・渡部昇一
かって「知的生活の方法」で一世を風靡した渡部昇一氏の大放談とも言えるような本書。ここまで書いていいのかいと思わなくもないが、日本は言論の自由が憲法で保証されている国だ。誰がどんなことを言おうが、他の人の人権を侵害しない限りは一つの意見として尊重されなければならない。
確かにChinaに関する氏の主張などは共感する部分も多い。しかし、どうだろうというところも結構見受けられる。例えば記紀に対する擁護だ。氏は、戦前の皇国史観の反動で戦後記紀が否定されていることを嘆き、
<これほど充実した史書、しかも時代的に見れば世界的にも例が少ない科学的な態度で書かれた史書をすべて無視しようということ自体、土台無理な話なのです。>(p153)と述べている。私も記紀に書かれていることがすべて何らかの事実を反映したものではないと思ってはいない。問題は、何が本当で何が嘘か分からないというところだろう。そのような資料はかなりたちが悪い。
また、このようなことも書いている。道鏡や、榎本武揚などの例を出して、
<日本では、政敵であったり逆賊であっても、海外のように殺されることも少なければ、・・・>(p160)しかし、乙巳の変や長屋王の事件などを例に挙げるまでもなく、我が国においても権力闘争は血の歴史ではなかったか。決して「少なければ」と言い切れるようなものではなかったと思うのだが。この他にも色々あるが、この辺りでやめておこう。
ただ氏が卒論や修論の指導にあたって、学生に言っていたという次の言葉には賛成だ。<構想が構想であるうちは論文でも何でもなく、一応の構想やら書いてみたいことが浮かんだら書き始めてみなさい。>(p115)いくら頭の中で考えていても、それだけでは考えが堂々巡りになるだけである。まずプロトタイプをつくってみてこそ、次の段階に進めるのである。
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※初出は、
「風竜胆の書評」です。