孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

チベット  「宗教の中国化」政策に対し、チベット亡命政府首相「文化的ジェノサイドに等しい」

2024-01-21 23:18:58 | チベット

(中国・チベット自治区ラサの学校で、授業を受ける子ども。政府主催のメディアツアーで(2021年6月1日撮影)【2023年2月7日 AFP】)


(チベット亡命政権のあるインド北部ダラムサラの「チベット子ども学校」【1月20日 TBS NEWS DIG】)

【宗教の中国化】
中国・習近平指導部がウイグル、チベット、モンゴルなどで同化政策を進めていること(中国政府からすれば中国の一体化促進)は周知のところですが、民族のアイデンティティーの核心にある宗教・言語への規制・「中国化」が強まっています。

****中国・新疆ウイグル自治区政府 宗教活動規定、来月から厳格化へ モスクなど新設の際に“中国様式”義務付け****
中国の新疆ウイグル自治区政府は、宗教活動に関する規定を来月からさらに厳しくすると発表しました。イスラム教徒が礼拝するモスクなどを新設する際は、装飾などを中国様式にすることなどが義務付けられます。

新疆ウイグル自治区政府の発表によりますと、宗教に関する改正条例は来月1日から施行されます。改正条例には「宗教活動の場を新築・改築するなどの場合、建物や彫刻、絵画、装飾は中国の特色と様式を体現しなければならない」と明記されています。

また、愛国主義的な宗教教育を義務付けるほか、学校やモスクなどの場を除いては、宗教活動を行ってはならないとしています。

中国政府の宗教政策をめぐっては、これまでにも新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する抑圧が行われるなど、宗教活動が厳しく制限されていました。

習近平指導部は「宗教の中国化」を加速させていて、今回の改正によって、イスラム教徒のウイグル族への締め付けが、さらに強まりそうです。【1月8日 日テレNEWS】
*************

事情はチベットでも同じです。

****チベット仏教「法に基づいて寺院の管理強化」…報告書で「宗教の中国化」を正当化****
中国国務院(中央政府)は10日、チベット自治区統治の成果をまとめた白書を発表した。チベット族を含む少数民族政策に対する批判が米欧などで強まっているのに対し、統治の正統性をアピールする狙いがあるようだ。

白書では、チベット族が信仰するチベット仏教を巡り、「法に基づいて寺院の管理を強化、改善し、調和を促した」と強調した。政府が宗教を管理することで秩序が保たれたと誇示し、政策を正当化した。

習近平シージンピン政権は、宗教を中国共産党の指導の下に置く「宗教の中国化」を掲げる。今後もこの政策を推し進め、自治区で宗教を管理する必要があるとしている。

白書では、チベット族の言語・文化を保護する取り組みや所得増加もアピールした。習政権が発足した2012年以降、チベット族などに配慮し、自治区の発展を重視してきたと主張している。【2023年11月10日 読売】
*****************

【「中国がやっていることは文化的ジェノサイドに等しい」チベット亡命政府首相】
こうした状況について、インドにあるチベット亡命政府のペンパ・ツェリン首相は「中国がやっていることは文化的ジェノサイドに等しい」と批判しています。

****「中国がやっていることは文化的ジェノサイドに等しい」チベット亡命政府首相に単独インタビュー****
インドにあるチベット亡命政府のペンパ・ツェリン首相はJNNの単独インタビューに応じ、中国政府のチベット政策や、88歳になったダライ・ラマ14世の後継問題について語りました。

(中略)
Q.中国政府は信仰よりも中国共産党への忠誠を優先させる「宗教の中国化」政策を推進していますが、この政策についてどう思いますか?

ツェリン首相:
宗教だけではありません。中国政府はチベットの人々のアイデンティティーそのものを変えようとしています。特にチベットにはチベット仏教があり、その基礎となるチベット語があります。チベット語はチベット人のアイデンティティーの基盤なのです。そしてその上にチベット仏教文化があり、他の仏教国と同じように、私たちはブッダの平和と非暴力のメッセージに従っています。

(中略)もし彼(習近平国家主席)が中国を間違った方向に導こうとするなら、中国国民全体にとって非常に破滅的な結果をもたらすでしょう。そこにはチベット人、ウイグル人、モンゴル人、香港人も含まれています。

中国は海外からの投資を必要としていますが、他国から干渉されることを望んでいません。そして、すべてがますます統制されてきています。それは良い兆候ではありません。私は中国の指導者がもっと良識的な対応をすることを期待しています。

Q.「宗教の中国化」はチベットの人々に何をもたらすのでしょう?

ツェリン首相:
チベット国内の状況について、国連は「100万人の子どもたちが寄宿学校に入れられた」という報告書を発表しました。ジャーナリストが中国の指導者や報道官にこのことを尋ねると、彼らは「アメリカは先住民族をどう扱ったか」などと発言し、論点をすり替えようとしています。これが中国が、チベットやウイグル、モンゴルで、国家ぐるみで大規模にやっていることです。つまり、チベットに住む6歳から18歳までの100万人を寄宿学校に入れているのです。

中国式の教育を受けることで彼らは家に帰ってもチベット語が話せなくなってしまいます。中国が行っている教育システムが人々の心や考え方、生き方、すべてを変えることを目的としているのであれば、それは文化的ジェノサイドに等しいと思います。中国政府の愛国教育の目的は、誰もが中国語しか話せない、中国人的思考を持つ人を育成することです。

宗教の自由について言えば、かつて、すべての寺に多くの僧侶がいましたが、今は少なくなっています。中国はすべてを管理したがっています。特に中国はチベット仏教の高僧の「生まれ変わり」を管理したがっている。

特に、今のダライ・ラマの14世の「生まれ変わり」、ダライ・ラマ15世を支配することを目的としているのです。彼らは今のダライ・ラマ14世については気にしていませんが、ダライ・ラマ15世に関心を寄せています。

中国のシステムは、経済発展をもたらすことを証明しました。しかし残念ながら、中国の指導者たちが理解できなかったのは、民衆の願望は他にもあるということなのです。

彼らは経済発展すれば問題は解決すると思っている。彼らは人々の心の自由や、人々が何を望んでいるのかを考えていない。お金を手に入れたら、次は何をするのですか?お金があっても、死に向かう歩みを止めることはできない。死後の世界が本当にあるのかないのか、精神世界は存在するのか。

中国人は心の中で常にこのような葛藤を抱えていますが、中国の共産主義はこのような問題に対する答えを出すことはできず、嘘で塗り固めることしかできていない。

Q.ダライ・ラマ14世は今、88歳です。彼が死去したあと、何が起きるのでしょう?

ツェリン首相:
(中略)ダライ・ラマが2年後、90歳になった時、いくつかの決定を下すことになります。2年後にはダライ・ラマがどう考えるのか、わかるでしょう。

ダライ・ラマは1969年以来一貫して、次のダライ・ラマがいるかどうかはチベットの人々が決めることだとおっしゃっています。「ダライ・ラマが必要なのであれば、彼は戻ってくるだろう。必要とされないなら、戻ってこない」。そう冗談めかして言うこともあります。

モンゴルやロシアにも、チベット仏教を信仰している人がいます。世界中にいる信者のため、私たちは彼らの意見をまとめるための手立てを考えるつもりです。しかし、法王の選出に関しては、その時の指導者が誰であろうと、私たちチベット政府でさえ、その選出プロセスに干渉することはありません。

なぜなら、それはすべてダライ・ラマが決めることだからです。なぜなら、それは純粋にスピリチュアルで宗教的な儀式であり、私たちのような一般人には関与できないことだからです。

もちろん、より大きな問題は、ダライ・ラマの死後、中国政府がチベット側とは違う、別のダライ・ラマを選んだ場合です。

中国は今のダライ・ラマ14世よりも次のダライ・ラマ15世を重視しています。なぜなら、非常に信心深いチベットの人々を支配するには、次のダライ・ラマをコントロールできれば、チベットをいとも簡単に支配できることを中国政府は知っているからです。

だから私は中国政府に、「パンチェン・ラマの物語から何も学んでいないのか」と言い続けている。今、(ダライ・ラマに次ぐ高僧の)パンチェン・ラマは2人います。中国が選んだパンチェン・ラマとチベットが選んだパンチェン・ラマです。

チベットが選んだパンチェン・ラマは姿を消し、生きているのかいないのかも、今どこにいるのかもわからない。中国が選んだパンチェン・ラマは誰も尊敬しません。チベットで、中国が選んだパンチェン・ラマの写真を見ることはありません。それがチベットの人々のせめてもの抵抗だからです。ダライ・ラマについても同じことが起こるでしょう。

だから私は中国政府に言いたいのです。あなたたちには頭痛のタネが必要なのですか、と。ダライ・ラマが2人いる状態を、中国政府は望むのでしょうか?

ダライ・ラマの立場は一貫しています。「私は自由な世界に生まれる。チベットが自由になれば、私はチベットで生まれるかもしれない。しかし、チベットが自由になるまでは、私がチベットで生まれることはない」と。これは中国政府が決めることではなく、ダライ・ラマだけが決められることなのです。

Q.今、中国政府との対話はありますか?

ツェリン首相:
いいえ、バックチャンネルはありますが、公式な対話はありません。中国が言うことは非常に疑わしいので、それ以上のことは言えません。よく、チベット人が勝てないのは、希望を持ちすぎるからだといわれます。

しかし、我々は希望を持ち続けなければならない。今はそのバックチャンネルを継続することなのです。私たちは再びコンタクトを築かなければならないでしょう。 (後略)【1月20日 TBS NEWS DIG】
*********************

【「100万人の子どもたちが寄宿学校に入れられた」との批判に中国反論】
「100万人の子どもたちが寄宿学校に入れられた」という件に関して、2023年2月6日に国連の特別報告者がそのような報告を行っています。

私が知る範囲では、2021年12月に(チベット系の活動組織)チベット・アクション・インスティテュート(Tibet Action Institute)が発表した報告書「Separated From Their Families, Hidden From the World(家族と別れ、世界から隠された)」において、“チベットにおける教育のほとんどが寄宿制学校で行われている。6~18歳のチベット人の子供80万人が寄宿制学校に入れられている。実に、78%の子供が寄宿制学校に連行されている計算になる。”と報告しているあたりが議論の発端ではないでしょうか。

その後、アメリカ政府もこの件を問題視して中国関係者のビザ発給制限措置などをとっています。(2023年8月22日 ブリンケン国務長官発表)

これに対し、中国は下記のように反論しています。

****チベットで「子どもは強制的に寄宿学校に入れられる」批判に中国政府が反論****
中国政府は、チベット族の子どもを寄宿学校に入れ、同化政策を行っているとの指摘があることに対し「寄宿学校に入るかは親の選択にゆだねられている」と反論しました。

中国政府は10日、会見を開き「中国共産党のチベット政策に関する白書」を発表。

チベットに関しては宗教の自由が制限され、弾圧の対象になっていると国連などが報告していますが、会見では「憲法のもとチベットでは宗教の自由が保障されている」と強調しました。

中国政府が運営する寄宿学校に100万人以上のチベット族の子どもたちを強制的に入れ、「漢族との同化政策」を行っているとするアメリカ政府の指摘については、「チベットは自然条件が厳しく、人口が分散しているため、通学に便利なように寄宿学校に入れている」と反論。「特に遠隔地の子どもに質の高い教育を提供するものであり、寄宿学校に入るかどうかは親の選択にゆだねられている」と強制ではないと説明しています。

一方、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世を念頭に、「宗教が社会主義社会に適応するよう積極的に指導し、全ての民族が団結を守り、分離主義に反対する」としたほか、信仰よりも中国共産党への忠誠を優先させる「宗教の中国化」の方向性を今後も堅持する、としています。

チベットをめぐっては、過去たびたび中国政府への抗議活動が起きていることから、中国政府はチベット族への監視を強化していますが、今回の白書では欧米などからの指摘に反論した形です。【2023年11月10日 TBS NEWS DIG】
*******************

「チベットは自然条件が厳しく、人口が分散しているため、通学に便利なように寄宿学校に入れている」というのは一定に説得的な主張です。問題は、「親の選択」の実態でしょう。

また、結果として子供たちがチベット語を話せなくなり、家族のコミュニケーションが困難になるようなことが起こっているなら、それはすぐに是正すべき問題でしょう。

【チベット問題を左右するダライ・ラマ14世の死去、15世の選定】
ダライ・ラマ14世の死去、15世の選定がどうなるのか・・・・が今後のチベット問題の転換点となるであろうことは衆目の一致するところです。

ツェリン首相がダライ・ラマの立場としてあげている「私は自由な世界に生まれる。・・・・チベットが自由になるまでは、私がチベットで生まれることはない」というのは、中国の影響力が及ぶ土地で(生まれ変わりの)後継者を選ぶと、すでにパンチェン・ラマで起きているように、中国側に拉致されてしまい、中国側が勝手に別の後継者を選定するという懸念からでしょう。

昨年11月にダライ・ラマ14世は、高僧ジェブツンダンバ10世の生まれ変わりとして、チベットではなくモンゴルの少年(8歳)が転生(生まれ変わり)であると発表しています。

モンゴルという中国が勝手に拉致などできない土地に転生したこと、更に、10世の少年は双子であり、兄弟のどちらが10世かは未公表で、米国生まれで米国籍も持つことなど、中国に介入されにくい少年が認定されたことがうかがわれます。【2023年11月15日 東京より】

なお、転生したとされる少年は“学校に通いつつ、放課後などに僧院で仏教の修行に励む。18歳になった時点でジェブツンダンバ10世として生きるかを本人に選択させるという。”【同上】とのことです。

【中国 交通・経済面での一体化も推進】
一方、中国側はチベット統治への外国の干渉を排除する姿勢を見せています。

****中国「チベット」英語表記を変更 統治への外国干渉けん制****
中国政府は10日、チベット自治区に関する白書を公表し共産党統治を正当化した。英語版で自治区の地名をこれまでの「TIBET」ではなく、チベットの中国語「西蔵」の発音に当たる「シーザン(XIZANG)」と表記した。

中国は欧米諸国と自治区の人権問題などを巡り対立しており、中国語読みに変更することで外国の干渉をけん制する狙いがある。

中国の習近平指導部は2008年に大規模暴動が起きたチベット自治区で抑圧を強め、チベット族に対する中国語や共産党思想の教育を徹底。信仰よりも党・政府への忠誠を優先させる「宗教の中国化」を進めている。(後略)【2023年11月10日 共同】
******************

チベットの交通・経済面での一体化も着々と進んでいるようです。

****雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間本日開通―中国****
中国南西部の雲南省とチベット自治区を結ぶ雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間が26日に正式に開通し、最初の列車がシャングリラを発車しました。この列車の発車により、雲南省迪慶チベット自治州に鉄道が通じないという歴史に終止符が打たれました。

雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間は麗江駅から始まり、シャングリラ駅に接続し、全長139キロ、設計時速140キロで、国家1級単線電気鉄道となります。

同鉄道は雲貴高原とチベット高原の間に位置し、麗江古城やシャングリラなど多くの有名観光地を結ぶ「美しい雲嶺天路」と呼ばれています。雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間は、標高2400メートルの麗江駅から3274メートルのシャングリラ駅まで上がる典型的な高原鉄道です。

同プロジェクトは着工以来、9年かけて34の橋を架け、20のトンネルを建設しました。そのうち、金沙江特大橋の主径間は660メートルに達し、橋面と川面の垂直距離は約250メートルで、80階を超えるビルの高さに相当します。玉竜雪山、哈巴雪山などのトンネル建設の過程で、高地応力や大変形などの地質的難題を克服し、世界トップレベルの大変形制御技術を革新・開発しました。

雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間の開通運営初期、鉄道部門は毎日8本の旅客列車を運行し、昆明駅、大理駅、麗江駅からシャングリラ駅までを最速でそれぞれ4時間30分、3時間58分、1時間18分で結びました。【2023年11月27日 レコードチャイナ】
*********************

雲南省とチベット自治区を結ぶ雲南・チベット鉄道・・・完成はまだ先ですが、観光的には極めて魅力的な路線です。また、中国の鉄道建設技術の高さを示すものでもあります。

こうした「一体化」によって、人的・物的交流が進み、経済的一体化が促進されることを狙ったものですが、チベットに経済成長をもたらすものにもなります。

成長の恩恵が誰の手にもたらされるのか? 漢族か? 地元チベット住民か? それによって住民の暮らしはどう変わるのか? そうした疑問が偏ったものなのか? 答えは簡単ではありません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パレスチナ  ガザ地区の惨状 死者のおよそ7割が女性や子ども 医療体制崩壊の中での出産・流産

2024-01-20 22:11:26 | パレスチナ

(ガザ市のアル・シファ病院では、麻酔薬がなかったために、看護師が麻酔薬なしで頭の傷を縫っている間、小さな少女は痛みに泣きながら「ママ、ママ」と叫んでいた。【11月10日 ARAB NEWS】
傷の縫合ならまだしも、麻酔薬なしの帝王切開となると・・・・)

【ガザ地区での死者のおよそ7割が女性や子どもで「1時間に2人の母親が命を落としている」(国連)】
イスラエル軍の激しい攻撃が続いているパレスチナ・ガザ地区の惨状については連日多くの報道がありますが、最近の子供や女性、特に出産絡みの母親に関する報道についてまとめました。

これまでも何度も戦争が繰り返されてきたパレスチナですが、今回の戦争はその犠牲者の多くが子供・女性であるという痛ましい特徴があります。

****国連報告書「1時間に2人の母親が命落としている」****
イスラム組織ハマスの壊滅を目指すイスラエル軍は、20日も南部のハンユニスなどガザ地区の広い範囲で空爆と地上作戦を続けていて、ガザ地区の保健当局は、これまでの死者は、2万4927人に上るとしています。

国連はイスラエルが軍事作戦を続けるパレスチナのガザ地区での死者のおよそ7割が女性や子どもで「1時間に2人の母親が命を落としている」などとする報告書を発表し、早期の停戦の実現を訴えています

国連女性機関“ガザ地区の死者の約7割 女性や子ども”
国連女性機関は、19日にガザ地区の状況についての報告書を発表し、ガザ地区での死者のおよそ7割が女性や子どもだと指摘しました。さらに「ガザ地区では1時間に2人の割合で母親が死亡している」として、早期の停戦の実現を訴えています。【1月20日 NHK】
******************

****ガザ、子どもの死者1万人超えか 戦闘100日、攻撃続行****
イスラエル軍は地上侵攻するパレスチナ自治区ガザ各地で13日も激しい攻撃を続けた。昨年10月7日の戦闘開始から今月14日で100日目。ガザ保健当局によるとガザ側死者は2万3708人。国際非政府組織(NGO)「セーブ・ザ・チルドレン」は、うち1万人以上が子どもだと指摘した。

イスラエル首相府は12日、ガザで拘束されている人質に必要な薬を届ける計画を仲介役のカタールに働きかけていると発表。見返りとしてガザへの医薬品搬入を増やす方針を提示しており「数日以内に届けられる」との見通しを示した。

セーブ・ザ・チルドレンは11日の声明で、ガザで暮らす子どもは110万人で、これまでに約1%に当たる1万人以上が死亡したと説明。1日平均100人の子どもが犠牲になっているとして、即時停戦を訴えた。

中東メディアによると、北部ガザ市や南部ラファなどで12〜13日、イスラエル軍の攻撃を受けて子どもを含む30人以上が死亡した。ガザ当局は中部デールバラハのアルアクサ殉教者病院の燃料が枯渇したと発表した。【1月13日 共同】
******************

上記記事にある医薬品搬入については、カタール政府は16日、パレスチナ自治区ガザの民間人に支援物資を届ける見返りに、イスラム組織ハマスが拘束する人質に必要な医薬品を届けることでイスラエルとハマスが合意したと発表しています。

