧米などと結んだ核合意に基づく制裁解除と、インフレ率低下などの経済成長を実績として強調し、当初は優勢とみられていた。
 
ところが、保守強硬派のもう1人の有力候補だったガリバフ・テヘラン市長(55)が15日に撤退し、ライシ師への一本化に成功。ライシ師は「核合意は現金を受け取ることのできない小切手」などと市民が景気回復を実感できないことに焦点を絞ってロハニ政権を批判して追い上げたが、ロハニ師が振り切った。

ロハニ師は、欧米と対決姿勢を強め国際社会から孤立し、欧米からの制裁で経済が疲弊したアフマディネジャド前政権からの決別を訴え、13年に初当選した。【5月20日 朝日】
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“ライシ師が勝利すれば、イランと米国や周辺の中東諸国との対立が激化すると懸念されていたが、ロウハニ師の勝利で、国際協調路線が当面継続することになる。”【5月20日 毎日】
“ロウハニ政権は2015年、欧米など6カ国と核合意を締結するなど対外融和路線を取っており、イラン外交は当面、従来の方針を継続する公算が大きくなった。”【5月20日 産経】

今回選挙結果は、ロウハニ大統領の対外協調路線への支持という側面のほか、保守強硬派につきまとう社会規制強化への反発、ようやく手にしかかっている“自由”が再び奪われることへの不安もあったと思われます。(そのあたりの分析はこれから報じられると思われます。)

ロウハニ政権の今後については内外ともに問題は多々ありますが、イランに反米的な強硬派政権が誕生し、イラン嫌いのアメリカ・トランプ政権が互いにけん制・挑発しあう形で、核合意破棄・中東情勢緊張といったところへ突き進むシナリオは“当面はひとまず”回避されたということで、個人的には安堵しています。(決選投票となると、サウジアラビア訪問中のトランプ大統領の言動にも左右されることになります)

国内には現状不満層も
グローバリズムの流れに乗れず生活が困窮し、“自分たちの声が政治に反映されていない”と既存政治への不満を強める階層は各国に存在し、イギリスEU離脱、アメリカトランプ政権誕生、欧州極右・ポピュリズムの台頭・・・といった最近の政治現象の背景となっていますが、イランも同様で、核合意による制裁解除、それによる経済成長とは言いつつも、そうした流れに取り残された人々の不満は小さくありません。

****<イラン大統領選>黒いチャドル姿も ライシ師支持者集会****
◇保守強硬派の事実上の統一候補、ハメネイ師後継者とも
・・・・・「国を開いたロウハニよ、恥を知れ」「ロウハニは今週でサヨナラだ」。16日夕、テヘラン中心部で開かれたライシ師の演説会場のモスク(イスラム礼拝所)前で、「反ロウハニ」を訴える市民の声が響いた。

欧米など主要6カ国と、核開発を制限する代わりに経済制裁を解除させる核合意を結び対外融和路線を歩むロウハニ師は、国内では「制裁解除後も経済が好転しない」との批判を受ける。
 
会場には女性の姿も目立つ。首都テヘランでは頭部のみを覆うヘジャブをかぶるだけの女性も多いが、集会で目にした女性は大半が全身を覆う黒いチャドル姿。

イスラムの伝統に忠実な支持者が多い印象だ。チャドル姿の大学生の女性(21)は「この数年間、男女が公然と路上で体を寄せ合う姿が増えた。おかしくなったイラン社会を元の厳格な姿に戻してくれるライシ師を選ぶ」と話した。
 
演説が始まった。保守強硬派の一本化のため15日に選挙戦撤退を表明し、ライシ師支持に回ったガリバフ・テヘラン市長が「現状を変えよう」と声を張り上げた。

その後のライシ師の演説は対照的だった。「この数年で1万7000の店舗が閉鎖に追い込まれた。今こそ、毎年100万人の雇用増が必要だ」。聴衆に静かに語りかけるように話を始め、安全保障に話題を移した際にボルテージを上げ、抑揚をつける。「今、軍事力を弱める国はない。誰もがミサイルを作る時代だ。国防力の強化を約束する!」
 
歓声が最高潮に達した時、携帯電話の待ち受け画面をライシ師にしていた近くの中年男性が肩を震わせて泣いていた。「日本や欧米はどうせロウハニに好意的なんだろう。でも現状は違う。外資導入が進み、多くの工場がつぶれた。国を開いたらこうなるんだ」。男性はそう話した。(後略)【5月17日 毎日】
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“おかしくなったイラン社会”云々の女子大学生の話は、流入する移民による自国文化の変容を危惧する欧米社会の移民受入れに批判的な層の意見ともダブりますが、最後の中年男性の訴えなどは、トランプ大統領を支持した“ラストベルト”の労働者や、ルペン氏を支持したフランス労働者の声とそっくり同じものに思えます。

“厳格なイラン社会”には賛同しませんが、経済制裁効果がいまだ不十分で生活が好転せず、外資導入によっても生活が圧迫される階層の声にも配慮していく必要があります。

もっとも、多くの工場がつぶれるほど外資導入が進んだのかは疑問もあります。工場がつぶれた原因は外資だけではないのかも・・・。

外資導入はむしろ十分には進んでおらず、その原因はアメリカの制裁堅持姿勢もありますが、国内的には経済各分野で大きな利権を有している革命防衛隊のような“既得権益層”の抵抗があるように思われます。

核合意による経済効果を確実なものにしていくうえでは、そうした既得権益層との政治闘争が大きなポイントになるでしょう。そのうえで、経済構造の転換で不可避的に生じる不利益層をすみやかに吸収・救済できるような産業対策が必要になります。

選挙最終盤になってロウハニ大統領は、補助金支給が停止されていた中間層への補助金支給を再開して、その支持を得る作戦に出たようですが、そうした“バラマキ”は財政悪化を深刻化させるだけでしょう。

ミサイル開発追加制裁や対イラン包囲網形成でイランを追い込むアメリカ
対外関係はアメリカ・トランプ政権の出方に大きく影響されます。

選挙直前にトランプ政権は、2015年の「イラン核合意」に基づき効力を停止した対イラン経済制裁について「引き続き制裁を差し控える」と発表し、制裁を再開しないことを明らかにしましたが、ミサイル開発計画に関与したとして追加制裁も発表して圧力を緩めていません。

****トランプ政権、イラン制裁解除を維持 ミサイル開発では追加制裁****
米政府は17日、2015年の核合意に基づく対イラン経済制裁の解除を維持する方針を発表した。イラン大統領選の投票日を2日後に控え、ドナルド・トランプ政権は国際的な合意を順守する姿勢を示した。

対イラン経済制裁は、2015年に欧米など6か国との間で最終合意に達した「イラン核合意」に基づき、イランが核開発を厳しく制限する見返りにバラク・オバマ前政権下で解除された。

しかし、トランプ大統領は合意条件の見直しを要求。今週、政権発足後初となる一部制裁の解除見直し期限が迫る中、米国が一方的に核合意を離脱する懸念が高まっていた。
 
国務省は17日、制裁停止を継続すると決定した。ただ、イランに対する厳しい姿勢は崩しておらず、禁止されているミサイル開発計画に関与したとして複数のイラン国防当局者と中国企業などに対する新たな追加制裁を同時に発表した。
 
米当局者らはまた、イランの人権侵害には引き続き圧力をかけ、悪名高いイラン国内の刑務所に収監されている米国人の釈放も求めていくと言明した。【5月18日 AFP】
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また、トランプ大統領が現在訪問中のサウジアラビアを主軸とするイラン包囲網の形成を図っています。

****<米国>サウジと55兆円取引へ 対イラン包囲網を形成****
トランプ米政権は17日、弾道ミサイル開発を続けるイランに追加制裁措置を科すと発表する一方、サウジアラビアが米国と総額5000億ドル(約55兆円)の巨額取引を結ぶことを明らかにした。

今年1月の大統領就任後、初めての海外歴訪となるサウジ訪問を前に、中東湾岸諸国との対イラン包囲網形成を鮮明に打ち出し、19日に投票を控えるイラン大統領選を揺さぶる狙いがある。
 
ホワイトハウス高官は17日の外国特派員向けの記者会見で、オバマ前政権が「伝統的な友好国との関係を後退させていた」と批判したうえで、今回のサウジ訪問を機に、イランの勢力拡大を警戒するサウジなど湾岸中東諸国をはじめとする親米国との関係修復に努めると強調した。サウジはこれに呼応して米国の雇用創出のため2000億ドルを投資するほか、米国製武器購入に3000億ドルを投じる。(後略)【5月18日 毎日】
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対イラン包囲網形成やミサイル開発追加制裁で“イラン大統領選を揺さぶる”というのは、要するにアメリカ議会・トランプ政権としてはイランに反米政権が成立して、両国関係が緊張し、制裁解除を破棄しやすい環境が整うことを願っているという話にもなります。

対決を望み、対立状態にあって存在価値が発揮される、真逆の敵対する強硬派同士の利害が一致するというのはよくあるケースです。

“米議会強硬派の狙いはイランを追い込み、イラン側から合意を破棄するような状況を作ろうとしているのでしょう。”【5月19日 WEDGE】 こうした対立・緊張を煽る勢力の存在には困ったものです。

イラン包囲網については、サウジアラビアを軸とした“中東版NATO”の構想もあるように報じられています。

****トランプ政権】サウジで「中東版NATO」構想を発表へ トランプ大統領、サウジ主導の地域秩序を後押し****
米ホワイトハウス高官は17日、トランプ大統領が初外遊先のサウジアラビアで21日、「北大西洋条約機構(NATO)の中東版」となる、地域の多国間安全保障の枠組みを構築していく構想を発表すると明らかにした。
 
トランプ氏はサウジのサルマン国王との共催で、同国の首都リヤドにイスラム人口の多い54カ国の代表を招いて国際会合を開き、構想について説明する。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の掃討が完了し次第、実現に向け動き出すとしている。
 
同高官は「サウジは地域の盟主となり、ISとの戦いを率い、イランの脅威への対処で各国を束ねることを望んでいる」と述べ、将来の「中東版NATO」構想がサウジ主導で進められる見通しを示唆した。
 
トランプ氏が初外遊先としてサウジを選んだのは、サウジが敵視するイランとの関係構築に動いたオバマ前政権の中東政策との決別を打ち出す狙いがある。
 
トランプ政権は特に、イランが2015年に米欧と核開発の制限で合意したにも関わらず核武装の意思を捨てていないとみる。実際、米政府は17日、イラン核合意に基づく対イラン制裁の解除を当面維持する方針を明らかにする一方、イランの弾道ミサイル開発に関する追加制裁を発表し、対イラン圧力を緩めない立場を改めて鮮明にした。
 
トランプ政権のサウジ重視は、サウジを軸とするイスラム教スンニ派国家連合によるシーア派国家イランの封じ込めと、サウジ主導の地域秩序の構築を後押しすることに他ならない。

イラン包囲網の構築はまた、同国の弾道ミサイルを警戒する米国の枢要な同盟国、イスラエルの懸念を和らげることにもつながる。
 
しかし、イランなどのシーア派勢力が一連の動きに反発するのは必至だ。イランで大統領選などを経て保守強硬派が台頭する事態となれば、域内の宗派対立の先鋭化を招き、両派が混在するイラクなどで治安が一層不安定化する恐れも否定できない。【5月18日 産経】
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「サインすべきではなかった」、「イランは合意の精神に従っていない」(4月20日に行われたイタリア首相との共同記者会見でのトランプ大統領発言)というトランプ大統領がイランとの合意を今後どうするのか・・・・その言動にしばらく振り回されそうです。

ただ、相手を追い込んで、相手の方から破棄につながる行動に出るように仕向けるというのは、いかにも陰険です。
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タイ深南部  分離・独立紛争が続くタイ深南部で日本人らしさで信頼を構築し紛争を仲裁する日本人女性

2017-05-19 21:57:46 | 東南アジア

(タイ深南部で2016年5月、政治的解決を促す研修を開いた堀場明子さん。武装勢力が暮らす集落の女性住民からも話を聞いた。(本文参照)【AERA 2017年5月22日号】)

タイ深南部 2004年以降、1万6000件を超えるテロが発生し、6700人以上が死亡
国際的に注目されるタイに関する話題というと、5月3日ブログ“タイ 新国王と軍政の関係、タクシン前首相支持勢力の動向など緊張も孕みつつ進む葬儀準備”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170503でも取り上げたような、軍事政権の動向、新国王との関係、タクシン元首相を支持する勢力の動き・・・といったあたりが中心になりますが、そうしたタクシン派を軸にした国内対立以外に、もうひとつ深南部におけるイスラム教徒と治安当局・仏教徒の対立という問題を抱えています。

****タイ深南部****
マレーシアと国境を接するタイ深南部(ナラティワート県、ヤラー県、パタニー県の3県とソンクラー県の一部)には、もともとイスラム教徒の小王国があったが、1902年にタイに併合された。

現在も住民の大半はマレー語方言を話すイスラム教徒で、タイ語を話せない人も多い。

タイ語、仏教が中心のタイでは異質な地域で、行政と住民の意思疎通が不足し、インフラ整備、保健衛生などはタイ国内で最低レベルにとどまっている。

深南部のマレー系イスラム教徒住民によるタイからの分離独立運動は断続的に続き、2001年から武装闘争が本格化。

2004年4月には、警察派出所や軍基地を襲撃した武装グループをタイ治安当局が迎え撃ち、1日で武装グループ側108人、治安当局側5人が死亡した。

同年10月にはナラティワート県タークバイ郡で、住民の逮捕などに反発したイスラム教徒住民約3000人が警察署前で抗議デモを起こし、治安当局による発砲などで7人が死亡、約1000人が逮捕され、逮捕者のうち78人が軍用トラックで収容先に移送される途中、窒息死した。両事件でマレー系イスラム教徒住民のタイ政府への反発は強まった。

タイ政府は常時10万人以上の兵士、警官を深南部に送り込み、力で鎮圧を図ってきたが、現在も銃撃、爆破、放火事件が頻繁に起き、事態が改善するめどは立っていない。【2015年9月18日 newsclip】
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タイ深南部では、2004年以降、1万6000件を超えるテロが発生し、6700人以上が死亡したとされており、国際的にみても、犠牲者数、継続期間ともに相当規模の紛争となっています。

こうしたタイ深南部の状況について、2016年1月18日ブログ“ タイ「深南部」の紛争 「戦闘が下火になっている」?”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160118で、「比較的落ち着いてきているのか・・・?」という視点で取り上げましたが、やはりその後も襲撃等は頻発しており、“下火”とはなっていないようです。

最近の事件を並べると、以下のとおり。

4月3日にヤラーの警察検問所が武装グループの襲撃を受け、警官9人が重軽傷を負った。

4月20日にはナラティワート、パタニー、ソンクラーで、警察署、検問所など13カ所が武装グループの襲撃を受け、武装グループ側の2人が誤爆で死亡、自警団員1人が銃で撃たれけがをした。

4月27日には、ナラティワートで、タイ軍兵士6人が乗ったピックアップトラックが武装グループの襲撃を受け、銃で撃たれるなどして6人全員が死亡した。

5月9日には、パタニー市のショッピングセンター、ビッグCパタニー店前に駐車したピックアップトラックが爆発し、61人が負傷、店舗の一部と自動車、バイク約40台が破損した。【5月18日 newsclipより】

また、4月19日には、タイ深南部で爆発・発砲事件が相次ぎ、計13件発生したとも伝えられています。【4月20日 Yuko氏 アングルより】

地域的にも、いわゆる深南部(ナラティワート県、ヤラー県、パタニー県の3県とソンクラー県の一部)にとどまらず、拡大する傾向にあるとも。

“深南部のテロは他地域にも広がる動きを見せている。昨年8月には、中部フアヒン、南部プーケットといったタイ屈指のリゾート地を含む7県の十数カ所で連続爆破放火事件が発生し、4人が死亡、英国人、オランダ人など外国人を含む37人がけがをした。タイ当局はこの事件で、深南部出身のマレー系イスラム教徒の男7人の逮捕状をとった。”【5月18日 newsclip】

タイ深南部で紛争を仲裁する日本人女性
今日、深南部を取り上げたのは、そうしたテロが頻発する厳しい地域で紛争仲裁の活動をする日本人女性がいると聞いたからです。

****武闘派も静まる“なでしこ”仲裁 タイ紛争地で日本女性が奮闘****
分離・独立紛争が続くタイ深南部で紛争を仲裁する日本人女性がいる。日本人らしさで信頼を構築し、平和へ導こうとしている。

幹線道路はタイの警察車両で封鎖されていた。道路脇には土嚢で固めた大きなテントが設置され、複数の武装警官が待機する。その横をタイ陸軍の装甲車が通過していく。2007年12月、筆者が初めてタイ深南部と呼ばれるマレーシア国境の紛争地帯を取材した時の光景だ。車を降りると、自動小銃を構えた警官に囲まれた。

