Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

隠岐の旅 1 島後到着

2016-01-30 00:20:40 | 国内旅行
だいぶ間が開いてしまったが、元祖秘境添乗員のお宅訪問に続いて訪れた隠岐の島のこと。

2015年11月14日から16日まで 隠岐の島の旅

11月14日

1泊した新大阪のホテルをゆっくり出て、昼12時に伊丹空港へ。

今回の旅は群馬県のある宮司さんが主催する隠岐の島の神社めぐりというマニアックなツアー。
ということでゲートで羽田から到着した総勢28名のグループに合流したが、初めてお会いする宮司さんはまだお若く、低音のソフトヴォイスがとても素敵なお方。
地元で定期的に神道の勉強会を開催され、年に一度は「日本神話シリーズ」として泊りがけの現地講座を行っていらっしゃるところに縁あって参加させていただいた。

ご挨拶をしているうちに時間になり、ゲートから歩いて乗り込んだのは
 ボンバルディアのDHC-Q400というかわいらしいプロペラ機。
 家が密集する大阪を離れ、小一時間の飛行で隠岐空港へ到着

の予定だったのだが、時間になっても飛行機は厚い雲の中で旋回を続けている。
そのうちに機長のアナウンスがあり、濃霧による視界不良のために待機中、もうしばらく待っても天候が回復しなければ伊丹に引き返すとのこと。
今回の旅の連れは最強の雨女。以前五島列島に一緒に行った時も台風を呼んでくれたし、これはだめかも、と関西に引き返してからどうしようかと考え始めていると、「ベルトをお締めください。当機はこれから着陸態勢に入ります」と天使のようなCAのお言葉。
機内では思わず拍手が起こったが、後で聞くとこの飛行機には翌日の結婚式に出席予定の人が何人も乗っていたらしい。

そんなわけで飛行機は30分遅れで隠岐空港に到着。
 
小さな空港を抜け、バスに乗り込んで大急ぎで島後の観光に出発する。

まず最初に向かったのは空港からほど近い億岐家住宅。
 億岐家は隠岐国造から48代続く由緒ある家だそうで、見学するのはこのお家ではなくその宝物殿。
 
ここにある駅鈴は律令時代、官吏に支給されたもので、現存するのはこの2つだけだとか。

億岐家はこの隣の玉若酢命(たまわかすのみこと)神社の宮司を務めていると言うことで、次はその神社へ。
  
茅葺の門の向こうには高さ30mと大変な巨木があり、名前は八百杉だが樹齢は二千年以上らしい。

その奥にある拝殿には出雲らしく太い注連縄。
 
ここで我らが宮司にリードされて隠岐で最初の参拝をする。

神様にご挨拶した後は改めて本殿を見学。
 
この本殿は隠岐造という独特の造りで国の重要文化財になっているそうだ。

玉若酢命神社参拝の後は島の中央、山の中へどんどん入って行く。
晩秋のことで、周りも薄暗くなってから到着したのは
  乳房杉。
これも樹齢800年、高さ38mの巨木で、名前の由来はもちろんその独特の形から。
夕方の霧の中で見る姿は一層神秘的で、鳥居を建て神様として拝むのも日本人としては当然のように感じる。

暗くなってしまったので本日の見学はこれだけで終了。
空港近くの西郷港へ戻り、今夜の宿は隠岐プラザホテル。
 
 
食事は期待通りお魚をいっぱいいただき、隠岐の初日は終了。


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日本橋七福神めぐり

2016-01-26 23:04:16 | 国内旅行
まだ通っている人形町、仕事始めに駅から歩く道すがら、旗を持った人に先導されたおじさん、おばさんの団体にいくつも遭遇した。