しかし、“ヨルダン政府は、ハンユニス市内に設けている同国の野戦病院がイスラエル軍に攻撃され、甚大な被害を受けたと発表した。ヨルダンは「目に余るほどの国際法の無視だ」とし、イスラエルに非があると批判した。”【1月18日 時事】という状況ですから、多少の医薬品が搬入されても被害は拡大する一方で、最低限の治療もできない現状です。

【下肢の切断手術を受けた子どもは1000人を超える 負傷者の4分の1近くは子ども】
死は免れても四肢切断という過酷な運命に見舞われる子供たちも。この先死ぬより辛い日々が待ち受けているかも。

****ガザで四肢切断の子ども1000人、不十分な医療で苦痛と喪失感****
2023年10月にガザ地区ジャバリアの自宅が爆発に巻き込まれたとき、ノアさん(11)の左脚はほぼ完全に引きちぎられてしまった。そして今、骨に4本のネジで止めた重い金属棒で固定された右足も、切断手術が必要になるかもしれない。

病院のベッドに横たわるノアさんは、不格好な固定具を見つめながら「とても悲しい……もう一方の脚も切断しなければならないのではないか」と話す。「走ったり遊んだりして、とても幸せに過ごしていたのに、脚を失ったことで惨めな一生になってしまい、悲しい。義肢をつけられればいいのだが」

(中略)爆弾やミサイルが人口密度の高い高層住宅地区を破壊し、爆風やがれきによりけがをした子どもらが、手足の切断手術を受けるケースが増えている。

イスラエル当局は以前から民間人への危害を最小限に留めるよう努力していると発言している。同国軍広報部は、ハマスが「テロ攻撃を目的として民間施設を流用する」戦略をとっているという主張を繰り返しているが、四肢切断に至った子どもらについては特に言及していない。

医師や支援関係者の話では、ガザ地区の医療体制は崩壊しており、まだ成長過程にあるのに切断されてしまった子どもたちの骨に配慮した複雑なフォローアップ治療を行える状態にはない。世界保健機構(WHO)によれば、殺害や拘束、強制退去により、実働中の医療従事者は紛争前の30%しかいないという。

国連児童基金(UNICEF)によれば、下肢の切断手術を受けた子どもは1000人を超え、複数回、あるいは左右両方という例もある。ガザの医療当局は、今回の紛争における負傷者の4分の1近くは子どもだと話している。

劣悪な衛生状態と医薬品の不足により、以前に負ったけがでも細菌感染に伴う切断手術が必要となり、手足を失う結果となる例もあると医師らは話している。(中略)

ガザ地区で義肢を扱う主要拠点となっているのは、カタールの出資でガザ市に建設されたハマド病院だが、現地の医療当局によれば、イスラエルの攻撃を受け、数週間前に閉鎖されてしまった。イスラエル軍広報部にハマド病院についてコメントを求めたが、今のところ回答はない。(後略)【1月9日 ロイター】
********************

【戦闘開始以降、ガザ地区では約2万人の子どもが必要な医療サポートもないまま「地獄の中で出産されている」】
こうした状況でも子供は生まれてきます。しかし出産をサポートする医療体制がありません。

****「10分に1人、地獄で出生」ガザ、戦争下で2万人の赤ちゃん****
「恐ろしい戦争の中で、10分に1人の割合で赤ちゃんが生まれている」。国連児童基金(ユニセフ)は19日、イスラエルとイスラム組織ハマスによる戦闘が始まった10月上旬以降、パレスチナ自治区ガザ地区では約2万人の子どもが生まれたと明らかにした。今月ガザの産科医療の現場を訪れたイングラム報道官は「地獄の中で出産されている」と述べ、即時の人道的停戦を訴えた。

この日のオンライン記者会見でイングラム氏は「ただでさえ不安定な(ガザの)新生児と妊産婦の死亡率は、医療制度の崩壊とともに悪化している」と指摘。現地で会った複数の妊産婦や医療従事者たちの実例を紹介した。

妊娠中に自宅が攻撃を受け、不全流産したまま処置を受けられていないというパレスチナ人女性は「赤ちゃんがこの悪夢の中に生まれてこないのが一番だ」と語ったという。また、8週間で死亡した妊婦6人の帝王切開に立ち会ったという看護師は「爆撃による大気の悪化により、流産が増えている」と報告したという。

またイングラム氏によると、妊娠中や出産直後の多くの女性が滞在するガザの避難所は衛生状況が悪い「非人道的」な環境にあり、2歳未満の子ども13万5000人が深刻な栄養失調の危機にさらされている。「人類は、この常軌を逸した『日常』をこれ以上続けてはならない。母親と新生児には人道的停戦が必要だ」と訴えた。【1月20日 毎日】
********************

麻酔も十分にないまま帝王切開も

****戦乱のガザで毎日180人の赤ちゃんが生まれている 何度も避難し、麻酔が不足する中で帝王切開に挑んだ記録****
イスラエル軍が侵攻を続けるパレスチナ自治区ガザでは、死者が2万3千人を超える一方、毎日180人前後の新生児が誕生している。

軍とイスラム組織ハマスとの戦闘が始まった昨年10月時点で約5万人の女性が妊娠していた。共同通信ガザ通信員ハッサン・エスドゥーディーのいとこ、シューク・ハラーラ(24)もその一人。

ガザ北部ガザ市から3回の避難を余儀なくされ、南部ハンユニスの病院で昨年11月に双子を出産した。麻酔が十分手に入らず、激痛に耐えた帝王切開手術。エスドゥーディーが報告する。

 ▽妊婦、徒歩で2時間避難
(中略)
10月7日にイスラエル軍の空爆が始まると、シュークは夫マムドゥーフ(26)らと共にガザ北部ガザ市の自宅から市内のシファ病院に避難した。だが、シファ病院も軍の攻撃対象となり、1週間後に中部ヌセイラト難民キャンプの友人宅へ向かった。

大きなおなかを抱えて2時間以上、空爆で建物や道路が破壊された街を歩く。避難する市民は多く、長蛇の行列だ。負傷者は手押し車や担架で運ばれる。イスラエル建国に伴い多数のパレスチナ人が避難を余儀なくされた1948年の「ナクバ(大災厄)」の再来だった。

友人宅に空きベッドはなく、床に毛布を敷いて横たわった。食料も十分にはなくなり、ツナ缶が主食で、野菜を食べることもなくなった。「赤ちゃんがおなかを蹴るたびに、まだ生きていると安心した」とシュークは言う。「けれど、もっと栄養をちょうだいと訴えているようにも感じた」。

安心したのもつかの間、今度はヌセイラト難民キャンプにも空爆が始まり、3日後に再度避難、10月17日にハンユニスのナセル病院に到着した。

負傷者や避難者があふれる廊下、その廊下で麻酔なしに手術する外科医…。シュークらが目にしたのはガザの病院の現実だった。

 ▽砲撃から赤ちゃんを守る
廊下の片隅に居場所を確保してから数日後、医師が告げた。「帝王切開をするが、麻酔薬が十分にない」。マムドゥーフは南部ラファまで必死に探しに行き、別の病院で購入した。それでも不十分で、シュークは激痛の手術に挑んだ。(中略)

出産後、その日のうちに病院を後にした。人が密集する病院では、感染症などが不安だったためだ。向かう先は中部デールバラハの友人宅。道のりは30キロもあり、一部は車で移動ができたが、3時間は歩かざるを得なかった。

だが、デールバラハも安全な場所ではない。近くの住宅が砲撃され、破片が室内に飛んできたこともある。窓ガラスが割れ、壁の一部が崩れる。ほこりだらけになる室内。「2人を同時に瞬時に抱くことはできず、覆いかぶさるのに精いっぱいだった」とシュークは強調した。

「もう一つ問題があった」と今度は笑顔を見せた。「出産で頭がいっぱいでベビー服も粉ミルクも何も用意できていなかった」。出産後、マムドゥーフは慌てて買い出しに行くが、商店では戦闘前の3〜4倍の値段に跳ね上がっていた。国連の支援物資も不十分で、子ども用品は常に不足する。出産後、安堵の息をつく間もなく、子育てに追われ、食料や衣服など子育て用品の調達に奔走する日々が始まった。

国連児童基金(ユニセフ)によると、日々生まれる180人前後の新生児の中には、病院ではなく、避難先の住宅や路上で生まれた子どももいる。出産後の母子が学校などの避難所で生活するケースも多い。十分な食料や水、衛生用品がないのが現実だ。

母乳で子育てをしている女性は10万人程度とみられ、栄養不足の懸念が深まる。2歳未満児の9割が栄養不足状態だとの報告もある。

ユニセフのテス・イングラム報道官は「十分な栄養を摂取できなければ、感染症にかかりやすくなるほか、知能や身体の発達の遅れにつながる」と指摘する。ユニセフは人道支援物資として水や食料、粉ミルク、衛生用品のほか、妊娠中の女性や母乳で育てる母親向けの栄養サプリメントもガザに送る。予防接種のためのワクチン搬入も開始したが、数は足りない。

国連安全保障理事会は12月下旬、ガザへの人道支援の強化を訴える決議案を採択したが、現実の品不足は変わらない。私自身、食事は1日1回、ひよこ豆やチーズ、パンなどを食べるのがやっとだ。イスラエル軍の攻撃が強化されたハンユニスからラファの親戚宅に避難したが、約40人が同居、私は1部屋に7人で眠る状況が続く。

ナセル病院で会ったとき、シュークが「戦争の間に産んで申し訳ないと思う」とつぶやくように何度も語ったのを思い出す。そして、小さな2人を見つめ、付け加えた。
「パレスチナの現状を変え、人々の命を救うような人になってほしい」【1月20日 47NEWS】
*******************

****麻酔なしで帝王切開し、流産が急増。ガザの妊婦たちが直面している危機的状況****
イスラエル軍による攻撃が100日以上続いているパレスチナ・ガザ地区では、妊婦や新生児たちが、過酷な状況での出産を余儀なくされ、命の危機にさらされている。

人道支援団体によると、多くの人であふれている避難所やテントで出産しなければいけない妊婦がいるほか、病院の保育器を利用できない未熟児が死亡し、食糧不足で新生児が栄養失調に陥っている。

改善されない支援状況
国連安全保障理事会は2023年12月にガザ地区への人道支援を拡大する決議案を採択したものの、状況は改善されていないという。

ハフポストUS版が入手した米政府内部文書によると、イスラエルはガザ北部などへの支援物資搬入を禁じており、人道支援専門家は「状況は悪化している」と指摘している。

バイデン政権やオバマ政権で人道問題に携わった米NGO・難民国際協会のジェレミー・コニンダイク代表は「(人道支援は)わずかな改善があったにせよ……現時点で必要とされる規模にはほど遠い。たとえ改善があったとしても、わずかで脆弱であり、イスラエル軍の軍事行動や政治決定によって、台無しにされる可能性もある」と述べている。

出産に耐えられるのだろうか――妊婦が直面する命の危機
女性や女の子たちを中心とした支援活動行うNGO・CAREによると、ガザでは、女性たちが必要不可欠な生殖医療や産科医療を受けられずにいる。

イスラエルの指示によりガザでは多くの人々が南部に避難したが、CAREのヌール・ベイドゥン氏は、「現在、南部の都市ラファでは妊娠中の患者を1日30〜40人収容できる病院は1つしか運営されていない」とハフポストUS版に語った。

ベイドゥン氏によると、この病院では毎日約300〜400人の妊婦や産後の女性、新生児が診察を受けている。しかし手術室が1つしかなく、以前は1日2〜3件だった帝王切開の件数は1日20件近くになっているという。

イスラエルによる攻撃で、ガザにある病院のうち半数以上が閉鎖されたと見られている。

CAREは国連人道問題調整事務所のデータをもとに、現在パレスチナ自治区には妊娠している女性が約5万5000人と推定。帝王切開を受けなければならない人の多くが麻酔も衛生的な医療器具もない状態で手術を受けなければならない可能性が高く、傷口の感染症につながることも少なくない、と警鐘を鳴らしている。

CARE中東・北アフリカ地域副代表代行のヒバ・ティビ氏は「陣痛中に女性をサポートする医師、助産師、看護師はいません。女性が出産する際には、鎮痛剤も麻酔も衛生資材もありません」と声明で訴えた。

「出産に耐えられるのだろうか。子どもは助かるのだろうか。他の子どもたちはどうなるのだろうか。これらの問いは、ガザの妊婦や若い母親たちが、この100日間、終わりの見えない現実的な危険に直面していることを示しています」

CAREはガザ市のアル・シファ病院の経営者からの情報として、新生児医療と産科医療不足のために、ガザでは流産が300%増加したと報告している。

さらに、生理用品不足で、女性たちは生理中に非衛生的な布や衣類を使用しなければならず、感染症が増加している。

ベイドゥン氏によると、CAREは生理用品や衛生用品、爪切り、ヘアブラシなどの生活必需品を入れた「尊厳キット」を3500個準備しているものの、エジプトの国境を越えてガザで配布できるかどうかは不明だという。

アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は1月17日、スイスで開催中のダボス会議で、ガザの状況について「胸をえぐられるようだ」と述べた。

しかし、アメリカの政府高官がハフポストUS版に提供した国務省の文書によれば、イスラエルによって大規模に破壊されたガザ北部の状況は1月16日の時点でも改善されておらず、イスラエル軍が30万人のパレスチナ人が暮らす北部地域への燃料や医薬品などの物資搬入を拒否しているという。

ハフポストUS版はアメリカのイスラエル大使館に、この文書に対するコメントを求めたものの、現時点での回答はない。【1月19日 HUFFPOST】
*********************

【イスラエル大統領「ガザ地区での悲劇から目を背けているわけではない」としながらも、「まともなイスラエル人は今の状態で和平合意について考えることはできない」】
こうした状況を聞けば、イスラエル支持のアメリカ・バイデン政権ですら「もう十分だろう」ということにもなりますが、イスラエル側はあくまでも戦闘継続の姿勢を崩していません。

****イスラエル大統領、ハマスとの戦闘めぐり「今の状態で和平合意考えることはできない」と強調****
イスラエルのヘルツォグ大統領はイスラム組織ハマスとの戦闘をめぐり、「今の状態で和平合意について考えることはできない」と強調しました。

ヘルツォグ大統領は18日、スイスで行われている世界経済フォーラムの年次総会、 いわゆる「ダボス会議」に参加しました。その中で、「ガザ地区での悲劇から目を背けているわけではない」としながらも、「まともなイスラエル人は今の状態で和平合意について考えることはできない」と述べ、ハマスのせん滅に向けた攻撃を続ける考えを強調しました。

こうした中、イギリスのフィナンシャル・タイムズは、18日、アラブ諸国が数週間以内に、ガザ地区での停戦と人質の解放を含む計画を発表する予定だと報じました。

計画には、西側諸国によるパレスチナの国家承認や国連への加盟のほか、イスラエルとサウジアラビアの国交正常化の交渉も含まれるということで、アラブ諸国の高官の話として「中東での紛争の拡大を防ぐためのものだ」と伝えています。

ただ、イスラエルのネタニヤフ首相は、パレスチナ国家の樹立を拒否する考えを改めて示していて、アラブ諸国による計画が進展するかは不透明な情勢です。【1月19日 日テレNEWS】
*******************

「ガザ地区での悲劇から目を背けているわけではない」とは言いつつも、イスラエル国内でこの種の報道がどれだけなされているのか、イスラエル国民がガザの悲劇をどこまで認識しているのかは疑問です。

イスラエルに限らず、多くの国でメディアは自国民が受け入れやすいニュースに偏ります。ガザの惨状は国民が見たくない現実でしょう。被害者はイスラエルであり、テロリスト・ハマスを除くために戦っているだけだと信じたいのでしょう。

パレスチナ国家を拒否するネタニヤフ首相の対応などについては、また別機会に。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

少子化  人口減少が止まらない中国 戦後最低の出生数のフランス 多大な資金でも効果なしの韓国

2024-01-19 23:11:37 | 人口問題

(【1月11日 日経】)

【中国 手のひら返しの出産奨励策でも続く人口減少 「強要」ではなく「奨励」とは言うものの・・・】
言うまでもなく「少子化」は日本をはじめ多くの国で深刻な問題であり、このブログでも度々取り上げています。
そうした中で、ここ数日、中国・フランス・韓国の少子化に関する記事を目にしましたので、それらについて取り上げます。

ちなみに、日本は“厚生労働省が(6月)2日発表した2022年の人口動態統計によりますと、女性1人が生涯に産む子どもの推定人数を示す「合計特殊出生率」は、1.26で2005年と並び過去最低でした。出生数は77万747人で、前の年を4万人ほど下回り、統計開始以来初めて80万人を割り込みました。厚労省は新型コロナウイルスの感染拡大により婚姻数が減少したことも影響したとみています。”【2023年6月2日 テレ東BIZ】といった状況です。

先ず中国。人口世界一の座をインドに明け渡した中国ですが、長年の人口抑制策「一人っ子政策」を止めて人口維持・増加政策に舵を切ったものの人口減少に歯止めがかかりません。

2023年の出生数は54万人減って902万人。一方、死亡数は69万人増え1110万人。その結果、総人口は208万人減り、14億967万人となりました。

中国で総人口が減少するのは2年連続で、減少幅は拡大しています。中国では長年続いた一人っ子政策を緩和し、現在、3人までは自由に子どもを産めますが、子どもの数は増えず、少子高齢化が進んでいます。【1月17日 テレ朝newsより】

****中国、止まらない少子化 出生数過去最少、雇用悪化で将来不安か****
中国国家統計局は17日、2023年末の総人口が22年末比208万人減の14億967万人だったと発表した。人口減少は2年連続で、減少幅は22年(85万人)より拡大した。教育費の増加や、若者の雇用環境の悪化などを背景にした少子化に歯止めがかからず、出生数が7年連続で減少したほか、死者数も増加した。

 ◇2年連続人口減、62年ぶり
2年連続の人口減少は毛沢東が主導した食料や鉄の大増産運動「大躍進」が失敗し、大量の餓死者を出した1960〜61年以来62年ぶりとなった。

23年の出生数は、前年比54万人減の902万人で49年の建国以来過去最少を更新した。

中国政府は79年から導入してきた「一人っ子政策」を見直し、21年からは3人目までの出産を容認。地方政府や企業も、複数の子供を育てる世帯を対象に補助金の支給や休暇の義務化を打ち出すなど対策を急ぐが、少子化を食い止められていない。

出生数低下の背景にあるのが、住宅価格や教育費など結婚・子育てにかかる費用の高騰だが、それに加えて若者の雇用環境の悪化による将来不安の影響も大きいようだ。

 ◇経済回復遅れ 若者失業率21%
新型コロナウイルス禍から経済の回復が遅れる中国では、23年6月には、都市部の若者(16〜24歳)の失業率が21・3%と過去最悪を更新。統計局は同8月、「統計の改善」を理由に公表を一時停止して物議を醸した。統計局は今回、公表を再開し、12月は14・9%に改善したとしたが、「学生を含まない」と調査対象を修正した影響などがあり、若者の雇用情勢は依然厳しい。

また65歳以上は2億1676万人と全人口の15・4%(前年比0・5ポイント増)となり高齢化がさらに進行した。中国政府が23年予算で計上した社会保障費(就業支出含む)は、3兆9192億元と、5年前の1・45倍に膨れ上がっており、今後さらにその割合が増加するとみられる。少子高齢化の加速は中長期的に中国の財政や経済成長に深刻な影響をもたらしそうだ。(後略)【1月17日 毎日】
****************

上記記事にもあるように、中央政府・党の指導のもとで地方政府や企業も対策(あるいは、出産を求める「圧力」)をとってはいますが、従来の強権的な「一人っ子政策」からの手のひら返しに中国女性たちの不信感は強いようです。

