Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

中央アジア花の旅 2 タムガリ~ビシュケク

2016-07-17 20:33:40 | 中央アジア
4月27日

アルマトイを出てしばらくするとまわりの景色は緑の草原一色となり、馬の姿も見えてくる。
 
左手には天山山脈が連なり、その向こうがキルギスだ。

 
しばらく西へ進んでから北へ折れ、アスターナからシベリア鉄道にもつながるらしい線路を越えると
 道は舗装がぼろぼろの悪路になってきた。

 やがて前方の丘に赤い線が見えてきて、赤土でも露出しているのかと思ったら
 
これがなんとレッドポピーの群落。車を停めて小高いところに登ってみると周り中が赤いお花畑で
 
こんな景色は今まで見たことがない。
 丘の上には羊飼いのおじさんが一人いて、我々が登って行くと地面から引っこ抜いたネギのようなものを食べろと勧めてくれたが、たぶん行者にんにくだったと思う。
別れ際には携帯で盛んに話していたが、おそらくは家族か仲間に「変な連中が来た」とでも報告していたのだろう。
それにしてもこんなところでも携帯が通じるとは。

 さらに羊の群れなど見ながら悪路を行き、午後2時になってようやく目的地に到着。

やって来たのは世界遺産になっているタムガリの岩絵。
 
看板の他には店一つないが、東屋があるのでここでお昼。
今回は空港到着からキルギスの旅行会社が付いてくれて、用意されたお弁当は
  
食べきれないほど盛りだくさん。
 パンの中身はいささか寂しいが、挟まっているのは馬肉ハム。くせがなくて、これはもっと食べたかった。

大体どこへ行っても国をまたがっての旅行の場合は国境で現地旅行会社が交替するものだが、カザフとキルギスの場合は相互乗り入れが可能らしい。
そもそもカザフ族とキルギス族は同じモンゴロイド系の顔立ちで、どちらもトゥルク系の言葉は方言程度の差しかなく、文化も良く似ているので仲がいいらしい。
ちなみにスルーで付いてくれた現地ガイドもキルギス人だったが、ロシアの血が混じっているらしくタレントのウエンツ瑛士にそっくり。
今回のキルギスの旅行社は何かと気が利いてとてもよかった。

さて、お腹がいっぱいになったところでカロリー消費の運動。
 
日陰の全くない中、岩の露出した丘に向かっていくと要所要所に解説看板があって、岩場に上がってみると
 
 
鹿やら牛、山羊などが線刻されているのが見える。

ここに残る岩絵は古いものは紀元前14世紀から20世紀のものまであるそうで、そのため題材もできばえも千差万別。
  
  
人の姿を描いたものもあるが、輪になって踊る人たちはどこぞの旅行社のシンボルマークみたい。

 
丘の上からの景色はいいが、岩場の足元は悪いし、なにより日陰がまったくないのでここの見学は予想以上にハード。
春だから良かったが、夏には来たくない所だ。

タムガリの見学を終えたら来た道を戻り
  
途中リンゴの木の下でトイレ休憩などしながら、幹線に出たらまた西へ。

  
道路沿いには木が並んでいるが、その枝にはカラスの巣がいっぱい。こんなにカラスをたくさん見たのも初めてだ。

タムガリからは3時間でキルギスとの国境、カラス―に到着(鳥のカラスとは無関係)。
これから向かうビシュケクにもっと近い国境もあるのだが、そこは混むのでわざと遠い方を選んでいるとのこと。
しかしおかげで国境には並んでいる人もなく、カザフ側もキルギス側も全く緊張感なく通過。
両国間の緩衝地帯もバスで移動で荷物を自分で運ぶ必要もなく、40分でキルギス入国。