聞けばこの界隈には日本橋七福神というのがあり、日本で一番短時間で回れるということで人気があるとか。

正月7日のうちに巡ればそれぞれの神社で七福神が一体づつもらえ、最後には宝船を完成させることもできたのだが、松が開けてから会社の昼休みに1ヶ所づつお参りしてみた。

まずは会社から一番近く
 笠間稲荷神社は寿老人。
ここ、小さくて地味な神社だが、会社帰りにお参りする人もいてなかなか人気が高そう。

末廣神社は毘沙門天。
 
軒下の木彫りが立派なお社。

小網神社は福禄寿。
 太田道灌が名づけたこのお社は強運厄除けの神様とか。
 この近くでいただいたおそばはアサリがごっそり入っておいしかった。

創建が940年と一番古い椙森(すぎのもり)神社は恵比寿様。
 
この神社は江戸時代、富くじで有名だったと言うことで境内に富塚なるものがあり、宝くじに当たるようにとお参りする人もいるらしい。

 
弁財天を祀る水天宮は社殿を新築中なのでこれは仮宮。
 この近くで見つけた障害者支援施設の食堂ではコーヒーまで付いたランチが500円で食べられる。

 
たっぷりのサラダに牡蠣がいっぱい入ったグラタンを食べて
  
お参りした松島神社はなんとビルの中。大国主命(大黒様)をはじめご神格の高い神様が14柱も祀られているそうで赤い鳥居はりっぱだが、ビルの一階ではさすがに風情がなさすぎる。

そして最後、布袋様を祀る茶ノ木神社。
 ビルに囲まれたかわいいお社の前に真っ白な狐が2匹並んでいる。

かくて正月中に七福神めぐりは無事完了。
おいしいランチ場所を見つけられたのもご利益だろうか。


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2016年正月の桝ざき

2016-01-21 18:44:46 | 食べ歩き
ごひいきの御成門「桝ざき」さんで学生時代からの友人たちとガールズ(笑)新年会。
なぜか去年は一度も来ることが出来なくて、ずいぶん久しぶりだ。

スタートはいつもの通り、茶わん蒸し。
 海苔の下に隠れたウニの茶わん蒸しは海の香りがする。

続くコースは今月はお正月らしさいっぱいで
 おいしいものいっぱいの前菜には小さな凧も上がっていたのだが、写真から切れてしまった。

 お吸い物は鯛の皮がミルフィーユのような層になった真薯。皮がねっとりとしておいしい。

 
おめでたい柄の扇子の陰にはいつもの通り盛りだくさんのお造り。

 羽子板に乗って来たのはサワラの焼き物。
添えられた金柑の中は卵黄の味噌漬けで、皮ごと食べるとまあ、おいしい。

 丁寧に炊かれた野菜にかけられているのはフカヒレの餡。

 揚げ物はカラスミを挟んだお餅で
 次に登場したのはなんとスモークした鮟肝のジェラート。
食べると確かに鮟肝の味に燻製の香り、食感は冷たいと言うよりシャリシャリとして、昔スミソニアンの航空博物館で買ったアイスクリームの宇宙食みたい。
店主のチャレンジ精神は健在だが、鮟肝のねっとり感がなくなってしまったのはちょっと残念かも。

 
そして本日のご飯は蟹だしで炊いたものの上にイクラがたっぷり。

もう苦し~、と言いつつ最後のお楽しみのデザートは今日もてんこ盛り。
 甘いの酸っぱいの、食感もいろいろある中で一番気に入ったのは蕎麦のアイスクリーム。
この他にも試作中のアイスを4種類も味見させてもらっちゃったけど、蕎麦アイスの香ばしい香りがピカイチ。

と言うわけで本日も大満足。
カウンター席に他のお客さんがいなくてよかった、と年季の入った女子会はにぎやかに散会した。


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旅のジェラート食べ比べ

2016-01-20 23:16:42 | ヨーロッパ
イタリアと言えばジェラート、滞在したのが秋も深まって寒くなってきた頃とは言え、ジェラートを食べずに帰れようか。

