吉田クリニック 院長のドタバタ日記

日頃の診療にまつわることや、お知らせ、そして世の中の出来事について思うところ書いています。診療日には毎日更新しています。

診療雑感 その2

2015年01月31日 06時11分35秒 | 日記
 インフルエンザは飛沫感染である。空気感染ではないのでそうそう風に乗って遠くの人にまで感染するということは(よっぽどの閉鎖空間でなければ)ありえない。インフルエンザは、とりあえず予防接種もあり、またうがい、手洗い、マスクで「かなり」予防できうると思われる。しかし、こまったことに感染性胃腸炎の患者もこの時期多いのであるが、これはどんなに感染防御したつもりでも、毎年自分は、り患してしまうのである。これだってウイルスの飛沫を吸引することで感染するらしいが、どうもこちらの方がかなり強力で厄介なようである。十分、患者診察の後は手洗い、消毒をしているつもりなのであるが、これにかかると、体がだるくなり、気持ち悪くなって吐く。そしてその後、程度の軽重はあるが不快な水様便が続くのである。
数年前の時はかなりひどく、「なるほど、これなら高齢者は脱水で亡くなるだろうな」と、他人事のように妙に醒めた目で自分のひどい下痢便をみつめていたのである。しかし昨年暮れの感染性胃腸炎は軽くて済んだ。ひどい下痢は1日で止まった。その後も食欲不振は続いたがクリニックのトイレで排便するわけではないので診療を休むことはなく済んだ。毎年、この時期はインフルエンザよりもノロが怖いのである。

診療雑感 その1

2015年01月30日 06時06分38秒 | 日記
 あいもかわらず、なんだか感染性胃腸炎とインフルエンザは毎日、外来に何人か来ます。
 インフルエンザは今年予防接種をしていても、結構多くの人が「罹って」しまうようです。やはり感染経路、感染形式からすると、うがい、手洗い、そしてマスク着用が望ましいですね。

 ところで糖尿病の患者さんでは、教科書的に「心臓発作では自覚症状に乏しく胸痛を訴えないものも多い」とあるのは常識です。つまりあまり病気が起こった時のシグナルに乏しいようです。
 うちでは、「昨日急に高い熱がでた」というのをキーワードにしてインフルエンザの検査をしています。

 ところが、糖尿病をお持ちのある患者さんが「風邪ひいた」と来院されました。少し鼻水がでるくらいで、熱は全くなくここ数日ずっと平熱の様子。重篤感もなく寒気も筋肉痛も頭痛もなく、「あ 確かに風邪っぽいなぁ」とおもいました。しかしなんとなく「糖尿病」ということがひっかかったのでインフルエンザの迅速検査をしました。

 はぁ~、えっ? というか、やっぱりねというか、インフルエンザA型が陽性にでましたね。
 糖尿病をお持ちの患者さんは診断が難しいなーと改めて実感・・・・。

ニャン鑑 その4

2015年01月29日 05時48分05秒 | 日記
 しばらくして、その係員がもどってきた。「では・・・特別に今回だけは認めますので・・・」といった。何だかこちらが最初から間違っているといわんばかりであり、「今回だけは見逃してやろう」というような下級官吏の上から目線を感じたのである。とても気分が悪かった。数十年前のことであるが今またこのニャン鑑の一件で思い出したのである。しかしこのように自治体ごとの登録基準に違いがあるのでは本当に引っ越しはできなくなる。お役所縦割り制度とはこのことである。「○○リスト」というのは何だか訳の分からんものである。しかし実印が個人分別性を目的としたものであると言う観点からすると、意匠が異なるものや、誰が見ても違いが分かるもののほうが実印の理に適っているはずなのである。別にニャン鑑に肩入れしているわけではないが、ニャン鑑が実印登録できないことの理にかなった理由が別にあれば納得するのだが・・・。

