孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

コロンビア  増え続けるコカ栽培 左派大統領「アメリカ主導の麻薬戦争は失敗した」

2022-10-21 23:23:22 | ラテンアメリカ
(コロンビア・カタトゥンボのコカ農園の収穫の様子(2022年8月20日撮影)【10月21日 AFP】)

【左翼ゲリラや麻薬組織、右派民兵組織、軍が関与した暴力事件が頻発し、世界第3位の国内避難民】
8月9日ブログ“中南米 「第2のピンクタイド」 コロンビアも左派政権へ 各国政権で多様性も 低下する米の影響力”で、中南米において「第2のピンクタイド」が起きており、2000年代初頭の「ピンクタイド」で右派・親米政権を維持していたコロンビアも左派政権に転じたことを取り上げました。

「ピンクタイド」とは次々に左派政権が成立している現象ですが、多くの国では「共産化」するほど過激ではないことからレッドではなくピンクという表現が用いられています。

****ピンクタイドの特徴****
「ピンクタイド」とは、このように2000年前後に中南米地域の多くの国において次々に右派政権から左派政権に変わった現象のことを示している。

左派政権における政府は、各国で程度の違いはあったもののアメリカやIMF、世界銀行による介入を批判し反ネオリベラリズムや反帝国主義を掲げた。

そして、政策としては格差を減少させ、貧困問題の改善に取り組むことを目指した。また、複数の国の経済では西欧諸国の社会民主主義を掲げ、自由市場経済と福祉国家の両立を目指した。【2020年2月13日 GNV Saki Takeuchi氏「中南米:揺れ動く政治体制」】
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「ついにコロンビアも・・・」と注目されたコロンビアでは、過去60年間、左翼ゲリラや麻薬組織、右派民兵組織、軍が関与した暴力事件が頻発しています。

****コロンビア、3日で17人死亡 暴力事件相次ぐ****
コロンビアで暴力事件が相次いでいる。当局によると、10日から12日にかけて少なくとも17人が殺害された。

北部の都市バランキジャで12日朝、バーにいた客6人が、銃を持った集団に撃たれて死亡した。
警察は、国内最大の麻薬密売組織「クラン・デル・ゴルフォ」のメンバーがライバル組織「コステニョス」を襲ったとしている。

北部サンタンデル県では、11日朝、教師と妻・子どもの4人が複数人に襲われて亡くなった。その後、ベネズエラからの移民5人が一家殺害に関与した疑いで住民にリンチされ死亡した。

地元の首長は国営ラジオに出演し、犯人は「ベネズエラ出身者」で、「金品を盗む」目的で被害者を刺殺したと述べた。負傷した使用人が近隣住民に助けを求めたところ、住民が移民5人を「処刑」したという。

北東部アラウカ県でも11日夜から12日にかけて、先住民の警備隊員1人が殺害された。状況は明らかになっていない。

10日夜には、北東部の川沿いの街バランカベルメハで、労働組合の指導者がバイクに乗った2人組に銃で撃たれて亡くなった。

コロンビアでは過去60年間、左翼ゲリラや麻薬組織、右派民兵組織、軍が関与した暴力事件が頻発している。 【9月13日 AFP】
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麻薬組織が横行し、治安が極度に悪く、日本では想像できないほどの殺人が日常茶飯事に起きているのは、多くの中南米諸国に共通した話で、コロンビアだけが・・・という訳ではありません。

特にコロンビアでは、麻薬組織だけでなく、左派ゲリラ組織、それに対抗する右派民兵組織、更には政府軍が入り乱れて、麻薬利権などをめぐって争っている状況が続いており、アメリカの支援を受けて麻薬撲滅を進めてきたはずですが事態は改善していません。

その結果、コロンビアでは国内避難民が523万人と、シリア(666万人)、コンゴ民主共和国(534万人)に次いで、世界でも3番目に多い国となっています。【数字はGLOBAL NOTEより】

上位に並んでいるのは上記の他、アフガニスタン、イエメン、エチオピア、ナイジェリア、スーダン、ソマリア・・・と、いずれも紛争を抱える“さもありなん”と思われるような国ばかりで、その中にコロンビアが3位にランクされているのは奇異な感じも受けますが、それだけ国内の左翼ゲリラや麻薬組織、右派民兵組織、軍による暴力が凄まじいということでしょう。

資金源という形で、そうした状況の基盤にあるのがコカなどの麻薬栽培・麻薬製造です。

【コロンビア左派大統領 「アメリカ主導の麻薬戦争は失敗した」】
今年8月に就任したコロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は国連演説で、これまでの政権がアメリカの協力で進めてきた「コカイン戦争」が失敗に終わったこと、コカインがなくならないのはコロンビアのせいだけではなく、アメリカなどコカイン消費国や資本主義の構造もコカインを支えていると訴えました。

****コロンビア左派大統領の演説に賛否 第77回国連一般討論演説****
9月21日から第77回目となる国連総会がニューヨーク国連本部で開かれています。今年8月に就任したばかりのコロンビアのグスタボ・ペトロ大統領はコロンビア史上初の左派大統領として、初めて国連総会に参加しました。

一般討論演説では日本やアメリカを含む多く国がロシアのウクライナ侵攻に対する批判をメインのテーマとして演説を行なっていく中で、ペトロ大統領はコロンビアが現在直面している「戦争」にフォーカスし演説を進めていきました。

ペトロ大統領の演説は麻薬戦争・アマゾン破壊・天然資源の3つがテーマとなっており、これらが原因でコロンビアでたくさんの自然が侵され人の命が奪われていると訴え、各国に援助を求めました。
 
失敗したコカイン戦争
コロンビアは残念ながら世界最大のコカイン生産国であり、世界のコカイン供給量の70%をコロンビアが占めていると言われています。

コカイン生産はコロンビアに存在する多くの武装グループの資金源となっており、コカインの生産を止めるためにはこれらの組織と対立しなくてはなりません。

今まで他国からの資金援助を受け様々な方法でコカ畑撲滅作戦を行なってきたコロンビアですが、撲滅どころか生産量は年々増えていくばかりです。ペトロ大統領は演説の中でこう述べました。

「森に毒を巻き散らかし、男たちを牢屋にいれること以外あなたたちは私たちの国に興味がないのでしょう。子供の教育ではなく、あなたたちが興味があるのはジャングルを殺し石炭や石油を持ち出すことなのです。」

コロンビアは長い間アメリカと手を組み麻薬撲滅に取り組んできました。その中で主に行われてきた除草剤(グリホサート)を使用しコカの畑を枯らすという方法は、現地の農民たちの健康を脅かすだけでなく、土が死に作物が育たなくなるため農民たちが生計を立てることができなくなってしまうという理由から国民からたくさんの反対の声が上がっています。

実際コカの葉を栽培している人物は麻薬組織ではなく貧しい農民たちで、除草剤を使って彼らを追い込んだところで麻薬組織は痛くも痒くもないのが現状でしょう。

「薬物中毒の原因はコロンビアの自然ではありません。世界の権力の不合理さなのです。」
コカインがなくならないのはコロンビアのせいだけではなく、コカイン消費国や資本主義の構造もコカインを支えているとペトロ大統領は訴え、各国に協力を求めました。

「私の傷ついたラテンアメリカから不合理な薬物戦争を終わらせることを要求します。薬物の消費を減らすのに必要なのは戦争ではなく、みんなでより良い社会を構築することです。薬物を減らしたいですか?それでしたら利益ではなく、もっと愛について考えましょう。合理的な権力行使について考えてみてください。」

止まらない環境破壊
「皆さん、あなたたちが戦争をしてそれで遊んでいる間にジャングルは燃えているのです。世界の気候の柱となるジャングルはその生命とともに姿を消しています。二酸化炭素を吸収する巨大なスポンジは蒸発していっているのです。」

過去10年間、毎年コロンビアの保護地区の森1,5%が、放牧やパーム油の栽培などを目的に伐採され消滅していると言われています。2022年第一四半期の森林伐採は昨年同時期より10%も増加しているのに加え、伐採面積は年々過去最大を更新し続けています。

2016年コロンビア政府はゲリラ軍FARCと平和協定を結び、それによって解体されたFARCのメンバーたちが身を潜めていたジャングルをあとにしました。それまでFARCに対する恐怖からジャングルに踏み込むことができなかった違法業者たちが野放しになったジャングルに次々と足を踏み入れ、違法伐採や違法採掘を繰り返し、アマゾンをはじめとするコロンビアの自然破壊は平和協定を境に異常なスピードで増えていったのです。(中略)
  
お金と権力への依存
「偽善者たちは自分たちの社会の失敗を隠すためにコカインを排除している一方で、私たちに次々と石油と石炭を要求してきます。消費、権力、お金という他の中毒を落ち着かせるために。」

ペトロ大統領は新規石油プロジェクトの禁止を公約に掲げたり、税制改革で石油・石炭の輸出へ課税をかけるなど、脱炭素化に非常に意欲的な姿勢をみせています。

フラッキングなどによる石油採掘によってコロンビアの自然が侵されている一方で、石油や石炭の依存から抜け出せない先進国はコロンビアに環境保護を求めている。今回のペトロ大統領の演説は、先進国に対する皮肉に溢れているように感じました。

「真実を隠すことで、ジャングルと民主主義が死んでいくことを目撃することになるでしょう。薬物戦争は失敗、気候変動の戦いも失敗したのです。薬物の使用は増加し、私の国や大陸でたくさんの人が虐殺され、社会的罪悪感をジャングルとコカインのせいにして何千もの人が牢屋に入れられました。そしてその穴をスピーチと政策で埋め合わせるのです。」

コロンビアからニューヨークに向かう飛行機の中でペトロ大統領自身が書き上げたという強気な演説に対して、コロンビア国民からは「自国の問題を他国のせいにするなんて恥ずかしい!」と演説内容を非難する意見と、「よくぞ世界の偽善者にバシッと言ってくれた!」と支持を表す意見の両方があるようですが、これを聞いた世界の権力者たちがこれからどの様にコロンビアと共にこれらの問題に立ち向かっていくのかが非常に興味深いところです。【9月26日 松尾彩香氏「日本人コーヒー生産者が語るコロンビア」 Newsweek】
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【コカ栽培面積は過去最大を更新】
実際、コカ栽培は減るどころか、年々増加しています。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)は20日、コロンビアの昨年のコカ栽培面積が前年比43%増の20万4000ヘクタールで「歴史的水準」に達したと発表しました。ほぼ東京都の面積に相当する免責です。そこからは過去最大の推定1400トンのコカインが生産できるとのことです。

****コロンビアのコカ栽培面積、過去最大****
世界有数のコカイン生産国コロンビアで、2021年のコカ栽培面積が20万4000ヘクタールと過去最大を更新したことが、20日に公表された国連薬物犯罪事務所の報告書で明らかになった。同国政府は、米国が主導する麻薬戦争の「失敗」だと強調している。

UNODCによると、コロンビアの21年のコカ栽培面積は、前年の14万3000ヘクタールから43%増の20万4000ヘクタールとなった。栽培面積は14年以降、拡大傾向が続いている。

コカイン生産量も20年の1010万トンから昨年は1400トンに増加した。主に米国と欧州向けだという。

ネストル・オスナ法相は、首都ボゴタで行われた報告書の発表で、これらの数字は米主導の麻薬戦争が失敗だったことの明確な証拠だと指摘した。

左派のグスタボ・ペトロ大統領は、新政策の一環で、麻薬取引を止める意思があり、自首してきた麻薬密売人に対しては恩赦を認めることも検討している。

小規模農家については、麻薬組織に頼らずに生活できるよう、合法的な作物への転作を支援する方針も掲げている。 【10月21日】
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アフガニスタンのケシ栽培も同じような話が。
コカにしてもケシにしても、“合法的な作物への転作”が基本ですが、これがなかなか進まないのが実態。コカやケシのように収入をあげられる作物がなく、結局コカ・ケシ栽培に・・・。
手厚い政府の指導・保護が必要ですが、そうした対応ができないことがコロンビアやアフガニスタンの現状をもたらしているとも言えます。

【麻薬の合法化論議】
「違法」な状態にあることが莫大な利益をあげ、その利権をめぐる争いを惹起しているのであれば、いっそのこと合法にしてしまえば・・・という話も。
コロンビア・コカ栽培についても8月段階で、そのような報道もありました。

****コロンビア政権、コカイン合法化検討か=カルテル資金源断ち流通制御―米紙****
米紙ワシントン・ポストは23日までに、南米コロンビアの左派ペトロ政権が麻薬カルテルの資金源を絶ち、流通を制御するためコカインの合法化を検討していると伝えた。

コロンビアは世界最大のコカイン生産国。左派初の大統領に今月就任したばかりのペトロ氏は「(力で抑え込む米国主導の)麻薬戦争は失敗に終わった」と断じ、発想転換を訴えている。

同紙によると、ペトロ政権の麻薬担当高官は「もし公共の市場のようにコカインを扱えば高い利潤はうせ、麻薬密売も消滅する」と指摘。流通を政府の管理下に置く構想を明かした。

米国の一部の州やウルグアイなどでは、同じ理由で嗜好(しこう)目的のマリフアナを合法化している。 【8月23日 時事】
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しかし、直後にコロンビアの法相が「政府がコカインを合法化することはない」と明確に否定しています。

なお麻薬問題については、消費国における依存症対策としても、違法行為として刑務所に送り込むと脅すよりは、非犯罪化して治療体制を拡充して治療が受けやすい環境を作ったほうがベターという考えもあります。

****マリファナ以外の合法化も加速、薬物問題は「犯罪ではない」という国民の選択に揺れる米国****
(中略)
(2020年のアメリカ)大統領選と同時に実施された住民投票で、、ワシントンD.C.ではシロシビン(マジックマッシュルーム成分)の使用が非犯罪化され、オレゴン州の有権者は画期的なふたつの改革法案に賛成した。その法案とはシロシビンによる治療を合法化する法案109と、コカイン、メタンフェタミン、オピオイドといった薬物の個人所有を非犯罪化する法案110である。(中略)

法案110の可決にともない、オレゴン州で違法薬物を所持している者は、認定薬物アルコールカウンセラーのもとで健康診断を受けるか、罰金100ドル(約10,512円)を収めるかのいずれかに問われることになる。

今回の法改正では、カンナビスからの税収や非合法化による司法関連の経費節減分は、薬物依存治療の財源に充てることになっている。つまり、薬物問題に対するオレゴン州全体の反応を再考し、薬物問題を刑事司法ではなく公衆衛生の案件とするわけだ。(後略)【2020年11月17日 WIRED】
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もちろん、こうした考えには賛否両論あります。
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ロシア  ウクライナ攻撃にイラン製ドローン イランに頼る事情 イスラエル・中東諸国にも影響が

2022-10-20 23:27:46 | ロシア
(キーウ上空を飛ぶドローン(17日)

ドローンを迎え撃つ警察官(17日)【10月19日 WSJ】 もちろん、もっと効果的な迎撃も行っているのでしょうが・・・)

【ロシア軍のイラン製ドローン使用 ロシアはコメントなし イランは否定】
ウクライナ情勢については連日多くの報道がなされていますが、ここ数日目立つのはロシアがウクライナ攻撃にイラン製ドローンを使用していること、そのドローン攻撃に対する防衛手段をウクライナが関係国に求めていること、イランの関与について欧米が問題視していることなど、イラン製ドローンをめぐる話題です。

****ウクライナ首都を攻撃、3人死亡=イラン製自爆ドローンか―ロシア軍*****
ウクライナ大統領府高官らによると、首都キーウ(キエフ)で17日、ロシア軍による自爆ドローン攻撃があり、3人が死亡、3人が負傷した。(中略)ドローンは28機飛来し、大半が撃墜されたという。

自爆ドローンはイラン製とみられ、ミサイルが不足するロシア軍が最近、頻繁に使用。ロシア本土とウクライナ南部クリミア半島に架かる橋で今月8日に起きた爆破を受けて、ウクライナ全土に大規模攻撃が行われた際も投入された。ウクライナ側は、ロシアの同盟国ベラルーシ領内から飛来していると非難している。

米紙ワシントン・ポスト(電子版)は16日、米当局者らの話として、イランがドローンに続き、短距離弾道ミサイルをロシアに供与することで水面下で合意したと報道。軍や都市への攻撃に使われる恐れがある。

同紙によれば、イランとロシアは9月に追加の兵器供与で合意。イラン側は射程300キロと700キロの2種類のミサイルの提供を準備しているという。ロシア軍は地上発射型の短距離弾道ミサイル「イスカンデル」の保有数が急減していると指摘されている。(後略)【10月17日 時事】 
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****ウクライナ軍、イラン無人機223機撃墜 9月中旬以降*****
ウクライナ軍は19日、先月中旬以降、イラン製無人機223機を撃墜したと発表した。ウクライナに対しては今週、「自爆型ドローン」による攻撃が相次いでいる。

軍は声明で、「9月13日にウクライナの領土で初めてイラン製のシャヘド136を撃墜して以降、空軍や他の防衛部隊が同種の無人機223機を撃ち落とした」としている。 【10月19日 AFP】
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ウクライナ軍の「戦果」発表は誇大広告的になりがちですから、割り引いて聞く必要はあります。

こうしたドローンを含むロシアの攻撃で、ウクライナの発電所などのインフラが大きな被害を受けています。ゼレンスキー大統領は一連の攻撃について、「重要なインフラ施設を狙ったテロ攻撃だ」と批判しています。

****ウクライナ、空爆で1週間で発電所の3割破壊される=大統領****
ウクライナのゼレンスキー大統領は18日、ロシアの空爆により今月10日以降、国内発電所の30%が破壊されたとツイッターに投稿した。

大統領は攻撃により各地で大規模な停電が発生したと指摘。ロシアのプーチン大統領との「交渉の余地は全く残されていない」と述べた。【10月18日 ロイター】
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イランはドローン供与だけでなく、革命防衛隊の要員をロシア側に派遣し、ドローンの操作方法を指南しているとも報じられています。

****イラン、ロシア側に要員派遣か ドローン操作を指南****
米紙ニューヨーク・タイムズは18日、ロシアがウクライナを攻撃する際にイラン製の自爆用ドローンを使っているとされることを巡り、イランが革命防衛隊の要員をロシア側に派遣し、ドローンの操作方法を指南していると伝えた。機密情報を知る米政府関係者の話としている。

派遣された要員は、クリミア半島のロシア軍基地で活動。人数は明らかでないが、タイムズ紙は「イランが戦争に深く関与していることを示している」とした。

当初はロシアが要員をイランに派遣していたが、ドローンの操作ミスなどのトラブルが相次いだため、イランが要員を派遣することになったという。【10月19日 共同】
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一方、ロシア政府はイラン製ドローンについてはコメントしていませんが、ロシア国営ノーボスチ通信は20日、情報筋の話として、ロシア軍がウクライナで「カミカゼ・ドローン」と呼ばれる自爆型ドローンをすでに数百機使用したと報じていますが、ドローンは自国製と主張しています。

また、イランもロシアへのドローン供与を否定しています。

****ロシアへの無人機供与否定 イラン大統領「根拠なし」****
イランのライシ大統領は19日、ウクライナ侵攻を続けるロシアに同国が無人機を供与しているとの米欧の指摘は「根拠がない」と否定した。ポーランドのドゥダ大統領との電話会談内容をイラン大統領府が発表した。

ライシ師は「イランの決定的な立場は紛争や戦争に反対することだ」と強調した。【10月20日 共同】
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【EUは「証拠がある」としてイランへの追加制裁 アメリカも同見解 ウクライナはイラン断交検討】
しかし、EUはイラン製ドローンをロシアが使用しているとして、イランへの追加制裁で合意しています

****EU、イランからロシアへ無人機提供の「証拠」入手 追加制裁へ****
欧州連合は19日、ロシアがウクライナで使用するドローン(無人機)をイランが供給していることを示す「十分な証拠」を入手したとして、イランに対する追加制裁の適用に向け準備を進めていると明らかにした。(中略)

ウクライナは数週間前から、イランがロシアに弾頭を搭載した攻撃用ドローン「シャヘド136」を供給していると非難し、EUに制裁を適用するよう求めていた。 【10月19日 AFP】
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****EU、対イラン追加制裁で合意=自爆ドローン、ロシアに供給****
欧州連合(EU)加盟国は20日、大使級会合を開き、ロシア軍がウクライナへのミサイル攻撃で使用した自爆ドローンをイランが供給したとして、イランに追加制裁を実施することで合意した。対象はドローンの供給に関与した個人3人と1団体で、同日中に発動する。EU議長国チェコがツイッターで明らかにした。

これに先立ち、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は20日の記者会見で、自爆ドローンについて「すべての証拠がイランを指している」とイランの関与を認めた。

また、ロシアのウクライナ侵攻を「明らかに国際法違反だ」と改めて強調し、「イランを含めすべての国に対し、違法なロシアの戦争を支援しないよう呼び掛ける」と話した。NATOには多くのEU諸国が加盟している。【10月20日 時事】 
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こうしたEUの見解にアメリカも同意しています。

****イランの対ロシア無人機供給、国連決議違反 英仏の見解に米賛同*****
米国務省のパテル副報道官は17日、イランによるロシアへのドローン(小型無人機)供給は国連安全保障理事会決議第2231号に違反するとの英仏の見解に、米政府も賛同すると述べた。(中略)

米当局者によると、ロシア軍が17日にウクライナの首都キーウ(キエフ)に対し行ったについて、米国務省はイラン製ドローンが使用されたとの見方を示している。

ホワイトハウスのジャンピエール報道官は、イランがロシアはウクライナでイラン製ドローンを使用していないとしていることは虚偽と指摘。記者団に対し「ロシアがウクライナの軍事、民間部門の双方の標的に対しイラン製ドローンを使用していることを示す広範な証拠がある」とし、「キーウ中心部への今朝の攻撃にもイラン製ドローンが使用された可能性があると報告が出ている」と述べた。【10月18日ロイター】
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ウクライナ政府はイランとの断交を検討しています。

