吉田クリニック 院長のドタバタ日記

日頃の診療にまつわることや、お知らせ、そして世の中の出来事について思うところ書いています。診療日には毎日更新しています。

本日、H27年最終診療日

2015年12月29日 06時15分19秒 | 日記
 本日が、今年の最終診療日です。1年間大過なく仕事ができたと自分は考えていますが、でもそれは驕りでしょう。常に患者さんの満足度が高かったかどうかで考えなければなりません。
何も言わない患者さんでも、もしかしたら「もっとこうしてくれればいいのになー」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。

 とりあえず、自分の医療人としての目線では「疾患の見落としはないか?」「投薬内容は適切か?」「専門科への紹介のタイミングは適切であったか?」などを目標にしています。

 また来年もよろしくお願いします。新年は4日(月)から診療開始いたします。


H27年雑感

2015年12月28日 06時11分43秒 | 日記
 今年の10月で開業後8年になった。あっと言うまであった。後ろを振り向く余裕が出てきたのであろう。開業時のローンもまだまだゴマンと残っており気は抜けないが、何となく「ローン返済トンネル」の先にわずかに光が見えてきたような感じである。なんとか病気さえしなければ何とかなりそうかな?・・・というところまで来たようだ。ただしやはり「病気さえしなければ」なのである。個人事業主であるので自分がこけたら一巻の終わりなのである。10月には近隣の医師会仲間の先生が亡くなられた。そして医学部時代の同級生も昨年から2名亡くなっている。自分のクラスでの逝去者は7名にものぼる。もちろん不幸な事故死もあるが病気によるものが多い。もうそんな世代なのかなと思うと寂しくなるが、合言葉は明石家サンマの言葉を借りると「生きているだけで丸儲け」である。あっ、いや、合言葉はまず「千客万来、借金返済」なのかなぁ~(爆)。

明日は今年最後の日曜日

2015年12月26日 06時12分18秒 | 日記
 明日は今年最後の日曜日です。知らないうちにクリニックにゴミが増えてきた。薬品のパンフレットやら医師会からの資料などですでに古く読まないものも多くなっている。「またいつか読むだろう」ととっておいたものでも1年読まなければ、たぶん今後も読まないでしょう。・・・と、わかっていつつも断捨離できずに保管してあるが、そろそろスペース的に限界・・。捨ててしまうと今後「あっ、あの資料すてるんじゃなかった!」と後悔するのが嫌でたまっているが、定期的に破棄しないと、いずれクリニックがゴミ屋敷になってしまう。なんだか世間を騒がすゴミ屋敷の住人の気持ちも分からないではない。自分はゴミ屋敷の住人ではないと思いつつも、結果的には同じ行動をしているのかと言われればそれまで。何とか明日の日曜には断捨離を始動させたいのだが・・・。

縁日

2015年12月25日 06時11分20秒 | 日記
 昨日24日はクリニック昼休みの時間帯に今年最後の介護認定会議で区役所に行った。地蔵通りを通って都電で東池袋3丁目までいき、そこから徒歩で新庁舎までいく道のりである。さて平日昼間の地蔵通りの縁日なんて久々に通りかかった。露天はたくさん出ていて人通りも多かった。さて露天の「顔ぶれ」であるが、自分の小学生の頃と随分様変わりしているのに気が付いた。今は古物商や古着売りが目立った。昔は、陶器、瀬戸物の啖呵売、そしてバナナのたたき売りがあって威勢よく活気があった。輪投げもあって、置かれた景品にうまく輪が被るとその景品がもらえた。子供たちがこぞって挑戦していた。今ではなんだかおとなしいような地蔵通りである。昔は賑わいというか、いかがわしいほどの輝きがあったような気がする。何だか寂しいような・・・。