また、出産減少の背景には、女性の権利意識拡大があるようです。

****中国の出産圧力、女性が突きつける「ノー」****
政府は「もっと産め」 14億人の人口、2100年には約5億人に落ち込む可能性が高い

中国の女性たちは、もううんざりだと思っている。中国政府はもっと出産せよと要求するが、それに対する彼女たちの反応は「ノー」だ。

政府の嫌がらせに閉口し、子育てのさまざまな犠牲を警戒する若い女性の多くは、政府や家族の希望よりも自分自身を優先しようとする。彼女たちの拒絶によって中国共産党は危機に追い込まれている。高齢化する社会を若返らせるため、共産党は何としても赤ん坊を増やさなくてはならない。

中国では出生数が急減している。2012年に1600万人前後だった新生児の数は2022年に1000万人を割り込み、人口崩壊に向かっている。現在の人口は約14億人だが、複数の予測によると、2100年には5億人程度に落ち込む可能性が高い。女性たちがその責めを負わされている。

昨年10月、習近平国家主席は政府が支援する「中華全国婦女連合会(ACWF)」に対し、「女性分野のリスクを予防し、解決する」ことを促した。

「女性が直面しているリスクに言及したのではなく、女性のことを社会の安定性に対する大きな脅威と見なしているのは明らかだ」。中国政府のプロパガンダを研究するワシントン・アンド・リー大学のクライド・イチェン・ワン助教(政治学)はこう指摘した。(中略)

共産党がいくら「家庭の価値観」を説いてもほとんど効果がなく、それは中国の農村部でも同様だ。
東部・安徽省の全椒県にあるショッピングモールの前にいたヘー・ヤンジンさんは2児の母親だ。地元役人から3人目の出産を促す電話を何度も受けたと話す。だが3人目を産むつもりはない。彼女の息子が通う幼稚園では通園者が少なくなり、教室の数を半分に減らしたという。

中国の若者の多くは低迷する経済と高い失業率に失望し、両親とは異なる生き方の選択肢を求めている。多くの女性は結婚と出産という決まり切った形式を不当な取引だとみなしている。

縮小の一途
政府が35年間続いた一人っ子政策を2015年に廃止すると発表した際、当局者はベビーブームの到来を予想した。だが実際には出生率の落ち込みに見舞われた。(中略)

一人っ子政策は中国の人口動態に大きな影を落とすことになった。若者の数は過去に比べて少なく、出産適齢期の女性は毎年数百万人ずつ減り続ける。彼女たちは結婚や出産にますます消極的となり、人口減少に拍車をかけている。

中国では22年に680万組が婚姻届を出した。13年には1300万組が出していた。22年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの平均的な数)は1.09となり、女性1人が子ども1人を産む水準に近づいた。20年にはこれが1.30だった。人口を安定的に維持するのに必要な2.1を大きく下回っている。

「出産に優しい文化」キャンペーンは、緊急の国家課題の様相を呈し、政府主催のお見合いイベントや軍人家庭の出産を奨励するプログラムが設けられている。

西部・西安市の住民は8月、中国のバレンタインデーにあたる「七夕節」の期間に、政府の番号から自動音声メッセージを受け取ったという。「あなたに甘美な恋と適齢期の結婚が訪れますように。中国の血統をぜひ続けましょう」

このメッセージはソーシャルメディアで反発を巻き起こした。「私の義母は2人目の出産すら勧めない」との書き込みや「次はお見合い結婚が復活するんじゃないかと思う」とのコメントもあった。

政府は一人っ子政策の時代に特徴的だった「強要」ではなく、奨励策に力を入れる。地方政府は2人目・3人目を出産したカップルに現金を支給する。東部・浙江省のある県では25歳までに結婚したカップル全員に137ドル(約2万円)相当のボーナスを出す。

いたちごっこ
政府の方針転換により、子どもを多く産みすぎて処罰されるのを恐れていた女性が、もっと産めと迫られるケースが生じている。

チャンという姓の女性は10年前、2人目の子どもを産むことを決め、当局と追いつ追われつのゲームが始まった。彼女はファーストネームを記事に使わないよう求めた。

チャンさんは妊娠中、当局から人工妊娠中絶を求められるのを恐れ、仕事を辞めて人目に付かないようにしたという。出産後の2014年には親戚の家に1年間滞在した。故郷に戻ると、家族計画担当の役人が彼女とその夫に約1万ドル(約144万円)の罰金を科した。チャンさんによると、妊娠を防ぐために子宮内避妊具(IUD)の埋め込みを強要されたという。当局は彼女に3カ月ごとにIUDの検査を受けるよう義務付けた。

その数カ月後、中国政府は一人っ子政策を廃止すると発表。それでも当局はしばらくの間、チャンさんにIUD検査を要求した。

最近、当局者からはもっと子どもを産むようにと促すメールが届く。チャンさんは怒りに任せてそれを削除している。「私たちを振り回すのはやめてほしい」と彼女は言う。「庶民をそっとしておくべきだ」

妊娠防止の医療処置を行うクリニックの認可は厳しくなっている。一人っ子政策最盛期の1991年には600万件の卵管結紮(けっさつ)術と200万件の精管切除術(パイプカット)が行われた。2020年には卵管結紮術が19万件、精管切除術が2600件になった。

また当局は一人っ子政策時の重要な手段だった人工妊娠中絶を抑制しようとしている。1991年には1400万件を超えたが、2020年には900万件弱へと3分の1以上減少した。それ以降、中国は精管切除術や卵管結紮術、中絶に関するデータ公表を中止している。

圧力を受ける民衆
カリフォルニア大学アーバイン校のワン・フェン教授(社会学)は、中国社会には二つの相反する変化が起きていると指摘する。女性の権利への認識が高まったことと、家父長制を推進する政策の拡大だ

共産党政治局トップ20人余りの中に、この四半世紀で初めて女性が入らなかった。習氏が2012年に権力を握って以降、世界経済フォーラムの「世界ジェンダーギャップ報告書」で中国は順位を38位下げ、2023年には146カ国中107位となっている。

中国政府はフェミニズムを外国勢力が後ろ盾となった邪悪なイデオロギーとみなす。女性の権利を唱える活動家を拘束し、そのソーシャルメディアのアカウントを削除するなど、何年にもわたって取り締まりを続けている。

それでも女性たちは人間関係や家族、仕事に関する自らの経験について、ネット上で以前より声高に発言している。彼女たちの投稿は個人的な形でフェミニズムを表しており、当局がそれを取り締まるのはより難しい。

シモーナ・ダイさん(31)は「オー!ママ」という出産と結婚に関するポッドキャストの配信を始めた。彼女の母親が1990年代初めに妊娠8カ月半で女児を中絶したことを知ったのがきっかけだ。

ダイさんは26歳で結婚したが、夫の男性優位主義的な考え方に耐えなければならず、特に新型コロナウイルス下では家事をめぐって言い争ったという。彼女は両家の家族から圧力は受けたものの、断固として出産したくないと考えるようになった。

それ以来、彼女は結婚生活に終止符を打ちたいと希望している。「離婚しなければ、子どもを産まなければならないかもしれない」と彼女は言う。【1月16日 WSJ】
*********************

中央政府・党は「一人っ子政策」をやめれば人口増加に転じると単純に考えていたと推測されますが、現実はそう簡単ではないようです。

政府からの自動音声メッセージ「あなたに甘美な恋と適齢期の結婚が訪れますように。中国の血統をぜひ続けましょう」・・・・日本では考えられないことですが、中国は中国です。

「強要」ではなく、奨励策に力を入れる・・・とのことですが、この人口減少が続けば、「強制」の色合いが強まるのではないでしょうか。人工中絶なども禁止に近いレベルに規制されるのでは。避妊具購入にも制限がかかるかも。まったくの想像ですが。 なにせ中国ですから。

ただ、無理やり子供を持たせても、その後の生活が保証されなければ政府・党への不満が強まりますので、そこは政府・党としても考えどころです。

【フランス 一時は2を超える出生率 しかし、近年出生数減少で戦後最低に 政権も危機感】
総じて少子化、低出生率に悩む西側先進国にあって、フランスも日本と同様も1993年までは同じく出生率の低下に悩んでいましたが、その後の出産奨励政策が奏功し、2006年には合計特殊出生率がは「2」を超えるまでに回復しました。出生数増加のモデル国とも見なされていました。

しかし、そのフランも近年出生数減少が顕著になっています。

(【2022年11月9日 日経】)

****仏出生数、67万8000人 第2次大戦後最低****
フランスで昨年、出生数が第2次世界大戦以降で最低となった。国立統計経済研究所が16日、発表した。
INSEEによると、2023年の出生数は約67万8000人で、前年比で6.6%減となった。この数字は1946年以降で最も低い。

1人の女性が生涯に産む子どもの推定人数を示す合計特殊出生率は1.68で、前年の1.79から低下した。(後略)【1月17日 AFP】AFPBB News
******************

この事態にマクロン政権も危機感を強めています。

****仏大統領が育休拡充を約束、出生率急低下で危機感****
フランスでは出生率が第2次世界大戦後の最低水準に落ち込んだことを受け、マクロン大統領が16日、育児休暇制度の拡充を約束した。

欧州ではドイツ、イタリア、スペインなどの出生率が下がった中でも、フランスは長らく高い出生率を保ってきた。これは子育てや医療に関する寛大な税制や潤沢な公的給付の効果とされ、高齢化が社会に及ぼす悪影響を和らげ、長期的な成長期待をもたらしていた。

しかしフランス国立統計経済研究所(INSEE)によると、2023年の合計特殊出生率は平均1.68と22年の1.79を下回り、過去30年で最低を記録した。21年の出生率は1.83と、チェコと並んで欧州連合(EU)で最も高かった。

23年の出生率は、先進諸国で人口を維持する上で必要とされる2.2よりずっと低いだけでなく、マクロン政権が打ち出して猛烈な反対運動が起きた年金改革の前提となっている1.8も下回った形。つまりこれが続けば、年金財政の赤字は予定通り解消されない恐れが出てくる。【1月17日 ロイター】
*******************

仏メディアは出生率の低下の背景について、女性の社会進出に伴う出産の高齢化や経済情勢の悪化、教育費など子育てにかかる費用の高騰、ロシアによるウクライナ侵攻を始めとする不安定な世界情勢や気候危機に関連する将来への不安などを挙げているようです。

政府の出産奨励策に対し、左派からは女性の選択を尊重すべきとの批判も出ています。

【韓国 多大な資金を投じても覆せない少子化】
最後に、「少子化」では世界最先端を行く韓国

(【2023年2月22日 日経】)

****韓国政党、選挙公約で人口減阻止対策 出生率低下止まらず****
韓国の主要政党は18日、4月の選挙を前に、人口減を食い止めるための取り組みとして公営住宅増設や融資を受けやすくするなどの対策を発表した。出生率が低下する中、「国家消滅」への懸念払拭を目指す。

各党が選挙公約で人口問題に焦点を当てたのは、2006年以来360兆ウォン(約2680億ドル)を超える支出を行っても、記録的な少子化を覆すことができなかったことへの警戒感を反映している。

韓国では25年に人口の5分の1以上が65歳を超える「超高齢化社会」に突入するとされており、政府は総人口が22年の5160万人から72年には3620万人にまで減少すると予測している。

野党「共に民主党」の李在明代表は「国家の消滅は遠い将来に起こることではなく、差し迫った課題だ」と述べた。

最新のデータによると、韓国の出生率(1人の女性が産む子どもの平均数)は24年には0.68に低下し、過去最低だった22年の0.78を超えて少子化がさらに進むと見込まれている。【1月19日 ロイター】
*******************

出生率0.68・・・「国家消滅」の現実味が増しています。
大金を投じても少子化を覆すことができない・・・女性の社会的役割とか出産・子育てに関して伝統的価値観・家族観から抜け出した発想の転換が求められているように思います。その点は日本も同じでしょう。

もっと言えば、女性の権利を考えると西側先進国ではもはや少子化は止まらず、このままではかつての人口・経済を維持するのは無理なのでは・・・一方で、人口が増大して貧困に苦しむ国も多い・・・となれば、従来の国家という枠組みを超えた発想も必要なのでは・・・・というのは個人的妄想。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中絶規制  エルサルバドルでは中絶、流産等は「加重殺人」 日本では死産時の死体遺棄事件の問題も

2024-01-18 23:29:08 | 人権 児童

(エルサルバドルの控訴裁判所は2019年8月19日、レイプ被害によって妊娠し、胎児が8カ月の時に死産したエベリン・エルナンデスさん(中央)(21)に対し、無罪を言い渡した【2019年08月21日 HUFFPOST】)

【アメリカ キリスト教保守派の影響で中絶規制強化の流れ】
アメリカで中絶の是非をめぐって国に二分する(ときに暴力行為を伴う)激しい議論が行われており、大統領選挙や議会選挙を大きく左右する問題にもなっていることはこれまでも何回も取り上げてきました。

中絶反対派のコアには(特に共和党において)政治的影響力を増しているキリスト教保守派の思想があります。
その中絶反対派の主張は、胎児であれ何であれ、どんな命も尊重されなければならず、それがたとえレイプや近親相姦による妊娠であっても、あるいは、胎児に重篤な障害あって、誕生後にどれほどの期間生存できるか分からない・・・といった場合でも、とにかく出産を行うべきとするものです。

一見、「生命尊重」という反対しづらい正論に思える主張ですが、母体の安全性、レイプや近親相姦によって生まれた子供を育てる母親の苦しみ、それが子供にどう影響するのか・・・そこまでの問題ではなくても、母親が産み育てることが非常に困難な状況にあるときに出産によって生じる諸問題・・・・そうした現実問題の観点が抜け落ちている・・・と言うか、意図的にそうした問題に目を閉じています。

下記は以前も取り上げたものですが、厳しい中絶規制を行っている州では下記のような事例も生じます。

****米テキサス州最高裁、先天性疾患胎児の中絶認める地裁判断覆す*****
米テキサス州で、妊娠中の胎児に先天性疾患が見つかったとする女性が、人工妊娠中絶の許可を求めて同州を相手取って起こした訴訟で、州の最高裁判所は11日、緊急中絶を認めるとした地方裁判所の判断を覆した。原告の代理人弁護士によると、女性は最高裁判断が出る数時間前に、中絶処置を受けるため同州を離れたという。

ダラス・フォートワース都市圏在住の2児の母、ケイト・コックスさんは妊娠20週目を過ぎている。胎児は染色体異常による先天性疾患「フルエドワーズ症候群」で、出産前に死亡する確率が高く、生まれても数日しか生きられないとされる。

医師らは、人工中絶処置を行わなければ、子宮摘出や命にかかわる危険があると判断。コックスさんは先週、中絶の許可を求めてテキサス州を提訴し、トラビス州地裁は中絶を認める判断を下していた。

しかし、これを受けてテキサス州のケン・パクストン司法長官が、直ちに州最高裁に上訴するとともに、コックスさんの中絶処置を行った医師を訴追すると警告していた。

コックスさんと夫、医師の代理として訴状を提出した「性と生殖に関する権利センター」のナンシー・ノーサップ代表は、コックスさんが他州に移ったことについて、「母体の健康が危険にさらされている。緊急治療室への出入りを繰り返してきた原告は、これ以上待てなかった。これが、裁判官や政治家が妊婦に関する判断を下してはならない理由だ。医師ではないのだ」と非難した。

一方、テキサス州最高裁の判事らは、本件は司法が介入すべき問題ではないとの所感を示し、今回の判断は、本件について医師が「合理的な医療的判断」に基づいて人命を救うために必要と判断した場合には中絶処置を禁じるものではなく、もし原告が(同州における中絶禁止の)例外に当たるのならば、「裁判所命令は必要ない」と述べた。

同権利センターの専属弁護士、モリー・デュアン氏は「もしテキサス州でコックスさんが中絶処置を受けられないなら、誰が受けられるのか。本件は、例外が機能せず、中絶禁止法がある州での妊娠は危険だということを証明している」と指摘した。

ノーサップ氏も、「コックスさんには州外に行く手立てがあったが、大半の人にはなく、こうした状況は死刑宣告になりかねない」と非難した。

米最高裁は2022年6月、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた判決を覆す判断を下した。

テキサス州は、レイプや近親姦(かん)による妊娠でも中絶を認めない厳格な中絶禁止法を施行。また中絶手術を受けた本人だけでなく、中絶に協力した人を市民が告発できる州法がある。中絶手術を行った医師に対しては、99年以下の禁錮と10万ドル(約1500万円)以下の罰金が科された上、医師免許が剥奪される可能性がある。 【12月12日 AFP】
*******************

【中絶規制をめぐる世界の状況】
アメリカに限らず、カトリック教の影響が強い国など、多くに国で中絶が厳しく制約されています。

****中絶と人口政策の古今東西 ****
人の命は受胎から始まり、中絶はすなわち殺人であり、安全な中絶というものはありえない、というのが、国連にオブザーバーとして参加するローマ法王庁の立場であり、カイロ国際人口開発行動計画の実行は、米国が2001年から2009年まで共和党政権であったことと結びついて、大きく遅れを取ることとなった。

キリスト教が中絶を殺人とみなしたのは、在位1585-90年のローマ教皇シクストゥス5世以来であり、キリスト教の2000年の歴史のなかでは新しい。

とはいえ、フランスでは1791年刑法より、ビクトリア女王時代の英国で1861年に、米国で1870年代に、中絶を禁止する法律が制定され、欧米、すなわちキリスト教圏では中絶禁止が一般的であった。

そしてそこからの「解放」が、人権、とりわけ女性の決定権の確保という形を取り、強く求められるようになった。またその流れは20世紀後半以来の国際社会を形作ったのである。 

国連人口部がとりまとめた世界各国の中絶政策一覧では、中絶が法的に可能となる条件を、母親の命を守るため、母親の健康のため、母親の精神衛生のため、強姦・近親相姦の際、胎児の先天異常のため、経済・社会的状況、随時(on request)、に分けて国別に示している。

そのうち、母親の命を守るためでも中絶を認めていない国はバチカン市国、マルタ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、ニカラグア、チリの6ヶ国で、いずれもカトリックの影響が強い国であるが、強姦・近親相姦による妊娠に対しても中絶を認めない国は96ヶ国にのぼり、世界全域にひろがっているが、とりわけ中南米、アフリカ、イスラーム圏に多い。

逆に、随時可能なのは58ヶ国で、日本を除く東アジア、欧米、中央アジア、コーカサス諸国、キューバなどの社会主義国などに多いが、トルコ、チュニジア、南アフリカ共和国なども含まれる。

イスラームではハディースにより受胎後4カ月後に胎児は人間となるとされているので、それ以前の中絶については宗教的には許容されているが、宗教以外の各国の事情・慣習により、法制は異なっている。

サブサハラアフリカでは宗教というよりは民族など固有の伝統が中絶禁忌の文化を生んでいる。(後略)【林玲子氏(国立社会保障・人口問題研究所)】
******************

母親の命を守るためでも中絶を認めていない国としてバチカン市国、マルタ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、ニカラグア、チリの6ヶ国があげられていますが、その後、チリでは2017年に法律が改正され、レイプによって妊娠した場合や、母親の命が危険にさらされている場合、胎児に致命的な先天性障害が確認された場合などに限り、中絶を認めています。

【エルサルバドル 流産で死産した場合でも「加重殺人」として逮捕され何十年も服役】
2021年5月20日ブログ“アメリカ 人工中絶禁止の最高裁判断の現実味 司法を舞台にしたトランプ氏の「リベンジ」幕開けか”などでも取り上げたエクアドルでは、流産で死産した場合でも、妊娠中に適切な対応をとらなかった母親に責任があるとして「殺人」、しかも重罪である「加重殺人」として逮捕され何十年も服役することになります。

****レイプ被害で妊娠、死産して収監された女性に逆転無罪判決。エルサルバドルで続く「中絶禁止法」とは****
人権団体はこの無罪判決を「画期的」と評価。一方、中絶禁止法によりいまだに約20人の女性が流産によって刑に服しているという。

中米のエルサルバドルで、「中絶禁止法」によって収監されていた女性に対し、逆転無罪の判決が言い渡され、世界から注目を浴びている。

AFP通信などによると、エルサルバドルの控訴裁判所は8月19日、レイプ被害によって妊娠し、胎児が8カ月の時に死産したエベリン・エルナンデスさん(21)に対し、無罪を言い渡した。

