9時、起床。卵かけご飯の朝食。10時、予約してある近所の歯科医院へ。今日は左上の親不知を抜くことになっている。抜くと決めてから、なかなか都合がつかず、越年して今日になったのである。親不知を抜くのは初めてだが、そもそも抜歯自体が何十年かぶりである。前夜から私は緊張していた。就寝中も途中で目が覚めたりした。親不知を抜くのはなかなか大変なことだと話に聞いていた。妻は出産前に全部の親不知を抜いたのだが(そういうケースはよくあるらしい)、「バキバキ音がするのよ」と言った。ほ、ほんとか。私の父は若い頃に親不知を抜いたのだが、そのとき傷口からバイキンが入って下顎が化膿して腫れ、東大病院で切開して3ヶ月入院したのだと母が言った。ほ、ほんとですか。ネットで調べてみると、大丈夫、心配することなかれという書き込みや、いやはや、もー大変でしたという書き込みがひしめきあっている。私の左上の親不知は、頭がちょっと出ているだけで、大部分は埋まったままである。だから抜歯にあたっては歯肉を切開しないとならない。また、レントゲン所見では、歯根の部分が上顎洞に達している可能性があり、その場合は、抜歯によって(一時的に)口腔と上額洞が貫通して鼻からの息がもれたりするという。ただし、抜歯自体は上の親不知の方が下の親不知よりも(顎骨に埋もれていない分)楽であるとのことだった。
4つある診察台の一番奥の診察台に案内される。夫婦でやっている歯科医院で、いつも虫歯の治療をしてもらっているのは男の先生なのだが、抜歯は女の先生の担当である。夫は歯科で、妻は口腔外科の出身とのこと。ジェンダー・イメージとしては逆である(もっとも我が家でも大工仕事は妻の担当なのだが)。
まず今日の体調を聞かれる。少々風邪気味だが、前回は「ちょっと風邪気味で・・・」と正直に答えて抜歯が延期になったので、今回は「とくに問題ありません」と答える。今日は月曜で授業がなく、明日は補講期間でいつもの授業がなく、二日続けて大学へ出なくてよい。授業はあらかた終っており、採点作業で忙しくなるのは来週で、だから今日が抜歯にはベストなのである。
では始めましょうということになり、最初に親不知の周辺を消毒、続いて麻酔の注射。麻酔が効いてくるまでしばし待つ。いよいよ抜歯の開始。麻酔が効いているので、何をどうされているのかはわからない。金属の器具と親不知が擦れるような音が絶え間なく聞こえてくる。ときどき口をゆすいでくださいと言われてそうするのだが、思ったほどの出血ではない。麻酔を打つと周辺の血管は収縮して出血しにくい状態になるそうだ。30分ほど経過した頃、休憩が入る。私が「いま何合目くらいですか」と質問すると、先生は「骨からはすぐに外れたのですが、頬の側に横向きになっているものですから、ちょっとずつ向きを変えながら抜こうとしているところです」と言って、あとどれくらいかかりそうかは答えてくれなかった。長期戦になりそうな予感がした。出産みたいである。それもカンシ分娩だ。ネットの情報によると親不知の抜歯は難しいケースで1時間前後、長い場合だと数時間かかるらしい。事前に先生に自分のケースの難易度を尋ねたところ、「難易度は低いとはいえません」とのことだったので、1時間はかかると覚悟していた。恐れていたのは、途中で、「これは私の手には負えないから大学病院にお願いしましょう」と言われることだった。そんなことを頭の片隅で考えていたら、「はい、終りました」と言われたので、びっくりした。抜く瞬間というのは感触でわかるものと思っていたからだ。しかし、スッポンという感覚はなかったし、痛みも走らなかった。抜歯に要した時間は正味1時間ほどであった。抜けた親不知は先生に言わせると「太ってますね」とのことだった。私のイメージでは奥歯というものには枝分かれした根があるものだが、この親不知にはそうした根がない。根に相当する部分が枝分かれせずにくっついたままのように見える。映画『アルマゲドン』で地球に衝突する小惑星のような形状をしている。
医院の待合室で30分ほど止血をしてから、帰ってくる。いくらか痛みはあるが、これは親不知を抜いた以上あたりまえと思える範囲内のもので、気にせず昼食(炒飯)を食べる。飲み込むときに喉に痛みがあったが、風邪のせいなのか、抜歯の影響なのかはわからない。食後は処方された薬(化膿予防の抗生剤、鎮痛剤、胃薬)を飲んで、ソファーに横になって、録画しておいたTV番組(ドラマとNHKスペシャル)を観て過ごした。夜、少し寒気がしたので(やはり風邪のせいか)、風呂はやめて、さっさと寝ることにした。とくに痛みで眠れないということはなかったし、頬の腫れもなかった。