そこからビシュケクまではまた40分で、到着したのはすっかり暗くなった20時半。
途中の両替屋に寄って、すぐにレストランで夕食。
 
テーブルに乗ったパンかごに中央アジアらしいナンと一緒に揚げパンが入っているのがキルギスならでは。
 
ディルの入った豆スープにラグマンも中央アジアらしいが、ラグマンは新疆から離れるほど味が落ちる。

食事を終えたらホテルはすぐ目の前だったが、部屋に入ったのは22時。
初日からS社らしいスケジュールだ。 
 
 
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中央アジア花の旅 1 アルマトイ

2016-07-15 15:27:36 | 中央アジア
時間が経ち、記憶も怪しくなり出しているところでGWに行った中央アジアの旅。

今回は個人で行くのは面倒そうな所なのでおなじみS社のツアー利用。
題して

「春のキルギスへワイルドチューリップを求めて」 2016年4月26日から5月4日

4月26日

今回は午後の出発なのでゆっくりと成田に集合。
ツアーメンバーは10名とコンパクト、うち2名は友人なのでお気楽だ。

 アシアナ航空でソウルまで2時間半。
乗り継ぎ2時間弱で目的地カザフスタンのアルマトイまでは6時間。ヨーロッパに比べれば近い、近い。

カザフスタンは地下資源が豊富で潤っていると理解していたので昨年行ったアゼルバイジャンのバクーのような空港を期待していたが
 到着してみれば日本の地方空港ほどの地味さでちょっとがっかり。1998年に首都がアスターナに移されてしまったためだろうか。
すっかりローマ字表記に変えてしまったウズベキスタンとは違い、ここからはキリル文字の世界だ。

ビザもいらないカザフスタンへの入国は簡単、空港からは30分、23時に市内のホテルに到着。
  
グランド・ボヤージュという一応4つ星ホテルの部屋は広く
 お寿司のデリバリー・メニューが備えられていた。

4月27日

 早朝に目を覚まして窓の外を見ると、緑の街路樹の向こうに雪をかぶった天山山脈が見える。

 朝食ビュッフェにクレープがあるところがロシア風だろうか。

出発の時間までホテルの周りをちょっとお散歩。

 
市民の脚はトロリーバスのようだが、経済状態がいいせいか車も多く、ヨーロッパ車にまじってトヨタなど日本車も見える。
歩行者信号には待ち時間表示まで付いているが、サングラスの看板はなんだろう。

ホテルが町のどこにあるのかもさだかでないが、周辺には高い建物もなく
  
木造のデザイン・スクールや、水色のお役所っぽい建物が目立つぐらい。
しかし緑の街路樹が多くていい感じだ。

 ホテルに戻ると今日一日お世話になるバスが待っている。
たった10人のツアー客のために50人は乗れる大型バス利用とは贅沢。

これに乗って市の南に向かうと、郊外には大型のショッピングモールや高層マンションをガンガン建設中。
 
  
整備された広い道路の脇に立つのはカザフスタンの独立以来、もう四半世紀大統領を続けているナザルバエフ氏の看板。列柱の並ぶモニュメントの向こうには確か大統領の広大な別荘があると聞いた気がするが、一族の権力独占は明らかなものの、平和が続き、経済力も上がっているので大統領支持は変わらないのだそうだ。
カザフスタンのような若い多民族国家では確かにある程度の独裁者の方が国が安定するのだろう、と最近ぐちゃぐちゃになってしまった国々のことを考える。

ここから山の方へしばらく上り、やって来たのはスンカールのイヌワシ飼育場。
 
門の所に犬と鷲がいるのでイヌワシ、と言うわけでは決してない。

敷地内に入ると様々な猛禽類のいる檻が並び
 
特に大型の鳥は脚に鎖を付けて外にいる。

 
一番手前にいるかわいいのはソウゲンワシ、次がイヌワシで英語のゴールデン・イーグルと言う名前の通り、頭が金色がかってかっこいい。
 
比べてハゲタカは本当にハゲでルックスがあまりよろしくないが、サービスで羽を広げてくれると大きくて威圧感が半端ない。

そうこうしているうちにデモンストレーションが始まると言うので会場へ。
 我々の他にアメリカ人の大きな団体が来ているのでなかなかの盛況。達者な英語で説明してくれる鷹匠はロシア人だそうだ。

