チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

アレッシーの置き時計

2016年03月21日 | 身の回りのもの

ガス、16度、92%

 家の中で時を刻んでくれる掛け時計、置き時計、デジタルのものよりやっぱり文字盤が付いた時計が好きです。家にあるものはもう長いこと生活を一緒にしています。アレッシーの木で出来た置き時計、もう20数年前に求めました。高さ25センチほど、針の色は薄いブルーです。アレッシーの専門店がなかった頃、確かレンクロフォードで買いました。何度も何度も足を運んで大事に抱えて帰って来ました。

 10年ほど前から、振り子が動かなくなりました。針は正確に動いています。ところがここ5、6年、長針が筋脱力症のようになり、ダラリと数字の6を指したままになりました。つまりいつも何時30分です。主人などもう寿命だねとおっしゃいます。

 アレッシーはこのモデルを作るのを止めていましたが、近頃店頭に飾られています。殆ど同じですが振り子の色がピカピカの金色。この時計、屋根の部分を外して持ち上げると文字盤とムーブメントが出て来て手で針を動かして時刻を合わせます。お店の人に頼んで、お店に飾られている時計のムーブメントを見せてもらいました。中国製です。しかも、値段は昔の3倍近くになっています。

 家に帰り、長針が垂れたままの文字盤を取り出しました。当時のはまだドイツ製です。どうにか直せないかと思います。息子が小学の頃使っていたミニ四駆の改造用の先の細かいねじセットを持ち出して、あちこちねじを締めたり外したり、筋脱力症の長針さえ正常に動けばいいのです。眼鏡をして、明るいライトのもと時計の修理屋にでもなった気分で20分ほど弄くりました。長針、うまく動き始めました。

 ここ1週間、正常に動いています。素人の弄くりですからいつまで持つか分かりません。一緒に時を刻んで来た仲間です、そう容易く捨てる訳には行きません。まだまだ、がんばってください。

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名前入りのお袱紗

2016年03月20日 | 日々のこと

ガス、19度、96%

 小学生の頃です。鉛筆を1ダース箱買いすると、1本1本に名前を入れてくれるサービスがありました。小学の入学祝いにもらった友人がいてとても羨ましく欲しく思いました。母親の手書きでない自分の名前がついたものは、何やら誇らしく感じます。

 振り返って見ると、自分の名前の入ったものをもらったことは今までにたった一度。主人が築地の杉本で包丁に私の名前を入れてもらって贈ってくれました。誕生日でも何でもないときのプレゼント、30数年前のことですが嬉しいやら、まだ料理なんて何にも出来なかった頃ですから包丁に気負いをもらいました。

 先日頂戴したもの、桐箱の大きさから小風呂敷きかなと検討を付けて蓋をとりました。あっと、息を呑んだのは言うまでもありません。ご祝儀用のお袱紗です。無地の紅鬱金に染め抜かれた私の名前。嬉しいの一言です。

 嬉しいと思う以上に実は恥ずかしいとも思いました。私はご祝儀用のお袱紗をここ数年来、母のお袱紗を使っていました。 一字違いですが、この対の角には、実家の家紋が染められています。孫のお宮参りのときもこの母のものを携えていました。主人に早く自分のを作りなさいと言われていたのに、日本に帰っても染物屋さんに足を運ぶ時間がありません。そのうちにと思っていました。そんなこと誰にも話したことがありません。まるで、私の隙間を突かれてような贈り物です。

 母のお袱紗の赤白橡の色は私の好きな色ではありません。藤衣色などといわれるやや寂しい色目です。頂いたお袱紗の色は、金鬱金、浅支子とでもいいたいような凛とした張りのある色目です。素敵な色を選んでくださいました。

 お風呂式を贈り物にとは考えますが、名前を染め抜くには前々からの時間の配慮もあることです。並々ならぬお心配りです。

 頂戴して有頂天な私は、喜びごとに着ていくものを描きます。あの服のときもあの着物を着てもこのお袱紗ならピッタリだわとか、あのバックにそっと忍ばせておくと出すときのコントラストがいいわとか。女ですから、いい気なものです。