「どこに行くのか。目的は何だ。危険だから用が済んだらすぐに立ち去れ」

行く先々で検問にあいながら、同じ警告を受ける。理由は集落に入るとすぐに分かった。放火された建物、爆発で大破した車、窓ガラスに残る複数の弾痕。頻発するテロの爪痕が、あちこちに残されていたのだ。

●「宗教的な中立」生かす
バンコクから南に約1千キロ超、タイ深南部とは、パタニ、ヤラー、ナラティワートの3県全県とソンクラー県の一部が入る地域を指す。人口約200万人の約8割が、自身を「パタニ・マレー」と呼び、マレー語を話すイスラム教徒だ。

大きな街は少なく、広大なジャングルの中に点在する集落に、仏教国タイからの分離・独立を掲げる武装勢力が潜伏しているとされるが、拠点基地などはなく、普段は村民として暮らすゲリラなので姿は見えない。

タイ政府も全容の把握に苦しんできた地域だ。その実態が今、次第に明らかになってきた。

一帯の武装組織は大きく分けて4組織あり、それぞれがバラバラ。末端の人たちは、誰が仲間なのか互いに知らない。把握しているのは一部の指導者たちだけ。その多くは亡命先のマレーシアやドイツ、スウェーデンから精神的、金銭的支援などをしている──。

こうした実態が分かり始めたのにはワケがある。一人の日本人女性、笹川平和財団の堀場明子さん(39)の存在だ。前述した内容は、いずれもタイ政府と武装勢力の和平対話を仲裁して双方と人脈を築き、多くの当事者から話を聞いた成果の一部。堀場さんとは一体どんな人物か。

紛争仲裁は、堀場さんの高校時代からの夢だったという。京都の高校に通っていた当時、泥沼化していた旧ユーゴスラビア(現セルビア、モンテネグロなど)紛争の様子を報道で追いながら「ひどい」と心を痛めていた。民族紛争だったが、政治のことはよく分からず、キリスト教とイスラム教の宗教紛争と理解していたため、「宗教的に中立な日本人なら紛争仲裁ができるかもしれない」と感じたという。この思いこそが原点だ。

●住み込んで会話し調査
宗教を熟知するため、上智大学神学部に進学。3年生から2年間、バチカン市国教皇庁立の名門、グレゴリアン大学に留学した。さらに宗教と平和の関係を学ぼうと米ボストンの大学院で実践神学を習得してから上智大学大学院に戻る。この時、キリスト教とイスラム教の住民対立で激しい地域紛争が起きていたインドネシア・マルク諸島に2年間滞在、現地調査をした。

そこで気づいたのは、研究者の宗教の違いで生じたハードルだ。欧米の研究者らも現地にいたが、キリスト教徒だったため、イスラム教徒の地区に近づけない。一方、特定の宗教を持たない堀場さんは、両教徒の地区にそれぞれ住み込んで調査ができた。

多くの当事者と会話して信頼を築きながら、さらに話を聞き出すという調査方法は、この時に身につけた。宗教の呪縛にとらわれない日本人だからこそできることが多くあると確信したという。

大学院卒業後もインドネシアで独自の調査を継続。紛争解決が専門の非政府組織(NGO)が活動しており、民間でも紛争仲裁ができることに自信を持った。

実際、スイスのNGOの現地調査員を買って出て、ノウハウを学習。世界には、民間と協力して紛争解決を目指す外交をする国が複数あることも知り、紛争後の復興支援に偏りがちな日本の支援のあり方に疑問も抱いたという。

そんな矢先、10年に笹川平和財団がタイ深南部での支援事業を立ち上げた。その際に、上智大学のイスラム地域研究の協力者として同地域の調査をしていた経験を持つ堀場さんに声がかかった。

●「関心事が和平対話に」
当時、同じく女性の財団担当者と2人で始めた支援事業は、ジャーナリストの育成や若者の能力向上訓練など。しかし、堀場さんは地元住民との関係を深める中で、紛争解決につながる支援をしたいと思うようになったという。

「私の関心が和平対話にあったので、事業の内容もどんどんそちらへシフトしていった。そこでタイ議会のシンクタンクにあたる団体に和平対話を始められないか相談すると、波長が合った」

タイ政府も交渉相手の実態を知りたがっていた。シンクタンクが武装勢力との接触を模索する中、堀場さんがキーパーソンになっていった。

不信感から積極的に話そうとしない武装勢力が堀場さんとは会話する。これを見たシンクタンク側は、堀場さんに交渉への積極関与を求めた。マレーシアやドイツ、スウェーデンにいる指導者たちにも一緒に会いに行った。

●隣国マレーシアも協力
堀場さんは、マレー語に近いインドネシア語が得意で、武装勢力側の要望を聞きながら、和平対話への参加を促した。一番の武闘派組織の指導者とは会えていないが、それ以外の各組織の指導者とは信頼を深めていった。双方の関係者を別々に集め、過去の和平対話の成功例をレクチャーするなど、独自の取り組みも始めた。

このころ、仲介に関心を示したマレーシア政府の高官とも面会。タイ国家安全保障委員会や軍、法務省などの実務者とも直接やりとりするようになり、和平対話への機運が徐々に高まっていった。堀場さんは言う。

「多くの人と会い、信頼を築くのが重要だった。第三者の民間人で同じアジア人だったことが良かったんだと思う」

もちろん常に危険は伴う。タイ深南部でのテロ行為は今も続いており、「3県のどこかで毎日1人は死んでいる」という。爆弾テロの場所に居合わせれば命がないが、堀場さんは「なるべく安全な場所で活動するようにしているし、どこが危ないかの勘も働く。地元の人が守ってくれる」と話す。

努力も報われ始めている。13年2月、仲介役のマレーシアがタイと水面下で首脳会談を開き、武装勢力との和平交渉の開始で一致。政権交代後もタイ政府は非公式に対話を継続していたが、16年9月に公式に発表した。

堀場さんは現在、正式に笹川財団の主任研究員となり、今は1人で紛争解決事業を担当。日本とタイを行き来する生活を送っている。

「まだ和平は成立していないけど、頑張っていると思いませんか」と笑う堀場さん。日本政府に和平支援への協力を相談したが、民間人の紛争地入りに懸念が示されただけだったとし、こう続ける。「私は1人でやりたいわけではない。官民が協力して紛争解決するのが一番いい。日本人は仲裁に向いている」

自らが実践し、日本でも理解が広がることを期待しながら、またタイに出発する。【AERA 2017年5月22日号】
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なお、堀場明子氏の活動はタイだけでないようで、昨年は、2015年度ノーベル平和賞を受賞した「チュニジア国民対話カルテット」を日本に招いて講演会を行うなどの活動もされているようです。【https://www.spf.org/spf-now/0035.html

それにしても“日本政府に和平支援への協力を相談したが、民間人の紛争地入りに懸念が示されただけだった”というのは、志が低いというか、残念な話です。積極的平和主義というのは、単に周辺国を武力で威嚇するだけのものでしょうか?
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インドネシア  ジャカルタ知事への実刑判決で高まる、イスラム急進主義と批判勢力のせめぎあい

2017-05-18 21:57:13 | 東南アジア

(キャンドルに火をともし、アホック氏への判決に抗議する人々=ジャカルタの独立宣言塔広場で10日【5月12日 じゃかるた新聞】)

検察求刑を上回る実刑判決
イスラム教徒が多数派を占めるインドネシアにおける宗教的不寛容の高まり、その象徴としてのジャカルタ特別州知事で華人・キリスト教徒のバスキ・チャハヤ・プルナマ氏(通称「アホック」氏)がイスラム教を侮辱したとして訴追された事件に関しては、4月22日ブログ“インドネシア 宗教攻撃の標的となった華人・キリスト教徒のジャカルタ特別州知事、再選ならず”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170422で、アホック氏が同事件が響いて知事選での再選に失敗したこと、検察からは禁錮1年(執行猶予2年)の求刑があった・・・というところまで取り上げました。

裁判の方は、検察求刑を上回る執行猶予なしの実刑2年という厳しい判決が出されています。

****ジャカルタ知事に禁錮2年の実刑 「イスラム教侮辱」で****
インドネシアで国民の9割が信奉するイスラム教を「侮辱」したとして宗教冒瀆(ぼうとく)罪に問われたジャカルタ特別州のバスキ・チャハヤ・プルナマ知事(50)の判決公判が9日あった。

検察側は執行猶予付きの判決を求めていたが、裁判長は禁錮2年の実刑を言い渡した。イスラム強硬派が勢いづく懸念が出ている。
 
バスキ氏は少数派の中華系キリスト教徒。昨年秋、反バスキ派がイスラム教の聖典コーランの一節を使って、知事選で同氏に投票しないよう訴えていた。バスキ氏がこれを批判したところ、「イスラム教への侮辱」と猛抗議を受け、昨年12月に在宅起訴された。
 
裁判長はこの日、「(コーランの一節が)人をだます道具に使えると被告は考えており、コーランへの侮辱だ」と認定して収監を命じた。バスキ氏は控訴したが、保釈が認められるかは不明だ。
 
問題の発言が強硬派に改ざんされて広まったことが判明したこともあり、検察は宗教侮辱ではなく「敵意をあおる発言」との認定に和らげ、執行猶予付き判決を求めていた。判決は求刑を上回る異例のものだ。
 
法廷の外では、数百人が判決を喜んだ。同国は従来、寛容なイスラムを実践していると見なされてきたが、今回の問題で強硬派が存在感を拡大。同国の「ブランドイメージ」が揺らぐ事態になっている。
 
バスキ氏は事件の影響もあり、4月の知事選決選投票で落選した。盟友のジョコ大統領の政敵が強硬派に手を貸しているとの指摘があり、2019年の大統領選に向けてさらに緊張が増す懸念もでている。【5月10日 朝日】
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アホック氏はジョコ大統領の盟友(ジョコ大統領がジャカルタ特別州知事時代の副知事)でり、次期副大統領あるいはジョコ大統領の後任との期待もあること、また、ジャカルタ特別州知事選挙ではジョコ大統領の政敵プラボウォ氏が後押しする者との選挙戦となったことなどから、同事件には単なる宗教問題ではなく、政治的争いの要素も強くあることはこれまでも触れてきました。

アホック氏の検察求刑が“宗教侮辱ではなく「敵意をあおる発言」との認定に和らげ、執行猶予付き判決”とされたことや、判決が逆に、宗教侮辱を認めた求刑以上の実刑判決となったことなどの背景には、そうした“政治的争い”の影響もうかがえます。

政治・司法に圧力をかけるイスラム急進主義勢力
当然ながら、今回判決については、宗教的不寛容の現れであり、また、そうした動きを助長するものだとの批判があります。

****インドネシア「宗教的非寛容」への道****
インドネシアの首都ジャカルタ特別州のバスキ・チャハヤ・プルナマ知事(通称アホック)に先週、禁錮2年という驚くべき判決が下された。イスラム教の聖典ヲーランを侮辱したとして、宗教冒涜罪に問われていた。
 
中国系でキリスト教徒のアホックに対する実刑判決は、多元的社会インドネシアの特徴である宗教的寛容が崩れる兆しと考えられている。

だが問題はそれだけではない。
アホックの「敗北」はこれで2度目。先月には、再選を目指した州知事選でイスラム教徒が後押しするアニス・バスウェダン前教育文化相に敗北した。

この選挙と先週の裁判はインドネシアの政治情勢と民主主義の健全性の試金石といえたから、事態は深刻だ。
 
そもそもアホックのイスラム教冒涜容疑に確かな証拠はない。このことは、インドネシアの司法が骨の髄まで腐っていることを改めて裏付ける。
 
アニスの勝利が重要なのは、アホックの結果重視の実用主義政治・・・前州知事のジョコ現大統領から引き継いだものだ・・・が、イスラム教優先の政治に取って代わられるように見えるためだ。
 
イスラム防衛戦線(FPI)がいい例だ。スハルト政権が崩壊した98年政変後の混乱期に設立されたイスラム急進主義の自警団体で、メンバーの多くはギヤングだった。

98年以降の民主化時代、インドネシアでは政治活動が自由化されたが、FPIはこれを利用してイスラム優先の政策を公然と訴えてきた。
 
06半夏には、インドネシアのイスラム教聖職者評議会が世俗主義や自由主義、多元主義を「非イスラム」と非難する一連の宗救令を出し、FPIをさらに勢いづかせた。
 
アホックのイスラム侮辱をめぐって、FPIは遠方から人員をジャカルタに集めて大規模な抗議デモを行った。これはジョコとアホックを擁立した与党・闘争民主党への脅しでもあり、裁判への圧力にもなった。
 
19年次期大統領選でもFPIはジョコの対立候補を支持し、その政治的影響力を発揮することになるかもしれない。【5月23日号 Newsweek日本語版】
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アホック氏を支持して「釈放と公正な裁判」を求める「アホック現象」も 絡む政治問題
今回裁判でFPIのようなイスラム急進主義勢力が勢いずくのでは・・・というのは、個人的にも以前から憂慮していたところですが、アホック氏を支持する側、FPIのようなイスラム急進主義を批判する側の反発・抗議(下記記事で「アホック現象」と呼ぶところのもの)も激しくなっているようです。

****インドネシア社会に激震「アホック現象****
■「アホック現象」の盛り上がり
インドネシアの新聞、テレビは連日のように有罪判決が下され収監されたジャカルタ特別州のバスキ・チャハヤ・プルナマ前知事(通称アホック)の動静と「釈放」を訴える支持者の動きを詳しく伝えている。

「アホックを解放せよ」「アホックに公正な裁判を」「アホックは英雄だ」などと書かれたプラカードを掲げ、ロウソクを手に愛国歌などを歌う人々の輪は首都ジャカルタに留まらず、スマトラ島、カリマンタン島、スラウェシ島、パプアと全国津々浦々に拡大、「アホック現象」として各都市で「釈放と公正な裁判」を求める運動に発展、盛り上がりをみせている。さらにオランダ、アメリカ、オーストラリアなど海外在住インドネシア人をも巻き込んでさらに拡大しつつある。

5月9日、北ジャカルタ地裁はアホック知事に対し、宗教冒涜罪と公共の場での憎悪表現(選挙運動の集会で『イスラム教徒は異教徒を指導者にできない』とのコーランの一節を引用した)の罪で「禁固2年、即時収監」の判決を言い渡した。

これは検察側が論告求刑で「宗教冒涜罪」を取り下げ、「禁固1年執行猶予2年」を求刑したのを上回る重い判決。求刑以上の判決、検察が取り下げた「宗教冒涜罪」を判決では適用、という2点で判決の妥当性に疑問が投げかけられている。

アホック知事は即日控訴をするものの、裁判所から直接チピナン拘置所に収監され、翌10日朝には治安上の理由として南ジャカルタの国家警察機動隊本部に移送された。

支援者はチピナン拘置所、そして機動隊本部前にも押しかけ「声よ届け」とばかりに祈りの歌を深夜まで熱唱。これをニュースで知った全国の支持者、ファンが各地で平和的に支援運動を繰り広げる事態になっているのだ。

■「雰囲気と状況」のプレッシャー
こうした動きに外交専門家、宗教家、政治評論家などがテレビに出演しては事態を読み解くためにあれこれ解説を試みているが、いずれも「隔靴掻痒」の感をぬぐえない。

それはなぜか。判決直後にジョコ・ウィドド大統領が「司法の手続きを尊重するように。政府は法手続きに介入しない」と図らずも明言したように、独立した司法権への介入、批判を許さない雰囲気、そしてアホック前知事のようにイスラム教への言及がイスラム急進派に「宗教冒涜だ」と指弾されることを回避しようとする状況がインドネシア社会に静かにしかし確実に醸成されているからだ。

「雰囲気と状況」とは、たとえば日本では「空気を読む」という表現で周囲への配慮と取り巻く環境の読み取りを意味し、それが分からないと「空気が読めない人」などといわれることがある。

しかし、インドネシアでは「雰囲気と状況」を的確に見極め、読み取らないと裁判や社会的批判を受けるという「制裁」に発展する可能性が大きいのだ。

こうしたことから誰もが思っていること、たとえば「裁判官の公正な判決になんらかの影響を与えた人物がいるのではないか」「裁判官は金銭で買収されたのではないか」などという疑問を真っ向から問うことができない現実がある。

■赦されざるイスラム冒涜
さらに「判決に宗教は無関係」「イスラム教をアホック事案に絡めるのは間違い」といった言説は堂々とまかり通る一方で、「(インドネシアの圧倒的多数の)イスラム教徒が(少数派の)キリスト教の聖書を批判したら同じような指弾を受けて同じような裁判に、そして同じような判決になるか」と問われれば誰もが「否」と答えることだろう。