 
まず登場したのはミミズク君で、観客席にまで入ってくるこの子のかわいさにみんなノックアウト。
 ただし鷹匠がご褒美に与えるエサをよく見るとばらしたヒヨコで、脚や頭が見えてなかなかグロい。

  次に登場したのはハヤブサ。
  
それから鷹とだんだん大型になり
 
最後がハクトウワシだったのはアメリカ人へのサービスだろう。ただしまだ頭が白くないのでまだ子供のよう。

鳥の説明をし、飛ばしてみせてデモンストレーションは予想以上の面白さ。
なによりどの鳥もかっこよくて、猛禽類ファンの気持ちがよくわかる。

ショーの後は犬の方も見ておこうと敷地の奥へ行くと
 
猟犬だと言うカザフ犬はこのていたらく。隣の檻にいたオオカミたちがかっこいい。

これでアルマトイの観光は終了。
 名前の由来であるリンゴを見ながら町を離れ、西へ向かった。


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タジキスタンの人々

2014-01-10 17:09:38 | 中央アジア
断言してしまおう、タジキスタンは美人が多い。

美人の好みは人それぞれだろうが、日本人としては特に北部の女性たちがお気に召すのではないかと思う。

 
細かい三つ編みが印象的な彼女とはホジャンドのバザールで遭遇。
  
その手前のメロン・バザールにいた美人姉妹は貫禄たっぷりのママにもよく似ている。
 イスタラフシャンでお家を案内してくれた彼女は前にも書いた通りスカーレット・ヨハンセンにそっくり。でも性格は良さそうで、ママも美人。
 
ソグドの末裔たちは顔の造作がこじんまりとして、清楚な感じが日本人好みだと思うのだ。

これがアフガニスタンとの国境近く、パミール高原に入っていくと民族が明らかに変わる。
  
彫りが深く、華やかな顔だちでなるほどペルシャ系。イラン人タレントのサヘル・ローズみたいな顔の女の子もよく見かける。

  
カライクムの宿のお姉さんもはっきりした顔立ちの美人。ママは髪を長~い三つ編みにしている。
 
ヤン村の宿の美人のお嫁さん(?)は三つ編みに華やかな飾りをつけていた。

 
幼い子たちも整った顔立ちで、みんな美人になるんだろうな~。

一方の男の子の方はと言うと
  
 これまた北部はあっさり目で悪くない。 
 ヤン村の宿の息子もなかなかのイケメン。
 でも笑うと思いっきり金歯が光ったり
 しっかり眉毛のつながったお兄さんがいたりもする。

しかし金歯やつながり眉毛は中央アジア全域で人気のルックス。金歯は女性にも多いし
 子供でもこんなお化粧をしていたりする。
ちなみにこの眉毛は植物性の染料で描くそうな。 

おまけはネットで見つけたミス・タジキスタン。
 この方、2010年のMiss United Nationsに選ばれたそうだが、本国にはもっと美人がいるぞ。

ついでにタジキスタンの温泉でご一緒した若い女性たちはスタイルも抜群だった。


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中央アジアの車事情

2014-01-07 18:11:37 | 中央アジア
タジキスタンに行って驚いたことの一つはバイクが一つも走っていないこと。

大体どこの国でもまずは自転車を買い、少し経済的に余裕ができたらバイクを買い、さらに裕福になれば車を買うもの。それで今の東南アジアなどはどこもバイクがあふれている。

ところがタジキスタンを始め、ウズベキスタンでもキルギスでもバイクはおろか、自転車の姿もほとんど見ない。珍しくバイク乗りがいるなと思えば、たいていヨーロッパあたりからの旅行者だ。

