毎日新聞のWebサイトを見ていたら、面白い記事があった。
毎日新聞:アニメや漫画にただ乗り?プロパガンダとしてのクールジャパン
ご存じの方も多いと思うのだが、過去プロパガンダという手法で大成功を収めたのはナチスだと言われている。
私自身も、過去「広告がプロパガンダとして使われ、最も成功したのはナチス」だと思っている。
その中でも、ベルリンオリンピックのドキュメンタリー映画「オリンピア」だと考えている。
監督のレニ・リーフェンシュタールは、「ただただ、人の美を撮りたかった」と話しているが、彼女の思惑とは別にヒットラーは、この映画を国威発揚の一つとして使い、成功している。
皮肉なことだが、以来「平和の祭典オリンピック」は「国威発揚」の材料となり、今でも日本では「獲得したメダル数」を逐次メディアを通して伝えられる。
そこにはまさに「がんばれ!日本」という、ナチスとは違う一種のプロパガンダ的要素が含まれているような気がしていて、個人的には心地よいものではない。
そしてこの「アニメや漫画にただ乗り」している(?)クールジャパンだが、今現在の状況は成功している、と言い切れないような気がしている。
特に、海外展開の為に30億円以上投資したといわれている事業に関しては、一度も黒字になってはいないはずだ。
その理由の一つが、この「アニメや漫画にただ乗りをしたプロパガンダ」という感覚を、受け手となる相手国の人たちが感じているからではないだろうか?
そもそもアニメや漫画に限らず、クールジャパンが目指している日本の文化は、自由なモノだ。
それは表現の自由であったり、創造の自由であったりするものだからだ。
その「自由」に対して、広告は何かしらの対価が求められる。
それが、広告や広報活動に対する「費用対効果」ということになると思う。
もちろん、アニメや漫画もヒットしなくては、作者が活動をし続ける事はできないのだが、創作の根底にあるのは「自由」ということだと思う。
それだけではなく、今はネットの普及により世界各国からお気に入りのアニメや漫画に、アクセスできるようになっている。
アニメや漫画の受け手(=ファン)が、世界各地に広がれば広がるほど、広告の在り方も変わってくるし、まして政府が旗振りをするような仕掛けに、多くのファンは乗ってこない。
それが、クールジャパンを推進している政府や広告代理店の考えが合わない理由なのでは?と、考えている。
国が打ち出したい「カッコイイ今の日本文化」としての、アニメや漫画という考えは十分分かる。
しかし、国が広告代理店を通してしまうことで、プロパガンダと受け取られやすくなり、今のグローバル情報社会では受け入れられなくなってきている、というような気がしている。