街道を歩く

今まで歩いた街道、町並み、これから歩く街道、町並みを散文的に紹介

またまたまた汐湯(母編)

2009-03-07 10:03:49 | 中津街道

 来るたびに素晴しさを感じる。何時見ても素晴しい。全体を収められないのが残念でならないのだが。

 ここでは藪椿が今を盛りのようである。既に落花しているものもある。
そう、もう皆さんもご存知であろう。薦神社である。
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またまたまた汐湯(母編)

2009-03-06 10:05:44 | 中津街道

 もう今では皆さん周知の場所であろう。訪れたこの日は水曜日だった。ために幟に見えるコロッケ屋が休みで、キャンデー屋も休みであった。
 観光客の車が入ってこないものだから二人で悠々と歩く事が出来た。
 腹が減ってきた。

 誰かが言ったな。「粉食いに行きましょう」 
目の前に丸いものがあるが、これを食しに行くことを「粉食い」と言うらしい。
母はこの一枚、当然我輩はこれでは足りぬ。飯、豚汁を別途頼み腹が満たされたのである。ここは安くて美味い。
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またまたまた汐湯(母編)

2009-03-05 23:54:35 | 中津街道

 今日は長風呂だった。そう言えば女風呂の方から賑やかに喋り声が聞こえていた。行けば必ずと言っていいほどお喋りが始まるのだ。風呂に入るのは勿論、おばちゃんたちと話すのも楽しみらしい。楽しみが増えるのは良いことである。

 少し足を延ばして豊後高田へと向った。着いた駐車場の横にある家の庭木である。大きな椿だった。椿は日本の誇りと言われているほどの木だ。二千種もあるというのだからどれだけの力の入れようかが判ると言うものだ。
 
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椿を描く

2009-03-05 18:58:18 | 花の絵


 近くの農事センターで椿展があった。だからと言うわけではないが椿を描いた。
以前は朝顔、それより前には侘助を描いていた。汐湯や薦神社などに行くと椿の赤が目についたのだ。それで椿を描きたくなった。この椿はもう貰い手がある。あるカラオケ屋さんのママが花の絵が欲しいと言うのでこれにした。額に入って壁に飾られるであろう。
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またまたまた汐湯(母編)

2009-03-05 07:15:01 | 朝顔 花

 中津神社の前にある。梅のようで梅でない。蝋梅か、梅もどきか。黒味がかった赤が妙に目を惹いた。

 葉を見ると椿の仲間のように見える。照葉である。雨に濡れて斑が入ったように見える。おや頭隠して尻隠さずとした猫がおる。名も無い我輩猫は小雨を避けているのであろう。
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またまたまた汐湯(母編)

2009-03-05 07:01:40 | 中津街道

 見るも無残である。江戸時代に築かれた石垣も長年に亘って遅々として伸びてゆく根っこには勝てぬ。その長年に亘って石垣を犯した木々も瞬時に切り倒されるのである。時の流れを感じざるを得ない。石垣は江戸時代に戻されるのではなく平成の石垣となるようだ。どこかの川の中流域から拾ってきたような丸石で、それは砂岩のようである。江戸期の石はどこかに破棄されるのだろう。

 あの薄暗さが無くなり、すっきりしすぎてしまって風情が無い。桜の木だけは取り残されているようであるから、花を付けた頃を見計らってまた来て見よう。
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またまたまた汐湯(母編)

2009-03-04 07:23:00 | 中津街道


 石垣崩壊の元凶と言えば聞こえが悪いが、泣いて馬謖を切る の如くに大木を打ち払い、石垣を復元修理するのであろう。
2月13日に記したがやはりの感であった。今までは目を覆うほどの木々が茂っていたが、すっきりしすぎである。
 汐湯への誘いも風情がなくなったことはまちがいない。至極残念である。
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またまたまた汐湯(母編)

2009-03-03 10:01:55 | 中津街道

 梅の花は小さいので枝を覆い隠すことは出来ない。華々しさが無く桜ほど人を惹きつけるものを持っていないのは残念と言えば残念で、いつのまにか散ってしまって記憶に残らない。「梅は咲いたが桜はまだかいな」と言われるほど桜が恋われているようだ。しかし、確実に早春の使者であることに間違いは無かろう。
 今回梅をじっくりと見ることが出来たのはいい思い出である。

 梅といえば梅が枝餅だ。だが、大宰府のそれとは違う。所変れば品変るの現実である。それでも二人で二個ずつ食した。印象が薄い。
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またまたまた汐湯(母編)

2009-03-02 09:59:13 | 中津街道

 丸々と肥えた目白が群がっている。群雀とは言うけれど目白は聞かない。母も珍しそうに見つめていたが、私はそうはいかない。この光景を早く収めようとするのが精一杯で余裕が無かった。

 境内がいやに慌ただしくなった。お払いなのか、神事なのかは判らぬが、まあ我々凡人にはわからぬことであろう。
 霧雨の中を紅白梅は静かに佇んでいるのである。
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またまたまた汐湯(母編)

2009-03-01 07:56:05 | 朝顔 花

 梅に囲まれて顔がほころぶ母である。小雨ではあったがそのようなことはなんのそのだ。母の女紋は梅鉢で、やはり梅とは縁も所縁もあるのである。

 一際目立つ枝垂れ梅だ。このような梅はここでしか目にしない。うーむ。いいときに来たものだ。日本ならではの風景かもしれん。
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