つまり今回の裁判は「キリスト教徒であるアホック氏がイスラム教を冒涜した」からこそ罪に問われ、有罪判決が下されたということであり、イスラム教が無関係というのは「言葉のまやかし」あるいはそれこそ「雰囲気と状況」への配慮でしかないのだ。

■アホック氏の大統領選出馬を阻む「禁固2年」
4月19日に投開票が行われたジャカルタ特別州知事選決選投票でアホック知事は現職知事として洪水対策、交通渋滞解消、住民との対話と現地視察などの数々の実績があり、圧倒的支持を得ながらも得票率42%と伸び悩み最終的には敗北した。

その原因として宗教冒涜罪の被告として裁判に出廷しながらの選挙戦となり「アホック即時辞任」「アホック即時逮捕」を求める白装束の急進イスラム教一派による大規模動員デモなどの有権者への心理的影響、さらにアホック陣営を支えた与党「闘争民主党(PDIP)」の「楽勝ムード」が先行した選挙戦術の甘さなどが指摘されている。

知事選敗北、検察の訴因変更などから「執行猶予付きの判決は確実」とさえ言われていたが、実際には「禁固2年」の実刑判決となった。

実はこの「2年」に大きな意味がある。つまり2年後の2019年に予定される大統領選挙に「出馬の呼び声が高かった」アホック氏は実質上立候補することが難しくなるのだ。

大統領選への立候補を阻む「禁固2年」、検察の求刑を上回る「禁固2年」。この判決に欣喜するのは誰なのかを考えると裁判の背景、そして「反アホック」の一連の動きの背景がみえてくる。

■旧体制派を糾合するプラボウォ氏
アホック氏は現在のジョコ大統領がジャカルタ州知事時代の副知事であり、ともにバックは与党PDIPである。このPDIPに挑み続けているのが前回大統領選にも出馬して敗れたプラボウォ・スビヤント氏。

プラボウォ氏は野党「グリンドラ党」党首であるとともにスハルト元大統領の女婿でも一時あり、旧体制を支えたグループを糾合し、次回も大統領選に出馬する意欲をすでに明らかにしている。

このプラボウォ氏がアホック氏の知事選での対抗馬で次期知事への当選を果たしたアニス・バスウェダン前教育文化相の後ろ盾にいたのだ。

プラボウォ氏はアホック氏の知事選敗北を受けてイスラム急進派の「『イスラム擁護戦線(FPI)』は民主主義を守った」と発言、暗に反アホックのイスラム急進派の動きとプラボウォ氏の連携を示唆した。

これは同時にFPIのデモに動員されたジャカルタ州以外からの参加者が日当や弁当代、交通費を受け取っていたとする指摘を図らずも裏付けるもので、アホック追い落としがプラボウォ氏とその旧勢力に繋がる取り巻きによって計画的、組織的に行われた疑いを完全に払拭することはできないのだ。

■問われたのはやはり「宗教」
今回のアホック前知事への厳しい判決にこうした権謀術数に長けた百戦錬磨の旧勢力に繋がる一派の影響力が全くなかったとは誰も思ってはいない。しかし、前述の「雰囲気と状況」がそれを許さないのがインドネシアの現状といえよう。

今回の一連のアホック氏を巡る問題の本質はインドネシアのイスラム教が抱える根本的な問題をえぐり出しているといえる。

大多数のイスラム教徒が共有する宗教的寛容性を、一部の偏狭で独善的な急進派とそれを利用しようとした政治勢力が結託して脅威にさらしたのが問題の本質で「イスラム教徒対キリスト教徒・仏教徒などその他の宗教信者」という構図よりは「イスラム教徒の中でアホック支持者対急進反対派に分裂した構図」が鮮明だったことからやはりイスラム教という宗教のあり方も問われたのだ。

アホック氏への同情論、支援の輪の拡大は一部でアホック氏を「南アフリカのマンデラ氏」になぞえる動きともなっている。黒人差別主義と戦い投獄されながらも後に黒人差別撤廃を実現し大統領にまで上り詰めたマンデラ氏の生き方に「アホック氏の有罪判決、収監」を投影しているのだ。

事実、有罪判決がでるまではインドネシアで史上初の非イスラム教徒の大統領誕生という夢をアホック知事に重ね合わせていた国民は多かった。それが判決後にさらに支援の輪を広げて「アホック現象」のうねりになっているのが今のインドネシアといえる。

プラボウォ一派やFPIのシハブ代表らにとって判決後のこの「アホック現象」は予想をはるかに超える反響だった、と臍を噛んでいるかもしれない。

シハブ代表に至っては「国家英雄冒涜」の容疑がかけられた上に「狙撃者を恐れたため」(マスコミ報道)との理由で国外に一時滞在中。インドネシア警察はシハブ代表の国際手配を準備中との報道もでている。

選挙でのアホック敗北、裁判でのアホック有罪の「絵を描いた」と誰もが類推するプラボウォ氏は1998年のスハルト政権崩壊時の混乱を切り抜けてきた「強者」。どんな状況に陥ろうと自らの「大統領当選という野望実現」のために虎視眈々と新たな一手を準備していることだけは確実だ。

■許さない旧体制への後戻り
5月10日、西ヌサテンガラ州ロンボクのマタラムでPDIPの新事務所開所式とPDI幹部会に出席した元大統領のメガワティ党首は演説の中で「100の地方選は一つを除いて平和的に実施された」「アホック氏は誰からも慕われる性格だ」などとアホック氏に言及した上で「頭で考える思考と心で感じる感情には一本の筋が通っていなければならない。それが捩れ、筋が通っていない人物がインドネシアには存在する」と指摘、具体的な名前は明らかにしなかったが、インドネシアの国是である「パンチャシラ」や「多様性の中の統一」「寛容性」といった国民の拠り所をないがしろにする人物、勢力が存在し、それが国の理想的なあり方を阻害していることを示唆した。これには多くの人々が得心したことだろう。

5月15日までジャカルタ中心部チキニにある「タマン・イスマイル・マルズキ」展示場で1998年5月にスハルト政権を打倒に追い込んだ学生、若者たちの民主化運動を撮影した写真や当時の新聞記事による「改革19年回顧写真展」が開かれた。

主催した「98活動家全国連合」の掲げた思いがある。それは「いかなる理由、言い分けであれ我々はあの旧政権の時代への後戻り、逆行は決して望んでいない」という思いである。

これは現在のインドネシアの「アホック現象」を通じて「公正な正義の実現」「国家としての統一と多様性の堅持」「寛容と共存の精神」などを再認識しようとする運動に通じる思いでもある。そしてこの思いこそがインドネシア国民が一つにまとまろうとする良心の求心力を方向付けているといえる。

ンドネシアは今、国民の多くがアホック氏の判決を契機にこの思いを再認識して、自らの国の行く末に熱い思いを抱きながら前に踏み出そうとしている。【5月18日 大塚智彦氏 Japan In-depth】
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メガワティ元大統領が指摘する“インドネシアの国是である「パンチャシラ」”とは、唯一神への信仰、公正で文化的な人道主義 、インドネシアの統一 、合議制と代議制における英知に導かれた民主主義 、全インドネシア国民に対する社会的公正という「建国5原則」のことです。

“唯一神への信仰”ということで、イスラム教以外のキリスト教、ヒンズー教も認められています。

せめぎあいの結果は?】
ジョコ大統領やメガワティ与党党首らが掲げる「多様性の中の統一」「寛容性」、それに共鳴する人々の「アホック現象」が優勢となるのか、プラボウォ氏のような旧体制に繋がる勢力が後押しするFPIのようなイスラム急進主義勢力が社会をリードするのか・・・インドネシアはせめぎあいの渦中にあります。

ただ、「アホック現象」とは言いつつも、“イスラム急進派に「宗教冒涜だ」と指弾されることを回避しようとする状況がインドネシア社会に静かにしかし確実に醸成されている”という社会的空気は、「多様性の中の統一」「寛容性」を実現するうえでは厳しいものがあるのでは・・・・とも推測されます。

アメリカでも、イギリスでも、フランスでも、イランでも・・・世界中の国々で既存の社会体制への不満が鬱積しており、単純明快な“打開策”“回答”を求めています。

人々が飛びつきやすい“打開策”“回答”が、移民・外国人排斥であったり、なんとか第一主義であったりする訳ですが、イスラム教国にあってはイスラム原理主義・急進主義なのでしょう。
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ミャンマーの少数民族和平交渉を仲介する中国の思惑

2017-05-17 23:21:18 | ミャンマー

(【5月23日号 Newsweek日本語版】)

【“板挟み状態”のスー・チー氏
ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問が、ラカイン州のイスラム系少数民族ロヒンギャの問題で、国軍による“民族浄化”と評されるような強権的な弾圧行為に対する欧米な・人権団体などからの批判と、スー・チー氏が影響力を持たない国軍及びロヒンギャを嫌悪し国軍の弾圧を支持する国民感情の間で、板挟み状態にあることはこれまでもしばしば取り上げてきました。

スー・チー国家顧問は、ミャンマー北部の水力発電用巨大ダムの建設再開問題でも、建設に反対する国民世論と、建設再開を求める中国の間で“板挟み状態”にあります。

この問題では、中国が影響力を持つ少数民族武装勢力との和平の実現が“人質”に取られた状態にもありますので、スー・チー氏としても中国を重視せざるを得ないのでは・・・とも見られています。

****和平へ中国重視 「一帯一路」スーチー氏出席へ****
ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問が14日から中国・北京で開かれるシルクロード経済圏構想(一帯一路)の首脳会議に出席する。

政権交代後2度目の訪中で、先月はティンチョー大統領が訪中し、習近平(シーチンピン)国家主席と会談した。スーチー氏の中国重視の姿勢が顕著になっている。
 
軍事政権を長年支えた中国にスーチー氏は複雑な感情を持つとされるが、スーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権発足後、中国は外交攻勢をかける。昨年4月、王毅(ワンイー)外相がミャンマーを訪れ、スーチー氏と会談。8月にはスーチー氏を中国に招き、習主席が協力関係を確認した。
 
中国がスーチー氏との関係強化を図るのは、2011年に軍政からの民政移管で就任したテインセイン前大統領の時代にミャンマーの「中国離れ」が進んだためだ。

その象徴とされるのが、テインセイン氏が任期中の事業凍結を決めたミッソンダム建設計画だ。中国企業が軍事政権と合意し、09年に着工。イラワジ川上流に総工費36億ドル(約3960億円)で水力発電ダムをつくり、電力の9割を中国へ輸出する計画だった。
 
テインセイン氏が事業を凍結した背景にあったのが、1万人超の住民の移住や環境破壊を理由に起きた反対運動だった。スーチー氏も野党時代は事業を批判していた。
 
中国側は「一帯一路」にもつながる事業の再開をミャンマー側に迫っており、今回のスーチー氏の訪中でも働きかけるとみられている。一方、スーチー氏は国家顧問就任後、ダム事業の是非について明言せず、計画は中ぶらりんのままになっている。
 
スーチー氏が中国に配慮するのは、少数民族武装勢力との和平の実現に中国の協力が欠かせないためだ。スーチー氏は全武装組織との停戦協定署名を目指しているが、難航。特に中国国境地帯を拠点にする勢力との交渉が進んでいないが、こうした勢力に中国は一定の影響力があるとされる。
 
現地でダム建設の反対運動をする市民団体のスティーブン・ノウアウン代表(43)は、「スーチー氏は中止を決断できないだろう。いつ計画が再開するか、住民は恐れている」と話す。【5月13日 朝日】
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契約破棄となれば、中国から8億ドルの賠償を求められかねないとも。

また、中国接近については、“国内のイスラム教徒少数民族ロヒンギャ弾圧で、現政権には欧米から批判が上がっている。かつて支援を受けた欧米諸国とは距離が生じ、中国との関係強化に傾いているとされる。”【5月14日 産経】とも。

現実の制約の中で苦しむ者にとっては、上から目線の批判は疎ましくも思われる・・・といったところでしょうか。

このような情勢のなかで、スー・チー氏と習近平主席、李克強首相との会談が行われています。

****スーチー氏「一帯一路、平和と繁栄に貢献」 習氏と会談****
中国が主導する「シルクロード経済圏構想」(一帯一路)の国際会議に参加したミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問は16日、北京で習近平(シーチンピン)国家主席と会談し、今後の協力を確認した。

少数民族との和平に中国の力を借りたいミャンマーと、安全保障上、重要な地域を取り込みたい中国の思惑が一致した形だ。
 
会談で、スーチー氏は「一帯一路の呼びかけはこの地域と世界に平和と繁栄をもたらす。中国の支持と支援に感謝する」と述べた。習氏も「インフラや経済協力などで、実務的な協力関係を深めたい。引き続きミャンマー国内の和平に必要な支援をしていく」と協力を約束した。
 
ミャンマーにとって中国は最大の貿易相手国で、その経済力も魅力的だ。中国も、ミャンマーとの経済的交流を進めてシルクロード経済圏構想を進め、安全保障上の優位も確保したい考えだ。
 
両氏の会談は、スーチー氏が訪中した昨年8月以来。【5月16日 朝日】
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****<一帯一路>李首相、アウンサンスーチーミャンマー国家顧問と会談****
李克強首相は16日北京で、「一帯一路」国際協力サミットに出席するため訪中したミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問と会談しました。
 
李首相は、「ミャンマーと発展戦略をリンクさせ、ハイレベル交流を緊密化し、互恵協力を推し進め、人的往来と文化交流を強め、両国国民により大きな福祉をもたらしていく」とした上で、経済特区や石油・ガソリンパイプライン、港湾など重要なプロジェクトにおける協力を穏やかに推進するよう期待する一方、水力発電用ダム「ミッソンダム」問題の適切な解決を求めました。
 
李首相はまた、ミャンマー北部の停戦を一日も早く実現し、中国との国境地域の安全と安定を着実に確保するようミャンマー政府に促しました。
 
これに対して、アウンサンスーチー国家顧問は、中国との協力の見通しを楽観視し、中国と経済貿易や人的・文化面における交流をさらに強めていきたいと述べました。【5月17日 CRI(中国国際放送局)】
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李克強首相との会談で、「ミッソンダム」建設再開についてスー・チー氏がどのように発言したかは報じられていません。“両国関係の懸案を中国側から持ち出していることから何らかの妥協案が提示された可能性がある”【5月16日 毎日】とも。

少数民族武装勢力とミャンマー政府の和平交渉を仲介する中国
ミャンマー側が中国国境の少数民族対応で中国の協力を必要としているというのは先述のとおおりですが、李克強首相が“国境地域の安全と安定を着実に確保するようミャンマー政府に促しました”というように、中国側も少数民族とミャンマー政府の和平を望んでいます。(そのあたりの事情は、後出【Newsweek】)

そうした中国側事情もあって、習近平主席が「引き続きミャンマー国内の和平に必要な支援をしていく」と発言したように、中国は少数民族武装勢力とミャンマー政府の和平交渉を仲介する姿勢を見せています。

中国の和平仲介の背景には、国境付近での経済的利益と難民の中国流入があると指摘されています。
更に、「一帯一路」構想において、ミャンマーはインドと中国という2大経済圏を結ぶ陸路を確保する重要な位置にあります。

****中国が進める「属国」の和平****
民主化により自立した隣国で続く少数民族との内戦 経済的利益を狙い中国は仲介役に回り始めた

3月、ミャンマー(ビルマ)政府が少数民族武装勢力との和平交渉再開に向けた話し合いに乗り出した。
ミャンマー北部では、カチンなどの少数民族と政府軍との間に内戦が続いている。今回の話し合いは、ミャンマーの内戦地帯と国境を接する中国の仲介で実現した。
 
約100万の人口を持つカチンは、ミャンマー北部のカチン州を中心とする地域に先祖代々暮らしている。62年のーデターにより、多数派のビルマ民族主導の軍事政権が誕生して以降、カチンは独立を求めて政府軍と戦い続けてきた。この戦いは、「世界で最も長く続いている内戦」とも呼ばれる。
 
カチンの武装ゲリラであるカチン独立軍(KIA)は約1万人の戦闘員を擁し、ミャンマーと中国の国境地帯の多を支配している。KIAと政府軍の戦いは熾烈を極めてきた。政府車は司法手続きを経ない殺害、レイプ、拷問などの人権践蹟にも手を染めている。
 
内戦で住む場所を失った人は、この6年間で10万人以上。中国にも大量の難民が流人している。中国政府が和平を呼び掛ける理由の1つはここにある。
 
中国がずっと和平に熱心だったわけではない。軍事政権がミャンマーを統治していた50年間、中国はこの隣国を属国扱いしてきた。人権問題などで国際的に孤立していたミャンマーには、ほかに頼れる国がないと分かっていたからだ。

最近数十年は、カチン州から大量の木材、金、ヒスイなどの天然資源を獲得してきた。その多くは密貿易だ。
 
しかし、中国の思いどおりには運はなくなった。イラワジ川(エーヤワディー川)のミッソン水力発電ダム建設計画は、その明らかな例だ。
 
中国は、約35億ドルを投じて世界有数の水力発電ダムを造ることを計画。主に雲南省の都市に電力を供給することが目的だった(ミャンマー側に供給される電力は10%程度)。