 名前入りのお袱紗、一生ものです。今からの残りの私の時間と一緒に歩んでもらいます。ありがとうございました。

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20本のチューリップ

2016年03月19日 | 日々のこと

ガス、20度、99%

 自分の誕生日にチューリップを買って来ました。薄いオレンジ色。夕方には主人がチューリップを抱えて帰って来ました。やや濃いイオレンジ色。今我が家には濃淡のオレンジ色のチューリップが20本、ワインクーラーに飾られています。

 ひとつの花が沢山だとお花畑に行ったような気分になります。チューリップを選びながら思いました。最近のチューリップ、色も形も様々です。花びらの先がカールしたもの花色が斑なもの。私が小さい頃は、チューリップの色は真っ赤、真っ黄色、真っ白の3色でした。紫や微妙なオレンジやピンクのチューリップ、不思議に気持ちがそそられます。やや小ぶりなオレンジのチューリップは、主人が持ち帰ったものも私のも中國昆明からのチューリップです。

 昔のチューリップの色を思い出した時、一枚の写真が頭をよぎりました。私が2歳の頃だと思います。福岡の香椎花園で親子3人が写ったものです。母と私はお揃いの布のジャンパースカート、父は背広を着ています。その3人の後ろは満開のチューリップです。黒白写真ですが、花の色まで見えるようです。父も母も30代。ちょうどこの季節でしょう。昔の香椎花園は、花ばかりでした。今は子供向けの乗り物やイベントもあるそうです。調べてみると、チューリップの数10万本だそうです。見頃でしょう。

 春先、よくチューリップを求めます。紫のチューリップが好きです。今回いくら探しても紫のチューリップはありませんでした。紫や斑のチューリップはオランダから一年中入って来ます。チューリップを求める度に思います。球根の花はほんとは切り花には向かないかもしれないと。4,5日経つと、茎の空洞からヌルヌルした液が出て来て水がすぐに傷みます。その茎が中折れして見苦しい姿になってしまいます。球根花は、土植えで見るのが一番です。

 子供の頃、お花の絵を描くとみんなチューリップでした。色も白赤黄色。簡単で良かった。この季節チューリップに手が伸びるのは、きっとあの香椎花園での遠い記憶からかも知れません。

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ブランデーケーキ

2016年03月18日 | 日々のこと

ガス、17度、99%

 ひと月ほど前に、日本から友人がブランデーケーキを携えて来てくれました。私よりずっと背の高い彼女はそのケーキを手渡しながら、「真奈さん、ひと月ほど置いて食べてくださいね。」とおっしゃいます。焼いた後にブランデーやラムをしみ込ませたケーキは日が経てば経つほど、アルコール分が飛んで美味しさを増します。頂戴した食べ物、大抵直ぐに開けて直に口に入れてしまう私に彼女はどうも念を押しています。

 家に帰りやっぱり包装紙を開けてみました。箱も開けてみました。クンクン。うんいい香り。でもまた蓋をして棚の奥になおしました。カレンダーを見てひと月後、そうだ、お誕生日に食べようとその時から決めました。

 昨日は待ちに待ったお誕生日。よくひと月近くも食べずに我慢したものです。でも、皆さんのご想像通り、このひと月の間になん度も箱の蓋をとっては匂いを嗅いでいました。 モモさんあいにくですが、このケーキはお酒が一杯だからあげれませんよ、モモさんは私の焼いたシフォンケーキで我慢してください。朝から主人と私で半分も食べました。二人して「美味しいね。」もっと食べたいのを二人とも我慢しました。

 でも大丈夫、まだ明けていない箱が一本、一本半のブランデーケーキが家にはあります。そうなんです、彼女はこの重たいケーキを2本も持って来てくれました。賞味期限なんて気にしません。ゆっくり大事に食べます。

 東京奥沢ロワールのブランデーケーキです。

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おかげさまで、50代最後の誕生日を迎えました。

2016年03月17日 | 日々のこと

曇、15度、97%

 夜半から細かい雨が降り続いていました。いつもの時間に目が覚めると雨は上がっていました。気持ちよくいつもの道をひとっ走り、雨上がりの澄んだ空気をまずは胸一杯吸い込んで帰って来ました。今日は私にとっての元旦です。今日から私の一年が始まります。

