雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

大使館再開を検討 ウクライナ

2022-08-23 18:46:08 | 日々これ好日

        『 大使館再開を検討 ウクライナ 』

     ロシアのウクライナ侵攻を受けて わが国のウクライナ大使館は
     ウクライナからポーランドに退避しているが
     再開に向けて 安全を確認するため
     松田ウクライナ大使が キーウに入ったとの報道
     侵攻から6か月経っても 解決の目処さえ立っていない状況だが
     少し安全になったと 喜ぶべきなのか
     戦乱が日常化してしまったのではないかと 悲しむべきか・・・
     犠牲者は 一日一日 増え続けている 嗚呼

                       ☆☆☆  
     

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今昔物語 巻第八(欠巻)

2022-08-23 07:59:45 | 今昔物語拾い読み ・ その2

      今昔物語 巻第八(欠巻)


  巻第八は 震旦付の一部を構成するもので 霊験談が予定されていたと思われます。
  ただ、全話が欠けています。おそらく、当初から欠けていたと考えられています。

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東北に初の優勝旗

2022-08-22 18:44:17 | 日々これ好日

       『 東北に初の優勝旗 』

    夏の高校野球は 仙台育英に栄冠が輝いた
    東北勢初の優勝で 優勝旗が白河の関を超えることになった
    高校野球の地域差は 小さくなったとの実感があり
    大リーグで活躍している 東北の高校出身選手などを見ても
    成るべきして成った 優勝なのかも知れない
    「仙台育英高校の皆さん おめでとうございます」

                     ☆☆☆   

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首相もコロナに

2022-08-21 18:09:33 | 日々これ好日

      『 首相もコロナに 』

    岸田首相も コロナに感染したとの報道
    あれだけ激しく行動なさると 発症の危険も高いと考えるか
    おそろく 万全の防止対策を なさっていたはずだが
    それでも 罹患するとなれば
    ウイズコロナに より舵を切って もっと予算を投入するか
    より大胆な方針変更が 必要だろう
    
                     ☆☆☆

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軽く見過ぎるのも問題

2022-08-20 18:10:26 | 日々これ好日

      『 軽く見過ぎるのも問題 』
 
    コロナ新規感染者が 減少の兆しを見せない
    世界で最大の発症国となれば これまでの対策を繰り返すより
    経済優先で ウイズコロナのあり方を考えるべきだろう
    ただ 五輪汚職だ 旧統一教会だなどと こちらも捨ててはおけないが
    コロナ問題を 少々軽視しているのではないですかねぇ
    政界も マスコミも

                       ☆☆☆
    

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今昔物語 巻第七 ご案内

2022-08-20 13:43:15 | 今昔物語拾い読み ・ その2

       今昔物語  巻第七  ご案内 


   本巻は 全体の位置付けとしては 震旦付仏法 になります。
   般若経や法華経などを中心とした いわゆる 経典霊験譚が中心になっています。
   なお、全部で四十八話と番号付けされていますが、第三十三話から第四十話までは
   欠話になっています。当初から無かったらしいという説が有力なようです。

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大般若経の誕生 ・ 今昔物語 ( 7 - 1 )

2022-08-20 13:41:48 | 今昔物語拾い読み ・ その2

       『 大般若経の誕生 ・ 今昔物語 ( 7 - 1 ) 』
  

今は昔、
震旦(シンダン・中国の古名)の唐の玄宗(ゲンソウ・第六代皇帝。762年没。)の御代に、玄奘三蔵(ゲンジョウサンゾウ・よく知られている三蔵法師のこと。664年没。)は大般若経を翻訳なさった。
玉花寺(ギョクカジ・もとは太宗の避暑用の別邸。)の都維那(ツユイナ・寺の事務を司る役名の一つ。)の沙門(僧)である、寂照・慶賀らが筆記役を務めた。遂に訳し終わったと皇帝はお聞きになり、歓喜して供養の法会を設けられることになった。
竜朔三年(高宗の御代。663年。)冬十月三十日に、嘉寿殿(カシュウデン・未詳)を荘厳して、宝幢・幡蓋(ホウドウ・バンガイ・・仏法の印をつけた旗をつけた棒/旗と天蓋。)など様々な供具を整えた。どれも極めて美麗にして立派なことこの上なかった。

この日、大般若経を招きお迎えして、粛成殿(シュクセイデン・玉花寺内の宮殿で、玄奘の居所。)から嘉寿殿に移して、盛大な斎会(サイエ・供養法会)を設けて、経を講じ読誦して供養した。その儀式の荘厳なることは実にすばらしかった。
その時、大般若経は、光を放って遠くから近くまで照らし、天上より妙なる花が降ってきて、ただならぬ香りがただよって、皇帝を始め大臣・百官皆々がこれを見て歓喜して、それそれが「不思議なことだ」と思った。
すると、玄奘三蔵は自分の門徒の人に仰せになった。「経に説くがごとし。『四方に大乗を願う者があり、国王・大臣・四部の徒衆(四衆とも。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷を指す。
)は、この経を書写し受持し読誦し流布させるだろう。それにより、皆、天上に生まれることを得て、究極の悟りを得るだろう』そのためにこの経文があるのだ。滅失させてはならない」と。

