11月28、29日に行われた第25期竜王戦七番勝負第5局は、渡辺明竜王が挑戦者の丸山忠久九段を破って、竜王防衛を果たした。
将棋がほどほどに好きな私も、タイトル戦はさすがに気になる。2日目の夕方までは、仕事の合間にスマホをチラチラ。夕食後は散歩中にチラチラ見ていた。上野のヨドバシカメラを出てから、あっしまった、竜王戦はどうなってる? とスマホを見ると、渡辺(以下両者の肩書き略)驚異の寄せが飛び出し、決着がついていたのだった。
竜王戦七番勝負は前期も同じ顔合わせで、やはり渡辺の4勝1敗だった。それゆえ開幕前は、今期も渡辺が圧勝するのではと見ていたが、本当にそうなったので、逆に拍子抜けした。
このシリーズ、一言で言えば、渡辺が丸山の角換わり将棋を圧倒した、ということに尽きる。
シリーズ5局を簡単に振り返ってみよう。第1局は丸山の先手で、▲2六歩△8四歩▲7六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角…と進んだ。丸山は相掛かりを志向。4手目に渡辺が△3四歩と指せば、横歩取りになっていただろう。
それを渡辺は△3二金とやった。以下△8五歩と伸ばし、角換わりへの将棋が決定。これで自分の将棋を伸び伸びと指すことができたのである。
第2局は丸山の後手。4手目に△8八角成。角交換がずいぶん早いようだが、△3二金と上がらなかったのは、のちの△3二玉形を作るため。しかしこの工夫も、渡辺には脅威とはならなかったようである。
渡辺は、後手番で一手損角換わりは後手が明らかに損、もっと書けば、先手必勝という絶対的な確信があるのではないか。いや、ある。4手目に丸山が角を換えたとき、渡辺は「勝った」と思ったはずだ。
中盤も、どの変化も自信があるから、時間を使わない。もともと渡辺は定跡手順に時間を使わないが、対丸山に限っていえば、「あなたの研究はすべて調べています」という無言のアピールもあったはずだ。
渡辺がノータイムでパッパッパッ指してくれば、丸山も疑心暗鬼に陥る。渡辺がどこまで調べているのかと、丸山はとまどいながらの戦いだったと思う。
結果渡辺が快勝し、打ち上げ拒否の丸山を尻目に、将棋関係者との交流を密にすることができた。ここで渡辺の防衛が八割方決まったのである。
第3局も渡辺勝ち。危ない場面もあったが、最後は渡辺が勝つだろう、の妙な信頼があった。
第4局は渡辺が敗れたが、終始自信にあふれた指し方に見えた。
そして第5局も渡辺の土俵だったろう。丸山▲7六歩に△3四歩は横歩取りコースだから、渡辺は後手番矢倉辞さずの△8四歩。丸山▲2六歩。以下△3二金▲7八金△8五歩となって、渡辺定跡に突入した。
本局、私が最も唸ったのは、56手目の△4二金右である。△9五歩や△1五歩、あるいは△8五飛と走りたいところをグッとこらえて力を溜めたところが味わい深い。この感じ、以前も味わったことがある。昭和32年の第16期名人戦第6局で、挑戦者の升田幸三王将が、戦いの前に▲5九金と寄った手がそうだ。将棋は、たんに攻めるだけではダメなのだ。
「△4二金右」は、コンピューターなら別の手を指す。そして恐らく、その手が最善手であろう。しかし本局は、人間同士の対決である。△4二金右を見て、相手が「なかなかやるな」と唸ったら、それが最善手になるのだ。
渡辺の指し手には信頼感がある。この将棋、解説者と全国のファンのほとんどが、渡辺が勝つものと思って進行を見守ったのではなかろうか。丸山ファンが読んだら憤慨しそうだが、解説者のコメントを読むと、そんな感じがするのである。
そして、対局者はよく読んでいる、という使い古された表現を想起させたのが、最終盤△1九角成の鬼手だった。こんな、物陰からバッサリ斬るような激しい手が出てくるとは誰も思わない。もちろん渡辺は前々から読んでいたのだろうが、1分という秒読みの中で、よく決断できたものだ。
これら一連の手順を見たあとに、ニコニコ生放送の森下卓九段のコメントを読むと、あまりにもトンチンカンな解説に、首を傾げてしまう。これは第3局の中村修九段もそうだった。もっともこれらの解説がドンピシャリならば、当人がタイトル戦に登場している。こうしたミクロの読みの違いが、最終的には各自の勝敗に反映されてくるのだろう。
渡辺は盤石の防衛で、竜王9連覇。森内俊之名人、羽生善治王位・王座・棋聖、佐藤康光王将、そして丸山に2回ずつ勝っているのだから、内容も凄い。この間のほかのタイトルが王座1期、というのはさびしいが、そんなイヤミをかき消すほどの実績がここにはある。もはや秋の渡辺竜王に敵なし。今後も連覇は続きそうである。
