喫茶 輪

コーヒーカップの耳

「飛騨高山の山鳥」

2022-05-20 08:55:47 | 神戸っ子
「KOBECCO」5月号に書いたエッセイ「飛騨高山」です。



こちらから読めます。→「飛騨高山の山鳥」

この原稿を書くために、「飛騨高山まちの博物館」さんにお世話になりました。
なので、この5月号をお礼代わりにお送りしました。
するとそれへの礼状が届きました。
ご丁寧なことです。
こんなことが書かれています。
《課内で回覧いたしました。職員一同、紹介いただきましたことを大変喜んでおりました。(略)高山にお越しの際は、当館へ是非お立ち寄りください。》
うれしいことでした。
機会があれば行ってみたいですねえ。

『コーヒーカップの耳』おもしろうて、やがて哀しき喫茶店。
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「リヴィエール」182号

2022-05-19 08:54:45 | 
神戸の詩人永井ますみさんからお贈りいただきました。



詩誌「リヴィエール」182号です。
奇を衒わない作品が並んでいて好感が持てます。

巻頭詩に注目しました。
←二段階クリック。
市原礼子さんの「こんなぼくと」です。
ここに「直原弘道」という人の名が出てます。ご尊父が偉い教育者だったかと。
市原さんのご住所は豊中市になってますが、神戸の詩人にとっては懐かしいお名前。
神戸で出版記念会など詩人の集まりがあるとよくお姿をお見掛けしていました。
わたしは親しく交わる機会はありませんでしたが、矍鑠とした雰囲気の人でした。
また詩の中に直原夫人のことも出てきます。というより、この詩は直原夫妻のことがモチーフ。
冒頭にこう書かれています。
《こんなぼくと いっしょになったばかりに ごめんよ》
普通の男は、わたしも含めて身につまされます。
夫人の絵のことも描かれてますが、わたしも一度、この夫人の絵画展を見たことがあります。
遠い昔のことです。
そんな縁がありますのでなつかしく読ませて頂きました。

これは永井ますみさんの「ひるねしてる蛇」。
←二段階クリック。
土の匂いのする、いい情景が描かれてます。
《ちゃんと土を掛けんとカラスに食われる》
これに関連して、昔わたしが書いたエッセイ「出石町奥小野」の一部を思い出しました。
妻のお母さん(出石在住)とわたしとの会話です。
わたし「なんでカラスは、せっかく植えた豆を食べるんですか?」
お母さん「カラスはひまんだしきゃあでひょーきゃーな」

わたしがいろいろと質問攻めをした挙句のお母さんの答え。

永井さんの詩も、農村の昔の情景が細やかに描かれています。
ありがとうございました。

『コーヒーカップの耳』おもしろうて、やがて哀しき喫茶店。
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中原道夫さんが

2022-05-18 10:30:04 | 
今朝の神戸新聞を見ていて、どこかで見た名前だぞと思った。
←クリック。
中原道夫さんである。
もしかしたらわたし、以前にハガキか手紙をもらっているのでは?と思って調べたが、見つからない。
そうこうするうち、思い出した。
21年前だ。拙詩集『コーヒーカップの耳』を『柵』という雑誌で大層褒めてくださっていたのだ。
そのことブログにも書いていた。
「中原道夫さん」と題して。
記事の内容は同じネタだ。
でも今日の写真の中原さん、90歳でお元気そうだ。良かった。
といってもわたし、中原さんを個人的に知っているわけではなく、お礼を言ったこともない。

『コーヒーカップの耳』おもしろうて、やがて哀しき喫茶店。
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しろうと詩『汽水湖』

2022-05-17 13:14:40 | 
女優で詩人の福永祥子さんからお贈りいただきました。
つい先日、日曜日に神戸でお会いしてお話ししたのですがねえ。



「しろうと詩」とありますが、添えられたお便りにはこうあります。
《素人誌? いいえ「知ろうと誌」です。》と。
読ませて頂きましたが、どうやら福永さんが主宰しておられるようです。
発行人にもなっておられますのでね。
十数人の同人の中で福永さん以外の方の作品は、初々しいといえば失礼でしょうか。
福永さんに新鮮味がないというわけではありませんよ。
福永さんには新鮮味の中にベテランの風味もありますので。
この作品、わたし好きです。真ん中の詩。
←二段階クリックで。
下山百合子さんの「くすり屋さんが来た」です。手触り感があって、いかにも初々しいですね。
わたしも大いに共感できます。あの時代がある種の情感を伴って懐かしく思い出されます。
ほかの皆さんも、誠実に詩に取り組んでおられて好感を持てます。