****イランとの断交、外相が提案 無人機攻撃、抗議デモも*****
ウクライナのクレバ外相は18日、ゼレンスキー大統領にイランとの断交を提案する考えを示した。ロイター通信が伝えた。ロシアはイラン製の自爆用ドローン(無人機)を使い、ウクライナを攻撃しているとされる。首都キーウ(キエフ)のイラン大使館前では同日、抗議デモがあり、参加者が「われわれを殺すのをやめろ」と声を上げた。

クレバ氏は記者会見で、ウクライナとイランの関係破綻の責任はイラン側にあると述べ「厳しい制裁を科すことが重要だ」と訴えた。また、ウクライナが防空に関してイスラエルに協力を求める可能性があると説明した。イスラエルはイランと敵対関係にある。【10月19日 共同】
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【ロシア ミサイルの在庫の減少及び兵器生産能力低下】
イランがロシアに供与しているとされるドローンは、一つは「シャヘド136」という比較的安価な自爆型ドローン、もうひとつはより高度な「モハジェル6」で、トルコ製の『バイラクタルTB2』と大きさや機能が似ているとされています。

イランとトルコは比較的安価な中位レベルのドローン開発で中心的な国です。
一方、兵器生産大国ロシアがイラン製ドローンに頼っているという事実は、ロシアの兵器生産能力の低下を示すものとして注目されます。

*****イラン製無人機投入のロシア、工業力低下を露呈*****
ロシアがウクライナでイラン製のドローン(無人機)を使用していることについて、専門家は、ロシアの工業力の低下と、ドローン市場におけるイランの存在感の高まりが鮮明になったとの見方を示している。

米政府は、イランはロシアに数百機のドローンを提供したとみている。ウクライナ側は、イラン製ドローンが都市やエネルギー関連インフラを標的とする最近の攻撃に投入されていると主張している。

■2種類を特定
これまでのところ、ウクライナ上空に飛来したイラン製ドローンについては、異なる機能を持つ2種類が特定されている。一つは「シャヘド136」という比較的安価な自爆型ドローンで、爆発物を搭載し、全地球測位システムとプログラム機能により目標に向かって自動的に飛ばすことができる。

フランス・パリに拠点を置く研究者ピエール・グラセール氏は、「(シャヘド136は)かなり低空を飛行し、数百キロ圏内の静止目標への攻撃が可能だ」と説明する。 AFP取材班も、17日に首都キーウに飛来したシャヘド136を撮影した。

もう1種類は「モハジェル6」。米陸軍士官学校のビクラム・ミッタル教授は、「トルコ製の『バイラクタルTB2』と大きさや機能が似ている」と述べている。

ロシアの戦車や装甲車へのミサイル攻撃に使われているバイラクタルは、侵攻の初期段階で善戦したウクライナの抵抗のシンボルとなった。バイラクタルをテーマとした歌も登場し、ソーシャルメディアで広く共有された。

モハジェルやバイラクタルは、イラクやアフガニスタンなどに投入された米国の「プレデター」同様、中高度・長時間滞空型のドローンとして知られる。

フランス国際関係研究所のジャンクリストフ・ノエル氏はモハジェルやバイラクタルについて、「武装ドローンや徘徊(はいかい)型兵器同様、敵が防衛や応戦の手段を持っていない場合、極めて効果的だ」と説明する。

ミッタル氏は、初期段階でバイラクタルが戦果を上げた大きな要因は「戦場における新兵器だった」ことにあると解説。「ウクライナはいずれはイラン製ドローンを撃ち落とすか鹵獲(ろかく)して分析し、対抗システムを構築するだろう」と述べた。ただ、それは数か月を要するプロセスになるという。

ウクライナ軍が現時点でドローンを撃ち落とすために使えるのは、日中は肩撃ち式、夜間はレーダー搭載型の対空ミサイルになる。

ウクライナ軍はまた、シャヘド136には衛星誘導なしに標的に到達するためのバックアップ機能がないことから、予定軌道からそらせるためにGPSジャミング(電波妨害)技術の使用を試みる可能性がある。

一方、グラセール氏は、ロシアにとっては、自爆型ドローンを使えば「1発で150万〜200万ドルもする高価で貴重な巡航ミサイルを温存できるため、戦費を節約できる」と説明する。「最大の欠点は静止目標しか攻撃できないことだ」

同氏は「(自爆型ドローンは)戦場に展開する部隊にとっては脅威とはならない。戦況には影響しないだろう」と予想する。

■兵器産業は弱体化か
ロシアは主要な兵器生産国の一角を占めるが、自爆型ドローンに関してはイランに依存せざるを得ない状況に陥っている。

ロシア軍のイーゴリ・イシュチュク大佐は最近、国営タス通信に対し、「国防省はドローンの戦術的、技術的な要件をまとめて提示した。残念ながら、(ロシアの)大半の企業が要件を満たせなかった」とし、「イラン製ドローンの導入は工業力の低下を認めたことになる」との認識を示した。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)に伴うサプライチェーン(供給網)の混乱で弱体化していたロシアの工業力は、ウクライナ侵攻に対する西側諸国の制裁で追い打ちをかけられた形だ。

ノエル氏は「(ロシアは)技術的に優れている西側製の部品を入手できず、国内で大量生産を試みたがそれも頓挫した」とみている。

■イラン、トルコ間の競争に
ドローンは必須の軍事アイテムとなりつつある。ミッタル氏は「イランとトルコの間で、市場支配や国家の影響圏拡大に向け、中位レベルの安価なドローンをめぐる兵器開発競争が繰り広げられているようだ」と指摘する。

フランスのドローン専門家マリアンヌ・ルノー氏は、最上位機種の製造企業を擁するのは米国とイスラエルであり、「トルコ製ドローンはそれよりは一段劣るものの、高精度を欠くとみられるイラン製ドローンに比べれば信頼度は高い」と分析している。 【10月20日 AFP】
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ロシアのイラン製ドローンの使用は“「ロシアの懐事情がありそうです。ミサイルの在庫が減ってきているようで、ウクライナ側の分析によると『ロシア軍は保有していた精密誘導ミサイルの3分の2を既に使用した』(ウクライナ国防相)状態です。だとすると、不足を補う必要があります」

「さらにロシアは厳しい経済制裁で兵器に使う電子部品を入手できず、自前のミサイル生産が難しくなっているとも指摘されています。そこでドローンを開発・生産しているイランと手を結んだ可能性があります」”【10月19日 日テレNEWS】というロシア側の“事情”があるとも。

高価な精密誘導ミサイルに比べ、数百万円で作れるドローンは非常に安価で一定の効果が期待でき、今後戦場での主役になっていくとも予想されます。

【ウクライナが迎撃システムを求めるイスラエルの微妙な事情 NATO支援に中東諸国は「ダブルスタンダード」】
ウクライナは防衛手段を関係国に求めていますが、NATOは数日中にウクライナに防空システムを供給すると発表しています。

****NATO、ウクライナにドローン防衛システム供給 数日中に=事務総長****
北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は18日、ウクライナがロシアによる重要インフラを標的としたドローン(小型無人機)攻撃から防衛できるよう、数日中にウクライナに防空システムを供給すると発表した。(後略)【10月19日 Newsweek】
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“数日中”に供与できる防空システム? 肩撃ち式みたいな簡便な兵器でしょうか?電波妨害装置でしょうか?
ウクライナが一番求めているのは、イスラエルのアイアンドームのような本格的迎撃システムでしょう。しかし、イスラエルは慎重姿勢です。

****イスラエル、空爆警報で協力申し出もウクライナはミサイルを要望****
イスラエルは19日、ウクライナに対し、民間人向けの空爆警報システムの開発支援を申し出た。ロシア軍がウクライナで自爆型ドローン(無人機)を使用したことを受け、これまで人道支援に限定するとしていた方針を軟化させた。

しかし、ウクライナ大使は警報システムではなくドローンを迎撃するシステムを要望。これに対しイスラエルのガンツ国防相は、ウクライナへの武器供与は行わないことを確約していると述べた。(中略)

ガンツ国防相はEUの外交官らに対し、「イスラエルは人道的支援と自衛装備の提供を通じてウクライナを支援する方針だ」とした。しかし、「さまざまな運用上の配慮から」兵器システムは提供しない方針だとした。【10月20日 ロイター】
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“サイレンや携帯電話で市民に避難を呼びかけるレーダーネットワーク”みたいなものでしょうか。イスラエル版Jアラート? ウクライナとしてはやはり迎撃システムが欲しいところでしょう。

イスラエルにとってイランは“天敵”ですが、イスラエルはロシアの黙認がなければシリアでイランの標的を攻撃できない状況にあります。
ロシアのドミトリー・メドベージェフ前大統領は、イスラエルによるウクライナへの武器供与は「極めて無謀な行動」とみなされ、「両国(イスラエルとロシア)間の政治関係を破壊するだろう」と警告しています。

なお、“イスラエルは、イラン製ドローンに対抗するのを支援するため、ウクライナに軍事的な情報と分析を提供している。これを知る複数の人物が明らかにした。”【10月19日 WSJ】とも。

NATOのウクライナ支援に関して、かねてよりイラン製ドローンの脅威にさらされている中東諸国の反応も微妙。

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外交問題評議会の中東専門家、スティーブン・クック氏によると、北大西洋条約機構(NATO)が先週、ウクライナのドローン対策を支援するために電波妨害装置を供与すると発表したことに中東のイラン敵対国はいら立っているという。

UAEやサウジがイランやイエメンのフーシ派からのドローンおよびミサイル攻撃に対応するための支援に米国は腰が重いためだ。

「サウジとUAEは『われわれへの電波妨害装置はどうなっているんだ?』という思いで、ダブルスタンダードだと考えている」とクック氏は述べる。【同上】
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単に、ウクライナ、ロシア、イラン、そして欧米だけでなく、イスラエルや中東諸国にも影響が広がる“イラン製ドローン”です。
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ドイツ  9月の原発停止延期方針から、“残る1基”も延期へ オーストリアはEUの原発容認姿勢を提訴

2022-10-19 23:13:33 | 欧州情勢
(ドイツのショルツ首相は10月17日、国内に残る原発3基を最長で来年4月15日まで稼働できるようにするための法的枠組みを早急に整備するよう、経済や環境や財務などの関係閣僚に書簡で指示した。写真はリンゲンにあるエムスラント原子力発電所【10月18日 ロイター】)

【ガス・電気の高騰で進むインフレ 極右政党も台頭】
ロシアからのガス供給に大きく依存してきたドイツがウクライナ情勢を受けた「脱ロシア」を進めていくうえで、これまでの「脱原発」路線の修正を余儀なくされていることは、9月30日ブログ“ドイツ ウクライナへの武器供与、「良心的兵役拒否」ロシア人・ウクライナ難民受入れ、「脱原発」延期”で取り上げました。

「脱原発」を党是とする緑の党も参加したショルツ連立政権ですが、年内停止が予定されていた3基の原発のうち2基については停止を延長し、来年4月15日まで稼働する選択肢を認めたという話でした。

ドイツは東日本大震災があった2011年のメルケル政権時に「脱原発」を決定。17基あった原発を段階的に廃止することとし、現在まで残る3基についても、年末に停止する予定でした。

方針変更の背景にあるのは厳しいエネルギー事情、そして電気・ガス・燃料費高騰からのインフレです。
近年にないインフレの進行は、かつてのワイマール体制におけるハイパーインフレとナチズムの台頭の記憶を呼び覚まします。実際、極右政党支持率は上昇しています。

*****牛乳は1.5倍、ガス代は2倍に――ドイツ人の生活を蝕む過去71年間で最悪のインフレ****
9月のドイツのインフレ率は10%と、1951年以来最悪の数値に達した。ショルツ政権は今年12月の家庭・中小企業のガス料金を全額負担する施策を打つが、極右政党の支持率が上昇、来年の景気後退も避けられない見通しだ。

先日ミュンヘンのスーパーマーケット、レーヴェの牛乳売り場に行って、驚いた。1リットル入りの牛乳の値段が1.68ユーロ(235円・1ユーロ=140円換算)になっていた。周りを見回すと、全ての牛乳の値段が1ユーロ(140円)を超えている。ウクライナ戦争が始まる前には、1ユーロ出せばつり銭が返って来る牛乳があったが、今は一つもない。(中略)

牛乳値上げの主な理由は、生産者価格の上昇である。ドイツ連邦食糧農業省によると、今年7月の牛乳100キログラムの生産者価格は1年前に比べて53.7%も上昇して、55.04ユーロになった。その理由は、電気代や農家が使うトラクターのディーゼルエンジン用の軽油、肥料価格などが上昇したためである。

また小売価格の上昇には、ガス価格の高騰も影響している。乳製品の製造には、ガスが多く消費される。ロシアが今年6月以降パイプライン「ノルドストリーム1」を通じたガスの供給量を大幅に減らし、8月31日には完全に停止したために、今年8月下旬には1メガワット時のガスの卸売価格が一時300ユーロを超えた。1年前の同じ時期に比べて7倍近い上昇率である。(中略)

ドイツ連邦統計庁は、9月29日に、「今年9月の消費者物価上昇率(前年同期比)は、10%に達した」と発表した。前月の上昇率(7.9%)よりも2.1ポイント高い。最も上昇率が高いのが電力、ガス、燃料などのエネルギーで、43.9%。食料品の価格も18.7%高くなった。連邦統計庁は、「ロシアのウクライナ侵攻と、パンデミック以来続いている、グローバルな物資流通の停滞がインフレの主な原因だ」と指摘している。(中略)

年間のガス料金が前年比2倍強になる家庭も
冬が近づく中、市民に最も強い不安を与えているのは、ガスと電力料金の高騰だ。ドイツ連邦系統規制庁のクラウス・ミュラー長官は今年7月、ドイツの通信社RNDとのインタビューで「将来ドイツのガス料金は、これまでの3倍になる可能性がある」と語り、人々に強い衝撃を与えた。(中略)

引き上げの理由は、ロシアがガス供給量を削減・停止したことで、ドイツのガス会社が不足分を補うために、スポット市場と呼ばれる短期市場で、割高のガスを買わなくてはならなくなったからだ。

ガスの卸売価格の高騰は、ドイツのエネルギー市場全体に激震を与えている。輸入するガスの54%をロシアに依存していた大手エネルギー企業ユニパーは損失が膨らんで倒産の瀬戸際に追い込まれ、政府によって国有化された。旧東独のガス会社VNGも、同じ理由で政府支援を要請している。大半のガス小売会社が、調達費用の高騰に苦しんでいる。

ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)が9月16日に公表した統計によると、一戸建ての家に住み、年間ガス消費量が2万キロワット時(kWh)の家庭の1kWhあたりのガス料金は、2021年には平均7.06セントだったが、今年8月には117%増えて15.29セントになった。その理由は、ガス調達費用が2021年に比べて3.1倍に増えたからだ。この家庭にとって、1年間のガス料金は、1411ユーロ(19万7540円)から3057ユーロ(42万7980円)に増えることになる。

電力料金も高騰している。欧州の電力市場では卸売市場の電力価格は、ガス価格とリンクしている。このため発電に使われるガスの卸売価格が上昇すると、電力の卸売価格も上昇する。

BDEWの統計によると、今年7月の1kWhの電力価格(年間電力消費量が3500kWhの家庭)は、2021年の平均価格よりも約16%高くなった。産業用電力(年間電力消費量が16万〜2000万kWh)の価格は、同じ時期に87.3%も増えている。

来年の成長率はG7で最低に
インフレのためにドイツは深刻な経済危機に見舞われている。ドイツ連邦経済気候保護省のロベルト・ハーベック大臣は10月12日、「来年ドイツはマイナス成長に転落する」という予測を発表した。(中略)

国際通貨基金(IMF)が前日発表した世界経済見通しでも、ドイツの今年のGDP成長率(1.5%)は、ユーロ圏(3.1%)の半分以下と予想されている。欧州経済を牽引する機関車役であるべきドイツが、逆にユーロ圏の成長の足を引っ張る「劣等生」に転落した。

今年、来年ともドイツの成長率は、G7(主要7カ国)で最低だ。その理由は、去年までドイツが輸入するガスの50%以上をロシアから調達するなど、ロシア依存度がG7諸国の中で最も高かったからである。インフレと景気後退のダブルパンチ、つまりスタグフレーションがこの国の足下に迫っている。(中略)

インフレへの不安が極右政党の追い風に
電力代・ガス代の高騰で最も打撃を受けるのは、長期失業者や年金生活者など、低所得層である。

ドイツ連邦統計庁の今年9月29日の発表によると、この国に住む1760万人の年金生活者の内、27.8%に相当する490万人が、毎月1000ユーロ(14万円)に満たない年金で暮らしている。つまり多くの低所得者が、ガス代と電気代の高騰によって、可処分所得がゼロになる危険に晒されている。

ドイツの消費者センターの相談所や、電力・ガス会社には「電気代やガス代を払えそうにないのだが、どうしたら良いだろう」と相談する市民の数が急増している。中には、窓口や電話口で泣き出す人もいるという。ロシアのウクライナ侵攻の影響は、ドイツ市民の足下まで押し寄せてきたのだ。

今年8月にドイツで公表された世論調査の結果は、人々のインフレに対する不安を浮き彫りにした。アレンスバッハ人口動態研究所によると、「あなたに不安を与えている、最も大きな原因は何ですか」という設問に対して、インフレを挙げた人は83%で最も高かった。2位のウクライナ戦争(80%)、3位の「世界情勢が予想できない」(73%)を上回った。

ドイツ人は、周辺国の国民よりもインフレに対して強い不安を抱く傾向がある。その理由は、1920年代にドイツを襲ったハイパーインフレの記憶だ。

当時の政府は、第一次世界大戦の戦勝国への補償金支払いや、財政赤字の穴埋めのために、大量の紙幣を印刷した。このため通貨価値が急落してハイパーインフレが起こり、人々の預金を無価値にした。人々は、食料品を買いに行く際に、大量の札束をトランクに詰め込んで行かなくてはならなかった。壁紙よりも紙幣の方が価値が低かったので、紙幣を壁紙の代わりに貼る人もいた。(中略)

今日ドイツ人たちは、学校での歴史の授業で、このハイパーインフレについて詳しく学ぶ。彼らは、戦間期に財産を破壊された庶民の怒りと絶望感が、後年のナチスの台頭につながったことを知っている。

政府のインフレ対策やエネルギー政策に不満を持つ人の間では、極右政党の支持者が増えている。アレンスバッハ人口動態研究所の世論調査によると、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率は、今年5月の調査では9%だったが、9月の調査では4ポイント増えて13%になった。

逆にオラフ・ショルツ首相が率いる社会民主党(SPD)の支持率は同時期に24%から20%に減った。

世論調査機関INSAが9月26日に公表した調査結果によると、旧東独ではAfDへの支持率は27%で、最も人気が高い政党になっている。今年10月9日に旧西独のニーダーザクセン州で行われた州議会選挙では、AfDの得票率が前回(2017年)に比べてほぼ2倍の10.9%に達した。これらの数字には、現政権の政策への市民の不満が浮き彫りになっている。

政府が12月のガス料金を全額負担、その後は料金に上限設定
このためショルツ政権は、市民のエネルギー費用負担の高騰に歯止めをかけるための政策を断行する。10月10日に政府の諮問機関「ガス委員会」は、政府が今年12月の家庭と中小企業のガス料金を全額負担することを提言。政府はこの提言を実行する方針だ。

さらに政府は来年3月1日から2024年4月30日まで、家庭と中小企業のガス料金と、配管で熱を供給する地域暖房 の料金に、それぞれ12セント、9.5セント(いずれも1kWhあたり)の上限を設定する。つまり市民は1kWhあたり12セントまでしか払わなくて良い。これを超える料金は、政府が負担する。

また化学メーカーなど消費量が多い企業が使うガスについても、今年12月1日 から1kWhあたり7セントの上限を設定する。

これによって、連邦系統規制庁のミュラー長官が今年7月に言った「市民のガス料金負担が3倍になる事態」は避けられる可能性が出て来た。

今回公表された施策に政府が投じる予算は910億ユーロ(12兆7400億円)に達する。だがこの提言には、電力料金の上限設定がまだ含まれていない。電力料金の高騰に歯止めをかけ、経営難に陥るエネルギー企業を支援するための予算の総額は、2000億ユーロ(28兆円)にのぼる見通しだ。

政府が異次元的な額の予算を投じるのは、政治家たちがエネルギー価格の高騰が民心に与える影響の大きさを意識しているからだ。彼らはしばしばエネルギー価格の高騰を「社会的な爆薬(Sozialer Sprengstoff)」と呼ぶ。この問題が所得格差を拡大して社会の分断を深め、政治的な過激主義を助長する危険があるからだ。

ショルツ政権は多額の財政出動によってエネルギー費用の高騰にブレーキをかけ、市民が極右政党に篭絡されるのを防ぐことに成功するだろうか。インフレとの戦いは、まだ始まったばかりだ。【10月18日 Foresigt】
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【年内停止予定の“残る1基”の停止延期】
こうした情勢で、前述のように3基の原発のうち2基の停止を延期する決定がなされた訳ですが、予定どおり年内に停止される残る1基がある北西部ニーダーザクセン州の州議会選が9日投開票され、ショルツ首相が所属する中道左派の社会民主党(SPD)が第1党を維持し、一応信任を得た形にも。

最近の地方選挙で連敗し、国政でも支持率がじり貧の状態にあるショルツ首相ですが、今回は何とか持ちこたえたとのこと。

ただ、極右政党のドイツのための選択肢(AfD)の得票率は前回比で5ポイント程度伸ばし、約11%程度が見込まれ、政府の対応に対する不満の一定の受け皿になったとみられています。

ニーダーザクセン州の州議会選は“何とか持ちこたえた”ものの、エネルギー・電力をめぐる厳しい情勢は変わっておらず、ショルツ首相は年内停止を予定した残る1基の原発についても稼働を延長することを決定しました。

****独首相、原発稼働を延長 来年4月まで****
ドイツのオラフ・ショルツ首相は17日、国内全3か所の原子力発電所の稼働を来年4月中旬まで延長するよう命じた。

ドイツは当初、年内に脱原発を完了する計画だったが、ロシアのウクライナ侵攻に伴う電力価格の高騰により、方針の見直しを余儀なくされた。

緑の党のロベルト・ハーベック経済・気候保護相は先月、原子炉3基のうち2基を来年の春まで「待機」させ、必要に応じて稼働させることでエネルギー供給を確保すると発表。反原発を掲げてきた緑の党にとって大きな方針転換となった。

だが、共に連立政権を担う中道派の自由民主党は、北西部エムスラント原発にあるもう1基の原子炉の稼働も延長すべきだと主張。政権内の交渉は行き詰まっていたが、ショルツ首相が自身の権限を行使して稼働の延長を命じると表明した。 【10月18日 AFP】
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エネルギー不安が広がるなかで、世論も稼働延長に傾いています。
調査会社フォルザが9月末に実施した約1千人が対象の世論調査によると、回答者の68%は24年まで3基の原発を稼働させることに賛成。「年内停止」への支持は10%しかなかったとのこと。【日系メディアより】

余談ながら、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんも?