この計画は両国政府が共同で推進してきた。ミャンマー政府は、地元住民のニーズより、中国の要求(と中国マネーの獲得)を優先させていたのだ。 

異変が起きたのは、11年9月のことだった。民政移管後のミャンマー政府がミッソン水力発電ダムの建設凍結を決定し、建設作業は途中で止まっている。
 
しかも、ミャンマーの民主化はさらに前進し、15年11月の総選挙では民主活動家のアウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝。政権交代が実現した。

英米や国連を排除したい
中国がミャンマーを属国扱いできる時代は終わった。新政権は、ほかの大国の力を利用して中国の影響力を弱めようとし始めている。
 
中国はミッソン水力発電ダムの建設を再開したい意向だが、KIAと政府軍の戦いがそれを邪魔している。 

情勢の不安定化により、中国とミヤンマーの国境がしばしば閉鎖されている結果、木材やヒスイの密貿易による中国側のビジネス上の利害も脅かされている。

環境NGoのグローバル・ウィットネスの調べによれば、11年のヒスイの密貿易の規模は310億ドルに達した可能性がある。これは、ミヤンマーの正規経済のGDPの半分近くに匹敵する金額だ。密貿易されるヒスイの大半は、カチン州東部の鉱山で採掘されている。
 
中国が被っているダメージは、それだけではない。多くのカチンの難民が国境を越えて、中国の都市に流れ込んでいる。
 
強圧的なやり方を続けられなくなった中国は、これまでとは違う行動を取り始めた。カチンにダムの利点を理解させるための広報キャンペーンを開始し、カチンのりリダーたちを中国に招いて水力発電ダムを見学させたり、地元の学校や市民団体に寄付したりもしている。
 
突然、和平の仲介に力を入れるようにもなった。ただし、中国の行動原理そのものは変わっていないようだ。
 
「中国は内戦の激化を望んではいないが、欧米主導の和平によって自国の国境近くに国際監視団やNGOが入ってくることもまた避けたがっている」と、ミャンマーの高名な歴史学者タンミンウーは言う。「停戦合意とセットで新しい経済計画を導入して、ミャンマーと中国奥地の経済的な結び付きをさらに強化したいと考えている」
 
KIAの政治組織であるカチン独立組織(KIO)のダウカ報道官は、13年の和平交渉についてこう振り返る。「中国はかなり強硬に、交渉への参加を求めてきた……英米や国連を介入させないようにと、クギを刺された。全て自国の監督下で和平を進めようとしていた」
 
これに対し、中国の影響力を警戒するカチンは和平交渉に欧米諸国も加えるべきだと主張しており、思うように進展していない。(中略)
 
中国は、欧米からたびたび求められる「責任ある大国」の役割を履行していると主張する。昨年12月にも中国国内で4つの武装勢力とミャンマー政府高官を引き合わせたが、協議は早々に決裂した。さらに、KIAとの和平交渉の資金として300万ドルを提供したが、今のところKIAは停戦に応じていない。
 
国境付近の有力な武装勢力に対し、中国が圧力を強めていることは確かなようだ。3月に中国が仲介した話し合いで、ミャンマー政府、KIA、有力な武装組織であるワ州連合軍(UWSA)は、新たな和平交渉を目指す意向を表明した。
 
約3万人の戦闘員を擁するUWSAは、中国との国境沿いでベルギーほどの広さの地域を支配。中国の強い影響下にあり、人民解放軍から武器を供与されているとみられている。
 
ただし、米ステイムソン・センターの孫韻上級研究員は、中国は隣国の「内戦に引きずり込まれることを恐れている」と指摘する。
 
「(中国は)国境地域の平和と自由な貿易を望んでおり、ミャンマーに影響力を振るい続け、欧米諸国を遠ざけたいと思っているが、自分たちは和平協定に署名したくない。和平を維持できる保証はないし、ミヤンマーとの経済関係を損ないかねないからだ」

シルクロード構想の要
中国は、小さな隣国との貿易よりはるかに大きな青写真を描いている。中国政府が掲げる海と陸のシルクロード経済圏構想「一帯一路」は、ヒマラヤ山脈を越えるルートとして、カチン州を通る旧レド公路を想定している。第二次大戦中に英米が中国に軍需物資を供給するために建設されたレド公路は、中国南部とインドを結ぶ最短ルートでもある。
 
つまり、ミャンマーの和平は中国にとって、ミャンマー市場へのアクセス以上に、インドと中国という2大経済圏を結ぶ陸路を確保する重要な機会なのだ。
 
一方、KIAは中国の介入に反発しているが、白分たちの利益を考えれば停戦が最善だと理解する可能性も十分にある。(後略)【5月23日号 Newsweek日本語版】
*******************

タイトルの「属国」云々は、やや中国に対する悪意が強すぎるようにも思えます。

英米や国連を介入させず、全て自国の監督下で和平を進めようとする中国の姿勢に問題は多々ありますが、そうした中国の影響力で武力紛争が停止するのであれば、それはそれで大いに評価できるところです。

同様に、中国の影響力拡大から日本を含めて懐疑的な見方も多い「一帯一路」構想ですが、構想推進のためにミャンマー、パキスタン、アフガニスタン、中央アジアの不安定な状況を平和の方向に向けて中国が調整するというなら、それはそれで。

“パックス・アメリカーナ”にしても、アメリカの利害を前提にしたものでしょうから、「中国による平和」も、それと基本的には変わりません。

中国の場合、内政不干渉を名目にして強権支配体制の国家とも関係を結ぶ・・・ということもありますが、まあ、アメリカにしても自国の都合で“民主主義”を輸出しようとしたり、強権支配国家と同盟関係になったりと・・・そのあたりはいろいろありますので、一概に中国だけを責めるのは不公平かも。
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メキシコ「麻薬戦争」  紛争地並みの犠牲者 圧殺されるジャーナリズム 標的とされる活動家

2017-05-16 21:01:35 | ラテンアメリカ

(メキシコの首都メキシコ市の貧困地区で多くの若者に暴力とドラッグ漬けの生活から抜け出す道を提供するワークショップ「FARO」で学ぶ地元住民 【5月5日 AFP】)

紛争地の武力衝突と同レベルの犠牲者
イギリス際戦略研究所(IISS)が5月9日に発表した報告書によると、武力紛争・殺人等による2016年の死者は、世界で15万77000人とにのぼるとのことです。

当然ながら紛争による死者が大半で、シリアやイラク、アフガニスタンなど、世界10か所の紛争地帯での死者が全体の8割を占めています。

そうした中で“異彩を放つ”のが、紛争地でもないメキシコがシリアに次ぐ2番目の死者を出していることです。
これまでも再三取り上げてきた麻薬カルテル同士の争い、いわゆる「麻薬戦争」の結果です。

報告書は「大型兵器が使われていないメキシコでの大量の死者は争いの激しさを物語る」と指摘しています。【5月9日 読売より】

****メキシコの殺人事件、16年は2万3000件 内戦のシリアに次ぐ2位****
メキシコで昨年に発生した殺人事件の件数が、内戦が続くシリアに次いで世界で2番目に多かったことが、英シンクタンク「国際戦略研究所(IISS)」が9日に発表した報告書で明らかになった。麻薬カルテルによる暴力が蔓延しているためという。
 
メキシコで2016年に発生した殺人事件は2万3000件と、2011年に内戦が始まったシリアの6万件に次ぐ数字となっている。
 
IISSは「犯罪の暴力が武力衝突と同じ水準に達するのは非常にまれだ」と指摘している。
 
治安の悪さで知られるホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルの3か国を指す中米の「北部三角地帯(Northern Triangle)」では、昨年の殺人事件の発生件数が計1万6000件で前年比で減少しているが、メキシコは同時期に11%増えている。
 
IISSは報告書で、2006年12月に当時のフェリペ・カルデロン大統領が麻薬カルテルを撲滅するため「麻薬戦争」を宣言したことに端を発して暴力が拡大したと指摘。「結果として衝突が起き、メキシコに悲惨な状況をもたらした。その月(2006年12月)から2012年11月までに意図的な殺人で10万5000人が死亡した」と述べている。
 
カルデロン氏は、後任のエンリケ・ペニャニエト現大統領が麻薬密売組織を武装解除させるという公約の実現に失敗したため、その後も殺人事件の件数が高止まりしていると主張している。【5月10日 AFP】
******************

殺人の頻度では中米の「北部三角地帯」がメキシコを大きく凌いでいますが、犠牲者の絶対数となると人口の多いメキシコが・・・・というところです。

麻薬組織と司法・警察との癒着
カルデロン前大統領が軍を動員して行った麻薬組織との戦いが結果的に多数の犠牲者を出し、治安が極度に悪化したことで、そうした国民不満を背景に当選したペニャニエト大統領は、前政権のような麻薬組織との力による正面対決は避けていますが、治安の改善には至っていないようです。

「麻薬戦争」がはびこる背景には、麻薬組織と司法・警察との癒着の構造もあります。(すべての司法・警察関係者が・・・という訳ではないでしょうが)

****メキシコの検事総長を米サンディアゴで拘束、麻薬取引に関与か****
メキシコの太平洋岸に位置するナヤリ州の検事総長(45)が27日、麻薬取引に関与した疑いがあるとして、米サンディエゴで拘束された。米連邦当局が29日、明らかにした。

ニューヨーク・ブルックリン区の連邦大陪審が27日、3件の罪で容疑者を起訴した。

サンディエゴの米連邦捜査局(FBI)報道官によると、FBIと麻薬取締局(DEA)、国土安全保障省の捜査局によって身柄を拘束され、28日にサンディエゴの連邦地方裁判所で審問された。

起訴状によると、2013年1月から2017年2月に、ヘロインやコカイン、大麻(マリフアナ)などを米国在住の知人らとともに製造、輸入、流通させた疑いがあるという。【3月30日 ロイター】
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検事総長が麻薬取引に関与していては、麻薬組織の摘発などは到底望めません。

力によるジャーナリズムの圧殺
また麻薬組織は、その犯罪を公にしようとするジャーナリストを殺害することで、社会的批判を封じ込めています。

*****麻薬組織取材の記者殺害=今年5人目-メキシコ****
メキシコで麻薬組織を取材する著名ジャーナリスト、ハビエル・バルデス氏(50)が15日、射殺された。同国での記者の犠牲者は今年5人目。

ペニャニエト大統領はツイッターで「表現の自由が侵されてはならない」と述べ、捜査を急ぐように指示した。
 
地元メディアなどによると、バルデス氏は組織犯罪が横行するシナロア州を拠点に活動。麻薬王ホアキン・グスマン受刑者の記事などを執筆した。約30年の記者経験があり、2011年には米民間団体「ジャーナリスト保護委員会」から表彰された。
 
麻薬組織の凶行が絶えないメキシコでは、00年以降、100人以上の記者が死亡している。国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」によると、16年はシリア、アフガニスタンに次いで、記者の犠牲者が多かった。【5月16日 時事】
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こうした麻薬組織の“力の誇示”“脅迫”によって、多くのジャーナリズムは麻薬犯罪から目をそらす形にもなっています。

****事件報道自粛、今は耐える マフィア圧力、メキシコの新聞社****
米国国境に接するメキシコ北東部ヌエボラレド市の新聞社。社屋はまるで要塞(ようさい)に見えた。

政府と麻薬密売組織との攻防が繰り広げられて治安が悪化。犯罪を伝える新聞社がマフィアによって銃撃された。1987年5月3日、記者2人が殺傷された朝日新聞阪神支局襲撃事件から30年になるのを前に、暴力によって事件報道が消えた街を訪ねた。
 
32年創立の地元新聞社エル・マニャーナ。受付は防弾ガラス、編集室に入る扉は厚さ約5センチの鋼鉄製、鍵は指紋認証だ。市民に開かれた新聞社はある日を境に頑丈な扉で閉ざされた。
 
2006年2月6日夜、メキシコの憲法記念日の祝日だった。約10人の記者がいた編集室に男数人が侵入。突然、銃を乱射して手投げ弾を炸裂(さくれつ)させた。1人が被弾し半身不随になった。
 
「次書けば殺す」。04年ごろから、マフィアの記事が載ると記者が脅迫され始めた。麻薬密売や殺人、発砲……。記事を書けば警察や軍が取り締まり強化に動く。マフィアにとっては都合が悪い。04年3月には論説委員が自宅前で殺された。
 
同社は襲撃事件後、「マフィア報道は縮小し、身の安全を最優先に」と記者たちに伝え、全員に生命保険もかけた。同社は12年にも2度銃撃され、朝刊1面で「マフィア関連の事件は一切報じない」と宣言した。

「記事が同僚を危険にさらすのなら」。ダニエル・ロサス編集長(45)は、そう自分に言い聞かせた。
 
最近はマフィア側が電話で紙面内容を指示するようになった。市内には新聞やテレビ、ラジオが計20以上あるが、マフィアが絡む事件報道は消えたという。
 
だが、ニンファ・カントゥー編集局長(53)は諦めていない。「ジャーナリズムの力を信じている。いつか書ける日が来る時のため報道の灯を絶やさないよう今は必死に耐えている」【4月27日 朝日】
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自分や家族・同僚の命が危険にさらされていますので、いたしかたないところではあります。

ただ、麻薬組織の実際の凶悪さ・卑劣さが明らかにされないことで、人々の間にある麻薬組織での“成功”を英雄視する風潮を助長し、組織の拡散にもつながっています。

果敢に戦い続ける人々も
そうした厳しい状況でも、ペンを折ることなく、命がけで麻薬組織の犯罪を追及するジャーナリストも存在します。

****死の脅迫」受けても・・・・ペン握り続けるジャーナリスト メキシコ****
殺害された同僚の死を悼むメキシコ人記者のノエ・サバレタさん(36)。自らも幾度となく殺人の脅迫を受けているが、記者の仕事をやめる気はない。
 
紛争地を除けば、メキシコはジャーナリストにとって最も危険な国だ。だがサバレタさんが記者をやめるには、腐敗や暴力など、報じるべきニュースがあまりにも多すぎる

「同僚の埋葬もしたし、他の仲間たちが国を去っていくのも見てきた。だが、それ(脅し)が自分に向けられるとやっぱりパニックになる」と、彼は出身地の東部ベラクルス州の州都ハラパで語った。
 
メキシコのその他大勢のジャーナリストと同様に、彼も組織犯罪について報じているため、これまでに何度も脅迫を受けてきた。

それでも、調査報道週刊誌「プロセソ」に、政治家と組織犯罪の関係、汚職、集団墓地について記事を書くことをやめることはない。
 
サバレタさんは2012年に殺害された記者の後任としてプロセソに入った。その時、以降に待ち受けるものへの覚悟はできていた。彼の前任者のレッジーナ・マルチネスさんは、ベラクルス州当局の汚職と権力乱用について報じ、その後に殺害された。事件はまだ解決に至っていない。
 
2015年には、一緒に働いていたフォトグラファーのルーベン・エスピノサさんが殺害された。エスピノサさんは当局者から脅迫を受け逃亡したが、首都メキシコ市で殺害された。
 
サバレタさんも昨年、汚職が指摘されていた元州知事について記事を書き、脅迫を受けた。事務所や自宅、恋人の家の周りをうろつく見知らぬ男たちの存在に気づき、パニックになったと話す。「何をどうしたらいいか分からなくなった」
 
彼はメキシコ市へと逃げ、脅迫されたことを連邦治安当局に通報した。彼には半年の間、警備員が2人ついた。身に危険が及んだ際、当局に知らせる非常ボタンは今でも持ち歩いている。

「私はまだ仕事をしている」と笑みを浮かべるサバレタさん。「もし私がまた脅迫を受け、また逃げる必要があり、そしてまたそれを公にする必要があるのであれば、それが私のやるべきことだ」

■殺害されるジャーナリストたち
国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」は、メキシコを世界で3番目に死亡リスクの高い国と位置付けている。その危険性は、シリアとアフガニスタンに次ぐものとされ、事実メキシコでは2000年以降、102人のジャーナリストが殺害されている。うち20人はベラクルスで殺されたという。
 
人権擁護団体「Article 19」によると、過去10年間にジャーナリストらが受けた脅迫のうち、確認されているものについては半数以上が当局者から送りつけられたものだという。また同団体は、ジャーナリスト殺害事件の99.75%が未解決であるとしている。
 
サバレタさんは自身の活動を後押ししたあるジャーナリストのことを語ってくれた。Zeta誌のディレクターとしてティフアナ州での麻薬取引を調べていたヘスース・ブランコルネラスさんだ。
 
