こんにちわ、鹿嶋春平太です。
今日もいいことありますよ。
聖書は永遠の世界においても、この世においても、人間をしあわせにしようとする本です。
仕合わせの聖書論理、第10回です。
超自然的な力によるものは、当面のぞいて考えます。
心理学的なものなど、経験科学的に認知できる領域で話を進めます。

前回「どうせ死んでオシマイでしょ」という意識を忘れさせてくれる手法を考え始めました。
まずは、第一の「この世に理想郷を求める」でした。
今回は第二の方法です。それは~~

2.「なんでも肯定」の意識を心の中に作ってしまう。
~~という手法です。

アリガト運動、ついてる運動、ええじゃないか運動、もこの手法です。
アリガト運動、づいてる運動、は前にお話ししましたね。

「ええじゃないか運動」というのは、幕末から明治維新の日本に全国的に流行した運動です。
たとえば「お前の女房とおれが親しくしたってええじゃないか。ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか」というような言葉を繰り返し唱えながら、みんなで踊りまくる、という運動です。
こういう風に、なかなか肯定しづらいことを提示して、それを「ええじゃなか、ええじゃないか、ええじゃないか」と肯定する。繰り返しそれを唱える。
すると人は物事を以前より素直に、ありのままに見るようになります。こうして人の眼にくっついているレンズのしわ、ゆがみが伸ばされていきます。それで、ものが比較的ありのままに見えるようになるわけです。

ものがありのままにみえると、人間は存在を深く感性認知できるようになります。
するとまた認知の感動が伴うようになる。
気持ちよくなります。
で、まずます物事を肯定的に受容するようになる。

明治維新の革命家たちは、すごい洞察力を持っていました。
彼らは、人間のこの心理を知っていた。
それで、各地に配下の者を派遣して、この運動を誘発したのでしょう。
こうすると、維新政府の行う革新的政策への不満は和らぐわけです。
こうして、反政府運動の発生を減少させ、とにかく維新を成功させようとしたのでしょう。
アリガト運動、ついてる運動は、政治的意図の元に仕掛けられた運動ではありません。
だけど、人々の心にもたらす効果は、同じものなわけです。
