テディちゃとネーさの読書雑記

ぬいぐるみの「テディちゃ」と養い親?「ネーさ」がナビする、新旧の様々な読書雑想と身辺記録です。

対比から見る美。

2015-12-20 21:56:23 | ブックス
「こんにちわッ、テディちゃでス!
 はふゥッ、いそがしィ~!」
「がるる!ぐっるがっるる!」(←訳:虎です!あっちこっちで!)

 こんにちは、ネーさです。
 クラブワールドカップ決勝戦の裏では、
 ドラマ『下町ロケット』最終回、と
 年末って大忙しですわね
 (実はユヴェントスもイタリアで試合中だったり…)。
 しかし、活字マニアとしては読書もヤメられません。
 さあ、本日の読書タイムは、こちらの御本を、どうぞ~♪
 
  


 
       ―― 日本人にとっうて美しさとは何か ――



 著者は高階秀爾(たかしな・しゅうじ)さん、2015年9月に発行されました。
 琳派関連の展覧会が各地の美術館で開催された今秋、
 日本美術っていいぞ!
 と感銘を受けた方々に読んでいただきたい、
 正統派美術評論ですよ♪

「おがたァこうりんッさんにィ~」
「ぐるるるがる!」(←訳:狩野永徳さん!)
「おうきょさんもッ!」

 私たちが“美しい”と感じる、
 いかにも日本的な美は、
 どこがどう“日本”なのだろう?

 どのあたりが、
 日本オリジナルでなのだろうか?

 真に純粋な、日本の美とは――

 それらの命題に対して、著者・高階さんは、

   他者の視点(=異文化の視点)から
   日本の美術を眺める

 という手法を択ります。
 
  《人は自分の顔を直接見ることはできない。
   鏡に映してはじめて、
   その特徴を捉えることができる》

「じぶんのォしてんとォ~」
「がるるぐる?」(←訳:他者の視点?)

 私たち日本人にはごく当たり前の前提や常識が、
 西欧の文化や美術では、
 
 ええっ?
 それってアリ?
 
 と驚愕をもって迎えられる場合があります。

 高階さんがその一例に挙げているのは、
 文字と絵の扱い。

 西洋では、文字と絵は
 まったく別の領域に属するもの。

 文字を花で飾ることはあっても、
 絵の中に文字が侵入してくることはなかった……

 が、日本では?

 俵屋宗達さん&本阿弥光悦さんの絵巻作品では、
 光悦さんの書(文字)が
 ぐいぐい絵の上にかぶさる!
 背景なんてものじゃなく、
 画面中央にどん!

 それを、美しい!と感じる私たちと、
 いいのか?と、ギョっとする感性の対比。

「むしろォ、ぎゃくにィびっくりィ!」
「ぐるっるぅがるるる?」(←訳:かぶっちゃダメなの?)
「かぶッてもいいじゃんッ♪」

 日本人は古来から誰でも
 歌を詠むことを躊躇しない。
 でも、西欧は違うらしい?

 西欧では遠近法や明暗法を使い、
 二次元の画面の中に三次元空間の再現を試みてきた、
 が、日本では、
 平面性こそが主流で、重んじられてきた?

 動物や植物はもちろん、
 日常の道具類にも魂がある、とする日本の思想と、
 道具はしょせん道具で心など宿らない、
 とする西欧の考え方――

「いッぱいィ、ちがうところがァあるのでス!」
「がるるぐるるるがるる!」(←訳:そこが面白いんだけど!)

 他者の視点から見直せば、
 ぼんやりしていた映像のピントが
 少しずつ合ってゆくような。

「ゆッくりィ、みえてくるゥ?」
「ぐるがるる!」(←訳:美の感じ方!)

 言葉、絵画、和歌、庭園、日本画、油彩画、絵文字等々、
 博学な著者さんならではの
 日本の美を俯瞰し論ずるこの御本は、
 ちょこっと硬派なエッセイ作品でもありましょうか。
 アート好きさんは、
 2015年の総括として、ぜひ一読を♪
 
 

コメント
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