ニャン鑑 その3

2015年01月28日 06時03分53秒 | 日記
 「あ~、この実印は字体が○○のリストにない文字を使われていますのでお受けできません」と・・・。そんなこと言ってもすでに東京で印鑑登録できていた実印である。それを用いて何回も種々の契約書に押しているのだ。住所変更したら印鑑登録も移管しなければならない。それにもかかわらず転居先の役所で「これでは受けられない」といわれたらどうしたらいいのか? 自治体ごとで異なる登録基準があるなら引っ越しはできなくなる。すでに使用されている実印を別の市にもっていったらこれは使い物にならないといわれたらどうしようもない。しかしこのどうしようもないことを自分は経験したのである。役所の窓口で「受け付けられない」といわれ途方に暮れた。しかし納得がいかなかったので、すこし強めの口調で「なんで東京で印鑑登録していた印鑑が、この市では登録できないんですか? それじゃいままでこの印鑑で契約していた動産、不動産などはみんな今後無効になるじゃないですか? この責任はどうしてくれるんですか? 役所で損失補てんを・・・」などといったら、係員は「ちょちょっと待ってください・・」といって奥の上司らしい人の所へいってなにやら話し込んだのである。

ニャン鑑 その2

2015年01月27日 06時12分00秒 | 日記
 しかし驚いたことに、実印登録できるかどうか尋ねたところNGだそうである。実印こそ本人特定が必要な最たるもののはずである。その点からいえばニャン鑑は唯一無二、他に使用している人はいないのだ。これこそ本人が確実に特定できるのであるが、それがダメとは理解不能である。何やら字体が「何たら字体のリスト」にないものはだめという訳の分からんお役所の理屈があるようなのである。しかしこれは自治体ごとに判断基準がどうも異なっているようであり、この「厳しさ」と「いい加減さ」が同居しているのは困りものなのである。実は自身の経験であるが、昔、実印を作成した。もちろんニャン鑑ではない。これは母親が台湾旅行中に私のためにと作ってくれた印鑑だったのである。それでいろいろ不動産などの契約印として使用した。すでにいろいろ活用している最中であったが、ある地方都市の病院に就職することになったので、そこで印鑑登録を移管をすることになったのである。そしてそこの市役所にいって実印の移管手続きをしようとしたのであるが・・・。

ニャン鑑 その1

2015年01月26日 05時17分13秒 | 日記
 創作印鑑でニャン鑑というものが流行しているそうである。これは印鑑の字体の中に猫の意匠が刻印されているのである。例えば名前の一部分が猫の前足のデザインだったり、あるいは猫の顔が組み込まれていたりするのである。猫好きにはたまらない商品であろう。TV番組でこれが取り上げられてからは予約が殺到したらしい。そしてTV番組ではこのニャン鑑にどれだけ実用性があるのか調べられたのである。まず口座開設のための銀行印として使えるかどうかであるが、これはOKであった。しかも銀行からのコメントでは「他の印鑑と区別できるような特徴があるのでわかりやすくてよい」と概ね好感触であった。確かに言われてみればそうである。もともと印鑑と言うのはそれが特定個人に帰するものであることの証明手段なのである。似たような銀行印であると本人特定が難しい。印鑑とはもともと本人特定のためのものである。これは基本原則なのである。

出張 その2

2015年01月24日 06時57分29秒 | 日記
 自分が小学校のころ自分の叔父がうちに下宿していた。叔父は当時大学生だったが、夏休みには鉄道で旅行をして旅先からマメに手紙をよこした。東海道線の丹那トンネルは当時日本でも1,2を争うかなり長いトンネルであり、叔父はそのトンネルを通過するのが楽しみであったようだ。しばらくして叔父から旅先の手紙が届いた。表題は「はい、それまでよ新聞」と新聞紙面を模したものだった。その記事仕立ての手紙を読むと、なにやら丹那トンネルにつく前に居眠りし爆睡したままでトンネルを通過してしまったそうだ。楽しみにしていた肝心のトンネル通過体験は記憶に残らなかったそうである。まあどうせ真っ暗なトンネルだから、寝ていてもかわりはないだろう~と書いてはあったが、きっと残念だったものと思われる。当時流行っていた植木等の「はい、それま~で~よ」の言葉を冠した記事風の手紙だったので覚えている。その叔父も還暦の歳に亡くなった。もう15年も前の話である。鉄道でトンネルを通るたびに叔父のことが思い出されるのだ。