新ホームページ完成

2015年12月24日 06時46分32秒 | 日記
 12月上旬、ホームページのサーバー移動の不具合に伴い、しばらくホームページ閲覧ができませんでしたが、いよいよ装いも新たに新ホームページをアップいたしました。結局は自分でのホームページの管理は限界であり、ついに管理会社にお願いしたという経緯です。フロントページに父の時代の診療所写真と現在のクリニックの写真を対比して載せています。自分は継承、開業し8年ですが父の開業が昭和33年なので、なんだか時代はあっと言う間という感じです。父がここに開業する以前は I 産婦人科医院でした。そしてこの間、区役所へ会議に行ったときに巣鴨の古地図があったのでそれを見たのですが、昭和初期における現住所でも I 産婦人科とは異なりますが別の医院だったようです。ということは通算90年間、この地はずっと医療機関であったということになります。何だか奇妙な感じです。

標語 その5

2015年12月22日 05時40分53秒 | 日記
 大分時間もたって辺りが暗くなりかけた頃である。担任が戻ってきた。
「なんでさっさとこないのよ? で、掃除が遅れた理由は何?」と先ほどよりは優しい口調ではあるが詰問のようにきいてきた。
何か言えばまた顔面平手打ちが来るんじゃないかと恐ろしくて喋れなかった。しかし「理由を言わないと帰さない」というので意を決して言ったのである。
おそるおそる「あのぉ~、先生が掃除当番の女子に仕事を言いつけたので・・それで・・」と言ったところ、その言葉をほとんど聞いていない担任は遮るように、
「あ~そうなの、じゃあなんでその理由を今の今まで言わなかったの?」と逆にお説教を始めたのである。
本来であれば「彼女たちは掃除当番だったのね、気が付かずに用事をいいつけてしまったわ」と言うのかとおもったが、一切そのことにはふれず、ただ自分たちが理由を言うのが遅いということでまた担任は怒りだしたのである。たぶん理由の内容はどうでもいいのである。普段の生活も、ぐーたらで、この可愛げがなく態度の悪い男子を最初から懲らしめるつもりでいたのである。
 帰宅の道すがらこの理不尽な扱いに哀しくなった。でも後年、社会人になって気が付いたのであるが、世の中に出てみると、これよりもひどい理不尽を受けることがいくらでもあった。社会に出てから受けた理不尽のほうがはるかに強烈だった。小学校当時に少し免疫が付いたと思えばこんなこともまあそれほど悪くはないだろうと今は思っている。

標語 その4

2015年12月21日 07時08分03秒 | 日記
 この憤まんやるかたない状況で自分の表情はいわゆる「ふくれっ面」になったようである。いきなり「何よ!その顔は!」と怒鳴られつつバチ~ンと顔を平手打ちされた。ちょうど頬と目のところ打たれたため衝撃で涙が出てきた。当時体罰などは当たり前の時代だった。自分のような可愛げのない生徒を容易くコントロールするには体罰が一番である。物理的に抑え込めるのである。担任は「何故、掃除をきちんとできなかったのか理由を言うまで廊下に立っていなさい」と言った切り職員室に戻っていった。殴られたあとは誰でも萎縮する。次に何かを言ってもまた殴られるんじゃないかと二の句がでなくなるのである。そのグータラ男子は立たされている廊下で「なんて言おうか?」「どうしようか?」「きちんと話そうか?」といろいろ話し合ったのである。

標語 その3

2015年12月19日 06時07分28秒 | 日記
 下校時刻もとうにすぎていた。彼女たちは「今日、自分たちは先生のお仕事の手伝いをした」という特別待遇の日とでも思っていたのか、掃除用具の片付けも手伝わぬままさっさと帰ってしまったのである。
その後のことであった。担任が教室に戻ってきた。そしてまだ掃除の後片付けが終わっていないのをみて怒りだしたのである。突然「あんたたち、一体こんな時間まで何をしていたのよ! 何故きちんと時間内に掃除当番ができないの?」と怒鳴られた。グータラ男子2人なので最初から疑われてもしょうがない。特に自分は普段からの生活態度が悪いので執行猶予付きの毎日みたいなものである。
今日は一生懸命掃除をやった。しかしながら人数が足りなくて終わるのが遅くなったのである。でもその原因は掃除当番である女子に別の仕事をいいつけたあなたのせいだ・・・とまでは目上である担任にはいえなかったのである。担任は彼女たちが掃除当番であることまでは理解していなかったのであろう。とにかく理不尽な罵倒であった。

