電話で、もうかれこれ何十回も都の介護保険課や生活保護担当者と話をした。生活保護受給者の介護事業所の施設認定も受けていると何回言っても、「申請だして下さい」の一点張りだった。石原都知事のハンコおした指定書もあるので指定番号までも告げた。にもかかわらず、「あー指定申請を出してください」と・・・??。そして申請方法は生保担当にまわすからそこで聞いてくれと。もうずっと「言われるがまま」にしてきている。今回も言われるがまま生保担当と話をして、また申請方法を聞いた。(イライラ・・この項、8月3日月曜に続く)
よく「お役所仕事」というとイメージ的には、「画一的である」「温かみがない」「必要最低限である」「サービス精神のかけらもない」「縦割りであり横の相互連帯がない」などと揶揄される。まったくその通りである。しかし自分も一時期は行政関連の教育機関に身をおいたこともあるので「行政の気持ち」も分からないわけではない。サービス提供を万人平等に行なうためには、根拠法令を一歩も逸脱しないことが大事であるため、そのことが画一的であり必要最低限ととられるのであろう。法を決めたのは現場の役人ではない。しかしやっぱり現実に対応するのは現場の役人なので、彼らを「腹立たしく思う」のもやむをえない。・・・何とかしろよぉ~(笑)。
しかもうちの場合は、もっと話はこじれていた。向こうが言うには、介護保険法の上に生活保護受給者の介護法令が「乗っている」というのだ。つまり最初に前者の申請を出してからでないと後者の申請は認められないというのだ。ところがある事情から、前者の書類の指定年月日が後者の指定年月日より遅れてしまったのである。行政が言うには「土台となる根拠法令の指定日付が生活保護法による指定のあとでは整合性がつかないので認められない(つまりサービス提供してもお金は払わない)」というのだ。ここまですでに「あちらに言われるがままに書いた」面倒な申請を4回もしている。また申請のし直しなのかと思うと夏バテがどっとくる。これはきっとパワー・ハラスメントに間違いない。
しかも「いじめ」はそれだけではない。これらの2つは担当部署が異なるので、縦割り行政のためか各々がそれぞれの詳細までを把握していないのである。また電話口での説明も、専門用語がポンポン飛び出してくるので、まず用語の定義・意味から知らないと説明受けても理解し得ない。途中で話を遮って、分からない専門用語の説明を求めようとしたら「話は最後まで聞いてください!」と怒られた。最後まで聞いたって話の途中で分からない単語が複数個以上出てきていたら分かるワケがない。最近では医者だって患者さんに「平易な説明」をするよう義務付けられているのに・・・。
いやはや難しいことだらけである。生活保護を受けている患者さん宅に訪問診療している。このようなことをしている介護提供事業所は届出をしなければならないのだが、これは別々の行政部署に申請を出さなければならないのである。一つは「介護保険法に基づく場合」の申請と、もう一つは「生活保護を受けている患者」の場合の申請の2つなのである。ああ、文字にするのもややこしい。つまり「健康保険を持っている人への介護」と「生活保護を受けている人への介護」では根拠法律が異なるので、それぞれに申請を出さなければならないのである。根拠法令が異なればやむをえないのは分かるが、これはどう考えても「いじめ」である。もちろん患者さんにではなく事業所に対してである。
お盆の時には迎え火というのを焚く(らしい)。ところがこれはどうも地域によって違いがあるようである。うちの嫁の実家の地方では、お盆にこのようなものを焚く風習はないようである。うちでも昔はこんなことやっていなかった。この迎え火は家の玄関を開けたままで、陶器の丸い平皿に割り箸のような木をのせて火をつけるのである。するとご先祖が家に帰って来れるのであるという。しかし今回は仏壇にお参りして、しかもお供えを「下げて」から、迎え火を焚いたので、こりゃ順番が違うような気もするが・・・(笑)。
7月中旬だったがお盆の墓参りに鎌倉に行った。でもなんで東京は7月がお盆なのだろうか? もちろん新盆とか旧盆とかの暦のちがいもあるだろうが、どうもそればかりではなさそうだ。ところで、お墓は鎌倉にあるが、朝早い時間帯にいけば車で1時間でいけるが、わずか30分遅れただけで高速道路から霊園まで延々と渋滞になる。ここは鶴ヶ丘八幡宮につづく山の中の抜け道なのだが、もう皆知っているので抜け道ではない。この霊園は祖母が決めたお墓なのだが、車を使えばアクセスは決して悪くはない。しかし建立した当時は夏場の大渋滞までは予期しなかったようだ。
いろいろな処置点数を見ても、えっ? この較差は何?と思えるようなことがあります。例えば腰痛、坐骨神経痛などで行なう「仙骨神経孔ブロック注射」は、魚の目やタコを削る「鶏眼・ベンチ処置」の半分程度しかありません。神経ブロックは時に血圧がさがったり足が痺れたりの合併症もあり、危険なこともあるのでうちでは少し横になって経過観察しています。ちょこっと魚の目ケズッて約2倍の点数とれるなら、全員足の裏をけずろうかなーとまで考えてしまいます。
6月のレセプト請求は比較的高点数でした。なぜかなと思ってよくよく見てみると、内視鏡件数が割りと多かった(といってもまだまだ少ない。数えられるほど)。そして在宅訪問診療回数がややあったことが原因のようでした。あいかわらず外来診療患者さんの数は1年前とくらべさほど増えているわけではないのですが、これでは、外来で患者さんを診るよりも、検査と在宅だけ力を入れていった方が点数的にはいいことになります。クリニックの基本は外来診療だと思うのですが、どうも点数配分に偏りがあるような気がしてなりません。それにしても7月はきつい・・夏枯れかなぁ~?