福永さんの「和音」です。
←二段階クリックで。
「時間」の動きがおもしろいです。その狭間の深い穴をのぞかせられるような。不思議な味わい。

『コーヒーカップの耳』おもしろうて、やがて哀しき喫茶店。

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笑えてるやつには…

2022-05-16 15:40:18 | まち歩き
信行寺さんの「5月の標語」住職的解説です。
←二段階クリックで。
写真は撮らなかったのですが、若住職が朴訥な字で書いておられます。

《笑えてるやつには、笑えるという幸せを知ってほしい》by江頭2:50(お笑い芸人)

今月はまたユニークな言葉です。
その住職的解説がまた素晴らしいです。
視点がユニークですね。
大いに納得させられます。

『コーヒーカップの耳』おもしろうて、やがて哀しき喫茶店。
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時里氏の選評

2022-05-16 14:59:01 | 
神戸新聞、読者文芸欄の詩の部ですが、今日は作品は紹介しません。
読んでほしいのは、選者時里二郎氏の選評です。



時里さん、お許しを。
いや、作品も良かったんですよ。読みごたえがあって。
でもこの選評がいいではないですか。
どの作品も読んでみたくなりませんか?
この限られたスペースの中に見事なものですね。
投稿者もうれしいことでしょう。
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『おまけの名作』読了

2022-05-14 09:51:27 | 本・雑誌
坪内稔典さんの『おまけの名作』読了。
わたしの子ども時代と重なって懐かしく読ませていただいた。
坪内さんは年齢もわたしとほぼ同じ、昭和19年生まれ。
「カバヤ世代」と言っていいのかもしれない。
それは作家の出久根達郎さんも同じで、出久根さんもカバヤ文庫のことはどこかに書いておられた。
日本にもあんな時代があったんですね。
子どもたちが本に憧れた時代が。
「いくらか長いあとがき」にこんなことが書かれていて、またわたしはびっくり。
《そのころにぼくが「カバヤ文庫」を思い出したのは、この書房(関西市民書房)の代表者である木津川計さんに触発されたのかもしれない。木津川さんは「上方芸能」という地道だがしかし優れた研究誌を出している人だが、関西の出版文化の創造を意図してさきの出版社を設立していた。》
このあと、木津川さんとのお付き合いのことが書かれている。
木津川さんについては、わたしも先日このブログに書いたとこでした。
この本にわたしがお会いしたことのある人が二人登場。足立巻一先生と木津川計さん。
本を読むということは、いろんな縁につながるということでもありますね。
ただし坪内さんとはまだ直接にお会いしたことはありません。でもFB友達にはなってますので、そのうちお会いすることがあるかもしれませんが。
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カバヤと足立先生と杉山先生

2022-05-13 11:12:17 | 足立巻一先生

『おまけの名作』を読んでいたら、
足立巻一先生の名前が出てきてちょっとびっくり。
カバヤキャラメルの関連で、グリコが出てきたのだが、こんな記述が。
《日本のキャラメルというと、何と言っても〈一粒三百メートル〉のグリコを思い浮かべるが、グリコのこの有名なキャッチフレーズ、(略)「グリコはオマケという大衆文化を確立した」と述べたのは足立巻一だが、足立がその論文(略)》。
ここで足立先生の名前に出会うとは思わなかった。
もしかしたら杉山平一先生の名前には出会えるかも?と思っていたのだが。
というのも、実は杉山先生はグリコに関連があるのだ。
グリコのおまけに貢献した宮本順三さんと昵懇だったのです。そのこと、このブログでも触れたことがあります。

『触媒のうた』足立巻一先生も杉山平一先生も登場します。
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迫力ある終盤戦