では何に乗っているのかと言えば
 タジキスタンの都市部では圧倒的にドイツ車。
ワーゲンやらオペル、おベンツ様の姿も珍しくなく、これらはドイツで中古を買い、タジキスタンまで転がして来ればいい儲けになるんだそうだ。

これがウズベキスタンではほとんど韓国車。90年代に韓国の大宇が工場まで作って市場を独占したそうだが、大宇がその後GMに買収されて、今ではシボレーの工場になっているのをアンディジャンで見た。

あとはどこの国でも旧ソ連製のぼろ車。
 
 本当に動くのかいな、と言うような車もよく見る。

 さすがに我々ツアーの四駆は一台の韓国車を除いて三菱やトヨタの日本車で、ドライバーたちは「やっぱり日本車が一番」と言っていたけれど、日本車をこれほど見ない地域も珍しい。

日本企業もまだまだがんばる余地があるぞ。


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タジキスタンの工業製品事情

2014-01-05 17:49:40 | 中央アジア
お土産つながりで、忘れた頃のタジキスタンねた(笑)。
工業製品、と言ってもスーパーなどの棚に並んでいるもののこと。

タジキスタンと言えどもドゥシャンベやホジャンドあたりの都会では普通のスーパーがある。
 覗いたお店は日本のコンビニ程度の規模だったが、町の中心をはずれれば大型の店もあるのではないかと思う。

地方の町での買い物と言えばもちろんバザールで、村のなんでも屋さんは
 
こんな感じ。

さらに辺鄙なところへ行けば
 
ガソリンスタンドや食堂の前にこんな店が開いたりする。

しかしどの店でも並んでいる工業製品はロシアや旧ソ連邦諸国の製品ばかり。タジキスタン製はないかと一生懸命探しても全くと言っていいほど見つからない。

そこで買ってみたのはこんなもん。
 
マヨ味ポテチはウクライナ製だったか、これはなかなか好みの味。イクラ味はロシアでは人気らしく、これは小さなラスクのようなスナックだが、他のお菓子でも見かけた。そのつもりになって食べればイクラの味、目をつぶって食べればバーベキュー味と区別がつかない。

やっと見つけたタジキスタン製はアイスキャンデー。
 
袋の絵と中身はちょっと色合いが違うが、これは意外においしかった。 
 
ヒッサール要塞の外で買ったのはまさに凍らせた砂糖水。1ソモニ(20円)だから仕方ないが、暑い時にはありがたい。

 ガソリンスタンドで見つけたこのチェリージュースもタジキスタン製、3ソモニ。
他の日本人には胡散臭がられたが、意外にも激甘ではなく、色も決して毒々しくはなかった。

他にタジキスタンの飲み物と言えばよく見かけたのはこちら。
  なぜコーラがマイナーなアメリカのブランド、RCなのだろう。

ついでにスーパーの棚で見かけたエナジードリンク。
 銃弾型ってすごいなと思ったらこれはアメリカのブランドだった。
いろいろなブランドがそろっているところから見てもエナジードリンクは人気と見えるが、どれも輸入物なのは間違いない。

さらに飲み物と言えばアルコール類。
 イスラム教徒の多いタジキスタンだが、旧ソ連邦なのでアルコールはどこでも入手可能。この棚にはウォッカが多く、ビールはどこでもロシア製「バルチック」。タジキスタン製はペンジケントのワインぐらいだろう。

食料品以外の日用雑貨もほとんど旧ソ連邦製と思われるが
 アフガニスタン国境に近いホルグのバザールに並んでいたものはキリル文字ではなかった。漢字でもないとなるとパキスタンあたりから入ってくるのだろうか。

さらにホルグで見かけた
 
チャングムのビニール袋。
そして棚の上に乗っているのは
 まるで段ボールをばらして巻いたかのようなトイレットペーパー。
パミール高原に入ってからはどの宿でももっぱらこれだったが、これがタジキスタン製かどうかは不明。

 旅の最後にはウズベキスタンはタシケントのスーパーで買い物をしたが
 
ここでもやっぱりロシア製チョコレートや調味料、魚の缶詰はラトビア産。

経済力のない中央アジアの国はこれからどうなるのだろう、といささか心配になる商品事情だった。


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中央アジアの果物

2013-11-08 19:10:43 | 中央アジア
夏の中央アジアは果物天国!