ジェラート行脚の始まりはスロベニアから。

リュブリャナの三本橋の近くにあったこちらのジェラート屋さんはまるでブティックのようにシックなお店。
 
カップもおしゃれな黒だが、お値段は安くて1.5ユーロ。
なにやらいろいろなフルーツやナッツが入ったフレーバーだったと思うが、お味は可もなく不可もなく。

ピランのヨットハーバーの近くにあったのは見るからに庶民的な昔ながらのお菓子屋さん。
 
店員のちゃらさもイタリアに近いことを感じさせるが、こちらはさらに安くて1スクープ1ユーロ。真っ黒いチョコレートだけは0.2ユーロ高くて、でもその分苦味も効いておいしかった。

イタリアに入り、トリエステで行ったのはガイドブックにも出ている有名店の「ザンポリ」。
  
ここはとにかく圧巻のフレーバー数で
  
フルーツ系からクリーム、チョコレート系まで、50種類以上ものフレーバーが並んでいるので選ぶのに困る。
1スクープ1.3ユーロでも2フレーバー選べるが、2スクープ入れてもらったのは
 松の実と青りんご。
と、これがどちらも自然なフレーバーが口いっぱいに広がり、しかもジェラートはしつこくなくて、ここまでのわが生涯最高のジェラート!

あまりにもおいしかったので、翌日も駅への道すがら、もう一度寄った。
 左は柿とドルチェ・デ・レッチェ、右はブドウとピスタチオだったと思うが、この店のフレーバーにははずれなし。柿も果物を食べているようだったが、地味そうなブドウが驚きのうまさ。
 
人気のこの店では昼間は持ち帰りの人も多くて、その場合は発泡スチロールのトレイに入れ、蓋をしたら包み紙でくるんでくれる。
保冷材など付けないのが驚きだが、包装紙でくるむのも最近の日本では贈答品以外ではないので懐かしい。

フィレンツェに移動して最初の晩に行ったのは「リナルディーニ」。
 
アイスクリームの世界チャンピオンの店だそうで、ピンクの内装もおしゃれだが
 
2.5ユーロでこの盛りは今までに比べると高い。桃&パッションフルーツとヘーゼルナッツもザンポリに比べて感動がない。

次に行ったのはサンタ・トリニタ橋のたもとの「ジェラッテリア・サンタ・トリニタ」。
 
思いがけず大きな店で内装もすっきりおしゃれだが
 こちらはこの盛りで1.9ユーロとリーズナブル。
左のグレーのはイタリアでは珍しい黒ゴマ、右はココナッツとベリーを選んでみたが、味はまあ想定内。

ジェラートを食べ続けて舌が肥えてしまったか、とフィレンツェで最後に入ったのはお昼を食べた「ヴェラザーノ」のお向かいにあった「ぺルケノ!」。
  
 
ここは小さい店ながらフレーバーの選択肢は多く、値段も2.5ユーロとお高いが、生姜と栗のジェラートはどちらもフレーバーがしっかりと立っておいしかった。

と言うわけで個人的な好みながら、フィレンツェの一番は「ぺルケノ!」、でも今回の旅の一番、と言うより今まで食べたことのあるジェラートでも一番はトリエステの「ザンポリ」と言う結果になった。

ちなみに生涯二番はアルゼンチンはウシュアイアのアイスクリーム屋さん


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15年秋の欧州旅 22 フィレンツェから帰国

2016-01-19 14:22:35 | ヨーロッパ
10月21日 続き

4泊お世話になったフィレンツェのアパートは初めに支払いが済んでいるので出る時は鍵を置いて行くだけ。
扉がオートロックになっているのでできることだ。

スーツケースを引きずり、徒歩10分もかからずバス・ターミナルへ。
  
ここはフィレンツェ駅に向かってすぐ左手にあるのだが、入口が駅側には面しておらず、しかも表示がまたもや目立たないので実にわかりにくい。こんなこともあろうかと前日に下見をしておいてよかった。
それにしても観光都市フィレンツェのこの不親切さはなんだろう。

