山亭庭園へ続く石段の参道が
香川の金毘羅宮や奈良の室生寺の奥の院への
石段クラスとはなるはずはないのですが
どれ位続くことになるのか気になります。
石段の角を曲がると………。
良かったあ。終わりらしきものが見えています。
段差もさほど無し。楽勝!
山亭庭園 門
知恩院 山亭庭園
右の建物『山亭』は、
霊元天皇の第13皇女の吉子内親王の御殿を
1759年に下賜されたもので移築当初は、
この後お目見えする勢至堂の客殿だったようです。
山亭庭園 三尊石
方丈庭園の規模と比べると庭園というより庭ですね。
据えられている三尊石の大きさが際立ちます。
山亭庭園 眺望
小さな格子戸を押し開けて山亭庭園を出て
右に向かうと勢至堂、御廟があり
左へと向かうと千姫のお墓があります。
まずは初拝観の時に見逃した千姫のお墓へ。
知恩院 千姫のお墓
江戸幕府第二代将軍の徳川秀忠の娘『千姫』は、
7歳で豊臣秀頼と結婚し大阪城に。
秀頼とは仲睦まじく暮らしていたようですが
大坂冬・夏の陣が勃発。
大坂夏の陣で祖父である徳川家康の命により
落城する大阪城から千姫は救出されます。
千姫の墓所は、江戸の伝通院と茨城県の天樹院にあり、
徳川家が三河時代から帰依していた
浄土宗の総本山の知恩院にも分骨されました。
知恩院 濡れ髪大明神
現在の知恩院中心伽藍の場所に御影堂が建立され
住家を追われたキツネが、
知恩院第三十二世雄譽霊巌(れいがん)上人に懇願し、
ならばと用意したのが『濡髪大明神』とのことです。
『濡髪』は、キツネが化けた童子の髪が
濡れていたことに由来します。
知恩院 御廟
御廟は、法然上人の遺骨が納められたお墓。
知恩院 紫雲水
勢至堂の東南隅、御廟下にある湧水。
法然上人が御入寂の時に聖衆が来迎し
紫雲がたなびき水面に現れ、
芳香が漂ったとの言い伝えが残っています。
キツネが童子に化けた話、紫雲水の話、
無茶苦茶な話でファンタジーでしかありませんが、
私は、割と好きで面白く聞いています。
知恩院 勢至堂【重要文化財】
勢至堂(せいしどう)は、知恩院最古の建造物であり、
法然上人の住房としていた建造物で
この区域が知恩院発祥の地になります。
御廟石段
法然上人御廟
一心院
御廟のある場所から門を出て
正面にあるのが浄土宗捨世派の本山の一心院。
知恩院の境内にありますが
知恩院とは本末関係にはないようです。
知恩院 知恩院宮墓地
知恩院宮墓地は、一心院の知恩院宮の墓地。
勢至堂・法然上人御廟参道
御影堂等が建立する中段区域と
御廟等がある上段区域を繋ぐ参道。
先のは参道上部から、次のは参道下からの景観。
参道から降りてくる一人の女性の姿は、
まるでモネの『散歩 日傘をさす女性』のように………
頑張れば見えなくもない。
知恩院 御影堂
知恩院 法然上人像
知恩院3つの庭園の残り一つの庭園に向かいます。
ここまで初拝観の際に見れなかった御影堂、山亭庭園、
そして、方丈庭園を新たな気持ちで観賞できたので
初拝観の様な新鮮な気分で巡っています。