日本中を歩いて回り、数多くの庶民の話を聞くことで民俗学に新たな境地を開いた旅する民俗学者宮本常一さんの膨大な著作のなかに、「海ゆかば」という短いエッセイがあります。
これは明治になったころ、大陸まで小舟で渡った大阪の一人の漁師の冒険談を宮本氏が聞き取ったものです。
その漁師は「御維新で藩の境がなくなったそうで、これからはどこへいっても良いらしい」という話を聞いて、「じゃあ好きなところへ行ってみよう」と思い、仲間と二人で小さな漁船に乗って見える島を頼りに船を漕いだという。
九州の玄界灘まで出たところで見える島を頼りに隠岐、対馬、朝鮮半島へと渡りとうとう遼東半島まで行きました。
半島をぐるっと回ると大きな河が出てきて、そこで一人の日本人に会い、「この上流には北京というところがあるが許可証がなければいけない」と言われて、さすがに北京行きは諦めた。
「じゃあこの海岸に沿って行けばどこまで行けるか」「そりゃあインドへ行く」「じゃあインドまで行ってみる」「その船じゃあ無理だ」そう言われて、ならば出直そうと言うことで日本へ戻ってきた、というのです。
「海に境はなかった、自然に行けた。言葉は分からないけれど、獲った魚をあげれば食べ物はもらえたので困ることはなかった」と言う。
宮本氏は、日本と大陸の往事の往来とはこんな感じだったのだろう、と考えていますが、まさにこうした往来こそが海洋国家の生き様だったのかもしれません。
それにしても、「見えるところまで行ってみよう」という大らかな冒険談を聞くと、何をするにもいちいち許可や承認をもらわないといけないルールが定まり、あるいは、自分自身が許可をもらわないと何も出来なくなるような精神の限界を作ってしまっていることに改めて気づきます。
ルールを破れとは言いませんが、社会が認める範囲の中で許される冒険、そして自らの殻を破って自分を変えるという試みは大いにあって良いと思います。
さて、年度も変わり、人事異動や転勤、引っ越しで新しい人生の一歩を歩み出す人も多いことでしょう。
公務員であれば自動的に訪れる人生の節目ですが、それを一つのきっかけとして考えるのも良いですし、逆にそういうきっかけがなくても、ふと気づいた瞬間に日々を新たに過ごす方が良いですね。
「海ゆかば」の精神で、冒険心を忘れずに未来を恐れずに。
小さくても今年の目標は何にしましょうか。
皆さんの新しい挑戦に幸あれと祈ります。