エルナンデスさんは、当初、中絶をしたとして殺人罪で禁錮30年の判決を受け、2年9カ月もの間、収監されていた。(中略)

エルナンデスさんは18歳だった2016年4月、妊娠8カ月のときにクスカトラン県にある自宅のトイレで子どもを出産。彼女は出産するまで妊娠に気が付いていなかったという。

エルナンデスさんはトイレで腹痛を覚え、出産したものの胎児は死産していたと主張していた。
だが検察側は彼女が出産前のケアを受けることを怠ったとして有罪を求めていた。裁判所は2017年、エルナンデスさんに対し殺人罪で禁錮30年の判決を言い渡した。

エルナンデスさんが妊娠したのは、レイプ被害を受けたためだった。しかし、家族が脅迫されていたために恐怖を感じ、警察には被害届を出せなかったという。

控訴審で弁護側は、一審では胎児が出産前に死亡していたとする法医学的証拠が見逃されていたと主張。検察側は一審判決より重い禁固40年を求刑していた。検察側が期限である8月29日までに上告するかが注目されている。

エルサルバドルで問題となっている「中絶禁止法」とは
カトリック教徒の多いエルサルバドルでは1998年以来、あらゆる状況で中絶を禁じている。
中絶禁止法と呼ばれるこの法制度では、違反した場合に禁固2~8年となるが、さらに重罪である加重殺人で有罪となる場合が多く、最大で刑罰は禁錮50年となる。

2013年には、出産直後に死亡する可能性の高い胎児を妊娠しており、自らも難病を抱え、妊娠の継続が困難だった女性が特例的な堕胎許可を求めていたが、裁判所が不許可とした。

当時の保健相も、裁判所に中絶の特例許可と、堕胎手術を行う医師に対する刑事免責を求めていた。女性は妊娠27週で帝王切開し、女児は数時間後に死亡した。

1992年の内戦終結後、内政不安のなかでカトリック教会がキャンペーンを開始し、そのなかで中絶禁止が盛り込まれた法律が1998年に成立。

2016年には、野党が最大禁固8年としている中絶禁止罪の刑罰を50年に引き上げるよう法改正を提案している。

AFP通信によると、2019年3月には、流産したことで加重殺人で有罪となり、禁錮30年の刑となり収監されていた女性3人が釈放された。しかし、同様の罪で約20人の女性が今も刑に服しているという。

米州人権委員会はエルサルバドル政府に対し、中絶によって女性に対し実刑判決を下す制度について見直しを求める報告を、2019年1月に公表している。【2019年08月21日  Shino Tanaka氏 HUFFPOST】
***********************

(現在はだいぶ治安が改善したようですが)ギャングによる殺人・暴力が横行していた当時のエルサルバドルにおいて、死産まで「加重殺人」とする「偽善」にはあきれます。(一般にギャングの横行は、治安当局・権力との癒着・黙認がその温床となっています)

上記記事では“同様の罪で約20人の女性が今も刑に服している”とのことでしたが、さすがにエクアドルでも状況改善が図られたようです。

服役中の女性はすべて釈放されたようです。ただし、裁判中の事例が20件ほど残っているとも。

****出産直後の乳児死亡、「殺人」で服役の母親釈放 エルサルバドル****
エルサルバドルで2015年に出産直後に乳児が死亡したことをめぐり殺人罪で有罪判決が下され、8年間服役してた女性が17日、記者会見を開いた。昨年12月に釈放されて以来、女性がメディアの取材に応じたのは初めて。

弁護士によると女性は2015年、エルサルバドル西部の公立病院で出産した。生まれた女児は合併症のため保育器に入れられ、72時間後に死亡した。

その後、女性は妊娠中の健康管理が不十分だったとして「養育の放棄・怠慢」を問われ、「加重殺人」の罪で有罪となった。当初は30年の刑期を言い渡されたが、裁判所は昨年、判決を見直し、女性の釈放を命じた。

「リリアン」とだけ名前が明かされている女性は17日、「非常に長い道のりだったが、無実が証明されたことに対する満足感は極めて大きい」とAFPに語った。

エルサルバドルの女性権利団体「妊娠中絶の非犯罪化を求める市民グループ」によると、同国では過去に中絶、流産、その他出産時の緊急事態を理由に73人の女性が「加重殺人」で有罪とされた。リリアンさんでようやく全員が釈放されたことになる。

そうした女性たちの釈放を求め、2014年から国際的なキャンペーンを行ってきた同団体のマリアナ・モイサ氏は「一つの流れを終わらせることができて非常に幸せだ」と語った。ただし、まだ裁判中の事例が20件ほど残っているという。

エルサルバドルの刑法では、いかなる状況下であっても妊娠中絶には2〜8年の実刑が科される。しかも検察官や裁判官は、妊娠中絶だけではなく流産でも30〜50年が科される「加重殺人」と判断することが少なくない。 【1月18日 AFP】
********************

【日本 病院以外の場所で不意に流産したことが、死体遺棄容疑に問われる例は後を絶たない】
死産について妊娠中の健康管理が不十分だったとして「加重殺人」の罪で有罪・・・・日本的常識ではいかにも理不尽に思えますが、日本でも出産に関する「事件」で「いかがなものか」と思わざるを得ないような事例もあります。


***************************
ベトナム人技能実習生レー・ティ・トゥイ・リンさん(23)は2020年11月15日、熊本県の自宅で双子を死産しました。

技能実習生として農園で働いていたリンさんは「妊娠がわかれば帰国させられる」と考えて周りに相談せず、病院も受診していませんでした。

遺体をタオルに包み、赤ちゃんの名前や「天国で安らかに眠って」などと書いたおわびの手紙を添え、部屋にあった段ボール箱に入れました。

翌日に病院で死産を明かし、3日後に逮捕。一、二審では「死体遺棄」で有罪。

死体遺棄罪が成立するには土の中に埋めるなどの違法行為を行う「作為」と葬祭義務に反して遺体を放置する「不作為」があります。

作為は土の中に埋めるなどの違法行為を行うこと。不作為は、家族らが弔うための埋葬を行わず、葬祭義務に反して遺体を放置することです。

二審の福岡高裁判決(懲役3カ月執行猶予2年)は不作為を否定しましたが、遺体を段ボールに隠したことが作為の死体遺棄にあたると判断しました。

しかし、箱に入れたとはいえ場所は自宅の室内で、彼女は遺体のそばから離れなかった。遺体をタオルでくるみ、手紙を入れた・・・・などを考えると、敢えてこれが「死体遺棄」として罰するべきものなのか疑問です。

まして、相談する者もいない、妊娠が明らかになれば仕事ができなくなり帰国させられる・・・そういった技能実習生の境遇を考えると、むしろ問題とすべきは彼女を「孤立出産」に追い込んだ日本社会の現状のように思われます。

注目されていた最高裁判断は逆転「無罪」でした。【2023年3月24日ブログ】
************************************

問われるべきは彼女の「死体遺棄」云々ではなく、彼女をそのような状況に追い込んだ日本社会の現状の方でしょう。更に言えば、個々の状況を斟酌せず法律条文を絶対視する日本検察・警察の法律原理主義みたいな対応も。

****病院以外で流産して死体遺棄容疑に問われる例は後を絶たない…必要なのは孤立した女性に寄り添う支援****
死産した双子の遺体を自室に置いていたことが死体遺棄罪に問われ、最高裁が逆転無罪を言い渡したベトナム人元技能実習生を巡る事件は、望まない妊娠、出産で孤立した女性とどう向き合えばよいのかを問いかけた。支援体制の充実を求める声が上がる。(中略)

◆「自宅で流産したこと自体は罪ではない」
病院以外の場所で不意に流産したことが、死体遺棄容疑に問われる例は後を絶たない。こうしたケースで女性が行政機関や病院に相談しても、まず警察に連絡が行くのが通例だ。現場検証や事情聴取で、産後で疲弊する女性にさらに負担がのしかかる。

「自宅で流産したこと自体は罪ではない。産婦人科を受診せず、母子手帳がない女性に病院が不信感、加罰意識を持って対応するのが問題だ」。身元を明かさない「内密出産」などに取り組む慈恵病院(熊本市)の蓮田健院長はそう指摘する。

孤立出産に追い込まれる女性の多くは、虐待やDV、貧困などの問題を抱えている。蓮田院長は、事例を集めた上で「病院と行政、警察の対応についてガイドラインを作るべきだ」と提言する。

相談への不安から、かえって遺棄行為を招く事態も出ている。妊娠を家族に言えないまま自宅で死産し、タオルなどに遺体をくるんで公園に埋めた20歳の女性は2月、横浜地裁で有罪判決を受けた。公判で女性は、当初病院などに相談したが、警察に行くように言われて「逮捕されるかも」と怖くなったと証言した。

同種の事件で女性を弁護してきた佐藤倫子弁護士は「必要なのは医療や精神的サポートなのに、逆に支援から遠ざけることになりかねない」と懸念を示す。(後略)【2023年3月25日 東京】
*********************
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イラン  相次ぐ周辺国への攻撃 アメリカを直接的に刺激することは避ける配慮も

2024-01-17 23:29:07 | イラン

(イランの首都テヘランで、反米・反イスラエルを訴えるプラカードを掲げる人々(2024年1月5日撮影)【1月16日 AFP】)

【相次ぐ周辺国への攻撃】
イランが周辺国を相次いで攻撃しています。・・・とは言っても、相手国政府ではなく、そこに存在するテロ組織施設(とイランが主張するもの)に対する攻撃ですが。しかし、攻撃を受けた相手国からすれば、当然ながら重大な主権侵害となります。

****革命防衛隊、イラクとシリア攻撃=イスラエル機関の「拠点破壊」―イラン****
イランの精鋭部隊、革命防衛隊は16日、隣国イラクとシリア領内を弾道ミサイルで攻撃したと明らかにした。イラクでは北部クルド人自治区アルビル近郊の「イランに対する諜報(ちょうほう)活動とテロ計画の拠点」を標的にしたと表明。イスラエルの対外情報機関モサドの拠点を破壊したと主張した。

イラクのメディアによると、空爆は15日深夜に行われ、民間人4人が死亡した。イラン外務省報道官は16日、「テロに対抗し、主権と安全を守る軍事行動だ」と正当化。一方、イラク政府とクルド自治政府は「主権侵害」と反発し、イランの駐イラク代理大使を呼んで抗議した。

革命防衛隊は、空爆は「司令官らを殉教させたシオニスト(イスラエル)の悪に対する反応だ」と強調した。革命防衛隊の上級軍事顧問が昨年12月、シリアでイスラエルからのミサイル攻撃で死亡し、イランは「イスラエルは犯罪の代償を必ず払う」(ライシ大統領)と報復を宣言していた。

アルビルには米軍部隊も駐留しているが、米軍関連施設への被害は確認されていない。AFP通信によると、米国務省報道官は「無謀な攻撃」と非難した。【1月16日 時事】
********************

“イラン外務省報道官は16日、革命防衛隊が15日、シリア北西部イドリブのイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の拠点にも弾道ミサイルを発射したと述べた。ISは3日、イラン南東部ケルマンで80人以上が死亡した爆発事件で犯行声明を出し、イランは報復を明言していた。

報道官はイラクとシリアへの攻撃について、「主権と治安を守る政策に基づくものだ」とし、「報復する権利はためらわずに行使する」と述べ、警告した。”【1月17日 産経】

革命防衛隊のムサビ上級軍事顧問が昨年12月25日、シリア・ダマスカス郊外でイスラエルからのミサイル攻撃で死亡、1月3日にはイラン南東部ケルマンで、2020年に米軍に殺害されたイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官の追悼式典が行われている最中にイスラム国による自爆テロにより80人以上が死亡・・・ということで、イラン政府としても何らかの「報復」を行わないと国民に対して立場がない・・・といったところなのでしょう。

ただ、「主権と治安を守る政策に基づくものだ」とし、「報復する権利はためらわずに行使する」・・・イランが敵対するイスラエルのガザ攻撃と全く同じ主張です。

パキスタン領内の武装組織拠点に対しても。

****イランがパキスタンの武装組織を攻撃、子供2人死亡 緊張高まる****
イラン革命防衛隊は16日、隣国パキスタン南西部バルチスタン州の武装組織の拠点を攻撃した。イランのタスニム通信が報じた。パキスタン外務省は「罪のない子ども2人が死亡し、少女3人が負傷した」として強く反発しており、核保有国でもある同国とイランとの緊張が高まっている。

イランのタスニム通信によると、標的とされたのはイラン政府と敵対する武装組織「ジャイシュ・アル・アドル」の拠点2カ所。ミサイルとドローン(無人機)で破壊したとしている。同組織は昨年12月にイラン南東部ラスクで治安当局者11人が死亡するテロ事件を起こしており、イランが報復した形だ。

一方、パキスタン外務省は「いわれのない領空侵犯」だとして強く非難する声明を発表した。「パキスタンの主権に対する侵害はまったく容認できず、深刻な結果を招きかねない」として、イラン外務省に抗議を申し立てたことを明らかにした。

地域のすべての国にとってテロが共通の脅威であるとした上で「このような一方的な行動は良い隣国関係に反するもので、2国間の信頼と信用を著しく損なう」としている。【1月17日 毎日】
*****************

【留意点その1 イラク・シリアで続く親イラン組織と米軍の攻撃の応酬】
今回のイランによるイラク・シリア攻撃については、留意しておくべき点が二つあります。

一つは、いきなりイランの攻撃があった訳でもなく、イスラエル・ハマスの戦闘の影に隠れて目立ちませんが、この地域ではこのところ親イラン武装勢力と駐留米軍の間で攻撃の応酬が続いています。

イラクの米軍駐留基地に無人機攻撃、米大使館でも警報【2023年11月9日 ロイター】
米軍がイラク国内の親イラン勢力の施設2カ所を空爆 イラク駐留米軍への攻撃の報復【2023年11月22日 テレ朝NEWS】
米軍、イラクで親イラン武装勢力を空爆 駐留部隊への攻撃阻止【12月4日 ロイター】


****「親イラン武装組織が好き勝手」 米、イラクの統治力に懸念****
米国のオースティン国防長官は8日、イラクのスダニ首相と電話で協議し、親イラン武装組織による駐留米軍への相次ぐ攻撃に関して「イラクの主権と安定を損ない、イラク市民の安全も危険にさらしており、止めなければならない」と強調した。

国務省のミラー報道官も8日の声明で「イラクでは親イラン武装組織が好き勝手に活動している」と指摘し、武装組織の抑止に積極的に動かないイラク政府の「統治力」に疑問を呈した。

イラクでは10月以降、駐留米軍の拠点に対する無人機やロケット弾による攻撃が頻発しており、米軍は親イラン武装組織の攻撃だと指摘している。イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘を巡って、米国はイスラエル、イランはハマスを支持しており、この対立構図がイラクにも波及している形だ。

オースティン氏はスダニ氏との電話協議で、イラクの親イラン民兵組織「神の党旅団(カタイブ・ヒズボラ)」と「ヌジャバ運動」が「大半の攻撃に関与している」と批判し、「米国はこれらの組織に断固として対応する権利を有する」と通告した。在イラク米国大使館が8日未明にロケット弾による攻撃を受けたことも非難し、イラク政府に大使館や外交官らの保護を求めた。

ミラー氏も「米軍はイラク政府の要請に基づいて駐留している。イラク政府は外国公館や米軍を保護する義務があると繰り返し確認してきたが、これは交渉の余地がないことだ」と強調。イラク治安部隊に米側への攻撃に関する捜査を求めた。

イラクでは2003年に米軍などがフセイン政権を打倒して以降、治安が混乱し、さまざまな親イラン民兵組織が活動基盤を築いて、反米運動にも加わった。

14年以降の過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦では、イラク政府を介して米国と親イラン組織が実質的な「共闘」関係になったが、ISの衰退後は再び緊張が高まった。イラク政府は民兵の政府軍への取り込みを図ったが、民兵組織は独自の軍事力を保ち、政府も制御できない状況が続いている。【12月9日 毎日】
******************

その後も双方の攻撃は続いています。
米軍、イラクで親イラン組織の施設空爆 駐留基地攻撃に報復【12月26日 ロイター】
米軍、イラク民兵組織指導者を殺害 バグダッドで攻撃=当局者【1月5日 ロイター】
武装ドローンがイラク北部の米軍基地を攻撃【1月6日 ロイター】

一方、イラク・スダニ首相は声明で「有志連合軍が駐留する正当性がなくなったため、駐留を終わらせるという確固たる立場を強調する」と発表し、イラク首相府はイラクに駐留する米軍主導の有志連合軍を撤収させるための手続きに着手すると発表しています。

しかし、アメリカは撤収に応じていません。

****イラク、米軍の駐留終了に向け手続きへ 米側は継続意向で難航か****
イラクのスダニ首相は5日、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦を支援している米軍の駐留終了に向けた手続きを始めると発表した。ロイター通信などが報じた。

米軍は4日にイラクの首都バグダッドで親イラン武装組織の幹部を殺害したが、イラク政府は「主権侵害で、テロ行為と変わりない」と反発していた。ただ、米政府は駐留を続けたい考えを示しており、イラクとの協議は難航が予想される。

イラクにはIS掃討に関する助言やイラク軍の訓練のため、2500人規模の米軍が駐留している。報道によると、スダニ氏は5日、「イラクの主権に関わる問題を無視することはできない」と述べ、米軍による武装組織幹部の殺害を改めて批判。駐留終了に関して、イラク政府と米側で構成する委員会で具体的に協議する方針を示した。

米国防総省のライダー報道官は4日の記者会見で、武装組織の幹部殺害について「(幹部は)駐留米軍への攻撃計画や実行に積極的に関与していた。我々には自衛権がある」と説明。その上で「10年前の夏に米軍が対IS作戦を始めた時、ISはバグダッドまで約24キロの地点に迫っていた。誰もISが復活することは望んでいない。我々は今後もIS掃討に集中していく」と述べ、駐留を続けたい意向を示していた。

2023年10月にイスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスとの戦闘が激化して以降、イラクでは親イラン武装組織による駐留米軍の拠点への攻撃が頻発。イスラエルの後ろ盾である米国と、ハマスを支援するイランの対立が背景にある。

米国はイラク政府に取り締まり強化を要求したが、親イラン武装組織には政府の完全な統制は及んでいない。これらの武装組織が治安維持で政府に協力していることもあり、イラク政府は米国と武装組織の板挟みになっている格好だ。【1月6日 毎日】
******************

****米、イラク駐留部隊の撤収計画ない=国防総省****
米国防総省は8日、米国はイラクに駐留する2500人の部隊を撤収する計画はないと述べた。

イラクは先週5日、国内に駐留する米軍主導の有志連合軍の撤収に向けた手続きに着手すると表明。スダニ首相は声明で「有志連合軍が駐留する正当性がなくなったため、駐留を終わらせるという確固たる立場を強調する」としていた。

これについて国防総省のパトリック・ライダー報道官は記者会見で「現時点で撤収計画について承知していない」とし、「われわれは過激派組織『イスラム国(IS)』掃討に集中している」と述べた。

その上で、米軍はイラク政府の招きで駐留しているとし、国防総省はイラク政府から米軍撤収の決定の通知は受けていないと述べた。【1月9日 ロイター】
******************

こうしたイラクにおける親イラン組織とアメリカの最近の攻撃応酬を考えると、冒頭のイランの直接攻撃は米軍を狙ってもよさそうなところですが、さすがにイランもそこまでアメリカを刺激はしたくない模様で、米軍施設は避けています。

