出光佐三氏及び出光興産社員の敗戦直後の活躍に感謝したい気持ちである。
「石油の一滴は血の一滴」と言われ、日本は、石油のために太平洋戦争をし、石油のために敗れた。大きな要因として石油があったことは言い得ている。
戦後、第二の敗戦として、石油業界が外国の石油資本7大メジャー(7人の魔女)に日本の各社が飲み込まれるも、出光は、日本全体が蹂躙されてしまうことを防いだ。
その出光の創業以来の社是は、「社員は家族」「非上場」「出勤簿は不要」「定年制度は不要」「労働組合は不要」。小さな個人商店ならわかるが、大企業がこのような社是とは、驚きと、社員は大丈夫かとふと思いたくなる。しかし、社員は、なんら文句を言うこともなく、逆にいきいきと、例えば、GHQから指令されたが、どの企業もやることに手を上げなかった石油タンクに残った油のくみ出しを、出光社員の人海戦術でやりとげたのである。
なぜ、社員がそこまでできたのか。佐三氏の魅力やその精神すなわち「人間尊重」、「和の精神」、「国のためを第一に考えること」につきる。
戦後の焼け野原となった日本において、失業者があふれる中、佐三氏は、1000人の社員を一人と首にすることなく、家族のように養った。事情が事情なのだから、社員を縮減して企業存続を考えるであろうが、佐三氏の発想はそうではなかった。なんとか仕事を探し、ラジオの修理の全国展開を銀行から多額の借金をしてもやろうとした。
石油の業界団体に加わっていなかったことから、周囲の妨害も並大抵のものではなかった。偽の情報からGHQには「公職追放」と指定され、石油配給公団の指定する「販売業者」からはずされかけ、イランへ送るタンカーを借りる契約を直前に破棄され、石油販売の配給比率のメジャーを有利にする制限など、同業者からも、政府からも、国際石油カルテルからも標的にされた。
悲しくなるのは、自らの企業の利益や組織の存続という点にのみ目を向ける他企業の幹部や政府役人の存在である。佐三氏は、無私無欲で、日本のためにしているにも関わらず、情け容赦のない妨害をしてきた。
和の精神の佐三氏、そして社員は家族の出光興産は、それら妨害につぶされることなく、乗り切った。朝鮮戦争が勃発し、「特需」とともに石油消費の需要もあったという運もあったが、それだけではない。
難題を乗り切ろうとして必死に努力をする社員と、佐三氏が有する信頼できる人脈が、危機を回避し、交渉を実りあるものへと変えて行った。
出光興産の大きな偉業のひとつは、イランからの石油の買い付けである。
その名も、「日章丸事件」。
イランは、7大メジャーに長い間支配されて来たことに闘って、モサデク首相のもとイギリスの国策会社アングロ・イラニアンを自国の会社とした。そのために厳しい経済封鎖をかけられ、イランの石油を運び出そうとする船舶は、イギリスの軍艦により拿捕される状況にあった。
佐三氏は、隠密裏にイランとの交渉を進め、自社の日章丸をイランへ送った。日章丸の乗組員さえ行き先を正しく教えられることなく航海した。
イランへ行き先を変更したとき、「イランの石油を購入することでイランを助け、日本の石油業界の未来に貢献する」という佐三氏の檄文を船長が読み上げると、戦場に赴く危険な任務を明かされたのにもかかわらず乗組員から「万歳」の声が何度も轟くのであった。
無事、イランの石油を輸入し、正当性が国際法上も認められた。
その後、メジャーの逆襲、すなわち、アメリカCIAの仕組んだクーデターで、パーレビ国王が元首とされ、モサデク首相がひきずり降ろされ、イラン革命までの間、イランの石油は、メジャーの手に落ちる。
そのことからすると日章丸の石油の輸入はほんの一矢にすぎないが、イランと日本の友好関係が続いてほしかったと思うところである。
「99人の馬鹿がいても、正義を貫く男がひとりいれば、間違った世の中にはならない。そういう男がひとりもいなくなったときこそ、日本は終わる」佐三氏の言。
たとえ、組織の内向きの論理でつぶしにかかっても、正しいことを行っている以上、そのことを見ている人は必ずいて、救いの手は差し出されるし、運命も見方する。
佐三氏の人生は、そのことを証明してくれる。さらにいうなら、佐三氏の正義は、単なる主義という漠然としたものではなく、人間の尊厳から出てくるものであった。
出光興産の社是は、今も通じるように思う。それこそが、日本の企業の理想とすべき姿と考えるがいかがか。
今、私は法律を学んでいる。小児科医として、子ども達の育つ環境を政策的にも制度的にも街づくりからもよくするためには、法律という“刀”が必要であると考えるからである。
法律では、民主主義、自由主義など主義という言葉が多用され、思考のはじめに○○主義から入って行こうとしていた。
佐三氏は、「主義の奴隷になるな」と言う。主義を主張する一方で、人間尊重、和の精神に立ち返ることを忘れずにもちたいと思う。人間尊重、和の精神は、敗戦後の最も困難な時期でさえ通じたのであるから、今も通じるはずである。
参考文献
『海賊とよばれた男』 百田尚樹 著
『マルクスが日本に生まれていたら』 出光佐三 著