****グレタさん原発「擁護」発言、ドイツ推進派が歓迎? SNSで話題****
原発の稼働延長を巡り論争が起きているドイツで、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんによる「原発擁護」発言を原発推進派が捉えて勢いづいている。グレタさんの気候変動対策を求める運動に対して批判的だった姿勢から一転、歓迎メッセージを送って話題となっている。

グレタさんは12日夕に放映された独公共放送ARDのインタビューで、気候保護のために原発は現時点でよい選択かと問われ、「それは場合による。すでに(原発が)稼働しているのであれば、それを停止して石炭に変えるのは間違いだと思う」と答えた。

事前収録インタビューの一部が放映前に公開されたことから、ツイッターなどで話題となった。

連立政権の一角を担い、原発の稼働延長を求めている自由民主党首のリントナー財務相は11日、ツイッターで「グレタ・トゥーンベリが原発を送電網に接続し続けるという自民党の立場を支持したことを歓迎する」と投稿。同党所属のブッシュマン法相も「グレタ・トゥーンベリですら、ドイツの原発の稼働継続に賛成している」とツイートした。リントナー氏は以前、子どもや若者は気候変動問題を専門家に任せて学校で学ぶべきだという趣旨の発言をしていた。

こうした動きに対し、グレタさんは12日、ツイッターで「自分たちの方向性に合うときだけ不愉快な真実に耳を傾ける人たちに注意することが重要だ」とけん制した。

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ドイツ政府は稼働を停止した石炭火力発電所を期限付きで再稼働できるようにした。また年内に運転を終える予定だった3基の原発のうち2基も、2023年4月中旬まで稼働できる状態にする。

ただ、ハベック経済・気候保護相(緑の党)が同4月に脱原発を完了させる方針であるのに対し、自民党は対象を3基に拡大し、期間も24年まで延ばすよう求めており、連立与党内で論争となっている。【10月14日 毎日】
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【オーストリア 欧州議会の原発グリーン認定を提訴】
ドイツに限らず、エネルギー確保の観点から原発容認の流れが欧州では強まっており、7月13日ブログ「環境重視の流れのなかで、みせかけの“グリーンウォッシュ”も」で、欧州議会が地球温暖化対策に貢献するグリーンな経済活動に原発と天然ガスを認定するEU法案を承認したことを取り上げましたが、こうした動きへの抵抗もあります。

****EUの「原発はグリーン」にオーストリアが異議、他国に支持呼びかけ****
オーストリア政府は10日、原子力発電と天然ガスを「グリーンな投資対象」と認定する欧州連合(EU)の規則に異議申し立てをしたことについて、他の加盟国も加わるよう働きかけていると明らかにした。

EUの欧州委は今年2月、環境に配慮した持続可能な経済活動を定義する「タクソノミー規則」で、原発と天然ガスを「環境に配慮した投資先」のリストに加えることを提案した。欧州議会も7月に提案への反対決議案を否決、これにより法制化の道が開けた。

オーストリアは7日、EUのこの規則に異議があるとして提訴した。

オーストリアのゲウェスラー環境相は会見で、ルクセンブルクが既に支持を表明しており、他国も続く可能性があると説明。EUの決定について「無責任で不合理だと思う」と批判した。

EU当局者によると、オーストリアは他国に「外交的働きかけ」を行っている。

昨年11月にEUがタクソノミー規則の草案作成中、オーストリア、ドイツ、ルクセンブルグ、ポルトガル、およびデンマークは原子力発電を外すよう求めていた。アイルランドとスペインも天然ガスを環境に配慮した投資と認定することに反対していた。【10月11日 ロイター】
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台湾  半導体産業に牽引された経済成長 その半導体は安全保障面での「シリコンの盾」となるか?

2022-10-18 22:57:31 | 東アジア
(蔡英文総統とTSMC創業者である張忠謀氏(左) 2020年11月10日【2020年11月10日 日経】)

【1人当たりGDPで日本・韓国を抜いた台湾 牽引するのは半導体産業】
周知のように「一人当たり購買力平価GDP」では2019年に日本は韓国に追い抜かれていますが、名目ではまだ日本の水準が韓国を上回っています。しかし、これまでの成長率で伸びていくなら、数年後に韓国は日本を追い抜いてしまう可能性があるとされています。(日本の現状を見ると、“可能性”というか、多分そうなるのでしょう)

購買力平価GDP、名目GDO、実質GDPの意味するものの話はさておき、日本がアジア世界で断トツの経済力を有する「豊かな国」だったという世界は今や消失しています。

更に言えば、十数年後には急速に成長している中国が日本をとらえるでしょう。(ゼロコロナでここのところは低迷していますが、長期的なトレンドとしては日本だけでなく、韓国、更にはアメリカをとらえると思われます)

では1人当たりGDPという指標で見たとき、現時点で東アジア世界で一番は? 実は、IMFが10月12日に発表した今年の予想では、日本・韓国の上にランクされるのが台湾だそうです。

****台湾の1人当たりGDP、日韓抜いて東アジア1位へ、半導体産業の成長を背に―中国メディア****
台湾について「半導体産業の勢いある成長のおかげで、1人当たり国内総生産(GDP)が今年初めて日本と韓国を抜いて東アジア1位になる」とする記事が、中国ポータルサイトの網易に14日付で掲載された。以下はその概要。

国際通貨基金(IMF)の予測によると、今年の台湾の1人当たりGDPは3万5510ドル。韓国は3万3590ドル、日本は3万4360ドルで、2003年に韓国に初めて追い越されてから約20年ぶりに韓国を再び抜くだけでなく、史上初めて日本まで上回ることになる。

台湾のGDP急成長の土台となっているのが、半導体産業に対する政府の強力な支援だ。今年第3四半期の半導体企業売上高ランキングで、台湾積体電路製造(TSMC)は、韓国サムスン電子と米インテルを抜いて首位に立った。

半導体製造における後工程である組み立てとテストを請け負う製造業者(OSAT)の市場シェアでも、台湾は過半数を占め、韓国を大きく引き離している。【10月18日 レコードチャイナ】
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台湾は国際政治的には厳しさを増す中台情勢のなかで不安定な位置にありますが、経済的には絶好調。
その台湾経済を牽引するのが半導体生産であり、世界最大の半導体企業TSMCです。韓国サムスン電子や米インテルを凌ぐというのは・・・

【アメリカは中国を「競争相手」と位置づけ、対抗姿勢を鮮明に】
とは言え、今後の台湾を考えるとき、中台関係、米中関係という国際情勢の枠組みの状況が(経済だけでなく、台湾の存在そのものについても)大きく影響することは言うまでもないところ。

アメリカは中国を「国際秩序を変える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と位置づけ、対抗していく姿勢を強めています。

****中国は「唯一の競争相手」=ロシア、欧州秩序の「脅威」―米政権が国家安保戦略発表****
バイデン米大統領は12日、外交・安保政策の指針をまとめた「国家安全保障戦略」を発表した。

中国を「国際秩序を変える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と位置付け、同盟・友好国と共に長期的に対抗していく姿勢を鮮明にした。ウクライナ侵攻を踏まえ、ロシアが欧州の安保秩序に「差し迫った脅威」をもたらしているとも強調した。

バイデン政権が包括的な安保戦略を示すのは初めて。戦略では「ポスト冷戦期は確実に終わり、次の時代を形作る大国間競争が進行している」と説明。民主主義国と専制主義国がどちらの「統治システム」が優位かを競う中、専制主義国の行動が「国際社会の平和と安定に試練を突き付けている」として危機感をあらわにした。【10月13日 時事】
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こうした“熱い”アメリカの対抗姿勢を中国は「冷戦思考の時代遅れ」と批判しながらも、あまりアメリカと張り合う姿勢は見せず抑制的な感も。戦略でしょうか、余裕でしょうか。

****米安保戦略に中国「冷戦思考の時代遅れ」*****
中国外務省の毛寧報道官は13日の記者会見で、バイデン米政権が発表した国家安全保障戦略(NSS)に対し、「冷戦思考や、(勝つか負けるかの)ゼロサムゲームといった時代遅れの観念に固執することに反対する」と反発した。

米側に対し「中国側に歩み寄り、両国関係を健全で安定した軌道に再び戻すことを推進すべきだ」と呼び掛けた。

毛氏は「われわれも地政学上の衝突や、大国間競争をあおることに賛成しない」と発言。その上で「中国は終始一貫して世界平和の建設者だ」とも述べ、NSSでの米側の批判や懸念に正面から応じない形だ。

毛氏は「中国と米国は最大の発展途上国と先進国として、世界平和を守り、経済発展を安定、促進させるという責任を担っている」とも主張した。中国側は、米国による対露制裁などの対応が平和の妨げになっているといった主張を強めている。【10月13日 産経】
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【アメリカの対中国戦略の要が「半導体」】
アメリカが中国との競争で重視しているのが半導体。
今や半導体はあらゆる商品を生産するのに必要となる経済の要ですが、ロシアが制裁で半導体を入手できず武器生産もままならない状況にあるように、軍事的にも最重要品目です。

****米、半導体製造装置巡る対中輸出規制を大幅拡大へ****
バイデン米政権は7日、半導体製造装置の対中輸出規制の適用対象を大幅に拡大する一連の包括的な措置を発表した。これには米国の半導体製造装置を使って世界各地で製造された特定の半導体チップを中国が入手できないようにする措置が含まれた。

商務省はこれまでに半導体製造装置メーカーであるKLA、ラム・リサーチ、アプライド・マテリアルズに文書で輸出制限を通知しており、新たな措置はこれに基づくもの。一部の措置は即時適用されるという。(中略)

今回の一連の措置は、中国への技術移転に関する米国の政策において、1990年代以降で最大の転換となる可能性がある。措置適用となれば、米国の技術を利用する米国内外の企業による中国の主要工場および半導体設計業者への支援が強制的に打ち切りとなり、中国の半導体製造業が立ち行かなくなる可能性がある。

ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の技術・サイバーセキュリティ専門家、ジム・ルイス氏は、今回の措置は冷戦最盛期の厳格な規制を想起させるとし、「中国は半導体製造を諦めないだろうが、新たな措置により大幅に遅れる」と述べた。

政府高官は前日、今回の措置の多くは海外企業が中国に先端半導体を販売したり、中国企業に対し独自の先端半導体の製造が可能な装置を提供したりすることを防ぐのが目的とする一方、同盟国が同様の措置を実施するという確約を取り付けたわけではなく、引き続き協議していると語った。(中略)

米当局は米国および同盟国の企業に対し新たな措置の免除が認められるライセンスも提供しており、韓国の半導体メモリー生産大手SKハイニックスは中国工場の操業継続に向けてライセンスを申請した。【10月8日 ロイター】
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一般論として言えば、こういう制裁措置は中国の半導体生産を「遅らせる」でしょうが、おそらく中国は独自開発のルートを見つけるでしょう。その結果、半導体生産におけるアメリカの優位性は失われる・・・ということが予想もされます。あくまでも長期的な一般論ですが。

それはともかく、半導体メーカーにとってはビジネス上の難題を抱えることに。今回の措置を受け、半導体製造装置メーカーの株価が下落しています。

****半導体企業は米国の対中弾圧で巨額の時価総額を失う―米メディア****
中国共産党系の環球時報のニュースサイトによると、米テクノロジー系ニュースサイトのTom's Hardwareは11日、「半導体企業は米国の対中弾圧で2400億ドルの時価総額を失う」とする記事を掲載した。以下はその概要。

米政府は、プロセッサの設計やチップの開発、生産能力をリードする政府が管理する法人へのアクセスを拒否することにより、中国の軍事的可能性を制限しようとしている。

その結果、世界の半導体企業は巨額の時価総額を失った。半導体産業はグローバルであるため、米政府の決定は半導体サプライチェーン全体に影響を与える。

半導体大手の時価総額はこのところ減少を続けている。米国による規制が強まると、さらに多くの半導体企業が苦しむことになる。フィラデルフィア半導体株指数(SOX)は今週、記録的な安値を付けた。(中略)

中国にとって朗報なのは、ニコン、キヤノン、東京エレクトロンなどの日本の半導体製造装置企業が、米国の弾圧の影響により米国の技術を使用しない装置の開発を試みる可能性が高いことだ。

半導体需要の大幅な落ち込みに対する投資家の懸念と、米国が中国の半導体セクターに対してより厳しい制裁を科すことを決定した場合の世界の半導体産業の将来性に対する懸念により、多くの時価総額が失われている。【10月13日 レコードチャイナ】
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一方、アメリカは「人材」の面でも中国半導体生産を抑える措置を講じています。

****米国が中国系米国人の半導体事業従事を規制、中国の半導体企業にさらに打撃―台湾メディア****
2022年10月13日、台湾・中国時報電子版は、米政府による新たな半導体関連輸出管理強化措置が、米国籍人材に支えられている中国の半導体産業に大きな打撃を与えるとする記事を掲載した。

記事は、(中略)このほど発表された新たな規定では「許可を得ていない米国民が中国で半導体の開発、製造作業に従事することを禁止する。米国産設備のアフターサービス技術者も含む」という内容が盛り込まれたと伝えた。

そして、米国では多くの中国系人員が電子関連業界に従事しており、これらの中国系人員が中国の半導体産業のスタートアップ時点から積極的に登用されてきたことから、今回の規制措置が中国系米国人のSNSコミュニティーで大きな波紋を呼ぶとともに「今後、米国の永住権を持つ中国人にも規制対象が広がるのではないか」との憂慮も出ているとした。(中略)

中国には中国系米国人が設立した半導体の設備、材料企業が多く存在し、中国の半導体サプライチェーン国産化を支える大きな柱となっていると紹介した。

また、ある半導体企業幹部の話として、その多くが米国に家庭を持ち、米国内に資産、財産を所有していることから、中国系米国人幹部が米国籍を捨てることは非常に困難であり、彼らが難局を乗り越えるには、今後引き続き中国で従事するために米政府からの許可を請う方法がベターとなるはずだと伝えた。(後略)【10月15日 レコードチャイナ】
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【半導体産業は台湾にとって「シリコンの盾」か、あるいは「標的」か】
で、話を台湾に戻すと、台湾は国際政治・安全保障の面で米中対立の最前線に位置していますが、その台湾を支えるのが米中対立で最もホットな品目である半導体生産であるという事実・・・このことは台湾にとって吉か凶か?

****台湾の半導体業界は侵攻を防ぐ「シリコンの盾」か、それとも狙われる標的か****
10月10日、中国の半導体企業株が暴落した。(中略)理由は言うまでもなく、米国が打ち出した先端半導体やその製造装置の対中輸出に関する追加規制のせいだ。

中国による軍事利用を阻止
米商務省は10月7日、先端半導体や半導体製造装置の対中輸出を認可制にすると発表。トランプ政権時代から先端技術の対中輸出は制限を受けてきたが、従来の規則を大幅に強化した。米国製の技術が中国に軍事利用されるのを防ぐためだ。

今回の追加規制では、AIやスーパーコンピュータなどに使われる先端半導体および製造装置や、スマートフォンやパソコン、データサーバなどの基本的な演算処理用半導体を製造する装置も対象となる。企業が中国に先端半導体製品と設備を輸出するには特別な許可証が必要になる。(中略)

ニューヨーク・タイムズは、米政府高官のコメントを引用する形で、大部分の輸出許可証申請の基準は極めて厳しく、同時に米国は同盟国の関連企業に対して輸出された商品についても逐次評価し、それらハイテク製品が中国に利用されるのを防ぐつもりだ、としていた。(中略)

挫折した中国の半導体「完全国産化」
中国の習近平政権は7年前に「中国製造2025」を打ち出し、半導体の完全国産化を目指していたが、事実上これは失敗に終わった。

中国の技術革新の本質は、トライアンドエラーの積み重ねで自ら開発していくものはなく、金の力にまかせた技術や人材の買収、引き抜きに支えられていたため、米国が戦略的に中国企業や中国人材を半導体業界からデカップリングしようと動くと、すぐに躓(つまず)くことになったのだ。

また、不正や腐敗が当たり前となっている中国産業界の特定の分野に、国策として潤沢な資金が流れると、その金に群がる有象無象の「なんちゃって半導体企業」が資金を食いつぶす現象も起きた。(中略)

中国半導体産業界はすでに氷河期を迎えつつある。そこに今回のような米国の追加規制を受けて、先端半導体や製造設備などの禁輸が徹底されれば、比較的ローテク半導体を使用する中国の自動車、ロボット、家電、消費電子産業までも大きな影響を受けるだろう。

これら製品は市場シェア50%以上が中国製なので、世界中で製品の欠乏が起きるかもしれない。痛みに耐えねばならないのは中国企業だけでなく、米国企業も含めた世界の関連業界であり、消費者たちだろう。

実際、世界最大手ファウンドリ企業の台湾TSMCの株価も、双十節(中華民国建国記念日)休み明けの10月11日に8.33%暴落した。米国企業も中国企業も、高性能コンピュータの半導体チップのほとんどをTSMCに委託製造している。米国がスーパーコンピュータ関連半導体市場を囲い込み、中国企業をデカップリングしていくとなると、中国が将来的に伸びしろがある市場だととみて積極的に投資してきたTSMCにとっても大きな痛手となる。

「シリコンの盾」の効果は?
グローバル化と中国ハイテク産業問題を長期に研究してきた米ヴァサー大学の周宇教授は米メディアのラジオ・フリー・アジア(RFA)に対し、「これ(米国の今回の措置)は中国のハイテク産業だけでなく、国際的な半導体産業チェーン全体にも損害を与え、そして半導体産業グローバルチェーンの組み換え、再構築を引き起こすだろう」と指摘している。

その再構築の鍵を握るのは、当然TSMCをはじめとする台湾半導体産業の今後の動向となろう。
ここで気になるのが、台湾の安全保障とTSMCを中心とする台湾の半導体産業の関係性だ。つまりTSMCはじめ台湾の半導体産業が中国市場と切り離されることは台湾の安全保障にとって吉なのか凶なのか。米国と中国の狭間でどのような選択が、最も台湾国益にとってプラスなのか、という問題だ。

TSMCは米中ハイテク戦争の狭間にあって、世界ファウンドリ市場の6割を占め、今にいたるまで中国市場から撤退するか否かについては曖昧な態度を貫いている。その主な理由は、半導体産業で中国との関係を維持していくことが、台湾の国家安全にプラスになる、という発想がひとつある。

TSMCの会長で創業者の張忠謀が先日、米国CBSのテレビ番組「60ミニッツ」に出演した際、その発言が世界の注目を集めた。司会者のレスリー・スタアが「台湾人が半導体産業に、いわゆる『シリコンの盾』としての影響力に期待するのはなぜなのか。なぜ、半導体産業によって習近平の台湾武力侵攻を防げられると思うのか?」と質問した。

すると張忠謀は「TSMCは世界各国に半導体を提供しており、もし“誰か(中国)”が経済的な幸福を主要な目標とするならば、武力侵攻をすまいと自己抑制するだろう」と語った。

スタアがさらに「しかし、もしその誰かの主要目標が台湾を侵攻し“一つの中国”の下、TSMCを国有化することであったらどうだろう?」と問いかけると、張忠謀は率直に言った。「もし戦争が起きれば、すべてが破壊されるだろう。すべてが滅亡する」。

世界のハイテク産業を支える半導体の大量生産を請け負うTSMCなどの企業が台湾に存在することは、米国が台湾を絶対に中国に渡したくない主要な理由の1つである。

台湾は米国との経済的結びつきを強化することで、断交後も台湾関係法という形で台湾の安全を保障することを米国に認めさせた。その考え方は、近年、台湾が半導体産業の中心となることでさらに強化されている。

台湾が中国に統一され、TSMCはじめ台湾の半導体産業が中国の手に落ちれば、米中ハイテク戦争の形勢は米国不利に陥るかもしれない。「シリコンの盾」は、米国に台湾を守らせるという意味では、間違いなく有効だ。

優先すべきは経済利益より国家安全
だが一方で、台湾に米中ハイテク戦争の行方のカギとなる半導体産業があるからこそ、習近平はリスクを冒しても台湾統一を急ごうとしている、という見方もある。

