そんないきさつもあってなのか、前回の「ズンズン運動事件」の逮捕では送検されなかったのかもしれない。今回の逮捕に関して、TVニュースでマッサージの動画が報道された。それをみて驚いた。乳児をエビぞりにした状態で躯幹を固定し、頭をほぼ?180℃近く後ろ向きに捩じっているのだ。つまり昔の映画であるが「エクソシスト」の首がくるくる回るような感じで、頭を背中の方に回旋しているのである。関節も固まっていない乳児の首を真後ろに回したなら容易に頸髄損傷をおこすであろう。乳児は猛烈に泣いていたが、「激しく泣くことで体に十分酸素がいきわたる。可哀想とかの感情に押し流されたらダメ」とかいって施術をやめなかったというのである。まあよく言ったものであるが、信じる方も信じる方である。話はことなるが、うちでも医者の自分の言うことよりも、「隣の○○さんがこう言ってましたよ」といったことの方が信じられていることがある。尤もこれは信用されていない自分の不徳の致すところではあるが。
ズンズン運動なる乳児に対するマッサージにて、乳児の「免疫力が上がる」「夜泣きが減る」「健康になる」と称し、乳児を死亡させた疑いでH27年3月4日、大阪府警は業務上過失致死容疑で57歳の女を逮捕した。実はこの一連の事件は昨年春頃にも報道されたのであるが、証拠不十分にて送検されなかったいきさつがある。このような事件は施術と死亡の因果関係を証明しなければならないがそれを証明するのは原告側なのである。過去多くの医療事故による裁判で、医師の自分がみていても、これは因果関係が証明なんてできないだろうな~と思われるものでも医師側有罪になったりする。あるいはその逆でこれはすぐに決着がつきそうな明らかなものだろうなと思ったものが送検されなかったりもして、どうやら医学的真実と司法判断とは別個のものであるような印象がある。それだけ「死因との因果関係の証明」は難しいのである。
自分は経済学の論文は一度も見たことはない。市長の「下関市における地域内分権への挑戦」というテーマで書かれた論文が、どのような科学的手法で解析され、どこまで普遍性をもつものなのかは知らない。経済学の論文に必要とされる「ものの見方」というのも自分は知りえていない。しかしながら報道によると、自身の仕事の内容や人生についてもかかれているという話を聞いて驚いた。医学の分野との比較はできないのであろうが、医学論文でこれをやると「自分の日記」「独りよがりの随筆」と酷評される。もちろん学位論文としてどころか、どこの医学雑誌にも採用されない。経済学の論文を自分は一度も読んでいないのでこれ以上の論評は難しいが、メディアの注目した「公私混同」「パワハラ」「学問の独立」などということには自分は一切興味がない。ただ学位審査で不合格がつけられるような論文がどのような内容で、どのように書かれているのか実際目を通してみたい。自分の興味はそこのところなのである。市長は言っていた。「自分の論文には自信がある」と。冗談じゃない、海外の英文医学雑誌に何回も落とされてみなさい(私のことです)。そんな自信なんかすぐにへし折られますから(泣)。
またメディアが報じるところでは、このパワハラにも屈せずに、多数決で合格が得られなかったことを「学問の独立」などとの論調でたたえたが、なんだかそれも変である。学問の独立云々よりもその市長の論文自体の出来不出来の問題に帰するのではないかと思うのである。自分も学位論文取得ではずいぶんと苦労した思い出がある。医学と経済学では内容は異なるが、医学では如何に結論が科学的根拠をもって導かれたか、そしてその根拠を導いた筋道が統計学的に確からしいのかという流れが必要になる。たとえばAならばB、そしてBならばCということが統計学的に証明されていたとする。しかしここでいきなり、だからAならばCなのであるという結論は導いてはいけないというのが科学的論文なのである。つまり「風が吹けば桶屋が儲かる」的な論旨の展開は認められないのである。それぞれの関係に対して統計学的有意差をみるか、あるいはABCすべてをあわせて分析してみる作業をしなくてはならない。
下関市長が公務の合間に大学院で書き上げた「下関市における地域内分権への挑戦」という論文が、大学院の審査会で不合格にされた。その後、それを不服として市長は大学学長に抗議したというのが事件の発端である。メディアの捉え方は市長の管理下にあるその市立大に抗議することが、公私混同あるいはパワハラになるのではないかと報じている。自分はそんなことはどうでもいいことであると考える。どだい世の中、パワハラなどの理不尽はどこにでも存在するし絶対になくなるはずはない。それを糾弾しても表面上の改善だけである。利害関係のある間柄であれば、表面上は穏やかでも内心では上下関係は存在しており、上のものは便宜供与を受けることを暗に期待しているはずである。また下の者は便宜を与えることで得られる何らかの見返りを期待してもおかしくはない。