ブランコルネラスさんは1997年、反社会勢力によるものとみられる襲撃で負傷した。その後、2006年にがんで亡くなるまで、軍の警護の下で家と職場とを往復した。
 
サバレタさんは、かつてブランコルネラスさんが敵に向けて言っていた言葉をよく覚えているという。「私は自分がやめたいときにやめる。君がそうしてほしいときではなくて」 【5月16日 AFP】
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こうしたジャーナリズムの他、貧困地区で多くの若者に暴力とドラッグ漬けの生活から抜け出す道を提供する活動を行う人々も存在します。

****ドラッグやギャングから若者救うメキシコの「灯台****
薬物依存症患者だったフェルナンド・リベラさん(24)は、メキシコ市の貧しく、暴力が絶えない郊外の街で地獄のような青春時代を過ごした──そんな状況から彼を救い出したのは「アート」だった。
 
過去に依存者のためのリハビリ施設に入所していたことがあるというリベラさん。その後、アートと工芸のネットワーク「FARO」にたどり着いた。

FAROは、市内にあるアート関連施設を結ぶネットワークで、薬物や暴力にまみれた生活から、リベラさんのような若者を数千人と救ってきた。FAROは、スペイン語で灯台を意味する。
 
スカル(どくろ)のデザインがあしらわれたマスクを笑顔で見せてくれたリベラさん。スプレー缶を使って絵を描く時に使うのだと説明した。FAROとの出会いは「難破した船がやっと避難場所を見つけたようなものだ」と語った。
 
FAROは、首都メキシコ市郊外のサンタ・マルタ・アカティトラ地区の倉庫街にある。以前は、犯罪に巻き込まれた犠牲者の遺体がしばしば発見されるような場所だった。
 
FAROが無償で提供するアートや工芸、演劇や文学のワークショップには、地元市民約2000人が参加している。リベラさんがここで初めて写真のコースを受講したのは6年前。以降、メキシコの地方の風習を撮影するため国内各地を旅している。
 
そして、その体験から社会人類学に興味を持つようになり、現在は大学レベルで学んでいる。FAROがなければまったく違う人生になっていたとAFPの取材にコメントした。【5月5日 AFP】
******************

厳しい現実
こうした人々の勇気・善意によって、麻薬犯罪もやがては・・・・と言いたいところではありますが、現実は厳しく、麻薬組織の銃弾はこうした人々へも躊躇なく向けらます。

****娘を殺害され犯罪被害者の会で活動の女性、射殺される メキシコ****
メキシコで、実娘を殺害した犯人らを刑務所に入れるために奔走し、その後、犯罪被害者たちを支援する運動を行っていた女性が、襲撃犯らに銃で撃たれ、死亡した。当局が明らかにした。
 
ミリアム・ロドリゲス・マルティネスさんは2012年に娘を殺された後、北東部タマウリパス州で犯罪者に法の裁きを受けさせるための運動などを行っていた。

ロドリゲスさんが参加していた団体によれば、ロドリゲスさんは10日夜、同州サンフェルナンドで複数の襲撃犯に数回にわたって銃で撃たれたという。
 
タマウリパス州の行方不明者の捜索活動を行う市民団体は11日、ロドリゲスさんは襲撃された後、病院に搬送される途中で死亡したと声明で発表した。
 
タマウリパス州の検察官は記者会見でロドリゲスさんが死亡したことを認めると共に、現在、当局が捜査を進めていることを明らかにした。
 
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは声明を発表し、ロドリゲスさんの死は「メキシコで行方不明になっている3万人以上を捜している人々が日常的に直面している危険を示している」と述べている。【5月13日 AFP】
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事態改善への道は険しいようです。
最大消費地アメリカにおける旺盛な麻薬需要がある限り、隣国メキシコにおける供給組織根絶は難しいようにも思われます。

おそらく「壁」の建設も、新たな抜け道を生むだけで、抜本的な解決にはならないでしょう。
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イラン  19日の大統領選挙投票日を控えた情勢 ふたを開けてみないと・・・

2017-05-15 23:00:56 | イラン

(イランの首都テヘランで12日、大統領選のテレビ討論会を見るロハニ大統領の支持者たち=AP【5月13日 朝日】)

イランの選挙風景
先日の韓国大統領選挙では、選挙集会でのダンスチームのパフォーマンスが話題にもなりましたが、それぞれの国で独特の選挙風景があります。日本の名前をひたすら連呼する、うるさいだけの選挙カーなどもそのひとつでしょう。馬鹿々々しさでは韓国に負けていません。

日本の場合、選挙ポスターの掲示は場所、枚数等は厳しく制約されていますが、(規則があるのか、ないのかは知りませんが)町中いたるところに膨大な枚数が貼られる選挙風景が見られる国はあちこちにあります。

イランも、そうした国のひとつのようです。

****挙ポスターの「無法地帯」 イラン、標識や銅像にも*****
19日に大統領選挙が行われるイランで、同時に行われる市議会選挙の候補者ポスターであふれかえる街がある。激戦区で、昔から候補者らがルールを顧みずにあらゆるところに貼りまくっているという。

市民は「街をきれいにする市政と言っているが、選挙でやっていることは逆」(タクシー運転手のムハンマド・オリヤイーさん)とあきれている。
 
首都テヘランから南に車で約1時間半。人口約22万人のバラミン市はいま候補者のポスター一色だ。電線にのれんのようにつるされたり、ポストや交通標識にも貼られたり。クリスマスツリーの飾りのようなものもあり、イスラム教聖職者の銅像までも「犠牲」になっている。
 
取材中には、通りがかった人から「車を止めたままだと、戻ったときには貼られまくっているぞ」と忠告された。
 
住民によると、市議会議員選挙のたびに街中がポスターだらけになる。同市議会は、164人が9議席を争う激戦で、アピールのために様々な場所に貼り付けるのだという。
 
地元メディアによると、同市選挙本部は「許可なく壁や公共の場所に貼るのは違法」としているが、昔からの「悪習」が改まる気配はない。「こんな無法地帯は他にない」と住民は声をそろえる。

たまりかねた一部の市民がネット上で「選挙運動に反対する運動」という住民運動まで始まったが、陣営はお構いなしだ。【5月15日 朝日】
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“イスラム教聖職者の銅像までも「犠牲」になっている”・・・宗教的な制約が大きいというイメージもあるイランでそんなことして大丈夫なのか・・・と、他人事ながら心配にもなりますが、宗教による社会的制約というのは、よそ者にはなかなかわかりにくいものでもあります。(前大統領が最高指導者の警告を無視して立候補申請したりもしています)

それにしても、“同市議会は、164人が9議席を争う激戦”とのことですが、大統領選挙の方も“定員1”に対し1636人が届け出ています。(「護憲評議会」の資格審査で6名に絞り込まれてはいますが)

以前のブログでも触れたように、イラン国民は選挙が大好きなのでしょうか?
あるいは、普段は政治的制約が厳しいため、その分、選挙になると一気に溜まったエネルギーが噴き出す・・・といったことでしょうか?
あるいは、当局も“ガス抜き”のために、そうした選挙のお祭り騒ぎを黙認しているということでしょうか?

核合意でも「経済は好転していない」】
それはともかく、注目されるのは19日の大統領選挙の行方です。

選挙戦の概況、保守強硬派の有力候補ライシ師の問題などについては、5月1日ブログ“イラン大統領選挙 争点は核合意評価と「自由」 対抗馬ライシ前検事総長の深い「闇」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170501でも取り上げました。

*****核合意で経済好転したか? イラン大統領選で最大の争点****
19日投票のイラン大統領選まで1週間となった12日、候補者6人による最後のテレビ討論会がテヘランで行われた。

国際社会の対イラン経済制裁を解除させた2015年7月の核合意をめぐり、「雇用増につなげた」とアピールする現職のロハニ大統領(68)に対し、他候補は「経済は好転していない」と反論。核合意が経済的な利益をもたらしたかどうかが最大の争点となっている。
 
今回の大統領選は、国際協調路線を志向する保守穏健派のロハニ師に対し、反米を基調とする保守強硬派の最高指導者ハメネイ師に近い前検事総長のライシ師(56)、同派のガリバフ・テヘラン市長(55)が挑む構図が軸となっている。
 
討論会でロハニ師は、1期目の成果として「核合意で輸出増へ道を切り開いた」とし、「雇用増のためには新たな(外国からの)投資が必要だ」と強調。イラン経済の発展のため、国際協調路線を堅持すべきだと訴えた。
 
これに対し、ライシ師は「現政権は不況などの経済問題を解決できていない。この4年で貧困層の比率は23%から33%に増えた」とし、核合意は経済の好転につながっていないと批判した。

ガリバフ氏も「国内の企業家は外国からの過剰な輸入という圧力にさらされている」とし、外国からの投資に頼らず雇用増を達成すべきだと主張した。
 
大統領選のテレビ討論会はイラン国内で数千万人が視聴し、勝敗を左右するとされる。13年の前回大統領選では、ほぼ無名だったロハニ師が「私は自由の体現者だ」と発言して注目を集め、初当選につなげた。イランメディアは今回の討論会について、「どの候補も浮動票を引きつける発言はできなかった」と評した。

今回の大統領選は当初、ロハニ師が優勢で、現政権への信任投票の色合いが濃いとみられていた。だが、対立候補から「核合意後も経済は好転していない」と繰り返し批判され、ロハニ師に逆風が吹き始めた様子だ。直近の世論調査によると、ロハニ師は41・6%でトップだが、ライシ師が26・7%、ガリバフ氏が24・6%で追い上げている。
 
イラン大統領選は18歳以上の有権者による直接選挙で、過半数の投票を得た候補が当選。1回目の投票で過半数を得た候補が出なければ、上位2人の決選投票で決める。他にも保守強硬派のミルサリム元文化イスラム指導相、保守穏健派のハシェミタバ元副大統領らが立候補している。【5月13日 朝日】
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核開発というイランの主権を大きく制約しながらまとめた核合意であったにもかかわらず、「経済は好転していない」ではないか・・・という、ロウハニ大統領の対立候補の言い分はもっともでもあります。

****海外勢はイラン投資に及び腰、再選目指すロウハニ師は誘致に躍起****
19日のイラン大統領選で再選を目指す現職の保守穏健派ロウハニ師は、核合意を受けた経済制裁の一部解除と、それに伴う海外からの投資増を有権者に訴えたいところだが、海外投資家たちは今のところ口約束をするのみで、実際の投資にはほとんどつながっていないのが現状だ。(中略)

対イラン制裁の解除を受けて、海外のエネルギー会社は昨年、10件以上の石油・ガス田の探査に関する契約をイランと締結。ただ、今のところ、実際の投資につながる契約にこぎつけたものは1件もない。

油田サービスのシュルンベルジェは先月、油田探査の合意の終了を発表。取引で得られる恩恵はリスクに見合わない、と判断したためだ。

こうした状況の中、イラン政府は、海外からの投資を思うように誘致できない原因は「宿敵の」米国にあるとして、苛立ちを強めている。

米政府は、イランが核合意を守っているかどうか90日ごとに確認することを議会に義務付けられている。米国はまた金融制裁の一部を残しており、このためイランの銀行は国際金融システムに参加できない。

さらに、トランプ米大統領は核合意について「これまでに調印された合意の中でも最悪のもの」と宣言。外国企業は、トランプ大統領が突然、核合意を破棄することもあり得るとして、及び腰になっている。

イランのザンギャネ石油相は、欧州の石油メジャーからの投資がまだない主な理由として「米国での政治的要因と圧力」と指摘した。

<イランの投資環境にも問題>
海外投資家はイランでの投資をためらう理由として、イラン自身が抱える問題も挙げる。例えば、透明性の欠如、ぜい弱な銀行システム、官僚主義などだ。

また、ロウハニ師が今回の大統領選で、ロウハニ師の対外開放政策に懐疑的な保守強硬派に敗北する可能性も警戒している。【5月12日 ロイター】
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“ロウハニ師の対外開放政策に懐疑的な保守強硬派に敗北する可能性”を警戒して海外からの投資が進まない、その結果、経済は好転せず、国際協調路線を志向する保守穏健派のロハニ師の立場は悪化する・・・という悪循環でもあります。

トランプリスク
再選を目指すロウハニ大統領にとって、その足を引っ張る形になっているのがイランに厳しい姿勢をとるアメリカ・トランプ大統領の存在です。

そのあたりの話は、4月16日ブログ“イラン大統領選挙 再選を目指す穏健派ロウハニ大統領 核合意を嫌うトランプ大統領は?”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170416でも触れたところです。

そのトランプ大統領は、今月後半、イランの宿敵サウジアラビア、更にイスラエルを訪問します。

****<イラン大統領選>米の強硬姿勢、ロウハニ師再選に影響も****
トランプ米大統領は今月下旬に行う就任後初の外遊で、イスラム教スンニ派の大国サウジアラビアを最初に訪問する。

サウジと敵対し、訪問時期の19日に大統領選を控えるシーア派国家イランでは、選挙戦への影響が注視されている。トランプ氏が親米アラブ諸国の結束を強調し、「反イラン」姿勢を明確にした場合、再選が有力視されるロウハニ大統領の対外融和路線を批判する保守強硬派が勢いづく可能性もある。
 
サウジは昨年1月にイランと断交。シリアやイエメンの内戦でもそれぞれ別の勢力を支援し、敵対する。

サウジのジュベイル外相はトランプ氏来訪について「米国がアラブ・イスラム諸国と協力関係を結べるという明確なメッセージ」と歓迎。イスラム教の聖地メッカを擁するスンニ派の盟主として、米国や周辺諸国と過激派組織「イスラム国」(IS)などに対抗する姿勢を強調し、イランへの圧力も示す考えだ。
 
サウジではイラン非難が熱を帯びる。中東メディアによると、2日には国防相も務めるムハンマド副皇太子が「イランはイスラム世界を乗っ取ろうとしている」と主張した。
 
投票まで1週間となったイランでは、主要争点は雇用や所得格差など経済問題だが、トランプ氏がイランを露骨に刺激すれば、ロウハニ師が優勢とされる選挙戦に影響が出る可能性もある。

中東政治に詳しいカイロ大学のアマル・ハマーダ助教は「米国による過度な強硬姿勢は、ロウハニ師に対外融和路線の変更を強いかねない」と指摘。選挙戦でライシ前検事総長ら反米強硬派の候補が勢いづき、緊張が高まる可能性もあると見ている。【5月11日 毎日】
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“イラン憎し”のサウジアラビアの思惑は上記のとおりですが、国内でFBI長官“クビ”問題で大きな騒動を抱えて苛立っているトランプ大統領が、外遊先で対イランで何か騒ぎを起こすということは十分に考えられます。

もともとトランプ氏自身がイランとの合意を非常に不満に思っていますし、国内の騒動を鎮めるためにも、注目される対外的な問題を提起した方が得策・・・という判断もあります。(北朝鮮問題を抱えて、更に中東・イランでも問題を起こすか?ということはありますが)

イランにおける世論調査の信頼性
ロウハニ大統領にとっての救いは、トランプ大統領のサウジアラビア訪問は5月21日とされていますので、第1回投票の19日で決めてしまえば“トランプリスク”を避けられることです。

もし、第1回で過半数を取れなければ、1週間後(ということは26日でしょうか)に決選投票となります。

そうなると、保守強硬派が一人に絞られてロウハニ批判票が集中するうえに、ひょっとしたら“トランプリスク”が・・・という話にもなります。

そうしたことからも、現在の支持率が注目されます。
前出【朝日】には“直近の世論調査によると、ロハニ師は41・6%でトップだが、ライシ師が26・7%、ガリバフ氏が24・6%で追い上げている。”とあります。

ただ、イランでは信頼に足る世論調査などないとも言われていますので、上記数字がどこまで信用できるのか?
そんな関心から、前回(2013年6月14日投票)選挙時の事前世論調査による支持率と結果を見てみると・・・

下記は前回大統領選挙の投票日前日の記事です。

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iPOSは5月31日から毎日、約1000人のイラン在住の有権者(18歳以上の男女)に電話で「今日投票するなら誰か」と質問。最高指導者ハメネイ師に近い保守強硬派ガリバフ氏が10日まで首位だったが、11日に保守穏健派ロウハニ師が26.6%の支持を受け、ガリバフ氏を1.8ポイントリードした。
 
唯一の改革派候補だったアレフ元副大統領(61)が10日夜に出馬を辞退し、改革派や保守穏健派ラフサンジャニ元大統領がロウハニ師支持を正式表明したことで、勢いが増したとみられる。
 
調査では、独立系候補とされるレザイ元革命防衛隊最高司令官(58)が16.3%、有力視されていた保守強硬派ジャリリ最高安全保障委員会事務局長(47)は13.7%と厳しい情勢。
 