  ウズベキスタンでも
  タジキスタンでも
 キルギスでも

市場はどこでもスイカとメロンだらけ。

特に圧巻だったのはホジャンドとイスタラフシャンへの街道脇にあったメロン・バザール。
 
この写真の4倍ほどスイカとメロンばかりが並んでいたが、中でもまん丸くて黄色いメロンは「オビナボク(氷砂糖)」の名前の通り、細長いメロンよりずっと甘くておいしい。

 
トラックにもごっそり積まれているが、下の方の果物がつぶれることはないのだろうか。

  
スイカ以外にも市場には桃やプラム、梨やらりんごやらぶどうやら。
 
だから食卓のフルーツ皿もこんなににぎやか。

  
おばちゃんから買った小さなプラムも味が濃くておいしかったし
  
ノラク・ダムでガイドさんが買ってくれたイチジクは今まで食べた中で一番甘くておいしかった。

 
イチジクはつなげて乾燥した物も売っているし、珍しいところでは乾燥桑の実。カリカリして、味は甘くない干しブドウのようだ。

  
パミール高原へ行けば村には必ずアンズの木があって、完熟した実を拾い放題。
  
バザールで買った丸干しのアンズは水に漬けてふやかしてから煮たらとても簡単にジャムになった。砂糖を加えることもなく、シナモンやクローブも入れてエキゾチックに作ってみたら大成功。

 
ウズベキスタンのフェルガナ盆地に入ると、家の前にも中庭にも必ずブドウ棚があって、ちょうど実がたわわに実っていた。
  
街道脇にも売店が作られ、種類もいろいろあるらしい。

現地で満喫した中央アジアの果物だったが
 韓国行きのお客さんたちはみんなメロンをぶら下げて飛行機に乗っている。

自分も持って帰りたかった!


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中央アジアのパン

2013-11-06 17:03:17 | 中央アジア
中央アジア諸国の主食はパン。
なので料理が米主体のプロフでも、小麦粉でできたラグメン、マントゥでも、テーブルには必ずパンが載っている。

一番多く登場するのはナン。
と言ってもインドとは違い、イーストで発酵していない、丸くてどっしりとしたパン。
市場に行けば必ず売っているが、売り子、町によって少しづつ形が違う。

 
タジキスタン西部、ホジャンドの物はそれほど大きくないがずっしり。
 スーパーにも四角い食パン型やロシア風の黒パンとともに並んでいる。

  
イスタラフシャンの市場には大きなかご型のパン。これはパンの中にパンを盛るのだろうか。

 
パミールのホルグまで行くとパンも素朴な姿。
  
各家庭の窯でも焼かれ、客人があれば必ず供される、この素朴なパンがおいしい。
 レストランにも大量に配送される。

 さすが首都、ドゥシャンベのホテルではナンの他に薄焼きパンや固いクッキーのようなパンも登場。
  同じドゥシャンベのチャイハナ、ロハットでは手のひらサイズのパンが出たが、看板にも出すほどの名物とみえてこれはしっとりとおいしかった。

