89年4月末の講演は中森明菜23歳、ちょうど留学していた頃のもので初めてしっかりと見る。7月(24歳誕生日直前)の近藤真彦マンションでの自殺未遂の前になる。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%A3%AE%E6%98%8E%E8%8F%9C
妖艶、かつノリが良い。なんとも美しい姿と表情だ。特に口の動きと音を前にとらえる歌い方は凄い。人生の絶頂期だろう。それでも目尻に皺があるのは歌と表現を突き詰めた歌姫の8年にわたる苦労があったのだろう。
最後から2番目のセカンドラブは、82年末、中森明菜のデビューの年、就職1年目の堺東作業所への通勤乗換の南海難波駅でよく聴いた。通天閣の向こうに朝日が見えた。1級建築士の2次試験に合格したが、深江から堺東までの高い定期を無くした覚えがある。
時々、小川顧問のTOWERS会の幹事をしていて芝田町の大阪早稲田倶楽部など懐かしい。それから、次の年の4月に一人だけ開発計画本部に配属された甘酸っぱい思い出がある。
いいものを見た。音楽は匂いと同じく記憶を呼び戻す。絶頂に登り詰める中森の歌と姿だ。HDに録画した。あれから33年か、バブルも去ってアラ古希だ
中森明菜は突き詰めていた、また笑ってくれないかな