 朝の10時に産まれたそうです。毎年、日本時間の10時に母に電話をしました。私「お母様、ありがとう。」母「真奈さん、おめでとう。」決まりきったこの会話が出来なくなって数年が経ちました。今朝も、まだ明けやらない暗い空に向かって、「お母様、ありがとう。」と声を出して言ってみました。

 ありがたいことに、昨年も風邪ひとつひかずに、寝込むことなどもなく一年が過ぎました。こう書くといつも「健康を過信しないように」とお言葉をもらいます。私、小心者ですから皆さんと同じ位健康に気を遣います。寝ること、食べること、モヤモヤを溜めないこと。気を遣って維持している今の健康だと思います。この歳です、明日何が起こってもおかしくはありません。ただただ、健康でいられることに感謝しています。

 一年で一番待ち遠しい日は、今日、3月17日です。お祝いしてもらえるからではありません。何かけじめといいうか、弾みがつくのが自分の誕生日です。主人が先日「何か欲しいものはない?」と聞いてくれます。「何もないよ。あなたが健康でいてくれたらいいよ。」考えてみれば昨年一年は主人も大きな病気、会社を休むこともなく、出張で明け暮れていました。それだけで充分です。

 今日からは、あと一年後の60歳に向けて、一歩一歩歩き始めます。一年後、少しでも何かが私の中で進歩してくれることを祈ります。

 3月17日は、セントパトリックデーです。セントパトリックのシンボルカラー緑で自分のためにクッキーを焼きました。朝、PCを開けると  あら同じ日のお誕生日の人は誰だろうと思いました。ところが、Googleが私に送ってくれたおめでとうのメッセージ、こんなことにも喜びます。

 一年後の自分がどうなっているか、一年先の今日が待ち遠しく思います。39年一緒にいてくれた主人、12歳のモモさん、息子一家そして私を見守ってくれている友人達に心から感謝します。

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軽井沢 ユニオンチャーチ

2016年03月16日 | 

雨、14度、88%

 先日の私の帰国前に日本の友人が香港にやって来ました。彼女は私がウィリアムヴォリーズの建物に興味があることを覚えていてくれてパンフレットを2冊携えて来てくれました。パラパラとめくると、近江はもちろん大阪、神戸に沢山ヴォリーズの建築物はありますが軽井沢にも多数あることを知りました。そういえば、ヴォリーズが結婚式を挙げたのも軽井沢だと随分前に読んだことがあります。

 軽井沢行きは、会いたい人たちと犬たちを訪ねるもので、お昼をご一緒に済ませてその足で東京に戻るつもりです。ならば落ち合う約束時間より早めに着いてヴォリーズの建物を見てみようと思います。つまり私のヴォリーズ見聞の第一歩は軽井沢から始まりです。駅に近いユニオンチャーチに行く事にしました。

 軽井沢は避暑地、晩秋から早春までは冬ごもりの季節ですから、お店がお休みの事ぐらいは承知しています。駅を降りても人がまばら、駅の案内所でバスの時間を尋ねましたが生憎出たばかりです。タクシーで旧軽井沢のシャッターが下りている大通りを北に向かいます。なんと5分もかからずに着きました。

 いいお天気ですが、流石に雪が残っています。 ヴォリーズの木造の建物にはやはり日本の物とは違った香りがします。この教会もあとひと月ほどは休館です。入り口のガラス窓から中を覗きます。質素な教会の作りです。プロテスタントの教会です。 

 手前の建物は宣教師の子弟の学校だったそうです。 見辛いのですが、浅間石を積み上げた煙突が印象的です。

 ヴォリーズの建物を見ることが出来ただけで大満足、帰りのタクシーなんて拾えませんから駅まで歩く事にしました。お店も開いていません。地元の人も歩いていません。来た時に見当をつけてあった道を戻ります。美味しい山間の冷えきった空気を胸一杯に吸い込みます。こんな香港に住んでいますから、この空気が身体へのご褒美です。

 大通りに出ると自転車で5人ほどのグループが横を抜けていいます。なんと中国人の観光客です。私など、何でこんなところでまで中国人に会わなくてはいけないのかとやや不満、でも、お金を落として行ってくれる方達ですから文句はいえません。彼らの興味の的は別荘の不動産のようです。

