吉田クリニック 院長のドタバタ日記

日頃の診療にまつわることや、お知らせ、そして世の中の出来事について思うところ書いています。診療日には毎日更新しています。

続編 訳が分からん その4

2018年08月31日 06時10分13秒 | 日記
 患者さんが帰宅して1時間くらいしたら、区の介護保険課から電話が来た。要約すれば「なんで意見書郵送したらだめなのか」ということである。とりあえず経過をこの担当者に説明した。この方も少し頓珍漢なようである。
 診療していないものについて証明書を書くということがいけないことであることが理解できないのである。しかもその書類内容について診療している医療機関が他にあり、なおかつそこで前回も意見書も記載し今回その意見書の「更新」なのである。

 まあこの役人さんにしても、医師法違反などはどうでもいいことで、はやく書類が揃うことのほうが重要なのであろう。こちらも少し感情的になり強い口調になったのがわかった。でもむこうも役人である。絶対に引かない。
 しまいには、「おたくとO病院どちらが書くのかまた確認してから電話します。それまで送られた意見書の書式は破棄しないで保管しておいてください」と高飛車なのである。
 こちらは悪くない。「いや、うちでの記載義務はないので意見書書式送付されたらすぐ破棄しますので」と譲らなかった。

続編 訳が分からん その3

2018年08月30日 05時49分12秒 | 日記
 このケアマネにしてみれば、意見書なんてどこの医療機関が書こうがどうでもいいことなのである。
 診療せずしての証明書発行は本来医師法違反なのであるが、それはケアマネには無関係であり、ケアマネにしてみれば早いとこ意見書が提出されていれば自分の仕事に好都合なのである。
 だから患者に対して「診療しているかどうかじゃなくて、最後に受診した医療機関で意見書は書いてもらうものなのですよ」なんて平気でうそが言えるのである。確かに最後に受診したのはうちである。軽いめまいで受診して投薬しているだけである。
 
 でも意見書記載に必要な情報である腰痛については、その診療はO病院が現在も継続して行っている。なのでこちらでは意見書の書きようがない。
・・・という極めて妥当と自分は思っているのであるが、これら理由で患者さんには「うちへの意見書書式の郵送はストップしてもらうよう区役所に連絡してください」とお願いした。話はこれで普通は終わりになるのである。
 でも話は終わらなかった・・・。なんだよ~。

続編 訳が分からん その2

2018年08月29日 06時17分01秒 | 日記
 自分はこの患者さんの腰痛診療していない。腰痛については他院で定期通院治療している。しかもそこでは前回介護保険意見書を交付している。
 ならば、どう考えたってそちらの病院で今回の更新手続きを進めるのが理に適っている。

 ところがこの患者さん曰く「いや、ケアマネージャーに、こちら(うちのこと)で書いてもらうようにと言われたので・・・」と・・・。
 なんだかケアマネの本意が分からない。そこで患者さんによく話を聞いたところ何となく状況が見えてきた。どうやらこの患者さんの介護保険の更新期日がタイトらしいのだ。しかも腰痛診療をしているO病院は大きな都立病院で、次回の診療日は数週先のようなのである。

 たぶんこのケアマネはO病院に意見書を依頼すると日にちがかかり、手続きがギリギリ、タイトになるので、開業医である自分のところにいってすぐに書いてもらえと言ったのであろうと推測した。
 それにしてもうちでずっとこの患者さんの腰痛診療をしているならともかく、診療もしてない部分での意見書をかけというのはまさに医師法違反にもなりかねない。

続編 訳が分からん その1

2018年08月28日 06時08分35秒 | 日記
 先日のことである。ある患者さんが来られた。この方は、風邪ひき、はらいたで程度で、時に来院される方である。とくにうちにおかかりというわけではない。

 この前来られた時に言われた。「腰痛で介護保険サービス受けていますが、更新するので医師意見書の記載をお願いしたいのですが」と・・・。
 はて? うちではこの患者さんの腰痛診療はしていないし、過去にこの方の意見書を書いたこともない。
 なので「どちらかで腰痛の診療受けていますか?」と聞いたら、
 「O病院に3か月に1回腰痛で通院していますし、前回はそちらで意見書交付してもらいました」と・・・。
 
 ならばそちらで意見書をかいてもらうのが妥当である。自分はこの方の腰痛診療していないので診療していない部分でのADLや治療内容は書きようがないし、O病院での診療経過も知らない。