空港バスは6ユーロで30分ほど。
 小さなアメリゴ・ヴェスプッチ空港。
 
ルフトハンザのカウンターで問題なくチェックイン。

が、実はここまでには一波乱あって、一足早くエールフランスで帰ったコッコロ・マダムたちはJLで発券された紙のチケットをカウンターで拒絶され、あわや乗り遅れるかというひどい目にあったらしい(その顛末はこちら)。
そこでこちらもルフトハンザとは言えここはイタリア、往路のドイツ人のお姉さんのように融通を利かしてはくれまい、と前日に紙のチケットをEチケットに変更してもらったのだが、そのために日本のJLに長電話をしてえらく電話代がかかってしまった。
この航空会社のチケットの仕組み、いったいどうなっているのかさっぱりわからん。

もめた場合を考えてかなり早く空港にやって来たので、すんなりチェックインしてしまうと時間はたっぷり。
そこでお昼を食べようとカフェテリアへ。
 空港の職員や乗務員の社食のようなこちらで
 
チキンサラダと、もう一つは一度食べてみたかったパンのお粥。なぜかイカフライの乗ったお粥はすっぱいトマトソースで煮てあるが、これは確かに消化に良さそう。硬くなったパンを利用するトスカーナ料理だそうだ。

食後も時間があるのでチェックインカウンターを見下ろすがらんとした展望デッキで
 アパート近くのパン屋で買ってきた菓子パンを食べながらのんびり。

ようやく搭乗時間が近づいてきたので重い腰を上げると、なんと保安検査場が大行列。
小さな空港と侮っていて、保安検査のことなどすっぽり頭から抜け落ちていた。
あせりまくって職員にアピールするも、先に通してくれるような融通は利かせない。インドだって搭乗時間が迫った乗客は先に誘導するのに。

結局前に並んでいたお客さんたちが先に行かせてくれて、ゲートに着いたらもう搭乗が始まっていたが出発が20分遅れていたおかげで間に合った。
まったく気を抜くとろくなことがない。

 ともあれかわいいルフト機に乗り込んで
 
菓子パンとオレンジジュースをいただきながらアルプス越え。
 フランクフルト空港のJLのラウンジではソーセージをいただいて

10月22日

スケジュールより20分早く成田到着。


後半は良くも悪くもフィレンツェに圧倒されたが、思い返せばスロベニアの居心地の良さは素晴らしかった。
好きな国のトップ5には入りそう。
季節を変えて、絶対にまた行こう。


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15年秋の欧州旅 21 サン・マルコ美術館

2016-01-16 11:34:36 | ヨーロッパ
10月21日

フィレンツェ滞在も残すところあと半日。
最後はサン・マルコ美術館を見ることにした。

開館の8時15分を目指してやってきたが、早めについてしまったのでまずは教会を見学。
 
1443年創立の教会だが、内部は16,17世紀の装飾が多く、外観に比べてかなり派手。

そうしているうちに時間になったのですぐ隣の地味な入口から美術館へ。
 こちらはコジモ・ディ・メディチが建てたドミニコ会の修道院が今は美術館になったもの。
  
入るとすぐに中庭になっていて、入り口脇の壁で早速出迎えてくれるのがフラ・アンジェリコのキリスト像。

そしてこの庭の手前の巡礼者のための救護院だった部屋に入ると
 
ここにあるのはすべてフラ・アンジェリコ。15世紀にこの修道院で暮らした修道士の絵が一堂に集められた夢のような部屋。
  
大きなものから小さなものまで、間近でゆったり見ることのできる幸せ。
  
こんな地獄図もあるけれど
   
この人の魅力はやはり名前の通りの可憐な天使たち。
   
特に聖母子像を取り巻く楽器を持った天使たちはなんと優雅なことか。

救護院から中庭を挟んで向かい側にあるのは集会場で
 
中にはこれもフラ・アンジェリコの大きな磔刑図がある。

 
大食堂の壁に描かれているのはドミニコ会の創始者、聖ドミニクの食事の場面。

  さらに行くと小さな中庭があり
 
その先には中庭にあった墓石や、フィレンツェ市内から集められた石板などを集めた渋い一角がある。

ここから引き返して階段を上がり二階へ行くと
 
正面にいきなりフラ・アンジェリコの「受胎告知」が登場するのでびっくりする。

この二階部分はすべて修道士たちのための僧坊になっていて
  
コの字型に伸びる長い廊下の両側に小さな部屋が43もあり
  どれも3畳ほどの小さな部屋だが、ほとんどにフラ・アンジェリコ自身か、その弟子たちによるフレスコ画がある。