2022-05-13 09:49:38 | 将棋
昨夜は寝床に入ってすぐ、ぐっすりと眠って、今朝は危うく寝坊するところでした。
というのも昨晩は将棋会で久しぶりに強敵、T四段と対局。
二局指して脳が疲れたのです。
一局目は、序盤の作戦がうまくいき、比較的楽に快勝。
問題は二局目。
いい勝負で終盤に入ってからねじり合いが続き、一進一退の攻防戦。
もう負けか?と思いながら、なんとか粘っていると相手が緩い手を指したりで逆転し、「必死」をかけて今度はわたしの勝ちかと思ったら、うまい「必死逃れの詰めろ」をかけられたり、またわたしがその逆をやったりとスリル満点。
最後は、もう逃げ切っただろうと思った所で、間違って「即詰め」に打ち取られて負けました。
公民館の使用時間を以前より短くしたので、時間ギリギリでした。
じっと座っているだけなのに疲れました。

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『安寿姫』だった。

2022-05-12 09:54:12 | 懐かしい話
昨日、柳人の中野さんが持ってきてくださった本『おまけの名作』(坪内稔典著)を読み始めた。



「カバヤ文庫物語」とサブタイトルがついている。
読み始めてすぐに「そうだったのか!」と思った。
←二段階クリック。
70年近くも昔のことが思い出されたのである。
こう書かれている。
《ガラスケースの菓子箱のなかに、ずらりと並んだ百冊を超す「カバヤ文庫」は、そのハードカバーゆえに…》と。
わたしはカバヤキャラメルをせっせと買って点数を集め「カバヤ文庫」を集めたのだったが、てっきりカバヤの会社に送って、郵送してもらっていたのだと記憶していた。
しかしこれを読むと違ったのだ。キャラメルを売っている店に置かれてあって、その中から選んだということ。
そこでありありと思い出した。
わたしが求めていたお店も忘れていたが、あれは用海小学校の西の安西さんという家だった。
そこが文房具屋さんをしていて、キャラメルなども置いておられたのだ。
ガラスケースだったかどうかは覚えていないけれども、店に置いてあったのだ。
それをわたしが選んでいるのを見た安西さんのおじちゃんが「これがいいぞ。悲しくて泣けるぞ」と言って、もらって帰ったのが、
『安寿と厨子王』だった。実際に悲しくて感動したのを今も覚えている。
後に原作の森鴎外の「山椒大夫」を読み直したのだが、カバヤ文庫ではダイジェスト版だった。
『安寿と厨子王』と書いたが、これも記憶違い。
この本の巻末に載っている「カバヤ文庫」書目一覧表には『安寿姫』と出ている。
昭和28年発行。わたしは四年生だ。
解説を書いている人が川田順だと。因みに川田順の直筆ハガキをわたしは所持している。

そうだった。入手したのは安西さんの店だった。
おじちゃんに勧められたのだった。
この安西さんのおじちゃんは父親の友人だったが、その後、わたしの人生の中で大きな影響を及ぼす人になる。
フルネームは「安西寿」。ある種のパワーのある個性的な人だった。
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早乙女勝元さんが

2022-05-11 20:16:47 | 杉山平一先生
夕刊に、上島竜兵さんの訃報が出ていますが、



その下の記事に「あっ」でした。
早乙女勝元さんが…。
昔、拙詩集『工場風景』を作った時に杉山平一先生にお送りしたのですが、

何人かの人に「送ってみては…」と紹介してくださいました。
今も交流させて頂いている出久根達郎さん、小関智弘さんなどに交じって、この早乙女さんがありました。
ということで、早乙女さんからハガキを頂きました。
どこかにあるはずですが、今ちょっと見つかりません。
少しは縁のある人だったのです。
ご冥福をお祈りいたします。
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二冊の本

2022-05-11 16:26:04 | 本・雑誌
川柳人の中野文廣氏がご来訪。
しばし刺激的な文学の話。
頂いた土産の中に二冊の本がありました。
重たかったでしょうに申し訳ありません。



『星 新一』(最相葉月著・新潮社)と『おまけの名作』(坪内稔典著・いんてる社)。
『星 新一』は以前宮崎翁にお借りしたことがあります。
星新一の評伝で、570ページもある大冊です。
本文中に、宮崎翁が登場する場面があります。
この本を書くために最相さんは宮崎翁の書斎を訪問して取材をしておられるのです。
その話し、宮崎翁からお聞きして、拙著『触媒のうた』に書いてます。