今では自分はすでに養成所の教職からはなれ8年になる。しかし今でも毎年、国家試験の模範解答解説の仕事をいただいている。この救命士の教科書を作成している出版社からの試験解説本(分担執筆であるが)の依頼は、自分は第1回の解説からずっと担当している。現在38回国家試験が終わったが当初しばらくは年2回の国家試験であった。今では年1回になったがそれでも23年になる。長きにわたってずっと国家試験の解説の仕事をさせてもらって光栄である。それにしても初期に救命士に合格した消防職員は次第に定年退職している。自分も救命士養成所での講義を辞してから随分とたつ。しかし尚も毎年解説の仕事をいただいているのは極めて光栄な事なのでお話がある限りは続けたい。
救命士養成所で教鞭をとっていたころの話で、教科書が不適当でもそれに沿って話さなければならない。彼らの行動根拠は業務規程によってなされるのであり、それ以上の話をしてもいけないし、それ以下の話もしてはならない。つまり監督官庁からの通知文をきちんと守ることが業務で第一義とされている公務員そのものの講義が期待されたのである。「先生の質の高い講義も結構ですが、救急隊員は規定の中で動きますので教科書以外のことはちょっと・・・」 現場での講義では教科書から逸脱したことを言ってはならないと半分嫌味で釘を刺された。しかし肝心の教科書がいい加減だったので教える方も苦労した。それから15年してようやく自分にも執筆の機会が回ってきた。そのころには執筆者はようやく救命士法を把握した医師たちに代替わりしており、それ以降の教科書はかなり洗練されたものにかわってきた。
今年も救命士国家試験が終わった。実はこの救命士をめざす者が使用する標準テキストは昔自分も執筆したことがある。彼らが現場でなしうる内容なので、医師用でもないし看護師用の内容でも不都合になる。なので彼らが現場において消防の法規の範囲内でできる処置内容について書かなければならず、かけ離れた内容や救命士法から逸脱した執筆は不適当なのである。平成3年の9月から救命士が誕生したのであるが、当時数年以上にわたって、救命士法から逸脱した記載や、救急の現場を知らない医師たちによる教科書の執筆でずいぶん教育現場は混乱したものである。いやはや平成4年からしばらくの間、自分は救命士養成所でも教鞭をとっていたので、あの時の執筆者のいいかげんさには困らされたものである。
8年前開業するときに、そろそろ新規開業は電子カルテでと言う時代になっていた。もちろん既存の開業している医院さんは電子レセプトはあってもまだまだ電子カルテは多くはなかった。しかし時代の流れというか政策と言うか今後はすべて電子カルテに変わっていくような雰囲気であったので、もちろん自分も電子化してシステムを立ち上げた。なかなかこの電子カルテもやっかいである。まずデジタルなので基本的にきっちりバックアップをとらないとデータが消滅する恐れがある。またPCなので時々(結構)不具合が起こるのである。診療中の不具合は困りものである。診療が停滞し患者さんを待たせてしまう。そして8年もたつと電子機器はそろそろへたってくるし、なにより徐々に動作が遅くなってきた。カルテ会社に相談したら「そうですね~もうXPじゃ古いので、OS入れ替えたらどうですか?」と・・・。つまり電子カルテとは未来永劫、バージョンアップという追加料金が発生してくるのである。ああアナログの時代が懐かしい!
昨日、処方箋印刷用のプリンタに不具合が生じた。急に縦線がいっぱい印刷され、拡大された文字が一部分のみが用紙に印刷されていたのである。これにはあせった。いつも思うのであるがうちは院外処方箋であるので、これが印刷されなければ患者さんに投薬できない。注射のみのかたや、電気治療のみの患者さんもいるが、9割以上は処方箋をだす。電子カルテの他のシステムは順調であっても、このプリンタ一つでうちの業務機能の大半が立ち行かなくなるのである。よく外来で指先のケガの患者さんがくる。縫合して抜糸するまでは、御本人曰く「かなり生活が不便である」とこぼすのである。たかだか指先の1cmにもみたない傷の縫合である。わずかそれだけで生活の大半の動作に不都合が生じるのであるが、今回のプリンタ故障はこれに似ていると感じた。早く直さないとどうにもならん!
