雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

正直者の徳 ・ 今昔物語 ( 10 - 22 )

2024-05-20 11:42:36 | 今昔物語拾い読み ・ その2

     『 正直者の徳 ・ 今昔物語 ( 10 - 22 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。「後漢」らしい。]の御代のこと。ある男が、他の洲(クニ)に行く途中で、日が暮れて宿駅という所に宿を取った。そこに、一人の男が泊まっていて病気に罹っていた。お互いに誰かは知らなかった。

すると、前から泊まっていて病気に罹っている男が、後からやって来た男を呼んだ。呼ばれて後から来た男が近寄ると、病気の男が語った。「私は、旅の途中で病にかかり、何日もの間、此処にいる。きっと、今夜にも死んでしまうだろう。そこで、私の腰に二十両の金がある。私が死んだ後、必ず葬儀を行って、残った金はお棺に入れてくれ」と。
後から来た男は、これを聞くと、「あなたの姓は何ですか。名は何と言いますか。何れの洲の人ですか。親はいらっしゃいますか」などと質問しようとしたが、それらに何も答えないうちに息絶えてしまった。
後から来た男は、「おかしな事だ」と思って、死人の腰を探ってみると、本当に金(コガネ)二十両があった。この男には、慈悲の心があり、死人が言い残したことに従って、その金を取り出して、ごく一部を使って、この死人を葬るべきお棺などを買い揃えて、その残りを彼が言い残した通りに、少しも残すことなくこの死人に副えて葬った。
そして、その男が誰だとも分らないままに、約束通りにして家に帰った。(すでに、旅から帰る途中だったらしい。)

その後のこと、思い掛けず、持ち主の分らない馬が迷ってやって来た。この男は、この馬を見て、「これは、きっと何か訳があるのだろう」と思って、捕まえて繋いで飼っていた。ところが、「自分の馬だ」という人も出てこなかった。
それから後にまた、つむじ風のために刺繍をした立派な寝具が飛んで来た。それも、「何か訳があるのだろう」と思って、取り置いていたが、それもまた、「自分の物だ」と言って尋ねてくる人がいなかった。

それから後、ある人がやって来て、「この馬は、我が子の某々という者の馬です。また、寝具も彼がつむじ風のために巻き上げられた物です。ところが、あなたの家に馬も寝具もどちらもあります。これは、どういう事ですか」と言った。
家主である男は、「この馬は、思い掛けず、迷ってやって来ました。探してくる人もいないので、繋いで飼っています。寝具もまた、つむじ風のために飛んで来た物です」と答えた。
やって来た人は、「馬もひとりでに迷ってやって来た。寝具もつむじ風が運んできたとは。あなたにはどのような徳があるのですか」と言う。
家主は、「私には、けっして徳などありません。ただ、然々の宿駅において、ある夜泊まりましたが、病気を患っていた人と、一緒になりましたが亡くなってしまいました。その時、彼が言い残した通りに、彼の腰にあった金二十両でもって、一部を使って彼を葬るのに必要な物を買い調えて、その残りは、少しも残すことなく彼に副えて葬って、帰ってきました。『あなたの姓は何か、名は何というか、何れの州の人か』と尋ねましたが、答えないままに息絶えました」と語った。

すると、やって来た人は、これを聞くと、地に臥し身もだえして激しく泣いた。そして、涙を流しながら、「その死んだ人は、まさに私の子なのです。この馬も寝具も皆、我が子の物です。あなたが、あの子の遺言を違えなく行って下さったので、隠れた徳となり、それが顕かな験(シルシ)として、馬も寝具も天があの子の物をお与えになられたのです」と言って、馬も寝具も取り戻そうとせず、涙ながら帰ろうとしたが、家主の男は、馬も寝具も返そうとしたが、遂に受け取ることなく去って行ったのである。

その後、この事が世間に広まって、その男は、ねじ曲がった心がなく正直者だと言われて、世間で重用されるようになった。
この事が起源となって、つむじ風が巻き上げて運んできた物は、本の持ち主に返す必要がない。また、本の持ち主も、自分のものだと主張することもなくなった。また、巻き上げた物を運んでくる所を、縁起の良い場所としたのである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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