その後、寂照は自らの夢に、千仏が空に在(マシ)まして、異口同音に偈(ゲ・仏教の真理を詩の形で述べたもの。)をお説きになって仰せられるには、
 般若仏母深妙典 於諸経中最第一 若有一経其耳者 定得無上正等覚
 書写受持読誦者 一花一香供養者 是人希有過霊瑞 是人必尽生死際 
( ハンニャブツモジンミョウデン オショキョウジュウサイダイイチ ニャクウイチキョウゴニシャ ジョウトクムジョウショウトウガ ショシャジュジドクジュシャ イチカイチコウクヨウシャ ゼニンケウカレイズイ ゼニンヒツジンショウジサイ ・・・般若は仏母にあたるすばらしい経典で 経の中で最も優れている もしそれを耳にする者は この上ない悟りを得るであろう 書写し体現し読誦する者や 一花一香を供養する者は 不思議な霊瑞に会い 必ず生死の苦しみを断つことが出来よう )
とお説きになられるのを見たところで、夢から覚めた。

その後、三蔵にこの夢のことを申し上げた。三蔵は、「このように、経典は単なる文字の記録ではなく、一字一字に仏が宿られていて、それを現じられたのです」と仰せられた。
この法会は、大般若経を供養し奉った最初である。その後、国中が挙って、この経を恭敬供養し、受持・読誦し奉ると必ず霊験が現れることが多いので、今も絶えることがない、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

* 史実としては、玄宗皇帝と玄奘三蔵との組み合わせは時代が合わない。高宗皇帝の御代が正しいようだ。

     ☆   ☆   ☆

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写経の功徳 ・ 今昔物語 ( 7 - 2 )

2022-08-20 13:40:32 | 今昔物語拾い読み ・ その2

       『 写経の功徳 ・ 今昔物語 ( 7 - 2 ) 』


今は昔、
震旦の唐の高宗(第三代皇帝。683年没。)の御代、乾封元年( 666 ) に一人の書生(ショショウ・科挙の試験を受けるために学んでいる者。)がいた。
その書生は、重い病にかかり急死したが、一日二夜を経て生き返って語った。
「私が死んだ時、赤い衣を着た冥官(ミョウカン)がやって来て、文牒(モンチョウ・生前の行いを記した書類。)を持っていて私を束縛しました。そこで、その冥官に連行されていくと、大きな城の門に着きました。冥官は、『城内の大王の中の王は、つまり閻魔大王である。かの文牒によってお前を召したのだ』と言うのを聞いて、私は驚き恐れましたが、ふと自分の身体を見ますと、右の手から大きな光を放っていたのです。その光は、まっすぐに王の前に届いていました。その光は、日月の光に勝っていました。

王は、この光を見て驚き怪しんで、座から降りて掌を合わせて、光のもとを尋ねて、その方向を推察しながら門を出て、私をご覧になってお訊ねになりました。『汝は、いかなる功徳を修めて、右の手から光を放っているのか』と。
私は、『私は、これといった善根など修めておりません。また、どうして光を放っているのかも分かりません』と答えました。王は、私の答えを聞くと、城内に還って行き、私の生前の行いを記録した一巻の書を考証なさって、また、門から出てこられて、歓喜して私に話されました。『汝は、高宗の勅命によって、大般若経十巻を書写したとある。右の手をもって写したので、その手から光明を発したのである』と。
私はその話を聞いて、そのことを思い出しました。王は、『我は、汝を解き放そう。速やかに還るがよい』と仰せられました。そこで私は、王に申し上げました。『すっかり来た道を忘れてしまいました』と。王は仰せられました。『汝、その光に導かれて還るがよい』と。
そこで、私は、王の教えに従って、光を頼りに進んでいきますと、この家に近づきました。すると、光は失せて、私は蘇ることが出来たのです」
と話して、涙を流して泣いて感激した。
その後は、持っている財産を投げ打って、大般若経百巻を書写し奉った。

これを以て思うに、国王の命令により、自分の意思ではなく経典一部を書いた人の功徳は、かくの如くである。いわんや、心を尽くして経典一部を書写した人の功徳は思いやるべし、
となむ語り伝へたるとや。

    ☆   ☆   ☆

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神母も天上界へ ・ 今昔物語 ( 7 - 3 )