出張 その1

2015年01月23日 06時24分43秒 | 日記
 明日、内視鏡セミナー出席のため、午前の診療が終わり次第、新幹線で名古屋に行く予定である。新幹線での楽しみは何と言っても、ビールとおつまみと弁当である。これは定番で絶対外せない。東京駅の地下コンコースには全国の駅弁を集めた店があるのだが、ここはいつ行っても店内は人だかりで歩きにくい。しかしビールのおつまみ用?に、相撲茶屋のやきとりや、そして時々森駅名物のいかめし、あるいは三浦名物のまぐろカツが店頭に並ぶことがある。これがおつまみに丁度いい大きさなのである。車窓の景色を眺めながらの一人宴会は今の自分にとって最高の贅沢かもしれない。大昔、学生時代山陽~山陰を鈍行で回ったことがある。まあ、あまりオタク度は高くはないが、いわゆる自分は「乗り鉄」なのだろう。セミナー出席が目的なのだが、半分くらいはこの「一人宴会開催」が目的ともいえる。

自分の名字は?

2015年01月22日 06時30分02秒 | 日記
 今年から生活保護指定施設の認定は新たに更新性となった。そこで昨年に再度、申請書を書くことになった。もちろんいままでいろいろな行政にたくさんの書類や申請書を書いてきている。

 昨年の暮れ、診療中に某行政機関から電話があった。
「おたくからの申請書を拝見していますが『吉田』の『吉』は上の字は『土(つち)』ですか、それとも『士(し)』のどちらが正しいのでしょうか?」
 こちらも困った。というのは自分でも正確にはどちらか知らないのである。そして自分ではそんなことはどっちでもいいと思っている。拘りはない。
 ところが行政のお役人さんは「それでは困る」と言うのだ。本人は「困らない、どっちでもいい」といっているのに、そのお役人さんは「本人申告でどちらかにしてくれ」と融通が利かないのである。

 仕事中にこんなことでウダウダ時間を使われたくない。しかしこちらの多忙な状況に無頓着なその行政の役人は、自身の業務のみを忠実に遂行させるべく延々と追及の手を緩めないのである。

 ついに自分は折れた。パソコンでは上が「士(し)」の「吉」しかフォントがないので、今後の汎用性を考え、「あ~、わかりましたじゃあ上が『士(し)』の『吉』でいいですよー」と告げたのである。

 渡辺さんや渡部さんや渡邉さんや渡邊さんもきっと同じような経験をしているんだろうなー。 

拘束された日本人

2015年01月21日 05時57分40秒 | 日記
イスラム国に日本人が拘束されて莫大な身代金が要求されている。これは確かに自己責任と言えばそれまでだが、日本は自己責任ということで放置はしないだろう。今後どのような対応をするのか様子を見守りたいところである。
 しかしながら一方、放映されている画像は、「合成画像」かもしれないという話もある。人質の輪郭や影の方向が不自然である。それにもまして彼らの表情が「穏やか」すぎる。
 自分の眼の高さで刃物をちらつかされている状況での表情とは思えない。このようなときは少しは恐怖におびえて、落ち着かない表情や仕草を呈すると思うのである。
 となるとこれは合成画像か、あるいは「狂言」か?ということになる。

 いずれにせよ身柄は拘束されているので成り行きは心配である。

アベノミクス?

2015年01月20日 06時15分05秒 | 日記
 介護保険点数が引き下げられることになった。これもアベノミクス政策の一環か? ちょっと待ってと言いたい。だって総医療費が右肩上がりであり、それを抑制するために医療保険の入院点数をさげて、入院させても早く退院させ在宅へ持っていくような政策をとってきたわけですよね。そして今後は、病院ではなく自宅において患者さんや高齢者を社会全体で支えていきましょうということになったんですよね。そのため介護保険を充実させて「病院ではなく在宅」へとシフトした世の中になったわけですよね? それで、ここにきて介護保険点数を安くしていくというのは如何なものでしょうか? 入院点数を減らして中小の病院が随分潰れたのはご存知ですよね? そして今度は介護点数へらせば、今度は介護事業所が撤退していくのは目に見えていますが・・・。入院もできない、在宅でもみれない政策では患者や高齢者はどこに行くのでしょうか? 医療も介護も崩壊の一途でしょう。