もう一冊の『おまけの名作』はカバヤ文庫の話。
これは懐かしい。
わたしも子どものころ、お小遣いの中からせっせとカバヤキャラメルを買って、点数を貯めて「カバヤ文庫」の本をもらったのでした。
その中の『安寿と厨子王』には大いに泣かされたのを覚えています。
これは読むのが楽しみです。
それからついでに言えば、坪内稔典さんは宮崎翁と昵懇だった人。
宮崎翁の出版50冊と傘寿を祝う会の時にわたし、祝電を朗読する役を務めたのですが、
田辺聖子さんなどに交じって坪内稔典さんからのもありました。
「坪内稔典」と書かれていたのをどう読めばいいのか一瞬迷ったのですが、
咄嗟に、それまで聞き及んでいた「つぼうちねんてんさん」と読み上げました。
今日、この本の奥付を見たら、
「つぼうちねんてん」とルビが振ってありました。
そして、本名「つぼうちとしのり」とありました。
間違ってはいなかったんだと、今日納得でした。
因みに、この本には栞が挟まっていて、坪内さんの直筆で「謹呈 坪内稔典」とありました。
中野さんが坪内さんから贈られた本なのですね。
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驚きの詩

2022-05-11 09:04:00 | 
今朝の神戸新聞三田版より。



「小さな目」欄。
これの「いちごがり」が凄いです。
最後の一行。

《そのときこんなハチがとんできました》

「こんなハチ」だなんて!
普通それを言葉で表現するのが詩なのでしょうが、あえてそのまま!
これで反って読む者の想像力をかきたてています。
こんな手法があったなんて。もちろん子どもが手法なんて意識してませんけどね。
大人の詩で、否定否定を繰り返して逆に意識させるという手法はありますが、これは新鮮です。
指導者の好判断でしょうか。
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金婚式は?

2022-05-10 08:58:40 | 日記
今朝の神戸新聞阪神版です。



三年ぶりの金婚式式典とある。
そして、
《結婚50周年の夫婦を祝う「金婚夫婦祝福式典」》と。
これちょっと疑問なんですが。
今年の対象は昭和48年に結婚した夫婦となってます。
残念ながらわたしどもは47年でしたので対象外。
昨年だったということです。まあ、三年ぶりとなってますので、どうせ参加はできませんでしたけどね。
それにしてもおかしいんです。
昭和48年は西暦1973年です。
じゃあ、まだ49年では?
そうか、これは数え年なのか。結婚した年を第一回としての。
しかしそれなら50年というはおかしいのでは?
単に50回としなければ。それとも「周年」でいいのかな?
広辞苑には《周年=ある時から数えて過ぎた年数》とありますが。
因みにわたしどもは今年、50周年の記念詩集をごく少部数作り密か(でもないか)に祝いました。

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読了『八月十五日の神話』

2022-05-09 15:48:35 | 本・雑誌
孫のkohから借りている本『八月十五日の神話』(佐藤卓巳著・ちくま学芸文庫)を読了。

ところどころ斜め読みしながらではあったが、読み終えた。
kohは「おもしろい」と言ったが、たしかにある意味おもしろかった。
これまで考えもしなかった視点が示されていて少なからぬ衝撃を受けた。
そうだったのか!と。
これまで日本の終戦記念日を八月十五日と疑うことをしらなかったが、それには大いに疑義があることだと気づかされた。
事実は、
日本は八月十四日にポツダム宣言を受諾して降伏している。
そして明くる十五日は、天皇が国民にラジオでそれを知らした日。
さらに降伏文書に調印したのは九月二日。国際的にはこちらが主役。
さらに、四月二十八日にサンフランシスコ講和条約が発効したので、この日が日本の「主権回復の日」といろいろ難しい。
結論として、著者の佐藤卓巳氏はこう書いておられる。
《ひとまずは戦争責任の議論と戦没者の追悼は、その時空を切り離して行うべきだと考える。そのためには、お盆の「八月十五日の心理」を尊重しつつ、それと同時に夏休み明けの教室で「九月二日の論理」を学ぶべきだろう。》と。
内容の厚い本だった。
知らなかったことを知ったという意味では、kohの言うように非常におもしろい本だった。
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