まもなく北京で始まる第20回中国共産党大会で、仮に習近平体制が継続する形となれば、習近平は自分の指導基盤を固めるために台湾統一のタイムリミットを宣言するかもしれない。そうなれば、台湾海峡有事はかつてないほど現実味のある危機として認識されるようになるだろう。

台湾に成熟した半導体産業がなければ、習近平は焦って台湾を手に入れようと考えなかったかもしれない。

台湾の半導体産業をつぶせば、世界の産業は混乱に陥る。それを避けるには、台湾は大人しく、中国の特別行政区になれ、と言う人も出てくる。「シリコンの盾」というより、狙われる弱点、グローバル経済のアキレス腱と言うこともできるだろう。

張忠謀のロジックの前提は、中国が経済発展を重視していれば、台湾を戦争に巻き込まない、ということだが、習近平が、まさにそういう経済重視の考えがあるのか、という点が大いに問題だ。戦争をせずに一緒に金儲けしよう、と商人に呼び掛ければうまくいくが、相手が根っからの盗賊だったら? 平和に商売するように見せかけて近づき、最終的にはすべてを奪った上で殺害するかもしれない。

中国市場に巨額投資しているEVメーカー大手テスラのイーロン・マスクCEOは、英フィナンシャル・タイムズ紙で、「(台湾有事が起きれば)影響は半導体サプライチェーンのみならず世界経済全体の3割が失われる」などと発言し、(そうした戦争を避けるために)「台湾は中国の特別行政区にすべきだ」と主張し、物議をかもした。

だが、この発言の背後にあるのは、経済のグローバリズムでは、軍事力をもった覇権国家の侵略意欲を食い止めることはできず、「シリコンの盾」など幻想である、という真理だ。

となると、国家にとって最大の優先事項は経済利益ではなく軍事的優位を守り切ることであり、米国が軍事的優位を守るために半導体産業にそれなりの犠牲を強いることは妥当な判断、ということになる。(後略)【10月13日 福島 香織氏 JBpress】
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台湾は半導体産業にとってあまりにも重要なため、中国は武力制圧を控え、米国は台湾が中国の手に落ちるのを許さないという「シリコンの盾論」・・・やはり「幻想」でしょう。中国にしても、アメリカにしても、ギリギリの判断では経済合理性より政治的必然性(あるいは、中台統一という理性を超えた情念)や安全保障が優先します。
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フランス  製油所労働者のストライキで深刻なガソリン不足 ストライキをめぐる日仏の認識差

2022-10-17 20:43:02 | 欧州情勢
(営業しているガソリンスタンドで給油を待つ車列【10月13日 YAHOO!ニュース】)

【製油所労働者のストライキで深刻なガソリン不足に 仏政府は「徴用」も】
フランスではここ3週間ほどガソリン不足が問題になっています。原因は製油所労働者の賃上げ要求ストライキ。

****フランス、全土でガソリン不足 賃上げ要求で製油所閉鎖****
フランスで製油所従業員による賃金引き上げを求めるストライキが激しさを増し、全国の3割のガソリンスタンドで燃料が不足している。

長期化を深刻視した政府が介入し、一部の従業員に業務復帰を命じる事態に発展した。ロシアのウクライナ侵攻による影響に加え、ストライキがエネルギー供給不足に拍車をかけている。

仏紙ルモンドによると、フランス本土の7つの製油所のうち6カ所でストライキが起きている。全国のガソリンスタンドの3割でガソリンかディーゼル油のいずれかの燃料の在庫が足りず、燃料を求める長蛇の列ができている。

仏フランスアンフォは一部のスクールバスやゴミ収集車、救急車が燃料不足で動かせなくなったほか、カーレースやサッカーの試合など様々な活動が延期されていると報じた。

深刻な燃料不足は仏トタルエナジーズや米エクソンモービルの製油所の従業員が、9月下旬から賃上げを要求してストライキに踏み切ったことが原因だ。

トタルエナジーズの従業員が加盟するフランス労働総同盟(CGT)は記録的なインフレやエネルギー会社の好調な業績を賃金に反映すべきだとして、10%の賃上げを要求している。

事態を重く見たボルヌ首相は11日、「国(の経済活動)を止めたままにするわけにはいかない」と宣言。エクソンモービルが仏北部で運営する製油所の貯蔵庫の従業員を徴用し業務復帰を命じると表明した。CGTは「違法な要求だ」と反発している。

フランスでは2010年にも年金改革への反対をきっかけに製油所でストが広がったことがある。このときも政府は従業員に業務復帰を命じたが、行政裁判所の判断により停止された。【10月13日 日経】
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“徴用とは、国民の生活や活動に重大な問題が生じたり、公衆衛生や治安面での緊急事態が起きた場合に、物資を接収したり、人々を強制的に働かせること。”

****ガソリン不足拡大。政府、ついに製油貯蔵所に徴用令****
製油所の賃上げストでガソリン不足
製油所のストライキのために全国の3割のガソリンスタンド(給油所)で車両燃料が供給できない問題で、ボルヌ首相は10月11日にエッソモービルの製油貯蔵所1ヵ所の従業員を徴用すると発表し、これを受けてノルマンディー地域圏知事は12日に4人の徴用令を発した。13日にはトタル・エネルジーのダンケルク貯蔵所に対しても徴用の手続きを開始した。

全国7ヵ所の製油所のうち、トタル・エネルジー3ヵ所とエッソモービル2ヵ所の労組の賃上げ要求ストが9月下旬から始まり、給油所への供給が滞っている。12日時点で全国30%の給油所に燃料が全くない状態で、北部やパリ首都圏ではその割合は4割以上に上り、ガソリンや軽油を売っているガソリンスタンドに長蛇の列ができる事態に。通勤はもとより、輸送業や救急車、医師・看護師の移動にも影響を及ぼしている。

エッソの労組は好業績の利益分配とインフレを理由に、賃上げ7.5%と6000€のボーナスを要求。一部の労組は10日に経営側と合意したが、製油所の従業員の多くが加盟する労組CGTはこれを不満として1ヵ所を除いてストを続行。

トタルの労組も同様の理由で10%の賃上げを求めているが、経営側の賃上げ6%とボーナス1ヵ月分の提案に満足せず、スト続行で交渉が継続中だ。

世界的な燃料価格の高騰により、エッソはグループ連結で今年第2四半期179億ドルの純益、トタルも上半期106億ドルという莫大な純益を計上している。

「徴用」で事態収拾したい政府、広がるストライキ。
今回のエッソのグラヴァンション製油貯蔵所(セーヌ・マリティーム県、ル・アーヴル近く)の徴用は、貯蔵所から給油所へのガソリン・軽油などの移送を可能にするために13日と14日に2人ずつを強制的に仕事に復帰させるもの。

徴用とは、国民の生活や活動に重大な問題が生じたり、公衆衛生や治安面での緊急事態が起きた場合に、物資を接収したり、人々を強制的に働かせること。

CGTは今回の徴用を違法とし、行政裁判に訴える構えだ。2010年の同様の事態の際には行政裁判所が徴用令を無効としたケースもあり、国務院は当時、徴用は必要最低限にすべきとの判断を下している。

CGTは徴用という強制手段に反発し、エネルギー部門やその他の部門にストを呼びかけており、仏電力会社(EDF)の一部の原発でもストが始まった。仏国鉄(SNCF)のCGTも18日のストを呼びかけており、インフレをカバーする賃上げ要求はほかの産業界にも波及しそうだ。

ルメール経済相は13日、トタルは利益を上げているのだから労組の賃上げ要求を飲むべきと発言し事態の鎮静化にあたった。交渉妥結となっても、燃料の供給が通常に戻るのには時間がかかるとされており、今後の交渉の行方が気になるところだ。【10月13日 OVNI】
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【比較的高い賃金の製油所労働者と価格高騰で莫大な利益を得ている会社側の争い】
製油所労働者の賃金は月平均約5000ユーロ(約705,000円)・・・日本的感覚からすれば結構なレベル
一方のトタル・エネルジーも、ウクライナ情勢の影響で燃料価格が高騰し、莫大な利益をあげています。

****フランス 賃上げ要求ストで深刻なガソリン不足 買いだめ禁止へ****
(中略)
北フランス、パリ市内および近郊、ガソリンスタンド「空っぽ」
特に影響が大きいオ=ドゥ=フランス地方、および パリを含むイル=ド=フランス経済圏では、その割合が50%に達しています。

パリ市内で10箇所のスタンドを回ったが給油できなかったというタクシードライバーは、自営業なので仕事をしないと収入がありません。何時間も並んだ末に「在庫がない」と言われ、クラクションを鳴らすドライバーなど利用者側の苛立ちも見られます。

パリ近郊の高速道路脇にあるガソリンスタンドでは、午前2時から車の行列ができています。一方、給油状況がわかるアプリを利用して、在庫のあるスタンドで給油できたという人もいます。

給油制限、ストック禁止、料金は値上がり
先週のスト開始直後にポリタンクでガソリンを買い溜めするドライバーが多数いましたが、不足が長期化し始めたことから、多くのスタンドではすでに一人あたりへの販売を30リットルに制限しています。

マクロン大統領は、会社側と組合側の両方に対し「国民への責任」を重く見て「ガソリンの供給を止める」という手段を使わずに交渉するよう要求しています。また、政府は本日、ポリタンク、携行缶へのストックを禁止すると発表しました。

不足からガソリンが1リットル当たり7セント(約10円/1ユーロ=約141円)、軽油が1セント(約1.4円)値上がりしています。

賃上げ要求の製油所技師、平均給与5,000ユーロは高いのか?
長引くストに企業側への非難の声が上がる中、トタルエナジーズは製油所の技師の平均給与を発表しました。

2022年の平均給与はボーナスを除いた場合、月額約4,300ユーロ(約606,000円)で、ボーナスを入れると月平均約5000ユーロ(約705,000円)になります。会社側はすでに昨年の業績をふまえた上で、今年の1月にフランスで3.5%のベースアップを行なっています。

また今年の3月には、フランス在住で自社のガスや電気を利用する社員に150ユーロの割引券を配り、7月には全社員に一人当たり200ユーロ(約28,200円)の「エネルギーボーナス」を支給しています。

トタルエナジーズ第一四半期利益106億ドル、組合は利益分配を要求
一方、トタルエナジーズの組合側(CGT:Confédération générale du travail)は、インフレにより低下した購買力を補うためとして7%を、さらに会社の好業績の配当分として3%、合計10%の昇給を要求しています。

理由として、同社が今年の第一四半期だけで実に106億ドル(1ドル=約145.75円/約1,545億円)もの利益を計上していることをあげています。【10月11日 マダム・カトウ氏「フランス 賃上げ要求ストで深刻なガソリン不足 買いだめ禁止へ」 フランス365】
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【権利意識の強いフランス 労働側はゼネストへの拡大を呼び掛け】
個人の権利意識が強いフランスではストライキは日常茶飯事の面も。
マクロン政権になってからも、労働市場や年金制度改革に抗議して労働者側が大規模ストライキを決行し、妥協しないマクロン大統領のもとで長期間社会生活に大きな影響がでたこともあります。

また2018年には、燃料税引き下げを求める要求から「黄色いベスト運動」が起こり、道路のバリケード封鎖などの抗議行動が長期間行われました。

国民もそうした権利要求のためのストライキを一定に容認する風土もあります。
もちろん、そのあたりは影響の大きさ、期間などとの兼ね合いにもなります。

労働者側・極左政党は、更に行動を拡大し、ゼネストを呼び掛けています。

****パリで物価上昇の抗議デモ、左派はゼネスト呼びかけ****
パリで16日、物価上昇に抗議して数千人がデモを展開した。フランスでは製油所で賃上げを求めて数週間にわたるストが実施されており、ゼネストを呼びかける声が高まっている。

極左政党「不服従のフランス」のメランション党首もデモに参加し、18日のゼネスト実施を呼びかけた。

主要労組のフランス民主労働同盟(CFDT)も賃上げのため18日のゼネスト実施と抗議行動を呼びかけている。同時に、製油所職員のスト実施権保護に向けた抗議行動も呼びかけた。【10月17日 ロイター】
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【社会的に「迷惑」をかけるストライキに否定的な日本】
一方、日本では、国民の間には、消費者・利用者に迷惑をかけるストライキに厳しい見方があるようにも。
そうした雰囲気の中で、労働組合の運動は大きく制約され、運動自体の衰退を招いているようにも見えます。
特に、1975年の国鉄労働者の「スト権スト」失敗以降は、そういう傾向が強まっています。

ただ、最近「日本の賃金が上がらない」ことによる「日本の衰退」が議論されていますが、そうした賃金が上がらない背景のひとつに、労働運動の「弱さ」があることも指摘されます。

いずれにしても、一般的な日本人感覚からすれば、通勤はもとより、輸送業や救急車、医師・看護師の移動にも影響を及ぼしている状況には否定的になることが多いのでは。

下記記事は、フランス在住の日本人女性によるもの。

****フランスのガソリン不足が炙り出す格差社会の悪循環****
フランスで「ガソリンスタンドにガソリンがない!」という異常事態が起こり始めてから、そろそろ3週間近くが経過しようとしています。

(中略)このガソリン切れの問題は、同社(フランス最大手の石油会社トータルエナジーズ)の製油所でのストライキが原因であることが明らかになりました。

テレビをつければ、毎日毎日、ガソリンスタンドにできる長蛇の列、給油のために1〜3時間待ちはあたりまえ、ガソリンスタンドをハシゴしながら夜中にガソリンを探し回る人々の様子が報道され、今やフランスではガソリンのあるガソリンスタンドを検索するアプリは必須アイテムなどと言われるほどで、もはや「ガソリンの価格が高いか安いか」という以前に、とにかく「給油ができるかできないか?」が問題という状況にまで達し、車がなければ仕事ができないタクシーや運送業の人々や車がなければ仕事に行けない人々などをパニックに陥れ、ガソリンの盗難事件まで起こり始め、ついには、警察、消防、救急車両が優先などというお達しがでるほどの混乱状態に陥っています。(中略)

庶民の必需品を人質にできる勝ち組と振り回される一般庶民と貧因層
ストライキ大国のフランスでのストライキは日常茶飯事で、SNCF(フランス国鉄)、RATP(パリ交通公団)、学校、病院などのストライキなどのストライキはかなり頻繁にあり、大変、迷惑な話ではありますが、「また〜〜?」と思いながらも、ある程度は、慣れてしまっているところもあって、いちいち腹をたてていては、やっていけないので、とりあえず、子供の学校はストライキのない私立の学校にするなど、それなりに対処してきました。

しかし、今回のような大規模な製油所のストライキというものは、20年以上フランスにいる私にとっても初めてのことで、日常はあまり意識することはないガソリンの有無がこれほどの大問題になる状況にはウンザリさせられます。

そもそも「ストライキの権利」と「権利の主張」は、フランス人が誇りとしているところでもあるのですが、今回のトータルエナジーズなどに関してみれば、同社の社員は、嫌な言い方をすれば、いわば「勝ち組」の人々で、平均年収が35,685ユーロ(約525万円)という優良企業。

今回の賃上げ要求にしても、庶民や貧因層にとってみれば、「何の不服があって?ここまでするのか?」と納得できない人が大部分であることは言うまでもありません。

このエネルギー危機の中、順調に業績を伸ばしているにもかかわらず、正当に社員に分配されないという不満はあるのでしょうが、この勝ち組の賃上げ要求のために行われている「庶民の必需品を人質にしてのストライキ」のために、影響を受けるのは、車なしには生活できない一般庶民や貧因層で、彼らが高いガソリンを使いながら、車でガソリンを探し回るという悪循環には、フランスの格差社会の悪循環が炙り出されているような気もするのです。

ストライキといえば、どちらかといえば弱い立場の人々が困窮してデモやストライキをおこすものというイメージもあるところ、今回の場合は、全く強いものが弱い者を苦しめることになっているのは、本当に腹立たしいことです。

政府は、いよいよこのガソリン不足による混乱と国の機能が止まりかねない事態に、製油所労働者を徴用(最低限社会生活に必要なガソリン供給のために働くことを強制し、従わない場合は懲役6ヶ月、罰金1万ユーロという罰則つき)する措置をとることを発表し、一部の製油所は再開し始めたものの、今度は、この措置自体が反発を呼び、「ストライキをする権利を主張するストライキ」という収集のつかない事態に陥り、この混乱がおさまるのには、まだまだ時間がかかりそうです。

フランスのガソリン価格は高騰しているとはいえ、他のヨーロッパ諸国と比較すれば、格段に高騰率は低く、これは何とか国民への負担を軽減するために政府がその差額を負担していることによるのですが、現状はこのストライキのために、価格以前に供給がままならなくなるという不測の事態に陥っているのです。

このストライキにより、トータルエナジーズのCGT(労働組合)は、賃上げ交渉に成功し、この11月から2023年に向けて7%プラス3,000ユーロ〜6,000ユーロのボーナスを勝ち取り、ますます高給を補償されることになりました。そのためにガソリン価格はさらに上昇して庶民を苦しめ続けるというこの悪循環が続くことになります。

ガソリン価格の高騰から国民を守るために多額の予算を割いている政府は、結局、ある程度は価格は上がっているにせよ、国民が変わりなくガソリンを消費できることで、このような会社の売上に貢献しているわけで、一体、どちらを援助しているのかと疑問にさえなります。そのうえ、このストライキですから、政府も国民もたまったものではありません。

また、このトータルエナジーズは、14日、「ウクライナを爆撃したロシア軍機への燃料供給に加担し、戦争犯罪での共謀行為に及んだ」として、フランスやウクライナの団体から仏国家テロ対策検察庁に同社の追訴を求める訴状を提出されています。

これまで経験したこともなかった大規模な製油所のストライキ。ストライキをする側からしたら、この戦禍でエネルギー危機の中、国民の不安を煽り、混乱を起こすタイミングとしては絶好のタイミングではあったかもしれませんが、ロシア軍機に燃料供給をしながら、国内ではストライキを起こしてガソリンの供給をストップして、一般市民を窮地に陥れているとしたら、とんでもない「勝ち組」会社だと嫌悪感しか湧いてきません。

一般庶民ができることは、せめてこの騒動がおさまっても、「トータルでは給油しない」という抵抗くらいかもしれません。【10月16日 RIKAママ Newsweek】
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アルゼンチン  インフレ・財政難に苦しむ現状 先進国から脱落した例外国 日本の将来の姿?

2022-10-16 22:34:04 | ラテンアメリカ
(南米アルゼンチンは猛烈なインフレに見舞われている。写真はブエノスアイレス郊外のごみ処理場で、使えるものを探すディエゴさん。10月5日撮影【10月15日 ロイター】)

【年間インフレ率100%ほど 困窮する市民生活】
欧米・日本を含め、世界中で物価上昇が問題になっていますが、アルゼンチンでは“今年の消費者物価指数(CPI)の年間上昇率は100%を突破し、1990年前後のハイパーインフレ期以来となる高い伸びになる見通し”と、状況は深刻です。

****ハイパーインフレのアルゼンチン、ごみ物色や物々交換も****
南米アルゼンチンは猛烈なインフレに見舞われている。暮らし向きが苦しくなった市民は、再利用できるものを探してごみの山をあさったり、物々交換会に参加するするなど、日々の生活を続けるのに必死だ。

今年の消費者物価指数(CPI)の年間上昇率は100%を突破し、1990年前後のハイパーインフレ期以来となる高い伸びになる見通し。ロシアのウクライナ侵攻で悪化したインフレを抑え込む取り組みは世界中で繰り広げられているが、アルゼンチンの物価高騰は突出している。

「もう収入が足りない」と嘆くセルギオ・オマルさん(41)は、首都・ブエノスアイレス郊外ルハンにあるごみ処理場で1日12時間ごみの山をあさる。段ボールやプラスチック、金属などを探し、売っている。

食品価格がこの数カ月間で急騰し、5人のこどもを抱えるオマルさんは家族を養うのが難しくなった。生活が行き詰まり、ごみ処理場で売れるものを探す人は増えているという。

「状況が危機的になり、ここに来る人は2倍になった」とオマルさん。リサイクル可能な廃棄物を売れば、1日に2000−6000ペソ(13─40ドル)を稼ぐことができる。

ロイターの記者は、ごみ処理場でまだ使える衣類どころか食料すら探し回っている男女の姿を目撃した。ごみの山では腐敗した廃棄物から出るガスが突然発火したり、ネズミや野犬、腐肉をついばむ鳥が群れている光景が広がっていた。

アルゼンチンは1世紀前には世界で最も豊かな国の1つだった。しかし、近年は繰り返し経済危機に見舞われ、インフレを抑え続けるのが困難になっている。

紙幣の増刷と企業による値上げの悪循環という従来の問題に、肥料と天然ガスの輸入コスト上昇が追い打ちをかけ、足元の物価上昇ペースは1990年代以降で最も速い。

ロイターのアナリスト調査によると、9月のインフレ率は前月比6.7%と予想され、中央銀行は政策金利を75%に引き上げ、その後も引き締めを続ける可能性がある。

今年上半期の貧困率は36%を突破。極貧層は全人口の8.8%、約260万人に上っている。政府の支援計画がこれ以上の悪化を防いではいるが、国家予算が限られているにもかかわらず、福祉予算の拡大を求める声も出ている。

アルゼンチンがひどい経済危機のさなかにあった2001年にサンドラ・コントレラスさんが立ち上げた「ルハン物々交換クラブ」は最近、再び活動が盛り上がっている。物価高についていけない人々が、古着を小麦粉やパスタと交換しようとやって来る。

「給料が足りず、状況が毎日のように悪化しているから、みんなものすごく必死になっている」とコントレラスさん。「お金がなくて、でも家に何か持って帰らなければいけないから、物々交換するしかない」と説明する。(後略)【10月15日 ロイター】
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“アルゼンチンは1世紀前には世界で最も豊かな国の1つだった”・・・・「衰退途上国」日本の現状も想起されるところですが、その話はまた後で。

