フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

5月19日(月) 曇りのち雨

2008-05-20 10:46:48 | Weblog
  母が今日から2週間ほど入院することになったので、午前中に一緒に病院に行く。急に身体の具合が悪くなったわけではなく、持病の糖尿病の治療のためである。入院中にインシュリン注射の打ち方をマスターして、退院後、自分で打てるようにするのである。部屋は4人部屋だが、4年前に入院したときは個々のベットの周りのカーテンを昼間から閉めている人はいなくて、「よろしくお願いします」と挨拶ができたのだが、今日はみんなカーテンを閉めていて、非社交的ムードである。病状の重い人がいるのだろうか。担当の看護師さんは仕事のできそうな人だった。一緒に行った妻も言っていたが、この病院の看護師さんの質は非常に高い。母は何度も入院しているし、私も結石の手術で3度入院しているが、一度も頼りない人や感じの悪い人に当たったことがない。これはすごいことだと思う。
  夕方、ジムへ行く。50分のウォーキング&ランニング。距離にすると6.5キロ、消費カロリーは530キロカロリー(鰻丼一杯分)。走りながら身体が軽く感じられるのは調子がよい証拠である。走り終わった後も、喉はカラカラだが、バテバテではない。水分を補給しベンチで5分ほど休息をとれば回復する。「ルノアール」でレモンスカッシュを飲みながら増田みず子『シングル・セル』の続きを読む。よく女性作家の作品を評するときに、「女性の心理と生理がリアルに描かれている」といった類の表現が使われることがあるが、この作品の面白さはそうした視点からは語れない。主人公の「彼」は農学部の大学院の学生で、旅先で知り合った「稜子」という女子学生が途中から登場するが、二人の関係は「男女」というよりも、水溶液の中で遭遇した二つの単細胞―それも動物のものではなく植物のもの―である。彼女が彼のもとを去り、彼は修士課程を終えて民間の企業(肥料メーカー)に就職する。

  「勤めに出るようになって、以前の機械的な日常が戻ってきた。彼は、眼に見える現実以外の余分なものを追い求めないように気をつけた。通りがかりの女に、稜子の横顔を捜すことも、次第に少なくなった。
  時折、アルバイトをやめた分だけ時間を持て余して、ぼんやりすることはあった。それは仕方がなかった。彼の楽しみにもなっていた。
  生きている一人の人間が、現われたり消えたりする、その息づかいが部屋の中にまだ残っているような気がする。わけもなく振り返って、そこに誰もいないことを確かめずにはいられない瞬間がある。そんな時、稜子の残した言葉の全部が一度すっかり闇の中に沈んで、何か立体感のある影のようなものに姿を変えて、また浮かび上がってくるような、妙な感覚が生じる。その影が眼の端を通り過ぎ、あるいは彼の体を通り抜け、すっと消える。
  新しい職場は、彼の静けさと勤勉さに好感を抱いてくれたようだった。楽しそうだね、と、今まで人に言われたことのないことを、よく言われるようになっていた。彼はやがて職場の近くへ引っ越した。」

  『シングル・セル』はこれで終わる。『坊ちゃん』の終わりのような静けさがある。増田みず子の他の作品も読んでみたくなった。