 そこで「でしたら診療を受けている病院で意見書を書いてもらったらどうですか?」と、ごく「妥当」な返事をした。ところが・・・。

訳が分からん その3

2018年08月27日 06時14分20秒 | 日記
 昔から、保険会社(あるいは代理店)の担当者とはよく話をする。
 大昔の話である。交通事故の患者の生命保険の件で担当者が来院した。事故の経緯と患者のその後の経過の話を聞きたいと言ってきたのである。
 当時は個人情報保護などということが言われていない時代である。それにしても、見ず知らずの人に患者の情報を何のためらいもなく話すのは当時から抵抗があった。
 当時、上の医師から「保険会社の担当者が来ても患者の同意書なければ患者のことを気安く話さない方がいいぞ。時に加害者側が様子探るために保険会社を偽って話を聞きだそうとして来ることがあるから」と言われていた。
 その時はそんな感じでもなくきちんと名刺をだして自分の身元を明らかにしたのである。
 試しに「同意書お持ちですか?」と聞いたら、えっという顔をして「は? 同意書?」と不思議な顔をした。「え~っと同意書、同意書? そうですね、まあ自分は患者さんとも個人的に仲がいいので・・・同意書はとっていませんけど・・・」など患者の同意なく情報聴取にきたのである。
 今考えると「患者本人とは前からの顔見知りだから同意書はいらない」などととんでもない理由を述べた。

 まあ大昔のことなので自分もそのまま患者の容態を話したが、これが現代の話であれば自分も相手も完全にアウトである。

訳が分からん その2

2018年08月25日 05時18分57秒 | 日記
 メモ書き、公式文書、これらどちらの場合でも、血圧値を書くだけなら記載内容は一緒である。しかしその内容を保証するかどうかでまったく意味合いが異なってくるのをこの担当者は理解しているのだろうか?
 まあおそらくたぶん知っているのだと思う。

 保険会社が、公式な証明書や診断書が必要であれば本人から同意書取って、こちらに依頼文も添えて・・・と面倒な仕事が増える。しかも保険会社は診断書料を負担しなければならなくなる。
 「ホント簡単でいいんです、ちょっとメモ用紙に血圧の値を書いてもらって、そして最後に医療機関名と印を入れて」と言えば、医療機関から証明された血圧の数値が診断書料なく、面倒な手間なく簡単に手に入れられるのである。
 これは自分の仕事を簡略化させ、かつ出費を抑えようとする魂胆なのである。この担当者は生命保険会社なのか、その代理店なのか知らないがあまりにも安易である。
 たぶん常識がないのではなく、すべて知っていてやっているんだと思う。確信犯的な感じがしてちょっと小ざかしいなと感じた。

訳が分からん その1

2018年08月24日 06時07分10秒 | 日記
 先日、患者さんからお願いされた件。
 「今度、生命保険の内容が少し変更になるんで血圧の情報が必要なんですが・・・」と患者さん。
 「保険会社からは『ちょっとメモ書きでいいから血圧かいてもらってそこの医療機関の印を押してもらってください、ちょっと書いてもらうだけでいいんです』と言われました」と・・・。

 この言葉がこの保険会社の担当者が言ったのであれば、この担当者は極めて不適格である。ちょっとのメモ書きでいいのであれば、本日計測した血圧をメモ用紙に記載し患者さんに渡して、話は終わりである。
 しかしそうではなくうちの医療機関の証明として医療機関名と印を押したら「ちょっと簡単なメモ書き」ではなく公式文書になるのである。

 公的文書であればこちらにそれなりの責任が発生する。その場合であれば証明書料は実費として請求することになる。実費の発生の有無のみならず、メモ書きと公式文書では意味が全く異なる。これは常識。

甲子園

2018年08月23日 06時22分35秒 | 日記
 夏の甲子園も終わった。今年も熱狂的であった。特に地域に根差した秋田の金足農への応援はすごかった。
 アメリカ人は「なんでたかが高校生の野球に日本人はこんなに熱狂するの?」と不思議らしい。これはわからんだろうな。例えば小さいころ近所で野球していた顔見知りの少年が甲子園出るって聞いたら応援したくなるだろう。
 この地域性に根差した「国盗り物語」だからこそ熱狂的になるのである。だから常勝高校で部員が200人もいるような高校は県外からの入学者(入部者)もおおいので、地元からの熱狂度はややトーンダウンするのである。
 もっとも常勝軍団では即戦力のありそうな選手が多いため秋のドラフトの時には目一杯注目を浴びる。
 今年も優勝した大阪桐蔭では数名ドラフト1位が出そうである。でも準優勝であるが金足農の投手もすごかった。

 まあ高校野球での注目度では常勝大阪桐蔭より金足農のほうが数倍も人の記憶には残るだろう。「地元の子」、「公立」、「100年ぶりの決勝進出」、「秋田に初めての優勝旗か?」・・なんてキーワードあげられれば嫌でも注目する。やはり高校野球は地元からの立身出世物語なので外国人からみれば特殊なのだと思う。

命乞いの女性をメッタ刺し 「1人殺害」で死刑、残虐殺人の真相 その4

2018年08月21日 06時02分05秒 | 日記
 今回、被告は控訴して上告審となるのだが、その時は裁判員裁判でなくなる。だったら最初からこのしち面倒くさい市民参加型裁判員制度など廃止してほしいと思うのである。
 自分が何も仕事もなく悠々自適の毎日であれば選任されてもいい。しかし毎日多忙に仕事をしている人や自分がいなければ業務が立ち行かなくなる職種の人もいる。自分も自分が休んだら診療はストップすることになり地域の患者さんに対して影響を及ぼすことになる。
 一度選任されたら辞退や拒否はできない。自分の仕事を休んでまで、この「招集義務」に応じなければいけない制度は困りものなのである(しかも休業補償などなし)。
 自分は過去2回も選任されかかった。(でも一旦選任されたなら守秘義務が発生するため、それで反対意見が言えなくなるのである)(因みに自分は「最終的には」選任されていないので守秘義務はない)