シリアでも親イラン武装勢力と米軍の間で同様の攻撃応酬があります。

****アメリカ軍がシリア東部の施設を空爆「武装勢力による米軍への攻撃への対応」****
アメリカ軍がシリア東部にある武器貯蔵施設への空爆を行いました。中東に駐留するアメリカ軍への攻撃への対応だとしています。

アメリカのオースティン国防長官はバイデン大統領の指示で、8日にシリア東部にある武器貯蔵施設をアメリカ軍のF15戦闘機が空爆したと明らかにしました。

この施設はイランのイスラム革命防衛隊とその関連組織が使用していると指摘し、空爆はイラクとシリアに駐留するアメリカ軍への攻撃への対応だとしています。

アメリカ国防総省によりますと、イランが支援する武装勢力によるアメリカ軍に対する攻撃は今月7日までに40回にのぼっていて、アメリカ軍は先月26日にもシリア東部の施設2か所の空爆を実施しています。【2023年11月9日 TBS NEWS DIG】
******************

【留意点その2 イランだけでなくトルコも同様攻撃実施】
イランのイラク・シリア攻撃のニュースについて留意すべきことの二つ目は、同じような攻撃はイランだけでなくトルコもPKK関連で行っており、(その良し悪しは別にして)こうしたことはこの地域ではさほど珍しいことでもないということです。

****イラクでトルコ兵12人死亡 武装組織の攻撃相次ぐ****
トルコ国防省は23日、トルコに隣接するイラク北部で22日から、トルコの非合法武装組織クルド労働者党(PKK)によるトルコ軍に対する攻撃が相次ぎ、兵士計12人が死亡したと発表した。軍は反撃し、イラクとシリアのPKK拠点を破壊したと主張した。

イラク北部にはPKKの拠点があり、シリアにも関連組織がある。トルコ軍が掃討作戦を続けている。エルドアン大統領は23日、「最後のテロリストが排除されるまで」作戦を続けると表明した。

22日の攻撃で兵士6人が死亡、23日にはPKKが軍の基地に侵入を試み、兵士6人が死亡した。【12月24日 共同】
*****************

こうした攻撃を受けて・・・

****トルコ軍 イラク北部、シリア北東部に集中的空爆 “クルド人武装勢力との衝突への報復措置”****
トルコ軍は25日、政府と対立するクルド人勢力が支配するイラク北部やシリア北東部に集中的な空爆を行いました。先週起きたクルド人武装勢力との衝突への報復措置だとしています。

ロイター通信によりますと、トルコ当局は、軍が25日、政府と対立するクルド人武装組織PKK(=クルド労働者党)が拠点とするシリア北東部とイラク北部の施設およそ50か所を空爆したとを明らかにしました。

トルコ軍はイラク北部で23日に起きたクルド人武装勢力との衝突で兵士12人が死亡したことへの報復措置だとしています。

クルド系メディアによりますと、空爆を受けたのは主に油田や発電所、病院などのインフラ施設で、シリア北部ではおよそ2600の自治体が停電となり、少なくとも民間人8人が死亡、女性や子供を含む18人がケガをしたということです。

また、別のクルド系メディアによりますと、クルド系住民が多く住むトルコ南部のディヤルバクルで25日、親クルド政党の集会に参加者した52人が「テロ組織を賞賛した」として警察に拘束されました。

トルコ政府は国内外のクルド系住民への弾圧を強めていて、双方の間で緊張が高まってます。【12月27日 日テレNEWS】
*****************

【アメリカとの対立を煽るつもりはないという意思表示ともとれるが・・・】
イラク・シリアでは親イラン武装勢力と米軍の間で攻撃の応酬が続いていること、イラク・シリア領内を攻撃しているのはイランだけでなくトルコも同じ・・・といったことを留意したうえで・・・

****イラン、周辺国を相次ぎ攻撃 「報復と処罰」 中東不安定化に拍車****
イランが周辺国を相次ぎ攻撃して緊張が高まっている。イラクとシリアへの攻撃に続き、16日にはパキスタン南西部バルチスタン州をミサイルと無人機で攻撃したと発表した。パキスタン外務省は17日、5人が死傷したとして「強く非難する」との声明を出した。

イランはイスラム原理主義組織ハマスへの攻撃を続けるイスラエルや後ろ盾の米国と対立し、中東の親イラン民兵組織は紅海などで攻撃を強化している。イラン自らも行動をとることで地域の不安定化に拍車がかかっている。

国営イラン通信などによると、イランはバルチスタン州にあるスンニ派民兵組織の基地2カ所を攻撃した。この組織はシーア派大国イランでも反体制活動を行っており、昨年12月にはイラン南東部で警察署を襲撃、18人が死傷した。イラン政府は「国内外を問わず、犯罪者は処罰する」との立場を強調した。

最高指導者に近いイランの革命防衛隊は15日、イラク北部のクルド人自治区アルビルに弾道ミサイルを発射した。イスラエルの特務機関モサドの「スパイの拠点」が標的だったとしている。昨年12月にはイスラエルによるとみられるシリアへの攻撃で革命防衛隊の幹部が死亡し、イランのライシ大統領は「代償を支払うことになる」と述べ、報復を誓っていた。

この攻撃でイスラエルとの貿易を手掛ける富豪ら少なくとも4人が死亡した。イラク政府は駐イラン大使を呼び戻して抗議の意を示し、米仏もイラクの主権を侵害する「無謀」な攻撃だとイランを非難した。

現場は米国の領事館の近くだが、施設や職員は無事だった。イスラエルへの報復であり、米国との対立を煽(あお)るつもりはないという意思表示とも受け取れる。

革命防衛隊は15日、シリア北西部イドリブにも弾道ミサイルを発射した。標的はスンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の拠点で、ISは3日、イラン南東部ケルマンで90人近くが死亡した爆発事件で犯行声明を出していた。

イラン外務省報道官は16日、イラクとシリアへの攻撃は主権と治安を守るのが目的だとし、「報復する権利はためらわずに行使する」と述べて警告した。

イランは連携する中東各地の民兵組織に兵器や資金を支援しているとみられるが、国民や要人が攻撃を受けない限り戦闘には深入りを避ける姿勢もうかがえる。【1月17日 産経】
******************

前述のように、“現場は米国の領事館の近くだが、施設や職員は無事だった。イスラエルへの報復であり、米国との対立を煽(あお)るつもりはないという意思表示とも受け取れる。”"国民や要人が攻撃を受けない限り戦闘には深入りを避ける姿勢" といったあたりが“ミソ”のようにも。

対立を煽(あお)るつもりはない・・・とは言いつつも、「もし、そっちが一線を超えた場合は、こっちも容赦しない」という意思表示もこめて・・・といったところでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エクアドル  衝撃的な武装集団の生放送中TV局占拠事件

2024-01-16 22:48:34 | ラテンアメリカ


(襲撃者に銃を突き付けられる生放送番組の司会者 【1月16日 Newsweek】)

【かつての安全な国・エクアドルで急速な治安悪化】
メキシコの麻薬戦争や大量の難民を生み出しているグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルなど中米の北部三角地帯諸国など、中南米諸国は麻薬絡みのギャングが市民生活を圧迫し、信じがたいほどの殺人件数など治安状況が極度に悪化していますが、そうした中南米にあって比較的安全とされていたエクアドルでも急速に治安が悪化していることは、2023年8月24日ブログ“麻薬組織・ギャングに蝕まれる中南米諸国”でも取り上げたところです。

エクアドルでは、大統領選の候補で元議員のフェルナンド・ビジャビセンシオ氏が23年8月9日に銃で撃たれて死亡する事件も。

****狙われた港湾都市 コカイン密輸の拠点に****
これまでエクアドルは南米の中では安全な国とされてきたが、ここ数年、治安が急速に悪化している。殺人の発生率は2016年に比べて6倍になった。特に危険な都市とされるのは同国最大の港湾都市グアヤキルで、今年上半期の暴力事件による死亡者数は1390人となり、すでに昨年1年間の数字とほぼ同じ水準になった。

新型コロナの感染拡大以降、刑務所内を犯罪組織のメンバーが支配するようになり、刑務所で暴動事件が頻発し、数百人単位で受刑者が死亡している。

治安悪化の背景には麻薬密売組織のエクアドルへの進出がある。コカインなどの密輸のためにメキシコやコロンビアの密売組織が、エクアドルの港を利用し始めた。これまで平穏だったため取り締まりが甘かったという盲点をつかれた。

地元の専門家はグアヤキルなどエクアドルの太平洋側の都市は、需要が増え続ける欧州やアジア向けのコカインを送り出す重要拠点になっていると話している。グアヤキルなどでは大量のバナナが世界に向けて船積みされるが、積み荷のバナナがコカインなど麻薬の隠れ蓑になるケースも多い。(後略)【8月23日 テレ朝news】
*********************

***南米のオアシス、4年間で殺人4倍に…「町全体がギャングにおびえて暮らしている」****
麻薬密売の一大拠点に
バナナの産地で「南米のオアシス」と呼ばれたエクアドルの治安が急速に悪化している。麻薬密売の一大拠点となり、殺人事件の発生件数は4年間で4倍以上に増えた。ギャングによる誘拐事件も後を絶たない。新政権が年内に発足するが、治安回復が最優先課題となっている。

大統領候補射殺
今年8月9日、大統領選に立候補していたジャーナリスト出身のフェルナンド・ビジャビセンシオ氏(59)が首都キトで演説を終え、車に乗り込もうとしたところを射殺された。

「麻薬王でも殺し屋でも来るがいい。私はここにいる」――。支持者らを前にそう語った数時間後のことだった。ビジャビセンシオ氏は選挙戦で組織犯罪の撲滅を訴え、メキシコの麻薬密売組織「シナロア・カルテル」とつながる地元ギャングから殺害予告を受けていた。実行犯として、コロンビア人ら13人が逮捕・起訴された。

それから2か月後の10月6日、逮捕されたうちの6人が最大都市グアヤキルの刑務所内で遺体で発見された。翌日にはキトの刑務所内でも1人が死亡した。捜査協力をしている米国務省はこの約1週間前、首謀者の逮捕につながる情報提供者に500万ドル(約7億5000万円)の報奨金を提供すると発表しており、口封じで殺害されたとの見方も出ている。

エクアドルの刑務所にはギャングの幹部が服役し、暗殺や誘拐、強盗などの司令塔になることもある。刑務所内では麻薬密売ルートを巡ってしのぎを削るギャングの抗争も起き、地元警察によると2020年以降の3年間で、526人が刑務所内で死亡。刑務所も無法地帯となっている。

エクアドルは世界最大のコカイン生産地のコロンビア、2番目に多いペルーと国境を接しながら、これまでは治安は安定し、「オアシス」とも呼ばれていた。しかし、19年頃から外国の麻薬カルテルが地元ギャングと結託して勢力を拡大。縄張り争いを繰り広げた。

地元警察によると、エクアドルの22年の殺人件数は4761件で、4年間で4倍以上に増えた。23年は人口10万人あたりの殺人発生率が40件に達する見通しで、ジャマイカ、南アフリカに次いで世界ワースト3の水準になる。

報復で拉致
「街全体がギャングにおびえながら暮らしている」
グアヤキル南部の主婦(53)はそう語る。夫(59)は4年前、小学校の校門前で三女(14)の帰りを待っていたところ、ギャングに拉致された。殴られ、背中を切られた後、ガソリンをかけられ、火を付けられた。なんとか逃れたが、今も両脚にやけどの痕が残る。一緒に拉致された保護者の男性2人は射殺された。

一帯で幅を利かせるギャング「ロス・チョネロス」のメンバーが学校内で児童を使って麻薬密売をさせたことに対し、夫らが抗議したことへの報復だった。

「誰かに話したら殺す」。事件後も、深夜に男が自宅に来て銃を乱射した。同居していた五男(22)は拉致されるおそれがあったため、女装させて田舎に逃がした。今も自宅周辺で尾行や脅迫が続き、「黒い車を見るだけで怖くてたまらない。心が安まることがない」という。

港に近い都市ドゥランも深刻だ。昨年2月、街の歩道橋から、手足を縛られてつるされた2人の男の遺体が見つかった。メキシコの麻薬組織が見せしめとして使う手口だ。地元メディアは、麻薬組織がこの街は自分たちの縄張りだと示す意図だと報じている。

ドゥランに住む販売員カルロス・パディジャさん(44)は「気がつけば殺人が日常生活の一部になってしまった」と語る。次男イカエルさん(14)が空き地でサッカーをしていたところ、ギャングの銃撃戦が始まり、近くにいた青年が殺害された。自宅から200メートルの路上では、フライドポテトを買いに行った若者がギャングの一味と間違えられて射殺された事件も起きた。いずれも今年9月の事件だ。
パディジャさんは「昔のように、強盗や誘拐におびえることなく、家族と歩ける街に戻ってほしい」と話す。

監視届かず
エクアドルでは現在、十数のギャングが暗躍する。グアヤキルがあるグアヤス県のマルセラ・アギニャガ知事は「政府内にまでギャングの影響力が及び、迅速に対処しなかったことが深刻な危機を招いた。刑務所を統制し、警察を改革する必要がある」と訴える。

治安悪化の背景には、反米左派のラファエル・コレア政権下の09年、エクアドルから米軍基地がなくなり、麻薬ルートの監視が行き届かなくなったことがある。16年には、エクアドルのコカイン密輸を支配していた左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」が武装解除し、ギャングが幅を利かせるようになった。

以前は治安が安定していたため国境管理は甘く、エクアドル各地の港湾は密輸の拠点として使われるようになった。隣国のコロンビアやペルーから陸路で流入した麻薬や武器が、世界最大の輸出量を誇るバナナの海上輸送用コンテナを装って欧州などに密輸される。

国連によると、西欧と中欧の税関当局が21年に押収したコカインの約4分の1はエクアドルルート。スペインでは今年8月、バナナのコンテナから、同国で史上最多の約9・5トンのコカインが押収された。日本でも20年、横浜港でエクアドルのバナナを装ったコカインが摘発されている。(後略)【2023年11月9日 読売】
******************

【「バナナ王」の息子が新大統領へ 治安改善対策を公約に】
バナナを装ったコカイン・・・ということですが、昨年10月15日の大統領選では、「バナナ王」と呼ばれる実業家の長男で右派のダニエル・ノボア氏(35)が勝利しました。公約には、国境や港湾への軍隊駐留とレーダーなどハイテク機器の配備、凶悪な受刑者向けの船上刑務所の設置などが並んでいます。

****「バナナ王」の息子が勝利 エクアドル大統領選 35歳・ノボア氏****
南米エクアドルで15日、大統領選の決選投票があり、元国会議員の右派、ダニエル・ノボア氏(35)が同じく元国会議員で唯一の女性候補の左派、ルイサ・ゴンサレス氏(45)を破り、当選を確実にした。(中略)

ノボア氏は「バナナ王」と呼ばれるエクアドル有数の実業家、アルバロ・ノボア氏の息子。現職の中道右派ラソ大統領の経済開放路線を踏襲する見通しだ。(中略)

ノボア氏は、軍を配備して麻薬の密輸の拠点となる港湾などの管理を強化するほか、治安悪化の一因である貧困対策として、若者の雇用創出や外国直接投資の呼び込みなどを訴えていた。(後略)【2023年10月16日 毎日】
********************

【衝撃的な武装集団の生放送中TV局占拠事件 リアルタイムで国民へ放映】
「バナナ王」の息子でもある新大統領がどこまで治安改善を実現できるか注目・・・という中で起きたのが武装集団の生放送中TV局占拠事件。人気番組「ニュース、その後で」の放送中に乱入し、出演者たちを床に座らせる武装集団の手にはライフルや銃、さらには手榴弾・・・・その様子は放送され、リアルタイムで国民が知ることに。

****武装集団がテレビ局に侵入 生放送中のスタジオを一時占拠 エクアドル****
南米エクアドルで武装集団がテレビ局に侵入し、生放送中のスタジオを一時占拠しました。

9日、エクアドル西部グアヤキルにある地元テレビ局に銃を持った武装集団が侵入し、生放送中のスタジオを一時占拠しました。

地元当局によりますと、その後、警察などが武装集団を制圧しこれまでに13人を逮捕したということです。アメリカメディアはけが人はいないと報じています。

エクアドルでは7日、服役中の犯罪組織のリーダーが刑務所から逃亡し、少なくとも7人の警察官が誘拐される事件が発生していました。

これを受けてノボア大統領は8日、全土に60日間の非常事態を宣言していました。(ANNニュース)【1月10日 BEMA TIMES】
********************

事件のことは上記のようなニュースで知っていましたが、改めて冒頭で紹介しているような現場映像を見ると、その緊迫感に驚きます。

****エクアドル大統領、「武力衝突」状態を宣言 TV局乱入受け****
エクアドルのダニエル・ノボア大統領は9日、犯罪組織のリーダーが脱獄して以来、誘拐事件が相次ぐなど治安が極度に悪化している中、同日には武装集団がテレビ局に押し入ったのを受け、国内は「武力衝突」の状態にあるとし、犯罪組織の制圧を軍に命じた。

エクアドル最大の犯罪組織「ロス・チョネロス」のリーダー、ホセ・アドルフォ・マシアス容疑者が7日、南西部グアヤキルの刑務所から脱獄。

これを受けてノボア氏は8日、非常事態宣言と夜間外出禁止令を発令し、犯罪組織の徹底的な取り締まり方針を表明していた。

しかし、この日は各地で爆発などが相次いだほか、警官7人が誘拐された。SNSには、捕らえられた警官の1人が銃を突きつけられ、ノボア大統領に宛てた声明を読み上げさせられる動画が投稿された。声明は「われわれは警官、市民、兵士を戦争の獲物にする」と取り締まりへの報復を宣言、午後11時以降に外出している者は「処刑する」としている。

一方、グアヤキルでは武装集団がテレビ局「TCテレビシオン」のスタジオに乱入。その模様は生放送され、銃声や職員の悲鳴が聞かれた。結局、約30分後に警官が駆け付け、容疑者13人を逮捕。死傷者は出ていない。

36歳のノボア氏は昨年11月に大統領に就任。麻薬絡みの犯罪や暴力との闘いを公約に掲げている。 【1月10日 AFP
*********************

影響は隣国ペルーにも。
ペルー政府は9日、隣国エクアドルで主にギャング組織による暴力行為が急増しているとして、同国と接する北側国境に非常事態宣言を発令しました。

【中米エルサルバドルでは批判もある強硬姿勢で治安回復】
一方、中南米諸国のなかでも、これまでギャングが横行していた中米エルサルバドルでは治安回復に成功したとか。
ただし、相当に強引な対応によるもののようです。

****エルサルバドル 治安改善****
麻薬密輸を資金源とするギャングが横行する中南米で、エルサルバドルが治安回復に成功し、注目を集めている。

エルサルバドルでは2019年に就任したナジブ・ブケレ大統領の下、非常事態宣言を発令し、ギャングのメンバー約6万1300人を逮捕。200以上の拠点を解体した。政府によると、15年は10万人あたりの殺人発生率は世界最悪水準の106・30件に達したが、22年には7・8件まで大幅に改善した。

ジャマイカやホンジュラスもエルサルバドルを参考にして、ギャング対策のため、非常事態宣言を発令した。

一方、ブケレ氏のギャングに対する強硬姿勢への批判もある。国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は今年1月、適正な刑事手続きをとらずに未成年を含む数千人が大量に拘束され、刑務所が過密状態になっているとの報告書を発表し、「深刻な虐待」と指摘した。今年1月末には、米州最大とされる4万人を収容できる巨大刑務所が開所し、摘発はさらに進めていくとみられる。

エルサルバドルでは来年2月に大統領選を控える。大統領の連続再選は憲法で禁じられていたが、ブケレ氏は早々に立候補を表明。最高裁は認める判断を下し、今月3日、選挙当局も立候補を承認した。強権に対する批判はあるが、複数の世論調査でブケレ氏の支持率は9割を超えており、再選は確実視されている。【2023年11月9日 読売】
********************

