『一休』と『虚竹の笛』を書いてくれている水上勉だが、
どうも好きになれない。
水上勉は、子供の頃相国寺に預けられた。二度ほど脱走し、
等持院に移籍する。そのどちらの寺の和尚も、70歳を
越えていたが、年若い内妻を寺内に囲っていた。
水上勉は、夜には兄弟子たちの「夜伽」をさせられていた。
その体験から、一休も安国寺に預けられた時は、そのよう
な目に遭っていただろうと推定している。
水上は、寺の拝観料をくすねて、五番町の色街に出かけ、
初めて女を買っている。
昭和11年に花園中学を卒業した水上は、その2ヶ月後に
等持院を飛び出して還俗している。
彼が還俗したのは、僧門に絶望したためではなかった。
戦争に行くことになれば、俗世の生活を知らずに戦死する
かもしれない。徴兵検査の前に、俗世間の味を知ろうと
考えたからだった。
その後の女遍歴がすごい。廓通いに狂って借金生活。
21歳の時、東京に移住。そこで同じアパートに住んでいた
女性を妊娠させ堕胎。当時は(今も?)堕胎は罪に問われる。
一年半後にはその女性と別れ、M女を見初めて同棲する。
その女性に生ませた子供が、無言館長の窪島誠一郎だった。
そして間もなく、この女性とも別れた後、さらに2人の
女性を妻にしている。作家とはそんなもんか?
水上勉は、自分の半生を『わが六道の闇夜』で赤裸々に
綴っている。そして自身の女遍歴を一休と重ね合わせて
いるの。水上勉ごときと一緒にされては、一休さんも
たまったもんじゃない。
どうも好きになれない。
水上勉は、子供の頃相国寺に預けられた。二度ほど脱走し、
等持院に移籍する。そのどちらの寺の和尚も、70歳を
越えていたが、年若い内妻を寺内に囲っていた。
水上勉は、夜には兄弟子たちの「夜伽」をさせられていた。
その体験から、一休も安国寺に預けられた時は、そのよう
な目に遭っていただろうと推定している。
水上は、寺の拝観料をくすねて、五番町の色街に出かけ、
初めて女を買っている。
昭和11年に花園中学を卒業した水上は、その2ヶ月後に
等持院を飛び出して還俗している。
彼が還俗したのは、僧門に絶望したためではなかった。
戦争に行くことになれば、俗世の生活を知らずに戦死する
かもしれない。徴兵検査の前に、俗世間の味を知ろうと
考えたからだった。
その後の女遍歴がすごい。廓通いに狂って借金生活。
21歳の時、東京に移住。そこで同じアパートに住んでいた
女性を妊娠させ堕胎。当時は(今も?)堕胎は罪に問われる。
一年半後にはその女性と別れ、M女を見初めて同棲する。
その女性に生ませた子供が、無言館長の窪島誠一郎だった。
そして間もなく、この女性とも別れた後、さらに2人の
女性を妻にしている。作家とはそんなもんか?
水上勉は、自分の半生を『わが六道の闇夜』で赤裸々に
綴っている。そして自身の女遍歴を一休と重ね合わせて
いるの。水上勉ごときと一緒にされては、一休さんも
たまったもんじゃない。