 浅間山を横に見ながら、約束の公園に向かいます。犬連れですから、公園で待ち合わせです。冬の寒さの厳しさを私は知りません。こんなに空気が美味しく、景観のいい場所に住めたらなどとつい思ってしまいます。

 友人達のおかげで私のヴォリーズの第一歩を刻みました。この軽井沢へと言ってくれた友人、パンフレットを運んで来てくれた友人。今回の私の帰国は、珍しく自分のために一杯時間を使いました。友人達、そして家で私を待ってくれていたモモさん、主人に感謝です。

 

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カルロモレッティのガラスのボウル

2016年03月15日 | 身の回りのもの

曇、15度、77%

 一目惚れしてしまったガラスの器があります。急ぎ足にお店の前を過ぎるのですが、ピタッと目が留るものがあります。しかも同じようなものがディスプレイされているのにたったその中のひとつに目が留って動けません。ガラスの小さなボールです。両掌のすっぽりと納まります。そのガラスのボールに吸い寄せられるようにお店に入ります。手に取っては置き、手に取っては置き、何度も眺めます。形も好きです。色も好きです。でもガラスもの、もうあまり増やしたくありません。そっともとの場所に置いて家に帰りました。

 一晩明けました。やっぱりあの色合い、あの手の感触が忘れられません。お店に戻ります。ウィンドー越しと手に取るのでは違います。まずは外からじっくりと眺めます。お次は手に取って。他にも同じ形で10個色違いがありますが、一目惚れとは恐ろしいもので、他には目がいきません。だから一目惚れなのです。お姉さんに包んでもらって、大事に持ち帰りました。

 家に帰って薄紙を解きます。底には値段のシールが貼ってありました。とって見ると名前が白い線描きで入っています。CARLO MORETTI 調べて見るとイタリアのベネチアングラスのお店です。そういえば、お店の人に何処の国から入って来たのかも聞かずに求めました。一目惚れですから。

 家の目に付くところに置いてみます。 光の透け加減、色合いの反射が素敵です。食器棚もこのボールのために場所を作ります。何を入れようかな?オリーブにしても、ナッツにしてもアイスクリームもヨーグルトにも少し大きめ深めです。冷たいガスチョパなんかいいかな。

 衝動買いではありません。一晩考えました。 一目惚れですから、氏素性なんて問いません。ただただお側にいてもらいたいだけです。

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「ゆかいな若冲、めでたい大観」 山種美術館

2016年03月14日 | 日々のこと

曇り、14度、81%

 先日の東京への帰国で3つ美術館を廻りました。もう終わってしまった催し「ゆかいな若冲、めでたい大観」山種美術館です。伊藤若冲が好きです。人となりも確かにゆかいだったのではないかと思います。それなのにまだ若冲の実際の作品に触れたことがありません。来月からは大きな若冲展がかかるそうですが、その頃東京に帰れるかどうかも分かりません。ひと目若冲を見ようと足を運びます。

 若冲の力強い筆跡を見ると動物ばかりか七福神まで元気に見えるから不思議です。お正月明けから始まったこの催し、新春を意識してか松竹梅や吉祥、干支にちなんだ申のコーナーもあります。

 ゆっくりと見ているうちに、あれと目に留ったのは、小林古径の「不尽」。 青い富士山です。この一幅の前でかなり立ち止まります。富士山、蓬萊山のコーナーです。心が拡がるような富士山、赤富士も「不尽」と並んでいます。少しボーッとしたきれいな空色の富士山。これは古径の心象風景に違いありません。そういえば緑の富士山はやはり私が好きな尾形乾山の作です。富士山も見る人の目によってこんなに違います。

 奥村土牛の干支達も彼の優しいまなざしが伺えます。一番最後のコーナーに来ると、これまた嬉しや、鏑木清方です「佳日」。コーナーの名前は幸福な情景。 

 展示を見て10日ほど経ちます。しっかりと記憶に残っているのは、若冲でも大観でもありません。古径の「不尽」と清方の「佳日」。こんなこともあるもんです。若冲や大観は行く前から見れると思っていますが、期せずして出会えた古径の「不尽」や清方の「佳日」。喜びと驚きで心に残ります。