一方、イランの保守系ウェブサイト「アレフ」は12日、アレフ氏が離脱した後の世論調査結果を掲載。ガリバフ氏(21.5%)をロウハニ師(19.1%)が猛追し、ジャリリ氏(12.5%)とレザイ氏(12.1%)が続く情勢を伝えている。【2013年6月13日 毎日】
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投票結果は、“ロウハニ師は有効投票3546万票の52.5%に当たる1861万票を獲得。2位の保守強硬派、ガリバフ・テヘラン市長(51)が獲得した608万票の3倍以上の得票で、圧勝した。選挙戦開始当初、有力視されていた保守強硬派のジャリリ最高安全保障委員会事務局長(47)は3位で、419万票にとどまった。”

唯一の改革派候補だったアレフ元副大統領が10日夜、選挙戦からの離脱を表明して保守穏健派ロウハニ師との“一本化”をはかったという変動要素があるものの、19~26%でガリバフ氏と競り合っているとされたロウハニ師が3倍以上の得票で過半数を制するという具合に、事前の支持率と結果は全く異なっています。

そうした“実績”からすると、前出【朝日】に紹介されている数字はほとんど信用できない・・・とも思われ、「ふたを開けてみないとわからない」と言えます。
(前回選挙では、ふたを開けてもロウハニ師が過半数を制したかどうかがわかるまで、しばらく時間を要しました)

先述のように、ロウハニ師は第1回投票で決めないと、決選投票では苦しい戦いが待っています。

なお、トランプ大統領は22~23日にはイスラエルを訪問しますが、こちらも在イスラエル米大使館のエルサレム移転問題など、何が飛び出すか・・・。

追加
****保守強硬派候補が撤退=現職ロウハニ師に逆風―イラン大統領選****
イラン国営メディアによると、19日投票の大統領選で有力候補の一人だった保守強硬派ガリバフ・テヘラン市長が15日、選挙戦から撤退した。ガリバフ氏は、同じ保守強硬派で最高指導者ハメネイ師に近いライシ前検事総長への支持を表明。現職の保守穏健派ロウハニ大統領と事実上の一騎打ちとなる。

ガリバフ氏は声明で「国民と国の利益を守るには、現状を変えることが必要だ」と訴えた。再選を目指すロウハニ大統領は、2015年に欧米など主要6カ国と結んだ核合意に伴う制裁解除の恩恵が国民に行き届いていないとの批判にさらされている。強硬派の候補が一本化されたことで、一層厳しい戦いを迫られそうだ。【5月15日 時事】
***************

前回選挙では、改革派・保守穏健派が投票日直前に一本化して成功しましたが、今回は保守強硬派が同様の戦略のようです。
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ウクライナ東部の止まない戦闘 政府・親露派双方とも苦しい状況 わかりづらい実態

2017-05-14 21:31:11 | 欧州情勢

(ウクライナ東部の戦闘地域アウディーフカを歩くウクライナ兵(2017年4月3日撮影)【5月14日 AFP】)

止まない戦闘、5月に入ってからだけでも、ウクライナ政府側の死者は14人
約1万人の死者を出したウクライナ東部の紛争に関しては、2015年2月に和平合意(ミンスク2)が締結され、大規模な戦闘は停止していますが、昨年末から2月初めにかけて状況は悪化し、その後も小規模な衝突は断続的に続いているようです。

****ウクライナ東部で親ロ派攻撃、民間人4人死亡 首都では音楽祭開催****
ウクライナ政府高官は13日、戦闘の続く同国東部で「ロシアの占領軍」が民間人4人を殺害したと述べた。一方、同国首都キエフでは同日、欧州国別対抗歌謡祭「ユーロビジョン」の決勝が行われ、ポルトガル代表が優勝した。
 
ウクライナ政府が任命した同国東部ドネツク州の知事はフェイスブックに、「ロシア占領軍が(ドネツク州)アウディーフカの住宅地域を攻撃した」「女性3人と男性1人が死亡した」と投稿した。
 
アウディーフカは、親ロシア派の事実上の首都ドネツク郊外でウクライナ政府軍が掌握する都市。今回の攻撃により、今月これまでのウクライナ政府側の兵士および民間人の死者は14人に増えた。
 
内戦下にあるドネツクから約500キロ離れた首都キエフでは13日、42か国からの参加者が競う歌謡祭「ユーロビジョン」が開かれ、ポルトガル代表のサルバドル・ソブラさん(27)が優勝した。【5月14日 AFP】
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欧州国別対抗歌謡祭「ユーロビジョン」にはポロシェンコ大統領も出席予定でしたが、事態を重く見た大統領は、音楽祭出席を急きょキャンセルしています。

同音楽祭については、“ロシアは今回、車椅子の歌姫として知られる女性歌手ユリヤ・サモイロワさん(28)を代表に決めた。だが、ウクライナ当局は、サモイロワさんがロシア編入後のクリミアで演奏したことを非難。本人は「問題と思わない」と出場に意欲を示したが、入国禁止となり、ロシアのテレビ局は放送をボイコットした。”【5月14日 時事】というように、ウクライナ・ロシアの間で政治問題化していました。

国際司法裁判所、ロシアの親露派勢力への支援を認定せず
ウクライナ・ロシアの間の綱引きということに関しては、ウクライナ政府がロシアの親露派勢力への支援停止やクリミア半島で先住民族クリミア・タタール人への政治的・文化的な抑圧の即時停止などを求めた訴訟の公判が19日、国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)で開かれました。

****<国際司法裁判所>ウクライナ紛争の露支援を「証拠不十分****
 ◇ロシア「ウクライナ側主張は支持されず」と歓迎の論評発表
ウクライナ紛争を巡り、国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)は19日、ウクライナ政府が求めていた「ロシアによる親露派勢力支援の認定」を「証拠不十分」として退ける決定を出した。

これを受け、ロシア外務省は20日、「(ロシアによる)『侵略』や『占領』といったウクライナ側の主張は支持されなかった」と歓迎する論評を発表した。

一方、ICJはウクライナ側の訴えを一部認め、ロシアが2014年に一方的に自国領に編入したクリミア半島で「先住民族クリミア・タタール人を人種差別している」と認定。

ロシア側にクリミア・タタール人の民族組織「メジュリス」の活動制限を停止し、ウクライナ語による教育機会を与えるよう求める仮保全措置を命じた。
 
露外務省は20日の論評でこうした命令の内容に触れつつ、「裁判所がクリミアの地位を審理の対象とせず、(ロシア側の主張を支持する)原則的な姿勢を貫いた点が重要だ」と強調した。
 
ロシアは「メジュリス」を「反露的団体」として弾圧し、メジュリスの指導者ムスタファ・ジェミレフ前議長のクリミア訪問を阻止するなどしてきた。

ウクライナのクリムキン外相は19日、ツイッターで「ロシアは人種差別を即刻停止すべきだ。国際司法裁の命令の実現へ向け、我々は取り組んでいく」と表明した。メジュリスの扱いを巡り、ウクライナとロシアの間で対立が深まる可能性がある。【4月20日 毎日】
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ウクライナ東部の紛争については、ロシア政府は「わが国は紛争当事者ではない」との基本的立場であり、国際司法の場でロシアのこうした主張を崩そうとしたウクライナ政府の試みはうまくいかなかったようです。

EU、ウクライナに短期のビザ免除を決定
一方、東部での戦闘、ロシアとの深刻な対立を抱えるウクライナを支えてきた欧米ですが、EUとしては、あまり深入りしてロシアとの対立を域内に持ち込みたくない・・・という本音もあるように見受けられます。(別に、上記の国際司法裁判所の判断が、そうしたEU側の意向を忖度したものだ・・・という話ではありませんが)

ただ、かねてよりウクライナ政府が求めていたビザに関しては、その求めに応じています。

****ウクライナにビザ免除=EU****
欧州連合(EU)の閣僚理事会は11日、ウクライナからの90日以内の短期渡航者に対し、ビザを免除すると決定した。ビザ免除は、EUとの関係強化を望むウクライナ側が強く求めていた。
 
商用、観光などが対象で、長期滞在にはビザが必要となる。アイルランドと英国への入国は、法制度の関係で対象外。
 
EU議長国マルタのアベーラ内務・国家安全相は「ウクライナの人々とEUとの絆の強化につながる重要な前進だ」と強調した。【5月11日 時事】 
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この件に関しては“ただし、協定が成立しても、ウクライナ国民がビザなしでEU圏で就業することはできず、この点に関しウクライナ国民がきちんと理解しているのかという疑問もある。もっとも、正規ではなく、非合法な形で、EUに出稼ぎに出るウクライナ国民は増えるかもしれない。”【5月12日 服部倫卓氏 「ロシア・ウクライナ・ベラルーシ探訪」】とも。

ウクライナ政府、“東部経済封鎖”の苦しい決断
こうした紛争がくすぶり続ける状況で、観光業も痛手を受けているクリミア、過激な民族主義が台頭するウクライナ双方とも、苦しい状態にあることは、3月19日ブログ「ウクライナ クリミア併合から3年 双方の苦しい現状 トランプ“取引”不発でロシアも強硬姿勢」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170319でも取り上げたところです。

ウクライナ・ポロシェンコ政権は国内の民族主義的動きに押される形で、経済的には自分のクビを絞めかねない、事実上の東部経済封鎖に踏み切っています。

****ウクライナ政権、東部経済の支配めぐり親露派と対立激化 「国家分割の動き」指摘も**** 
ウクライナ経済の核である東部の産業基盤をめぐり、現地を実効支配する親ロシア派武装勢力とウクライナ政府の対立が激化している。

親露派が企業を接収する動きを強める一方、ポロシェンコ政権は東部との流通網を遮断すると表明した。対立の出口が一向に見えないなか、ウクライナ本土と東部の分離がさらに加速するとの懸念が強まっている。
 
ウクライナ東部は鉄鋼や機械、石炭など重工業の集積地で、親露派が支配するドネツク、ルガンスク両州は同国経済の約15%の規模を占めるとされる。そのため2014年の危機発生以降も、現地の財閥系企業は他地域との通商活動を継続していたのが実態だ。
 
しかし親露派勢力は2月、支配地域の企業を「“国有化”する」と一方的に宣言。親露派の後ろ盾であるロシアのプーチン大統領も親露派支配地域との自由往来を容認するなど、ウクライナ東部をロシアの経済圏に取り込む姿勢を鮮明にしていた。
 
そのようななかポロシェンコ氏は3月15日、「接収された企業と通商関係を維持することはできない」とし、親露派地域との流通網を遮断すると発表。事実上、東部の経済封鎖に踏み切った。
 
有力政治専門家のフェセンコ氏は、東部との間で不透明なビジネスが継続されている実態に、国民の不満が急速に強まっていたと指摘。さらに、一部の政治勢力が勝手に東部との輸送網を遮断する動きを進めており、混乱の拡大を防ぐためにポロシェンコ政権が「公式に封鎖を宣言」する必要があったと語った。
 
ただ東部との通商断絶についてウクライナ国立銀行(中央銀行)は、自国の経済成長率を約1・5%押し下げると試算するなど、回復が見えかけていた経済に大きな打撃となるのは必至。

キエフのコンサルティング企業代表、ベレゾベツ氏は、「企業活動が停止することで新たに失業者となった人々が、東部の親露派に加わりかねない」とも警告する。
 
ロシアのラブロフ外相はポロシェンコ氏の決定を「常識にも人間の良識にも反する」と批判したが、フェセンコ氏は「事態はロシア、ウクライナ双方が発展させた」と主張。その上で一連の出来事は、ウクライナ本土から東部を「事実上分割する動きだ」との見方を示した。【4月3日 産経】
********************

東部の経済封鎖は、ウクライナ政府にとって経済的に大きな打撃であるだけでなく、政治的にも親露派の東部支配を認めたようなことにもなります。

東部親露派、「未承認国家に可能性はない」】
苦しいのはウクライナ東部も同様です。

****親露派支配の都市 物価数倍、支援頼る人も****
中心市街地に「英雄」や「国家元首」の看板が飾られ、鉄道駅では「月給1万5000ルーブル(約3万円)の契約兵」を募集する声が響いた。2月下旬、ウクライナ東部の工業都市ドネツク。

2014年春以降、親ロシア派武装勢力が東部を支配し、二つの未承認国家「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を自称する。ロシアのプーチン政権がウクライナ抑止のため支える「かいらい勢力」だ。
 
物価は数倍になり人道支援物資に頼る住民も多い。ドネツク大に通う男子学生、コンスタンチンさん(18)は「未承認国家に可能性はない。ロシアに行けばチャンスがあるかも」と冷静に話した。
 「
双方とも疲れている」。「ドネツク人民共和国・国防省副司令官」の親露派幹部バスリン氏は苦境を認めた。一方「(親露派地域の高度な自治を認める)ウクライナ連邦化の改憲が無ければ、戦争は続く」とも述べた。
 
ロシアの戦略目標はウクライナの欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)への加盟阻止とみられる。連邦化が実現した場合に親露政権を立てる狙いも見える。1989年に終結した東西冷戦後に失った欧米との「緩衝地帯」を再設定する試みだ。
 
ロシアの「勢力圏」だった旧東欧諸国などは次々とEU、NATOに加盟。ジョージア(グルジア)やウクライナでは親欧米政権が誕生してきた。ロシアには「悪夢」だった。
 
特にウクライナはロシアに重要性が高い。帝政時代の17世紀に大部分を支配下に収め、文化的に近い「弟分」と扱う。総人口約4500万人のうち2割はロシア系。その離反は政経両面で死活問題だ。ウクライナ東部紛争で、ロシアは大衆扇動や覆面部隊などあらゆる手段を駆使した「ハイブリッド(複合)戦争」を展開。犠牲者数は約1万人に及ぶ。
 
一方、ウクライナは米国に頼りたい。だが首脳会談はいまだ実現しない。ティモシェンコ元首相率いる野党「祖国」幹部のタラシュク元外相は『米国を世界最強に』というトランプ政権なら、ロシアの侵略的な動きを阻止する」と期待。殺傷兵器供与もあると見る。だが軍事専門家のミフネンコ氏は「自力で踏ん張るしかなくなる」と正反対の見方を示す。
 
トランプ米大統領は対露関係改善を志向する。ただ4月上旬にはロシアが支援するシリアのアサド政権軍を、化学兵器を使用したと断定してミサイル攻撃。ウクライナを巡る対露制裁も維持する。ウクライナ外務省のベシュタ政治局次長は「米国がロシアに強い姿勢を保つよう説得を続ける」と強調した。
 
ドネツクと約100キロ南の政府側支配都市マリウポリを結ぶ幹線国道。連日数十〜数百台の検問待ち車列ができる。砲声が断続的に響くが、多くの人は慣れた様子だ。両都市は行き来に従来の倍の片道4時間は要する。それでも物資買い出しや行政手続きのため、親露派地域住民が危険を冒して移動する。
 
マリウポリでは昨夏結婚手続きを1カ月から1時間に短縮した行政サービスが始まり、約900組が利用。ドネツク近郊から来たマクシムさん(28)とオリガさん(23)は「(政府側地域への)移住は難しい。早く平和になって」と語る。大国の思惑のはざまで、普通の人々が過酷な生活を強いられている。【5月12日 毎日】
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ロシアとしては、今の不安定な状態を維持して(できれば、親露派地域の高度な自治を認める政治枠組みを作って)、ウクライナのEU、NATO加盟を阻止できれば一応の目的を達成したことになり、それ以上の問題を拡大・深刻化するウクライナ東部併合といったことは考えていないでしょう。

多くを欧米に期待できないウクライナ・ポロシェンコ政権は「自力で踏ん張るしかない」ところです。

部外者にはわかりづらい東部分断の実態
それにしても、激しい戦闘の一方で、親露派実行支配地域の財閥系企業がウクライナ他地域との通商活動を継続してきたこととか、政府側支配都市マリウポリへ物資買い出しや行政手続きのため、親露派地域住民が危険を冒して移動する・・・といった関係は、単純に前線を挟んで砲弾を撃ちあっている状態でもなく、その実態はよくわからないことが多々あります。
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韓国の“質問できない記者”とアメリカの“質問・批判を許さない政権”

2017-05-13 21:53:51 | 東アジア

(ソウルの青瓦台で11日、ワイシャツ姿でコーヒーを手にして秘書官らと散歩する韓国の文在寅大統領(左から3人目)【5月13日 朝日】)

文在寅新大統領のイメージ戦略、「文在寅フィーバー」の背景にある既存政治と国民の間の深い溝
韓国新大統領に就任した文在寅(ムンジェイン)氏は、朴政権時代の「不通(プルトン)」「密室政治」という政治スタイルを一新するイメージを発信することで、政権交代を印象付け、国民の支持を集めようとしているようです。

****コーヒー片手に庭を散策・・・・文政権、「朴色」一掃急ぐ****
10日就任した韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が、弾劾(だんがい)・罷免(ひめん)された朴槿恵(パククネ)前大統領の政治スタイルを矢継ぎ早に塗り替えている。朴氏への批判の受け皿として当選したことに加え、約9年ぶりの革新系への政権交代を印象づける狙いがある。
 