アルゼンチンの経済危機は「倹約が苦手」という国民性・国家の体質にも依るとの指摘も。

****アルゼンチンの驚愕のインフレ率:自国通貨に信頼のない国****
昨年まで5年間の累積インフレは200%超え
アルゼンチンの今年のインフレは100%近くになりそうだ。10月5日付のアルゼンチン代表紙のひとつ「クラリン」は9月のインフレが7%に手が届くまでになったことを報じている。また同月までの昨年から1年間のインフレは82.8%になるとしている。

昨年まで5年間のインフレ率は26%(2017)、34%(2018)、53%(2019)、42%(2020)、51%(2021)となっている。

自国通貨に全く信頼を寄せない国
今年インフレが急激な高騰を見せている主因はコロナ禍によるパンデミックの影響による景気の低迷と自国通貨ペソがドルの前に暴落しているということだ。

国民の間で自国通貨への信頼はなく、国民はドルを持ちたがる。また不況になればなるほどドルの需要が高まる傾向にあるからドルは高騰しペソは下落するということになる。

しかも、アルゼンチンは国の規模に比べ輸出量が少ない。その為、外貨が市場で常に不足気味だ。それもドルが高騰する理由のひとつだ。これがすべてインフレを煽る。

倹約が苦手な国
しかも、アルゼンチンは体質的に倹約ができない国だ。だから政府の歳出が歳入を大きく上回るのが常となっている。それを修正するのに倹約して歳出を削減するのではなく新しく通貨を発行する傾向にある。だからインフレはますます上昇する。

余談であるが、これに似たようなことをやっているのが日本だ。財政赤字を国債で補填している。この国債を民間金融機関が引き受けることができなくなる時が必ず来る。その内、日本もアルゼンチンのようになるのが懸念される。

来年もインフレは100%以上
上述紙は2023年のインフレが112%になると指摘している。10月4日付の「アンビト」もJPモルガンが100%を超えると指摘しているのを報じている。

インフレが上昇を続ける理由のひとつに、販売業者は到来するインフレ率を憶測してそれでも損をしないように上積みして価格を設定する傾向にあるということ。

だから、9月が7%のインフレ率となったことから、販売業者は10月はそれ以上に値上がりすると見込んで販売価格を設定するのでより高い価格になる。それが翌月のインフレをさらに煽ることになるというわけである。同様にこのインフレを利用して便乗値上げをする業者もいる。(中略)

倹約の精神はゼロ
そうかといって、国民も政府も倹約する姿勢にない。多くの国民は貯蓄をするのはなく、もっているお金を使う傾向にある。と同時にドルと交換する機会を狙っている。政府は必要な紙幣を刷る。

このような国民性であるから国全体が貧困化に向かっているのは当然だ。実際、現在の国民の4割は貧困者だとされている。子供は5割以上が貧困者だという。

世界でも有数の天然資源の豊富な国であるが、それを1世紀以上もの間生かしきれないでいるのがアルゼンチンだ。【10月13日 白石 和幸氏 AGORA】
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「倹約の精神はゼロ」という国民性・財政規律の緩さもあってか、アルゼンチンはこれまでもデフォルト(債務不履行)を繰り返しています。

昨年5月のは“10回目”のデフォルトの危機にありましたが、これはなんとか凌いだものの、厳しい財政状況が続いています。

****アルゼンチン、デフォルト回避へ模索が続くも、先行きの道のりは険しい*****
アルゼンチンは昨年、パリクラブ向け債務のデフォルトが懸念されたが、返済条件の交渉合意によりデフォルトは回避された。

他方、政権を取り巻く状況は厳しさを増したが、その後もフェルナンデス政権はIMF及びパリクラブとの債務再編交渉を継続させた。

IMFとの交渉は今年1月に基本合意、今月(22年3月)には最終合意に至った。また、今月末に迫ったパリクラブとの債務再編交渉も3ヶ月延長で合意し、デフォルトは回避された。【3月29日 西濵 徹氏 第一生命経済研究所HP】
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インフレで臣民生活が困窮する情勢で、当然ながら国民の不満は募っています。

****アルゼンチン、数千人がデモ 賃上げとインフレ対策求め****
ブエノスアイレスの中心街で17日、賃上げと失業手当引き上げに向けた政府の対策を求めて数千人が抗議デモを展開した。

消費者物価上昇とペソ相場安が打撃をもたらす中、貧困者の割合は人口の40%に達し、インフレ率は年率70%前後で推移している。フェルナンデス大統領はインフレ対策に苦慮している。

デモ参加者は、大衆救済路線のペロン主義を掲げる正義党(ペロン党)関連の労組や左派グループの人々で、旗を掲げたりドラムを叩いたりしながら市内の大通りを行進。インフレ率に応じた賃上げと、広範囲な経済の痛みを緩和するための社会支出拡大を訴えた。(後略)【8月18日 ロイター】
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昨年11月の上下両院の議会選では与党が敗北し、左派フェルナンデス政権は厳しい政権運営を余儀なくされています。

【先進国から脱落した例外国のアルゼンチン 日本はアルゼンチンの二の舞いか】
そうした苦境にあるアルゼンチンが、最近「衰退」を云々される日本とよく似ているとの指摘が。

****日本が「先進国脱落」の危機にある理由、衰退国家アルゼンチンの二の舞いに?****
アルゼンチンは19世紀以降の世界で唯一、先進国から脱落した国家として知られる。農産物の輸出で成長したが、工業化の波に乗り遅れ、急速に輸出競争力を失ったことがその要因だ。国民生活が豊かになったことで、高額年金を求める声が大きくなり、社会保障費が増大したことも衰退につながった。

時代背景は違うが、似た現象が起きているのが現代の日本である。IT化の波に乗り遅れ、工業製品の輸出力が衰退しているにもかかわらず、社会は現状維持を強く望んでいる。この状況が続けば、アルゼンチンの二の舞いになっても不思議ではない。

かつて対照的な立場にあった日本とアルゼンチンだが…
このところ、「日本が先進国の地位から脱落するのではないか」との指摘をよく耳にするようになってきた。(中略)

社会の近代化が急速に進んだ19世紀以降、先進国として豊かな社会を形成していた国がその地位を失うケースは極めて珍しい。

近代資本主義社会は先行者に圧倒的に有利なシステムであり、欧米を中心に一足先に近代化を実現した国は当初から豊かで、その後も豊かな社会を持続している。後発の国はなかなか豊かになれず、先行した国が脱落することもなかった。

だが、この常識に当てはまらない国が世界に2つだけある。それが日本とアルゼンチンである。(中略)

アルゼンチンの経済規模はタイやマレーシアと同程度
両国の経済レベルに目を向けると、現時点におけるアルゼンチンの1人当たりGDP(国内総生産)は約1万ドルで、日本の4分の1である。東南アジアの新興国としては比較的豊かな部類に入るタイは約7800ドル、マレーシアは1万1000ドルなので、アルゼンチン経済は豊かな新興国と同水準と考えれば分かりやすいだろう。

だが、戦前のアルゼンチンは今よりもはるかに豊かであり、先進国とみなされていた。1910年におけるアルゼンチンの1人当たりGDP(90年ドル換算)は3822ドルと、英米仏独4カ国の平均値である4037ドルとほぼ同じ水準となっており、旧宗主国であるスペイン(2175ドル)を大幅に上回っていた。(中略)

戦前のアルゼンチンは日本よりも圧倒的に豊かであり、欧米先進国と同等かそれ以上の生活水準だった。ところが、欧米各国が戦後さらに成長ペースを加速させたのとは対照的に、アルゼンチンの成長は一気に鈍化し、今では完全に衰退国となっている。(中略)

アルゼンチンが突然の衰退背景にある英国との関係
戦前のアルゼンチン経済を牽引していたのは食料の輸出である。社会の教科書で習ったように、アルゼンチンにはパンパと呼ばれる高大な平原があり、当時としては農業の生産性が圧倒的に高かった。アルゼンチンは欧州各国に大量の小麦を輸出し、その後は牛肉も加わり、圧倒的な輸出大国となった。その背景には英国からの投資がある。(中略)

1890年以降、アルゼンチンは圧倒的な食料輸出を背景に貿易黒字が続いており、豊富な外貨(当時はポンド)を保有していた。英国はアルゼンチンに積極的に投資を行ったので、アルゼンチン経済は発展を続けた。

アルゼンチンの人々は、諸外国から多くの製品を輸入し、消費生活を楽しんだ。同国の首都であるブエノスアイレスは美しい街として知られるが、多くの建物は当時に建設されたものである。

社会保障費の増大や政治的な問題も衰退要因に
だが世界恐慌以後、各国が工業化に向けて動き出したことで、アルゼンチン経済の変調が始まる。農業と比較すると工業の生産性は圧倒的に高く、相対的にアルゼンチンの輸出は不利になってきた。

同国も工業化投資を行ったが、それは新しい輸出産業を育成するというよりも、輸入によって賄っていた製品を自国産に切り換えるという輸入代替としてのニュアンスが強かった。このため、かつての食料に代わる高い輸出競争力を持つ産業の育成がうまくいかず、貿易赤字を計上する年が増えてきた。
 
一方で、国民生活が豊かになったことで、高額な年金を求める声が大きくなり、社会保障費の増大という問題が発生したほか、農業資本に代表される既得権益者が工業化などの諸改革を拒むなど、政治的な問題も起きた。これらが凋落の要因として大きかったといわれる。

第2次大戦と前後してアルゼンチンは激しいインフレ(というよりもスタグフレーション)に陥り、経済の衰退が目に見えて明らかになってきた。こうした状況で、戦後のアルゼンチンの政権を担ったのは強権政治とポピュリズムで知られるペロン大統領である。

ペロン氏は、ナチスドイツの思想に共鳴しており、政権の座に就くと産業の国有化などナショナリズムを前面に出した政策を推し進め、労働組合を取り込み、広範囲な賃上げを実現した。一時はこうした政策が功を奏したが、国有化した産業の競争力は急激に低下し、アルゼンチンの経常収支は赤字体質が定着した。

政府が国内産業の保護を続けたことから、経済はさらに非効率になり、何度もインフレを繰り返すという慢性的なインフレ国家に変貌した。その後、80年代には新自由主義的な構造改革も実施されたが、うまくいかず、ペロン氏の死去から50年近く経過した今でも同国経済は不安定な状態が続いている。

日本とアルゼンチンの状況は実はよく似ている
アルゼンチンと日本は時代背景も産業構造も異なるが、衰退のプロセスはよく似ている。

日本経済は戦後、工業製品の輸出で経済を成長させたが、90年代以降、日本の輸出競争力は急激に衰えた。世界全体の輸出に占める日本のシェアは80年代には8%とドイツに並ぶ水準だったが、現在ではわずか3%台にとどまっている。

日本の製造業が凋落した最大の原因は、全世界的な産業のパラダイムシフトに乗り遅れたことである。90年代以降、ITが急激に進歩し、世界の主力産業は製造業から知識産業に移行したが、日本はこの流れを見誤り、ハード偏重の従来型ビジネスに固執した。

IT化の波に乗り遅れたという点では、国内のサービス産業も同じである。OECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本におけるIT投資水準は横ばいで推移する一方、米国やフランスは投資額を約4倍に増やしている。

IT化が進まないと業務プロセスのムダが温存され、生産性が伸びない。IT投資を成功させるためには人材投資も並行して行う必要があるが、日本企業における人的投資の水準は先進諸外国の10分の1しかなく、状況をさらに悪化させている。

豊かになった国民が社会保障の維持を強く求めていることや、競争力の低下に伴う国産化(工場の国内回帰)への過度な期待、ナショナリズムの勃興など、アルゼンチンと日本の共通点は多い。

日本がこのまま手を打たなければアルゼンチンの二の舞いになる
では、日本がこのまま何も行動を起こさず、アルゼンチンと同じ道のりをたどった場合、私たちの生活はどうなるだろうか。結論から言えば、貧富の差が広がり、激しい格差社会になる可能性が高い。

先ほど、現在のアルゼンチンの生活水準は、豊かな東南アジアと同程度であるという話をした。タイやマレーシアの人たちは、今ではかなり豊かな生活をしているので、この程度であれば悪くないと思った人もいるだろう。だがそれは、あくまでも表面的な印象にすぎない。

日本がアルゼンチンと同程度まで経済が衰退したとしても、相応の仕事に就き、平均以上の年収を得ている人にとっては、何とか我慢できる生活水準かもしれない。だが、平均値の低下は、大抵の場合、格差の拡大と同時並行で進んでいく。

アルゼンチンは経済の低迷によって何度も年金制度の再構築を余儀なくされている。経済が低迷すると、最初に打撃を受けるのは貧困層や高齢者である。(中略)

また、日本の相対的貧困率は15.7%と先進国としては突出して悪い数字になっていることはよく知られている。統計が異なるが、アルゼンチンはコロナ危機前の段階で20%台後半となっており、コロナによってさらに悪化したといわれる。

アルゼンチンの場合、非正規労働者や自営業の比率が高く、こうした人たちは社会保障の枠組みに入っていない可能性が高い。日本においても同様に、時代に合わない年金制度や非正規社員の増加、貧困化の進展や格差拡大などが問題視されている。これらを放置すれば、日本はよりアルゼンチンに近づくことになる。

仮に日本が衰退しても、「豊かなアジア各国と同水準なら良し」とするのか、「激しい格差社会になり果てるのは到底受け入れがたい」と考えるのかは、人それぞれかもしれない。だが平均値の低下というのは、目に見えない部分で、国民に相当な苦難をもたらすことは確かだ。【2月7日 加谷珪一氏 DIAMONDonline】
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旧ソ連諸国のロシア離れ プーチン大統領への苦言が相次いだロシアと中央アジア5カ国の首脳会議

2022-10-15 23:40:49 | 中央アジア
(ロシアのプーチン大統領(左)と話すタジキスタンのラフモン大統領=13日、カザフスタン・アスタナ(ロイター)【10月15日 産経】)

【タジキスタン大統領 プーチン大統領に「属国扱いやめよ」とストレートな苦言】
個人間でも、国家間でも、面と向かって苦言を呈することは非常に厄介でもあり、腹をくくる必要もありますが、その点で印象的だったのが、下記の中央アジア・旧ソ連タジキスタンのラフモン大統領のロシア・プーチン大統領への極めてストレートなもの言いです。

この発言からは、これまで「ロシアの裏庭」とも言われてきた中央アジアにおける力関係の変化、ロシアの威信の低下が明確に見て取れます。

****タジク大統領「属国扱いやめよ」 異例のロシア批判****
中央アジアの旧ソ連構成国、タジキスタンのラフモン大統領は14日、カザフスタンの首都アスタナで開かれたロシアと中央アジア5カ国の首脳会議で、プーチン露大統領に対し、「旧ソ連時代のように中央アジア諸国を扱わないでほしい」と述べ、タジクは属国扱いではない対等な国家関係を望んでいると表明した。会議の公開部分の発言をタジクメディアが伝えた。

ロシアが「勢力圏」とみなす旧ソ連諸国の首脳が、公の場でロシアに批判的な発言をするのは異例。ウクライナ侵略を受け、旧ソ連諸国の多くがロシアから一定の距離を置こうとする動きを強めており、ラフモン氏の発言はそうした傾向の表れである可能性がある。

ラフモン氏は「旧ソ連時代、中央アジアの小国は(ソ連指導部から)関心を向けられていなかった」と指摘。「ロシアはタジクを食糧面や貿易面で支援してくれているが、その半面、対等な態度も示していない」と述べた。「多額の資金援助はいらない。われわれを尊重してほしい」と語り、ロシアは旧ソ連時代のような小国軽視の政策をとるべきではないと訴えた。

会議ではカザフのトカエフ大統領も、旧ソ連圏での国境問題は「平和的手段で解決されるべきだ」と述べ、ウクライナ侵略に否定的な考えを示した。

ロシアと中央アジア5カ国の首脳会議は、14日にアスタナで開かれた旧ソ連構成国でつくる独立国家共同体(CIS)の首脳会議に合わせて実施された。【10月15日 産経】
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後述のようにウクライナ侵攻を機に“ロシア離れ”が進む中央アジア諸国にあって、タジキスタンはこれまでは比較的ロシアを支持する姿勢をとってきましたが、そのタジキスタン大統領が「属国扱いをやめて尊重して欲しい」・・・

互いの立場を考慮した玉虫色の発言、あるいは逆に非難の応酬等が多い外交関係で、これほどストレートな表現も珍しいのでは。プーチン大統領がどのような顔でこの発言を聞き、どのように答えたのか知りたいものです。

【プーチン大統領 国際的孤立化を食い止めるため旧ソ連諸国の結束を図ろうとするが・・・】
プーチン大統領にとって悩みの種は尽きませんが、苦戦が伝えられるウクライナでの戦局、それと平行して強まる(そこから生じると言うべきか)国内の部分動員体制の混乱などに加え、国際的な孤立もまた悩ましい問題です。

****国連総会、ロシアの「併合」非難決議を採択 賛成は143カ国に****
国連総会(加盟193カ国)は12日の緊急特別会合で、ロシアによるウクライナ東・南部4州の一方的な併合を「違法だ」として非難し、無効を宣言する決議案を143カ国の賛成多数で採択した。反対はロシアなど5カ国、棄権は中国やインドなど35カ国だった。
 
国連総会は今年3月、ロシア軍の即時撤退を求める非難決議を採択した。141カ国が賛成し、反対は5カ国、棄権は35カ国だった。

その後の戦況が長期化の様相を呈し、アフリカ諸国など一部の加盟国には「ウクライナ疲れ」も指摘されていたが、賛成は3月の決議から2カ国増えた。

国連憲章が定める「領土の一体性と政治的独立」を武力で覆そうとするロシアの孤立ぶりが改めて浮き彫りになった形だ。(中略)

国連総会は2014年3月、今回と同様にロシアによるウクライナ南部クリミア半島の併合を認めない決議を賛成100、反対11、棄権58で採択している。今回の賛成はこれも大きく上回った。

決議案は欧州連合(EU)が作成を主導し、ウクライナが提出した。日本も共同提案国に名を連ねた。反対は他にベラルーシ、北朝鮮、ニカラグア、シリア。棄権は他に南アフリカやエチオピア、タイ、ベトナムなど。【10月13日 毎日】
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国際的な影響力を有する中国・インドが棄権していることや、今後アフリカ諸国など「グローバルサウス(南半球を中心とした途上国)」で「ウクライナ疲れ」が表面化してくることも懸念されるなど、必ずしも欧米側が手放しで喜べる状況でもありませんが、ロシア・プーチン大統領に、ウクライナ侵攻・力づくの領土併合への風当たりがやはり非常に強いことを改めて認識させる結果でもありました。

そうした厳しい国際状況にあって、プーチン大統領が先ず頼るのは軍事・貿易・出稼ぎ労働者などで関係が深く、ロシアの影響力も強い「勢力圏」とも言える旧ソ連諸国です。

しかし、そこにあってもロシアの威信・影響力低下は顕著で、国連総会での数字より、「身内」「勢力圏」とロシアが見なしてきた地域での変化の方がプーチン大統領にとっては深刻かも。

今月7日には、プーチン大統領が70歳の誕生日を迎えたということで、旧ソ連圏の独立国家共同体(CIS)の非公式首脳会議として、故郷のサンクトペテルブルクに旧ソ連構成国の首脳を集めて異例の会議を開催しました。ウクライナ侵攻で深まる孤立イメージの払拭を狙ったとみられています。

“ベラルーシを除く各国はウクライナ侵攻を支持しておらず、ウクライナ4州の「併合」も認めないなど、「ロシア離れ」がじわりと広がっている。それだけに、「孤立イメージ」の回避を狙って強引に会議を開いた可能性もある。”【10月8日 日系メディア】とも。

そして同月14日には、カザフスタンの首都アスタナで正式な独立国家共同体(CIS)の首脳会議が開催されました。

****旧ソ連諸国に結束求める プーチン氏、孤立回避へ躍起****
ロシアのプーチン大統領は14日、カザフスタンの首都アスタナで、旧ソ連諸国で構成される独立国家共同体(CIS)の首脳会議に出席した。

プーチン氏は、第二次世界大戦終結から80年となる2025年に「ナチズムに対する団結」をCISが宣言するよう提案した。ウクライナ侵略について、ロシアは「勢力圏」とみなす旧ソ連諸国の大半から支持を得られていない。プーチン氏は旧ソ連諸国に結束を確認させ、ロシアの孤立化を防ぐ思惑だ。

プーチン氏は「旧ソ連の諸国民がナチスから人類を救った」と主張し、CISがその歴史的功績を再確認すべきだと述べた。プーチン氏の提案に各国も同意した。プーチン氏はウクライナ侵略を「ネオナチとの戦い」だとしており、ロシアから距離を置く各国に軍事行動への理解を求める意図もあるとみられる。

12日、ロシアのウクライナ4州併合を非難した国連総会の決議案採決では、CIS諸国で反対票を投じたのがロシアとベラルーシのみだった。モルドバは賛成し、その他は棄権した。

また、CIS内では9月、アゼルバイジャンとアルメニア、キルギスとタジキスタンの間で武力衝突も発生した。ロシアがウクライナ侵略に力をそがれ、求心力を低下させていることが背景にあるとみられる。

CIS首脳会議には、モルドバを除く加盟・準加盟9カ国の首脳が出席。テロ抑止策で各国の協力を深めるとした共同文書などが採択された。【10月14日 産経】
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【旧ソ連諸国同士の紛争をコントロールできないロシア 威信・影響力低下が明らかに】
ロシアが旧ソ連諸国をコントロールできなくなっていることを端的に示す事例が、9月に行われた中ロが主導する上海協力機構(SCO)首脳会議直前にアルメニアとアゼルバイジャン、キルギスとタジキスタンという参加国同士の国境紛争が起きたことです。

