蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

ぼんやりと。

2011-11-13 | リアル ジャパン
やっと、落ち着いた日曜日。
でも、ブログや、その他のチェックに時間を割き、目が疲れた。

パリの写真は、そのうち、アップできたら、アップします。
でも、しないかも。
気ままなわたしで、すみません。

パリで見て、感じた、階級社会。
これが、わたしには、とてもショックだった。

日本では、皆、同じような格好。
もし、ボロい服装でも、わざと、こだわりのファッションだったり、服にはお金をかけない主義だったり。
それ以外の人は、今は安い値段の衣類もたくさんあるので、
よっぽどの事情でもない限り、ボロい服を身につけることはしないだろう。
お金をかけない服というのは、ボロい服ではなく、ダサい服なんだと思う。
で、ボロい服より、ダサい服のほうが、かっこ悪いのかも知れない。

服装や、持ち物、言語、行動も似たり寄ったり。
同じような行動をし、同じような生活水準。
ぱっと表面上、浅く見たところ、そう違わない。

どこが、違う?

中流の人々が大半を占める国民。
貯蓄額、給料、エンゲル係数、住まい、将来性、福利厚生、属性、学歴、交友、血縁関係者、
そういったあたりで、ゆるやかに、大きなグループ分けができるかも知れない。
といっても、多くは、中流の範囲内なので、天と地ほどは、違わないかも。
一見、似ていて、表面だけなら、実質内容を上回ったり、下回ったり。
見かけだけでは、深くは、わからない。

あんなに、パリのように明らかにぱっと見ただけで、階層がわかる、階級社会ではない。

だから、どうなの?って、ハナシだけれど。
日本にいると、絶対に実感できない他国の社会構造。
上澄みの煌びやかさもさることながら、底辺の人々の悲惨な生活。
このギャップ、対比を見ても、パリの住民たちは、どおってこと、ないようだ。
お互いは、別の世界に住んでいるので。


今の日本の置かれている立場を見ても、
国際的な目を持つことは、絶対不可欠であり、必要に迫られているように感じる。

いくら、日本が大きく高い頑丈な壁を築いて頑張っても、
モノ、ヒト、カネの海外からの流入は、もはや止めようがない?

食糧を他国に依存している国って、不安。こわいな~、と。
兵糧攻めにあったら、いちころ。
各国、歴史や背景が違うからって、無関心ではいられない。

ようわからんなりに、ちょっと考えてみました。


写真は、ダンス・クラスのあるビルの、地下街の大きな壷に飾られたお花。
3週間ぶりのレッスン。
懐かしいような、自分は、一瞬だけ、いなくなっただけのような。

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