この秋、一番話題となったTBS系のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が、昨日最終回が放映された。
最終回が迫るにつれ「逃げ恥ロス」という言葉が、いろいろなところで言われるようになり、メディア系列的には違うはずの朝日新聞系AERAなどでも、取り上げられていた。
この「逃げ恥」の魅力は、脚本の良さ・演出・配役など、上げればきりがないように思う。
その中で注目したいと思ったのが、主人公・津崎平匡というキャラクターだ。
ドラマ設定では、「京大卒・難関資格を有するシステムエンジニア」なのだが、人付き合い、特に女性との付き合いが苦手で、彼女いない歴=年齢、当然女性経験なしという人物だった。
そのため、ドラマの進行では「女性と付き合ったことがない」というトコロに、フォーカスされていた。
しかし、ドラマ全体を通してみると、実は「津崎平匡」という人物こそ、今の20代~30代の女性が求めている男性像なのでは?という、気がしてきた。
というのも、津崎が契約結婚相手となった森山みくりだけではなく、話の相手に対して決して否定的な発言をしない。それだけではなく、相手の話をシッカリ聞きつつ、話を上手にまとめる、というコミュニケーション力に優れた人物なのでは?という、場面が数多くあったからだ。
バブルの頃の理想の男性像は、「高学歴・高身長・高収入」の「3高」だった。
それは、その人自身の魅力云々ではなく、とてもわかりやすい「外的要素」の理想像だったように思う。
その後、バブルが崩壊すると「収入は低くても、家事を手伝ってくれる男性」へと、変化していく。
バブル崩壊の頃には、女性も働くことが当たり前になっていたことで、「夫の収入のみ(=専業主婦)」から「世帯収入(=夫と妻双方の収入の合算)で生活をする」が、「男性も家事分担」という、意識変化になっていく。
それでも、「その人自身」という内面的な部分に触れられることは無かった。
今のように、男女問わず仕事をするのが当たり前になってくると、「家事分担」という目に見える行動だけではなく、「一緒に暮らすためのコミュニケーション力」というものが、加わってくるはずだ。
みくりに対する、気遣いややさしさを含め「一緒に暮らすためのコミュニケーション力」が、津崎にはあったように思うのだ。
むしろ「家事」は「トレーニング」でできるようになるが、気遣いや優しさを含めた「一緒に暮らすためのコミュニケーション力」は、一朝一夕には身に付くものではない。
何より「相手に対して否定的な言葉を言わない」ということは、とても重要なポイントのような気がする。
確かに、ドラマが始まった頃の津崎はみくりに対して、どこかオドオドしたような部分があった。
それはやはり「彼女のいない歴=年齢」という、経験値のなさからくるものだったように思う。
そのようなオドオド感があるなかでも、みくりの話を聞こうとする態度があった。
その態度が、みくりに信頼感を持たせ「契約結婚」という、普通ではない結婚生活をさせることができたように感じたのだ。
ドラマの中で「社会って、人と人との繋がりだから・・・。感謝とリスペクトが大切」という内容の台詞がある。
その「感謝と敬意」が当たり前にできる人物が、津崎であり、今の20代~30代の女性が求めている男性像のような気がしたのだ。