一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

棋士編入試験第1局について思うこと

2019-11-28 00:04:53 | 将棋雑考
折田翔吾アマの「棋士編入試験五番勝負」が始まった。
折田アマは元奨励会三段で、アマ王将戦などで優秀な成績を挙げ、プロ棋戦に参戦した。銀河戦を中心に10勝2敗の成績を取り規定をクリア、今回の試験に臨んだものである。
受験の際には50万円(+税)の受験料がかかるが、折田アマはそれをクラウドファンディングで調達し、それも話題になった。
なお、編入試験の戦後第1号は言わずとしれた瀬川晶司現六段で、2005年開催。当時は米長邦雄会長がプロデュースし、大変な話題になったものだ。
ただケチをつけるわけではないが、当時の試験官には奨励会員や女流棋士、フリークラス棋士も混じっていて、しかも3勝3敗で合格だった。受験者にプレッシャーはあるものの、かなり楽な条件だったのではないか。
プレッシャーといえば、折田アマは奨励会三段リーグでは、最高成績は指し分け(9勝9敗が1回)だったという。それがプロ相手になると10勝2敗。いかに三段リーグのプレッシャーが大きいか分かるというものだ。
なお、私がむかし中井広恵女流六段に、「ふだん実力はあるのにそれが対局で発揮されない人は残念ですよね」と言ったら、中井女流六段は「それも実力だから」とニベもなかった。
閑話休題。第2号の今泉健司現四段からはルールが整備され、棋士番号の新しい順から5人が試験官になった。今回もそれを踏襲するが、要するにバリバリの若手棋士が相手で、手ごわいところである。
25日の第1局は黒田堯之四段が相手。当日はAbemaTVで中継があり、私はスマホで求人情報を収集しながら、時おり戦況を窺っていた。
将棋は▲黒田四段の四間飛車。折田アマは奇妙な囲いになっていた。解説は瀬川六段と今泉四段で、編入試験の先輩として、風格が漂っていた。
折田アマは飛車先を破り、好調。黒田四段は1筋で交換した香を5筋に据えたが、それが活きているとは思えなかった。果たして次に観た時は、かなり後手がよく見えた。
そして職安に行き再度スマホを観ると、折田アマが勝っていた。
まずは受験者が幸先よい1勝だが、夜に情報を収集すると、妙な話が飛び交っていた。
黒田アマは本来居飛車党だというのだ。それで私も調べてみると、黒田四段はデビュー以来、居飛車しか指していない。それがなんで本局に限って飛車を振ったのだろう。しかも初手は▲1六歩だったらしい。
むかしLPSA駒込サロンで、櫛田陽一七段が手合い係をしていた時、会員や櫛田七段とで、平手の30秒将棋をすることになった。
だが櫛田七段はアマ相手に平手は指さない。中には植山悦行七段のように、隙あらば平手、の棋士もいるが、櫛田七段はそのスタイルである。これはこれでもちろんよい。
だから私も櫛田七段との対局は駒落ちを所望したが、櫛田七段は「早指しだから」とそのまま平手で指してくれた。ただし戦型は居飛車だった。アマ相手に世紀末四間飛車は披露しませんというわけで、私はここにプロの矜持を見たのである。
黒田四段にもその気持ちがあったかどうか分からぬが、問題はこれが黒田四段の将棋かということだ。
むかし阿久津主税八段がコンピュータソフト相手にバグ狙いの研究手を指し、21手で投了に追い込んだことがあった。
この作戦の採否に賛否両論があったが、私は全国が注目したこの一局、そこで「阿久津主税の将棋」が見られなかったことに落胆した。
今回黒田四段の将棋にもそれを感じたのである。黒田四段も振り飛車は指したことがあるだろうし、裏芸だったかもしれない。しかし、全国が注目している編入試験で、黒田四段はこの将棋を見せたかったのか?
黒田四段に、居飛車は公式戦に取っておく、という思いがあったのかもしれない。また黒田四段は折田アマと三段リーグを指したこともあるそうで、全力は出せなかったのかもしれない。
だが、どうにも割り切れない感が残るのである。
いずれにしても、試験官がみんなこんな感じなら、折田アマの合格は決まったも同然である。
私は今、編入試験の興味が半分なくなりかけている。
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