・松岡圭祐
・角川文庫
元戦闘機のパイロットで臨床心理士のヒロイン・岬美由紀が大暴れするシリーズの一冊。
実は同じ作者のQシリーズ、αシリーズ、探偵シリーズ、水鏡推理シリーズと異なり、この「千里眼シリーズ」はつまみ食い程度に数作しか読んでいない。読んだのは、荒唐無稽な話ばかりだったので、全体がそんな感じなのかと思っていたら、どうも彼女には壮絶な過去があるようだ。
彼女にはメフィスト・コンサルティングという敵がいる。今回敵に捕まった際に、ふと漏らした<わたしは、処女じゃないわ>(p237)という一言。いったい過去に何があったんだと思ってしまう。このシリーズをずっと読んでいけば分かるのかもしれないが、最近積読の山が高すぎて、そこまでの元気が出ない。まあ、気が向いたらぼちぼち読んでいこう。
ところで、この作品も結構ハチャメチャなストーリーだ。何しろ、東京の街中で、敵が装甲車を乗り回して、機銃を打ちまくっているのだから。まあ、このシリーズは、このハチャメチャぶりが売りといってもいい、一種のSF娯楽小説だと思うので、あまりその辺りに突っ込んでも仕方がないのだろう。
この作品では、敵は人工地震を起こそうと計画している。一度目の地震のあと、東京が壊滅するくらいの大地震を計画しているのである。これを美由紀がいかに阻止するかというのがこの作品の見どころなのではあるが、人工地震を起こすために使われたのが、ベルティックプラズマ爆弾なるものだそうだ。これいったいなんだろう。放射線を出さずに、核爆弾と同じくらいの爆発力があるらしいが、いったいどのような仕組みでE=mc^2と同じだけの莫大なエネルギーを放出するのかは気になるところだ。気にはなるのだが、これはSF娯楽小説なのだから、これはあるものとして、これ以上突っ込むのは止めよう。
とは思いながらも、やはりいくつかの疑問点が湧いてくるので、少し列挙してみよう。
<いわゆるP波、縦揺れがあっただけで、ねじれを生じさせる横波のS波が生じない。>(p124)
<三つの観測点の初期微動継続時間から大森公式で震源距離を計算、・・・>(p126)
確かに地下核実験などによる地震波形は、P波が優勢の特有の波形になるようだ。しかし、大森公式に使われる初期微動継続時間とは、P波が来て、S波が来るまでの間、カタカタと小さな揺れが生じている時間のことなのである。S波が生じないと言っておきながら、どうやってこの公式を使用しようというのか。
そして、美由紀が阻止することになる2回目の人工地震計画だ。これは、海底活断層を、例の爆弾で刺激して大地震を起こそうというものである。まあ、ここまでは理屈が分からないこともない。ところがその方法というのは、海底掘削で活断層まで到達した穴に、水中スクーターで爆弾を叩き込むというもの。海底掘削というのは、パイプをどんどんつなげていって、掘り進んでいくものだと思うのだが。どこに、水中スクーターが通れるような穴があるんだろう。
ちょうど今、「活断層」に関する本も読んでる最中だったので、いくらSF娯楽小説だといっても、ちょっと気になるところではある。
しかし、ふともっと大きな疑問が浮かんだ。それは美由紀の、臨床心理士資格の正当性に関することだ。美由紀は防衛大を首席で卒業したために、例外的に臨床心理士の受験資格を得られたらしい。本当にそんなことがあるのかちょっと調べてみた(嫌な読者だねえ(笑))。
臨床心理士というのは、現在は指定大学院制度が取り入れられて、医師免許取得者以外は、大学院を出なければ受験できない。ただし、以前は経過措置として、このような条項があった。
「 学校教育法に基づく4年制大学学部において心理学又は心理学隣接諸科学を専攻し卒業後5年以上の心理臨床経験を有する者。」
でも、そもそも防衛大学校は、学校教育法に定める大学ではなく、防衛省の付属機関だ。だから、自前での学位はだせないのだが、一応大学相当の教育をしているということで、学位授与機構により学士、修士、博士などが授与されている学校である。だから、岬美由紀がいくら防衛大を首席で卒業しようが、受験資格があったとは思えないのだが。何か私の知らない抜け道が存在していたのだろうか。
☆☆☆
※初出は、
「風竜胆の書評」です。