午後7時35分ごろ、解説会再開。見物客も戻ってきた。今度は大内延介九段が向かって左手に位置し、座った。押し出される形で、藤森奈津子女流四段が右側に移る。
「(同じ方向を向いていたから)首が痛くなっちゃって…」
「聞き手はいつも大盤の左手にいるんで、こちら側に来るのは珍しいです」
大内九段と藤森女流四段の言であった。
先ほどの解説では、どの変化も佐藤天彦八段が悪くなった。これは羽生善治名人優勢か、となった時、指し手が伝えられた。
△7七飛成!!▲同銀△1九と。
この3手が場合の好手で、大内九段をたいそう感心させた。負担になっている飛車を捌き、じっと香を取る。次は△6四香が楽しみだ。以下を進めると、たちまち佐藤八段の勝ちになった。梶浦宏孝四段の駒捌きが素晴らしい。
俗に対局者はよく読んでいるというが、まさに1手指したほうがよく見えるという将棋。さすがに名人戦だ。
「まあそんなこんなで、だいたい120手ぐらいでこの将棋は終わるんですね」
ところで今夜は9時から、テレビ朝日で「警視庁捜査一課9係・初回2時間スペシャル」がある。うっかり予約を入れるのを忘れてしまったのだが、間に合うだろうか。
指し手が入って、羽生名人は▲5八金。「はあー」と、また大内九段が唸った。「なるほどそう指すものですか。攻めたら負けだからね」
いままで攻勢を取っていたから、そのまま攻めそうなもの。そこをじっと金を上がるとはさすがに名人、並の棋士では指せない手だ。大内九段の感嘆を目の当たりにしたということもあるが、本局で私が最も感心した1手であった。
佐藤八段は△6五金と手厚く打つ。しかし大内九段は首を傾げた。果たして5手進むと、先手が優勢になっていた。
さらに数手進んで、
「これは羽生名人の勝ちでしょう。でも以前こう断定して、間違えたことがあるんだよね」
と大内九段。森内俊之名人―羽生挑戦者の名人戦で、終電で帰る人のためにそれをやったらしい。「ところが翌朝新聞を見たら、勝敗がひっくり返っててね」
でも本局は、羽生名人勝ちで確定のようだ。
羽生名人の▲8六桂に、佐藤八段は△8五角と受ける。ここまでの手順は大内九段が完璧に指摘していた。そして次に▲6二香と打ち、そこで佐藤八段投了、が大内九段の読みである。
果たして羽生名人は▲6二香。これは、「9係」をギリギリ最初から観られそうだ。
が、佐藤八段は投げず、まだ4手進んで▲6一香成。
「これは投げるでしょう。これはいい投了図だもんね。これ以上指したら、もっと差がついちゃう」
ところが佐藤八段は△5八桂成。とたんに大内九段の顔色が変わった。
「…昔、筑摩書房さんが江戸時代の棋士の将棋を出すことになって、私は大橋柳雪の解説を担当したんですよ」
大内九段がこちらを向いて語りだした。「ところが(どの将棋も)中盤から終盤の入口で投げちゃって、ここで投了されてもこちらは分からないんだよね。
それで一生懸命調べたんだけど、やっぱり投了したほうが負けてるんです。昔の棋士は、投了も綺麗でした」
しかし大内九段の嘆きが対局者に聞こえるはずもなく、なおも指し手は続く。
△9四歩。
「もうここもいろいろ決め手があるけれども。▲7五金くらいでどうですか」
羽生名人は▲7五金。これが121手目だが、どうも終わりそうにない。△5七金と寄った。
「私の弟子に塚田泰明九段がいるんだけれども。その塚田も投げっぷりがわるくてね、私は注意したことがあるんだ」
大内九段の裏話が続く。「ある時塚田が竜王戦で谷川浩司九段と当たってね。塚田が敗勢になったんだけど、ここでもそれ(敗勢からのクソ粘り)をやった。結果も負けたんだけど、それから谷川九段が塚田と当たると気合を入れちゃってね、塚田はそれから1局も勝てなかった。
だから(粘って相手を怒らせると)こういうデメリットもあるんだ」
私はうなずくばかりである。大内九段は続ける。
「粘るのも、勝つ見込みがあればいいですよ。アマチュアの方はやってもいいです。逆転するから」
これには私たちも苦笑する。「だけどプロは違う。この将棋は、1%、100に1つの勝ちもない。
私は、将棋は芸術だと思う。記譜は後世まで残るんですよ。100年、200年後の人が今の棋士の将棋を見て、平成の棋士は弱かったんだな、と思ったらどうしますか」
大内九段の苦言、嘆きであった。
局面は△1八とまで、先手玉に詰めろがかかった。大内九段は▲7二飛成△同玉▲7一成香△8二玉▲8一成香…以下長手数で後手玉を詰ませた。
「長手数ですけど、プロなら0.1秒で読みます」
果たして本譜もそのように進み、▲8一成香まで、佐藤八段の投了となった。手数129手は大内九段の予想を越えてしまったが、やむを得ない。
最後はちょっとだらけたが、見応えのある将棋だったと思う。名人が先勝となり面白味に欠けたが、そこは佐藤八段のこと、第2局以降は巻き返してくるだろう。
今回は初めての新橋解説会参加だったが、大内九段の解説に味があって、とてもよかった。大内九段、藤森女流四段、梶浦四段とスタッフの方々に、厚く御礼を申し上げます。
この解説会は第5局まで行われるが、次の第2局は大内九段が立会人のため、お休み。
第3局は、2日目の5月13日(金)に行われるという。次回も拝聴しようと思う。