標語 その2

2015年12月18日 06時14分38秒 | 日記
 気になって他の月の標語もめくってみた。いろいろ書いてあったが、ある標語が目に留まった。それは「掃除当番は皆で協力して時間内に終わらせよう」であった。
自分が小学校のころの嫌な出来事を思い出した。掃除当番は5人の当番制であった。自分の班が当番の日に、班の女子3名がいないのである。皆でやれば早めに片付く。しかし2人だけであると下校時刻をすぎても終わらないのであった。
やがて2人で教室の掃除も終わるころに、その女子3名が戻ってきた。自分はなぜ掃除当番をさぼったのかと聞いたところ、彼女たちは「だって先生に言われた用事をしてたんだもん」と、当然とばかりの態度を示したのである。
彼女たちは当時、担任から可愛がられていた。まあこれはやむを得ない。確かに彼女たちはハキハキとして可愛いのである。一方、自分は普段、生活態度も悪く可愛げのない生徒であった。誰から見たって自分は絶対憎たらしい子供である。正直こんな子供など教師であっても可愛がるわけはないのは当然である。あたりまえである。これはしょうがない。

標語 その1

2015年12月17日 06時27分50秒 | 日記
 近所の小学校の校医をしている。先月、新入学予定児童の健診に行った。少し時間が空いたので保健室に張り出してある掲示物を眺めていたら「11月の目標」なる標語が貼ってあった。「大きな声であいさつしましょう」の下に奇妙な標語を見つけた。それは「薄着の習慣」と書いてあった。意味不明である。薄着の習慣をすることによって何かよいことがあるのであろうか? 寒くて暖房費がかかるのでは? あるいは寒くて風邪をひくのでは?等と考えてしまう。メリットとしては何があるのか? これからの冬本番に向かって寒さへの順応を狙ったものなのか? 確かに昔から「子供は風の子」であり元気に薄着で校庭を飛び回っている姿が正しい小学生のイメージでもある。ただしそれはイメージであって何か利点があるのだろうか。寒さに耐える精神力を養うという前近代的な意味でもなかろう。まあとにかくつまらぬツッコミをいれたくなるような標語であった。

盗作疑惑 その2

2015年12月16日 06時59分01秒 | 日記
 特に歌などの楽曲については近年「知的財産権」がうるさく言われている。カラオケで唄えば著作料を払わなければならない。ネットに既存曲の歌詞をアップする場合も著作権の問題を考慮しなければならない世の中である。また一般人で営利を目的としない場合でも人の曲を演奏したり歌ったりして、それをネットにアップする場合も、厳密には著作権が絡んでくる。このように「一般市民」にもかなりの配慮を要求してくるのが著作権である。それにもかかわらず、B面とはいえ完全に営利目的のCDで、人の曲の歌詞に別のメロディーをつけて発売しているというのは如何なものか。レコード会社は「盗作かどうかを調べたり確認したりする義務はない」といっている。法律的にはそうなのかもしれないが、その楽曲を売って利益を得ているわけであるので「盗品とバレなければ売りさばいていい」というような理論はなりたたないはずである。もっともすぐにCD回収の方針をたてたのであるからこのレコード会社も被害者である。イヤハヤこの業界のマナーの悪さを見た思いである。


盗作疑惑 その1

2015年12月15日 06時04分29秒 | 日記
 歌手の平浩二氏の新曲B面の歌詞がMr.チルドレンの曲の歌詞とほぼ一致しているということでCDが急きょ回収になった。今回平浩二氏のA面の新曲は氏の初めての作詞作曲でということもあり気合が入っていたそうである。そのA面の曲ではなくいわば裏面のカップリング曲での事件であり、そのCDが回収されたというのは本人もさぞ落胆したことと思われる。さてTVでその盗作疑惑のある曲を原曲と比較した番組をみた。「似ている」とか「疑惑がある」どころの話ではない。誰がみても歌詞は同じである。作詞者は「わからない、盗作はしていない」と言っているが完全にアウトである。本人が本当にしていないというのであれば、誰かに丸投げして作詞させそれに自分の名前をつけてしまったということになる。そのゴーストライターろいうのも問題である。いずれにせよどちらも自分の名前で出しているのであるからその社会的責任は重い。平氏は、初の自作曲を録音したのであるが、その裏面の出来事でCD回収となった。彼の心中は穏やかではないだろう。

