![]() | 時間線をのぼろう【新訳版】 (創元SF文庫) |
クリエーター情報なし | |
東京創元社 |
・ロバート・シルヴァーバーグ , (訳)伊藤 典夫
舞台は、21世紀中ごろの世界。過去へのタイムトラベルが可能になり、「時間局」というものが設置されている世界だ。この時間局は、2つの部署に別れてる。1つは歴史の改変を防ぐ時間警察(タイムパトロール)で、もう一つは、観光客を過去につれていって、歴史上の出来事のまさにその時を見せるという時間旅行部(タイムクーリエ)である。そして主人公を務めているのは、このタイムクーリエとなったジャド・エリオットという男だ。
通常のタイムトラベルものは、タイムパラドックスについてはあえて触れないか、ごまかしているかで、それほど熱心に扱ってはいないと思うのだが、この作品の大きな特徴をあげるとすれば、タイムパラドックス自体を扱っているということだろうか。もっとも、作品中でタイムパラドックスに触れている箇所については意味不明だし、おそらく読んだ人は皆そうなんだろうと思う。
ここで、一つ頭のお遊びをしたい。それは、「過去へのタイムトラベル」が可能かどうかを証明してみようというものだ。ここでは、数学でよく使われる「背理法」を使ってみよう。これは、あることを証明しようとしたら、その命題が間違っていると仮定して、矛盾が生じることを示すという証明のやり方である。
まず、「過去へのタイムトラベルが可能」だと仮定する。その場合、本書にも出てくるような多くのタイムパラドックスが生じ、矛盾が出てくる。典型的なものは、自分のご先祖殺しだ。これは有名なものなので、いちいち説明はしないが、知らない人がいたら自分で調べてみて欲しい。
このような矛盾が生じるのは、最初に「過去へのタイムトラベルが可能」だと仮定したことが原因だから、その命題は否定される。つまりは、「過去へのタイムトラベルは不可能である」ことが証明された。 QED(証明終わり)、「はい論破!」(笑)という訳である。もっとも、これは時間の流れが一直線だという仮定の上に立っているもので、世界がその時折のアクションに応じて無限に分岐していくようなもの(要するに多元宇宙)だったら、成り立たない。もっともその場合には、一生懸命に時間の流れを修復しようとするタイムパトロールの存在も必要ないことになる。
このタイムパトロールのやり方というのが、考えてみれば結構恐ろしい。歴史を変えるようなことをする奴がいれば、そいつが歴史を変える前に抹殺して、歴史改変をなかったことにするというのだから。これは本人にしたら、まだやってもいない罪で抹殺されるんだから、たまったものではないだろう。
ところで、呆れたことに、この作品では、タイムクーリエ自らタイムパラドックスを造りまくっているのだ。何しろ、過去に行ってご先祖さまとセックスしたり、12世紀に別荘を持っていたりと、もうやりたい放題といった感じである。タイムパトロールも、大きな歴史改変以外は手が回らず事実上の放置状態らしいが、それでいいのか。作中でも小さな改変が積み重なった累積効果を心配していたが、カオス現象を考えると、どんなに些細な改変もそのままにしておくわけにはいかないと思うのだが。それにしても、この話、いったいどうやってオチをつけるのかと思いながら読んでいたのだが、結局は自ら作り出したパラドックスの罠に引っ掛ったということだろうか。
ところで一つ面白いことに気が付いた。過去の女性を妊娠させることだけはご法度と、男性タイムクーリエたちがピルを飲んでいるのだ。女性用ピルが開発されたのがどうも1960年代らしく、本作が発表されたのが1969年ということなので、当時男性用ピルという概念があったのかどうかは分からないが、作品に登場させるというのはなかなか画期的なのではないかと思う。
実は、この作品が発表されたころウーマンリブ運動が始まっている。もしかすると、その影響を受けたのかなと想像してみるのもなかなか楽しい。
☆☆☆
※初出は、「本が好き!」です。