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雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

哀れなる獅子 ・ 今昔物語 ( 5 - 2 )

2020-09-02 10:10:01 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          哀れなる獅子 ・ 今昔物語 ( 5 - 2 )


今は昔、
天竺に一つの国があった。
その国王が山に行幸して、谷・峰に勢子を入れて、ほら貝を吹き鳴らし、鼓を打って、鹿を脅かせて狩り出して狩猟を楽しんだ。
ところで、国王には心から慈しみ可愛がる一人の姫宮がいた。片時も手元から離さずに可愛がったので、この時も輿(コシ)に乗せて連れて行っていた。

日がようやく傾く頃、この鹿追いに山に行っていた者どもは、獅子が寝ている洞穴に入った。
獅子を驚かせたので、獅子は洞穴を飛び出し、小山に立って、威圧するような猛々しい声を放って吠えた。すると、洞穴に入り込んだ者どもは、恐れおののいて逃げ去った。走って倒れる者も大勢いた。姫宮の輿を持つ役の者も、輿を捨てて逃げ去ってしまった。国王も、東西の区別もつかない状態で逃げ去り、宮殿に帰られた。

宮殿に辿り着いた後、国王が姫宮の御輿の在り処を捜させたところ、輿持ちたちは、山に放り出して逃げてきたと話した。国王はそれを聞いて、嘆き悲しんで、気も狂わんばかりに泣き悶えた。
そのままにしておけることではなく、捜し出すために多くの人を山に行かせたが、みな怖気づいていて、自分から進んで行こうとする者は一人もなかった。

一方、獅子はと言えば、驚かされて洞穴を飛び出した後、足で土を掻き、吠えまくり、走り回って見てみると、山の中に輿が一つあった。
輿に架けられた垂れ絹を喰い破って内を見てみると、珠玉のように光り輝く女が一人乗っていた。獅子はこれを見て大いに喜び、抱き寄せて背中に乗せ、もとの棲み処の洞穴に連れて行った。
やがて獅子は、姫宮と情交した。姫宮は茫然自失の状態で、生きているのか死んでいるのかさえ分からなかった。

獅子はこのようにして、数年姫宮と過ごしているうちに、やがて姫宮は懐妊した。そして、月満ちで出産した。
その子は、ふつうの人間の姿をしていて、男の子であった。顔かたちが美しく整った玉のような子であった。
やがて成長し、十歳を過ぎる頃には、勇猛で足の速いことは人間業ではなかった。
その子は、母が長い間憂い悲しんでいる姿を知っていて、父である獅子が食べ物を求めて出掛けている間に、母に訊ねた。「長い間嘆いておられる様子で泣いておられるのは、心の中にお嘆きのことがありますのか。親子の縁を結んだ間柄です。私には隠し事をなさらないでください」と。
それを聞いて、母はいっそう激しく泣いて、しばらくの間は言葉もなかった。

そして、しばらくすると、泣く泣く話し始めた。「私は、ほんとうはこの国の国王の娘なのです」と話し始め、これまでの出来事を、最初から今日に至るまですべて話した。
男の子も、母の話を聞いて泣くこと限りなかった。
やがて、母に「もし、都に出たいとお思いならば、父が帰って来ないうちにお連れします。父の足の速さはよく知っています。しかし、私の速さと同じほどだとしても、優っていることはありません。されば、都にお連れして、密かにお世話しましょう。私は獅子の子であるといえども、母上のお血筋を引いて、人として生まれたのです。速やかに都にお連れしようと思います。さあ、背中に負ぶさりなさい」と言うと、母は喜びながらわが子に負ぶさった。

男の子は母を背負うと、鳥が飛ぶが如くにして都に出た。しかるべき人の家を借りて、母を隠し住まわせて、工夫を凝らして世話をした。
父である獅子は、洞穴に帰ってみると、妻も子もいなくなっていた。「逃げて都に行ったに違いない」と思って、恋悲しんで、都の近くまで行き激しく吠えた。
その声を聞いた国の人々は、国王を始めとして誰もがあわてふためき怖れ騒いだ。
そこで国王は、獅子の始末について宣旨を出したが、それは「あの獅子の災いを止め、あの獅子を殺した者には、この国の半分を与えて統治させよう」というものであった。

獅子の子は、この宣旨を聞くと、国王に申し出た。「あの獅子を退治して、その褒賞を頂戴したい」と。
国王はこの申し出を聞いて、「退治して献上せよ」と仰せられた。
獅子の子は、この宣旨を承って、「父を殺すことは、限りなく重い罪であるが、自分が半国の王となって、人である母をお世話しよう」と思って、弓矢を持って父の獅子のもとに向かった。
獅子は我が子を見て、地に臥して転びまわって大喜びする。あおのけに寝ころび、足を伸ばして我が子の頭を嘗め回していると、子は毒の矢を獅子の脇腹に射立てた。獅子は、子を愛していたので全く怒る様子もなかった。ますます涙を流しながら、子を舐り続けた。そして、しばらくすると獅子は死んだ。

そこで獅子の子は、父である獅子の頭を切って都に持ち帰った。そして、すぐに国王に奉った。
国王はそれを見て、たいそう驚き半国を分かち与えようとして、まず獅子を殺した時の様子を訊ねた。その時、獅子の子は、「このついでに、事の根源を申し上げて、国王の孫であることをお知らせしよう」と思って、母から聞いていた通りに、最初から今日に至るまでのことを申し上げた。

国王はそれを聞いて、「それでは、お前は我が孫だったのか」と知ることになった。
「まずは、宣旨の通りに半国を分かち与えるべきだといえども、父を殺した者を褒賞すれば、自分もその罪から逃れられない。しかし、そうとはいえ褒賞しなければ、明白な約束違反となる。されば、離れた国を与えるのがよいだろう」と思案して、一つの国を与えて、母も子もその国に行かせた。
獅子の子は、その国の王となった。そして、子孫代々継承して今も住んでいるそうだ。
その国の名を執獅子国(シュウシシコク・獅子を捕らえたことに由来する国という意味で、今のスリランカらしい。)というのである、
となむ語り伝へたるとや。

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