帰宅したら、9時24分だった。次回はしっかりビデオ予約をしておこう。
「(同じ方向を向いていたから)首が痛くなっちゃって…」
「聞き手はいつも大盤の左手にいるんで、こちら側に来るのは珍しいです」
大内九段と藤森女流四段の言であった。
先ほどの解説では、どの変化も佐藤天彦八段が悪くなった。これは羽生善治名人優勢か、となった時、指し手が伝えられた。
△7七飛成!!▲同銀△1九と。
この3手が場合の好手で、大内九段をたいそう感心させた。負担になっている飛車を捌き、じっと香を取る。次は△6四香が楽しみだ。以下を進めると、たちまち佐藤八段の勝ちになった。梶浦宏孝四段の駒捌きが素晴らしい。
俗に対局者はよく読んでいるというが、まさに1手指したほうがよく見えるという将棋。さすがに名人戦だ。
「まあそんなこんなで、だいたい120手ぐらいでこの将棋は終わるんですね」
ところで今夜は9時から、テレビ朝日で「警視庁捜査一課9係・初回2時間スペシャル」がある。うっかり予約を入れるのを忘れてしまったのだが、間に合うだろうか。
指し手が入って、羽生名人は▲5八金。「はあー」と、また大内九段が唸った。「なるほどそう指すものですか。攻めたら負けだからね」
いままで攻勢を取っていたから、そのまま攻めそうなもの。そこをじっと金を上がるとはさすがに名人、並の棋士では指せない手だ。大内九段の感嘆を目の当たりにしたということもあるが、本局で私が最も感心した1手であった。
佐藤八段は△6五金と手厚く打つ。しかし大内九段は首を傾げた。果たして5手進むと、先手が優勢になっていた。
さらに数手進んで、
「これは羽生名人の勝ちでしょう。でも以前こう断定して、間違えたことがあるんだよね」
と大内九段。森内俊之名人―羽生挑戦者の名人戦で、終電で帰る人のためにそれをやったらしい。「ところが翌朝新聞を見たら、勝敗がひっくり返っててね」
でも本局は、羽生名人勝ちで確定のようだ。
羽生名人の▲8六桂に、佐藤八段は△8五角と受ける。ここまでの手順は大内九段が完璧に指摘していた。そして次に▲6二香と打ち、そこで佐藤八段投了、が大内九段の読みである。
果たして羽生名人は▲6二香。これは、「9係」をギリギリ最初から観られそうだ。
が、佐藤八段は投げず、まだ4手進んで▲6一香成。
「これは投げるでしょう。これはいい投了図だもんね。これ以上指したら、もっと差がついちゃう」
ところが佐藤八段は△5八桂成。とたんに大内九段の顔色が変わった。
「…昔、筑摩書房さんが江戸時代の棋士の将棋を出すことになって、私は大橋柳雪の解説を担当したんですよ」
大内九段がこちらを向いて語りだした。「ところが(どの将棋も)中盤から終盤の入口で投げちゃって、ここで投了されてもこちらは分からないんだよね。
それで一生懸命調べたんだけど、やっぱり投了したほうが負けてるんです。昔の棋士は、投了も綺麗でした」
しかし大内九段の嘆きが対局者に聞こえるはずもなく、なおも指し手は続く。
△9四歩。
「もうここもいろいろ決め手があるけれども。▲7五金くらいでどうですか」
羽生名人は▲7五金。これが121手目だが、どうも終わりそうにない。△5七金と寄った。
「私の弟子に塚田泰明九段がいるんだけれども。その塚田も投げっぷりがわるくてね、私は注意したことがあるんだ」
大内九段の裏話が続く。「ある時塚田が竜王戦で谷川浩司九段と当たってね。塚田が敗勢になったんだけど、ここでもそれ(敗勢からのクソ粘り)をやった。結果も負けたんだけど、それから谷川九段が塚田と当たると気合を入れちゃってね、塚田はそれから1局も勝てなかった。
だから(粘って相手を怒らせると)こういうデメリットもあるんだ」
私はうなずくばかりである。大内九段は続ける。
「粘るのも、勝つ見込みがあればいいですよ。アマチュアの方はやってもいいです。逆転するから」
これには私たちも苦笑する。「だけどプロは違う。この将棋は、1%、100に1つの勝ちもない。
私は、将棋は芸術だと思う。記譜は後世まで残るんですよ。100年、200年後の人が今の棋士の将棋を見て、平成の棋士は弱かったんだな、と思ったらどうしますか」
大内九段の苦言、嘆きであった。
局面は△1八とまで、先手玉に詰めろがかかった。大内九段は▲7二飛成△同玉▲7一成香△8二玉▲8一成香…以下長手数で後手玉を詰ませた。
「長手数ですけど、プロなら0.1秒で読みます」
果たして本譜もそのように進み、▲8一成香まで、佐藤八段の投了となった。手数129手は大内九段の予想を越えてしまったが、やむを得ない。
最後はちょっとだらけたが、見応えのある将棋だったと思う。名人が先勝となり面白味に欠けたが、そこは佐藤八段のこと、第2局以降は巻き返してくるだろう。
今回は初めての新橋解説会参加だったが、大内九段の解説に味があって、とてもよかった。大内九段、藤森女流四段、梶浦四段とスタッフの方々に、厚く御礼を申し上げます。
この解説会は第5局まで行われるが、次の第2局は大内九段が立会人のため、お休み。
第3局は、2日目の5月13日(金)に行われるという。次回も拝聴しようと思う。
帰宅したら、9時24分だった。次回はしっかりビデオ予約をしておこう。