そしてようやく店員が出てきた。「ええっと、ご注文は何でしたか?」と・・・。誰が何を注文したか向こうは把握していないのである。もちろん伝票もない。とりあえず全員の注文した品を告げたのである。しかし急に店員は怪訝そうな顔をしながら、「え~お客さんたちは団体さんでしたよね? もっと人数居ませんでしたか? 注文した数もっと多かったでしょ?」と我々を疑りだしたのである。誠に失礼極まりないのである。テーブルに残された前客の丼は片づけない、注文は取りに来ない、料理は一向に出てこない、伝票はない、そして会計は間違えるでは失礼どころの話ではない。幹事さんも怒った。「冗談じゃないよ、なんでそんなこと言うんだ!」 しばらく押し問答していたが結局こちらの言った品数で会計がなされた。誠にもって気分が悪い。「やはり食い逃げはいけないよ、きちんと戻ってお金を払おうよ」といった美しい流れに泥を塗られた感じである。しかし確かにこの対応なら食い逃げしてもバチは当たらないだろうと思った。想像であるが、きっと他に何人もの客が食い逃げしているんだろうなと確信したのである。何だかわざわざ戻って馬鹿見た感じであった。
バスはすでに発車している。しかし誰も会計を済ませていないのだ。伝票などもなかったようである。このまま食い逃げしてもばれないであろう。それほど会計しないで出てきた一連の行動が恐ろしいほどスムーズだったのである。「もういいよ、このまま行こう」という意見もあったが、「後味悪いから、戻って払おうや」という結論になった。さてまたバスはUターンして店に戻ったのである。相変わらず店内は食事中の客とその間に立っている席待ちの客であふれかえっているのだ。「お勘定お願いしまーす!」 大声で声をかけたが店員は出てこない。もう一度声をかけるも、店内の騒然とした話し声のためか聞こえていないようである。その後、幹事さんは何回か大声をだして店員を呼んだが、ようやく何回目かに奥から「は~い」と声がした。ところがいくら待てどもまったく出てこないのである。「・・ったく、これじゃあ戻ってくることなかったよなー」と幹事さんはため息をついた。
ほんとにしばらく待たされたあと、ようやく店員が来て注文を取っていった。一人での対応には限界がある。そして注文した品が届くまでにはまたかなりの、「気が遠くなるほど」の時間がかかったのである。イライラは限界に達した。しかし待たされたということもあったが蕎麦は香りがよく美味しかった。さて他のテーブルにバラバラに分かれた仲間の進行具合であるが、遠くに着座しているのでわからない。あとからあとから店の中には席待ちの新規の客が入ってきているので遠くのテーブルは見渡せないのである。たぶん食事が終わり先に出て行ったようである。この旅行は会費制で幹事がすべてまとめて払うことになっていた。自分も食事が終わったので、次の客に席を譲るべく店をでた。そして店外で全員がそろったところでバスに乗り込んだのである。バスが発車して誰かが言った。「幹事さん、おいくらでした?」 それを聞いた幹事は「えっ? 各自払いじゃないの? 俺、自分の分はテーブルに置いてきたけど、他の分は払ってないよ」と・・・。
大昔の話である。学生時代、臨床実習が忙しくなってからは大学近辺に下宿していた。どういうわけか近くの商店街の人達と懇意となりバス旅行に誘われたのである。10人ぐらいの小旅行でありマイクロバスで茨城の袋田の滝に行った記憶がある。昼過ぎのことであった。昼食場所を探していたが山奥に1件の蕎麦屋があった。かなり大きな店であったがシーズン中の休日ということもあって広い店内だったがものすごく混んでいたのである。6~7人座れるテーブル席がいくつも置いてあったが、全員が一緒にすわれるほどの余裕はなく、2~3人単位でバラバラに着座、相席することになった。目の前には前のお客の丼がたくさん残されたままであった。そしていつまでたってもその丼がさげられる気配もないし注文を取りに来ることもなかった。見渡すと、たまに店員が忙しそうに注文された蕎麦をイライラした表情の客に運んでいる。どうやら店員が足りないのであろう。一緒に行った仲間の一人が「お~い、注文!」と声をかけても返事もないのである。
自分の席は出入り口に近かった。そして店員が反対側の出入り口で別の客の会計をしつつ背中を向けている間に事件は起きたのである。自分の2つ隣で食べていた若い男性客が、何気なく立ち上がり手前の入り口からそっと出ていったのである。自分は、あれ?何しに出たのかなと思ったが、その客が戻ることはなかった。まあでも自分も含め周りの客は店員に何も言わず黙々と自分の丼に対峙しているのみである。しばらくしてその店員がその男性客の食い逃げに気が付いた。「チョットォー、オキャクサーン」 いきなり誰に向かってと言うわけではなく叫び始めたのである。しかしすでに時遅しである。そして奥の厨房に向かって「テンチョォー、またニゲタヨー」と報告したのであった。彼女は「また」と言った。ということは何回かやられているのである。でも彼女の一連の気配りのない対応では何回でも食い逃げされるだろうなと感じたのであった。新規の客の来店に気が付かないこの店員なら黙って逃げてもバレないだろうと思われますよね。店員さん・・・言っちゃなんだけどあなたも悪いのですよー。