今月は、スタッフの急病による退職のため新たなスタッフ募集の面接が続きました。暑さも手伝っているのでしょうが、レセプト病名チェックやら介護認定会議の資料の把握やらで結構疲れています。昨日は海の日ということでしたがもちろん海になど行く気もなくゴロゴロでした。まあどうせどこに行って渋滞・混雑でしょうから。あっ、健診の生活機能評価票では「ここ1週間外出が減っている」という項目があり、それは機能低下として算定されます。自分も生活機能が低下しているのでしょうか?
えっ? もうすでに梅雨明け宣言が出たらしいですね。今年は雨が少なかったのが気になります。大昔、東京の水源が奥多摩湖のみであった時代、カラ梅雨のため夏場が渇水になり、毎日給水車が出場した記憶があります。当時、うちには地下に貯水タンクがあり断水にはならず給水車のお世話にはならなかったですが、テレビで奥多摩湖の湖底の様子が映し出されるたびにゾーっとしたものです。あれ以来カラ梅雨だとトラウマになっているので夏が心配になるのは私だけでしょうか? 小学生の頃、節水標語を作らされ、こんなのがありました。「水の一滴 血の一滴」。 はぁ~生臭いですが。
この迷走国会の中で、ぎりぎり脳死移植法案が衆参両議院を通過した。脳死は人の死かという議論はいまだに異論のあるところである。昔、ジャンボ鶴田が肝硬変、肝癌で海外にて移植の手術を受けている際に失血死した。以来、三沢は移植推進に陰ながら尽力したらしい。自分も救急医療をやっていて脳死患者はごまんと診てきた。その時点でそれまでの救命のための努力が空しく感じられたものである。精神論、社会通念、宗教観などの違いにて異論はあるのかもしれないが、ようやく日本も先進諸国並みになったようだ。
三沢さんの追悼ビデオがテレビで放映されたが、ある一場面で釘付けになった。三沢、ジャンボ鶴田、サムソン冬木のスリーショットだった。冬木は大腸癌で、鶴田は肝癌の肝移植の手術中に亡くなられた。その他、レスラー現役中には、J. 馬場はもちろんのこと、大熊元司(腎不全?)、園田(マジック・ドラゴン)(飛行機事故)らが亡くなっている。昭和のプロレスファンである自分にとっては寂しい限りである。しかしながらよくレスラーは「リングの上で死ねれば本望である」と言うが、三沢は本望であったのだろうか? 今となっては知る由もないが「本望だったでしょう」と言ってあげるのが供養かもしれない。
結局、自分の中では三沢さんの死因には疑問が残るのである。現在、外傷の初期対応として頚にケガの可能性がある場合は、現場において絶対に頚と頭は動かさないよう言われている。動かすと不完全な頸髄損傷を致命的なものにする可能性があるからである。MLB時代の石井投手が頭にボールが当たった時も頚椎保護の頚カラーが装着されていた。日本でも受傷直後からの頚椎保護はスタンダードである。リング上で受傷直後から頸部不動化の対応がなされていたかは定かではない。
しかしながら疑問が残る部分がある。完全に頸髄神経が離断するくらいの強力な外力がかかれば当然、頸髄を周囲から囲んで保護してくれている頚椎(背骨)が大きくズレたり、折れたりしているはずであり、骨の異常は頚の単純X線検査にて容易に診断がつくはずである。当初病院からは「原因不明」と発表があったらしいが、これはX線では頚椎(骨)の骨折はなかったものと思われる。通常、骨折などが頚椎(骨)になければ、頸髄神経の完全離断などの大きな神経損傷は否定的なのであるが・・・。