フィリピンのドゥテルテ前大統領のもとでは、謎の組織が超法規的に麻薬関係者と考える者を「処刑」することが横行しましたが、エルサルバドルではそこまではない・・・・のでしょうか? よく知りませんん。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

格差社会  世界と日本の現況

2024-01-15 22:09:17 | 日本

(【2023年8月23日 島澤諭氏 YAHOO!ニュース】日本のジニ係数の推移)

【世界で最も裕福な5人の総資産が2020年比で2倍超の8690億ドルに増えた一方、全世界で50億人が以前より貧しくなった】
自分とはまったく縁もない世界で最も裕福な方々の話。

どのくらい資産をお持ちなのか・・・こういう方々は自社株など価値が大きく増減する資産を多くお持ちですので、調査地点によって異なりますが【2023年7月25日 Forbes】によれば・・・

トップは電気自動車(EV)大手テスラを率いるイーロン・マスク氏で2407億ドル(約34兆円)
次いで、フランスの高級ブランドグループ、モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH)の会長兼最高経営責任者(CEO)を務めるアルノー氏が2349億ドル。

3位はアマゾン・ドット・コムの創業者ジェフ・ベゾス氏で、保有資産額は1519億ドル。
4~7位は上位から順に、オラクル創業者のラリー・エリソン氏(1481億ドル)、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏(1206億ドル)、バークシャー・ハサウェイのウォーレン・バフェットCEO(1173億ドル)、マイクロソフトのスティーブ・バルマー前CEO(1049億ドル)・・・だそうです。

34兆円・・・想像もつきません。
他人の懐具合を云々しても仕方ないとは言えますが、一方で日々の生活にも困る者、更には飢餓に直面している者も世界には多数(「多数」という言葉では不十分なくらい大勢)いる現実を考えると、すっきりしないものも感じます。

もちろん、こういう富裕層の積極的経済活動によって経済全体が活性化し、結果的に皆が少しずつ豊かになる・・・という話(本当に現実がそうなっているのかは定かではありませんが)はありますが、それでも・・・

国連報告によれば、2022年、世界人口の約29.6%、24億人に相当する人びとに食料への安定したアクセスがなく、中等度または重度の食料不安に陥っていました。

****飢餓人口2019年と比較して1億2200万人増加 複数の危機が要因で =国連報告書****
飢餓に直面している人口は2019年に6億1,300万人であったのに対し、現在は約7億3,500万人に増加していると最新の調査が明らかにしました。

国連の5つの専門機関が共同で本日公開した、最新の「世界の食料安全保障と栄養の現状(SOFI)」報告書によると、新型コロナウイルス流行や度重なる気候危機、ウクライナでの戦争を含む各地での紛争の影響で、世界で飢餓に直面している人口は、2019年以降、約1億2200万人増加しました。

もしこの傾向が続けば、2030年までに持続可能な開発目標「飢餓をゼロに」は達成できないだろうと、国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連児童基金(UNICEF)、世界保健機関(WHO)、世界食糧計画(WFP)は警告しています。

飢餓との闘いへの警鐘
2023年のSOFI報告書によると、2022年に飢餓に直面した人は6億9100万人から7億8300万人で、その中間値は7億3500万人でした。この数は、新型コロナウイルスの流行前の2019年と比較して1億2200万人増加しています。

2021年から2022年にかけて世界全体の飢餓人口は安定したものの、世界には食料危機が深刻化している地域が多くあります。アジアとラテンアメリカでは飢餓が減少した一方、西アジア、カリブ諸国、そしてアフリカの全地域で、2022年も飢餓は増加し続けました。アフリカは依然として最も深刻な影響を受けている地域で、5人に1人が飢餓に直面しています。これは世界平均の2倍以上です。

「希望の光がないわけではなく、2030年の栄養目標達成に向けて前進している地域もあります。しかし、全体としては、持続可能な開発目標を達成を目指すには、今すぐ集中した世界的な取り組みが必要です。私たちは紛争から気候変動に至るまで、食料不安の要因となる危機やショックに対するレジリエンス(強靭性)を構築しなければなりません」と国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏はニューヨークの国連本部で行われた報告発表会のビデオメッセージで述べました。 

(中略)報告書の序文で次のように述べています。「2030年までに飢餓をゼロにするという持続可能な開発の達成は、間違いなく困難な課題です。実際、2030年においても6億人近くが飢餓に直面していると予測されています。食料不安と栄養不良の主な要因となっているものは私たちの“ニューノーマル”であり、持続可能な開発目標2の達成のためには、私たちはアグリフードシステムを変革し、それらを活用する努力を倍増させる以外に選択肢はありません。」

飢餓を超えて
食料安全保障と栄養の状況は、2022年も厳しいものでした。報告書によると、世界人口の約29.6%、24億人に相当する人びとに食料への安定したアクセスがなく、中等度または重度の食料不安に陥っていました。このうち、約9億人が深刻な食料不安に直面していました。

また、健康的な食生活へのアクセスは世界中で悪化しています。2021年には、世界の31億人以上(世界人口の42%)が健康的な食事に手が届きませんでした。この数は、2019年に比べて1億3400万人増加しています。

何百万人もの5歳以下の子どもたちが栄養不良に苦しんでいます。2022年、1億4,800万人の5歳以下の子ども(22.3%)が発育阻害に陥っており、4,500万人(6.8%)が消耗症、3,700万人(5.6%)が体重過多でした。

生後6ヵ月未満の乳児の完全母乳率は48%となり、2025年の目標に近づいています。しかし、2030年までに栄養不良に終止符を打つという目標を達成するためには、より一層の努力が必要です。(後略)【2023 年7月12日 WFP】
**********************

どうも現実は改善というより悪化しているように見えます。
冒頭の富裕層を再び引き合いにだすと・・・

****富裕層上位5人の資産が20年比2倍超、抑制必要 NGOが報告書****
オックスファムは15日公表の報告書で、世界で最も裕福な5人の総資産が2020年比で2倍超の8690億ドルに増えた一方、全世界で50億人が以前より貧しくなったと指摘し、各国政府に富の集中是正策を講じるよう呼びかけた。

報告書は15日開幕の世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)に合わせて発表。世界の企業上位10社のうち、富裕層が経営者あるいは主要株主の企業が7社を占めているとした。

各国政府に対し、独占企業の解体や超過利潤および過剰な富への課税導入、社員持ち株制度など株主による支配に代わる制度の推進によって、企業の権力を抑制するよう呼びかけた。

最も裕福な5人は米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)、仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンCEOのベルナール・アルノー氏、米アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏、米オラクルの共同創業者ラリー・エリソン氏、著名投資家ウォーレン・バフェット氏で、インフレ調整後の資産が大きく増えた。

一方、過去2年間で8億人近い労働者の賃金の伸びがインフレ率に追いつかず、年間で労働者1人当たり平均25日分の所得が失われたと指摘した。【1月15日 ロイター】
*****************

【日本 実質賃金19カ月連続マイナス】
“労働者の賃金の伸びがインフレ率に追いつかず・・・”
周知のように日本もこの状況が続いています。

****10月実質賃金2.3%減少、物価上昇で19カ月連続マイナス 残業減も響く=毎月勤労統計****
厚生労働省が(12月)8日に公表した10月の毎月勤労統計(速報)によると、実質賃金は前年比2.3%減少し、19カ月連続のマイナスとなった。物価上昇に賃金の伸びが追いついていない状態が続いている。製造業の残業減なども響いた。賃上げ効果などでマイナス幅は9月の2.9%から縮小した。

労働者1人当たり平均の名目賃金を示す現金給与総額は、前年比1.5%増の27万9172円。9月は0.6%増だった。

一方、消費者物価指数は前年比3.9%上昇と9月の3.6%からプラス幅が拡大し、実質賃金は前年比マイナスとなった。

現金給与総額のうち、所定内給与は前年比1.4%増(9月は同1.0%増)の25万2825円と伸びが拡大した。春闘による賃上げの影響が寄与した。

一方、所定外給与は同0.1%減(9月は同0.5%減)の1万9466円と2カ月連続のマイナスだった。10月は所定外労働時間が前年比1.8%減少しており、厚労省は製造業などの残業時間減少が影響したとみている。【12月8日 ロイター】
*******************

一般的に賃金は物価上昇の後追いになるので、物価上昇時の当初は実質賃金はマイナスになる傾向がありますが、やがて物価上昇に賃金上昇が追いついてプラスになるはず・・・ですが、19カ月連続マイナスというのは、物価上昇が収まらないせいか、名目賃金の引上げが不十分なのか・・・。

【高齢化進行でジニ係数増加も、年金給付などの再分配で格差状況維持 若年層では世代内格差拡大も】
「寡(すくな)きを患(うれ)えずして均(ひと)しからざるを患う」
論語のなかで孔子が政治の要諦について語ったことばですが、これは為政者の心得を表したもの。
一方で、国民の側からしても、やはり「均(ひと)しからざるを患う」というのが人間心理でしょう。

かつて、日本は世界でも「平等」な国、格差が少ない国として高く評価されていましたが、ジニ係数拡大など、最近は様相がやや異なるような報道も。

****世帯間の所得格差 過去最大の平成26年に次ぐ水準に 厚生労働省****
厚生労働省は、おととし行った所得格差の調査結果を発表し、公的年金などを除いた世帯間の所得の格差は過去最大だった平成26年の調査に次ぐ水準であることがわかりました。

厚生労働省は、公的年金などの社会保障や税による再分配で所得の格差がどの程度改善されているのか明らかにするため、おおむね3年に1度「所得再分配調査」を行っています。

おととし令和3年は7月から8月にかけて調査を行い、全国のおよそ3300世帯から回答を得ました。

その結果、世帯間の所得の格差を表す「ジニ係数」と呼ばれる指標は0.5700でした。

「ジニ係数」は「0」から「1」までの間で表され「1」に近づくほど所得格差が大きいことを示すもので、格差が過去最大だった平成26年の0.5704に次ぐ水準となりました。

一方、公的年金などの社会保障や税による再分配をしたあとの「ジニ係数」は0.3813となり、再分配により格差が33.1%改善されているということです。

また、今回の調査で、公的年金などを除いた1世帯当たりの年間の平均所得は423万4000円でしたが、公的年金などによる再分配をしたあとの平均所得は504万2000円だったということです。

厚生労働省は「高齢化が進むと一般的にジニ係数が悪化するが、年金などの受給で改善されている。社会保障が十分機能していると言えるのではないか」と話しています。【2023年8月22日 NHK】
********************

確かに、再分配をしたあとの「ジニ係数」は、さほど大きく悪化はしていません。
ただ、年金などの受給で改善されている・・・・とは言っても、「日本は先進7か国で米国、英国に次いで所得格差が大きい国です」【2023年12月4日 yomiDr.】とも。

なお、再分配の仕組みは、再分配給付額約190万円のうち、年金が6割を占めるというように、高齢者に手厚いようにみえますが、給付には児童手当や奨学金の一部、出産手当金、育児休業給付金などもあり、若者も再分配の恩恵を受けている・・・そうです。【同上より】

年金などの再分配については、いつまで今のレベルを維持できるのか・・・という問題もありますし、世代間の政治的意見対立を招くことにもなります。

格差については、若者と高齢者という世代間格差がよく取り上げられますが、若者について、世代内の格差も拡大しているとの指摘も。

****少子化問題に影を落とす若年層の経済状況****
(中略)
2│世代内格差の拡大
第二に、若年層、と一括りにできるほど、現在の若年層の経済状況は似通ってはいない点も指摘できるだろう。若い世代における経済状況の世代内格差は拡大傾向にある。そのため、貧しい若年層はかつてよりも経済的に厳しい状況に置かれていることが想定される。

格差の度合いを測るための指標としては、ジニ係数が広く用いられている。(中略)

厚生労働省の調査から各世代内における所得(当初所得)のジニ係数の推移を確認すると、中高年世代はジニ係数が小さくなる傾向がみられる世代が多いのに対し、30代が世帯主である世帯のジニ係数は、大きくなっている。これは、30代における労働所得の格差が大きくなっている、すなわち世代内格差が広がっていることを意味している。

格差の拡大という点においては、非正規雇用労働者の賃金が低いことが、依然として大きな課題であり続けている。正社員・正職員と比較して、非正規雇用に当たる正社員・正職員以外の労働者の賃金は、男女いずれの場合も低い水準に留まっている。

それに加えて、非正規雇用労働者の賃金カーブはほぼ横ばいに推移していることから、労働者にとって、将来賃金が上昇するだろうとの期待感も乏しいものとなってしまう。結果として、労働者の抱く将来への経済的な不安は大きくなってしまう。
もっとも、将来の賃金上昇期待が乏しく、将来の経済不安を抱えているのは非正規雇用労働者に限った話ではないかもしれない。

前述の図表4の通り、確かに20代においては男女ともに実質賃金水準は上昇傾向にある。しかし、他の年代を確認すると、女性については社会進出が進んだこともあり全年代で上昇傾向が見られるものの、男性の実質賃金水準は中高年世代のほとんどで低下しているのが現状だ。(後略)【2023年11月02日 坂田 紘野氏 ニッセイ基礎研究所】
********************

日本の現況・将来については、どうも明るい話題が少ないです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サウジアラビア  全方位外交 イスラエルとの関係正常化は? 米のフーシ派攻撃へ自制を求める

2024-01-14 23:34:54 | 中東情勢

(【2023年3月16日 WSJ】 米中ロいずれの側にもつかず、宿敵イランと(本音は別にして)手を結びつつ、パレスチナを支えるアラブの「盟主」でありながらイスラエルとも関係正常化をめざす・・・現実主義的な全方位外交を展開するサウジアラビア・ムハンマド皇太子)

【八方美人的全方位外交、あるいは積極的中立主義】
サウジアラビア・・・言わずと知れた石油大国で2022年の原油輸出量は世界最大、日本も総輸入原油の4割をサウジアラビアに依っています。

さらにイスラム教の二大聖地メッカとメディナが存在し、イスラム教、特にスンニ派の盟主・守護者を自任しています。

こうしたことで、その世界経済・国際関係、および中東世界における存在感は単なる「地域大国」以上のものがあります。

国内的には、これまでにも取り上げてきたように、ムハンマド皇太子が実権を握り、石油依存からの脱却を目指す成長戦略「ビジョン2030」を進めており、女性の自動車運転を認めるなどの「上からの改革」を推進しています。

2018年にトルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館内で起きたカショギ氏殺害事件に関与したとされるように、ムハンマド皇太子の人権感覚、その彼が進める改革の評価については議論があるところですが、今回取り上げるのは外交。

仇敵イランと中国の仲介で外交関係を正常化させ、さらにアラブ諸国と敵対してきたイスラエルとの国交正常化を進めており、ウクライナ危機でウクライナとロシアの双方と対話を維持しています。

従来からの同盟国でもあるアメリカとの関係はカショギ氏殺害事件などでギクシャクしていましたが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、アメリカもサウジアラビアの協力を必要とし、2022年7月にはバイデン大統領がサウジを訪問、その関係を改善しつつあります。

イラン、イスラエル、ウクライナ、ロシア、アメリカ・・・すべての国と関係を良好に保つという八方美人的全方位外交は「積極的中立主義」とも称されています。冒頭のようなサウジアラビアのもつ石油という切り札、宗教的権威があって可能になることでしょう。

【ハマス・イスラエルの軍事衝突でサウジ・イスラエルの関係正常化交渉は?】
なかでも注目されてきた、そして、今後の推移が注目されるのがイスラエルとの関係正常化の動き。

アメリカ・バイデン大統領が仲介しており、アメリカとしては、イランと敵対するイスラエルとサウジアラビア(イランと関係正常化はしたものの、サウジ・イランが互いを脅威と感じていること自体は変わっていないとされています)の双方を結びつけることで、イラン包囲網を構築したい狙いがあるとされます。

イスラエルにとっては、2020年にUAEやバーレーンなどのアラブ4カ国とアメリカ・トランプ政権の仲介によって国交正常化しましたが、サウジとの関係はその流れの「本丸」にあたり、長年の中東世界における孤立、アラブ世界との対立からの脱却を可能とするものです。

サウジアラビアとしては、見返りにパレスチナ政策でイスラエルに大きな譲歩をさせることで、アラブ世界の「盟主」としての立場を確立し、一方で、アメリカからは安全保障の強化やサウジアラビアの民生用核開発への支援を引き出す・・・といったメリットがあります。

従来、サウジアラビアなどアラブ諸国は「パレスチナ国家なくして、イスラエルとの国交正常化なし」という立場を「アラブの大義」としてきましたが(サウジアラビアが主導して2002年に「アラブ和平イニシアティブ」として確立)、2020年のUAEやバーレーンなどのイスラエルとの関係正常化はこれを反故にするものです。

更に「盟主」サウジアラビアが「アラブ和平イニシアティブ」を反故にしてイスラエルと関係正常化するとなると、パレスチナとしてはアラブ世界から「見捨てられた」形にもなります。(それだけに、サウジアラビアとしてもイスラエルとの交渉のハードルは高いものがあります)

昨年10月7日のガザ地区・ハマスのイスラエル襲撃は、こうしたイスラエルとサウジラビアの交渉の進展を阻止することが目的であったとも言われています。

実際、ハマスの襲撃、イスラエルの報復によってパレスチナ問題が再び大きくクローズアップされたことで、サウジアラビアとしてもイスラエルとの交渉を「凍結」せざるを得なくなったと報じられています。

****サウジ、イスラエルとの関係正常化交渉を凍結=関係筋****
サウジアラビアがイスラエルとの関係正常化計画を凍結していることが分かった。サウジ政府の考えに詳しい関係者2人が明らかにした。米国が支援する正常化交渉を先送りするという。

関係者の1人は、当面協議は継続できないとし、再開時にはパレスチナ問題でのイスラエルの譲歩をより優先させる必要があると述べた。サウジはイスラエルとの関係正常化の見返りに米との防衛条約の締結を求めている。

関係筋が以前に明らかにしたところによると、サウジはイスラム組織ハマスとイスラエルによる今回の衝突が起こるまで、国家樹立を目指すパレスチナに対しイスラエルが大幅に譲歩しなくても、合意を受け入れる構えを示唆していた。

サウジ政府にコメントを求めたが、回答は得られていない。【2023年10月16日 ロイター】
*******************

その後もサウジアラビアはイスラエルの報復を批難して、度々即時停戦を求めています。10月に国連に出席したサウジのファイサル外相は「和平プロセスを再開させなければならない。アラブは本気だ」と語気を強めて記者に語り、パレスチナ問題の解決を求めています。

ただ、南アフリカがガザでのイスラエル軍による民間人殺害を「ジェノサイド」として国際司法裁判所に提訴したり、トルコ・エルドアン大統領が「ヒトラーと何が違うのか」と批難したりするのに比べると、“静か”というか、様子見みたいな雰囲気も感じられます。「アラブは本気だ」と言わないとその本気度が疑われるような状況とも言えます。

もともとハマスは原理主義「ムスリム同胞団」から派生した組織であり、サウジアラビア王室は王室支配体制への批判にもつがるこうした原理主義を嫌っているということもあって、イスラエルのハマス攻撃を本音では歓迎しているとの見方もあります。

今回のハマス・イスラエルの軍事衝突が、サウジアラビアとイスラエルの国交正常化にどれだけの影響を与えるかについては、専門家の見方も分かれているようです。

「振り出しにもどった」という見方がある一方で、「サウジアラビアにとっての最大の敵はイランだ。イランの脅威に対応するためにはイスラエルとの同盟関係が必要だと考え、イスラエルとの戦略的関係を築きたいという考えは変わらない。」(エルサレム戦略・安全保障研究所(JISS)のエフライム・インバル所長)という指摘もあります。

