Sightsong

自縄自縛日記

ラヴィ・シャンカールの映像『Raga』

2011-09-03 01:33:21 | 南アジア

ラヴィ・シャンカールを捉えたドキュメンタリー・フィルム、ハワード・ワース『Raga』(1971年)を観る。このときシャンカールは50歳前後である。

シャンカールは全てを捨てて音楽に自らを捧げた修行時代を振り返りながら、師の音楽家、ババ・ウスタッド・アラウディン・カーンを訪ねる。会うや否や、地面に額をこすりつけて師への敬意を表すシャンカール。ちょうどババ晩年の時期であり、1972年に亡くなった直後、シャンカールはアリ・アクバル・カーンとの共演盤『In Concert 1972』(Apple Records、1972年)において、コンサート前に「この夕べを先ごろ亡くなったウスタッド・アラウディン・カーンに捧げる・・・」と挨拶している。それほど大きな存在であったということだ。


愛聴盤!

ドキュは、師との邂逅、弟子に厳しくシタールを教える姿(その中にはジョージ・ハリスンもいる)、ユーディ・メニューインとの共演、ピクニックでの愉しそうな様子などを次々に映しだす。生れ故郷のヴァーラーナシー(ベナレス)で、ガンガーのほとりを歩きながら、ラーガとはSpiritual Hopeのための音楽だ、私は音楽という共通言語しか知らぬ、私は旧い人間だ、と呟く、動かされる場面がある。そして、タブラとの激しい共演で幕を閉じる。

ユーモアもある。弟子たちにババのかつての姿を語っている。日がな練習し、1日に2-3時間しか寝ない。そのために髪を天井から垂らした紐に結え、うとうとしたら引っ張られる工夫さえしていたという。「彼は2回結婚したんだよ!・・・・・・うーん、私はどこにいるのか」と、弟子たちを笑わせたりもするのである。

それにしても、フィルム映像には網膜を活性化させる力がある。一度沈んだ上で貼りついたようで、こてこてに鮮やかで、シャープでありながら粒子感が残っている。これをデジタルで実現するのは再現に過ぎないだろう。良いフィルムだ。

シャンカールのシタールの素晴らしさについては、今更言うまでもない。私はただ一度だけシャンカールの演奏を観たことがある。1998年2月、銀座の王子ホールにおいて娘のアニューシュカ・シャンカールと共演したときだった。当時16歳だったアニューシュカには悪いが、たとえばジャズギターで言うなら、素人とパット・マルティーノくらいの違いがあった。これでもかと繰り出してくるカラフルで想像力を掻き立てる即興には、文字通り感激してしまった記憶がある。(そのあまりに、楽屋前で長い時間「出待ち」をしていたが、結局出てこなかった。)

もう91歳、何とかまた来日してくれないだろうか。


1998年来日時のパンフレット

●参照
スリランカの映像(6) コンラッド・ルークス『チャパクァ』(シャンカールがサントラを担当)