不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

一角仙人 ・ 今昔物語 ( 5 - 4 )

2020-09-02 10:08:34 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          一角仙人 ・ 今昔物語 ( 5 - 4 )


今は昔、
天竺に一人の仙人がいた。名を一角仙人(イッカクセンニン・異能の持ち主で、万巻の経典に通じ、座禅行を修めていたとされる。)という。額に角が一つ生えていた。それゆえに一角仙人というのである。

深い山に入って修行して、長い年月を過ごした。雲に乗って空を飛び、高い山を動かして鳥や獣を思いのままに駆使した。
ある時、にわかに大雨が降り、道の状態が極めて悪くなったが、この仙人は、どうしたわけだったのか、徒歩にて行こうとしていたが、山が険しくて思いもかけず足を滑らせて倒れてしまった。年老いてこのように倒れたことにひどく腹を立てて、「世の中に雨が降るから、このように道が悪くなって倒れるのである。着ている苔の衣も濡れてしまって大変着心地が悪い。されば、雨を降らすのは竜王のすることだ」と思って、すぐさま、多くの竜王を捕らえて一つの水瓶(スイビョウ・飲み水を入れる瓶。僧が山中修行や遊行の時に携帯する。)に入れたので、多くの竜王は嘆き悲しむこと限りなかった。

このように狭い水瓶の中に、多くの大きな竜王を捕らえて押し込んだので、狭くてどうにもやりきれなく、動くことも出来ず極めて辛い状況であったが、聖人(ショウニン・一角仙人のこと)の極めて優れた験力のため為す術がない。
こうして、雨が降らなくなって十二年が過ぎた。このため世の中はすべて旱魃(カンバツ)となり、五天竺(ゴテンジク・・古代インドを中・東・西・南・北に五分した呼称。全インドの称。)すべてが嘆き合った。十六の大国(釈迦の時代、ガンジス川流域に栄えていた十六の民族国家の総称。)の王は、様々な祈祷をして雨が降ることを願ったが、全く効き目がなかった。どういうわけで、このような状態になっているのか知らなかったからである。
ところが、ある占い師が「ここから丑寅(ウシトラ・東北。陰陽道では鬼門の方角にあたる。)の方角に深い山がある。その山に一人の仙人がいる。雨を降らす多くの竜王を取り込めているので、世の中に雨が降らないのである。優れた聖人たちに祈祷させたとしても、かの聖人の験力にはとても及びますまい」と言った。

これを聞いて多くの国の人々は、どうすればよいか相談したが、全く思いつかない。
すると、ある大臣が「いくら優れた聖人だといっても、女人の色香に惑わされず、美しい声に心を引かれない者はあるまい。昔、鬱頭藍(ウツヅラン・釈迦が出家後に教えを求めた仙人の一人。)という仙人は、変わり者であったが、その仙人に勝る聖人であった。それでも、色香に迷いたちまちのうちに神通力を失っている。されば試みに、十六の大国の中の端正美麗(タンジョウビレイ・容姿が整っていて美しいさまを表現する常套語。)な女人で声の美しい者を召し集めて、彼の山の中に行かせて、峰の高い所や谷の深い所など仙人が棲み処とし、聖人が居所とすると思われる所々で、心に染み入るような趣のある歌を唄えば、聖人だといっても、それを聞けば心が緩むはずだ」と申すと、「早速そのように取り計らうべし」と決定して、世に端正美麗にして声の美しい女人を選び、五百人を召し出して、美しく立派な衣服を着せて、栴檀の香を塗り沈水香を浴びさせて、美しく飾り立てた五百の車に乗せて行かせた。(五百も、多いことを表現する常套句。)

女人たちは山に入ると、車より下りて五百人の美しい女人たちが群れ連なって歩く姿は、言いようもないほどすばらしい。
女人たちは、十人、二十人ずつに分かれて、仙人が棲んでいそうな窟屋(イワヤ)を廻り、木の下・峰の間などにおいて、情緒たっぷりに歌を唄った。
山も響き、谷も騒ぎ、天人も天下り、竜神も近寄っていく。
その時、奥深い窟屋のそばに、苔の衣を着た一人の聖人が現れた。痩せ衰えて体には肉がない。骨と皮だけでどこに魂が宿っているのかと思わせる。額に一本の角が生えている。怖ろし気なこと限りなかった。
その聖人が、まるで影法師のようにして杖に寄りかかって、水瓶を持ってくしゃくしゃの顔で笑いながら、よろめき出てきた。

