蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

母性って、なに?

2012-01-25 | オトコとオンナ

「女性には母性がある」というが、そうだろうか?


自分を例にとると、女性ではあるが、あまり母性はないと感じる。
とくに子供が欲しいとカラダ感覚で思ったわけでもなく、
自覚もないまま、次々と子供が生まれた。
ただただ、不思議だった。


こんなにカンタンに生命って、知らないうちに宿るのね・・・、と。
そのとき、宇宙の銀河系みたいな図をアタマに想像した。
小学校高学年あたりで、理科の資料集に出てきそうな絵。


わたしは、説明がつけられない、よくわからない事柄は、なんでも、
いつも小学校の図鑑みたいな絵に戻ってしまう。

というわけで、母性でもなんでもない図なのだが。


夫が、家事・育児に、まったく協力してくれなかったので、
すべて自分でやったけれど、それで母性が育ったわけではない。
母性も育たず、でも子供たちは育ったが、
トラブルはまだ表面化してないだけで、不良品、欠陥品に育っているのかも知れない、と、
今頃になって、ひやひやしている。
犯罪がバレていない、犯罪者よう・・・
健康診断にまったく行かない、潜在的病人のよう・・・
鉄筋を細く、少なくして、突貫工事で建てた、ビルの工事責任者のよう・・・


それは、わたしだけか?



女性には母性がある。母になれは、文字通り、そのまま。
でも、母になっても、母になれない母たちも、数はわからないが、存在する。

(幼児虐待や子育て放棄、ネグレクトなど、環境が悪化した場合、社会問題にもなっているが、
わたしの場合、弱い者イジメはしない主義なので、そういったことは無縁)

わたしが個人的に思うのには、
実際は、カラダで母になったのにもかかわらず、子育てをして、アタマで母になった。
それを、「おんなは、カラダが母になることを欲している」と言い切られると、
そんなひとばかりじゃない、って、むきになる。


もし、カラダで母になるとしたら、いわゆる生理的な肉体的欲求ではなく、
肉体を、子育ての激務で駆使して、カラダ(=労働)で母になる大変さを味わうということだ。


アンタが、もっと子育て手伝ってくれてたら、一人でしょいこむこともなかったかも、
と、夫にいまさら、怒りがまたもや再燃。
(そのかわり、義母が助けてくれたけれど。あまりある感謝)
でも、もう、子供が無事、巣立った今、
負のエネルギーを放っても、まったくくだらない、時間の無駄。
夫に、思いや感情を向けることすら、もうどうでもいい。


「女性と母性」
ただこの言葉だけ見て、触発される、わたし。

ちがう、ちがう。
子育てに協力してくれない男が、女に、母性を押し付けてるんだ。
母性なんか、もともと備わっているものなんかじゃないんだ。
まるで、時期がくれば開花するかのごとく、そんな自然発生的なものではない。


我が家の場合、幸運にも、父性を出さなくてはいけない非常事態も起こらず、
親としての自覚は、子育て最終ラウンドまで味わうこともなく。
子供にべったりの甘い夫の親がこの世に存在しなくなった後こそ、はじめて、親らしくなるんだろうけれど、
あらら、子供は、もうすっかり成長して、親孝行してくれたりする。
(ありがたがっているばかりじゃなくて、
その親孝行してくれる分を老親に、生きている間に、お返ししなければ・・・)



今のイクメンたち、がんばってください。
母性を育ててください。
ついでに父性も。


あ、お母さん方も、です。
協力します。


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