雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

夫の身代わりになる ・ 今昔物語 ( 10 - 21 )

2024-05-20 11:43:07 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      『 夫の身代わりになる ・ 今昔物語 ( 10 - 21 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]の御代に、長安に一人の女がいた。容姿端麗にして正直な心
の持ち主であった。
その女には夫がいた。その夫には、敵(カタキ)がいた。
その敵は、この女の夫を殺すために、その家にやって来た。しかし、その時には、夫は他所に出掛けていてその家にいなかった。
敵は家の中を探したが、夫がいなかったので、妻の父を捕らえて縛った。女は父が縛られたと聞いて、部屋の奥から出てきた。
敵は女を見て告げた。「儂は、お前の夫を殺すためにここに来たが、お前の夫がいない。お前が、もし夫を連れて来なければ、お前の父を殺すことになる」と。
女は敵に答えて、「どうして、夫がいないからと言って父を殺すと言うことになるのですか。それでは、お前さま、わたしの言う通りにして、後ほどに、この家にやって来て、わが夫を殺しなさい。この寝室で、夫は東枕に臥していて、わたしは西枕に臥しています。後で来た時に、東枕で寝ている夫を殺しなさい」と言った。
敵は、女の言うことを受け入れて、父を許して去って行った。

その後、夫が帰ってきた。
女は夫に、「今夜は、わたしは東枕で寝ます。あなたは西枕で寝て下さい」と言って、そのように寝た。
やがて、敵が部屋に入ってきて、東枕で寝ている女を、「これが夫だ」と思って、殺してしまった。それから確認してみると、女を殺してしまっていた。夫は生きている。敵は、これを見て心が痛み嘆くこと限りなかった。
されば、この女は、夫に代わって、寝る場所を変えて殺されたのである。

その後、敵はこの事を大変悲しみ、きっぱりと男に対する敵対心を棄てて、肉親にも等しい関係を結んだ。

このように、昔はこの女のように、わが身を棄てて夫の命を助ける女がいたのである。
とはいえ、これは、極めて有り難い事なのだと、聞く人は皆言った、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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