ワイシャツ姿の文大統領がコーヒーを手に、首席秘書官と肩を並べながら青瓦台の庭を散策する――。12日、韓国各紙はこんな写真を1面に掲載した。
 
10日に就任した文氏は、朴前政権では想像できなかった姿を打ち出し、韓国メディアを驚かせている。その一つが秘書官らとの関係を変えたことだ。
 
朴氏は最側近も近づけず、秘書官らとさえ意思疎通を欠く「不通(プルトン)」と呼ばれる対応を続けた。そうした「密室政治」が民間人のチェ・スンシル被告の国政介入を許す背景になったと指摘されている。
 
文氏は12日から、青瓦台の執務室ではなく秘書棟で仕事を始めた。大統領府は「大統領は参謀らと近い距離で常にコミュニケーションを望んでいる」と説明、秘書官らと議論しながら日常業務を行うとしている。同日昼には、史上初めて、青瓦台の技術職の公務員と一緒に昼食をとった。
 
さらにメディアを驚かせているのが、文氏が大統領の行動日程を公開し始めたことだ。死者・行方不明者約300人を出した旅客船セウォル号沈没事故では、朴氏の当日の行動がはっきりしない「空白の7時間」が厳しく問われた。「警護上の弱点が流出する危険性がある」(朝鮮日報)との指摘もあるが、おおむね好意的に受け止められている。(後略)【5月13日 朝日】
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まだ政権がスタートしたばかりで、すべてはこれからという段階ではありますが、少なくともこのイメージ戦略は大好評で“「文在寅フィーバー」とも呼ぶべき状況になっている”とのことです。

****文在寅氏が米国大統領のように・・・韓国初の異例の姿にネットが熱狂****
2017年5月10日、就任したばかりの韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が新政府人事発表の場で見せた「韓国大統領初」の姿に注目が集まっている。韓国・聯合ニュースが伝えた。

これまでの歴代大統領は、国民への談話や新年の記者会見など政治・政策的に重要な事案については、大統領自らマスコミの前に姿を現してきたが、人事については大統領府の広報首席や報道官が伝えるのが常だった。そのためマスコミでは、文大統領が報道官など広報ラインを一番に公開するものとみられていた。

しかしこの日、司会者の案内を受けた文大統領は、首相候補の李洛淵(イ・ナクヨン)氏、国家情報院長候補の徐薫(ソ・フン)氏、大統領秘書室長に任命された任鍾ソク(イム・ジョンソク)氏とともに入場すると、スーツの内ポケットから取り出した紙を見ながら自ら今回の人選理由について説明した。

報道支援秘書官内定者として会見の司会を担当したクォン・ヒョッキ氏は会見前、「大統領が就任直後に直接人事を発表するのは初めてのこと」と述べ、「候補時に『国民との疎通を重視する』という国民との約束履行の一環」と評価した。韓国ではこのほか「文大統領自身が人事に責任を負うという意味もある」などの指摘も出ているという。

文大統領は、記者会見の最後に「これからも今日のように、国民に報告したい重要な内容は大統領が直接話すようにする」と約束した。

一方、米国オバマ元大統領も、初の大統領任期が始まる直前の2007年12月に、上院議員のヒラリー・クリントン氏を国務長官に任命するなどの人選案を直接発表したことがあり、聯合ニュースはこの点に注目している。

これを受け、韓国のネットユーザーからは5000を超えるコメントが寄せられているが、「カッコいい」「これが実話だなんて!」「投票したかいがあった」「感動そのもの。表情に誠意がみえる」「さすが盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の友達だ」「意思の疎通ができる大統領を10年ぶりに見た」「これまでの政権とは明らかに違う。これが正常なのかもしれないけど、今までわれわれは時代錯誤的で封建制の女王の統治下で暮らしてたんだね…」「そうだ。こういう姿が見たかった。新しい世界、ひとつひとつ変わっていけば全てが変わる」と文大統領への称賛コメントが目立つ。

また、前回の大統領選と比較して「こんなにしっかりした人を差し置いて、能力のない絶対不通の朴槿恵(パク・クネ)を選んでしまった。前回の大統領選はあり得ない」「自分の見る目のなさが嘆かわしい」と過去を嘆くコメントや、安哲秀(アン・チョルス)候補に1票を投じたというユーザーからは「初心を忘れずに、素晴らしい国政の遂行をお願いします。韓国をお願いします!」と願う声も上がった。【5月11日 Record China】
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****韓国大統領が自分で服を脱いだ!文在寅氏の一挙一動にネットが熱狂****
2017年5月10日、韓国の新大統領に文在寅(ムン・ジェイン)氏が就任して以降、韓国のニュースサイトは新政府の人事や新たな政策などの話題で持ち切りだが、ネットユーザーの間では文大統領の人柄をうかがわせる行動の一つ一つに特に大きな注目が集まり、「文在寅フィーバー」とも呼ぶべき状況になっている。

11日午後、韓国の2大ポータルサイト、ネイバーとダウムでともに閲覧数・コメント数上位を占めたニュースは、「自分の服は自分で脱ぎますよ」という文大統領のせりふを見出しにした聯合ニュースの写真記事。

この日開かれた大統領府新任秘書官らとの昼食会の席で、文大統領が背広を脱ぐのを近くの職員が手伝おうとしたところ、大統領が職員を「いや」と制し、自ら上着を脱いで椅子の背に掛ける様子が6コマの写真に収められている。

やはり同時間帯に注目を集めたのはニューシスの「青瓦台(大統領府)敷地内を散策する文在寅大統領と参謀陣」で、こちらも写真記事。昼食会を終えた大統領が、7人の新たな側近らと並び談笑しながら歩いている。ほぼ全員が上着を脱いだワイシャツ姿、テークアウト用のコーヒーカップを持ち和やかな雰囲気が伝わってくる写真だ。

そしてこの日午前にも、文大統領の気さくな一面がみえるニュース1の記事が注目された。記事によると大統領は、ソウル市内の自宅から大統領府に向かう「出勤」途中、防弾装備の施された車からわざわざ降りて、見送りに集まった20人余りの住民や支持者らの元に歩み寄り声を掛けた。この時、一緒に写真を撮りたいとの住民らの要望にも嫌な顔をせず応じ、なんと大統領府の警護室長が撮影役に回ったという。

こうした記事それぞれにネットユーザーからは2000〜6000ほどのコメントが寄せられている。中でも最多の2万を超える共感を得たのは「国の空気が澄んだような気がする。愛してます、文在寅」という熱烈なラブコール。他にも「人の品格というものは行動一つで分かるね」「こういう姿が見たかった」「これ、本当に韓国なの?」「ちょっと文句を言ってやりたいくらいカッコよすぎる」「まだ就任2日目なのに、20年に感じられるくらい幸せ」「ああ、涙が出る。実に頼もしい」など、これ以上ないほどの称賛や幸福感を訴える声が並ぶ。

また、これまでの保守政権9年と比較し、「朴槿恵(パク・クネ前大統領)とは次元が違う」「いつも独り飯を楽しんでた朴さんとは違うね」「これが当然なのに、今まで僕らはおかしなものばかり目にしてきたから…」「これまでの9年が本当に恥ずかしい」「暗く長いトンネルを抜けて光あふれる外界に出たような気持ち」といったコメントや、「きっと国民に愛される大統領になるはず」「何かやってくれそうな気がする」と今後に期待する声も目立った。【5月11日 Record China】
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感情的振幅が大きい国民性や、ネット世論という特殊性はあるものの、まずは上々の滑り出しのようです。

朴前大統領退陣を求めるキャンドル革命や新大統領に対する熱狂ぶりの背景には、これまでの政治に顧みられてこなかったという若者を中心とした既成政治への不満・閉塞感があります。

****就職難と貧困悪化****
若者の間では「ヘル(地獄)朝鮮」という言葉が流行するほど就職難が深刻だ。若年層(15~29歳)の失業率は昨年、2000年以降最悪となる9.8%を記録した。
 
一方、収入が平均の50%を下回る世帯の比率を示す「相対的貧困率」は、65歳以上の高齢者で49.6%と、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の12.6%を大幅に上回る。高齢者の自殺率も10万人当たり55.5人と、OECD加盟国の中で最高。文氏は選挙戦中、「改革だけが内外の危機を克服し、国民の暮らしを守れる」と訴えた。【5月10日 時事】
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このあたりの韓国社会の抱える問題については多くの注目すべき事柄がありますが、今日の本旨ではないのでパスします。

指摘しておきたいのは、“自分で服を脱いだ”とか、たわいもないことがらに「文在寅フィーバー」が生じるほどに、過去の政権と国民の間に深い溝があり、政治が自分たちの声を代弁していないという思いがあった・・・ということです。

慰安婦問題に関する政府レベルの日韓の合意もそのひとつでしょう。
もちろん、日本からすれば、政権が代わったからといって国家間の合意がないがしろにされるのは国際的にも認められない・・・という話になるわけですが、個人的には、国民の考えと遊離した政権との合意に固執し、その維持にエネルギーを注ぐのも、あまり生産的ではないように思えます。

単に、国民相互の理解が重要といった“きれいごと”だけでなく、北朝鮮や中国の現実的脅威・問題に長期的に対応していくうえで、法律論・形式論で押しとおして勝ち得た(実質を伴わない)合意で上滑りするような日韓関係というのは、長期的みて大きな足かせにもなるように思われます。

この話も今日の本旨ではないので、これ以上深い入りはしません。(どうせ、日本国内、特に“ネット世論”では受け入れられない話にもなりますので)

【“質問一つできない韓国の記者”は“9年間”の結果か、原因か?】
で、今日取り上げたかったのは、政権とメディアの関係です。
先述のように政権と国民の間に深い溝があった韓国にあっては、政権・政治とメディアの関係も独特のものになったようです。

そのあたりを窺わせる非常に興味深い記事がありました。

****新政権発足で韓国国民の脳裏に浮かんだ7年前の「恥ずかしい」出来事****
2017年5月11日、韓国・クキニュースによると、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権で国家情報院(国情院)長に指名された徐薫(ソ・フン)氏の会見の様子に、韓国国民が7年前のある出来事を連想し憤りを覚えているという。

徐氏は新大統領から指名を受けた10日、大統領府で行われた記者会見で「これまで多くの政府が試みるも成し遂げられなかった国情院による政治介入の根絶を実現」するには「これが最後の機会だと思う」とし、健全な国情院の実現に意欲をみせた。

しかしこれを受けた記者団からの質問は意外にも少なかったという。徐氏は「今は国情院長の候補者だが、候補者の肩書がなくなれば皆さんの前に立つ機会はないだろう」と遠回しに質問を促したがついに追加の質問は出ず、「それでも興味がないのであれば終わりにしましょうか」として会見を終えた。

この様子が報じられると、韓国のネット掲示板などには取材陣に対する批判のコメントが相次いだ。その中で一部のネットユーザーが言及したのが、2010年、ソウルで開かれたG20サミットでの米国のオバマ大統領(当時)の会見だ。

この時、中国国営放送の記者が「アジアを代表して質問したい」としたのに対し、オバマ氏は「最後の質問は(開催国の)韓国の記者に」と返答、しかし韓国の記者は誰も質問せず、せっかく与えられた機会を無にしてしまったのだ。オバマ氏はなお「韓国語での質問なら通訳が要りますね」と配慮をみせたが、やはり質問は出ず、当時国民から非難の声が上がった。

この時の「恥辱」を思い出させるかのような今回の事態に、韓国のネットユーザーは2000件を超えるコメントを寄せており、「オバマさんの時のことは、本当に世界的な国の恥だった。質問一つできない韓国の記者も、言葉に詰まった朴槿恵(パク・クネ前大統領)もね」「記者って質問するのが仕事じゃないの?それもできない人間がなぜ会見に行くの?」「韓国の記者は実に情けない。いっそ記者も海外からスカウトしよう。海外には優秀な記者がたくさんいるよ」と痛烈な批判の声が並ぶ。

また一部では、国民との疎通を重視しなかった李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵政権の9年間がこうした「質問しない・できない取材陣」をつくり出したとの指摘もあり、「やはり染み付いた習慣というものは恐ろしい」「それなりにいい記者は、朴槿恵がクビにしてきたんだね」「朴槿恵政権の間、記者たちは質疑応答のやり方を忘れてしまったようだ」といったコメントもあった。【5月11日 Record China】
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“質問一つできない韓国の記者”(与えられた情報を流すだけのメディア)というのが、“国民との疎通を重視しなかった李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵政権の9年間”の結果なのか、あるいはそいう政権を許した原因なのか・・・・。

欧米に比べると、日本もシャイなところがあって、大勢の前で意見・質問を述べるというのはあまり得意ではないようにも思えますが(そういう文化的風土の背景に何があるのかという議論は重要ですが)、韓国メディアも大きな問題を抱えているようです。

政権に対して主張しないメディアは、ポピュリズム的な世論動向に対しても沈黙・追随するだけの存在となるでしょう。

【「我々は役人に大声でしつこく質問できるジャーナリストを必要としている」】
前出記事が印象に残ったのは、アメリカの例の事件が同時期あったからでもあります。

****米、高官に質問繰り返した記者逮捕 「政治活動を妨害****
米ウェストバージニア州の州都チャールストンの州議事堂でトランプ政権のプライス厚生長官に質問を繰り返した記者が「政府の活動を意図的に妨害した」として現行犯逮捕された。人権団体は10日、「表現の自由への攻撃」との声明を出し、懸念を表明した。
 
地元紙によると、地元メディアのダン・ヘイマン記者(54)が9日、政権が公約に掲げてきた医療保険制度改革法(オバマケア)の代替案の具体的な中身について質問をしながら、プライス氏とトランプ大統領の側近、コンウェイ大統領顧問を追いかけた後、逮捕された。留置場に入れられ、勤務先が保釈金5千ドル(約57万円)を払った末に保釈されたという。
 
同記者は、質問に応じない閣僚に粘り強く答えを求めるという「自分の仕事をしただけ」と記者会見で述べた。一方、ロイター通信によると、州当局は「単に質問しようとしただけではなく、警護官を押しのけようとした」と話している。
 
人権擁護で有力な米自由人権協会(ACLU)は、現場が政府庁舎の廊下で、質問内容も代替案におけるドメスティックバイオレンス(DV)の扱いという公益に利するものだったと指摘した上で「(表現の自由を保障する)憲法修正第1条への容認できない攻撃」と批判した。

同協会は、トランプ氏が日常的に報道機関を攻撃していることを指摘した上で、「我々は役人に大声でしつこく質問できるジャーナリストを必要としている」と訴えた。【5月12日 朝日】
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「オルタナティブ・ファクト」で名を馳せたコンウェイ大統領顧問ですから、記者逮捕についても関与があったのだろうか・・・とも思ってしまいますが、ヘイマン記者によると、プライス長官の身辺警護に当たっていたシークレットサービスが、警察に指示してヘイマン記者を逮捕させたとのことです。【5月12日 CNNより】

記者の逮捕自体は別にトランプ政権の直接の意向ではないでしょうが、トランプ政権がメディアとの対立関係を醸し出していることは事実です。そうした雰囲気が生んだ事件でしょう。

「フェイクニュース」というトランプ大統領のメディア攻撃はいつもの話ですが、自分を批判するメディアがどうしても許せないようです。

****トランプ政権】トランプ大統領、定例記者会見の中止を検討 「書面回答の配布が最善策かも****
トランプ米大統領は12日、ツイッターで連邦捜査局(FBI)のコミー前長官の解任をめぐり批判的な報道を展開しているメディアへの不満を表明し、ホワイトハウスの定例記者会見の中止を検討していることを明らかにした。
 
トランプ氏は「色々なことが起きていて、私の代理人(大統領報道官)が(発表内容に)正確を期すことが不可能になっている」とした上で、「今後は記者会見を開かずに、書面回答を配布するのが最善策かもしれない」と書き込んだ。
 
その後、FOXニュースの番組とのインタビューで司会者から「(会見中止は)本気なんですか」と聞かれると、「代わりに自分で2週間に1回会見する。良いアイデアだと思うのだが」と述べ、実行に移す可能性を強く示唆した。
 
同日の記者会見で発言の真意について聞かれたスパイサー大統領報道官は「大統領は報道に幻滅している」と語り、問題はメディアの側にあると主張した。
 
これに対し、ホワイトハウス記者会は強く反発。「定例記者会見を廃止すれば、説明責任や透明性、米国の制度ではいかなる政治家も質問から逃れられないという事実を米国民が目にする機会が減る」とする声明を発表した。【5月13日 産経】
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こうした事態がロシア・中国ではなく、民主主義の“お手本”とされてきたアメリカで起きているというのが、なんとも悲しむべきことに思われます。
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ベネズエラ  居座るマドゥロ大統領、新憲法制定を画策 連日の抗議行動で増える死者 「糞便瓶」も