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モモさん、ちょっといたずらを

2016年03月13日 | もも

小雨、15度、94%

 モモさんこのところお散歩の足取りも軽くなりました。ネズミちゃんごっこも頻繁にします。ネズミをくわえたままベットにだってヒョイ。私の姿が見えないと、何処にだって自分で上がっています。見てる私も楽しくなるほどです。

 どうしたものかこの私、お抹茶のお菓子が食べたくて仕方ありません。ひょんなことで一年前のブログを見ると、なんと同じ日にお抹茶のお菓子を焼いています。日本よりひと月以上も早く木の芽が膨らむ香港です。木の芽が膨らみ始めると、身体がお抹茶を欲しているかのようです。お抹茶のガトーマジックを焼きました。すぐに食べてしまったので、お抹茶のシフォンケーキを焼くことにしました。

 粉とお抹茶をざるに入れてふるうため、テーブルの上に置きました。モモさん横の椅子で爆睡中。ふと見ると、寝ていたはずのモモさんがテーブルの上で、 ざるを覗き込んでいます。ご存知でしょうが、パグさん意外に鼻息が荒いのでブワッと粉を飛ばされたら大変、「食べられませんよ。」と声をかけます。この日の朝も、お抹茶のお菓子を食べたばかりのモモさん、きっとお抹茶の香りで目が覚めたものと思われます。 モモさんチョイと前足でざるを突きます。ざるがゆらゆら。 もう一度突きます。ざるがゆらゆら。

 ざるがゆらゆらを何度も繰り返します。「待っててください、もう少しでシフォンケーキが焼けますからね。」

 実はこの動画があります。このブログに動画はのせることが出来ません。InstagramとFBにアップします。

 

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プリッキーヌ(唐辛子)の栽培缶

2016年03月12日 | 日々のこと

曇り、12度、81%

 七味唐辛子が大好きだと、何度も何度も書きました。七味唐辛子なんてみんな同じと思ってはいけません。これが微妙に味も辛さも香りもそして甘みも違います。七味唐辛子を見れば買い求めます。その上、皆さんからも頂戴します。ありがたいことです。

 当然、七味唐辛子の一番の決め手は唐辛子。唐辛子の種類だって世界中沢山です。ハンガリーのパプリカ、メキシコやアメリカのババネロ、韓国や日本の唐辛子そしてタイのプリッキーヌ。辛いものが好きですが、メキシコやケイジャーン料理に使われるパラペーニョの辛さは苦手です。タイのプリッキーヌ、大好きなタイのグリーンカレーの辛さの素です。 こんなに小さい唐辛子、タイ料理やベトナム料理では麺などにこのまま添えられて出て来ます。辛いもの好きですが、私は手を出しません。涙と鼻水が止まらなくなります。ここ香港ではプリッキーヌは市場で簡単に手に入ります。プリッキーヌの10倍もある大きな唐辛子まで揃っています。流石にババネロはありません。しかも、夏ともなれば花市にプリッキーヌの鉢植えが並びます。この唐辛子、先の細い方を空に向けて実を結ぶので「天指辛子」と名前がついているほどです。そしてなんともその実を付けた様子は可愛いものです。

 先日、七味唐辛子好きの私に変わったものをと頂いたのが、長野の善光寺の有名な唐辛子屋さん、八幡屋礒五郎の「プリッキーヌの栽培缶」でした。

 八幡屋礒五郎の七味や一味の缶の意匠は、なんともインパクトが強くて名物と名を打っているところも気に入っています。その普通の七味の缶の4倍以上もの大きさの缶の中に、プリッキーヌの種と栽培土がセットで入っています。早速種を蒔いてみました。たった1週間で、根っこが出ました。 香港、急に気温が下がりました。でも大丈夫、また来週から20度を超す陽気が戻って来ます。一番丈夫な苗を一つ残してくださいと説明書にありますが、他の鉢にも植え替えて、この夏我が家はプリッキーヌが沢山実ると夢見ています。生で食べれない分は、乾燥して保存出来ます。

 唐辛し好き、種蒔き好きな私への贈り物です。ありがとう、一杯実を付けるように世話します。

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