雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

翁専用の高札 ・ 今昔物語 ( 31 - 6 )

2024-11-13 13:30:26 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 翁専用の高札 ・ 今昔物語 ( 31 - 6 ) 』


今は昔、
賀茂祭の日、一条大路と東洞院大路が交わる辻に、明け方から高札が立ててあった。
その高札には、「ここは翁が物見する場所である。他の者は立つのを禁じる」と書かれていた。人々は、その高札を見て、決してその辺りには立ち入らなかった。
「これは、陽成院(陽成天皇。清和天皇第一皇子。奇行が多かったとされる。)が祭をご覧になるためにお立てになったものだ」と人々は思って、徒歩の人は誰も近寄らなかった。いわんや、車という車は、その高札の辺りに止めなかった。
やがて、祭りの行列が近付く頃になった時に、見れば、浅黄色の上下を着た翁がやって来て、空や地面を見上げたり見下ろしたりしながら、悠然と高々と扇を使い、その高札の下に立って、静かに見物し、行列が通り過ぎると帰っていった。

そこで、人々は、「陽成院が行列をご覧なさるはずだったのに、どうしておいでにならなかったのだろう」「何事があって、ご覧にならなかったのか」「高札を立てながらおいでにならないのは、おかしなことだ」と、口々に納得いかないことだと話し合っていると、ある人が、「あの物見していた翁の様子はどうも怪しい。彼奴は『院が立てられた高札』だと人に思わせて、あの翁が高札を立てて、『自分が良い場所で見物しよう』と思ってやったことでないかな」などと、様々に人が言い合っていたが、いつしか陽成院がこの事をお聞きになって、「その翁を必ず捕らえて尋問せよ」と仰せになられたので、翁を捜してみると、その翁は西八条の刀禰(トネ・町の五戸で構成する組織の長。検非違使によって任命される。)であった。
そこで、院から下役人を遣わして召し出すと、翁は参上した。

院の役人が仰せを承って、「お前は何を考えて『院より立てられた札』と書いて、一条大路に高札を立てて人を脅して、得意顔で行列を見物したのか。そのわけを申せ」と詰問されると、翁は、「札を立てたのはこの翁がしたことでございます。但し、『院より立てられた札』とは決して書いておりません。この翁は、すでに年も八十になりまして、物見する気力もございません。ところが、孫に当たります男が、今年、蔵司(クラノツカサ・内蔵寮)の小使(ショウシ・雑務に従事する者。)として行列に加わっております。その晴れ姿を何とかして見たかったものですから、『出かけていって拝見しよう』と思いましたが、『すっかり年老いていて、大勢の人が出ている中で拝見すれば、踏み倒されて死ぬかも知れません。それも、つまらないことだ』と思いまして、『人が近寄らない所で、静かに拝見しよう』と思いまして、立てた物でございます」と申し開きをした。 

陽成院はこれをお聞きになって、「その翁は、実に良い思いつきで札を立てたものだ。『孫を見たい』と思うのは、全くもっともなことだ。その者は、実に賢い奴だ」と感心なさって、「速やかに、帰してやれ」と仰せになられたので、翁は得意顔で家に帰り、老妻に、「わしの計画はうまく行ったぞ。院もこのように感心なさっていた」と話して、いかにも自慢げであった。
しかしながら、世間の人は、院がこのように感心なさったことを良いとは申さなかった。但し、「翁が『孫を見たい』と思うのは無理からぬ事だ」と人々は言い合った、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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