 キルギスのオシュの市場にもナン。
 サリタシュの宿で出されたナンは縁だけ厚くて真ん中はカリカリ。
 ここに限らず、キルギス族の多いところでは揚げパンも登場する。

 ウズベキスタンのフェルガナ盆地ではハイウェイにもナン売り。
 コーカンドのナンはふっくらしておいしく、
  
フェルガナでもタシケントでも、「うちのナンこそおいしい」と自慢が入る。

ナンと同様、インドと同じ名称のサモサも中央アジアでよく見る軽食。
 ホルグの市場で売られていたこれなどは大振りながらインドと同じ形だが
 
イスタラフシャンのこの巨大なサモサは皮がパリパリの層になっている。どんな具が入っているのか食べてみたかったが、あまりの大きさと売っているおばちゃんの顔が怖くてびびってしまった。

こちらはキルギスのオシュのレストランで出されたサモサ。
  
げんこつほどの大きさで中には羊肉とたまねぎがぎっしり。
 店先の窯で焼いていたが、この焼き方もサモサも台湾の胡椒餅にそっくり。

南と東の食文化がこんなところでも交差している。


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タジキスタンの食事

2013-11-03 14:49:49 | 中央アジア
さて、長々とつづってきたタジキスタン旅行記、なぜ食事の写真がないのかと不審に思われたかもしれない。

その理由はただ一つ、食事のバラエティが少なすぎるから。
改めて食べ物の写真だけを抜き出してみても同じような絵ばかりで、これはどこ、とはっきり思い出せる方が少ない。

 まず朝はパンとジャムに卵料理。
ドゥシャンベから先では車に積んでいたヨーグルトとハム、チーズが出されるので毎朝同じ。
これにお粥も出されるが、日本でも朝はパンとコーヒーだけなのでこれで十分。

お昼はパミール高原のド僻地ではこんな感じ。
  
日本からのアルファ米に、現地調達のラーメンと缶詰。ロシア製の魚の缶詰が意外においしい。

がこれ以外はお昼も夕食もほぼ同じパターンの繰り返し。

面白いのはパンとサラダ、それにデザートのはずの果物が必ず最初にテーブルに置かれること。
 
ジモティーのテーブルを見てもやはりそのようにセットされている。

でまずはサラダ。
  
西部のホジャンド近辺でこそこのようなちょっと手のかかったサラダが出たが
  
すすむにつれてシンプルなトマトサラダになって行き、パミール高原では買えるところでトマトを仕入れ、宿やレストランで出してもらうようになった。
しかしディルを効かせたサラダはハーブ好きにはとてもおいしい。

次に来るのはスープ。
 
これまたホジャンドでは「フルシチョフ・スープ」なる具だくさんのものが出たり、
 ペンジケントの宿ではちゃんとビーツを使ったボルシチが出たが
  
後はもっぱら羊肉とじゃがいも、にんじんの塩味スープ。
 このバリエーションとして麺が入るぐらい。

麺と言えば中央アジアで有名なのはラグメン。
中国のウイグル人の店では手延べの麺ですごくおいしいが、タジキスタンにも存在する。

 
ドゥシャンベのロハット・レストランは豪華な造りの巨大チャイハナ。
ここのラグメンはカシュガル・スタイルで人気とのことだが
 カシュガルには遠く及ばず。
 キルギスのオシュのラグメンの方が地理的に近いせいかずっとそれらしくおいしかった。

メインでよく出るのは羊の串焼き、シャシリク。
 
ロハットのも、野菜を挟んだコーカンドのも悪くなかったが
  
一番おいしかったのはペンジケントへの分岐点、アイニの道路脇のレストラン。お兄さんがもうもうと煙を上げながら炭火焼したシャシリクは脂身も最高。これを食べるとなぜ大きなお尻の脂身を珍重するのかがわかる。これにお酢であえた玉ねぎがベストマッチで、我々は玉ねぎばかり何度もおかわりしてしまった。