そして、「これは、いかなる人々がこのようにお集まりになって、結構な歌を唄われているのですかな。我は、この山に住して千年になりますが、未だかって、このような事を聞いたこともございません。天人が天下られたのか、それとも魔物がやって来て近づいてきたのですかな」と言った。
一人の女人がお答えした。「わたしたちは、天人でもなく、魔物でもありません。わたしたちは、五百人のケカラ女(意味不詳。古代インドの天部に属する人(人の姿をしているが人間ではない)とも。)申しまして、天竺から徒党を組んでこのようにやって来た者でございます。ところが、この山はたいそう趣きがあり、多くの花が咲いており水の流れも美しくて、そこにはたいそう優れた聖人がいらっしゃるとお聞きしまして、『歌を唄ってお聞かせしましょう。このような山中におわしますれば、未だこのような事をお聞きになっていないでしょうから。そしてまた、お近づきになりたい』と思いまして、わざわざ参上したのでございます」と言って、歌を唄うのを聖人は聞いて、まことに、昔も今も未だ見たこともない姿の女人たちの、しみじみと情感をかき断てるように唄う様子に、目もまばゆいほどに思われ、心も動転して我を忘れた。

聖人は、「我が申すことは、お聞き入れくださるか」と尋ねた。女は、「心が軟化したようだ。うまくあしらって堕落させよう」と思ったので、「どのような事でも、どうしてお断りすることがございましょうか」と答えた。
聖人は、「少し触らせていただきたいと思うのだが」と、いかにも武骨で、求愛とも思えない言い方に、女は怖ろしい者の機嫌を損なってはならないと思う一方、角が生えていて気味が悪かったが、国王の仰せもあることから、遂には恐る恐る聖人の言うことに従った。

その時、大勢の竜王たちは大喜びして、水瓶を蹴り割って空に昇った。(一角仙人の女犯により、その呪禁が破れたため)
竜王たちが空に昇るや否や、空全体が雲に覆われ、雷電霹靂(ライデンヘキレキ・雷が響き、稲妻がひらめくこと。)して大雨が降り出した。女は身を隠しようもなく、とはいえ都へ帰るすべもなく、怖ろしいことながら数日を過ごすうちに、聖人はこの女に心底惚れてしまった。
五日目にようやく雨が少し止み、空も晴れてきたので、女は聖人に「いつまでもこのようにしているわけにはいきませんので、帰らせていただきます」と言えば、聖人は別れを惜しんで、「それでは、お返りなさい」という様子は、いかにも辛そうである。女は、「これまで体験したこともないことで、このような巌の上を歩きましたので、足もすっかり腫れてしまいました。それに、都に返る道も分かりません」と言った。
聖人は、「それでは、山の中の道は案内させていただこう」と言って、先立って行くのを見ると、頭は雪を戴いたように真っ白で、顔は波を立てたかのようにしわだらけで、額には角が一本生えている。腰はすっかり曲がり苔の衣を着ている。錫杖(シャクジョウ)を杖にして突き立て、ゆらゆらと体を揺らしよろめきながら行くのを見ると、愚かしくもあり、怖ろしくもある。

やがて、一つの谷を渡ろうとすると、何とも険しい断崖に懸け橋がかけられている。まるで屏風を立てかけたかのようである。巌が高くそびえている下には、大きな滝があり、その下は大きな淵になっている。
下からは逆さまに湧き上がるような白波が立っていて、見渡せば、雲の波・水煙の波が深く立ち込めている。まさに、羽が生えるか、竜に乗るかしなければ渡れそうもない。
その場所まで来ると、女は聖人に言った。「ここは、とても渡ることが出来ません。見ただけで目がくらむような気がして、どうすることも出来ません。まして、渡ることなど出来るはずがありません。聖人は常に行き来されているのでしょう。わたしを背負って渡らせてください」と。
聖人はこの女にすっかり心を奪われてしまっていたので、女の申し出を断れず、「無理もないことです。それでは、負ぶさりなされ」と言う。聖人の脛は、つまむと断ち切れるほどかぼそくて、背負われるとかえって落ちるのではないかと怖ろしかったが、背負われた。
そして、その難所を渡ることが出来たが、女は「今しばらく」と言って、王城まで負われたまま入って行った。

道中の人を始めとして、その姿を見た人は、あの山に住む一角仙人と言う聖人が、ケカラ女を背負って王城に入っていったと、極めて広い天竺の人々は、貴賤男女皆集まってその姿を見ると、額に角が一本生えている者の頭は雪を戴いたかのように真っ白である。脛は針のように細く、錫杖を女の尻に当てて、ずり落ちてくると揺すり上げていくのを見て、こぞって笑いあざける。
王宮に入ってきたので、国王はけしからぬことだと思われたが、この聖人はとても優れた人だと聞いていたので、敬って丁重に、「早々にお返りくださいませ」との仰せ事があったので、空を飛んで行く気であったろうに、この度は、よろけたり倒れたりしながら帰って行った。
このような愚かな聖人もいるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆














コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 鹿の娘 ・ 今昔物語 ( 5 - 5 ) | トップ | 善悪は一つ ・ 今昔物語 ( ... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その1」カテゴリの最新記事