****上海協力機構、参加国間で紛争 ウクライナ侵攻でロシア影響力低下****
中ロが主導する上海協力機構(SCO)首脳会議は(9月)16日、ウズベキスタンの古都サマルカンドで2日間の日程を終えた。イランの正式加盟も決まり、採択された首脳宣言は「SCO拡大は地域安定に寄与する」と結束を強調した。

しかし、現実には開幕直前からアルメニアとアゼルバイジャン、キルギスとタジキスタンという参加国同士の国境紛争が起き、不安要素が残った。

「情勢悪化を非常に懸念している」。プーチン大統領は16日、サマルカンドで会談したアゼルバイジャンのアリエフ大統領に訴えた。SCO首脳会議を欠席したアルメニアのパシニャン首相とは事前に電話で協議しており、双方に自制を呼び掛けた形だ。

13日に再燃した両国の係争地ナゴルノカラバフの紛争は沈静化に向かったが、戦死者はアルメニア側135人、アゼルバイジャン側80人の計215人に上った。

キルギスとタジクは14日から国境地帯で交戦。相手による攻撃で始まったと非難し合った。ロシア紙コメルサントによると、衝突は「過去12年間で150件以上」と珍しくないが、SCO首脳会議に合わせてキルギスのジャパロフ、タジクのラフモン両大統領が急きょ会談する事態に。18日までにキルギス側46人、タジク側38人の計84人が死亡した。

衝突したのはいずれも旧ソ連構成国。ロシア軍は、ウクライナ侵攻が長期化し、戦闘による死傷者が「7万~8万人」(米国防総省)とも推計される。ロシアはナゴルノカラバフに派遣した平和維持部隊などからも兵士をかき集めていると言われ、それが地域の不安定化につながっているもようだ。

米シンクタンクの戦争研究所は15日、プーチン政権が2月に侵攻開始後、「旧ソ連圏に駐留するロシア軍部隊の大半が流出した」と指摘した。

ロシアは今も勢力圏と見なすアルメニアやキルギス、タジクなどに在外基地を置くが、戦争研究所は引き揚げの動きが「旧ソ連圏でロシアの影響力を低下させるとみられる」と分析した。【9月18日 時事】
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****旧ソ連諸国で衝突相次ぐ 背景にロシアの威信低下か****
南カフカス地方と中央アジアの旧ソ連構成国の間で9月中旬、相次いで大規模な衝突が発生した。旧ソ連圏の盟主を自任するロシアは地域の不安定化を危惧し、情勢の正常化を呼び掛けたが、緊張は現在も続く。ロシアがウクライナ侵攻に苦戦し、威信を低下させたことが相次ぐ衝突の要因となった可能性がある。(中略)

プーチン露大統領は、同時期のウズベキスタンでの上海協力機構(SCO)首脳会議などを通じ、衝突した4カ国の首脳と協議。対話での解決を求めつつも、中立的な立場に終始した。

ロシアは自身が主導する「集団安全保障条約機構」(CSTO)を通じてアルメニア、キルギス、タジクと同盟を結ぶ一方、アゼルバイジャンとも友好関係にある。紛争当事国の一方に肩入れするのは避けたいのが本音だ。ウクライナ侵攻に追われ、介入する余力にも乏しい。

事実、アルメニアは今回の衝突でCSTOに介入を求めたが、CSTOは事実上拒否した。タスによると、同国では18日、CSTO脱退を求めるデモが発生。ロシアの求心力の低下が浮き彫りになった。

一方、ブリンケン米国務長官は19日、アルメニア、アゼルバイジャン両外相とニューヨークで会談した。露メディアからは「米国はロシアの代わりに調停を主導し、ロシアの影響力をそごうとしている」と警戒する見方も出ている。【10月3日 産経】
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キルギスも隣国タジキスタンとの国境紛争をめぐり、9月にCSTOへ介入を要請しましたが、交渉での解決を提案されただけだったとのこと。

軍事介入に応じない(できない)、解決への指導力を発揮しない(できない)ロシアに対し、CSTO加盟国の不満も募っています。

【ロシアへの「借り」を返すことなく距離をおくカザフスタン 旧ソ連諸国にとっては「明日は我が身」】
そうした旧ソ連諸国・中央アジア諸国の中でもロシアにとってとりわけ重要な地域大国・資源大国がカザフスタン。

ロシア系民族が2割を占め、従来はロシア語など文化的つながりも強く、プーチン大統領とナザルバエフ前大統領の信頼関係も。

カザフスタンで燃料価格の値上げを機に年明けから大規模な抗議活動が起きて全土に拡大した際に、わずか数日でロシアが「平和維持部隊」の派遣を決めたのも、カザフスタンがロシアにとって「特別な存在」であるからとされています。 そのカザフスタンでもロシア離れが進んでいます。

****プーチン氏目算に狂い、中央アジア諸国冷ややか****
ウクライナ侵攻で対ロ関係見直し、米国などに接近

ロシアは今年初め、反政府デモが暴徒化していたカザフスタンに対して、2000人余りの部隊を派遣し鎮圧に当たらせた。その6週間後、ロシアがウクライナへの侵攻を開始すると、カザフには侵攻への支持を表明してロシアに恩返しする機会が訪れた。 だが、カザフはそうしなかった。

カザフをはじめ、ロシア南部と国境を接する中央アジア諸国は、侵攻に対して中立な立場を維持。旧ソ連圏諸国でロシアへの全面的な支持を表明しているのはベラルーシのみだ。

カザフは西側の対ロシア制裁を履行すると確約。ロシアを迂回(うかい)したルート経由で欧州への石油輸出を拡大するとし、国防費の増強にも動いた。これに加え、カザフを自国の勢力圏に引き込みたい米国からの訪問団を受け入れた。

カザフがロシアと距離を置き始めたことは、ウラジーミル・プーチン露大統領にとって想定外の展開だ。旧ソ連崩壊以降、ロシアは長年にわたり、軍事・経済関係を通じて中央アジア全般で旧ソ連圏諸国への影響力を維持してきた。その最たる例が西欧よりも広い国土を持つ産油国のカザフだ。ロシアとカザフは4750マイル(約7600キロ)にわたって国境を接しており、その長さは米国・カナダに次ぐ世界第2位だ。

だが、カザフと共通点も多い旧ソ連のウクライナをロシアが侵攻したことで、その関係は変わりつつある。カザフは外交政策におけるロシア重視の姿勢を見直すとともに、米国やトルコ、中国などに接近している。現・旧カザフ当局者や議員、アナリストらへの取材で分かった。

こうした動向が鮮明になったのが、プーチン氏がサンクトペテルブルクで6月に開催した年次経済フォーラムだ。カザフのカシムジョマルト・トカエフ大統領はプーチン氏と共に出席した壇上で、親ロ派武装勢力が一方的に独立を宣言したウクライナ東部ドンバス地方の2地域を国家として認識しなかった。(中略)

トカエフ氏はロシア訪問時に出演した国営テレビで、カザフはロシアの制裁違反を手助けすることはしないが、ロシアの重要な同盟国にとどまるとの考えを強調。「カザフスタンが同盟国の義務を放棄することは決してない」と言明した。

これが極めて微妙なかじ取りであることは明らかだ。カザフはロシアの怒りを買いかねない反戦デモを禁止する一方で、ロシアで戦争への支持を表明するシンボルとなった「Z」のサインを掲げることは違法とした。

カザフのサヤサト・ヌルベク国会議員は、友人同士であるシマリスとクマに関する童話を引き合いに出して、自国の立場を説明した。童話は、クマは機嫌が良い時にシマリスの背中をやさしくなでたが、爪で擦り傷が残り、それがシマリスのしま模様となって残ったという内容だ。

ヌルベク氏は「クマを友人に持つ場合、たとえ親友であっても、クマが上機嫌であっても、常に背後に注意せよというのがこの童話の教訓だ」と話す。

カザフとロシアの溝が深まりつつある最初の兆候が顕在化したのが、ロシアに侵攻の即時停止を求める3月初旬の国連決議案の採決だ。カザフは反対こそしなかったが、棄権した。その数日後には、ボーイング767型機でウクライナに28トン余りの医療支援物資を輸送するなど、何度か支援物資をウクライナに届けている。

7月初旬には、カザフ財務省が西側の制裁措置をロシアへの輸出品の一部に適用する指示案を公表した。

ロシア国内では、1月の反政府デモ鎮圧に部隊を送った後だっただけに、カザフの冷遇に反発の声が上がった。
ロシア国営テレビの司会者、ティグラン・ケオサヤン氏は4月下旬、「カザフ人よ、この恩知らずな行為を何と呼ぶのか?」と問いかけている。「ウクライナで起こっていることを注視せよ(中略)このような狡猾(こうかつ)な行為が許され、自らの身に何も起こらないと考えているなら間違いだ」

カザフの人々は長らく、こうした脅しには慣れてきた。カザフ人口の約2割はロシア系民族で、ロシアの国家主義者はかねてカザフ北部をロシアの領土だと主張してきた。ロシアが2014年にウクライナからクリミア半島を併合すると、プーチン氏は旧ソ連が崩壊するまで、カザフに独立国家としての歴史はなかったと言い放った。

中央アジア諸国で唯一、ロシアと国境を接するカザフでは、侵攻後にこうした脅しへの警戒がにわかに高まった。キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンはすべてカザフの南に位置する。そのいずれも侵攻を支持しておらず、ウズベキスタンは公の場で、親ロ派勢力が独立を宣言したドンバス地方の共和国は認めないと表明した。

中央アジア諸国とロシアの間で隙間風が吹く状況は、米国にとって、存在感が薄くなっていた地域で再び影響力を強める好機となる。(中略)

西側諸国では、ウクライナ侵攻でロシア軍が「張り子の虎」であることが露呈したとの指摘も聞かれる。しかし、中央アジアのある国の高官は、ロシアの野心に対する恐怖は深まる一方だと明かす。「ロシアが多くの国に対処し、東欧諸国やウクライナをいじめているうちは別だ」とした上で、その人物はこう語った。「虐待の相手としてウクライナが消えたらどうなるか想像してほしい。次はわれわれの番だろうか?」【7月26日 WSJ】
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やはり軍事進攻して、一方的に領土を併合するという行為は、旧ソ連諸国のようなロシアと近い関係にある国にとっては、“近い”からこそ「明日は我が身」という不安を煽るもので、受け入れがたいようです。

****カザフ大統領が露に苦言 プーチン氏、孤立回避に躍起****
中央アジア・カザフスタンのトカエフ大統領は14日、旧ソ連圏での国境に関する問題は「もっぱら平和的な手段で解決されるべきだ」と述べた。カザフの首都アスタナで行われたロシアと中央アジア5カ国の首脳会議での発言。トカエフ氏は、ウクライナ侵略を続けているプーチン露大統領に苦言を呈した形だ。

露国営タス通信によると、トカエフ氏は国境問題について、「友好と信頼の精神で、さらに国際法の原則と国連憲章の順守によって解決されねばならない」とも指摘した。(後略)【10月15日 産経】
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冒頭のタジキスタン・ラフモン大統領発言といい、14日のロシアと中央アジア5カ国の首脳会議はプーチン大統領にとっては「針の筵(むしろ)」だったようです。
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「ならず者国家」ミャンマー軍事政権との付き合い方

2022-10-14 23:04:44 | ミャンマー
(外務省前でデモをする在日ミャンマー人の人たち=東京都千代田区で2022年8月19日【8月19日 毎日】)

【改善が見えないミャンマー情勢】
ミャンマー情勢については、9月21日ブログ“ミャンマーで弾圧を受けるロヒンギャの現状 ミャンマー国内では民主派・国軍戦闘で市民に犠牲も”で、北西部ザガイン地方域にある村の僧院学校が軍のヘリコプターから空爆を受けて児童11人が死亡した事件などを取り上げました。

その後も状況は好転していません。
国軍による軍事政権はスー・チー氏への罪状を積み重ねています。

****スーチー氏と豪人元経済顧問、公務秘密法違反罪で禁錮3年=関係筋****
9月29日 軍事政権下のミャンマーの裁判所は29日、国家顧問兼外相だったアウンサンスーチー氏と同氏の元経済顧問であるオーストラリア人のショーン・ターネル氏に公務秘密法違反の罪で禁錮3年の刑をそれぞれ言い渡した。(後略)【9月29日 ロイター】
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どのような「国家機密」を漏らしたのかは明らかにされていません。
更に・・・

****アウンサンスーチー氏に新たに「禁錮3年」の判決 刑期は合わせて26年****
(中略)12日、ミャンマー国軍が設置した特別法廷は実業家の男性から合わせて55万ドル、日本円で約8000万円を受け取った汚職の罪でアウンサンスーチー氏に禁錮3年の判決を言い渡した。これまでに14の罪で有罪判決が下されていて、刑期は合わせて26年に上っている。

スーチー氏は去年2月のクーデター以降拘束が続いているが、関係者によると、この日の法廷で健康状態に問題はなかったという。スーチー氏は、訴追されている他の複数の容疑での裁判手続きもあり、拘束はさらに長期化する見通しだ。【10月12日 ABEMA Times】
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ミャンマーで抗議デモを撮影中に拘束された久保田徹さんについても、禁固刑が。

****ミャンマーの裁判所が久保田徹さんに有罪判決 扇動罪で禁錮3年、電子通信に関する罪で禁錮7年****
ミャンマーで抗議デモを撮影中に拘束されたドキュメンタリー制作者の久保田徹さんに対し、現地の裁判所は、扇動罪で禁錮3年、電子通信に関する罪で禁錮7年の有罪判決を言い渡しました。量刑は合わせて禁錮7年とみられます。

ドキュメンタリー制作者の久保田徹さんは今年7月、最大都市・ヤンゴンで軍への抗議デモを撮影して、治安当局に拘束されました。

その後、入国管理法違反や扇動罪などで訴追されていて、ミャンマー当局は、久保田さんはデモの場所や日時について、参加者と連絡を取っていたと主張していました。(中略)

久保田さんをめぐっては、他にも、観光ビザで入国し取材したとして、入国管理法違反でも裁判が続いています。
現地の日本大使館は早期の解放を求めていますが、拘束の長期化が懸念されています。【10月6日 日テレNEWS】
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****ミャンマーで拘束の久保田さん、新たに禁錮3年 刑期計10年に****
クーデターで全権を握ったミャンマー国軍の統制下にある裁判所は12日、入国管理法違反の罪で、最大都市ヤンゴンで治安当局に拘束されたドキュメンタリー映像作家、久保田徹さんに禁錮3年の判決を言い渡した。久保田さんは既に電子通信に関する罪などで禁錮7年の実刑判決を受けている。刑期は合わせて10年になる見通し。

国軍は久保田さんが観光査証で入国したにも関わらず、取材活動をしていただけではなく、自らも国軍支配に反発する抗議デモに参加していたと主張している。【10月12日 産経】
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一方、ユニセフによれば、激しさを増す国内の国軍・親軍事政権派民兵と民主派武装組織の間の戦闘で、家を追われる国内避難民は100万人を超えているとのこと。

****ミャンマー、クーデター以降の国内避難民100万人超に ユニセフ****
国連児童基金(ユニセフ)によると、ミャンマーで昨年起きた軍事クーデター以降の国内避難民が100万人を超えた。

6日のユニセフ発表によると、民主化指導者アウンサンスーチー氏率いる政権を転覆させた昨年2月1日のクーデター以降、先月までに101万7000人が国内避難民となっている。

国内避難民の半数以上は、国軍・親軍事政権派民兵と民主派武装組織の間で激しい戦闘が行われている北西部ザガイン地域の住民だという。

同地域では先月も国軍が学校を攻撃し、少なくとも11人の児童が死亡した。軍は、潜伏していた民主派勢力を標的にしたものだと主張している。

国連人道問題調整事務所は、クーデター以降、ミャンマー全土で民家など1万2000棟以上が焼かれたり破壊されたりしたと推計している。

危機打開に向けた外交努力も停滞している。東南アジア諸国連合は昨年、軍事政権と民主派勢力の対話や人道支援提供の促進を目指すことなどで合意したが、軍事政権側はほとんど履行していない。 【10月9日 AFP】
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【国軍とASEANの関係も悪化】
上記記事最後にあるように、ASEANとミャンマー国軍の関係も悪化しています。

****ASEAN首脳会議不参加 ミャンマー国軍、反発か****
昨年2月のクーデターで実権を掌握したミャンマー国軍が、来月にカンボジアの首都プノンペンで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議や一連の定例首脳会合に参加しない方針を示したことが5日、ASEAN外交筋への取材で分かった。

外交筋によると、議長国のカンボジアが「非政治的な代表者」の派遣を求め、国軍側は反発した。国の代表者に当たらないと判断したとみられる。

ASEANのミャンマー問題特使を務めるカンボジアのプラク・ソコン副首相兼外相は8月、人道状況の改善などに進展がない限り、国軍側が主要会議に出席するのは難しいとの考えを表明した。【10月5日 共同】
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ASEANがミャンマーの和平実現に向けて国軍と合意した5項目がほとんど履行されておらず、ASEAN内部には11月のASEAN首脳会議までに合意を見直す必要があるとの声も出ていることは、前回ブログで取り上げたところ。

【ミャンマー関与で対応が分かれる欧米日ブランド】
こうした状況で、ミャンマーとの関係、距離の取り方に苦慮するのはASEANだけでなく、また関係国だけもなく、民間企業の同じです。

****軍政下ミャンマー製品、西側ブランドの対応二分****
H&MやZARA、ユニクロは調達を続ける一方、英テスコなどは撤退

欧米日の小売業者の間では、ミャンマー製の衣料品を購入するかどうかで対応の違いが鮮明になっている。同国は昨年、軍部によるクーデターが起きるまで、衣料品輸出国として世界屈指の急成長を遂げていた。

欧州のアパレル大手プライマークはミャンマー国内の25工場からレインコートやパーカなどの衣料品を購入していたが、先月、撤退を表明した。縫製労働者の安全性と権利を確保するのが困難なことを理由に挙げた。この決定は、アルディ・サウス・グループやC&A、テスコといった他の欧州小売り大手の撤退に続く動きだ。
 
これに対し、スウェーデンのアパレル大手ヘネス・アンド・マウリッツ(H&M)や、「ZARA(ザラ)」などを展開するスペインの同業インディテックス、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング(ファストリ)などは残留している。

H&Mの広報担当者は、「ミャンマーとの貿易を継続すべきかどうかについて、相反する判断や異なる視点」があるとしつつも、同社は撤退する考えがないと述べた。H&Mは「ミャンマーの多くの人々が国際企業に頼って生計を立てている事実に留意している」と述べた。

インディテックスとファストリはコメントを控えた。インディテックスは7月、ミャンマーの供給業者と密接に協力し、人権の保護に注力していると述べた。

こうした議論の核心をなすのは、ミャンマーの低賃金を利用すると同時に同国の貧困層に役立つ雇用を維持するか、それとも労働者虐待(一部の労働者や権利団体は軍事政権下で悪化していると主張)を理由に同国から撤退するかという難しい選択だ。

このジレンマは、ビジネス全般でグローバル環境のリスクが増していることを浮き彫りにする。例えば、ロシアによるウクライナ侵攻以降、多くの欧米企業がロシア事業の停止や閉鎖を決めている。

英人権団体エシカル・トレーディング・イニシアチブは、ミャンマーの縫製労働者3120人にインタビューを行い、9月に報告書を公表した。それによると、長時間労働や言語的・身体的・性的ハラスメント(嫌がらせ)といった労働法違反が疑われ、また労働者は不満を訴える手段がほとんどないと指摘された。

軍事政権は民主主義的な制度を抑え込もうと、労働組合の指導者を逮捕したり、労働者の権利促進を目指す企業や職業別組合、NGO(非政府組織)などを脅迫したりしているという。

ファストファッションのブランドは通常、衣料品工場を自ら建設・運営することはなく、独立した工場に発注している。それらの工場は大抵、アジアの発展途上国にあり、縫製労働者は1日わずか数ドルの報酬で雇われることもある。

相次ぐ産業災害を受け、各ブランドはここ数年、より詳細な検査を実施するなどして、下請け工場の安全性向上と労働基準の強化を推進している(2013年にはバングラデシュで複数の縫製工場が入った複合ビル「ラナ・プラザ」が崩落し、1100人の労働者が死亡。ファストファッションの評判も傷ついた)。

ミャンマーでは、軍事クーデター以前からすでに労働者に賃金や退職手当が満額支払われない問題が生じていた。だが人権団体によると、国軍が権力を掌握した後の不安定で抑圧的な政治環境が状況をさらに悪化させたという。

今年9月には、元駐ミャンマー英国大使で、衣料品の国際ブランドなどの投資家に助言する非営利団体(NPO)「責任あるビジネスのためのミャンマー・センター(MCRB)」の代表を務めるビッキー・ボウマン氏が、入国管理法違反の罪に問われ、禁錮1年の判決を受けた。英国の外務・英連邦・開発省は、事件が解決するまでボウマン氏を支援し続けると述べた。

過去1年8カ月の間にノルウェーの通信会社テレノールや仏エネルギー大手トタルエナジーズ、米石油大手シェブロンなど、多くの企業がミャンマーからの撤退を決定した。

カーゴショーツやランニングシューズなどを販売するアルディ・サウスは、2021年9月に撤退を決めた。ビジネスの予測不能性や人権擁護の難しさが理由だという。欧州のファストファッションブランドC&Aもやはり政治情勢を理由に挙げた。英スーパー大手のテスコは、世界の労働組合の助言に従って撤退すると述べた。

一方で、アパレル大手は同国にとどまるべきだと主張する市民団体や労働者団体もある。軍事政権に利益をもたらす炭化水素や通信などの産業とは異なり、アパレル業界が同国に投じる多額の資金は、人件費やその他の生産コストに回されるからだという。