将棋がほどほどに好きな私も、タイトル戦はさすがに気になる。2日目の夕方までは、仕事の合間にスマホをチラチラ。夕食後は散歩中にチラチラ見ていた。上野のヨドバシカメラを出てから、あっしまった、竜王戦はどうなってる? とスマホを見ると、渡辺(以下両者の肩書き略)驚異の寄せが飛び出し、決着がついていたのだった。
竜王戦七番勝負は前期も同じ顔合わせで、やはり渡辺の4勝1敗だった。それゆえ開幕前は、今期も渡辺が圧勝するのではと見ていたが、本当にそうなったので、逆に拍子抜けした。
このシリーズ、一言で言えば、渡辺が丸山の角換わり将棋を圧倒した、ということに尽きる。
シリーズ5局を簡単に振り返ってみよう。第1局は丸山の先手で、▲2六歩△8四歩▲7六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角…と進んだ。丸山は相掛かりを志向。4手目に渡辺が△3四歩と指せば、横歩取りになっていただろう。
それを渡辺は△3二金とやった。以下△8五歩と伸ばし、角換わりへの将棋が決定。これで自分の将棋を伸び伸びと指すことができたのである。
第2局は丸山の後手。4手目に△8八角成。角交換がずいぶん早いようだが、△3二金と上がらなかったのは、のちの△3二玉形を作るため。しかしこの工夫も、渡辺には脅威とはならなかったようである。
渡辺は、後手番で一手損角換わりは後手が明らかに損、もっと書けば、先手必勝という絶対的な確信があるのではないか。いや、ある。4手目に丸山が角を換えたとき、渡辺は「勝った」と思ったはずだ。
中盤も、どの変化も自信があるから、時間を使わない。もともと渡辺は定跡手順に時間を使わないが、対丸山に限っていえば、「あなたの研究はすべて調べています」という無言のアピールもあったはずだ。
渡辺がノータイムでパッパッパッ指してくれば、丸山も疑心暗鬼に陥る。渡辺がどこまで調べているのかと、丸山はとまどいながらの戦いだったと思う。
結果渡辺が快勝し、打ち上げ拒否の丸山を尻目に、将棋関係者との交流を密にすることができた。ここで渡辺の防衛が八割方決まったのである。
第3局も渡辺勝ち。危ない場面もあったが、最後は渡辺が勝つだろう、の妙な信頼があった。
第4局は渡辺が敗れたが、終始自信にあふれた指し方に見えた。
そして第5局も渡辺の土俵だったろう。丸山▲7六歩に△3四歩は横歩取りコースだから、渡辺は後手番矢倉辞さずの△8四歩。丸山▲2六歩。以下△3二金▲7八金△8五歩となって、渡辺定跡に突入した。
本局、私が最も唸ったのは、56手目の△4二金右である。△9五歩や△1五歩、あるいは△8五飛と走りたいところをグッとこらえて力を溜めたところが味わい深い。この感じ、以前も味わったことがある。昭和32年の第16期名人戦第6局で、挑戦者の升田幸三王将が、戦いの前に▲5九金と寄った手がそうだ。将棋は、たんに攻めるだけではダメなのだ。
「△4二金右」は、コンピューターなら別の手を指す。そして恐らく、その手が最善手であろう。しかし本局は、人間同士の対決である。△4二金右を見て、相手が「なかなかやるな」と唸ったら、それが最善手になるのだ。
渡辺の指し手には信頼感がある。この将棋、解説者と全国のファンのほとんどが、渡辺が勝つものと思って進行を見守ったのではなかろうか。丸山ファンが読んだら憤慨しそうだが、解説者のコメントを読むと、そんな感じがするのである。
そして、対局者はよく読んでいる、という使い古された表現を想起させたのが、最終盤△1九角成の鬼手だった。こんな、物陰からバッサリ斬るような激しい手が出てくるとは誰も思わない。もちろん渡辺は前々から読んでいたのだろうが、1分という秒読みの中で、よく決断できたものだ。
これら一連の手順を見たあとに、ニコニコ生放送の森下卓九段のコメントを読むと、あまりにもトンチンカンな解説に、首を傾げてしまう。これは第3局の中村修九段もそうだった。もっともこれらの解説がドンピシャリならば、当人がタイトル戦に登場している。こうしたミクロの読みの違いが、最終的には各自の勝敗に反映されてくるのだろう。
渡辺は盤石の防衛で、竜王9連覇。森内俊之名人、羽生善治王位・王座・棋聖、佐藤康光王将、そして丸山に2回ずつ勝っているのだから、内容も凄い。この間のほかのタイトルが王座1期、というのはさびしいが、そんなイヤミをかき消すほどの実績がここにはある。もはや秋の渡辺竜王に敵なし。今後も連覇は続きそうである。