鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

米国への無知を正す16  ~建国史の鳥瞰図 ~

2015年02月26日 | 米国への無知を正す




これからする米国建国の話は歴史の話である。
歴史の話は、個別的な歴史事実の組み合わせでなっている。

その組み合わせは、話し手の、人間と歴史に関する鳥瞰図・全体観によって決まっていく。
それを明示すると、話は、さらにわかりやすくなる。
やってみる。




<驚異のイエスゼミ>

日本の大学にはゼミナール(ゼミ)という制度がある。
大学の3,4年の二年間にまたがっておこなう専門課程の学生への講座だ。

そこでは少数の学生が、好みの指導教師をえらぶ。
選んだ教師に身近に接して、思うがままに質問し学んでいく。
この方式は、マスプロ講義では得られない、多大な効果を上げる。

筆者自身も学生時代、尊敬する指導教授のゼミ生として大いに恩恵を受けた。

+++

イエスと12弟子の関係も、このゼミナールに似たところがある。
弟子たちはイエスを選んで弟子入りした。
イエスは彼らを身の回りに置き、随時教えをしている。

ただし、その期間は、3年半もの長きにわたる。
しかもそれはいわば「フルタイムのゼミ」授業だ。
つまり、大学のゼミではゼミ生は自宅や下宿で生活し、ゼミに出てきて学ぶ。
ところがイエスと弟子はほとんど四六時中起居を共にしているからである。

野宿も多い。
森の中に逃れて暮らすときもある。
また、イエスの信奉者、サポーターの家で眠るときもある。

いずれにせよ、イエスゼミは常時共にいてのゼミだ。

凄い教育環境だと思う。




<弟子たる秘訣>

その間にイエスは弟子に、弟子として教えを習得する秘訣も伝えている。

「諸君が私の言葉のなかに留まるなら、諸君は私のほんとうの弟子になる」
   (「ヨハネによる福音書」8章31節)

~がそれである。

イエスはまた、卒業の秘訣も教えている。

それは「私(イエス)の言葉が諸君(弟子)の中に留まる」ようになることだという。
そうなったら~
「何でも求めなさい、それはかなえられる」とイエスは言っている(「ヨハネによる福音書」15章7節)




<直弟子が始めた初代教会>

かくのごとくにイエス・ゼミで学び続けることによって、弟子たちは深くイエスの教えを身につけた。

そして、イエスがいなくなった後に、命令通りその教えを宣べ伝え、キリスト教会を開始した。
これが前述した初代教会だ。

それは「家の教会」(後にスモールグループと呼ばれるようになる聖句自由吟味会)のリーダーを通しての連携体だった。

ここでの自由な聖句吟味で「真理らしきもの」に触れたとき、彼らは至高の幸福を味わった。
(前述したように、それには聖書という比類無き書物の特性も関与している)

この体験が知性を驚異的に活性化し、精神を広大なイマジネーションの世界に飛翔させた。

信徒たちの精神は、これを通して「これまでに自分がしてきた行い(良きこと、悪いこと)など、もはや重要でない」と感じるほどに解放された。

この活動方式は、30年間で全ローマ帝国に活動者が散在するほどに普及した。





<「物まね版」も一定の威力を発揮する>

後にカトリック教団となる教会の指導者たちが考案した教会、教理主義方式によるカトリック教会は、端的に言えば、その簡易な「物まね版」である。

具体的には、現在もカトリック教会、プロテスタント教会で行われている日曜礼拝中心の活動がそれだ。
信徒は日曜日に教会に出てきて、賛美歌を歌い、聖職者の説教を聞き、献金して帰宅する。

そして人は「物まね」に」よってでも、本家本元の持つ果実の「一定範囲」を味わうことが出来る。
その精神にも一定の活性化を得ることが出来る。

これは人間世界におけるまことに妙(たえ)なる法則だ。
この知識は人類の歴史を認識するための、必須にして巨大なる知識だが、人々はまだそれを自覚していない。




<「回転寿司」大普及する>

「物まねも本家の持つ一定の果実を味わわせる」との法則通りに、カトリック教会は本家本元方式の教会を量的には凌駕していった。

それは、本来職人の「対面寿司」からでた方式を「物まね」した回転寿司が、本家本元をその広がりにおいて凌駕していくかのごとくであった。

この教団はローマ帝国統治者にも一定の感銘を与え、ついにはその国教にまで上り詰めた。




<物まね集団による迫害の中で>

そこから「物まね」教団による、本家本元教会への激烈なる壊滅作戦が始まる。
教団は、聖句自由吟味活動をする集団を「神に逆らう違法者」として逮捕し、広場で公開火刑に処した。

最近のイスラム国家は、その想像を助ける情報をネットで流してくれている。

あの黒い衣装に身を包み、自動小銃を持った人々は、中世のカトリック軍隊の現代版だ。
彼らがとらえ火刑に処したヨルダンのパイロットの火刑画面は、中世の聖句主義者火刑の現代版だ。

中世には、処刑された人の数は、年平均4万人だった。
欧州の広場では日ごと夜ごと、聖句主義者の火刑場面が続いた。

長い長い欧州「中世」はそういう暗黒時代だったのである。

+++

だが、その中でも本家方式を受け継ぎ、これをつかんで離さない人々も多量に存続した。
彼らはスモールグループのリーダー間の草の根ネットワークを駆使しして、集団の一体性を維持した。

近代になると彼らは英国に移住した。
そして、ごく当然なようにして、英国の国力を爆発させた。

その彼らが、今度はアメリカ新大陸に移住したのだ。
その地が爆発しないわけがない。
これが筆者の米国建国史の鳥瞰図だ。

これを悟れば、「アメリカへの無知をただす」の理解は90%以上なったことになろう。




<精神・知性飛躍の秘訣>

ここで少し大きく出ておこう。
いま全人類に伝えておきたいことがある。

それは人間の精神と知性の爆発的成長の秘訣だ。
その効率を最大にする方法は「本家本元の方式」で聖句吟味活動をする、ということだ。

「聖書を」というと「ああ宗教だ、信者の信念からの言葉だ」と思う読者も多かろう。
だが、筆者のこの言は、信者の言ではない。

(信者の言なら、「聖書は神の言葉」というだろう。だが筆者はそういう考え方をしてきていない。聖書には吟味すると「これは真理だ!」と「思えるような」ものがある~といってきている)

筆者の鳥瞰図は、冷静、客観的、科学的、分析的、総合的に歴史を吟味した結果の事実判断だ。
この判断が人間の吟味を通して得られる洞察によることは、これから略説する米国建国史も傍証するであろう。







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