King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

ニュールンベルグ裁判と『ハーモニー』

2009年02月25日 12時53分46秒 | 日々のこと
昨日は、雨で結局走るのをやめてしまいました。
今日も雨交じりでどうなることかと思いましたが、昼頃から
晴れて暖かい日となりました。

今日も雨が降り、これはもう走ることもないと一時は爪と
たこの手入れをしました。たこはいろんなところにできて
日々大きくなるので、時にスピール膏による手入れが必要です。
スピール膏で以前は、きれいにポロリとたこが取れたのですが、
最近ではたこが根深いのかスピール膏をつけただけでは取れません。
しかし、かといって5日以上もつけっぱなしにすると健康な皮膚も
白くなってしまい、際限なく皮がむけることもあります。

スピール膏をつけても色の変わらない中心部の芯のような透明な
部分が取れれば一応成功だということで、後は周りのたこを削って
整えます。爪は爪と爪床の間に甘爪を整理するへらで黒くなった
内出血部分を取り出します。こんなことを始めたのも昨日みた
映画で『シリアナ』でジョージクルーニー扮するエージェントが
正体がばれて拷問されるシーンで爪をはがれたのを見たからでしょうか。

それにしてもこの映画は意味がわからず、ジョージクルーニーも
さえない太った中年男で、彼の役割も彼の行動も意味不明でした。
そもそもこの映画が意味不明でした。昔の映画はもっと明確で
品格も高いものでした。深夜見た『ニュールンベルグ裁判』では
主題は明確で訴えてくるものもストレートでした。映画でユダヤ人
を400万虐殺したといい、それも不確かな数字だと認めています。
昨今、この数字も訂正する動きがあるものの、数字に何の意味もなく
ただ、人種浄化という思想で多くの人が殺され、それについて立法の
人たちは、虐殺が行われたことを知らなかったという訴えが奇妙に
響きます。

しかし、これもただ単にナチスの残虐さを暴くだけの映画でなく、
死体や遺品の処理のビデオは衝撃的ですが、告発する米国も広島長崎に
爆撃で女子供老人を中心とする一般市民を一瞬で55万も殺してしまった
という数字を台詞で入れて一方的になっていないところはさすがです。

私がこの映画で注目したのは、断種法というものです。これはニセコ
旅行の時に読んでいたSF『ハーモニー』を思い出させました。
裁判の中で、断種法は合法であり、米でも州によっては制定されて
いるという弁護側の弁論がありました。もし現在の日本でもネットによる
風評や風潮を鑑みれば、ネットでの投票で立法できるのなら、この
断種法などは日本でも制定されてしまうでしょう。今の人権派の人達が
聞いたら腰を抜かしてしまう内容です。

『ハーモニー』という読みづらい世界観の小説は、人類が進化の過程で
意識を持ったというのが出てきて、ネアンデルタール人や北京原人は
意識があったのかと疑問がわき、さらに進化というものにこの映画の
断種法を基にした人種浄化が行われたように、新種という進化した
人類の旧人類の駆逐という図式がこんな形でいずれ行われるのかという
ことも考えました。

ネアンデルタール人の研究が進み、彼らがどうして滅びたか。それは
ホモサピエンスに出会い、新人類により滅ぼされたとする人もでて
きました。今まで環境やウィルスなどで滅びたとする説はありましたが、
集団で行動して優秀な狩人であり、狩の道具も洗練された石器で、専門
職の手によるものと解ってきました。その道具は、今の金属でできた
工業製品より、精緻で使いよいといいます。そんな文化を持つ旧人類も
ことごとく駆逐され現在では人類種はひとつであり、意識を持つものも
人間だけです。

最近のテレビや映画では、特殊能力を持つ新人類やヒーローが活躍する
ものが大流行ですが、逆に変な力を持つものは異端視されて殺されて
しまったのが歴史なのではないでしょうか。それだけ遺伝子のなす業や
歴史で行ってきた人間の殺戮というものはエゴに満ちています。
決して愛や思いやりで平和を保って生きてきたのではないのです。
如何に自分たちだけ生き残ろうかというのが命題だったのです。

ですから、有害と思う人種や思想の人を殺してしまったり、原爆の使用も
いとわなかったのです。
コメント (1)
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