9時半、起床。雨が降っている。気温も低い。この冬一番の冷え込みらしい。卵焼き、豆腐と油揚げの味噌汁、炊き込みご飯の朝食。しっかり食べて、一番厚手のジャケットを着て、長いマフラーを捲いて、家を出る。幸い風はないので、体感温度はそれほど下がらない。
12時13分蒲田始発の電車に乗る。これに乗ると1時ちょっと前に大学に着く。3限(1時から)の授業にはジャストのタイミングであるが、何かで電車が遅れるとアウトというリスクもある。今日の授業(現代人間論系総合講座2)は増山先生の担当で、私は側で聞いているだけなので、その心配はない。シートの端の席に座ることができた。雨に濡れた傘を手すりに掛けておけるので本が読みやすい。
地下鉄の駅を出て大学へ向って歩いていると、傘も差さずに歩いている女性が一人二人いる。こんな天気に傘を持ちずに家を出たのだろうか、それとも小雨程度で傘は差さない主義なのだろうか、あるいは「お嬢さん、傘をどうぞ」と男性から声をかけられるのを期待しているのだろうか(「お嬢さん、ハンカチを落としましたよ」というのと同じ)。誰も傘を差しかける人がいないのは、第二の可能性を考えてのことだろうか。いや、それだけではあるまい。私は高校生の頃、雪の降りしきる道を傘を差さずに(高倉健の気分で)歩いていたときに、女性に傘を差しかけられてたとがある。後にも先にも一度だけの経験である。私から傘を差しかけた経験は何度かあるが、電車で人に席を譲ることに比べるとずっとハードルが高い行為である。同じ親切でも何が違うかというと、席を譲るという行為が分離的であるのに対して(自分は立ち、相手は座る)、傘を差しかけるという行為は融合的である(相合傘でしばらく歩くことになる)。都市的生活の作法は人と人を分離することを基本としており(儀礼的無関心)、人と人を融合する方向には発達して来なかった。それはこれからの世代の課題であろう。
3限の授業の後、「早稲田軒」で昼食(天津麺)。研究室で授業の準備をして、5限は大学院の特論。313教室の暖房の効きは今日も悪い。そういう苦情が前の授業の先生から事務所の方へ行っているのであろう、授業が終って教室を出ようとすると、業者の方が待機していた。しばらくエアコンの点検にお付き合いする。暖房の温度を25度に設定してもエアコンの風の出口の温度は18度にしかならない。これでは室温は10度をやっと越すくらいだろう。寒いはずだ。来週は修理されていますように。
帰宅の途中、東京駅の構内で私は突然気づいてしまった。私のようにベージュ系のコートを着ている人はほとんでいないことに。知らない間に男もののコートの色は黒が基本になってしまっていたのだ。