「もし彼らが購入をやめたら、最もしわ寄せを受けるのは衣料品業界の労働者だろう」。ミャンマーの労働組織である労働組合共同委員会(CCTU)のイェ・ナイン・ウィン事務局長はそう話す。

前出のエシカル・トレーディング・イニシアチブの報告書では、欧州ブランドが撤退した場合、失業するか収入が減少する労働者は32万人に上ると試算された。この報告書はブランドが残留すべきか撤退すべきかについては立場を明確にしなかった。

西側ブランドの一部はクーデター後、衣料品の購入を一時中止したが、数カ月後には再開した。国連の貿易統計によると、2022年上半期の欧州連合(EU)・米国・日本向けの衣料品輸出は、前年同期比で29%増、クーデター前年の20年比でも12%増だった。世界銀行によると、ミャンマー経済は19年比で13%のマイナス成長に落ち込んでいるが、衣料品の力強い回復はそれと好対照をなす。

世界銀行は7月の報告書で、2021~22年にミャンマーの通貨チャットが下落したことで、同国製衣料品の価格競争力が強まったと指摘。

ただ、チャット安は――クーデター以降、対米ドルで30%余り価値が下落した――、物価高騰を引き起こす要因ともなった。先月公表された国連開発計画(UNDP)の最新調査によると、就労中の縫製労働者の約半数が、物資不足のために食事の量が減ったと回答している。【10月6日 WSJ】
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欧米ブランドのアパレル需要がミャンマー国内の労働者の雇用と生活を支える、撤退すればそれが失われる・・・悩ましい問題ですが、企業がその点をどこまで真剣に考慮しているかはやや疑問も。

企業が一番気にかけているのは、残留することで得られる経済的利益と、残留することで軍事政権支配に結果的に協力しているとの国内外からの批判・・・この両者の兼ね合いでしょう。

【「独自のパイプ」外交で軍事政権関与を続ける日本政府】
歴史的にも、経済的にもミャンマーと深いつながりがある日本はかつての軍政時代から、米欧とは一線を画した「独自のパイプ」を活かす関与外交を行ってきました。日本側には、そのことがミャンマー民主化を後押ししたとの自負もあるのでしょう。(スー・チー氏は旧軍政下の軟禁時から、日本の経済支援はミャンマー民主化のためにならないと否定的でしたが)

今回軍事政権にも欧米が制裁を発動したのに対し、日本政府はミャンマーへの新規ODAは当面、原則見合わせるが、制裁としては打ち出さないという微妙な対応。制裁を避けているのは、現地利権を中国に奪われるのを警戒してのこととも言われています。

日本は2019年度に1893億円を拠出するなど、ミャンマーにとって最大の援助国です。
確かに日本による新規ODAの原則停止は、米欧が課している国軍幹部らの資産凍結といった制裁と比べてもインパクトがあります。

首相官邸関係者は「ミャンマーにも米欧にも、強力なカードとしてアピールできる」と指摘。政権幹部も「外交上のレバレッジ(テコ)になる」と語っていました・・・・が、現実には「外交上のレバレッジ」「独自のパイプ」が発揮されて軍事政権の対応に改善が見られるという話も聞きません。

****日本ODAへの批判****
2021年2月1日のミャンマー国軍によるクーデターを機に、日本の外交姿勢に対してミャンマー国民の間で厳しい批判が巻き起こった。

欧米諸国が国軍やその関連企業に対して標的制裁)を発動したのに対し、日本は厳しい措置をとらず、むしろ「独自のパイプ」をいかして国軍幹部への働きかけを重視したからである。つまり、日本の姿勢はミャンマー国軍に宥和的過ぎるとの批判であった。

なかでも日本がミャンマーに供与しているODAについて、クーデター後も実施中の案件を継続し、完全には止めなかったことは厳しく批判された。さらに、ODAによる建設事業の一部が国軍関連企業に発注されていたことがわかると、ミャンマー国民の不信は増幅した。ミャンマー国民の批判や不信は、国軍関連企業とビジネスをしていた日本企業にも向けられた。

(少なくとも一部の)日本のODAや日本企業のビジネスは、ミャンマー国軍に資金を与えたのではないか。そして、その資金は武器購入に充てられ、クーデター後の市民弾圧に使われたのではないか。こうしたミャンマー国民の疑念は、そもそも10年前に日本が、国軍が依然として影響力をもつ政治体制であったミャンマーへのODA供与を再開したこと自体が間違っていたのではないか、という疑問まで生むに至っている。(後略)【2021年10月 工藤 年博氏「ミャンマー・クーデターが突きつける日本の政府開発援助(ODA)の課題」 JETRO】
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既存のODAについては未だ継続している日本ですが、ODA事業はさまざまなビジネスを行う国軍を利する懸念がある他、建設される道路等のインフラが、国軍の軍事作戦に利用される恐れもあります。

いったん国軍支配のミャンマーに流入した資金・物資が、その後、提供した日本の意図とは異なる使われ方をする・・・というのは想像に難くないところです。

****国軍が兵士輸送に使用、日本寄贈の旅客船****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は10日、日本がミャンマーに供与した旅客船を、同国軍が西部ラカイン州での国軍兵士の移動などに使ったことが判明したと声明を発表した。  

輸送に使われた旅客船は「キサパナディ1」と「キサパナディ3」。日本の無償資金協力で2017年から順次、供与された計3隻のうちの2隻だ。船舶の供与は、地域住民の交通の利便性や航行安全の向上が目的とされていた。  

HRWによると、ラカイン州政府の運輸大臣が、国軍統制下にある運輸・通信省傘下の内陸水路運輸(IWT)の同州での担当部署に対し、州都シットウェ―ブティダウン間の航行を指示。9月14日に100人以上の兵士と物資を輸送したという。  

ラカイン州では、国軍と少数民族武装勢力アラカン軍(AA)との戦闘が激化している。HRWは、日本から支援目的で供与された船が軍事目的に使われたことで、日本が国軍に加担したことになると批判。日本政府は、あらゆる外交手段を駆使して国軍に圧力をかけるべきだと主張した。【10月13日 NNA】
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資金だけでなく「人」のつながりも。

****ミャンマーで死刑執行 日本はまだODAを続けるのか****
(中略)日本政府は死刑執行を非難する共同声明に加わったが、全般的なミャンマー軍への態度は曖昧だ。「軍との独自のパイプを維持する」と言い、いまだに士官候補生を防衛大学校に受け入れ、ODA案件を完全に停止していない。  

「留学している士官候補生にシビリアンコントロールを学ばせる」と言うが、軍という究極的上意下達組織において、彼らが戻ってから市民の迫害・殺害を拒否できるとは考えられない。また、日本は対ミャンマーODAにおいてトップドナーである。これを止めることは軍への大きな圧力となるはずである。【8月4日 NEWS SOCRA】
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シビリアンコントロール云々は悪い冗談のようにも。
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アメリカの要請を拒否した形のOPECプラスの石油大幅減産でサウジ・米関係は「曲がり角」に

2022-10-13 23:00:04 | 中東情勢
(会談会場に到着したバイデン米大統領(左)と拳を突き合せたサウジアラビアのムハンマド皇太子(7月15日)【7月16日 BBC】 当時から米国内にはこうした友好的雰囲気への批判もありました)

【アメリカの「減産の1カ月先送り要求」をサウジ拒否】
サウジアラビアやロシアが主導するOPECプラスが世界経済の停滞・石油需要の減少を警戒して石油の大幅減産に踏み切った件は、10月6日ブログ“OPECプラス 石油の大幅減産決定 EUの対ロシア制裁は結束を維持できるか?”で取り上げました。

この決定で、原油価格は上昇あるいは高止まりが予想されます。

これに対し、アメリカ・バイデン政権が「世界経済が(ロシアの)プーチン大統領によるウクライナ侵攻に伴う悪影響に対処する中、バイデン大統領はOPECプラスの短絡的な決定に失望している」と批判していることも取り上げました。

バイデン大統領の「失望」(もっとありていに言えば「怒り」)は、財政的に石油収入に大きく頼るロシアを利することになる、石油価格が高騰すれば欧州の対ロシア制裁の結束が危ぶまれる・・・といった「国際情勢の観点からの問題」もありますが、より直接的には、サウジラビアに減産を思いとどまるように要請したのに無視されたこと、11月の中間選挙を控えてアメリカ国内のガソリン価格がまた上昇傾向にあり、これ以上の高騰は選挙結果に大きく影響するといった「アメリカ自身に関わる問題」があると推察されます。

****サウジの減産決定、米の先送り要請拒否していた****
OPECプラスは先週、コロナ流行後で最大となる減産を決めた

石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の主要産油国で構成するOPECプラスが大幅減産を発表する数日前、米政府関係者はサウジアラビアと湾岸の主要生産国に減産を1カ月先送りするよう求めていた。協議の内容を知る関係者が明らかにした。米国への答えは断固とした「ノー」だった。
 
米国側はサウジに対し、減産に踏み切ればウクライナ戦争でロシアの側に立つという明確な意思表示と見なし、米政府内ですでに弱まっているサウジ支援の機運がさらにしぼむことになると警告したと関係者は明かす。

だがサウジ政府関係者は、米中間選挙を控えて都合の悪いニュースが出るのを避けたいバイデン政権の政治的思惑にすぎないと判断し、要請をはね付けた。ガソリン価格の高騰とインフレは、選挙戦の主要な争点となっている。

サウジは反対に、日量200万バレルの減産を承認するようOPEC加盟国に圧力をかけたと関係者は語る。

ホワイトハウスはこれを非難し、エネルギー市場におけるOPECの支配力に対抗する構えを見せた。米議員からは党派を問わず、サウジへの武器売却打ち切りを求める声が上がり、政府は対抗措置の検討に入った。

ジョー・バイデン米大統領は3カ月前にサウジを訪問し、同国との関係改善を図った。だがこのところのサウジの動きを受けて両国の溝は一段と深まり、双方の政府高官は関係修復は困難との見方を示している。

米国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー戦略広報調整官は11日、OPECプラスの決定を受け、バイデン氏がサウジとの関係を見直していると説明。同氏はCNNで「バイデン氏は、関係の継続的な見直しと積極的な再検討が必要との考えを明確に示している」と述べた。

米政府高官によると、バイデン政権は目先、サウジが国家を挙げて取り組む「未来投資イニシアチブ」の今月会合への出席を取りやめるかどうか検討している。

高官はOPECプラスの決定について、エネルギー価格高騰に起因するインフレが世界の経済成長を脅かす中で下支えにならず、また、西側諸国を攻撃しウラジーミル・プーチン露大統領にくみする経済的な武器だと指摘した。11月8日の中間選挙を前に、減産で米国のガソリン価格は押し上げられる可能性がある。

米国の要求通り減産が1カ月先送りされていれば、選挙前の減産は数日のみで、投票日までに消費者の懐を直撃することはなかっただろう。

NSCのエイドリアン・ワトソン報道官は、バイデン政権の取り組みは政治目的にすぎないとのサウジの主張を一蹴。「これを米国の選挙と関連づけるのは断じて誤りだ」とした上で、「問題は、この短絡的な決定が世界経済にもたらす影響だ」と述べた。

サウジのアデル・アル・ジュベイル外相は、OPECプラスは今年の大半を通じて増産しており、石油市場の安定維持に努めていると説明。世界経済は逆風に見舞われており、減産は適切だと主張した。

同氏は9日のFOXニュースのインタビューで、米政府の「選挙が絡んだ感情的な」対応を批判した上で、「サウジが米国に痛手を与えるとか、何かしら政治的に関与するという目的でこのようなことをすると考えるのは、まったく正しくない」と述べた。

バイデン氏が7月にサウジを訪問した狙いは、同国との関係修復だった。同氏は大統領就任時、2018年にサウジ人記者ジャマル・カショギ氏がサウジ関係者によって殺害された事件をはじめ、人権問題で同国を「のけ者」として扱うと公言していた。

対面したバイデン氏とムハンマド・ビン・サルマン皇太子が拳を突き合わせる映像は、賛否が分かれた今回の訪問の象徴的な場面となった。

だがサウジ政府関係者によると、外交における米国依存の脱却を目指すムハンマド皇太子の決意がこの訪問によって変わることはなかった。およそ80年にわたる両国の協力関係は節目を迎えているのかもしれない。【10月12日 WSJ】
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アメリカ国内・議会には9.11以来、「同盟国」とは言いながらも、事件に大きく関与したサウジアラビアに対する厳しい見方があります。
また、カショギ氏殺害事件について、米CIAはムハンマド皇太子の関与を断定しています。バイデン大統領もサウジアラビアの人権問題を厳しく批判していました。

こうした状況にありながらも石油価格を落ち着かせる必要性から、(これまでの批判的姿勢から関係改善に転換する形で)バイデン大統領は7月にサウジアラビアを訪問し、ムハンマド皇太子とも会談しましたが、その後の石油増産は僅か、更に今回大幅減産ということで、その要請は聞き入れられていません。

ただ、「減産の1カ月先送り要求」というのも、いかにも「11月の中間選挙に向けた対策」と言う感じも強く、サウジアラビアが反発するのも無理ないところも。

【バイデン政権 サウジとの関係再評価へ】
上記記事にあるように、バイデン政権はサウジアラビアとの関係再評価に言及しています。

****バイデン氏、サウジとの関係再評価 OPECプラス大幅減産受け****
米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は11日、先週の石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟産油国で構成する「OPECプラス」による大幅減産決定を受け、バイデン大統領が米国とサウジアラビアの関係を再評価していると明らかにした。

OPECプラスは5日で、11月から日量200万バレルの減産を実施することで合意。減産幅は世界需要の2%に相当し、2020年の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)以来、最も大幅なものとなる。米国は大幅な減産を行わないよう働きかけていた。

カービー氏はCNNとのインタビューで「バイデン大統領はサウジとの関係を見直す必要があることを明確にしてきている」と語った。バイデン大統領はOPECプラスの決定に失望しており、「議会と協力し、今後の米・サウジ関係について検討する考え」で、議会との「対話をすぐにでも開始する構え」と述べた。

さらに、この問題はウクライナでの戦争だけでなく、米国家安全保障上の問題でもあると述べた。

米上院外交委員会のボブ・メネンデス外交委員長(民主党)は10日、サウジがウクライナ戦争でロシアを支援していると非難し、武器売却など同国との協力関係を凍結するよう求めた。

サウジ国営メディアによると、サウジ内閣は11日、世界の石油市場の均衡と安定を達成する上でOPECプラスが果たす「極めて重要な役割」を強調した。【10月11日 ロイター】
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****サウジとの関係「再考するか」という問いにバイデン氏「イエスだ」…原油減産合意で****
(中略)バイデン大統領も11日の米CNNのインタビューで、サウジとの関係を「再考するか」との問いに対して「イエスだ」と答えた。

バイデン氏は7月、人権問題などを巡って関係が悪化していたサウジを訪問し、原油増産を期待して関係改善にかじを切っていた。【10月12日 読売】
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【更に強硬な米議会 OPEC主導の石油カルテル解体やWTOへの提訴に加え、加盟国の米国資産凍結も視野に入れた法律制定を目指す機運】
バイデン政権以上に米議会は強硬です。
上記記事にあるボブ・メネンデス外交委員長(民主党)は・・・

****米上院議員、サウジとの協力関係「凍結」要請 ロシア支援と非難****
米上院外交委員会のボブ・メネンデス外交委員長(民主党)は10日、サウジアラビアはウクライナ戦争でロシアを支援していると非難し、武器売却など同国との協力関係を凍結するよう求めた。

同委員長は声明を発表し、「米兵や利益を守るために絶対に必要な物の域を超えて武器売却や安全保障上の協力を含むサウジアラビアとの協力における全ての側面を直ちに凍結する必要がある」とし、「サウジアラビア政府がウクライナ戦争に関する立場を再評価するまでいかなる協力も承認しない」と語った。(後略)【10月11日 ロイター】
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更に“米議会では、OPEC主導の石油カルテル解体や世界貿易機関(WTO)への提訴に加え、加盟国の米国資産凍結も視野に入れた法律制定を目指す機運が高まっている”とのこと。

****OPEC減産、米国で勢い増す報復論 解体も視野に****
5日、OPECプラスは日量200万バレルの減産を決定した

石油輸出国機構(OPEC)内外の主要産油国で構成する「OPECプラス」が大幅減産を決定したことに対し、米国が反撃に出る構えをみせている。

米議会では、OPEC主導の石油カルテル解体や世界貿易機関(WTO)への提訴に加え、加盟国の米国資産凍結も視野に入れた法律制定を目指す機運が高まっている。

OPECプラスが5日、日量200万バレルの減産を決めると、ホワイトハウスは議会とともに、エネルギー価格に対する石油カルテルの影響力を弱める報復措置に乗り出すことをにおわせた。ただ、実際に踏み切れば、米国の輸出も落ち込むとアナリストはみている。(中略)

世界最大の石油消費国である米国では、ここ10年に生産量が伸び、主要輸出国に浮上した。そのため、米国とOPEC双方にとって国際原油市場の安定の重要度が増しており、相互の力関係にも変化が出ている。

オバマ政権終盤からトランプ政権初期にかけて、水面下では米当局者とOPEC指導部の交渉が始まった。その後、新型コロナウイルス禍で原油相場が急落すると、相場安定に向けた直接取引へと発展していった。

ところが、こうしたバラ色の関係はここ1年で一気に冷え込んだ。ガソリンなどエネルギー価格が過去最高に跳ね上がったほか、OPECプラスに参加するロシアがウクライナ侵攻に踏み切ったためだ。

エネ価格高騰を懸念するジョー・バイデン米大統領は今夏、OPEC最大の産油国であるサウジアラビアを訪れた。2018年の反政府派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害事件などを受けて悪化した両国関係を改善する狙いがあった。

ところが、バイデン氏はサウジ側から増産の確約を得られなかった。サウジ当局者は市場のバランス取るために必要なことを行うという姿勢を貫いており、今回の大幅減産についても石油需要が減退するとの予測に基づいたものだと説明している。

バイデン政権関係者は戦略石油備蓄の追加放出を含め、大幅減産に対応していくと指摘。さらに「エネルギー価格に対するOPECの支配力を引き下げるための追加手段や権限を巡り、議会と協議していく」と言明した。

エドワード・J・マーキー上院議員(民主、マサチューセッツ州)は、「OPEC説明責任法」と呼ばれる法案を再提出すると明らかにした。法案では、米大統領に対して、OPEC加盟国やパートナーに働きかけ、石油生産や価格に関する協力を廃止するよう交渉することを義務づける内容だ。

交渉しても減産を緩和できなければ、米通商代表部(USTR)はWTOでの紛争解決手続きに着手するよう求められる。

一方、トム・マリノフスキ氏(ニュージャージー州)を中心とする民主党下院議員3人は、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)から米軍兵士と防衛システムの撤収を義務づける法案を提案している。

OPECの減産決定は原油価格を押し上げ、ウクライナに侵攻したロシアの戦費調達を支援していると主張。米国はロシアに加担する国に軍事的な支援を提供すべきではないとしている。

マリノフスキ氏らは「バイデン氏による(増産の)申し入れにもかかわらず、サウジ・UAE両国が大幅減産に踏み切ったことは、米国に対する敵対的な行為で、ウクライナでの戦争でロシアの側につくことを選んだ明確なシグナルだ」と指摘。「今回の決定は、米国と湾岸諸国のパートナーとの関係において転換点となる」と主張した。

アナリストやロビイストの間でさらに影響が大きいと指摘されているのが、「石油生産輸出カルテル禁止(NOPEC)法案」だ。米司法省が反トラスト法(日本の独占禁止法に相当)違反でOPEC加盟国を提訴することを認める内容で、20年余り議論されているが、可決に至ったことはない。

米国の法律では現在、主権国家について、相手側の政府の同意がない限り、提訴することはできない。だが、NOPECでは、独占行為の禁止を定めるシャーマン法に基づき、司法省が米国の裁判所でOPEC加盟国を価格操作で提訴することが可能になる。さらにその結果生じた損害の賠償原資に充てる目的で、米国内に所有する資産を凍結することが認められている。

調査会社クリアビュー・エナジー・パートナーズのアナリストは顧客向けノートで、米国がこうした権限を行使すれば劇的な介入となると指摘している。介入に踏み切る兆候をみせれば、「OPECプラスは戦略を見直し、『市場の均衡化』という役割を放棄する恐れがある。そうなれば、原油暴落を招き、世界の余剰生産能力が枯渇しかねない」という。

NOPECはかねて超党派の支持を集めてきた。バイデン氏自身、上院議員時代に、2007年の「エネルギー自立・安全保障法」初期版に賛成票を投じている。

だが議会はその後、ホワイトハウスの反対やサウジとの関係悪化への懸念に直面し、法案からNOPECの文言削除を余儀なくされ、単独での法案可決も実現しなかった経緯がある。

チャック・グラスリー(共和、アイオワ州)、エーミー・クロブシャー(民主、ミネソタ州)、パトリック・リーヒ(民主、バーモント州)、マイク・リー(共和、ユタ州)の各上院議員はこのほど、共同でNOPECを再提出した。全員が上院司法委員会のメンバーだ。

「米国とOPECの関係は往々にして、米国・サウジ関係の浮沈を反映している」。元エネルギー省当局者のランドン・デレンツ氏はこう話す。「米政府のOPECに対する戦略は変わっていないが、とりわけロシアとのつながりが深まる中で、懲罰的な措置に対する支持が広がっている」

OPEC指導部はNOPECを真剣に受け止めており、米国が可決させる構えをみせていることに激怒しているとされる。OPEC加盟国は今夏、米国に日量150万バレルの原油・石油製品を輸出し、ロシア産石油の輸入禁止による不足分を埋める一助となった。だが、NOPEC が可決されれば、OPECが米国への輸出を見直すこともあり得る。コンサルティング会社フォーリン・リポーツのアナリスト、マシュー・リード氏はこう指摘する。