「凍結」というのは将来的「解凍」を前提にしています。
ムハンマド皇太子としては急ぐ必要もないということで、当面は「凍結」するものの、状況が改善すれば再び・・・というところではないでしょうか。少なくとも、サウジからの「白紙に戻す」といった発言はないみたい。

「ポスト・ハマス」のパレスチナ問題と絡めて、イスラエルから譲歩を引き出す形で、サウジ・イスラエル関係の正常化を進めるという道もあるのかも。

【戦っているフーシ派への米軍攻撃に自制を求める】
一方、パレスチナ情勢に連動する形で起きているのがイエメン・フーシ派による商船攻撃。
海運業界は喜望峰回りを余儀なくされ多大のコスト・時間の増加を余儀なくされていますが、フーシ派に攻撃中止を求めていたアメリカがフーシ派への軍事的攻撃に踏み切ったことは周知のところです。

****米英軍、イエメン国内の約30カ所を150発の砲弾で攻撃=米当局者****
米国防総省幹部は12日、米英軍は前日にイエメン国内の約30カ所を150発を超える砲弾で攻撃したと明らかにした。

米英軍は11日、イエメンの親イラン武装組織フーシ派の関連施設を攻撃。国防総省幹部が示した数字はこれまでの公表より多い。

国防総省のダグラス・シムズ統合幕僚監部作戦部長は記者団に対し、今回の攻撃の標的には都市部から離れた場所に設置されていたミサイル発射台なども含まれていたため、多数の死傷者が出たとは予想していないと述べた。

また、フーシ派が報復を試みると米政府は予想しているとしながらも、フーシ派が9日に紅海で実施したような攻撃を再現できるとは考えていないと指摘。フーシ派はこの日、対艦弾道ミサイルを発射したが、どの艦船にも命中しなかったと述べた。【1月13日 ロイター】
****************

****米軍、フーシ派施設を単独で再攻撃 初日は28カ所と説明****
米CNNテレビなどは12日、紅海で商船を攻撃するイエメンの親イラン民兵組織フーシ派に対し、米軍が報復攻撃を前日に続いて実施したと報じた。再攻撃はフーシ派が使用するレーダー施設を標的にし、米軍が単独で行った。前日の攻撃に比べてかなり小規模だとしている。(後略)【1月13日 産経】
*********************

このアメリカ主導のフーシ派攻撃に中東諸国やロシアからは批判が出ています。

****中東、フーシ派攻撃に反発=米英批判強める****
米英両軍によるイエメンの親イラン武装組織フーシ派への攻撃に対し、中東諸国からは12日、反発する声が上がった。

パレスチナ自治区ガザでの戦闘を機にイスラエル批判を強めるトルコのエルドアン大統領は、米英の攻撃は「度を超した武力行使だ。イスラエルがガザで行っていることと同じだ」と批判。「彼ら(米英)は紅海を血で赤く染めるつもりだ」と非難した。

サウジアラビア外務省は「紅海での軍事作戦とイエメンへの空爆を深刻な懸念とともに注視している」と指摘。自制と緊張激化の回避を訴えた。サウジは長年フーシ派と対立していたが、最近はイエメン内戦終結に向け和平プロセスを進めている。

オマーンのバドル外相はX(旧ツイッター)で、米英の空爆が「われわれの助言に反しており、極めて危険な状況に火を注ぐことになる」と警鐘を鳴らした。ロイター通信によると、イラク外務省も、攻撃の対象拡大は事態解決にはつながらないと懸念を示した。【1月12日 時事】
******************

****英米のイエメン攻撃は「あからさまな武力侵略」 ロシア国連大使****
ロシアのワシリー・ネベンジャ国連大使は12日、英米によるイエメンの親イラン武装組織フーシ派への空爆について、「他国に対するあからさまな武力侵略だ」と非難した。

ネベンジャ氏は同盟諸国の支援を受けて空爆を実施した英米について、「これらの国すべてがイエメン領に対する大規模攻撃を実施した。同国の一部の集団に対する攻撃ではなく、国民全体に対する攻撃だ。航空機、軍艦、潜水艦も使用された」と述べた。 【1月13日 AFP】
********************

興味深いのはサウジアラビの対応。もともとサウジアラビアはフーシ派とイランとの「代理戦争」とも言われる戦争状態にありますので、そのフーシ派への米軍攻撃は歓迎してもいいところ。

ただ、フーシ派との和平を進めている状況で、事態を悪化させるようなアメリカの攻撃は困る・・・というところでしょうか。

****米英軍がイエメンの新イラン組織フーシ派を攻撃、自制を呼びかけたのは...サウジ****
サウジアラビア外務省は12日、米英がイエメンの親イラン武装組織フーシ派に関連する標的を攻撃したことを受けて、自制と「エスカレーションの回避」を呼びかけた。

サウジは数カ月前からフーシ派との和平交渉を進めている。
同省は「大きな懸念」をもって事態を注視しているとし「(サウジは)紅海地域の安全と安定を維持する重要性を強調している」との声明を発表した。

フーシ派は西側諸国が支持するサウジ主導の連合軍と10年近くにわたってイエメンで内戦を繰り広げ、国内の多くの地域を支配。イスラエルと戦争状態にあるイスラム組織「ハマス」と連帯し、イスラエルに向かう商船を攻撃している。

フーシ派の交渉代表は11日、紅海での商業攻撃はサウジとの和平交渉を脅かすものではないと述べた。【1月12日 Newsweek】
******************

イスラエル批判をしながらも交渉の道を完全に閉ざすことはなく、戦争をしているフーシ派への攻撃にも自制を求める・・・サウジ外交の本領発揮といったところでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

欧州  移民規制強化の一方で、移民を必要としている現実も 伊・右翼政権は合法移民受け入れ拡大

2024-01-13 23:13:06 | 難民・移民

(イタリア・トスカーナ地方初の移民出身バス運転手になったマドウ・コウリバリーさん フィレンツェで2023年11月撮影【12月11日 ロイター】)

【移民規制強化の取り組み】
欧米への大量の移民の流入は、経済的苦境など現状に不満を抱える人々を刺激して、社会・政治の右傾化、ポピュリズムの台頭という大きな変動をもたらす一大要因ともなっています。

そのため、総じて欧米諸国では移民対応の厳格化が進行しています。

****厳格化する欧米の移民政策 大量流入の欧州は悲鳴、米国は大統領選視野に方針転換****
欧米の主要国が移民・難民への対応を厳格化させている。不法移民らが大量に流入する事態に悲鳴を上げる欧州連合(EU)は2023年末、新制度案で大筋合意。移民対策で寛容な姿勢が批判されてきた米民主党政権も今秋の大統領選を控え、流入抑制へと舵を切った。

「衝撃波」耐えられず
「歴史的な日だ」。欧州議会のメツォラ議長は先月20日、EUの主要機関が大筋合意した新案に満足の表情を浮かべた。

同案では、入国者の国境審査が厳格化されるほか、亡命資格がないと確認されれば迅速に強制送還される。EUは6月までの発効を目指す。

新案導入の背景には、地中海を船で渡る人々が23年夏、EU域内に大量に押し寄せたことなどがある。到着地の一つ、イタリア南部の島の市長は「人々が押し寄せる『衝撃波』には耐えられない」と声を上げた。EUの欧州国境・沿岸警備機関(FRONTEX)によると、23年1〜11月の不法入国摘発者は前年1年間を17%も上回る。

仏で「死の口づけ」
欧州各国では、6月までのEU共通制度案成立を待たず、独自案を相次ぎ示しつつある。

フランスでは先月19日、新移民法が成立した。法案は当初、野党の左右両派の反対で棚上げされていたが、極右「国民連合」の賛成を得て修正案が辛うじて成立。仏ルモンド紙が「(極右の)死の口づけ」で可決されたと評すほど厳しい内容だ。

同国では従来、外国人の親のもと生まれた子供は自動的に仏国籍となる出生地主義を採用していたが、今後は16〜18歳時に申請する必要がある。外国人労働者が社会保障を受ける条件も厳しくなる。

ドイツも昨年10月、不法移民の送還を容易にする法案を閣議決定した。国境警備も強化する。

手厚い社会保障が〝ゆりかごから墓場まで〟と評されるスウェーデンも翌11月、移民の強制退去要件の導入を検討すると発表した。薬物乱用▽犯罪組織関与▽国家の価値観を脅かす思想表明ーなどが要件。移民相は「社会統合には品行方正さが必要」と強調した。

隣国フィンランドも同月末、ロシアとの国境(約1300㌔)経由で中東などから流入する事態を警戒し、全8検問所を一時閉鎖した。

米でも一段と逆風
4年前にEUを離脱した英国は、なりふり構わぬ対策を講じている。不法入国者をアフリカ・ルワンダに強制移送する計画を巡り、最高裁は23年11月、欧州人権条約に基づく英国内の人権法に違反すると判断。これに対し英政府は翌月、計画続行のための緊急法案を策定、押し切る構えだ。

米国では、バイデン大統領が23年5月、亡命申請手続きの厳格化を柱とする規制策を発表した。同氏は移民問題で強硬姿勢を見せるトランプ前大統領を批判したが、不法移民急増への危機感が国内で高まる中、大統領選を控え方針転換を余儀なくされた形だ。【1月3日 産経】
********************

EUが昨年末に大筋合意した新協定では、地中海に面したイタリアやギリシャ、マルタなどの国に、一時的に収容するための「審査センター」を設置し、EU域内に亡命する資格があるか3カ月以内に審査、母国で政治的迫害がなく、亡命資格がないと判断された難民は、EU域内に到着する前に通過してきた「安全な第三国」に強制送還されることになります。

ただ、単に国境審査が厳格化だけでなく、受け入れる場合のEU加盟国間の負担の公平化に力点があります。

****EU、移民・難民受け入れに関する新協定で合意 公平負担狙い****
欧州連合(EU)は20日未明、移民・難民受け入れの負担を加盟国間でより均等に分担し、流入を抑制するための新たな対策で合意した。

欧州議会と各国政府の代表が徹夜の協議の末に新協定について合意に達した。来年発効する予定。

不法移民の審査、亡命申請の処理手続き、申請を受け付ける国を決めるための規則、危機に対処する方法などが一連の法律に含まれる。

現行制度は移民・難民が最初に到着する国が申請を受け付けるためイタリアやギリシャなどの負担が重く、東欧諸国などは受け入れに消極的だった。

新制度では、EUの境界に接していない国は難民を受け入れるか、EU基金に資金を拠出するか選択を迫られることになる。

新たな審査制度では保護が必要な人とそうでない人を区別することを目的としている。インド、チュニジア、トルコ出身者など、難民申請が認められる可能性の低い人や、安全保障を脅かすとみなされた人物はEUへの入国を拒否され、国境で拘束される可能性がある。【12月20日 ロイター】
********************

EUは年間約3万人の難民を受け入れる方針とのことで、資格が認められると、加盟国の人口や国内総生産、失業率などによって加盟国に振り分けられます。

割り振られた国が受け入れを拒否すれば、難民1人につき2万ユーロ(約310万円)を基金に支払わねばならず、一部の受入国だけに大きな負担がかかる現状を変更して、加盟国全体で負担を共有する内容となっています。

改正案は今後、27加盟国を代表する欧州理事会に加え、欧州議会でも正式に承認される必要があります。受入れに反対するハンガリーなど東欧諸国が、難民1人につき2万ユーロという受け入れ拒否のペナルティーを了承するのでしょうか?

なお“同案をめぐっては、アムネスティ・インターナショナルやオックスファム、カリタス、セーブ・ザ・チルドレンなど数十の慈善・人権団体が、現実には機能しない「残酷なシステム」を生み出すだけだと批判する公開書簡を出している。”【12月20日 AFP】とも。

【フランスでは極右の「死の口づけ」でようやく新移民法が成立】
フランスの独自対応の移民規制強化法案が左右両方からの「厳しすぎる」「甘すぎる」との反対で審議にも入れず却下されたという件は、2023年12月17日ブログ“移民急増が西側諸国共通の政治問題に 各国とも対応に苦慮”でも取り上げましたが、その後前出記事にもあるように、「(極右の)死の口づけ」という形でなんとか修正案が成立しました。

成立はしたものの、マクロン政権・与党には大きな亀裂も。

****仏、移民規制強化へ 法案可決で政権・与党に亀裂****
フランスの上下両院は19日、移民に対する規制を厳格化する新移民法案を可決した。同法案をめぐっては一部閣僚が辞任するなど政権・与党内に亀裂が生じる事態となったが、エマニュエル・マクロン大統領は必要な「盾」だとして擁護した。

新移民法では、外国人への社会保障給付は5年以上の滞在者(就労者の場合は2年半以上)に制限される。移民受け入れ枠の導入や、二重国籍の犯罪者から仏国籍を剥奪するなど、移民規制の強化につながる内容となっている。

法案採決では、与党勢力251人のうち約4分の1が反対もしくは棄権。オレリアン・ルソー保健相は、法案可決を受け辞任した。

マクロン氏は20日、公共放送「フランス5」の番組で、フランスは「移民問題」に直面しており、新移民法は不法移民を減らし、合法移民の統合を促進するため必要だと強調。「必要な盾だ」と述べた。

採決では、極右のマリーヌ・ルペン氏率いる「国民連合(RN)」が賛成に回った。RNの賛成を得て可決にこぎ着けた形で、一部メディアは「死のキス」と形容。極右のジャンフィリップ・タンギー議員は、「マリーヌ・ルペンの主張が完全な勝利を収めた」と語った。

保守系紙フィガロは「移民法は深い傷痕を残すだろう」と指摘。一方、左派系紙リベラシオンは、マクロン氏の与党にとって「道義的な敗北」となったと伝えた。【12月21日 AFP】
************************

【一方で「移民を必要としている」実態も 移民受入れ拡大方針のイタリア・メローニ政権】
上記のような移民規制強化という面の一方で、労働力不足に直面している欧州は(アメリカも同じですが)移民を必要としている側面もあり、EUは合法移民を年間100万人増やす必要があるとも。

このため、話が複雑になってもきます。

****EUへの合法移民、年100万人増やす必要=欧州委員****
欧州連合(EU)欧州委員会のヨハンソン欧州委員(内務担当)は8日、高齢化で減少する域内の労働力を補うには合法的な移民を年間100万人増やす必要があるとの見解を示した。

EUの統計によると、昨年の域内への移民は約350万人で、このうち30万人超が不法移民だった。

ヨハンソン氏は講演で「合法移民は極めてよく働いているが、数が足りない」と指摘。EUの労働者は年間100万人減少しており、「これは年間100万人以上の移民増が必要なことを意味している」と述べた。

ただ、それは「秩序を持って」実現すべきとし、不法移民の規制を各国に要請した。

欧州への不法移民は100万人を超えた2015年のピークから大きく減少しているが、20年に底を打ち、昨年は26万人超に増加。半分以上がアフリカから地中海を渡り、イタリア、ギリシャ、スペイン、キプロス、マルタを経て到着している。【1月9日 ロイター】
********************

「移民を必要としている」のは、移民対応に厳しいというイメージがある極右とも評されるイタリア・メローニ政権にあっても同じです。

一昨年10月に政権を獲得したメローニ首相は、規制強化という点では、昨年7月には北アフリカ諸国と不法移民の摘発強化で合意。11月には強制送還を進めるため、海上で救助した移民・難民の一時収容施設をアルバニアに建設する計画を発表しています。

しかしその一方で、高齢化で人手不足が深刻化するなか、外国人労働者なしには社会が立ちゆかない現実があります。イタリアの高齢化率は2022年の数字で見ると24・1%で、世界で最も高い日本の29・1%に次いでいます。

****伊メローニ首相、移民規制の一方で外国人労働者の受け入れ拡大****
マドウ・コウリバリーさん(24)は、歴史あるイタリアに来てまだ日の浅い新顔だ。
ギニア出身のコウリバリーさんがこの国に来たのは2018年。人手不足を外国人労働者で埋める取り組みの一環として、トスカーナ地方初の移民出身バス運転手になった。

誰よりも驚いたのはコウリバリーさん自身だった。
「バスの運転手なんてとんでもない、できるわけがないと言った」とコウリバリーさんは回想する。「アフリカ人がイタリアでバスを運転するなんて。しかも、船で渡ってきたアフリカ人がね」

コウリバリーさんが経験したのは、メローニ伊首相による移民政策の対照的な2つの側面のうち、「歓迎」サイドだ。

メローニ氏は昨年10月、国家主義的な政策を掲げて政権の座についた。移民規制の強化による北アフリカからの不法入国の摘発、海難事故に遭う移民を救助する慈善団体への規制、アルバニアでの移民収容所の建設計画といった公約により、国際的な注目を集めた。

だがその一方でメローニ首相は、イタリア国内で深刻化している人手不足を埋めるため、数十万人の移民に門戸を開き、合法的な就労を認めようとしている。イタリアは世界で最も高齢化が進み、人口減少に直面している国の1つだ。

イタリア統計局の予測では、2050年までにイタリアの人口は約500万人減少し、人口の3分の1以上が65歳以上になる。建設や観光、農業に至るまで、多くの産業が若い力を切実に必要としている。

タヤーニ外相は10月、チュニジアと3年間の協定を結び、年間最大4000人のチュニジア人を対象にビザ発給と在留許可手続きを簡素化した。同外相は、メローニ政権は移民そのものには特に反対していないと語る。

タヤーニ外相は11月21日、国会で「イタリア、そして欧州に誰が入ってくるかは我々が選びたい。人選を密入国斡旋業者に任せておくわけにはいかない」と発言した。

労働市場の専門家で元保守派議員のジュリアーノ・カッツォーラ氏は、経済と人口動態の現実が政府の反移民姿勢を弱めているとの考えを示した。【12月11日 ロイター】
******************

イタリア・メローニ政権の2023年から25年までの3年間の移民受け入れ計画は45万人に上り、22年までの3年間の2倍以上になっています。

メローニ首相は「私の目標は、アフリカからの出国を阻止し、欧州に来る権利を持つ人と持たない人を選ぶ仕組みを確立することだ」と不法移民と合法移民の違いを強調していますが、その線引きは曖昧です。

イタリア政府が3年ごとに発行数を決める非EU圏向け外国人の就労ビザの多くは、イタリアに不法入国してすでに就労している移民が合法的な立場を得るために使われてきたという実態があります。

“建設や観光、農業に至るまで、多くの産業が若い力を切実に必要としている”・・・・イタリア商工会議所によると、昨年の求人の半分は採用者が見つからなかったとのことで、経済界からは「100万人を超える外国人労働者が必要」との声も上がっているそうです。

なお、首相就任時には「極右」として危惧されたメローニ首相ですが、今までのところEU・米とも協調的な政権運営を行っています。

****極右首相に安心感 メローニ氏就任1年―イタリア****
イタリアのメローニ首相(46)が就任して(23年10月)22日で1年。ファシスト党の流れをくむ極右「イタリアの同胞」の党首だけに、当初は「欧州で最も危険な女性」(ドイツ誌)と警戒された。

しかし、ロシアの侵攻に直面したウクライナへの支援で米国や他の欧州諸国と足並みをそろえる手堅い外交を展開。西側諸国に安心感を与えたほか、国内世論の支持も厚く、安定した政権運営を続けている。

「われわれは火星人ではない。生身の人間だ」。イタリアで最初の女性首相となったメローニ氏は昨年11月、初外遊で訪れたベルギー・ブリュッセルの欧州連合(EU)本部で記者団にこう語った。政治信条が異なっても、会って話せば分かり合えるという趣旨だ。

かつて「反ユーロ」などの極端な主張を唱えた欧州の極右政党の多くは穏健化し、一部が政権参画するまでになった。メローニ氏も暴力・専制のファシズムに「郷愁はない」と強調しつつ、野党時代のEU批判を控えて各国との協調をアピールする。(後略)【2023年10月22日 時事】
******************

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ大統領選挙、予備選挙段階が15日開始 トランプ復活が世界・日本、民主主義にもたらす危機