2022-08-20 13:40:06 | 今昔物語拾い読み ・ その2

       『 神母も天上界へ ・ 今昔物語 ( 7 - 3 ) 』


今は昔、
震旦の預州(予州に同じ。河南省の辺り。)に一人の老母がいた。若い時から邪見(ジャケン・因果の道理を無視すること。よこしまな見方。)が深くして、神道(ジンドウ・鬼神を祀る俗信仰。)に仕えて三宝(サンポウ・仏法僧をさすが、ここでは仏教のこと。)を信じなかった。
世間の人は挙って、この老母を神母(ジンモ・神に近い尊崇を集めていたことからの呼び名。)と言った。三宝を憎んで、寺塔の辺りには近寄ることがなかった。もし、道を行く途中で僧と出会うと、目を塞いで引き返した。

ある時のこと、一頭の黄牛(アメウシ・飴色の牛。黄赤色の牛。)がやって来て、神母の家の門の外に立ち止まった。三日経っても、牛の飼い主が現れない。
そこで、神母は、「この牛は、神様がくださったものだ」と思って、自ら出て行って、牛を家に引き入れようとしたが、牛の力が強くて、引き込むことが出来ない。神母は、自らの着物の帯を解いて、牛の鼻に繋いだところ、牛は神母を引っ張って逃げ出した。
神母は牛を追っていくと、牛は寺に入った。神母は、この牛と自分の帯が惜しいため、目を塞いで寺に入り、仏に顔を背けて立っていた。

その時、その寺の僧たちが驚いて出て来たが、神母の姿を見て、その邪見なることを哀れに思って、それぞれが、「南無大般若波羅密多経(ナムダイハンニャハラミツタキョウ)」と唱えた。
神母は、これを聞くと、牛を捨てて走り出て逃げた。水辺まで来て耳を洗って、「私は、今日、不吉な事を聞いてしまった。いわゆる『南無大般若波羅蜜多経』のことだ」と言って怒り、三度この言葉を繰り返してから、家に帰った。牛の姿は、もう見えなかった。

それから後のこと、神母は病を患って死んだ。
神母には、実の娘がいたが、母を恋い悲しんでいたが、夢の中に神母が現れて告げた。「わたしは、死んで閻魔王の御前に参りました。わたしには悪業(アクゴウ)のみがあって、ほんの少しの善根もありませんでした。ところが、王は札(生前の行動が記されている物)を検証されて、笑みを浮かべて、『汝には、般若の名を聞き奉った善根がある。速やかに人間界に還って、大般若波羅蜜多経を受持し奉るべし』と仰せになられました。しかしながら、わたしはすでに人間としての業が尽きていますので、蘇ることが出来ません。わたしは忉利天(トウリテン・天上界の一つで、帝釈天の居城がある。摩耶夫人など女性が転生する例が多い。)に生まれ変わります。あなたは、むやみに嘆き悲しむことはありません」と。そこで夢から覚めた。
その後、母のために発心して、大般若経を書写し奉ること三百余巻に及ぶ。

これを以て思うに、憎むといえども般若の名を耳に触れた功徳はかくの如しである。いわんや、心を尽くして書写し受持し読誦する人の功徳は計り知れない、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆ 


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牛が残した善根・・今昔物語 ( 7 - 4 )

2022-08-20 13:39:43 | 今昔物語拾い読み ・ その2

       『 牛が残した善根 ・ 今昔物語 ( 7 - 4 ) 』


今は昔、
震旦の都に一人の僧がいた。名を僧智(ソウチ・伝不詳)という。
その母は、香炉を呑むという夢を見た後に、懐妊して僧智を生んだという。生まれた最初に、大般若経の名を唱えた。人々はそれを聞いて、怪しく思った。
十歳になった時、大般若経二百巻を暗誦した。全六百巻のうち、残りは覚えることなく誦すこともなかった。
出家の後、毎日の仕事として、一百巻を誦することを怠らなかった。
ある時、ふと心の中で思った。「私は大般若経二百巻を暗誦することが出来るが、残りを覚えることが出来ない。どうしてだか分からない。されば、祈念してその理由を探ろう」と。

すると、僧智の夢に、一人の沙門が現れて告げるには、「お前は、前世ではつまらない牛の身であった。その牛の飼い主は、大般若経二百巻をその牛に負わせて寺に持って行ったが、深い泥道で、つまずきながらも運んでいった。その功徳によって、お前は人間として生まれて、沙門となり大般若経二百巻を暗誦することが出来たのだ。残りは結縁が無いのでそらに覚えることが出来ないのである。お前は、今の身から雲音仏の国(正しくは「雷音仏の国」。阿閦仏(アシュクブツ)の国土。歓喜国ともいう。
)に生まれ変わるべし」と。そこで夢から覚めた。
その後、これらのことを正しく知って、牛の身であった前世のことに感謝した。

されば、善悪の事は、すべて前世の結縁によるのだと、人々は皆知った、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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