 この制度が施行されるまでに十分国民による議論はなかった。メディアもとりあげなかった。知らないうちにできた制度のような感じである。もうやめてほしい。メディアは、くだらんモリカケ問題をグダグダ追及するより裁判員制度廃止の「世論誘導」でもしてくれたほうがまだましである。

命乞いの女性をメッタ刺し 「1人殺害」で死刑、残虐殺人の真相 その3

2018年08月20日 06時22分32秒 | 日記
 戦時中もそうであったが情報統制や情報操作がなされ、大本営発表ではいかにも日本が勝ち続けているような報道で国威発揚がなされてきた。現在でも一部マスメディアによる偏向報道にて世論誘導させようという風潮がある。

 一方、法曹界では法律と無縁の一般市民を裁判員に迎え入れた。これら「素人」の判断に訴えかけるため、検察も弁護士もあらたな法廷戦略(ある意味では情報操作)を模索しているのではないかと思う。
 今回驚いたことは、残虐非道な手口ということで「1人殺害」にもかかわらず極刑判決がでたことである。これは裁判員制度がない時代にはあり得ない判決である。
 ということは、裁判員の心情に訴えかけた誘導的な判決なのか?とも勘ぐってしまう。もし裁判員の心情に訴えて誘導された判決であるとしたなら、ある意味法治国家ではありえない「人民裁判」的な要素が見えてくるので少し不安になる。
 時代によって法解釈が異なってくるのはしょうがないのであろうが、裁判員の市民感情に訴えて、それで判決が左右されるものではないと思う。

命乞いの女性をメッタ刺し 「1人殺害」で死刑、残虐殺人の真相 その2

2018年08月18日 06時09分38秒 | 日記
 なんとも凄惨な事件である。注目したところはその残虐な手口というよりも、「初犯で1人殺害」で死刑判決が出たということである。
 自分は死刑廃止論者ではない。むしろ存続させたほうがよいと思う立場のものである。今までの判例ではあの永山基準が適用され「初犯、1人殺害」では過去極刑はないのである。
 しかし今回初めて極刑判決がでたことに驚いている。被告側は上告しているのでまだ最終決定ではないが、この判決の行方を注目している。

 裁判員裁判では市民(法律関係では素人)である裁判員の判断が十二分に取り入れられ判決が下るのである。どうやら最近では過去の判例や法律に照らし合わせた判断を促すよりも、むしろ心情(感情)に訴える様なプレゼンテーションがスライドなどで行われているようである。これも法廷闘争戦略の一つとも思われる。
 自分は今回の判決が無期なのか極刑なのか、どちらが妥当かは十分な情報がないので何とも言えない(もちろん自分の気持ち的には極刑なのではあるが)。
 しかしこの世界は一度判決が出ると、その判例がほぼ未来永劫に近いくらい、以後も適用され続けることになるのである。
 だから今回の判決は今後に及ぼす影響を考えるとちょっと不安になるのである。

命乞いの女性をメッタ刺し 「1人殺害」で死刑、残虐殺人の真相 その1

2018年08月17日 05時52分03秒 | 日記
2018.8.16 産経新聞

【衝撃事件の核心】
 裁判員らは迷うことなく「初犯で1人殺害」の被告に極刑を選択した。
 岡山市内で平成23年9月、派遣社員の女性=当時(27)=を殺害したとして強盗殺人や強盗強姦、死体損壊・遺棄などの罪に問われた元同僚の大阪市住吉区、無職、住田紘一被告(30)の裁判員裁判。

 岡山地裁は14日、求刑通り死刑判決を言い渡した。性欲を満たすため犯行に及んだという被告。その身勝手さに加え、命ごいする被害者を躊躇なく殺害し、遺体をバラバラにして遺棄した残虐性、「殺人は是認される」といった公判での非常識な発言もあり、「被害者複数で死刑」という過去の判例にとらわれることなく判決は下された。

 なんとも卑劣極まりない事件である。心情的には極刑は十分是認できる。自分が注目したことは・・・。

ネットで拾った面白会話 ⑪

2018年08月15日 05時58分40秒 | 日記
たまごかけご飯を食べようとする7歳娘

娘「お母さん、この白いデロデロのやつ(カラザ)取って!」

私「食べられるから取らなくていいよ」

娘「ダメだよ、これヒヨコになるのに大切な部分だから」

私「もうヒヨコになる道は断たれてるから大丈夫」

娘「そっか!しんでるか! じゃあ、いただきます!」

 切替わりの速いこと・・・。