2024-01-12 22:59:36 | アメリカ

(【1月12日 WSJ】 ヘイリー氏急浮上のためには、先ずはトランプ氏圧勝が固いアイオワでデサンティス氏を抑えて2位につける必要があります。)

【“トランプ復活”がもたらす危機的状況】
2024年アメリカ大統領選挙11月の本選挙に向けて、今月15日のアイオワ州共和党党員集会で「予備選挙段階」がスタートします。

他国の選挙の心配をしても仕方ありませんが、「トランプ前大統領復活の可能性が大きい」という状況は、あまりにも世界にも日本にも影響が大きく、また、民主主義の在り方という点でも懸念すべきことが多大であり、その行方を注視しています。 そうした懸念は私だけではないようです。

****トランプ政権復帰へわれわれが備えておくべきこと****
フィナンシャル・タイムズ紙コラムニストのエドワード・ルースが、12月6日付け同紙掲載の論説‘The world cannot hedge against Donald Trump’で、トランプにヘッジを掛けることは不可能であり、彼のような独裁政治に傾く人物が大統領に復帰すれば欧州やアジアの民主主義国にとっては全てが変わるだろう、と述べている。主要点は次の通り。

・トランプの復帰は最初の任期よりももっと悪いものになる。
・トランプの狙いは、独裁政治だ。
・短期的なヘッジでは足りない。世界は、米国が「永遠に」変わったと受け取らねばならないだろう。
・プーチンと習近平は、トランプの勝利を彼らの課題の推進への青信号だと考えるだろう。
・米国の同盟国は、米国がもはやこれらの国の安全保障を保証することのない世界に適応していかねばならならない。
・トランプの10%均一輸入関税計画は、開かれた世界貿易体制とは程遠い貿易体制になる。
・パックス・アメリカーナからの退出に対する懸念すべき保険は、核保有への急速な拡大である。日韓豪は数カ月で核保有できるし、ドイツも可能性がある。イランから、サウジアラビア、トルコ、エジプトにも波及し得る。
・米国の同盟国のもうひとつの選択肢は、修正主義国家への接近だ。独仏の対ロ宥和が想定し得る。ロシアへの宥和は、欧州防衛連合結成よりも可能性が高い。
・欧州諸国は、アジアの同盟国に比べれば、遥かに深い相互協力の習慣を有している。また、ロシアへの対抗は、中国に対するよりは容易だろう。しかし、トランプが勝利すれば、すべてが変わる。

*   *   *
 このルースの議論は興味深い。大統領選挙の世論調査は、共和党はトランプが圧倒的に強いことを示している。本選挙についても、6の接戦州でトランプは強く、バイデンがリードしているのはウィスコンシンだけだ。これから1年何が起きるか分からないが、トランプ再選となる場合の対処につき日本も種々検討しておくことが必要である。(中略)

アジアへの6つの懸念
ルースの記事では、残念ながらアジアの議論が少ない。習近平は、トランプの登場を歓迎、新たな機会が開けると期待しているだろう。中国の台湾政策も一層活発化するかもしれない。「ロシアより中国が難しい」とルースは書いている。  

アジアについては次の幾つかの点が指摘できよう。
(1)中国の台湾への締め付けが強まる。奇襲の可能性に要注意だ。中国は日本に対し軍事的に一層際どいことをやってくる可能性もある。日本は適正な対中政策を維持していくべきだ。  
(2)北朝鮮も追随して動くだろう。
(3)トランプは同盟国に乱暴な議論をしてくるだろう。財政面や軍事的役割の面で「負担の分担」について強硬な要求があり得る。
(4)米英豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」もどうなるか、分からない。
(5)日米豪印4カ国による連携の枠組み「クワッド」も継続されるか不透明になり得る。  
(6)国際貿易秩序はいよいよ崩壊する。トランプの10%均一関税は国際貿易秩序への決定的一打になる。TPPへの攻撃も続くだろう。インド太平洋経済枠組み(IPEF)も同様だ。バイデンの一連の政策は逆転されることになろう。【1月11日 WEDGE】

****“草の根運動”が生み出す独裁政権 あなたも知らない間に“独裁”に加担する?【報道1930】****
(中略)(現在コロラド州で裁判闘争になっているトランプ氏の立候補資格問題が司法的にクリアされ)立候補できるとなれば、優勢なトランプ氏の返り咲きはかなり現実味を増してくる。新トランプ政権は何をし、何をしないのか…。これまでの発言から推察した。

外交面…ウクライナ戦争を24時間以内に終わらせる
    中国からの輸入を段階的に停止する
    「トランプ氏はNATOから脱退」(ボルトン発言)

内政面…大統領権限を大幅に拡大
    人事は忠誠心重視
    「不法移民は国の血を汚している」
   〜ヒトラーの『我が闘争』と類似しているとも指摘されている

つまり、国際的には“アメリカ・ファースト”、国内的には“独裁”ということか…。

笹川平和財団 渡部恒雄 上席研究員
「前回は初めてだったから、やれないことがいっぱいあったし、わからなかった。でも4年経験したので自分がやりたいこと、やれないことはどうしたらいいか理解してる。(中略)」

「不満の受け皿を政治的な力にする」
トランプ大統領誕生の可能性に世界が戦々恐々としているが、ヨーロッパでは既に不穏な動きが始まっている。“右傾化の波”だ。

この選挙イヤー。欧州だけでも15か国で大統領選や議会選挙が予定されている。中でも注目はEU市民約5億人の直接選挙で選ばれる『欧州議会』の選挙だ。

実は欧州議会における極右政党の議席数が10年前には36議席だったのに対し、今年2024年の選挙では91議席に伸ばすことが予想されている。EUの政治に詳しい筑波大学の東野教授は選挙のたびに右傾化は顕著になると語る。

筑波大学 東野篤子教授
「2019年の欧州議会選挙で極右政党が特に議席を増やし大騒ぎになりました。で今回の動きを見ていると極右政党はまた躍進するとみられ…。大変心配な状況です」

右傾化は国民の不満の表れだと渡部恒雄氏は言う。
笹川平和財団 渡部恒雄 上席研究員
「ヨーロッパでもアメリカでも現状に不満を持った人たちがいる。その不満の行き先が、例えば自分たちの経済が上手くいかないのは移民が来るからだとか、外から安い製品が入ってくるからだとか…。その不満の受け皿を政治的な力にするんです、政治家は。今に始まったことじゃなく、歴史的にそうしてきた。残念ながら、(不満が募れば右傾化)そういうことは起こりかねない…」

右傾化は独裁・専制につながり、それは民主主義とはかけ離れた場所に位置すると思われてきた。しかし、ヨーロッパの右傾化も、アメリカでトランプ政権が生まれるとしても、どちらも国民による民主的な選挙が選んだ結果だ。つまり…。

「ドイツは民主的な手続きを経てナチスを成立させユダヤ人を虐殺」
民主主義を続けている先に誕生する専制国家がある。
例えばフィリピンで独裁体制を築いたドゥテルテ政権は国民の熱狂的支持を集めていた。だがそれはSNSを使ったフェイクニュースで民衆の支持をコントロールしていたことが後に暴露された。これを暴露し偽情報の危険性を書いたことを評価されたジャーナリスト、マリア・レッサ氏はノーベル平和賞を受賞している。

こういったケースについて専修大学の武田徹教授は「SNSを駆使して下から自発的動員を実現する独裁国家は民主主義国家のひとつの未来形だ」と話す。

元駐米大使 杉山晋輔氏
「これは民主主義に対する非常に大事な警告だと思う。過去一番典型的な例は、ワイマール憲法下、ドイツは民主的な手続きを経てナチスを成立させユダヤ人を虐殺させた。決してやってはいけないことが民主的な手続きで行われた。それを学ぶべきだということ。これからはさらに加速する…。あの時代SNSがなくても民主的な手段で大衆を動員した」

草の根運動はこれまで民主化運動に用いられた言葉だが、これからは“草の根運動”が生む独裁国家、専制国家があるということ。ポピュリズムと熱狂、民主主義の最も危険な側面だ。(BS-TBS『報道1930』1月8日放送より)【1月12日 RBS NEWS DIG】
********************

【同盟国との価値観共有に興味なく、ヒトラーを彷彿とさせる発言も厭わない ロシア・中国は大歓迎】
トランプ氏の懸念すべき言動については、一体何からあげればいいか迷うほどに多彩ですが、とりあえず上記記事との関連で三つだけ。

まず、同盟国との関係。下記はNATO関連の発言ですが、日米関係においても同様でしょう。発言の背景には欧州側の負担の不足へのトランプ氏の不満があってのものですが、「カネを払わないなら見捨てる」というのは「同盟」というより「用心棒」でしょう。そして多くのドラマ・小説でわかるように用心棒は自分の都合でいつでも容易に寝返ります。

****EUが攻撃受けても「助けない」、トランプ氏が過去に発言=高官****
欧州連合(EU)のブルトン欧州委員(域内市場担当)は9日のイベントで、トランプ大統領が在任中に欧州が攻撃を受けても米国は「決して助けに行かないし支援もしない」と発言していたことを明かした。

ブルトン氏によると、トランプ氏は2020年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、フォンデアライエン欧州委員長に対しこう発言したという。

トランプ氏は、「北大西洋条約機構(NATO)は死んだ。われわれは離脱する」とも語り、ドイツが防衛費の未払い分として米国に4000億ドルを借金していると述べたという。 ブルトン氏も会議に出席していた。

フォンデアライエン委員長の報道官は、当時のトランプ氏の発言を記憶しているかとの問いにコメントを控えた。

再選を目指すバイデン米大統領陣営の報道官は「自分の思い通りにならなければ同盟国を見捨てるという考えは、われわれが知るトランプ氏の人物像を浮き彫りにしている。自分のことしか考えていない」と批判した。【1月11日 ロイター】
*******************

予備選挙スタートにあたり、バイデン米大統領は8日、白人至上主義者による銃乱射事件が2015年に起きた南部サウスカロライナ州チャールストンの黒人教会で演説し「米国を苦しめている毒がある。白人至上主義だ」と述べ、トランプ前大統領の在任中に勢いを増した白人至上主義と決別する姿勢を明確にし、支持を呼びかけました。

トランプ氏の言動には白人至上主義などの民主主義の価値観とは相容れないものが多く存在しており、民主主義そのものが変容することが危惧されます。

最大の懸念は、そんな主張をふりかざすトランプ氏をアメリカ国民の多くが支持しているという現実です。「ドイツは民主的な手続きを経てナチスを成立させユダヤ人を虐殺」という歴史を思い起こします。

****トランプ氏、ナチズム想起発言で波紋 「国の血を汚している」 支持は下がらず****
来年11月の米大統領選で返り咲きを狙う共和党のトランプ前大統領がこのところ、白人至上主義やナチズムを想起させる発言を連発している。

移民問題を巡る発言が、ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーが著書『わが闘争』で用いた表現に酷似していると指摘されるが、本人は「ヒトラーが使った表現とは知らなかった」などとして意に介していない。

トランプ氏は12月16日、東部ニューハンプシャー州で開いた支持者集会の演説で、不法移民について「やつらは国の血を汚している」「アフリカやアジアから来る」などと語った。トランプ氏は9月にも保守系ネットメディアで同様の発言をしていたが、演説で大々的に考え方を表明した形だ。

政界や言論界からは、ナチズムとの類似を指摘する声が相次いだ。ヒトラーはドイツ民族の優越性やユダヤ人差別など、自身の人種主義的な思想をまとめた著書『わが闘争』で「過去の偉大な文明が滅びたのは、最初に生み出された人種が血を汚されて死に絶えたからだ」などと主張しているためだ。

再選を目指す民主党のバイデン大統領側は「トランプのロールモデル(お手本)はヒトラー」「ファシストや暴力的な白人至上主義者のグロテスクなレトリックを繰り返している」などと非難した。

これに対してトランプ氏は保守系ラジオ司会者とのインタビューで12月22日、「わが闘争を読んだことはない」「ヒトラーのことは何も知らない」と説明。悪びれることなく「やつらは国の血を汚している」と同じ発言を繰り返した。

トランプ氏は11月の演説でも、左派の政敵を、根絶やしにすべき「寄生虫」だと表現。ナチスが権力を掌握した際のプロパガンダ(政治宣伝)に似通っていると指摘された。

ただ、こうした批判は、少なくとも共和党内ではトランプ氏への打撃にはなっていない。来年1月15日に指名争いの初戦が行われる中西部アイオワ州で地元紙デモイン・レジスターなどが実施した世論調査によると、「血が汚れる」発言を受けてトランプ氏に投票する気持ちが「弱まった」と答えた共和党支持者は28%。むしろ投票する気持ちが「強まった」とした人は42%に上った。

トランプ氏は大統領選に向けた公約の柱として、不法移民の大規模な拘束や国外退去を主張。不法移民の子であっても米国で生まれれば米市民権が付与される「出生地主義」の見直しなどにも言及している。

米政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」による各種世論調査の集計によると、共和党内でのトランプ氏の支持率(12月28日現在)は62・5%で、指名レースに参戦する南部フロリダ州のデサンティス知事(11・3%)、ヘイリー元国連大使(11%)ら他候補を圧倒している。【12月29日 産経】
********************

短期的な国際問題への影響、例えばウクライナについて見ると・・・ロシアは宥和的なトランプ復活を心待ちにしています。

****揺らぐ西側のウクライナ支援 もしトランプ勝利なら……****
2023年12月6日、米国連邦議会の上院は、ウクライナへの軍事支援法案を51対49で否決した。野党・共和党がウクライナ支援と引き換えに求めていた米国国境での移民流入阻止をめぐって合意に至らなかったためだ。

1060億ドル(約15兆6000億円)の支出案には、ウクライナ支援のほか、イスラエルと台湾への軍事支援も含まれていた。バイデン政権は、ウクライナへの支援金が間もなく枯渇すると警告していた。

米国議会によるウクライナへの追加支援拒否は現代国際関係史上最も深刻な事態の一つだといえる。この背後にトランプ氏がいることは誰の目にも明らかだった。

果せるかな、この米国議会の決定はロシアを大いに喜ばせた。翌日のロシアTVでは鬼の首を取ったといわんばかりの様相だった。

「これでウクライナ戦はロシアの勝利だ」、「米国共和党がロシアを勝利に導いてくれた」、「共和党万歳」という叫び声がロシアTVに充満し、勝利の祝賀ムードだった。後日、情報通のツイート記事によると、ロシアの学校の教科書が一斉に書き換えられ、「2020年の米国総選挙は違法選挙であったため、トランプ氏は勝利を盗まれてしまった」と書かれているという。プーチン大統領にとってはトランプ氏に謝意を伝えることはいとも簡単なことなのだ。(後略)【1月12日 WEDGE】
*********************

【「独裁」に対する「選挙」というブレーキは、今アメリカに存在するのか?】
もちろん、こうしたトランプ氏が多くのアメリカ国民に支持されているのは理由があってのことでしょうが、「そうであるにしても、トランプ復活の先にある闇はあまりにも深く怖い」という思いがあります。

なぜこんな事態になっているのか? 本来は、「選挙」によってこうした危機がおきるのが阻止されるのが民主主義ではなかったのか?

****見落としてならない中国の民意を汲み取る能力****
(中略)中国には、言論が不自由で異論を認めないという体質への批判はあるだろう。しかし、民意を汲み取る機能も、問題を解決する能力も備わっていると言わざるを得ない。

権威主義との批判についても、中国を批判するアメリカの現状も褒められたものではない。権威に対し「本当のことを口にできない」のはトランプ政権発足後の共和党も同じ特徴を備えてきたからだ。

とくに2021年1月6日に起きた議会乱入事件(以下、事件)以降、その傾向は顕著になったと言わざるを得ない。
事件後、トランプ前大統領に対する批判をにわかに口にし始めた共和党議員の多くが、次の中間選挙で勝つため、再びトランプ批判を封印し、その軍門に下って行った姿は「盲従」との誹りを免れない。実際、アメリカ国内の多くの専門家がこれを「権威主義的な政治」として批判している。

選挙結果を認めず暴力でそれをひっくり返そうとした元大統領を批判できないのだから、深刻である。

アメリカのニュース番組では「あなたは本当に『選挙は盗まれた』と思っているのか?」とキャスターに突っ込まれて言葉を濁す共和党議員の姿がしばしば見られるが、象徴的なシーンと言わざるを得ない。

独裁的な中国に対し、「選挙というブレーキが存在する」ことが、これまでの西側世界の優位性を担保してきたのではなかっただろうか。 果たしていまのアメリカに、そのブレーキは機能していると言えるのだろうか。【1月12日 MAG2NEWS 富坂聰氏 “習近平は本当に「秩序破壊者」なのか。西側の“上から目線”なレッテル貼り”】
***********************

【ヘイリー元国連大使の“奇跡”的な展開は起こり得るのか?】
意気軒高なトランプ氏、盤石な支持基盤に対し、高齢バイデン氏・民主党サイドははなはだ頼りない感じも・・・
そんな状況では“奇跡”のような展開にも一縷の望みをかけたくもなります。

共和党サイドで支持を伸ばしている元国連大使のヘイリー氏、もし、アイオワ・ニューハンシャーで好調スタートをきれたら・・・・ヘイリー氏本人も、副大統領候補指名への色気を捨てて、「反トランプ」で腹をくくったようです。

****米大統領選、共和党のヘイリー氏「反トランプ」鮮明 アイオワ州討論会****
11月の米大統領選に向け共和党指名争いの火ぶたを切る15日のアイオワ州党員集会を控え10日夜、州都デモインに支持率トップのトランプ前大統領(77)、2位を争うデサンティス・フロリダ州知事(45)とヘイリー元国連大使(51)が集結した。ヘイリー氏がデサンティス氏との討論会でトランプ氏との対決姿勢を示す一方、欠席のトランプ氏は集会に出演し、独走を印象付けようとした。

CNN主催の討論会は冒頭からヘイリー氏とデサンティス氏が互いを「噓つき」とののしり合う泥仕合となった。政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」が集計した同州の平均支持率はトランプ氏が52%と独走し、ヘイリー氏16・6%、デサンティス氏16・4%。15日の党員集会でデサンティス氏が2位争いに敗れれば先の展望はない。

討論会の直前には共和党穏健派のクリスティー前ニュージャージー州知事(61)が撤退を表明し、ヘイリー氏に追い風が吹いた。CNNの最新世論調査では23日に予備選を控えたニューハンプシャー州で首位のトランプ氏の39%に対し2位のヘイリー氏は32%と7ポイント差に肉薄。12%と3位のクリスティー氏の票がヘイリー氏に流れればトランプ氏に追いつき、追い越すのも夢ではなくなる。

ただ、「私一人がトランプ氏の真実を語ってきた」と語るクリスティー氏の支援を得るには、ヘイリー氏は前大統領との対決姿勢を鮮明にする必要があった。態度が煮え切らないと批判されてきたからだ。

ヘイリー氏はまず「ここに来るべきだった」とトランプ氏の欠席を批判したうえで、トランプ氏の支持者による21年1月の議会襲撃事件を「ひどい1日だった」と指摘。「トランプ氏になればあと4年混沌が続く」と訴え「新世代の指導者が必要だ」と強調した。

さらに共和党候補とバイデン大統領との仮想対決で「私は(トランプ氏を超す)17ポイント差でバイデン氏を破った」と一部の世論調査を引き合いに自身が本選で勝てる候補と訴えた。

終了後、ヘイリー氏の陣営幹部は取材に「ここでつかんだ勢いをニューハンプシャー、さらに他州へ広げていく」と自信をみせた。

一方、トランプ氏は同時間帯に3・7キロ離れた会場で保守系FOXテレビ主催の集会に出演。地元紙によると、副大統領候補選びの質問に「誰になるかを私は知っている」と答え、党指名獲得を前提にした発言をして余裕をみせた。【1月11日 産経】
***************
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする