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「甲越軍記」を現代仕様で書いてみた(211) 甲越 川中島血戦 38

2024年09月27日 20時06分10秒 | 甲越軍記
 「武田勢、下諏訪に向けて進軍中」
報せを聞いて、松本の小笠原長時は、これを迎え撃つべく急いで諏訪に向けて兵を進めた。
武田軍は佐久に入り海野峠を越えて法福寺に陣を敷いた
小笠原は雛倉峠を越えて武田勢の先陣に無二無三の戦いを仕掛けた
鉄砲を撃ちかけ、槍を揃えて攻め寄せる。

武田勢の先陣は飫冨兵部少輔、小山田備中、芦田下野らの軍勢、兵を励まして挑みかかる小笠原勢に立ち向かった
いずれも己の命など塵ほどにも思わず、ただひたすら義を重んじて命投げうち名をこそ残さんと火花を散らして戦う
されども小笠原長時は地神、御仏に守られて奮戦すれば、武田勢は総崩れとなって二丁ほども後退した
これに押されて、二陣のあとも総崩れの様となるところに、故甘利備前の嫡子、甘利藤蔵、今年十七歳、去る九日に左衛門尉に任じられ、晴信から晴の諱字を賜り、甘利左衛門尉春吉と号する
父に劣らぬ剛勇の若者であれば、今日の陣列でも旗本として前備えの将を任される
先陣の諸将乱れて、こちらに向かって逃げてくるのを見ると、采配を打ち振り
「これは愚かなる者どもかな、頼りがい無きものどもめら、長時がいかに勇ありと言えども敵はわれらの十分の一であるぞ。いかなる卑怯の振る舞いか
おのれら武名をけがすか、ここは御大将の御前である、ここで討死せねばいつ御恩に報いるときがあろうや、返せや者ども」とこらえて一歩も引かず下知すれば、ようやく浮足立つ兵たちも、ここでこらえて押し返した
これを見た、小山田、飫冨も機を得て踏みとどまり、甘利も備えを分けて左右から敵を切り崩す
信濃勢は、突然の反抗に乱れ立、ついには敗走する
長時は馬を引き返して「戻れや者ども、攻めよ」と身を揉んで下知すれども、崩れたった兵は言葉も耳に入らず敗走する
志ある勇士さえも心ならず共に崩れ去れば雛倉峠を越えて松本を目指して逃げ帰る
甲州勢は深追いせず、軍をまとめ、諸将の功労を賞す
甘利勢が討ち取った敵首は二百七十三級、先手の諸将が討ち取った首は二百四十六級、合わせて五百十九級であった
諸将大いに喜び、この勢いのままに松本に攻め込んで小笠原長時を滅ぼそうではないかと意気上がるところに、長尾勢がまた海野平に現れたとの報せあり
晴信、これを聞き「長時は小敵なれば捨て置いて、越後勢を防がん」と用意を命じた
此度の小笠原との法福寺表の戦いでは、飫冨兵部少輔の弟、源四郎、春日源五郎の両人、比類なき働きをして、晴信より感状を賜る。





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