同じく羊肉の、こちらは鉄板で炒めたもの。
 ちと脂っこいが、こちらの方が好きと言う人もあり。

さらに中央アジアと言えば、のプロフ。
  
長粒米に羊肉がどっさり。
 そのバリエーションで米がそばの実にかわったものもあったが、これは食感がもそもそする。

二度だけ登場したマントゥは中央アジア版の餃子。
 
ホジャンドのものもかなり大きく、マルガブのローカル食堂で出たものはラザニアのような作り。
どちらも中身はもちろん羊。

そう言えばたった一度、ドゥシャンベでは中華料理だったが、ここでは羽根つき焼き餃子が出た。
 一口サイズでパリッと焼かれ、これはツアー一同、競って食べた。

パミール高原での民泊となるとさらに食材は限られ、
  
どこでもつぶしたジャガイモと羊の煮込み。

羊が出なかったのは
 グリルチキンの出たイスタラフシャンと
 川魚のフライが出たホルグだけ。

旅の初日に入ったレストランなど、足を一歩踏み入れた途端に羊のにおいにつつまれたほどタジキスタンの食事は羊三昧。
羊肉は大好きだし、さすがこのコースに来る人たちの中には羊がダメなどと言う人はいなかったが、こう同じ食材、同じ調理法ばかりでは飽きが来る。

タジキスタンは残念ながらグルメの国ではなかった。
 


 
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タジキスタン周遊 21 フェルガナ~タシケント

2013-11-02 16:38:25 | 中央アジア
8月18日

いよいよ旅行も最終日。
本日はフェルガナ盆地の観光をしながらタシケントへ戻る。

まず立ち寄るのはフェルガナの隣町、マルギラン。
ここは昔から絹織物で有名なところと言うことで
 ヨドゴキル・シルク工房の見学。

と言っても日曜なので職人の姿はほとんどなく、ガイドとデモンストレーションの人がいるだけ。
繭をゆでたり、糸にするところは日本人からすれば何も珍しくないが、ここでは中央アジア特有のアトラスが織られている。
  
木の枠に経糸を張って模様の印付けをするところが面白い。アトラスは絣なのでこの印に従って糸を縛り、染色する。染色のための天然染料を見せられただが、この鮮やかな色がすべて天然だろうか?染められた糸はすでに中央アジア色。
   
これを織機にセットしたところですでに独特の柄になっていることがよくわかる。

工房見学の後はもちろんお買いものコーナー。
 
このショップの天井は古いものなのか、きれいで見惚れる。

マルギランから30分ほど西にあるのはリシュタン。
こちらは陶器の町ということで、たくさんある工房の中でも一番有名らしいルスタム・ウスマノフ工房へ。
 

きれいな工房の中には古い陶器を集めた一部屋。
  
 
染付のようなブルーの陶器は日本人の感覚にもぴったりくる。

足踏みのろくろにきれいな窯。
  
 
厳密に計算された絵付けも、なにげなく使われている古いスザニもいい。

ということで、もちろんここでお買いもの。
 大きなボウルはUS$12、お茶碗は1つUS$5。
一つ一つ模様が違うのをじっくり選んだが、もっといろいろ買ってくればよかった。

さらに西へ小一時間でコーカンド。
歴史ある大きな町だが、古い建物はあまり残っていない。
 きれいに整備された公園の中の宮殿も再建されたものということで、35℃ぐらいある日差しの中を歩いて行く気には到底なれない。そんなわけで入口の門の日陰でガイド氏が説明し、我々はそれを聞き流しながら写真を一枚撮って終わりという横着さ。

コーカンドからは進路を北へ取り、2267mのカムチック峠を越える。
 
九十九折の道は景色がいいが、キルギスに比べると緑が少ない。

やがて平地に出て、寄り道しながらもフェルガナから9時間ほどでタシケントに到着。
最後はスーパーで買い物をして、夕食をとってから空港へ。

大勢の出国者で大混雑の空港から22:20、無事アシアナ航空で出発。

8月19日

 朝ご飯を食べて、ソウルで乗り換えて
 久しぶりの白いご飯を食べたら成田到着。

またべたべたと湿度の高い日本の夏に戻ってしまった。


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タジキスタン周遊 20 ウズベキスタン入国

2013-10-31 17:28:25 | 中央アジア
8月17日 続き

キルギスとウズベキスタンの国境はオシュの町から目と鼻の先。
ここで13日間お世話になったガイドさん、運転手さんたちとはお別れ。
タジク人の彼らはキルギスには簡単に入国できるが、ウズベクとは関係が悪化しているために容易に入れないらしい。
とても有能なスタッフの皆さん、お世話になりました。

