女人の島 (2) ・ 今昔物語 ( 5 - 1 )
( (1) より続く )
それから後、二年ばかり経った頃、あの僧迦羅(ソウガラ)の妻になっていた羅刹の女が、僧迦羅が一人で寝ている所に現れた。同棲していた時よりも数倍美しくなっていた。
その女が近寄ってきて、「然るべき前世からの縁(エニシ)があり、あなたとわたしは夫婦となりました。深くあなたを頼りに致しておりました。ところが、わたしを捨てて逃げられたのは、どういうことなのでしょうか。あの国には夜叉の一党がおり、時々やって来て人を捕らえて喰らうことがあります。そのため、私たちは城壁を高く築いて厳重に固めているのです。ところが、多くの人が浜に出てきて騒いでいる声を聞いて、あの夜叉がやって来て荒れ狂っているのを見て、『わたしたちが鬼なのだ』と誤解なさったのです。決してわたしは夜叉ではありません。あなたが返られた後は、恋しくて悲しくて堪えられません。あなたも同じように思ってくださらないのですか」と言って、激しく泣いた。
この女の本性を知らなければ、きっと騙されてしまうだろう。
しかし僧迦羅は、大いに怒って、剣を抜いて切ろうとしたので、女は強い恨みを抱いてその家を出て行った。
そして、王宮に行くと、国王に申し上げるように願い出た。「僧迦羅は、長年連れ添った夫でございます。ところが、わたしを捨てて同居しようと致しませんが、誰に訴え出ればよいのでしょうか。国王、なにとぞこの事の是非をお裁き下さい」と。
王宮の人たちが出て行って見てみると、訴え出た女の美しいことはこの上なかった。その姿を見て、愛欲の心を起こさない者はなかった。
国王はその報告を聞いて、密かにその姿を見てみると、その美しさは並ぶ者とてないほどである。大勢いる寵愛している后たちと見比べると、后たちは土みたいなもので、その女は玉のようであった。
「これほどの女と同居しようとしないとは、僧迦羅の心は劣悪だ」と思われて、僧迦羅を召し出して詰問すると、僧迦羅は、「あの者は、人を欺く鬼でございます。決して王宮に入れてはなりません。速やかに追い出すべきです」と申し上げて、王宮を出た。
国王はそれをお聞きになられても、信じようとはされず、深く愛欲の心を起こして、夜になると密かに裏口から寝殿に召し入れた。国王が女を近くに召し寄せて見るに、その美しさは密かに覗いた時より数倍も勝っている。抱き寄せて我がものとした後は、さらに愛欲の心は深まり、政をかえりみようとせず、三日もの間寝室に入ったままになる。
そこで僧迦羅は、王宮に参って申し上げた。「天下の一大事が出来(シュッタイ)しようとしています。あの女は、鬼が女に姿を変えているのです。速やかかに成敗すべきです」と。
しかし、宮中の人は誰一人として聞き入れようとはしなかった。そうして三日が過ぎた。
その次の朝、女は寝殿から出て階段のそばに立った。人々が見ていると、目つきがすっかり変わっていて怖ろし顔つきである。口には血が付いている。そして、しばらく辺りを見回していたが、寝殿の軒からまるで鳥のように飛び立ち、雲の中に姿を消した。
国王にこの事を申し上げるために、側近たちが様子をうかがったが、声一つなく、国王の気配もない。
そこで、驚き怪しんで寝室に入ってみると、御帳の内に血が流れていて、国王の姿は見えなかった。御帳の内をよく見ると、血まみれの御髪が一つ残されていた。それを見て、宮中は大騒動となった。大臣・百官が集まって涙を流して嘆いたが、今更どうにもならない。
その後、御子が即位して国王となった。
新しい国王は、僧迦羅を召し出して、この度の事を訊ねた。僧迦羅は、「それでは申し上げますが、速やかにあの女を成敗するように再三申し上げました。今となりましては、私はあの女の羅刹国を知っておりますので、宣旨を賜りまして、彼の国へ行き、あの羅刹を成敗しようと思います」と申し上げた。
国王は、「速やかに彼の国へ行って成敗せよ。必要なだけの軍勢を与えよう」との宣旨を与えた。
僧迦羅は、「弓矢で武装した兵士一万人、剣で武装した決死の兵士一万人、それらを百艘の快速の兵船に乗せて出兵させてください。私は、その兵団を率いて行こうと思います」と申し出た。
国王は、「申し出のようにせよ」と仰せられて、全軍は出立した。
僧迦羅は、この二万の軍勢を率いて、かの羅刹国に漕ぎ着いた。
そして、前のように、商人のような姿にさせた者ども十人ばかりを、浜を散策させた。すると、前と同じように美しい女が十人ばかり現れて、歌を唄いながら近寄ってきて、商人姿の者たちに言い寄った。そして、前と同じように、女が先に立って案内する。
その後方から二万の軍勢も続き、途中で襲いかかって女たちを打ち切り、射かけた。女たちは、しばらくは恨みがましい表情をしながらもなまめかしい風情を見せていたが、僧迦羅が大声を出しながら走り回って指揮すると、姿を保ち続けていることが出来ず、遂に羅刹の姿になって、大きな口を開けて反撃してきたので、剣で首を打ち落とし、あるいは肩を打ち落とし、あるいは腰を打ち折って、無傷の鬼はいなくなった。
飛んで逃げようとする夜叉がいると、矢を放って射ち落した。一人として逃げ切れた者はいなかった。家屋などには火を付けて焼き尽くした。廃墟の国としたうえで、国王にその結果を報告すると、国王は、その国を僧迦羅に与えた。
されば、僧迦羅はその国の王となって、二万の兵団を引き連れて住みついた。もとの生活よりも安楽な生活を送った。
それから後は、僧迦羅の子孫が引き継ぎ、今もその国に存在している。羅刹は絶滅している。それゆえ、その国を僧迦羅国というのである、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
スリランカだと言うのは、巻第四で記していますね。
羅刹女は、とても怖い鬼ですが、美女には気を付けろと言う教訓でしょうね。
怖い怖い。
拙句
羅刹女に魅入られたるか秋驟雨
(突然雷と伴にゲリラ豪雨。怒らないでと思うのだが)
コメントありがとうございます。
アラビアンナイトのようだとのご意見、全く同感です。全体の構想には差があるとしましても、スケール面では絶対負けていないと個人的には思っています。
もっと多くの人が、この作品に親しみ、題材とした話題を提供して欲しいと願っています。
ご指摘のように、羅刹女は怖ろしいですが、貴句の秋驟雨にあこがれる部分もありまして・・・。
台風・突然の豪雨にくれぐれもご注意下さいませ。