雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

書写山の性空聖人 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 12 - 34 )

2017-10-06 09:30:24 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          書写山の性空聖人 ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 12 - 34 )

今は昔、
播磨国飾磨郡の書写の山(ショシャノヤマ)という所に、性空聖人(ショウグウショウニン)という人がいた。
もとは京の人である。従四位下橘朝臣善根(タチバナノアソンヨシネ)という人の子である。母は源氏(ミナモトノウジ)。
その母は、多くの子を生んだが、いずれも難産で苦しんだ。それで、この聖人を懐妊すると、流産する方法として毒の薬を飲んだが、その効果はなく、結局は安産であった。
その赤子は左の手を握りしめて生まれてきた。父母は不思議に思って、無理に開いて見ると、一本の針を握っていた。

この子が乳児の時、乳母が抱いたまま眠ってしまい、目が覚めて見てみると、いなくなっていた。驚いて大騒ぎして捜すと、家の北の垣根のそばにいた。父母はこれを不思議に思った。
この子は幼い時より、生き物を殺さず、人の中に入って遊ばず、ただ、静かな所にいて、仏法を信じ、出家したがっていた。しかし、父母はそれを許さなかった。
十歳になると、はじめて師について法華経八巻を習った。十七歳で元服し、その後、母について日向国に行った。

そして、遂に長年の念願通り、二十六歳の時に出家して、霧島という所に籠って、ひたすら心をこめて日夜に法華経を読誦した。そうしている間に、やがて食物がなくなり、物寂しい庵での一人暮らしであったが、いつの間にか戸口に温かな餅三枚が置かれていた。これを食べると、数日たっても飢えに苦しむことがなかった。
その後、霧島を去って、筑前国の背振山に移り住んだ。三十九歳で法華経を暗唱できるようになった。
その初めの頃、山の中の人けのない所で、心を澄まして経を読んでいると、十歳余りの子供たちがやって来て、同じ場所に座り、一緒に経を読む。また、人品卑しからぬ様子の老僧がやって来て、一枚の書き物を聖人に授けた。聖人は左手でこれを受け取った。老僧は聖人の耳に口を寄せて、「そなたは法華の光に照らされて等覚(トウガク・菩薩の極意。菩薩五十二位のうちの第五十一位。)に至るであろう」とささやいて消え失せた。

また、その後、弟子らが少しやって来るようになったが、突然に、十七、八歳ばかりの、背が低くて逞しげで力強そうな赤毛の童が、どこからともなくやって来て、「聖人にお仕えしたい」と言う。
聖人は傍において使うことにしたが、木を切って運ばせると四、五人分の仕事を軽々とこなした。使いに行かせても、百町ばかりの距離を二、三町を行って来たかのようにすぐさま帰ってきた。他の弟子たちは、「この童はとても重宝だ」と思ったが、聖人は、「この童は、目つきが極めて恐ろしい。私はどうも好きになれない」と言った。それでも、そのような状態で数か月が過ぎた。
ところで、以前より仕えているこの童よりも少し年長の童がいた。ささいな事から二人は喧嘩となり、この童が新しい童をののしると、新しい童は怒って前からいる童の頭を手で殴りつけた。その一撃で即座に気絶してしまった。
それを見ていた弟子たちは寄り集まって、倒れている童の顔に水を灌いでいると、しばらくして息を吹き返した。

聖人はこの様子を見て、「だから、使うべきでない童だと言っていたのだ。それが分からず、ほめ合っていたのだ。されば、この童がいては、なお悪いことが起こるだろう。速やかに出て行け」と言って追い払うと、童は泣きながら「絶対に出て行きません。出て行けば、重い罪を受けることになります」と言って嫌がったが、聖人は無理に追い出してしまった。
すると、童は涙を流して出て行きながら、「我が君が、『懇切にお仕えせよ』と言って遣わされたのに、無理やり追い出されたのでは、私を待ち受けていてきっと罰することでしょう」と言って、泣き泣き出て行ったかと思うと、掻き消すように消えてしまった。

弟子たちは不思議に思って、「このようなことを言うとは、あれは何者なのでしょうか」と聖人に尋ねた。聖人は、「私には、心に叶って気安く仕えてくれる者がいなかったので、毘沙門天に『そのような者を一人遣わしてください』と申し上げたところ、人間ではなく、ご自分の従者を遣わされたのだ。煩わしい者なので、『長くいては具合が悪い』と思って、帰したのだ。何としても、我が僧房の内において、人に恐ろしいことはさせない。こういうわけを知らず、喧嘩して殴り殺されるなど、極めて愚かなことである」と言った。

                               ( 以下 (2) に続く )

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