中で一室、二間続きになっているのは修道院の創建者、コジモ・ディ・メディチの部屋で
 
瞑想をする時にはこの部屋に引きこもったらしい。

こちらはそのメディチ家をフィレンツェから追い出したサヴォナローラの部屋。
 
やはり小さな部屋に、サヴォナローラの肖像画や服の一部などが展示してある。
ひたすら修道院にこもって静謐な絵を描き続けたフラ・アンジェリコと、過激な政治活動で最後は火あぶりにされたサヴォナローラは50年の年の差で同じドミニコ会の修道院に所属していたわけだ。

僧坊の並ぶ廊下から横に入ると細長い図書室があるが
 
かつてこの部屋を埋めていた蔵書は19世紀に公立図書館などに移されてしまい、わずかな写本が展示されているだけ。

最後は1階に戻ってギルランダイオの「最後の晩餐」が壁一面を埋める小食堂。
 
ここにはちいさなギフトショップがあるので、ここでガイドブックなど買って見学は終了。

サン・マルコは小さいけれど修道院らしい空気に満ちていて素晴らしかった。
この後は中央市場で最後の買い物をしようと思っていたのだが、フラ・アンジェリコに浸りすぎて時間が無くなってしまった。
アパートに戻って空港に向かわなければ。


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15年秋の欧州旅 20 チェルトーザ・ディ・フィレンツェ

2016-01-14 00:21:01 | ヨーロッパ
10月20日 続き

ウフィツィに引きこもった後、午後は天気がいいのでバスに乗って郊外へ。
 
サンタ・マリア・ノヴェッラ広場の角からバスに乗るべくチケットを買ったら、タバコ屋の移民風のおじさんが流ちょうな日本語を話すのにびっくり。
学生でいっぱいの37番のバスでフィレンツェの町を出ると、またいたずらした交通標識を見つけた。

バスに揺られること30分、チェルトーザというバス停で下車。
チェルトーザとは修道院と言う意味で、普通修道院はイタリア語ではアバッツィアとかモナステロと言うのだがカルトジオ修道会だけはチェルトーザ、これがフランス語ではシャルトルーズとなって、つまり以前見た「大いなる沈黙へ」と言う映画で描かれたのと同じ会派の修道院と言うわけ。

 バス停からは名前の通り、小高い丘の上にまるで村のような修道院が見える。
ところが上に上がる道が見当たらなくて、ちょうどバス停にいた10人ほどのドイツ人に行き方を聞くと、「私たちもわからないんだ」とうろうろしていたらしい。リーダー格のおじさんがどこかに電話をかけて、こっちらしいと歩き出したのでついて行くと
 やっと渋い案内板があった。

  
まわりにオリーブやオレンジの木の植えられた坂道を上がり、階段を上がって建物の中へ。
 
するとオレンジ色の壁に囲まれた小さな中庭があり、修道院内の見学は3時からとの表示があって、まだしばらく時間があるので右手の売店へ。
  
中はまるでバーのようになっていて、シャルトルーズと言えば、のハーブを使ったリキュールがグラス一杯から買えるようになっている。
 激渋のラベルが素敵な香水類もあったが、香りは残念ながらあまり素敵ではない。

やがて時間になり、案内役のお坊さんが登場して修道院の中へ続く門を開けてくれる。
 
この修道院は14世紀半ば、フィレンツェの豪商、ニッコロ・アツァイオリによって前述したとおりカルトジオ会の修道院として創建された。それ以来、増築や改築を繰り返して今でも修道院として機能しているが、1950年代に絶対隠遁主義のカルトジオ会からシトー会に変わり、おかげで内部が見学できるようになったとのこと。つまり縞々の帽子がかわいいこのお坊さんもシトー会の修道僧というわけだが、今は何人の修道僧がいるのか、他には全く姿を見ることはなかった。