町内回覧板広告 その4

2015年01月19日 06時23分34秒 | 日記
 電柱広告もそうであるが、この業界は、注文とってモノをつくってそれで終わりなのだろうかと勘繰ってしまう。その広告媒体が掲示されているところの管理までが責任範囲と思うのであるが違うのであろうか? 一昔前から、製造したものには責任を持つという観点からPL法というものがある。もちろん広告業界は、製造物ではないので、どこに責任があるのか明確にはできないが、それでも、広告媒体が存在しないのに料金を払うというのではこれは言い訳はできないであろう。
昔、クリニックに、地下鉄駅の看板広告を売りに来た「態度の濃い」勧誘員がいた。診察室に居座り、とうとうと「これを出せば、絶対、絶対、クリニックの集患につながり、収益は増えます! 私が保証しますっ!」と口角泡を飛ばしながら熱弁を振るうのである。初対面のC調男に「私が保証」と言われても信用などできない。こちらがあまり話に乗ってこないのを感じるが早いか、こちらが「保障と言っても・・・」と喋りかけているところで、急に勧誘員は席を立って「ちっ」と舌うちをして足早に出て行った。これで広告業界すべてのイメージは悪くなったのである。誤解であるにせよ残念ながらしょうがない。なんだか百鬼夜行のようである。

町内回覧板広告 その3

2015年01月17日 06時23分15秒 | 日記
 「うちにくる回覧板にはうちの広告は載っていませんでしたよ」と話した。「ああ、回収されていなかったんですね。うちは町内会さんに古いバインダーは全部出すように言っているんですが全部は出してくれなかったんですね」といかにも非は町内会にあるような言い方をした。どう考えても非は広告会社にあると思うのだが、『そんな話どうでもいい』とばかりに「で、広告の大きさはこれでいいですか」と話をすすめようとした。ちょっと(というか、かなり)ムッとしたので「結構です、今後回覧板の広告はお断りします」と強めに言った。相手は少しびっくりした様子で「えっ? 他のクリニックさんは継続して広告だしていますよ」と、通常は継続掲載が普通であるような表現をした。少し他のクリニックと比較されると「う~ん、じゃあうちも・・・」と思ってしまうが、ここは心を鬼にして「いやっ、・・う~ん、もう結構です」と追い返した。

町内回覧板広告 その2

2015年01月16日 06時54分33秒 | 日記
 うちに回覧されてきた回覧板に「うちの広告」がないのである。しばらくはしょうがないのかなと思って半年待ったが、いつまでたってもうちの広告は載らないのである。たぶん古い回覧板バインダーを回収していないのであろう。いずれにせよ広告主のところに回覧されるバインダーに自分の所の広告がないのでは「契約不履行」と考えざるをえない。『たまたま古いのが一つだけ残っていてそれがたまたまうちに来た、実際は他は全部載っている』と考えればそれまでである。まあ広告会社に連絡しないでそのままとした。しかし結局、うちの広告が載っていない回覧板のままで数年がたった。しばらくするとまたその広告会社の注文取りがやってきた。「また町内会の回覧板です。広告は前回と同じでいいでしょうか?」と・・・。前回といわれても前回のものは自分の眼に入ってはいない。

町内回覧板広告 その1

2015年01月15日 06時31分25秒 | 日記
 近隣のいくつかの町内会には回覧板なるものがある。これはバインダー形式になっており、その表表紙と裏表紙には町内の商店や開業医などの広告がのっている。当院でもいくつかの町内会の回覧板に広告を出している。バインダーが古くなると(実際古くなって使用に耐えないということはないのだが)、新しい回覧板を作成するからと、いわゆる広告業者がやってきては広告注文を取りに来る。自分も最初は、「あれ?つい最近、広告だしたのになぁ?」と思って聞いたところ、「それはたぶん○○町会さんで、うちは××町会の担当です」とどうやら地域ごとで広告会社が異なるらしい。そこでいくつかの町会に回覧板広告を出したのであるが、ある時とんでもないことで驚いた。うちの町会で回覧されてくる回覧板をみて驚いたのである。