朝、信号待ちをして思い出しました。
kekeが家にずっと居た頃もこうして信号待ちをしていたんです。
その時の高校生達の姿がまぶしかったのを思い出しました。
「みんなあんなに元気に登校しているのに、どうしてkekeはこんな風になってしまったのか・・・」
そう思って悲しくなりました。
ブログのお友達もみんな幸せで楽しそうでした。
(どうして私だけがこんなに悲しんでいるの?)どうして?どうして??
そう思って、どんよりしていました。
確かにあの時、あの高校生たちは楽しそうでした。
でも今はどうか分かりません。あの学生達の中には、今は大きなトンネルに入っている子達もきっといるにちがいありません。
私も今はこうしているけれど、この先は分かりません。
そう思ってはいけないと思いつつ、それを忘れては決していけないような気がするのです。
でもあの頃、本当に私は不幸だったのか?!
あんなに悲しくて辛いと自覚していたにも関わらず、私は不幸ではなかった。
なぜなら、kekeが家にいたからです。
事故に会う訳でも、ガンのような病気になるわけでもなく、そこにいたからです。
一度kekeは「自殺してやる」と家を飛び出したことがありました。
生きていてくれて良かった・・・と思います。
そして、我が子が死んでしまったら不幸だったのか?!
それも違うと思います。私の友人は事故でお子さんを失いましたが、(もちろんその時の心痛は想像を絶することですが)今はスポーツを楽しんだり、仲間と交流したりしています。
私にはいませんが、連れ合いとそれからの人生を有意義に過ごす方もいるでしょう。
そういう人も、この世界には大勢いると思うのです。
そう思ったら、何が不幸なのだろうと思います。
しばらく考えると、自分に何かあるよりも、誰かを殺めてしまうことではないかと思うのです。
例えば・・・あの池袋の(お年寄りの)車の事故のように。。。
被害に遭われた方ももちろんそうですが、うっかりブレーキの踏み間違いであのようなことになったら・・それから日本中から叩かれたら・・・・・。
自分の不幸ならまだしも、人を不幸にしてしまったことは、この先ずっと叩かれ続けることになるでしょう。
もっとも、そうなる前に運転をやめなかったという自己責任はあります。
でも私だって、人を車でひいてしまう可能性はゼロではありません。
でも・・・私も息子も、とりあえずあのような事件に巻き込む(巻き込まれる)ことはないまま来た。。。
これだけで充分良いのかもしれません。。。
当時の私はそれに気がつきませんでした。
2年後3年後、何かが降りかかったとして「でも人様に迷惑かけてないからシアワセシアワセ」と言える自信もありませんが。
また何かあれば七転八倒辛いだの悲しいだの思う自分が、そこにいるのでしょうが。
でもとりあえず、これでいいのだって、今日は思うことにします。
週末作り置きができず、黄色も赤もなくなりました。
息子にお弁当を作れるのも今のうちなのでしょうね。。。。
その時その時で、大変だし、もう死んでしまいたい!!
とか 思う事も有るかも知れません。
しかし、後になって 思い返せる って事だけでも幸せな事じゃないでしょうか??
keke君も 立派な青年に育っていますし、
色々思い悩んだ結果だと思います。
自分をkeke君を 褒めてやって下さい。
たしかに!思い返せるだけでも今は幸せなことだと思いました。^^
maruさんもいつも家庭のあたたかみを思われていますよね。奥様やお子様にいつも感謝されて・・良いお父さんだと思ってます。
いろんなことが積み重なってこうなったのでしょう。
しかし今週は天気がいい日がこちらは続いています。いつか平日お休みになって自由に出かけられる日が楽しみです。
それまでしっかり健康でいなくては・・・できれば・・・です!(#^^#)
近くにいて褒められるうちに息子も褒めておきたいです。
自分の中でどう処理するか?が上手な人もいれば下手な人もいます。
比べてみても意味のない事。
そう思っていると自然に笑えます。
笑ってナンボの世界ってよくないですか?
人は私を「気楽で楽しそう いいわね~」なんて言いますけどね(笑)
私も今そんな感じで、土日、部活から帰ってくる中学生を見て、ついうっかり探してしまいます
まだ私は受け入れられず、日々苦しいですが、なるべく平静を保てるようにしたいです
当時、悩んで深刻そうな顔で愚痴ったり相談したりすると、ろくでもないことを言われて逆に傷つくんです。
でも「こんなこともあるけど、うちの息子はいい子」と思って黙っていれば、誰も余計なことは言ってこない・・・マウントってものですね。自分が悪いからこうなってしまったと思ってオドオドしてると、人は乗りかかってくるけれど、開き直って笑ってしまえば余計なことは言われないで済むんですね。
ほんと、笑って開き直って「これでいいのよ」と生きてればいいんです。
こうしてオバサンはだんだんほがらかになっていくのでしょうね。(別名:オバタリアンとも)
ほんと!笑ってナンボの世界の住人になります。(^_^;)
「自殺してやる」と出て行って・・本当にそのつもりだったのだけど、死に切れず家に戻ってきたそうです。そんなこともありましたよ。
その頃、このブログで「親(お母さん)が心配している家は大丈夫」と書かれた方がいました。があこさんも大丈夫だと思います。
「受け入れられず」と思っているのは、息子さんのために自分が変わろうと思っているからですよね。心配されているお母さんだと思います。
私も「変わらなきゃ」「変わらなきゃ」と思いながら、何日かすると我慢できなくなって、夜中に息子の部屋のドアを蹴飛ばして怒ってしまったことがありました。
次の日には「これからは言わない」といいながら、またそんなことを繰り返していました。息子からも「もうアンタのことは信用しない」と言われてました。
行ったり来たりずっとそんなことをずっと繰り返していました。同じような道を歩いていた方はきっと多いと思います。
本当に自殺をとどまってくれて良かったです。だからそのような経験をしてしまった親御さんも私も変わらないと思っています。