ゲートをくぐってまずはキルギスからの出国。
こちらはたいして時間もかからず、簡単に終わる。

そこから久しぶりの炎天下、汗をかきながら荷物を担いで100mほど先のウズベキスタン側へ。
するともう昼休みは終わっているはずなのに窓口には誰もいない。
地元民が2,3人おとなしく待っており、我々一行のほかにも次々に人がやってくるとようやく担当者が窓口に入るが、それから携帯で話を始めて一向に仕事を始めない。
どう見ても仕事の話とは思えず、嫌がらせか、と思うが、外国人だけではなく地元民も等しく待たせているから公平と言えば公平?

ようやく仕事を始めた入国管理を通り、次は税関。
所持金の検査などうるさいと聞いていたが、添乗員の持っていたトランシーバーにいちゃもんをつけたくらいで細かく荷物を調べることもなく、それでも仕事がとろいので結局この国境を通過するのに小一時間かかった。

ウズベキスタンに入ると初日に出迎えてくれたおじさんガイドが大型バスとともに登場。
ちゃんと冷房の効く大型バスに、すっかりタジキスタンに慣れた一同、感動する。

走り出せばまわりは綿花やブドウ畑の広がる広々とした平原。
 
国境を超えると景色が変わるのが面白い。

今夜の泊りはフェルガナだが、その前にアンディジョンのバーブル公園にちょっと立ち寄り。
 
ムガール帝国の創始者バーブルはこの地の生まれということで、アグラとカーブルに眠る遺骨の一部をここに埋葬しているのだそうだ。

その廟の周りは大きな公園になっており、土曜の午後と言うことで園内は大にぎわい。
 
大音量の音楽で踊っていたり、ビリヤードをしたり。
 
しかし一番多いのは家族揃って食事を楽しむ人々。
 公園内にはバーベキューならぬプロフのためのかまどがあり

プロフを作るのは男性の仕事なんだそうだ。覗かせてもらった鍋の中のおいしそうなこと。
 テーブルからは「一緒にお食べ」と声がかかり、時間さえあればご馳走になりたかった。

 さらにここは結婚写真のメッカらしく、あちらこちらに新婚カップル。
  
盛大な撮影会をしているグループの写真を撮ろうとすると、「私たちと一緒に入って!」と携帯カメラでバシャバシャ撮られて大騒ぎ。日本人などめったに来ないところだからだろうか、ここのウズベク人は人懐っこい。
 お二人もお幸せに。

軒先がブドウ棚に覆われた家々を眺めているうちにフェルガナに到着。
 
  
広ーい道路はソ連式だろうか、まっすぐな線路もあるが、鉄道でタシケントに行くことはできないようだ。

フェルガナでの宿はアジア・ホテル。
 
バス・トイレ付きの部屋はドゥシャンベ以来。久しぶりにWiFiもつながった。

夕食はホテルのレストランで「ベトナム・ステーキ」なる料理をいただいたが
 これのどこが「ベトナム」かは謎。

食事をしながらウズベク人ガイドのおっさんとおしゃべり。
最近の観光事情を聞くと「インド人、パキスタン人の男性客が急増している。タイやフィリピンより近いからね。」って、20年近く前、ベトナムに初めて行った時のことを思い出す。経済視察と称しておっさんたちが団体で来ていたっけ。
こんなことでウズベキスタンとベトナムがつながるとは。


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コメント (3)
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