かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

いのちの作法

2012年06月08日 | Books

soccerball現在、ヨルダン戦の真っ最中。あっという間に、4-0になった。すばらしい動きを見せている。有言実行のザックジャパンに拍手である。



本書は、本屋で平積みになっているのを見つけた。
何で?と思われると思うが、著者の中野さんは、ご近所で、中野さんのサイン本なども、この最寄の本屋でGETしたりしていた。もちろん、ご存命中のことだが。

中野さんは、結構前に(本書によると2004年で、もう8年も前だ)忽然とガンで亡くなられた。その時の入院前の日記が遺作と思われたが、本書が出た。2002年に出た本を改題したものだそうだ。

中野さんとの出会いは、ハラスのいた日々。清貧の思想が流行った時は、シカゴにいて、地元のローカル紙に、インタビュー記事が載った時には、びっくりした。バブルまみれの日本にこんな本が出たということで、日本駐在の記者の目に留まったのだろう。

本書は、亡くなられる2年前に著されたことになるが、中野さんが、世の東西の、多くの本から、いのちにかかる珠玉の言葉を厳選して、ご自分の死生観を語ってくれる。
本書を読めば、日ごろ蓋をして隅に押しやっている命に対する思いを巡らすきっかけになるだろう。

中野さんは、周りの同世代の人々を見て、自分の手で死をつかみとるしかないと悟り、「病院では死なない会」という文も書かれたそうだ。そうでもしないと、病院に振り回された死になってしまうということだ。

ちょっと気にかかったフレーズを。

ー生きることでなく、よく生きることこそ、なによりも大切にしなければならないー
(プラトン)

ーされば、人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しびを忘れて、いたづがはしく外の楽しびを求め、この財を忘れて、危うく他の財を貪るには、志満つ事なし。生ける間生を楽しまずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。人皆生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり。死を恐れざるにあらず、死の近き事を忘るるなり。もしまた、生死の相にあづからずといはば、実の理を得たりといふべし。・(吉田兼好)

ーまだ死んだことがないので、生処の話はできぬ。生が即ち無生だとわかれば、この生を離れて有無の生を説くことはいらぬ。それで祖師は生に当って即ち不生だと云うのであるー
(鈴木大拙)

中野さんは、生死を語る際、上の吉田兼好の言葉に、一番納得されていたようである。

コメント
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