医者になりたての頃は桜の季節になっても「ああ桜がきれいだ、ああ満開ですごい」などとは全く感じなかった。というか感じる心の余裕がなかったのである。ほとんど朝から晩まで病院の中での生活である。家に帰らないことのほうが多かったくらいである。新しいこと、覚えなければならないことがそれこそ10分毎に襲ってくるのである。それらを頭の中で整理するのに大変であり、その場で覚えていかないと明日からの自分の仕事が進まなくなるのである。「一度教えたことは一度で覚えなさい」 これが先輩医師からの言葉であった。忘れてしまうと「あれ? この前、教えなかった?」と嫌味を言われる。周りから「一度で覚えられない面倒な奴」と思われると次から新しい情報が回ってこない。今の成人型教育技法などというものなかった時代である。怒られながら育った。そのような時代に仕事をうっちゃって、さあ桜を愛でましょうという感情などは起こってこないのが当然である。