フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

5月18日(日) 晴れ

2008-05-19 03:19:41 | Weblog
  午後、散歩に出る。妹の夫が教えてくれた「湘南食堂」で生シラス丼を食べようと思ったのが、行ってみると、入り口のドアに「本日は海の状態が悪く生シラスは入荷しておりません」との貼紙がしてあった。では、またにしようと、「増田屋」という蕎麦屋でカツ丼とざるそばのセットを食べた。喫茶店で食後の珈琲を飲もうかと思ったが、せっかくの晴天なので、アロマスケアビルの前の公園のベンチで本を読むことにした。増田みず子『シングル・セル』(福武文庫)。去年、安藤先生にちょうだいした本で、、明後日の「現代人間論系総合講座1」で安藤先生が取り上げる予定の作品である。「孤細胞(シングル・セル)のように生きる一大学院生と女子学生の共生と別離―単独者の生の論理を思考実験的に追求し、人間の永遠の孤独と現代の愛の究極のかたちを豊かな筆力で描き切った第14回泉鏡花文学賞受賞の長編小説」とカバーに記されている。「個人化」をキーワードにした連続講義で取り上げるのにピッタリの作品である(単行本の刊行は1986年。現在は単行本・文庫本ともに品切れ)。

         

  公園には気持ちのいい風が吹いていたが、残念ながら、ここの公園のベンチは長時間の読書には向かない。背板がないのだ。おまけにゴロンと横にもなれない構造になっている。徹底したホームレス対策である。それでもまだここはベンチがあるだけましである。例の蒲田交差公園のようにベンチのない公園も出現しているのである。公園だけではない。駅のホームからも、神社の境内からも、街角からも、ベンチがどんどん姿を消している。東京という街は人が停留しないように、人が流れるように、デザインされつつある。座りたければ喫茶店に入るしかないようになっている。

         

  喫茶店に移動しようかとも思ったが、今日は陽光にこだわりたかったので、洗足池公園に行くことにした。蒲田から池上線で9つ目の洗足池の駅前にある公園で、大田区民には桜の名所として知られている。
  「甘味あらい」の贅沢あんみつを食べるために池上で途中下車する。なんだか「ぶらり途中下車の旅」みたいだ。地井武男みたいだ(彼は「ちい散歩」か)。「甘味あらい」は開店5周年とかで、会計のとき「季節のアイスクリーム・宇治抹茶」の無料サービス券をいただく。途中下車して、よかった。
  洗足池公園は涼を求める人たちでけっこう賑わっていた。けれどベンチはふんだんに設置されているので、大丈夫。古いベンチだが、ちゃんと座る人のことを考えて作られたベンチである(あたりまえの話だ)。

         

         

         

         

         

         

  池畔には図書館があることもあって、高校時代、私はときどきこの公園に来た。カメラを片手に来たこともあった。いまでもよく覚えているが、近所に住んでいる人であろう、白いワンピースを着た美しい女性が、大きな犬を連れて公園に来ていた。私は彼女にカメラを向けてシャッターを切った。彼女は自分が写真に撮られていることに気づいたが、嫌な顔はせず、年下の男の子のために、「犬と戯れる若い女」をしばらく演じてくれた。それはまるでモデルがカメラマンの前で自然なポーズをとっているようであった。もしかしたら彼女はプロのモデルさんだったのかもしれない。あのときの写真は家の中のどこかにあるはずである。
  夕方近くなって、日が雲に隠れると、風がヒンヤリ感じられるようになった。小説はまだ途中だったが、引きあげることにした。実は、電車のシートが読書には一番向いているのだ。