2017-05-12 22:01:13 | ラテンアメリカ

(抗議行動も過激化しています。ベネズエラの首都カラカスで機動隊の車両に放火するデモ参加者(2017年5月3日撮影)【5月4日 AFP】)

居座るマドゥロ政権、議会を無視する新憲法制定の動き
南米ベネズエラで“チャベスなきチャベス路線”を続ける反米・急進左派マドゥロ政権の無理な価格統制やバラマキ、そして主要輸出品である原油の価格下落による経済破綻(物価上昇、食料・日用品・医薬品の品不足、通貨下落、財政逼迫)、また、そうした状況への国民不満を押さえつけての強権的な居座り、それに対する国民の退陣を求める抗議行動などについては、このブログでも再三取り上げてきました。

最近では、4月20日ブログ“ベネズエラ 大規模反政府デモで広がる混乱 強引な延命で国際的孤立を深めるマドゥロ政権”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170420

抗議行動側も決め手を欠くなかで状況は好転せず、行動は過激化し、犠牲者だけが増え続けています。

弾劾を求める国民投票も封じ込めて居座り続けるマドゥロ大統領は、新憲法制定による延命を図ろうとしています。

****ベネズエラ大統領、新憲法制定へ 野党反発、デモ激化も****
政治の混乱が続く南米ベネズエラのマドゥロ大統領が1日、「国を再建する」として新憲法制定に取りかかる考えを示し、憲法制定議会を招集する大統領令に署名した。

経済が急速に悪化し、大規模な反政府デモが連日繰り返されるなか、憲法を変えることで延命を図る狙いがあるとみられる。野党勢力は「民主主義の破壊だ」と強く反発しており、全土に広がる抗議デモがさらに激化する恐れがある。
 
マドゥロ氏は1日、新憲法制定の理由について「腐りきった議会の姿を変えることが必要だ」と演説。憲法制定議会を構成する500人のうち、約250人は労働者階級から選ばれると説明した。

新憲法の内容の詳細は不明だが、来年の大統領選の日程や、議会や司法の権限など現行憲法下の秩序に大きく影響する可能性がある。
 
2013年のチャベス前大統領の死去後、政権を引き継いだ反米・急進左派のマドゥロ政権では、無理な価格統制や、主要輸出品の原油の価格下落などで経済が急速に悪化。物不足で商店前には日常的に行列ができ、治安悪化も深刻化している。
 
15年の総選挙では、マドゥロ政権を支える与党は、野党連合に惨敗。これに対し、マドゥロ氏は、野党が多数を占める議会決議を無視したり、批判的な野党指導者を逮捕したりと強権的な姿勢を強めた。
 
3月下旬には、政権と近い最高裁が、議会の立法権を奪うという異例の判断を示した。国内外から批判を受け、判断は取り下げられたが、反政府デモが拡大。4月以降はほぼ連日のデモが起き、治安部隊との衝突や混乱で約30人が死亡している。
 
この日も、大統領選の前倒しや民主的手続きの尊重を求めるデモが各地で発生。議会のボルヘス議長は「国民をだます詐欺行為だ。憲法を使って、憲法そのものを壊そうとしている」と述べ、抗議の声を上げるよう国民に呼びかけた。【5月3日 朝日】
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“腐りきっている”のは議会ではなく、政権およびその統治システムの方だと誰しも思いますが、そういう常識が通用しないのが国家権力というものです。

マドゥロ大統領は支援者数千人を集めたメーデー集会で、新憲法制定の趣旨について、野党が支配する議会を経由しないで済むよう憲法を改正すると語っています。

アメリカやブラジルなど周辺南米諸国政府も、マドゥロ政権の強権的居座りは民主主義を浸食するものだと批判しており、野党側は大統領側の働きかけを拒否し、総選挙を求めています。

****ベネズエラ野党勢力、制憲議会招集に向けた協議をボイコット****
政情不安が続くベネズエラの野党勢力は、マドゥロ大統領が発表した制憲議会招集について協議する8日の会合をボイコットした。野党側は政治危機の解決に総選挙を求めている。

野党勢力が過半を占める議会のボルヘス議長は「(制憲議会は)大統領らが権力を維持するためのごまかしだ」と指摘。「この危機を解決する唯一の道は自由な選挙だ」と語った。

ベネズエラ第2の都市であるマラカイボでは、約300人のデモ隊が「マドゥロは去れ」、「独裁にノーを」と叫び抗議活動を展開。治安部隊が催涙ガスで応酬した。【5月9日 ロイター】
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火炎瓶が飛び交う抗議行動 ブラジルへの大量避難も
抗議行動では、火炎瓶を投げつけるデモ隊参加者が火だるまになる惨事もおきています。

****機動隊とデモ隊が衝突、デモ参加者が火だるまに ベネズエラ****
改憲を目指す大統領の退陣を求めて多数の国民が連日デモを繰り広げているベネズエラで3日、催涙弾を発射する警察と火炎瓶を投げつけるデモ隊が衝突し、首都カラカスではデモ参加者が火だるまになる事態が発生した。
 
ベネズエラの反政府デモは1か月以上続いており、検察当局の発表によれば、これまでの死者は32人となっている。
 
検察当局によると、政府側がデモ隊に催涙ガスを発射したのはカラカス東端のラスメルセデス地区。
 
現場にいたAFP記者は、デモ参加者の少なくとも1人に火が燃え移った他、負傷者の中には野党議員2人も含まれていると述べている。火だるまとなった人物が死亡した男性かどうかは不明。
 
衝突が発生したのは、カラカス中心部にある庁舎群に向かっていたデモ隊の行進を機動隊が阻んだ後。市中心部ではニコラス・マドゥロ大統領が、多数の支持者の集会で演説を行っていた。【5月4日 AFP】
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抗議行動による死者は、検察当局ツイッターによれば、この40日間で38人に達したとのことです。【5月11日 AFPより】

生活費需品が欠乏するなかで、先住民が隣国ブラジルに大量避難するという動きも報じられています。

****ベネズエラ先住民、ブラジルへ大量避難 物不足などで****
政治や経済の混乱が続くベネズエラから多くの先住民が逃れてきているとして、隣国ブラジル北部の都市が緊急事態を宣言した。ベネズエラからは昨年だけで約20万人が出国したとされる。マドゥロ政権が強権的な姿勢を強めるなか、混乱が深まっている。
 
報道によると、ベネズエラと国境を接するアマゾナス州の州都マナウス市が緊急事態を宣言したのは今月4日。今年になってベネズエラ側の先住民族ワラオの約400人が町にたどり着き、橋の下やバスターミナルで暮らしているという。
 
物不足や治安の悪化から、2千キロ近い距離を移動してきた。ブラジルでは昨年も、ベネズエラ人が国境地帯に押し寄せた。物売りや物乞いをして暮らす人の中には子どもや高齢者も多いという。
 
ブラジルのメディア、グロボによると、ベネズエラ人のブラジルへの難民申請は、2012年の1件から昨年は3375件に急増。今年は5月初旬までに8200件を超えた。
 
米CNNスペイン語放送は専門家の話として、反米左派のチャベス大統領が誕生した1999年以降で約200万人が脱出したが、昨年は1年間で約20万人が出国したとしている。
 
同国では13年のチャベス氏の死去後、マドゥロ大統領が政権を継いだが、物不足で商店前には日常的に行列ができ、年率数百%のインフレや治安悪化が市民生活を直撃。4月以降、反政府デモが続き、40人近くが死亡している。【5月12日 朝日】
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これまで以上の経済崩壊・混乱が予測されるベネズエラ経済の今後
政権側が政権移譲とか路線転換をしようとしないベネズエラ経済の今後については、厳しい見方が一般的です。
政権の崩壊も予測されています。

****まるでソ連末期の経済破綻に向かうベネズエラ****
<独裁に傾くマドゥロ政権下で反政府デモと政治的混乱が続く。経済も破綻寸前の石油大国がたどるのはソ連と同じ末路>

南米の資源大国として、先進国の仲間入りも夢ではなかったベネズエラの経済が、今や破綻の危機に陥っている。膨大な石油資源を抱えていながらなぜこんなことになり、一体これからどうなるのか。

原因を分析し、先行きを予測するに当たっては1980年代後半のソ連経済の惨状が参考になりそうだ。むろん国民にとっても政権にとっても、決して明るい未来ではない。

14年夏に原油相場の下落が始まってから、ベネズエラ経済は衰退の一途をたどってきた。原油価格はだいたい10年ごとに高騰と暴落を繰り返す。だから現在の原油安も当分続くだろう。

ソ連も、81年に始まった原油安で打撃を受けた。だがソ連崩壊後のロシアで改革派政治家として活躍した故エゴール・ガイダルの著書『ある帝国の崩壊』によれば、最悪だったのはそれ以前の経済政策だ。

石油の輸出で潤っていた当時のソ連政府は、この調子なら奇跡を起こせる、自分の国には経済学の法則など当てはまらないと信じた。そして見境なく歳出を膨張させた。先のことなど考えなかった。

今のベネズエラ政府はマルクス・レーニン主義を標榜してはいない。しかし愚かしい経済政策を進めているという点では当時のソ連指導部と大差ない。主食のパンや肉など基本物資の価格統制を維持し、そのために必要な巨額の補助金も石油収入で賄えると信じ切っていた。

3年前の夏以降、原油価格は半分以下の水準に下がった。そのため収入が減っても政府は手を打たず、原油の増産もしなかった。石油業界を牛耳る国営のベネズエラ石油公社(PDVSA)に増産能力がなかったからだ。それでも政府は財政赤字を解消する方向へ舵を切らず、80年代末のソ連と同じ愚行を続けて破滅に向かっている。

ソ連も、末期には財政赤字が急増していた。86年にはGDPの6%を超え、91年にはGDPの3分の1に達した。輸入品の支払いに充てる外貨準備が減ると紙幣を増刷して国庫の赤字を埋めたものだ。必然的にインフレが激しく高進した。

どうやらベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領も、ソ連と同じ財政・金融政策に固執しているようだ。もはや補助金支給の原資はない。しかも事態は悪化する一方だ。

迫るハイパーインフレ
このまま紙幣の増刷を続ければ、やがてハイパーインフレに襲われる。既にインフレ率は年700%とされ、月間50%以上と定義される公式のハイパーインフレに近づいている。

歴史的には、ハイパーインフレの事例は少ない。ジョンズ・ホプキンズ大学応用経済学教授のスティーブ・ハンキーによると、世界史上まだ56例しかなく、その半数が共産主義体制の崩壊に伴う現象だった。ソ連を構成していた15共和国の全てがソ連崩壊時に経験したという。

ハイパーインフレは国民の士気をくじく。いくら働いても意味はないと感じさせてしまう。稼いだ金額に見合う買い物ができないから、労働意欲が湧くはずもない。一方で目先の利く商人は、安全資産の商品や不動産の思惑買いに走る。

結果としてGDPは急激に縮小し、財政の安定が回復しない限り減少の一途をたどる。ソ連ではおそらく91年にGDPが10%ほど減り、ソ連崩壊にかけての88〜95年に原油生産は半減した。ベネズエラでも似たようなことが起きているようだ。

ソ連政府は通貨ルーブルの法定平価を非現実的に高く設定しようとした。闇レートの5倍くらいの高さだった。目的は、国民に「豊かさ」の錯覚を抱かせることにあった。だがそのためには食品などと同様に、外貨の購入に国費をつぎ込む必要があった。だから歳出が増えて財政赤字は膨張し、通貨の闇レートは急降下した。

やがて国民は闇レートこそ現実の相場だと思い知るようになる。91年12月、ついにソ連崩壊という時点で、ロシア人の月収は米ドル換算で平均6ドルという悲惨な状況だった。今のベネズエラもその方向に進んでいる。

ソ連では同時に対外債務も急増した。今のマドゥロ政権同様、可能な限り多くを可能な限り長期で借りた。貸し手は主として外国政府。ベネズエラの場合、最大の貸し手は中国だ。そして借金を返せない現実を認めず、少しずつ返済を続け、それだけ赤字を増やしている。

もちろんソ連との違いはある。ベネズエラは複数の共和国を抱える連邦国家ではない。愚かな経済政策を採用してはいるものの、共産主義を掲げてはいない。国内にはまともな野党勢力があり、教育水準の高いエリート層もいて、ソ連よりずっと開放性が高い。

それでもベネズエラはソ連経済と同じ末路をたどる恐れがある。仮にマドゥロが政策の不備を認めて方針転換を図ろうとすれば退陣を迫られる。おとなしく辞任はしないだろうから、危機は深まる一方だ。

平穏な政権交代が望めなければ、国民が力でマドゥロ政権を倒すか、大統領が国外へ逃亡する事態もあり得る。あるいは外貨準備を使い果たし、対外債務についてデフォルト(債務不履行)に陥る。つまり何も輸入できなくなり、通貨ボリバルはただの紙くずと化す。

いずれにせよ、マドゥロ政権は長続きしない。多くの国民が辛酸をなめる事態を回避するための対策を講じないまま、遠からず権力の座を追われる。

後継政権が登場したところで選択肢は少ない。極端な経済危機に対しては政策の選択肢などほとんどないものだ。大事なのは予算の均衡を実現すること。短期的に税収増は望めないから、歳出を削減する。決め手は物価補助金の撤廃だ。対外援助も切れば、政府の収支は均衡するかもしれない。

為替レートも変動制であれペッグ制であれ、市場に適合させるべきだ。外貨準備も回復させなければならない。そのために迅速に対応できる唯一の国際機関はIMFだ。

ただしIMFの要請に従ってベネズエラ政府がマクロ経済改革に応じることが条件となる。加えて国際社会の協力を得て、債務のリストラに取り組むことも必要だ。

ソ連の状況は、ベネズエラよりずっと困難だった。15の共和国がそれぞれ独立し、独自の通貨を持つ必要があった。それにしても、財政を安定させるまでに費やした7年の歳月は長過ぎた。新生ロシアが苦しいときに、西側諸国は支援を出し渋った。だからその後のロシアは西側から離反していった。

ベネズエラ改革は抜本的かつ迅速であるべきだし、欧米諸国は全面的に財政支援をするべきだ。マドゥロ政権の崩壊は決してきれい事では済まない。だが避けられるものでもない。

政治的な見通しはなかなか立てにくいとしても、深刻な経済危機の行く末は火を見るよりも明らかだ。次の政権が迅速に、正しい政策を実行できるかどうか。時間は限られている。【5月16日号 Newsweek日本語版】
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“マドゥロ政権は長続きしない”かどうかは不透明です。マドゥロ大統領個人の退陣による首のすげ替えで、体制自体は維持される・・・というシナリオもあります。

ベネスエラの今後を左右するファクターは、中国がどこまで資金的に支援を続けるのか、あるいは、どこかで見放すのか・・・という点です。

デモ隊の「糞便瓶」に対し、政府高官は「化学兵器」と非難
ところで、抗議行動で火炎瓶などが使われていることは前出のとおりですが、「糞便瓶」も登場したようです。

****火炎瓶ならぬ「糞便瓶」投げ警察に対抗、ベネズエラ反政府デモ****
ニコラス・マドゥロ大統領の退陣を求めるデモが続いている南米ベネズエラで10日、デモ隊が火炎瓶ならぬ「糞(ふん)便瓶」を警官隊に投げ付けるという文字通りの「汚い」抗議に打って出た。
 
デモ参加者の一人はAFPの取材に、「火炎瓶やペレット銃など何を使っても鎮圧される。何かを投げるとしたら、もうこれしかない」と述べ、茶色の液体が入った瓶を見せた。

火炎瓶(モロトフカクテル)と幼児語のうんち(プープー)をもじって「プープートフ爆弾と呼んでいる」という。(後略)【5月11日 AFP】
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糞便を武器に使うというのは古来からある方法ではありますが、投げる方も相当のリスクがありそうです。
警官隊へのダメージも大きいようで、「糞便瓶」について政府高官は、デモ隊が「化学兵器」を使っていると非難しているとか。

****糞便入りの瓶は「化学兵器」、ベネズエラ高官がデモ隊を非難****
ベネズエラで、ニコラス・マドゥロ大統領の退陣を求めるデモ隊が排泄物の入った瓶を機動隊に投げつけたことについて、政府高官は「化学兵器」を使っていると非難した。
 
(中略)この攻撃について、マリアリ・バルデス司法監察官は10日、国営テレビで「あれは生化学兵器だ」と述べた。

「生化学兵器の使用は完全に犯罪に分類され、厳罰の対象だ」とバルデス氏は語り、さらに「化学兵器の使用は重大な結果を招く。今回の場合は人や動物の糞便を指すが、水と混ざり、深刻な汚染を引き起こす」と指摘。病気の原因にもなると批判した。(後略)【5月12日 AFP】
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「化学兵器」と断じることで、鎮圧行動をエスカレートさせようという意図でしょうか?
コメント (1)
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