見学の初めはこの修道院内でも一番古いアツァイオリ宮殿から。と言ってもこの建物が宮殿として使われたことはなかったそうで、今は絵画館となっており
 
16世紀にペストから逃れてこの修道院に避難していたポントルモのフレスコ画があるが、元々庭の回廊に描かれたものなので保存状態は悪い。

これらの絵についてお坊さんの熱心な説明が続くが、残念ながらイタリア語のみ、ドイツ人のツアーリーダーもさすがに英語にまでは訳してくれないので、以下の内容はすべて見学後に買ったガイドブックに依っている。

絵画館からは広い中庭に出て16世紀に建てられた教会の中へ。
 
 
祭壇や天井は色鮮やかなフレスコ画でびっしり。
  
聖歌隊席はちょっと不気味な天使の顔で飾られていて、禁欲的な修道院のイメージからはちょっと驚く派手さ。

 
この教会に続くのは「修道僧の会話」と呼ばれる廊下のような部屋で、ステンドグラスの窓が美しいこの部屋と
 
その外の小さな中庭で限られた時だけ僧侶たちは会話が許されたのだそうだ。

中庭から凝った扉を通って入るのは集会場。
 
毎日修道僧たちが集まって会議をする部屋の真ん中に墓を作らせてしまった司教がいるというのがすごい。

ここを出ると大きな中庭を囲む回廊。
  
 
壁から覗くのはジョバンニ・デッラ・ロッビアのテラコッタ像。 
 
広い中庭の真ん中には井戸があり、周りを囲むのは僧坊だ。

今はもう使われていないという僧坊の中も見せてもらうと暖炉はあるものの家具はベッド一つと椅子、テーブルだけ。
 
映画で見たグランド・シャルトルーズの部屋よりは広いようだが、ここでもやはり食事は扉の脇の穴から配給され、夜中の礼拝と祭日以外はこの部屋の中でひたすら一人で祈り続ける生活だったそう。
 そんなわけでこちらの食堂が使われるのは祭日だけだったらしい。

 食堂を抜けると平修道士の部屋に囲まれた小さな中庭があり、
 
その先の教会の前の中庭に戻って1時間の修道院見学は終了。
 案内してくれたお坊さんにお布施を渡し
 最後は売店でお買いもの。
イタリア語で「神経を落ち着け、よく眠れるようになる」と書かれているらしい説明があったのでメリッサなるもののエッセンスを購入。帰ってから調べてみるとレモンバームだったが、いい香りで確かに気分を落ち着かせる効能があるらしい。
  
  
ウフィツィで疲れ果ててしまったので午後は部屋で休もうかとも思ったが、郊外の景色も気持ちよく、この修道院は来てよかった。

 お腹も疲れてきたので、夜はアーティチョークのフライとたっぷりのサラダで簡単に。
こういうことができるのがアパート滞在のいい所だ。 


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15年秋の欧州旅 19 ウフィツィ美術館

2016-01-11 16:42:59 | ヨーロッパ
10月20日

前日いろいろ買いこんだもので朝ご飯。
  
真っ黒いのはイカスミのパン。チーズはスモークしたブッラータで、割ると中が柔らかいが燻製の香りがするという変わり種。

食事が済んだらまだ明るくなったばかりの町へ早速おでかけ。
 
ダビデのコピーが立つヴェッキオ宮の前を通り、
 やって来たのはウフィツィ美術館。
スロベニアからわざわざ遠いフィレンツェまで来たのもこの美術館が主目的。
と言うことでアパートを仲介してくださった方に予約をお願いし、開館時間の8時15分に入場すべくやって来たのだ。

かなり早めに到着したが、玄関前には1番フィレンツェカード保持者、2番当日券購入者とすでに行列ができている。一足早くここの見学を済ませたKさんから事前予約をした人は3番窓口と聞いていたが、その3番が見当たらない。どこにあるのかと周りを見渡して、ようやく3番窓口だけ道の反対側にあるのを発見。
 こちらにもそこそこの人数が並んでいたが、窓口が開けば予約番号を伝えるだけですぐにチケットが入手でき、道をまた渡って最優先で入場できる。入館料8ユーロに予約手数料4ユーロが加わるが、時間効率を考えれば絶対に予約した方がいい。
それにしてもフィレンツェの窓口はどこもかしこもなぜこんなにわかりにくいのだろうか。