サウジ指導部は「世界経済のリセッション(景気後退)入りが迫っているタイミングで、原油価格に下限を形成しようとすることで、米石油業界を助けていると感じている」とリード氏は話す。「すでに重複の多い制裁や禁輸措置で石油貿易がゆがめられている時に、NOPECはさらなる予測不可能な市場介入となる」

とはいえ、国内の政治事情がバイデン氏の背中を押すかもしれない。バイデン氏は目下、インフレを抑制するよう圧力を受けている。ガソリン価格は夏場にほぼ一貫して下がってきたが、足元では上昇基調に転じており、バイデン氏にとっては中間選挙を控え、厄介な状況に陥っている。

米当局者は、ディーゼルやガソリンの輸出禁止措置もあり得るが、近く導入されることはないとの見方を示している。バイデン政権はここまで極端な措置に踏み切る前に、価格が再び跳ね上がるか、見極める考えのようだ。(後略)【10月7日 WSJ】
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もっとも、膨大な(世界最大の)富を生む石油生産に関する話ですから、“ウクライナでの戦争でロシアの側につくことを選んだ”云々、あるいは、国内ガソリン価格動向の話だけでなく、水面下ではサウジアラビアなど中東諸国と世界最大の産油国となったアメリカの石油資本の間で主導権をめぐる熾烈な綱引きがあると想像されます。

【サウジ 「純粋に経済的な事情」と反論】
サウジアラビア側も強気です。おそらくムハンマド皇太子の個人的「性格」も影響してのことでしょう。

****サウジ、OPECプラスの減産決定「純粋に経済的な事情」と反論****
サウジアラビア外務省は13日の声明で、同国が盟主である石油輸出国機構(OPEC)と非加盟産油国で構成するOPECプラスの先週の大幅減産決定が政治的だとの批判に対し、「事実に基づいていない」と反論した。

声明は匿名のサウジ当局者の発言を引用し、減産は「純粋に経済的な事情のため」と主張。決定は需給のバランスを考慮しコンセンサス重視で出され、市場のボラティリティー抑制も意図したとして、消費国と産油国双方の利益に沿っていると主張した。

決定前には米政府当局者が減産を思いとどまらせようと何週間もサウジに働きかけていた。この点について声明は、米国との協議で減産を1か月遅らせるよう求められたことに言及。「あらゆる経済的な分析に鑑み、減産を1か月先送りすれば経済上のマイナスの影響をもたらすと一連の対米協議で明確に伝えていた」とした。

声明はサウジと米国の関係を「戦略的」と位置付け、相互の尊重が重要だとも強調した。(後略)【10月13日 ロイター】
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“(ムハンマド)皇太子は石油依存からの脱却を目指す国内改革の責任者で、財源確保に迫られているという事情もある。
サウジには、バイデン政権が軍事圧力を強める中国を念頭に中東への関与縮小に動いていることへの不満もにじむ。隣国イエメンの内戦をめぐり、サウジなど連合軍と親イラン民兵勢力は4月に停戦で合意したが、民兵勢力は10月初めに失効した停戦を延長せず、サウジへの攻撃を再開する恐れが出ている。停戦継続を働きかける米国の影響力が問われている。”【10月12日 産経】といった事情もあるようです。

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インドネシア  バリ島爆弾テロ事件から20年 イスラム過激派の現状 権力・権威による不寛容も

2022-10-12 23:11:38 | 東南アジア
(爆発で炎上し多数の死傷者を出したディスコの焼け跡を調べる捜査員=2002年10月13日、インドネシア・バリ島で【2021年12月4日 中日】)

【バリ島爆弾テロ事件から20年 犯行組織に勢力回復の動きも】
日々新たな事件が起きる目まぐるしい世の中にあって、20年前の事件などは覚えている人も少ないでしょう。

20年前の2002年10月12日、インドネシア・バリ島南部の繁華街クタで、路上に止めてあった自動車爆弾が爆発、向かいのディスコ(サリクラブ)など多くの建物が吹き飛んで炎上し、88名のオーストラリア人や28人のイギリス人など外国人観光客を含む202名が死亡すという大規模テロがありました。日本人夫婦2名も犠牲になりました。イスラム過激派「ジェマ・イスラミア」(JI)の犯行とされています。

当時、インドネシアではJIによる外国人を標的にした同様のテロが相次ぎました。

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インドネシアでは他にも、2003年8月に首都ジャカルタで米国系の高級ホテルが爆発して12名が死亡、2004年には市内のオーストラリア大使館が爆発して9名が死亡、2005年10月1日、クタのレストランで1人と、ジンバランの海岸レストランで2人が自爆テロを起こし、20名以上が死亡したなど、外国人や外国施設を目標とした爆破テロが続いて発生しており、これら全てにJIが関与したと考えられている。

背景には、アメリカやイギリスの進める対テロ戦争(イラク戦争)に対してインドネシア国内での反発があり、表立って反対しない同国政府に対して、市民の不満が募っていることも関連があると見られている。【ウィキペディア】
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私もバリ島(中部ウブド)には観光で何回か訪れていますが、およそテロとは無縁の南国の島のイメージです。
しかし、バリ島は宗教的にもバリ・ヒンズー教で、イスラムがほとんどのインドネシアの中では異色の土地柄。
外国人を多数受入れて観光業で潤うバリの様子は、バリ以外のイスラム教徒インドネシア人の目には特異なものに映っていたのかも。

JIは事件後の掃討作戦で弱体化したと言われていましたが、“勢力を回復しつつある”とも。

****200人超死亡のバリ島テロから20年、なお残るテロ組織****
インドネシア・バリ島で2002年に発生し、日本人夫婦を含む200人以上が死亡した爆弾テロから12日で20年となった。

事件はイスラム系テロ組織、ジェマ・イスラミア(JI)が主導しメンバーが摘発されたが、組織の解体には至っていない。

11月の20カ国・地域(G20)首脳会議開催を通じ、東南アジアの大国として存在感を示したいインドネシアだが、テロとの闘いに苦慮している。(中略)

JIは事件後の掃討作戦で一時弱体化したが、農場を運営するなどして資金を集め、勢力を回復しつつある。戦闘員をシリアに派遣し、現地のイスラム過激派の下で訓練させていたことも判明した。幹部が21年に政党を設立するなど、一般に浸透する動きも進めている。

豪州メディアは専門家の見方を紹介し、インドネシア国内で「JIが関与するテロ事件は着実に増えている」と警戒。事件から20年が経過し、収監されたものの刑期終了で社会に戻ったJIメンバーがいることから、組織のさらなる活発化を懸念した。【10月12日 産経】
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インドネシア国家テロ対策庁のボイ長官は11日、イスラム過激派のテロリストらに就業支援などを行う「脱過激化プログラム」を800人超に適用したと明らかにして、過激思想の転換を促し社会で受け入れる政策で抑止効果が出ていると強調しています。【10月12日 共同より】

しかし、“テロ実行犯らが所属したイスラム過激派組織ジェマ・イスラミア(JI)の精神的指導者とされるバシル師は「民主主義は誤り」と主張、過激派再興の危険性は消えていないのが実態だ”【10月12日 共同】とも指摘されています。

****JIバシル師「民主主義は誤り」 過激派、今もイスラム国家指向****
2002年10月に日本人2人を含む202人が死亡したバリ島爆弾テロで、実行犯らが所属したイスラム過激派組織ジェマ・イスラミア(JI)の精神的指導者とされるアブ・バカル・バシル師(84)が8日までに共同通信と単独会見し、厳格なイスラム法こそ統治の根幹であるべきで「民主主義は誤りだ」と主張した。バシル師は反テロ法違反罪で昨年まで服役。出所後に海外メディアと会見するのは初めて。

12日でテロから20年。バシル師は各宗教の共存を定めた国是を「尊重する」としつつ、イスラム国家樹立を目指す思想は揺らいでおらず、過激派再興の危険性は消えていない。【10月8日 共同】
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【インドネシアの国是 「多様性の中の統一」「寛容」を掲げる“パンチャシラ”】
バシル師が尊重するという“各宗教の共存を定めた国是”というのは“パンチャシラ”と呼ばれる憲法の前文に記された以下の「建国の5原則」のことでしょう。
・唯一神への信仰 ・公正で文化的な人道主義 ・インドネシアの統一 ・合議制と代議制における英知に導かれた民主主義 ・全インドネシア国民に対する社会的公正 【6月16日 大塚智彦氏 Newsweekより】

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インドネシアは世界第4位の約2億7000万人の人口のうち約88%をイスラム教徒が占めるという、世界最多のイスラム人口を擁する国。ただしイスラム教を国教とする「イスラム国家」ではなく、キリスト教や仏教、ヒンズー教、儒教も認める国家として建国された。それゆえに「多様性の中の統一」「寛容」が“国是”であり、異教徒間の融和が政治経済社会文化の各分野で常に求められている。【4月27日 大塚 智彦氏 JBpress】
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【今につながる多様性を否定するイスラム過激派組織の系譜】
しかしながら、昨今は多数派のイスラム教徒が求めるイスラム的価値観が重視される傾向にもあり、「多様性の中の統一」「寛容」が揺らいでいるということは、これまでも何度か取り上げてきました。

自分たちの価値観を一方的・暴力的に強制し、それに沿わない者の命を奪うというのがテロ行為です。
ただ、インドネシアの場合、当局による政治的意図を持った“でっち上げ”の疑惑もつきまとうところ。

****インドネシアで古参のイスラム過激派団体による「政府転覆」計画の存在が浮上***
インドネシアにおいて、イスラム組織が「国家転覆計画」を練っていたことが明らかになり、国民に大きな衝撃を与えている。

インドネシアの国家警察は、4月1日までに、2024年に予定している大統領選挙の前に武力で現政府を倒し、イスラム教のカリフによる統治を実現するとの計画を進めていたとしてあるイスラム組織の関係者多数を逮捕した。同時に「国家転覆計画書」なる文書を押収したことを明らかにした。

その「あるイスラム教組織」が、かつては大きな影響力を持ちながらも、その後長らく衰退していたと思われていた組織だけに、事件の背景にどのような動きがあったのか、注目されているのである。(中略)一方で「警察によるでっちあげ」との見方も出るなど、動揺はまだ収まっていない。

古参の過激組織
事態が明るみに出たきっかけは、今年3月、国家警察の対テロ特殊部隊「デンスス88」が、スマトラ島南スマトラ州ダルマスラヤで12人、タナ・ダタールで4人をテロ関連法案違反容疑で逮捕したことだった。16人はイスラム過激派組織「インドネシア・イスラム国(NII)」のメンバーで、捜査の過程で国家転覆を計画しているという内部文書を押収したという。

NIIはアラビア語で“イスラムの大地”を意味する「ダルル・イスラム」(DI)という名で知られるイスラム国家樹立を目指す組織がつくった“国家”の名称である。

「ダルル・イスラム」は1949年に西ャワのタシクマラヤで創立され、「カリフ」というイスラム教の政治・宗教の権威を持つ指導者による「イスラム国」の創設を求める組織だ。当初から各地で政府への反乱を繰り返し、政権打倒のためスカルノ初代大統領の暗殺まで試みたこともある。

ただ1959年から1962年まで、アチェ州、中部ジャワ州、南スラウェシ州、南カリマンタン州などで起こった「ダルル・イスラム」によるとされる反乱はことごとく政府に鎮圧され、全国的、国民的運動には結びつかなかった。

1962年には首都ジャカルタのチキニでの学校行事において、手投げ弾を使ってスカルノ大統領暗殺も試みるも失敗。スカルノ大統領の友人でもあったとされるダルル・イスラムの設立者セカルマジ・マリジャン・カルトスウィルヨ容疑者は治安当局によって逮捕され同年に処刑されている。

創設者の処刑後も根は絶やさなかったNII
62年の創設者カルトスウィルヨの死により「ダルル・イスラム」は弱体化したものの、NIIは一般のイスラム教徒の間に根強く残ったとされる。

治安当局によると今回16人が逮捕された南スマトラ州の他にも、西ジャワ州、バリ州に主な活動拠点があるとされ、現在そのメンバーは1125人、このうち活発な動きをしている活動家は約400人とされている。

今回押収された内部文書によると、NIIのメンバーは武器の調達やメンバーのリクルートという活動をしていたようだ。特にメンバーのリクルートではイスラム寄宿舎などの教育機関で学ぶ15歳以下の若いイスラム教徒に「カリフにより統治されたイスラム国家建設」を熱心に説いて、NIIへの参加を誘っているという。

その一方で処刑されたDI創設者カルトスウィルヨ容疑者の息子のサルジョノ氏はこれまでインドネシア政府、治安当局に対する協力姿勢を公にしており、もはやNIIは敵対勢力ではないことを公言している。

実際、近年インドネシアで発生したテロ事件などを起こしているのは、別のイスラム系過激組織か、NIIの元メンバーが設立した新たな団体ばかりで、DIやNIIが前面に出たものはなかった。

NIIの元幹部も地元紙などの取材に対して「政府転覆などを実行する力は今NIIIにはない。内部文書も信ぴょう性が疑われ、警察によるでっち上げではないか」との見方を示しており、今回の摘発が警察による何らかの政治的意図に基づくものとの見方を示している。(中略)

最大のテロ組織JI創設にも影響与えたNII
いずれにしろDIおよびNIIはインドネシアにおけるイスラム系過激団体の元祖のような存在なので、今回の摘発は他のイスラム教団体やイスラム教徒になんらかの影響を与える可能性がある。

NIIは日本語では「インドネシア・イスラム国」と訳されているが、中東のテロ組織「イスラム国」とは直接関係はない。むしろダルル・イスラムの過激思想やNIIの草の根の活動は、インドネシアのテロ組織である「ジェマ・イスラミア(JI)」や「ジェマ・アンシャルト・ダウラ(JAD)」などの創設に影響を与えている。実際、JIの創設者はNIIの元メンバーである。

そのJIは、2002年に外国人を含む202人が犠牲となったバリ島での爆弾テロ、さらに同じバリ島で2005年に容疑者3人を含む23人が死亡した自爆テロ事件に関与したとされ、現在インドネシアで最も危険で過激なテロ組織とされる。治安当局もメンバーの摘発、逮捕、最悪の場合には射殺を含めた強硬手段でテロを未然に防ぐことに全力を挙げている。

JADは2014年ごろに結成された中東の「イスラム国(IS)」に忠誠を誓うインドネシアのテロ組織で、東ジャワ州スラバヤで2018年5月に家族ぐるみの容疑者によるテロ事件で容疑者家族13人を含む25人が死亡した事件に関与していたことが明らかになっている。JAD設立後に、NIIの元メンバーの一部が合流したとも言われている。

こうした経緯があるため、治安当局が最も目を光らせるJIやJADの関連捜査をしていた過程で、NIIのメンバーの活動が浮上して今回の逮捕に至ったという可能性も指摘されている。

インドネシアの治安情勢は、国内問題に留まらず、フィリピン南部で反政府テロ活動を続ける「アブサヤフ」と連動するなど、東南アジア情勢に与える影響も大きい。それだけにテロの未然防止と、テロ組織あるいは準組織のメンバーの摘発・逮捕は大きな課題になっている。

今回のNIIメンバーの摘発の背景にはまだ明らかになっていない部分が多いが、こうした治安当局の活動は今後も精力的に続けられるだろう。【4月27日 大塚 智彦氏 JBpress】
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「インドネシア・イスラム国(NII)」による“国家転覆計画”がでっち上げかどうかはともかく、インドネシアにはNIIから「ジェマ・イスラミア(JI)」、さらにはその分派組織に至るイスラム過激派テロ組織の流れがあることは事実です。

【より大きな脅威 権力・宗教権威による少数派、異端派への弾圧・締め付け】
そうした過激派の暴力テロによる「不寛容」「多様性の否定」も脅威ですが、政治権力・当局による締め付け・思想弾圧によって社会全体の不寛容・多様性の否定がなし崩し的に進む事態も大きな脅威です。

****インドネシア、イスラム帝国樹立目指す一派を「国是に反する」と逮捕 多様性認める国で今起きていること****
<テロリストへの適正な対応か、はたまた思想弾圧か──>

インドネシアの国家警察と対テロ対策庁は6月14日までに、イスラム教団体で「イスラム帝国の樹立」をうたう一派の関係者23人を逮捕した。逮捕の理由は「イスラム帝国樹立」という思想・信条が「インドネシアの多数を占めるイスラム教徒の考えと異なる」「国是の"パンチャシラ"の思想に反する」などで、国家の安全を脅かす危険な思想であり、イスラム教の異端であるから、としている。

インドネシアは「イスラム教国」ではなく憲法でキリスト教、ヒンズー教、仏教などの他宗教の信仰も認めており「信教の自由」そして「表現の自由」も保障されている。

もっとも近年は国民の88%と大多数を占めるイスラム教徒の主張、信条、規範が幅を効かせて他宗教の信者や法律で禁止されていない性的少数者「LGBT」の人々への脅迫、暴力、差別が横行しているという現状がある。

今回逮捕されたイスラム教の一派は預言者ムハンマド亡き後のイスラム教最高指導者に与えられる称号「カリフ」(原義は後継者)に指導された「イスラム帝国の樹立」が重要と考えていた。とはいえ、こういった人々が集まっていただけで、5月に首都ジャカルタなどでバイクに乗ったデモをおこなったものの、国家転覆や治安かく乱を目指していた訳でもなく、テロ行為を画策していたこともない。

ごく普通の宗教組織であったことから「国権の濫用」「信教の自由の侵害」との批判や、「国民の多数のイスラム教徒の考え方と異なる」ことを理由にしたことには「当局による行き過ぎた摘発」との指摘もでている。

"パンチャシラ"に反する逮捕理由
イスラム教組織「カリフ制を目指すイスラム教」の創設者アブドゥル・カディール・ハサン・バラジャ容疑者は6月7日にスマトラ島南部ランプン州で逮捕された。今後の裁判の結果次第では最高刑禁固20年になる可能性があるというが、同時に「容疑者らが何の容疑で逮捕されたかは不明である」とメディアは報道している。

対テロ対策庁の関係者は「国是である“パンチャシラ”に反する活動、信条だからだ」と逮捕理由を説明するがそれが具体的に何罪に当たるのかは明らかにしていない。(“パンチャシラ”については前出)(中略)

インドネシアでは小学校で"パンチャシラ"が徹底的に教え込まれ、暗誦できるように教育される。検問や身分チェックの際に「“パンチャシラ”を言ってみろ」としてインドネシア人かどうかを試すこともよく行われる。
つまり"パンチャシラ"はインドネシア人にとってアイデンティティーの裏付けとなるほど重要なものなのだ。
今回摘発された「カリフ制を目指すイスラム教」のメンバーは、その“パンチャシラ”の精神に反するというのが逮捕理由だが、具体的にどの原則に反するのかも判然としない。

テロ組織との関係も?
南ランプン州バンダルランプンにある同派の本部を家宅捜査した治安当局は、事務所内から現金23億ルピア(約2,050万円)の現金を発見したという。

さらに逮捕した幹部らのなかに1942年に組織されたイスラム教急進派組織「ダルルイスラム」の流れを汲むとされる「ネガラ・イスラム・インドネシア(NII)」と関係がある人物が多数含まれていたことも明らかにしている。

あるメンバーは学校などの教育機関で生徒や学生に「カリフにより統治されたイスラム帝国」の実現を訴えたりしてメンバー獲得運動をしていたという。

こうした治安当局の指摘に対して、逮捕されていない同派幹部はメディアに対して「我々の組織はイスラム帝国をうたっているものの現在のインドネシアの体制を変革してイスラム帝国を樹立しようなどとは考えてなどいない。ただこの世界のイスラム教徒の平穏と加護を願っているだけだ」と反論している。

ジョコ・ウィドド政権の曖昧政策
実態が不明なNII、また2008年に異端として布教が禁止され差別、迫害、暴力が続くイスラム教組織「アフマディア」など、インドネシアでは同じイスラム教であっても教義に「現在のインドネシアの体制への不満、挑戦」が少しでもあると治安当局が判断すれば関係者を逮捕するのが実情である。

そこには“パンチャシラ”の「公正で文化的な人道主義」「全インドネシア国民に対する社会的公正」の実現という理想はなく、もう一つの国是である「寛容性」も無視されているようにみえる。

今回の「カリフ制を目指すイスラム教」に対する治安当局の逮捕はインドネシア国内でも賛否両論が沸き起こっている。

逮捕支持派は「国内治安安定のため小数急進派の摘発は妥当」としている。一方、懐疑派や反対派は「社会の安定や治安維持に全く危険な組織ではなく、メンバーも敬虔なイスラム教徒である」として治安当局の行き過ぎた行動を批判する。

こうした中ジョコ・ウィドド大統領はこの問題への言及を避けている。イスラム教徒でありながら他宗教の信者や平和的な少数者、異端者への理解があるといわれている大統領だがこの手の問題には沈黙を守ることが最近は多くなっているとの指摘もある。

その一因にイスラム教の重鎮指導者であるマアルフ・アミン副大統領への忖度、配慮があるとされ、指導力発揮が難しい現実があるという。

「信教の自由」が憲法で保証されているインドネシアだが、多数のイスラム教徒により他宗教信者や同じイスラム教徒でも少数派、異端派といわれる信者に対する差別や中傷、迫害などでマイノリティには住みにくい国になりつつあるといえるだろう。【6月16日 大塚智彦氏 Newsweek】
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過激派による暴力的テロより、権力・権威による少数派、異端派への弾圧・締め付けの方が、社会の「不寛容」を助長するものとして、より大きな脅威のように思えます。
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