昨日、手打ちそば

2015年12月14日 06時29分39秒 | 日記
 昨日は久しぶりに家族で手打ちそばを食べに行った。
 時々行く店であるがここは美味しい。

 日本蕎麦は好きである。駅の立ち食いでもインスタントでも街のお蕎麦屋さんでも、それぞれ特徴があってあって好きではある。しかしやはりうちたて、ゆでたての手打ち蕎麦は別格で美味しい。

 街のカレーライスやラーメンではちょっと異なる。店によって特徴は異なりどこでも美味しいと思うものの、でも不思議と「ここは別格」というものがない。
 つまり極端に美味しいというものはないものの、一応にすべてまあ美味しいのである。そして概ね「まずい」という店にも出会ったことはない。

 蕎麦はそうではない。
 かなりバラつきが多いような感じがする。

 以前、箱根にいった。箱根で「手打ちそば」と書いてある店に入った。しかしそこの蕎麦は食べた瞬間「これ手打ち?」と疑いが持たれた。
 もちろん蕎麦の風味はや味はない。無味なのである。そして食感は紙を食べているようでボソボソなのである。間違いなく乾麺である。
 しかしインスタントの乾麺のほうがまだうまいと感じた。

 ・・・とそんなことを思い出した。昨日、美味しい手打ちを食べたのであるが、美味しい蕎麦を食べるとその逆の思い出も出てくるので困ったものである。

ホームページ不具合の件

2015年12月12日 05時40分18秒 | 日記
 ホームページ作成・管理会社と契約を結んだところ、なんとか数日で旧ホームページは復旧し閲覧はできるようになった。とりあえずはなんとかこれでしのげる。

さてその後の進捗状況であるが、昨日管理会社の社員の方が来訪した。これから新しいホームページのデザインの打ち合わせである。特に自分はデザインに凝るつもりはない。新着情報を書き込めるのであればそれでいい。
父の医院を継承して8年が経過した。初めて来られた患者さんに「どちらでうちのクリニックを知りましたか?」と聞くと、中年以下の世代の多くは「ネットで」、「ホームページで」と答えられる。たまに東京都のHPである「ひまわり」をみてという方もいる。
いずれにせよ若い世代を含めて今はネット社会なんだなと痛感した。

 さてホームページも重要であるが、地域の口コミも重要である。年配の方では「○○さんから聞いてきた」とか「薬局さんで紹介された」とか言われることもある。とにかく周囲からの評判というのも気が抜けないのである。

 はぁ~、さてさて早く新ホームページを作らなくては・・・。

昨日久しぶりの講義 その2

2015年12月11日 06時52分40秒 | 日記
 過去、救命士の養成所で週1回15年間教鞭をとってきました。大学でも講義をしたこともあるし、救命士の養成所でもあるし、一般市民に対しても心肺蘇生の指導をしたこともあります。常に思っていることは、きいている人達のレベルつまり基礎知識の違いによって、話し方を変えないと相手に伝わらないということです。昔の小中学校では戦前そだちの教師も多く、ただブツブツ口の中で喋っている人や、背筋を正していなかったり、授業中にあくびをした生徒には体罰を加えた教師もいました。時代が違うのでまあしょうがないでしょう。でも自分が喋った内容が相手に伝わっていてくれれば、授業態度が悪くても、姿勢が悪くても全然問題はないと自分は思っています。それが「主たる目的」ですから。話が相手に伝わらないのは、受講生が悪いのではなく、教える側の教育的手法に問題があるのだと今では痛感しています。さて。でもこの前のPTAでの心肺蘇生の講習はどう伝わったかなー? 久しぶりだったのでちょっと心配と言えば心配なんですが。