と文句を垂れつつ入館すると、ウフィツィにやって来たのは37年ぶりながら 
 おお、この階段を上がったのは覚えているぞ。
  
しかし回廊の天井がこれほど華やかだったとは記憶になく、一体何を見ていたやら。

細長い建物の端からほぼ年代順に部屋が並ぶウフィツィは観易く
   
団体は大勢いるが有名作品だけを観てさっさと移動してくれるのでそれほど邪魔にはならない。

お宝ぞろいの絵画はもちろんだが
 
途中のトリブーナと言う部屋や
 
やはり回廊の見事な天井。
  アルノ川に面した窓からはヴァザーリの回廊やヴェッキオ橋も良く見えて、さすがウフィツィは素晴らしい。

 
有名なウルビーノ公夫妻の絵の裏にも馬車に乗った夫妻の絵があるのを観られたり、
 特別扱いのダヴィンチの絵がさすがに他とは違うオーラを発しているのを確認できたりも楽しいのだが、2014年からフラッシュなしの写真撮影が許可されたので
  
かわいい女の子を集めたり
 
絵の片隅をアップにしたりするのも楽しい。

2階を見終わるとヴェッキオ宮を見上げるテラスがあって
 
ここにはカフェテリアがあるが混んでいるのでパス。

階段を降りると時代の下った絵画が並んでいて
  ここはもう飛ばそうと思いながら、人間臭い表情の数々につい見入ってしまう。

 最後にはもちろんギフトショップがあって、ここを出たらお昼を優に回っていてさすがに疲れ果てた。

ゆっくり座ってランチをしようと、ウフィツィから遠くないこちらのカフェへ。
  
入口には美味しそうなパンやケーキが並び、その奥に入るとワインの並ぶケースがあって、狭いながらも落ち着いた雰囲気。
 
一つ一つ違ったハム類の乗るサンドイッチプレートとサラダを頼み、連れの頼んだハウスワインもなめさせてもらうとそのどれもがおいし~。 
ついでにケーキまで頼んでしまって、充実した午前だった。


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15年秋の欧州旅 18 フィレンツェの午後

2016-01-08 23:33:10 | ヨーロッパ
10月19日 続き

 アパートでの昼食後、再びドゥオモの前へ。

30ユーロのドゥオモ・チケットでは24時間以内ならドゥオモ関連施設にすべて入れる。とは言えジョットの鐘楼はドーム同様の大行列だし、長らく改装のため閉ざされていた付属博物館はくやしいことに再オープンが1週間後。

と言うことで少しでも元を取ろうと聖堂の正面に建つサン・ジョヴァンニ洗礼堂を見に戻ってきたのだ。
洗礼堂と言えば天国の門ばかりが有名で今日もその前には観光客が群がっているが
 
行列することもなく中に入ると

金色のモザイクで覆い尽くされた八角形のドーム天井のなんと美しいこと。
  
  
内部の装飾は13世紀以来のものだそうだが、床や柱などローマ風、ビザンチン風でエキゾチックな香りが素晴らしい。

ここからちょっと歩いて、次にやって来たのはサンタ・クローチェ教会。
 
この巨大な教会には様々な有名人が葬られていて
  
ガリレオ、ミケランジェロ、マキャヴェッリの墓を発見。

 
しかしこの教会にやってきた目的は華やかな主祭壇の隣の礼拝堂を見るため。
  ジョットによる聖フランチェスコの生涯。
 初期ルネッサンスの硬さが好き。

この教会の脇から出ると回廊に囲まれた中庭があり、ブルネレスキによるパッツィ家礼拝堂がある。
 
  
がらんとした空間だが天井とルカ・デラ・ロッビアのメダイヨンがきれいで印象的。

サンタ・クローチェを出るとすぐにアルノ川に出るので
 
ポンテ・ヴェッキオを見ながら対岸に渡り
  
きれいな建物を見ながら丘を登る。
 
階段を上がりきったところにあるのがかわいらしいサン・ミニアート教会。
 この教会の前からはフィレンツェの中心街が一望のもと。

夕陽が沈むまではまだちょっと間があるので、教会の中も見学させていただく。
  
 
それほど大きくはない教会ながら壁は大理石や古いフレスコ画で飾られ
 
主祭壇やその手前の内陣仕切りなど見どころがいっぱい。

さらに側廊の奥の聖具室に入ると
 
壁の下部はぐるりと木の引き出し、その上から天井にかけては聖ベネディクトの生涯を描いたフレスコ画で覆われ 
 天井は鮮やかなブルー。

丘の上の小さな教会まで、さすがフィレンツェはすごい。

このサン・ミニアートからちょっと丘を下ると観光客でいっぱいのミケランジェロ広場。
  
 ここで夕陽に染まるフィレンツェを眺めて
 
まるでエッシャーの絵のようなサン・ニッコロの塔まで丘を下り、夕食を求めて街中へ。

 ガイドブックにある有名店をめざしたものの、疲れちゃったので途中にあったこのちょっといい雰囲気の店に入ってみたが
 
ウェイターのおやじたちが観光客ずれしたこの店の料理はごく普通。

しかしおなかは十分に満たされ
 
美しいフィレンツェの夜景を愛でつつアパートに戻った。


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人形町ランチグルメ

2016-01-05 23:40:31 | 食べ歩き
年が変わってしまったが昨秋のヨーロッパ旅行記がまだ終わらない。

それと言うのも旅行から帰国以来、ほぼ10年ぶりに週5日人形町の某オフィスに通勤する羽目になってしまって、昼間自由にできなくなったため。
すっかり怠け癖がついてしまったので毎日定時出勤はつらいものがあるが、楽しみはランチ。
なにしろ人形町は食べるところがいっぱいあって、この2ヶ月同じ店に入ったのは1ヶ所だけというぐらい充実している。

  
お魚やしょうが焼きなどの定番定食を食べさせる店は枚挙にいとまがないし、
 
おかずがいっぱい付くヘルシーなご飯もある。

 本格的ピザのイタリアンや
  
前菜取り放題、ヘルシースープのフレンチもあるし
  ドイツ料理屋においしいドイツパンの店も見つけた。

老舗の有名洋食屋も多い人形町だが、そういうところはお高いのが玉にきず。
  店内に「キタナシュラン」の賞状が飾られたこちらの店など、入ってみたらポークソテーが2000円もしてあせったが、さすがにお肉はおいしく、それ以上に極細切りにされたキャベツがおいしいのに感心。店を出る時にはお店の人に90度のお辞儀をされたのにも驚いた。 

お安く上げたい時には
  
中華はもちろん
 
新旧そば屋、ゆで太郎や小諸そば、讃岐うどんの店もたくさんある。

いろいろ行ってみた中でもここまでで特に気に入っているのは
  渋~いしもた屋風のお好み焼き屋が昼にはおかずてんこ盛りの弁当を出す「松浪」さん。
 
 飲み放題の野菜ジュースにオーガニック野菜がたっぷり摂れ、店員さんも感じのいいユニオン・サンド・ヤード。
  もう一つ、お値段以外はバンコクそのままのような「バンコク ピーナッツ食堂」といったところだろうか。

そして新年の初ランチ、今日は馬喰町の「ダクシン」までちょっと遠出してみた。
 サンバルとラッサムのついた南インド定食、日替わりのコリアンダーチキンカレーがめちゃうま。

人形町にはあと3ヶ月ほど通うことになりそうだが、リピートなしでも行けそうだし、気に入った店にはまた行きたいし。
人形町ランチグルメを楽しみつつ、いかに体重を増やさないかが今年の課題だ。


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コメント (6)
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